フランシスカ、兄の救出 〜マーメイド〜
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■ショートシナリオ
担当:天田洋介
対応レベル:6〜10lv
難易度:普通
成功報酬:3 G 40 C
参加人数:6人
サポート参加人数:1人
冒険期間:02月06日〜02月12日
リプレイ公開日:2007年02月13日
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●オープニング
「待たせたな。これが報酬だ」
「いえ、わしもパリから出かけてたりしてましたんで」
夜の路地裏に灯るランタンが二つ。フードで顔の見えない男が、恰幅のいい男に袋を渡した。受け取った手がストンと地面へと引き寄せられる。恰幅のいい男はその重さに、にやついた。
「領主ブロズ様はご満悦だ。またマーメイドを欲しがるかも知れない。その時は頼もうぞ」
フードの男が話す側で恰幅のいい男は袋の中身を一つまみ取りだす。
わずかな灯火でも輝く。それは砂金であった。
「それでは‥‥」
二人の男はそれぞれ反対の方に歩いて別れるのであった。
「ボロい商いだったなあ。あんな簡単に捕まえたのが、これ程になるとは」
帰り道、恰幅のいい男は砂金の入った袋を気分良く上へと放り投げる。
目の前をかすめる手があった。
恰幅のいい男の掌に重い袋は戻ってこない。何者かが走り去ってゆく。あまりの気の緩みから恰幅のいい男は砂金を盗られてしまった。
「待て!」
恰幅のいい男が逃げる何者かを追いかける。何者かが曲がり角に消えた。恰幅のいい男も曲がろうと角に差しかかる。
「エイッ!」
後頭部に強い衝撃を感じ、恰幅のいい男は気を失った。
「家畜商の主人だな」
恰幅のいい男は冷たさに目が覚めると、誰かに声をかけられた。水をかけられたようだが、目隠しをされていて詳しくはわからない。後ろ手に縛られ、両足も自由がなかった。
訊ねた声は男のものだ。
「だったら何だ。わしに何をするんだ!」
恰幅のいい家畜商は痛む後頭部を我慢しながら声を荒らげた。
「訊きたい事がある。お前はマーメイドの男を捕まえたな? 誰に売ったか教えろ」
「何でそんな話し‥‥ははー、お前さんも食べて不老不死になりたいんだな。それなら用意してやる。ただし金次第だがな。こんな目に遇わせて訊いた所で、マーメイドは獲れはしないぞ。コツがあるから‥」
家畜商は再びの冷たさに言葉を失う。また水をかけられたようだ。
「いいから売った相手を教えろ。さもないと」
家畜商の頬に何かが触る。あまりにも微かな感覚なので何なのかわからない。
「さもないと‥‥なんだってえんだ!」
「さもないと、続けるよ」
また頬に触る何かがある。
「だからどうした! 痛くもかゆくもねえ。まださっきの水の方が堪えるってもんだ」
「そうなのか。さすが金持ちはこの程度の金では何でもないのか」
家畜商は頬に感じたのが砂みたいなものだと気がついた。
「まさか、さっきもらった砂金をばらまいているのか!」
「そうだといったら?」
「わっわかった。話す。話すから止めてくれ」
家畜商は洗いざらい話した。地方領主ブロズからの使いの者に頼まれて、マーメイドを捕獲し納めた事があり、もらった砂金はその代金である事。納めた場所は城ではなく別宅であった。すぐに食すと思っていたが、別宅に住むブロズの娘はしばらく飼うといっていた事などだ。
「わかった。もし嘘だったら、今度は命を狙う。覚悟しておけよ」
家畜商の手を縛る縄を何者かいじる。家畜商は太股に重たいものが乗っかるのを感じた。
「じゃあな」
何者かの気配が消えた。家畜商は両手首を捻り、縄を引きちぎる。何者かは消える間際、縄に切れ込みを入れたようだ。目を覆っていた布をとる。灯ったランタンは残されていて手元は明るかった。
「とにかく砂金は返してくれたよ‥‥なにぃ!」
袋はまったく別のものであり、入っていたのはただの砂であった。頬を触り、ついていたものを確認してみるが、これも砂だ。
「騙された!」
家畜商は怒りのあまり足が縛られているのを忘れて立ち上がろうとする。そして転げるのだった。
