●リプレイ本文
●差し出された手紙
ブノワ・ブーランジェよりルーアンのラルフ卿に送られた封書には、こう綴られてあった。
『名付け子の結婚を了承致します。結婚式が楽しみです。あの子は母親に似て、己の限界を超え頑張り過ぎる傾向があります。常に手を差し伸べ、互いに支え合う夫婦になって下さい』
他にもアニエス・グラン・クリュ(eb2949)を心配する気持ちが溢れる文面であったという。
●旅立ちの日
寒さ厳しい冬のパリ早朝。
薄暗いうちから待ち合わせをして船着き場に向かうのは旅立つ四人の子供。
少年ベリムート・シャイエ。
少年クヌット・デュソー。
少女コリル・キュレーラ。
少年アウスト・ゲノック。
白い息を吐きながら馬車の車輪で轍が刻まれた石畳を歩む。
四人は生まれてからこれまで親しんだパリの町並を瞳の奥に焼き付けた。みんなで遊んだ空き地。一緒に実を摘んだ庭の樹木。こっそりと潜り込んだ空き家。
振り返ってみると、どれも思い出深かった。
パリの船着き場に置かれた樽に座るパラの女性が一人。
「来たか」
四人の子供が近づいてくるのを知って、諫早似鳥は樽から地面へと降り立つ。
「最後に顔を見ておこうと思ってね。次に会った時、どんな面構えになっているのか、楽しみにしておくよ」
「ありがとう、諫早さん。いつかまた」
四人の子供達に別れの挨拶をする諫早似鳥だ。
次に近づいたのがハティ・ヘルマンである。
「騎士となられた皆様といつかお会いできるのを楽しみにしている」
「あたしたちも楽しみにするね。その時は騎士として」
ハティはエルフなので人間の四人の子供達とはかなり寿命が違う。生きてさえいればいつか一緒に肩を並べて戦う日も来るかも知れない。
「どうか‥お気をつけて」
微かな笑みで四人の子供達を見送るハティであった。
「お嬢、もっと力抜きな」
「そうですね。そうなんですけど‥‥」
諫早似鳥は別れ際にアニエスの肩を揉んであげた。そんな時、クリミナ・ロッソ(ea1999)の姿が視界に入ったのでテレパシーの指輪を発動させた。
(「もう頑張らなくて良い、と告げてやって」)
(「わかりました。道中でそれとなくお話しましょう」)
諫早似鳥が念波で送ったお願いをクリミナは引き受けるのだった。
「一緒に手を繋ぐのデス。そして走るのデス。身体があったかくなるのデス〜」
「うん♪」
ラムセス・ミンス(ec4491)はジャイアントなので人間の大人のような身体をしていたが、歳は子供だ。同世代の友達と別れるのは胸が張り裂けそうなほど辛かった。それを隠してベリムート、クヌット、コリル、アウスト、そしてアニエスと手を繋ぐと全員で船着き場を駆ける。
「旅立ちの時か‥‥」
ラルフェン・シュスト(ec3546)はルネ・クライン(ec4004)と共に帆船の甲板から走る子供達を見下ろした。
まだ日が昇らぬ時間に目が覚めて、机に向かい羊皮紙を広げた。日々の記録と所感を綴るつもりだった。書きたい事は山のようにあったが、万感は文字という形にならなかった。静かにペンを置き、支度を整えてこの船着き場までやってきたラルフェンである。
「大好きで大切な子供達の旅立ちだもの。寂しいけれど笑顔で見送らなきゃ。ね?」
そう呟いてルネはラルフェンの手を握る。
「そうだな」
ラルフェンとルネは目を合わせてから再び子供達の姿を見守った。
「そろそろ船が出るぞ。乗り込みなさい」
「は〜い」
吉多幸政が声をかけると子供達は乗船する。
教会の鐘が響く中、出航の時がきた。
ハティと諫早似鳥に見送られながら帆船はゆっくりとセーヌ川の中央へと移動する。
