●リプレイ本文
●大わらわ
「みっみなさん、お手伝いに集まって頂いてありがとうございます。神よ。感謝致します。これで、はーやっと‥‥いやいや、とっても助かります」
小さな教会の礼拝所で、留守を守る助祭と冒険者達が集まっていた。助祭は髪の毛が乱れ、淀んだ空気をまとっている。目の下に隈があり、今にも倒れそうだ。冒険者達が病気に伏せている一人が無理をして起きてきたのだと勘違いする程のやつれ方だ。
司教は昨日の朝に馬車へ乗り、神の説教をする為に集落へ向かった。わずか一日の間で助祭はこれほど疲れてしまったのだ。
「私も白のクレリックの端くれ。困っている司教様達を見過ごす訳には行かないわ。助祭さん、子供達の事は私達に任せて教会の仕事に専念してね」
サトリィン・オーナス(ea7814)は助祭に微笑む。そして優しい中に凛とした光を潜めた瞳で祈りを捧げる。
「とても助かります‥‥。昨日は先輩のお世話と信者の方々、そして子供達にと振り回され、結局どれも中途半端に終わってしまって‥‥」
「こういう事ってね、重なるものよ」
セレスト・グラン・クリュ(eb3537)は心配そうに助祭を見つめた。この様子だと寝込んでいる三人の事も余計に心配になる。子供達がお腹を空かせているかも知れない。
「今の主人に召し上げられる前は僕も教会にいましたからこの雰囲気は懐かしいですね。短い間ですがよろしくお願いします」
テッド・クラウス(ea8988)は天井を見上げた後で挨拶をする。
「アラアラ、教会さんも大変の事ね。金にならない事はしないの私、気まぐれで手を貸すヨ」
そういいながらも黒焔星(ec0549)は掃除のしがいがある場所をいくつか見つけて計画を練っていた。
スラッシュ・ザ・スレイヤー(eb5486)はみんなと少し離れた場所で、状態を確かめるように石柱を何度か叩く。
「教会、か。俺には無ぇ場所だな。たまにゃ神に恩返しでもしとくかい」
そう呟くとスラッシュは助祭に近寄る。見知った者はスラッシュの髪型に違和感を覚える。それは髪を下ろしていたからだ。
「俺はスラッシュ・ザ・スレイヤー。助祭のアンタはなんつうんだ?」
「失礼しました。助祭を任されていますピュールと申します」
ピュール助祭は改めて挨拶をする。
「私は文字の読み書き等をお教えしたいと思います。でも勉強ばかりでは息が詰りますし、寒いですけど天気が良ければ皆で外で遊ぶのも良いですね」
セシル・ディフィール(ea2113)は肩に鷹のイグニィを乗せていた。
「僕は司祭たちの風邪が早く治るよう、被害が広がらぬよう、せめて暖かいベッドや清潔な衣類で過ごして貰いたいな」
アリスティド・メシアン(eb3084)は柔らかい物腰でみんなに意見を伝える。
サトリィンとセレストの指揮の元、冒険者達は役割の分担を決めるのだった。
「お腹空いたよう」
「ねえ。ねえー。ピュール助祭さまあ、食事はまだ?」
「ごめんね。もう少し待ってください」
冒険者達はピュール助祭に子供部屋へ案内された。子供達の甲高い騒ぎ声の他にピュール助祭の腹の虫も鳴る。
調理を担当するつもりのセレスト、サトリィン、スラッシュ、黒の四人はさっそくピュール助祭に炊事場を訊ねる。
「今流行りの風邪は性質が悪い。見たところかなり幼い子もいるわ。司祭様達の部屋へ続く廊下に椅子等置いて簡単なバリケードを作成してもらってよいかしら」
セレストは炊事場へ行く前にピュール助祭に許可を取り、アリスティド、テッド、セシルに頼んだ。
調理担当の者達は炊事場で相談する。サトリィンが考えていた病人用の食事をたくさん作る事にした。材料もあるし、第一早く作れそうである。もちろん夕食は別に作るつもりであった。
メニューはパン粥や擂り林檎、野菜を柔らかく煮込んだスープだ。サトリィンは念の為、食材と水を出来るだけピュアリファイで浄化する。
早速、全員で取りかかり、取り敢えず満腹になってもらう為の料理が出来上がった。
余程お腹が空いていたのか、ピュール助祭の神への感謝が終わると、子供達は一気に食べる。おかわりを何度もする子供もいた。
「喰いな」
スラッシュがハーブを足した食事を三人の病人の元に持っていった。
最初はスラッシュの姿と言葉遣いに驚いた三人の病人であったが、食べ終わる頃には感謝の涙を流していた。たった一日司教がいないだけでとても堪えたいう。
腹ごしらえが済むと、病人の三人を除く全員で掃除をはじめとする家事をやることとなった。
「僕は洗濯から取り掛かることにしよう。焔星も手伝ってくれるかな?」
「私、洗濯から干し物は出来そうネ」
作業に向かおうとするアリスティドと黒がセレストとすれ違う。