「アクセル、兄さんの救出は作戦あるの?」
夜のセーヌ川の畔に人間の男アクセルと、マーメイドの娘フランシスカは佇んでいた。
アクセルは袋をひっくり返し、砂金をセーヌ川に流す。つい先程、家畜商からフランシスカと一緒に奪ったものだ。
「こういう荒事はやっぱり俺には合わないな。この前、フランシスカを助けた時の冒険者は頼もしかった。またギルドにお願いしようかと思う」
「でも相手は領主なんでしょ? つまり偉いんだよね。依頼を受けくれるかな?」
「フランシスカを助ける時、感じたんだ。マーメイドをただの獣扱いにする人達は多いけど、少ないながらそれを嫌悪する人達もいる。わざわざ領主が隠れるようにやっているのも、後ろめたさがあるからだ。だから領主の所からお兄さんを連れだしたとしても、大っぴらにはしないはず。元々自分達がいかがわしいのだから。依頼内容は多くの人に伝わるからぼかさなくちゃならないけど、依頼日の最初に冒険者達にはちゃんと話すよ。信頼しなければ、信頼されるはずがないからね」
アクセルはフランシスカと一緒に歩き始める。
「兄さん無事よね? 食べられたりしないよね?」
アクセルは心配そうに見つめるフランシスカの頭に手を置いた。
「ああ、きっと平気さ」
フランシスカから顔をそらすアクセルの顔は言葉と裏腹に険しかった。現実としては、かなり危ない状態だ。今まで生きていたのが奇跡のようなものだ。フランシスカもわかっていて、なお、訊いたのだろう。
翌日、アクセルは冒険者ギルドに赴いた。誘拐された人の救出を頼む内容だ。ウソではないが、的を射た内容でもない。心苦しいアクセルであったが、マーメイドの事を多くの人に知らせるのはいろいろと危険であった。フランシスカに、もう危ない目は合わせたくなかった。
「よろしくお願いします」
受付の女性にそう言い残して、アクセルは冒険者ギルドを後にした。
●リプレイ本文
●仲間
御者アクセルが馬車を停める。
待ち合わせ場所には冒険者達の姿があった。アクセルとフランシスカは急いで馬車を降りて駆け寄る。
「お久しぶりです。お元気でしたか?」
護堂熊夫(eb1964)は真っ先に二人へ挨拶をする。
「お二人とも久しぶり〜」
パトゥーシャ・ジルフィアード(eb5528)はまだ少し眠いようだ。
「またお会いしたお仲間もおりますな。おいら、河童の中丹でおま。よろしゅうに」
「この間助けて頂いた方々もいて心強いですよ」
「アクセルはんの依頼いうことで、フランシスカはんがらみやと思っといたんや。見事当たりやな」
フランシスカに頷く中丹(eb5231)のクチバシがキラ〜ンと光る。
「アクセルはん、フランシスカはん、今回は強力な助っ人や! おいらの義兄弟、小大兄が来てくれたんや!」
「ほっほっほっ、わしは小丹というんじゃ。よろしくじゃ」
小丹(eb2235)はどこからか持ってきたもじゃもじゃのつけヒゲを触りながら挨拶をした。
全員と挨拶を終え、アクセルは依頼を詳しく話し始める。特に初めてであるハルカ・ヴォルティール(ea5741)と小丹に心を傾けた。
マーメイドのフランシスカは人間に捕まった兄カルロスを探す為にパリまでやってきた。いろいろあって人間のアクセルに手伝ってもらう事となる。
この前はフランシスカが兄を探す途中で、ある村の者達に食べられそうになり、そこを冒険者達に助けてもらった。すべてはマーメイドの肉を食べると不老不死になるという迷信のせいであった。
マーメイドは大量の水に濡れると下半身が魚の尾みたいに戻ってしまうと、フランシスカがつけ加える。
アクセルはさらに家畜商から得た情報を冒険者達に伝えた。地方領主ブロズの別邸にフランシスカの兄が囚われているという。今は領主の娘が住んでいるそうだ。
「‥‥さて、領主の説得にしても普通に交渉するだけでは向こうもそう簡単に折れてはくれない」
ハルカはマントの中から右腕を出すと顎を触って考える。
「お兄さんが見つかったのですね。よくぞご無事で‥神に感謝致します。お導きとご加護を」
ウェルス・サルヴィウス(ea1787)は祈りを捧げる。