しばし四人の子供達は甲板でパリの景色を望んだ。
「ハムと野菜が挟んだパンを持ってきたわ。朝食にしない?」
そうルネに声をかけられて、ようやく四人の子供達は我に返る。
「さてこの錫の勲章はいつのものでしょうか?」
パリが見えなくなった頃、アニエスが船内でクイズを出す。
「これはオバケ屋敷で鳥にコリルが持ってた指輪を盗られてしまった時、取り戻してくれたみんなにあげたんだよ」
「そうそう〜。あったよね〜」
アウストとコリルが懐かしむ。その他にも犬ゾリ大会でもらったマフラーなど思い出深い品々で話は盛り上がるのであった。
●運河の町
帆船はわずかな時間だけルーアンに寄港し、二日目の夕方には河口を通過する。続いてドーバー海峡を進み、港町オーステンデには寄らずにその先の湾内へと入った。湾の奥にある陸上に造られた水路を南下し、ブルッヘに辿り着いたのは三日目の夕方である。
日が暮れかかっていたので、その日は宿に泊まるだけで終わる。
ベリムートが乗って旅立つ新造帆船を見学したのは四日目の昼になってからだ。
「すげ〜、すげぇよ!!」
倉庫沿いの角を曲がるとクヌットが瞳を見開いて巨大な帆船を見上げた。
すでにドック内から港に新造帆船『ル・フュチュール号』は移動させられていた。各部点検の為に北海周辺で処女航海を済ませたばかりだ。
積み荷に関してもすでに載せ終わっているようで周囲に忙しさは感じられない。
普段目にする帆船よりも二回り程大きくて形状も特殊だ。特に後部舵部分周辺はカバーがかかっていて斬新なデザインである。ちなみに船名はラルフ卿が命名し、『未来』を意味していた。
「ついに来たか。ベリムート」
声をかけられて、ふとベリムートが振り向く。そこにいたのはエフォール副長だ。
「ありがとうございました。おかげでこの船に乗れます」
「確かに口添えはしたが、それだけでは無理だったはず。冒険者ギルドでの実績もあったからだ。つまりベリムートが実力で乗り込む機会を掴んだのだ」
エフォール副長とベリムートは握手を交わした後、しばらく雑談をした。ラルフ卿はル・フュチュール号の出航間近にブルッヘに到着する予定だとエフォール副長は教えてくれる。
船内を簡単に見学させてもらった後で、一行は三艘に分かれてゴンドラへと乗り込んだ。進路はすべて船頭任せだ。
まるで道の代わりのように町内に張り巡らされた運河。建物を近くでしかも低い視点で眺めるとまた違った趣があった。
アニエスとクリミナは最後尾のゴンドラで揺られていた。
「アニエスさん、やはり何か考えておられるのですね。どなたに関するものか想像はつきますが」
「え? あ、あの‥‥クリミナおば様、それは」
アニエスは水面を眺めていた視線をクリミナに向ける。
「特別なことはしなくてもいいのですよ。極端なことをいえば二人でいる時に、笑顔でいてあげればいいのです。想いがあれば自然と相手が望んでいるものもわかります。何にせよラルフ様が『特別』と考えるお方は非常に少ないはず。アニエスさんはその特別なのですから‥‥」
「そうなのでしょうか。いえ、そうなのでしょうけど――」
クリミナはアニエスの相談を親身になって聞いてくれた。答えが見つからない悩みであっても、信頼する相手と話せば心が軽くなるものだ。しばらくアニエスとクリミナは話し込んだ。
列中央のゴンドラに乗っていたのはラルフェン、ルネ、コリルである。
「すごいよね〜。水路の中に逆さまの町があるみたい♪」
コリルは運河に移る逆さまの町がとても気に入ったようだ。
「ほんとね。とても綺麗だわ。でもとっても冷たいわね♪ 夏なら気持ちよさそう」