「洗濯はどんな事に気をつけたらいいかな」
「同じ色合いと素材に分けて洗う事。汚れが酷い部分は予め染み抜きをしたり、石鹸を用いて揉み洗い。皺はよく伸ばす‥その位かしらね?」
セレストと別れ、アリスティドと黒は一緒に井戸の近くで洗濯を始めた。子供達は溜まった洗濯物を運んできた。その量は山と表現するのに相応しい。
「洗濯に手を貸してくれるかな」
アリスティドは洗濯物を運び終わった子供達にやさしく声をかける。
「ひゃあ、冷たいね」
子供達の中でも十歳の二人の男の子と5歳の女の子が手伝ってくれた。アリスティドが木のタライを枝の伸びる木の近くに置く。そして枝に掴まった子供達が足踏み洗いをする。
アリスティドは行進曲を歌う。子供達は曲に合わせて笑顔で足踏みを続けた。
たまに吹く風は冷たいが快晴であった。午前中の今からなら充分に乾くはずだ。
「すごい太い腕だね」
木と木の間に張られた縄へと洗濯を干す黒の筋肉質の腕を見て子供達は驚いていた。
「結構重いですね」
テッドは集めたゴミを庭へと運ぶ。昨日からの一日だけでなく、それ以前からのゴミも生活の場には溜まっていた。
「しっかし、好きで受けたとは言え地味〜な仕事だぜ」
スラッシュもゴミを運ぶ為に庭と教会内を何度も往復する。
ゴミを燃やす役目はセシルだ。
あまり家事が得意ではないセシルはみんなから視線を逸らしつつ、この役目を引き受けた。しかしよく考えてみれば、火の精霊魔法を得意とするセシルにうってつけの内容だ。念の為に水も用意してあった。ちゃんと風向きを考えて洗濯物に煤や煙がかからないように離れている。
「お姉ちゃん、その鷹はペットなの?」
ゴミ出しを手伝っていた子供がセシルの肩の上を見上げた。たった今、鷹がとまったのである。
「この鷹はイグニィといいます。優しい子ですから仲良くしてね」
「ほっほんとう?」
怖がりながら手を伸ばして触ろうとする子供達であった。
「昨日は信者の方々の前でうろたえてしまったんです」
サトリィンはピュール助祭に神に仕える者としての基本的な心得を教える。去り際に恩師を思い、祈りを捧げた。先生‥神に仕える皆さんの回復と子供達の笑顔と健康を維持出来ます様にと。
それからみんなの仕事ぶりを見て回った。
洗濯物はしっかり洗われているようだ。すでに干し始めているから、きっと乾燥も平気だろう。
掃除をしている部屋ではなるべく窓の戸を開けて換気をよくする。埃が舞い上がると喉や鼻に悪いからだ。
サトリィンはセレストが縫い物をしている部屋に行き、夕食の相談をする。今日の所は食材はあるが、明日は買い出ししなくてはならないだろう。
夕食のレシピはセレストの提案した肉と卵、牛乳を多めのよく煮込んだものにするつもりだ。寝床に伏せる三人の事も考えてのメニューであった。
「ふしぎー。お花ができちゃった」
セレストの周囲には最年少の四歳の子を含め、女の子ばかりが集まっている。
セレストはサイズがあわなくなった子供達の服の直しやかぎ裂きの修理を行っていた。
「布の代金は請求して下さい。司教から手伝って頂く冒険者様に作業以上の負担は頂かないようにと言付かっています。裁縫に長けた者がおらず、困っていました。とても助かります」
忙しい時間の合間をぬって子供部屋を訪れたピュール助祭はセレストに礼をいう。
「助祭さま〜。信者の方がきたよ」
子供が呼びに来てピュール助祭は急いで立ち去ってゆく。
「うわあ。新しいお洋服みたい」
アップリケで穴を隠しながら飾られた女の子は洋服を身体に当てて喜ぶ。
「どうやってやるの?」
裁縫に興味を覚えた女の子がセレストに訊ねるのだった。
家事が一通り終わり、夕食を食べて初日は終了した。
●勉強
依頼二日、三日はあまり変わらない日が続いた。必要な家事と、初日には出来なかった勉強が行われる。木箱に砂を入れたものと細い枝が用意された。
「こんなのもあります」
セシルはゲルマン語はもちろんの事、他の言葉もいくつかわかるので、興味を持った子供に教えてゆく。二人だけだがある程度読み書きが出来る子供がいた。あまり綴りが変わらない単語もあるし全然違う単語もある。クイズのように面白がってくれていた。
「そうだね。とてもうまいよ」
アリスティドはまだ自分の名前から書けなかった何人かの子供に教え始めた。名前を完全に覚えてから、少しずつ同じ文字で始まる言葉を教えていくつもりである。消えてしまう砂文字以外にも教会に余っていた羊皮紙に名前を書かせた。見本があれば自分で練習出来るし、互いに仲間の名前も覚えるはずである。
「アリスさん、聖歌をお願い出来るかしら」