「良かった‥お兄さん、見つかったんだ‥‥。居場所がわかって良かったね、絶対いっしょにパリまで帰ろうね」
パトゥーシャはフランシスカの手を両手で強く握った。
「みなさん、馬車で移動しながら話しませんか?」
アクセルの意見に賛成した冒険者達は馬車へと乗る。御者アクセルが発車させた。
「人魚を求めさせたのは欲望でしょうか、孤独でしょうか、それとも‥。ご領主も、ご自身の行いの意味をどこかでご存じなのでは?」
「なるべく穏便に解決し、兄妹とアクセルさんを幸せにしたい所ですが‥‥」
「前にも人魚は助けたことがあったのう。わしは行商人ということで潜入するつもりじゃ」
「なんとしても一緒に逃げてもらわないといけないよね。娘さんが領主のお父さんに否定的なら密かに接触して協力を求めたいな」
「檻に囚われているらしいんや。説得が無理やったら、おいらが水ん中から檻を壊したるわ。けど、この時期寒そうやな〜‥‥」
「助けられたとして関所もある‥‥無事に抜け出られるといいけど、もしも最終的に強行突破に至るものなら‥‥」
道中、冒険者達は様々な意見を出し合った。日が暮れて薪を集めて焚き火をする。食事をとると、馬車とテントに分かれて眠りにつくのだった。
●情報収集
二日目の朝になり、馬車に乗った冒険者一行は領地の境目となる関所を通過する。
石造りのしっかりとしたアーチ門であった。少々の事ではびくともしないだろう。見かけられる衛兵の中には空飛ぶ装備を身につけている者もいた。単純に空を飛んでも通過出来ないようだ。
「簡単にはいかないようです」
護堂は相談されていたウェルスに話しかける。
関所の両側に石壁が長く伸びていた。西の方角には山があり、さすがにそこまで石壁は続いてないようだ。
「ちょっといってきますね」
パトゥーシャは一人馬車を降りて、関所の周辺を調べる。セブンリーグブーツを履いているので少々遅れても追いつけるはずだ。
一時間後、パトゥーシャは無事合流した。
お昼過ぎに冒険者一行は町に到着する。別邸は小さな町中にあった。
「ほっほっほっ」
小丹はさっそく行商人として町の人々の中に潜入してゆく。
「これこれ、そこの嬢ちゃん、坊ちゃん、見てゆくがいいのう。東洋の珍しい物もあるぞい。キエフの防寒具もあるぞい」
小丹は人通りの多い場所に品物を並べて商売の口上を始めた。十手、半纏や、手袋、靴下などを立ち止まった人々が見てゆく。
何人かに訊いた所によると、別宅に住む領主の娘の名はシャラーノという。今年で二十五歳になる美しい女性ではあるが結婚はしていない。噂ではあるが結婚をしない、もしくは出来ないのは特別な趣向のせいらしい。
「信じられない程の面食いらしいのじゃ。えり好みが激しくて、とても移り気らしいのう。とにかく綺麗なものが好きらしく、宝石も集めているそうじゃ」
小丹は仲間に報告する。
「わたしも町の人達に人魚の噂がないか、それとなく訊いたときに耳にしましたね。あと――」
パトゥーシャは護堂と別邸周辺の地形を調べた時、ついでにマーメイドの噂もあるかどうか町の人に訊いてみた。その時、シャラーノの噂も聞いたのだ。
マーメイドの事を知る者は誰一人としていなかった。どうやら領主とその娘にとっては知られたくない事実らしい。
「テレスコープで別邸を遠くから観察してみましたが、フランシスカさんのお兄さんは確認出来ませんでした。しかし庭の池には変な小屋が建てられています。きっと檻なのでしょう。それと友人のレオパルドから聞きましたが、ブロズ領の衛兵達は規律が乱れているようです」
護堂も仲間に報告した。
「宝石が好きだとすると‥‥」
フランシスカは持っていた袋からいくつかの指輪を取りだした。故郷の海にいたとき難破船から拾ってきたものだ。
「これを献上するといえば面会出来そうだな」
アクセルはフランシスカから宝石を受け取る。
「いうのを忘れてたのう。シャラーノ嬢ちゃんは人間の男以外は興味ないそうじゃ。それ以外の者と会うと不機嫌になるらしいのう」
「おいらの良さがわからないなんて、ごっつう損しているんや」
小丹は髭を触る。中丹はクチバシを触る。