指先でルネが水面を触るとコリルも真似をする。冷たいと叫んでからルネとコリルは笑った。
(「とにかくこの旅の間は笑顔でいよう」)
ラルフェンは二人を見守りながら心の中で呟いた。
養女にしたコリルと別れるのは寂しくないといえば嘘になる。ベリムート、クヌット、アウストも大切な存在だ。
自分もコリル達も笑顔。それが一番だとラルフェンは考えた。
離ればなれに暮らすものの、ラルフェンとコリルは親子。これからも応援出来る立場がなにより嬉しかった。
「コリル・シュストだよね。あたし」
ふとしたコリルの一言にラルフェンの動きが止まる。
「‥‥そうだ。シュストだぞ、コリルは」
コリルの頭に手を乗せてラルフェンは答える。
「で、もうすぐルネさんもシュストだし――」
コリルはルネに続いてラルフェンの妹の名もあげた。
「そうだ。離れていても家族だ」
ラルフェンが二人に声をかけた瞬間、建物の間からゴンドラへと陽の光が射し込んだ。それが神様からの祝福のようにラルフェンとルネには感じられた。
先頭のゴンドラに乗っていたのはラムセス、ベリムート、クヌット、アウスト、吉多である。
「船はいいよなぁ。ル・フュチュール号はかっこいいし、他にもたくさんの船が見られてよかったぜ」
クヌットは舳先に座りながら腕を組んで頷く。
「それじゃあクヌットはブランシュ騎士団じゃなくてドレスタットの辺境伯が率いる海戦騎士団を目指すの?」
アウストが訊ねるとクヌットはニヤリと笑う。
「それもいいけど実はさ、ついこの前コンコルド城近くでオベル藍分隊長に偶然会ったんだぜ。ガチガチに緊張しながら挨拶したら返事してくれてさ。騎士になるっていったら『頑張れよ』って言葉かけてもらえたんだ。やっぱりブランシュ騎士団の藍分隊がいいぜ、俺は」
オベルと話せたのがとても嬉しかったようでクヌットは興奮気味に話す。
「お母さんの作ったごはんは美味しかったデス。一人旅に出た後にも美味しいゴハンは食べたけど、そういうのとは別なのデス」
「そうなのか。俺もいつかはそういう風に感じるのかな」
「かも知れないデス。それと食べ物は大切なのデス〜。食べられるときに食べておけば、お腹空いてもなんとかなるのデス。好き嫌いは平気なのデスか?」
「俺は平気。でも、きっと船旅の間に未知の食材で出来た料理を口にする機会もあるだろうな。その時はラムセスさんの今の言葉を思いだすよ」
ラムセスはベリムートと食べ物談義を始めた。さっきまではクヌット。その前はアウストと長く話したラムセスだ。
母親達と一緒に旅していた頃。四人の子供達と出会ってからの頃。話したい事はたくさんあった。
「食べ物といえば、西に行く船の話が出てからアトランティスって言うところ来た人たちがすごく喜んでるデス。やっとだよとか、いもとかいっていたのデス」
その他に足がおぼつかなくなる病気の時は、脱穀していない麦を食べるといいらしいとラムセスはベリムートに伝えておいた。
「長生きはしてみるものだ。こういう町が世界にあるとはな」
吉多は運河が張り巡らされたブルッヘの町並に感心しきりである。
一日遅れでキマトーナ婦人がブルッヘに到着する。アニエスは殊の外喜び、エフォール卿との間を取り持った。
ラルフ卿とアニエス。エフォール卿とキマトーナ婦人。それぞれのカップルを乗せたゴンドラがゆっくりと石橋の下を潜り抜ける。
ブルッヘの景色を誰もが想い出として記憶に刻むのだった。
●航海に旅立つベリムート
六日目の昼過ぎ。ル・フュチュール号が停泊する港には多くの人々が集まっていた。
旅立つ者、それを見送る者。万感の想いを誰もが胸の奥に潜ませて。