サトリィンは子供達が歌う聖歌へアリスティドに華を添えてもらった。楽しくみんなで聖歌を歌うと、サトリィンは僧侶の心得を話し始める。教会にいる以上は一般の信者以上に知っておくべき聖書の教えがあるはずだ。判り易く読み解いて聞かせるが、やはり理解できない幼い子はいるだろう。しかし心の隅に残り、いつか役に立ってくれる事を願った。
「こんな感じかしらね」
セレストは簡単な読み書きを教え終えると、子供達の服の目立たない場所に刺繍で名前を入れてあげた。女の子の一部には他の自分の服にも刺繍を始める。名前も覚えるし、裁縫の腕も上がる。
「そうです。とてもお上手です」
テッドは読み書きの他に基本的で簡単な礼儀作法を教えた。勉強が終わると愛馬ブリーゼで買い出しに出かける。ハーフエルフのテッドは変な噂が立たないように、借りた布を頭に巻き、耳を隠すようにした。買う物についてはサトリィンからのメモがある。
「おにいちゃーん」
買い物を終えて教会に着くと、二人の子供が待っていた。ブリーゼに一人ずつ乗せて手綱を引いて庭を一周する。他の子供達も集まり、交代で乗せてあげた。幼い子には年長の子供と一緒にするのだった。
スラッシュは夕食の下ごしらえを終えて、庭の木陰で一服していた。教会の中は禁煙らしい。アリスティドから貰った上物の葉巻を深く吸う。
「何しているの?」
スラッシュはいつの間にか近くにいた男の子三人に突然声をかけられてむせる。
「あ? ガキにゃ未だ早ぇよ、シッシッ!」
「そんな事いわないでさ。ねえ? それ何」
「まだ勉強時間だろ。ちゃんとやらねぇとお化けが出るらしいぜ?」
「そんなのいないもん」
「ほう。そういうかぁ」
子供達は探しにきたセシルによって連れられてゆく。スラッシュは思いつく事があった。
「結構これ大変な仕事ですだよ‥‥早く神父さん、帰ってきてほしいの事ね‥‥」
黒は水の入った桶を持ち、雑巾で汚れた個所を拭いていた。
「ここは結構広そうネ」
礼拝場は珍しく誰もおらず、ひっそりとしていた。今の内に掃除しないと出来る時間はないはずだ。
「わたしもやらせていただきます」
ピュール助祭が雑巾を手に拭き始める。
「いつも大変ネ。こんな時は休む事ね」
「大丈夫ですのでやらせてください」
食事の準備が始まるまでの間、黒はピュール助祭と雑巾がけを続けるのだった。
●遊び
四日目は遊ぶ日と決まっていた。日々の家事が終わると、手があいている冒険者達は子供達の相手をする。
セシルは特に小さな子達と鷹のイグニィと一緒に遊ぶ。
サトリィンは将来クレリックを目指す子供に聖書を読んで聞かせた。
テッドは評判になった愛馬ブリーゼに子供達を乗せてあげる。
アリスティドは竪琴を奏で、女の子達と一緒に歌った。
セレストは裁縫を習いたい子供に教えてあげた。
黒は習いたいという男の子達に武術を見せる。
そして、スラッシュは何かの準備を行っていた。
夜になり、食事も終わった。
子供部屋は三部屋ある。その内の男の子達が寝る部屋をスラッシュは狙っていた。
ゴーストに変装し、はみ出た髪の毛もより激しく尖っているように整えた。そしてランタンの火が落とされた部屋に進入した。
「あれ?」
二段ベットに寝ていた子供が暗い部屋の中で目を瞬かせる。冷たい何かがおでこに当たったような気がしたからだ。
ランタンを覆っていた器を取り去り、ゴーストのスラッシュは姿を現した。両手を広げて揺らめかせる。
まだ眠っていなかった子供達は眩しさに目を細めながら驚く。
「ベンキョウオォ、シロヨウオォォ〜」
一人の子供が悲鳴を上げるのと同時にスラッシュは退散した。
「やりすぎたかねぇ。まあ、あれぐらいで丁度いいか」
スラッシュは元の姿に戻ると、仕事を終えたピュール助祭の部屋を訪れる。二日目の夜から酒を一緒に呑んでいた。ピュール助祭はもっぱらジーザスの血に例えられるワインである。
「これで酒付き合うのは最後になるよな。ま、大変だろうがよ、テメェが好きでやってんなら踏ん張っとけよ」
「はい。早く一人前になります」
「ガキ共には勉強教えておけよ。悪ぃ大人にはしねぇようにな」
スラッシュはピュールのカップにワインを注ぐのであった。
●司教
五日目の夕方頃、馬車で司教が教会に戻ってきた。
出かけた時より綺麗になった教会に司教は驚いた。寝込んでいた三人も起きられるまで回復していた。
「ありがとうございます。普段手の届かない所までして頂いたようです」
司教は冒険者達に深くお礼をいう。
「本当に助かりました。なんとお礼をいったらよい事か」
ピュール助祭も冒険者達にお礼をいった。
司教とピュール助祭、そして子供達に見送られて、冒険者達は小さな教会を後にするのだった。