「ウェルスさん、まるごとえんじぇるを用いて天使になろう思っていましたが、作戦は無理なようです」
「アクセルさん、私と行って頂けますか?」
ウェルスは護堂に頷いた後で、アクセルに視線をやった。
●説得
「お前達、シャラーノ様にお会いになりたいというのか?」
三日目になり、アクセル、ウェルスは別宅の門番に面会を求めた。二人いる門番はどちらも端麗な顔立ちをした器量よしだ。ただ、とても強そうには見えない。
「待っていろ」
指輪を見せられた門番は使いの者を別邸内の屋敷へと向かわせる。許可が降り、二人は馬車に乗った。
屋敷に着くと何匹もの番犬が飼われている囲いがある。賊が忍び込んだ時に放つのだろう。
二人は屋敷の部屋に通される。
「そなた達がわたくしに献上したいものがあると?」
現れたシャラーノは装飾のついたドレスを身に纏っていた。値踏みをするようにシャラーノは二人に顔を近づける。
「こっこちらを」
顔を近づけられたままのアクセルは指輪を二個差しだした。
「ほう?」
指輪を受け取ったシャラーノは指に填めてみる。
「よくこれ程の物を。台は痛んでいるが宝石はなかなかのもの。嬉しいぞ」
「お話しをよろしいでしょうか。なぜ人魚を求めたのかをお訊きしたく存じます」
「‥‥その事をどこで知ったのだ?」
「欲望なら他者を省みぬ行いは人を統べる立場ならなおのこと、自らの足元を危うく致します」
「欲望? 確かにその通りではあるな。お父上とは違う欲望であるがな」
シャラーノは呼び鈴を鳴らす。
「この指輪に免じて、今の非礼は許したもうぞ。ただしお帰りになられよ」
「孤独なら、それを他者の悲しみや涙で埋めることのないよう‥‥神はこのような――」
説教をするつもりがなかったウェルスだが思わず口に出る。
「神は自らに似せて人をおつくりになられた。なら美しきは神に近づく事。そうは思いません? クレリック様」
「そのような――」
アクセル、ウェルスの二人は無理矢理に屋敷から連れだされた。
夜半にシャラーノは池に隣接する小屋を訪れた。中には水中へと続く檻がある。
「カルロス、決心はつきまして?」
暗がりの岩場に座る男にシャラーノは声をかけた。
シャラーノについてきた者がかがり火を灯す。男の下半身は人の足ではなく、魚の尾を形作っていた。
「カルロス、人間ではない殿方に心惹かれたのはあなたが初めて。お父上にあなたを引き渡すように急かされているのよ。渡してしまえば、食べられてしまうわ」
シャラーノは鞭を手に笑みを浮かべる。
「決心さえすれば、この屋敷で不自由なく暮らせますわ。お父上には新たなマーメイドでも手に入れて渡しましょう。そうね、またお前のような美しい男のマーメイドだと困る。今度は女のマーメイドにでもしましょうか」
シャラーノは鞭を振るった。カルロスと呼ばれたマーメイドは一言も話さなかった。
●救出
四日目の夕刻、小川に飛ぶ込む二人がいた。一人は中丹、もう一人はフランシスカだ。
アクセルは救出に手を貸したいというフランシスカの願いを聞き入れた。ただ、奥まで入らずに池に入る直前での見張り役としてだ。これがアクセルが許せる限界であった。
「領地の民達の間での噂を武器に揺さぶりをかけつつというのは無理だったのてすか」
「申し訳ありません。神の言葉をあのような意味で捉えている方がいるとは‥‥」
「いえ、責めているように感じられたのならすみません。人魚の解放が無理なら仕方がないでしょう」
ウェルスとハルカは後方にいた。アクセルも一緒である。いつでも馬車を出せるように待機していた。
「ウェルスさん、あれは怒るのが当然ですよ」
アクセルは会話に参加しながらもフランシスカの心配をするのだった。
「お前達はまだ‥‥なっ何を!」
門番の二人を小丹と護堂が技を駆使して気絶させる。パトゥーシャが二人を縛り上げると、庭へと入って池に向かう。
今の所、別邸の者で気がついた者はいない。作戦は小川から池に向かう水中組と、庭から池に向かう陸組との二段構えだ。
見かけた水路の門は開けっ放しだった。水中組は檻の小屋まで簡単に辿り着けるだろう。
中丹は檻に着くと、丸太同士を繋げる縄をナイフで切ってゆく。