「西にあるという土地を見つけてくる。それに活躍して騎士になれるように認めてもらうのさ。俺は!!」
自分の身体を覆い隠せるぐらいの大きな革の袋を背負いながら、ベリムートは仲間との貴重な残り時間を過ごしていた。
ちなみに革の袋はバムハットとシャシムからの餞別だ。旅立つ事を連絡をしたら届けてくれたのである。大きさはベリムートのものほどではないが、三人の子供達も二人から革の袋をもらっていた。
「俺がいうのもなんだけどさ。一人で無謀な事するんじゃねぇぞ」
クヌットはベリムートから視線をそらしながら告げる。顔を見ていると涙が出そうになるからだ。
「きっと日に焼けて真っ黒になるよね、船に乗っている間に。今度会ったときに忘れないように、よく顔を覚えておかないと〜」
コリルはベリムートに顔を近づける。そして頬に軽くキスをするのだった。
「僕も西の土地って行ってみたいな。だからお願いだよ。絶対に月道を発見してね。そうすれば帰りはすぐ‥‥早く‥‥‥‥帰れるからさ‥‥‥‥‥‥」
アウストは最後にベリムートに背中を向ける。やはり涙が我慢出来なかったからだ。
「僕もパリから離れるデス。でも寂しくなったらこっそり戻って来るデス」
「また会えるさ。一緒に‥‥ホント楽しかった」
屈んだラムセスは笑顔でベリムートと握手をした。
「この間の願い。怪我をしてもいいから生きて帰って来いって。覚えていてくださいね」
「はい! クリミナ先生。どんな状況になっても諦めません」
クリミナはベリムートを抱擁する。
「海は危険に満ちている。それ故に魅力的だ。引き際を忘れずに潔い挑戦をしてくれ」
「何が待ち受けているのかわからないけど‥‥俺忘れないよ」
ラルフェンはベリムートと強い握手を交わす。
「あなたの勇敢さと素直さは人を惹きつけるわ。いつかパリに戻って来たら‥皆を導いて守る騎士になってね」
「騎士になる夢は捨てないよ。待っててね」
ラルフェンの隣にいたルネはベリムートに風精の指輪を贈る。抱擁の後で頬にキスをすると、以前に贈ったマフラーを巻き直してあげた。
「ベリムートさんは、不屈で真直ぐな意思と眼差しを持つ正義の子です。いつかまたお会いしましょう。その時には西の土地での体験を教えて下さいね」
「ありがとう、アニエスちゃん。再会の日もそう遠くもないさ。一年後‥‥二年後ぐらいかな? きっと」
アニエスの前でベリムートは騎士の振る舞いをもって別れの挨拶とした。
「わしもどんな冒険をしたのか聞きたいところだ。パリにはまだ当分いるつもりだ。いつでも訪ねて来なさい」
「わかりました。吉多先生。必ずお伺いします」
最後に吉多と挨拶をしてベリムートはル・フュチュール号へ乗り込んでゆく。
甲板にすべての船員が並び、ラルフ卿、エフォール卿、トレランツ運送社のカルメン社長、そしてル・フュチュール号の船長が言葉を投げかける。
ラルフ卿、エフォール卿、カルメン社長の三人が下船すると出航の時間となった。見送りの群衆の中にはキマトーナ婦人、ゲドゥル秘書の姿もある。
鐘が鳴らされる中、帆を張ったル・フュチュール号は船出する。
「帰ってくるぞ〜!!」
マストの見張り台でベリムートは叫んだ。
水路を北へとル・フュチュール号は遠ざかってゆく。北海に出たのなら航路を変えて西を目指す為に。
一行はル・フュチュール号が完全に見えなくなるまで見送りを続けた。
●クヌットは海辺の町へ
七日目の早朝、ブルッヘからパリ行きの帆船が出航する。最初に寄港するのはオーステンデ。クヌットが修行するミリアーナ領の中心地である。ブルッヘに比較的近い距離にあり、二時間から三時間程度で辿り着く。
「それじゃあな。みんな元気でな」
からっとした笑顔で、まるで明日にでも会えるような雰囲気でクヌットは別れの挨拶をした。
「無茶しないでね。あと手紙書くからね〜。返事忘れちゃいやだよ〜」
「任せてくれ‥‥いやあんまり自信ないな。たまに忘れても勘弁な」
クヌットに頬を膨らませるコリルだが、すぐに機嫌を直して頬にキスをする。
「僕も手紙を書くよ。何だかクヌットは心配なんだよ。槍とか馬術、操船術ばかり習って机に向かわなくなるんじゃないかって」
「そんな事ないぞ! ないと思う‥‥ぜ。そういうアウストは俺とは逆に本ばっかり読むんじゃないぞ」
アウストとクヌットは笑顔で握手を交わした。
「修行にはとてもいい土地のようだ。北海にもまれるといい。わしもたまには手紙を書こう」
「ありがとうございました、吉多先生。ご恩は一生忘れません」
ジャパンの礼儀でクヌットは吉多に別れの挨拶をする。
「ベリムートさんにも同じようにいいましたが、これはわたくしの願いです。怪我をしてもいいから生きて帰って欲しいの。ね、クヌットさん」
「わかりました。クリミナ先生、肝に銘じます」
クヌットはクリミナの微笑みに頷いた。
「ここに来れば、クヌットさんに会えるのデス?」
「ああ、ケタニリア様の元での修行だから、このオーステンデの領主館を訪ねてくれれば会えるはずだぜ」
実際に会いに来られなくても、所在がわかっているだけでラムセスは嬉しかった。笑顔で握手をして別れの挨拶を終える。
「元気で明るいあなたはきっと皆に愛される騎士なれるわ。でも無茶はダメよ?」
「みんな無茶するなっていうんだよな。まあ、わかんないわけでもないんだけど」
ルネは微笑んでマフラーを少しだけずらし、クヌットの頬にキスをして抱きしめた。そして陽光の指輪を贈る。
「クヌットには優しき勇気を持ち続けて欲しい」
「ラルフェンさん、ありがとう。また会おうぜ。オーステンデに来る時はよろしくな」
ラルフェンはクヌットと握手を交わす。クヌットの握りが強かった事に安心するラルフェンであった。
「クヌットさんは力自慢で目端も利いて、それでいて人一倍弱い人に優しかったのを覚えています」
「アニエスちゃん、これまでいろんなことで助けてくれてありがとな。きっと俺が気づいていないところでもあったと思うし」
クヌットはニカッとアニエスに笑顔を向けた。
「行くぜ!!」
クヌットが軽やかに板を渡り、オーステンデの船着き場へと降り立つ。そして待っていた老翁騎士ケタニリアに挨拶する姿があった。
●コリルとアウストの旅路
オーステンデを出航した帆船はやがてセーヌ川を上り始め、九日目の早朝にルーアンへ入港する。
ここでお別れになるのはコリルとアウストであった。
「ベリムートさん、クヌットさんにもお話しました。怪我をしてもいいから生きて帰ってきて欲しいと。この気持ちはきっとあなた達も持っていた事でしょう。だから御自身が窮地に陥った時にも守って下さいね」
クリミナは二人を抱きしめながら言葉を贈る。
「クリミナ先生は、これからどうするの?」
コリルの瞳はクリミナの間近にあった。
「私の今後ですか? 実はこの旅の間にアニエスさんに相談とお願いをしたんです。貧民街の教会を拠点にして、周辺の子供達に教育を施そうと思っています」
クリミナは教育に興味があるのを二人へ伝えた。
「僕たちみたいな子供がいるかも知れないね」
「そうですね。ちびブラ団のようなグループも出来るかも?」
アウストの頭をクリミナは撫でる。