池の上からも音がする。どうやら陸組も檻を壊しているようだ。協力しあったおかげで丸太の一本が外れ、中丹は潜入に成功する。
水底に人影があった。近づくとマーメイドである。
「あんさんがフランシスカはんのお兄はんやね」
「河童の方? なぜ‥妹の名を?」
「おいらは中丹、頼まれて助けに来た冒険者やで」
「す‥まない」
「ええって、あんさんらは遠い遠い親戚みたいなもんやしね」
中丹は手を貸そうとして、フランシスカの兄カルロスが衰弱しているのを知る。泳いで逃げだそうと考えていたが無理のようだ。水上から呼ぶ声があり、中丹はカルロスに肩を貸して浮き上がる。
「よかった。フランシスカさんのお兄さんですね」
パトゥーシャはカルロスを見て笑顔になった。得意な鍵開けで檻内に入ったようだ。
護堂がカルロスを檻から担ぎだすと、空飛ぶ絨緞に乗せる。衰弱したカルロスに衝撃を与えないようにゆっくりと脱出を試みる。
「気づかれたようじゃ」
小丹は屋敷の方角に松明の灯火を見つけた。夜はもうすぐだ。
「ほれ!」
小丹は珍酒『犬饗宴』を開けて周囲に振りまく。そして逃げる反対方向に放り投げた。これでしばらくは時間を稼げるはずだ。
陸組の三人は入った門とは違う場所に向かう。パトゥーシャが抜け穴を知っていた。
水中組もすでに馬車に向かっているはずだった。
「ストーム!」
馬車を襲おうとした数匹の犬が突風で吹き飛んでゆく。
ハルカが魔法で追いついてきた別邸の番犬を吹き飛ばしたのだ。
「全員そろったね?」
返事を聞いた御者アクセルは馬車を走らせる。既に周囲は暗い。この時間に作戦を実行したのは闇に紛れて逃げようという考えからだ。
馬車の中から泣き声が聞こえる。生きていた兄カルロスにフランシスカが抱きついていた。
「わしの着とったワイルドシャツじゃが、ないよりましじゃろ」
小丹がカルロスに自分の着ていた服を貸してくれる。
みんなのおかげで水気が拭き取られる。カルロスは人の姿に変身するのだった。
●関所
「どうだった?」
アクセルに訊かれたパトゥーシャは首を横に振った。既に連絡が届き、関所は警戒体制がひかれていた。
全員で作戦が考えられる。パトゥーシャが護堂の絨緞を借り、フランシスカとカルロスを乗せて西にある山を地上すれすれに飛ぶ。他の者達は関所で衛兵達の注意を引く事が決まった。出来るなら採りたくなかった強行作戦だが他に方法はなかった。
「うおおっ!」
関所に着くと、護堂は馬車から降りるなり衛兵に襲いかかる。シャドウバインディングやスープレックスを使って気絶するように心がけた。
同じく馬車を降りた小丹も回避で髭を揺らしながら衛兵を翻弄する。攻撃されても十手で受け止めてゆく。
中丹も回避で衛兵達を翻弄した。そしてスタンアタックで気絶させていった。
馬車にはアクセルとハルカ、そして上半身部分を内側に折った『まるごとホエール』を履くウェルスがいた。護堂が履こうとしたのを自らかってでたのである。すべてはマーメイドに見せかける為だ。
今頃は絨緞に乗った三人が山を横断しているはずだった。境界付近さえ過ぎれば安全である。それほど時間はかからないはずだ。
「はい〜!」
中丹は周囲にいたすべての衛兵を気絶させる。大きく両腕を広げた中丹のクチバシがキラ〜ンと輝く。
アクセルの合図で味方が馬車に乗り込む。走る馬車を何人かの衛兵が馬に乗って追いかけてきた。
「不本意ですけど転倒してもらいましょう」
ハルカはストームを放ち、衛兵を落馬させた。まだそれほどの速度ではないので、大した怪我はしないはずだ。
それから二時間は警戒していたが、誰一人として追ってはこなかった。
さらに一時間後に絨緞で山を横断した三人と合流する。一晩の野営を過ごし、五日目の暮れなずむ頃にはパリに到着した。
「ご無事でよかったです」
ウェルスはカルロスとフランシスカ、そしてアクセルの前途を祈る。
「しばらくはカルロスさんの回復を待ちます。海までは遠いので、またお願いするかも知れません」
アクセルは助けてくれた冒険者全員に深く礼をいう。フランシスカも瞳に涙を溜ながら礼をいうのだった。