「出来なくても、子供たちに皆の話はさせて頂きますよ。夢をかなえる為に頑張った、四人の小さな騎士とその周囲の人たちのお話。皆さんの話はきっと、他の子供たちの希望となるでしょう。脚色は苦手なので少々かっこ悪いお話もしてしまうかもしれませんが、その辺りは許してくださいね?」
クリミナに『はい!』と元気にコリルとアウストは答えるのだった。
「二人とも騎士になるのデス。僕も立派な占い師になるのデス〜。また再会するのデスよ」
胸の奥が『きゅ〜』と締めつけられたラムセスだが笑顔を忘れなかった。これまでも別れはあったがラムセス自身が旅立つ立場であった。
見送るのは初めてで、それに去ってゆくのは長く一緒だった友達。例えようもない気持ちがラムセスの心を締めつける。
「ラムセスさん、ずっと友達だよ。しばらくの滞在先が決まったら手紙ちょうだいね。僕も送るから」
アウストは握手をしながら、そうラムセスに告げる。
「あたしも手紙送るよ〜。あっちこっちに行くんだろうけど、少しは腰を落ち着ける時もあるんだよね? そういう時には送ってね♪」
コリルはラムセスに屈んでもらうと頬にキスをする。
次にコリルとアウストの前に立ったのはラルフェンとルネである。
「思慮深くて理性的なあなたは騎士団のブレーンにぴったりよ。後世に残る様な知略を発揮できるって信じてるわ」
アウストに聖なる豹の指輪をプレゼントしたルネは抱きしめて頬にキスをした。
おそらくコリルがアウストにキスをする時はトーマ・アロワイヨー領での別れの時であろう。
「このマフラー、大切にするね。ルネさんお幸せに」
アウストは以前にプレゼントしてもらった灰色のマフラーの先を手に取りながらルネに笑顔を注いだ。
「弛まぬ探求を目指して欲しい。アウストなら大丈夫だ。俺は君達を信じている。信じて良いのだと示してくれたからだ」
「ありがとう。まだまだわからない事がたくさんあるよ。どこまで辿り着けるかやってみる」
ラルフェンはアウストと握手した時、ペンダコに気がついた。
「あなたとは外見が似てるし、ずっと本当の妹みたいに思っていたわ。優しくて淑やかで、でも男性顔負けの騎士になってね」
「修行から戻ってきたら、少しでもいいから一緒に暮らせたらいいよね〜」
ルネは橙色のマフラーをしたコリルにお洒落も忘れて欲しくないとミルキーウェイとホワイトドレスを贈った。抱きしめて長く頬と頬を合わせる。
「コリルには明朗なる機智を‥心に持っていて欲しい。君達には想いを叶える力がある。さあ、思い切り‥‥行っておいで」
「お父さん、ありがとう。あたし行って来るね。ちゃんと修行を終えたら戻ってくるから、待っててね」
ラルフェンは両方の膝を甲板につけてコリルを抱きしめるのだった。
「コリルさんは機転が回って、女の子らしい気配りを忘れないところが素敵です」
「あたし、アニエスちゃんとお友達になれてうれしかったよ〜。なれたと思った日は嬉しくて眠れなかったぐらいだもの」
普段のお喋りをするような感じでアニエスとコリルは別れの挨拶を終える。
「アウストさんは、繊細で好奇心旺盛。動物好きでみなさんの知恵袋でした。また集ったときには活躍を期待しています」
「そういう時がきっと来るよね。あと、僕がいうことじゃないのはわかっているんだけど‥‥ルーアンのお城で何かあったらすぐにラルフ様に相談してね」
優しくて心配性のアウストにアニエスは何度も頷くのだった。
「アウストとコリルは比較的に近くでの修行になるようだな。わしは会うなとはいわん。どうしてもの時は二人で相談しなさい」
吉多からの言葉にアウストとコリルは元気よく『はい』と答えた。
「よし。行こうか」
「行こう〜♪」
アウストとコリルはルーアンの船着き場へと降りてゆく。二人は一度だけ振り返り、大きく手を振るのだった。
「きっと大丈夫だ‥‥コリルは。もちろんベリムート、アウスト、クヌットもだ」
「そうね‥‥。平気よね」
ラルフェンとルネは甲板室の誰にも見えないところで抱き合う。二人の頬には涙が伝っていた。
●それぞれの未来
アウストとコリルを見送った二時間後に帆船はルーアンを出航する。そして翌日の暮れなずむ頃、無事パリの船着き場へと入港した。
お互いにこれまでの思い出を振り返り、そして感謝し合う。
今後についても話した。特にラムセスとアニエスは、これからの生活が一変するようだ。
「また逢いましょう」
クリミナは多くを語らずに、また笑顔で会える事を一同と約束する。
「いろいろと思い出深いな。楽しかった」
ラルフェンは一人ずつに感謝の言葉を投げかける。
「また何かがあった時にはよろしくね」
ラルフェンに寄り添うルネは幸せそうだ。
「子供達を通じて知り合えたことは何よりの宝だ」
吉多はシュクレ堂で買ってきたふわふわパンを全員に分ける。子供達からの最後のお願いだったと。
「もうすぐパリから離れるデス。楽しかったデス〜」
潤む瞳から涙が零れないように頑張るラムセスである。笑顔でいると心の中で誓ったからだ。
アニエスも一人一人に声をかけた。そして最後に遠くへ旅立つラムセスの顔を見上げる。
「頑なになりがちな私の心を解してくれる、貴方は私の陽だまりでした。
ありがとう。
さようなら。
大好きでした。
忘れません。
また逢える。
信じているから」
アニエスはラムセスの手に優しく触れてお別れの挨拶を終える。
ラルフェンとルネは一緒に家路を歩き始めた。
クリミナは明日にも貧民街の教会を訪れるであろう。
ラムセスは今晩がパリで過ごす最後の夜になるのかも知れない。
アニエスは一人になって家路を辿ろうとしていた。
(「何だろう、この感じ」)
予感がしたアニエスはオーラセンサーを使ってみる。
「ラルフ!」
アニエスを空を仰ぐように見回した。すると舞い降りてくる一つの影。
「迎えに来させてもらった。迷惑だったかな?」
ラルフ卿がグリフォンから降りて地面に立つ。そして差し伸べられた手をアニエスは見つめた。
初めて逢った日はこの手で頭を撫でられた。次に会った時は握手となって。チェスの駒を摘む手、贈り物を受け取る手。アニエスは温かく硬く節くれ立ったその手に、恋焦れて今日までを生きていた。
一瞬の間にたくさんの想い出がアニエスの脳裏を駆けめぐる。
(「‥あの左手は、ノルマンのもの。私のものではない。まして力強く抱き締めてくれるなど、あり得ない」)
「どうしたんだ? アニエス」
見つめたまま動かないアニエスにラルフ卿は優しい言葉を投げかける。
ラルフ卿はアニエスを抱き寄せた。自分から縋るつもりはなかったアニエスだが、間近にあったラルフ卿の微笑みにこくりと頷いた。
そして一緒にグリフォンの背に乗って夕暮れ迫るパリの空へと飛び立つ。
「私は傍らに寄り添って‥‥生きていたい」
ラルフ卿に聞こえない小さな声で涙を拭きながらアニエスは呟くのだった。
四人の子供達、そしてアニエス以外の者にも新しい生活が始まる。
ラムセスは旅立ちの寸前にシュクレ堂のパンと焼き菓子を大量に買い求めたという。
ラルフェンとルネは仲良く今後の相談をする。
クリミナの貧民街・教会での一日目は大変だったらしい。もうしばらくしたら子供達とうち解ける事だろう。
吉多は静かになったパリの家で日々を過ごす。いつかまた、四人の子供達が揃う夢を見ながら。