レストランは大忙し
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■ショートシナリオ
担当:天田洋介
対応レベル:フリーlv
難易度:普通
成功報酬:0 G 85 C
参加人数:6人
サポート参加人数:2人
冒険期間:03月04日〜03月10日
リプレイ公開日:2007年03月12日
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●オープニング
「今持っていきまーす」
客に急かされたウェイトレスはトレイを両手と腕に合計四つのせて運ぶ。
「お待たせしましたあ」
テーブルに並べられるのはチーズをふんだんに使った郷土料理である。この村に人が集まる理由がこの料理であり、レストラン『ジョワーズ』は今日も盛況だ。
「マスタ〜、休憩時間をくださあい〜」
コックもウエイトレスも誰もが疲れていたが、客は止まらない。いや午後になってかえって増えていた。
朝から晩まで一度の休みもなく、働く以外にあったのは生理現象と食事を胃に掻き込んだ一瞬だけである。
真夜中、客との戦いを終えて、八人の従業員が死んだように転げていた。
「羊肉添えチーズ‥‥風味ぃあがったよ‥」
寝てしまったコックが呟く。夢の中でまだ料理を作っているようだ。
「みんな、あとちょっと待ってくれ。そうすれば頼んである料理人とかがやってくるんだ」
マスターも椅子の上で項垂れていた。
「もっ持ちません。もう一ヶ月はこの状態なんですよ。いくらお給金がよくても‥‥」
従業員の一人は言葉を濁した。
「わっ、わかった。数日後に何人かずつ休みを取らせよう。だからお願いだ。早まった事はしないでおくれ」
マスターは重い足を引きずってレストランを出た。そして友人に馬車を頼み、一晩のうちにパリへとやってきた。
「お願いします! レストランを手伝ってくれる冒険者を紹介して下さい」
朝早い冒険者ギルドでいい歳をしたマスターが涙を流しながら受付の女性に懇願する。
「もうすぐ本当に腕の立つコックや、住み込みでやってくれるウエイトレスがやってくるんです。なのにもし、今の従業員に逃げられたら、人が減って何の解決にもなりません‥‥」
「つまり、冒険者にその新しい従業員の方が来るまで住み込みで手伝って欲しいという依頼ですね?」
「その通りです。わたしはすぐに村に戻って手伝わなくてはなりません。ですが、初日には必ずまた迎えにパリに来ます。よろしくお願いします」
マスターは依頼金を前払いし、冒険者ギルドを後にする。ギルド近くに待機させておいた友人の馬車に乗り込むと、忙しいレストランのある村へと急ぐのであった。
●リプレイ本文
●歓声
「みんな、今日はすまなかった。帰ったぞ」
レストラン『ジョワーズ』のマスターは店内に入ると開口一番、八人の従業員に謝った。初日の夜、冒険者達を馬車に乗せてパリから戻ってきたのだ。
「‥‥もしかしてその人達は?」
椅子に被さるように座るウェイトレスが一人一人冒険者の顔を眺める。乱れた髪が昼間の忙しさを語っていた。
「休みの無い仕事とは大変ね」
本多桂(ea5840)は従業員達の惨状にも動じていない。
「明日から調理場から一人ないし二人、給仕から一人ずつ入れ替えて休んでくれ。今までがんばってくれてありがとう」
従業員達が声をあげて元気を取り戻す。コックの一人は涙まで流していた。
挨拶を交わし、冒険者達は住み込みをしている従業員に部屋を割り当てられた。
「とても美味しいです」
エレシア・ハートネス(eb3499)は賄いとして出された食事に口をつけていた。
他の冒険者も美味しさに思わず笑顔が綻ぶ。豆を煮込んだものに脂肉が足され、クセの少ないチーズがアクセントになっている料理だ。
「当時は一日に五回は死ねるかと思ったよ」
エグゼ・クエーサー(ea7191)は明日からの忙しさを思い、隣りにいたスズナ・シーナ(eb2735)に料理修行時代の修羅場話をする。
「普段から食堂とかで店員をやっていますので、その辺はお任せです☆ 頑張るぞ〜☆」
スズナはニコニコしながらスプーンとフォークを持って可愛くガッツポーズをとった。
「‥‥なるほどね」
国乃木めい(ec0669)は部屋に通されるまでの様子を思いだす。洗濯物や掃除がおろそかになった場所が多々あった。明日からが忙しそうである。
「なかなかだったよな‥‥あれはいい」
エイジ・シドリ(eb1875)はスプーンをくわえながらさっきのウェイトレス達を思いだす。疲れた様子を除けば整った顔立ちだし、特に細かいフリル付スカートの揺らめきは魂を震わせた。明日からがとても楽しみだと思ったが、首を横に振って雑念を払う。仕事は真面目にやるつもりだ。
「どうかしたのかしら?」
「ハハハハッ」
本多に訊ねられてエイジは笑った。
「この食事美味しいわ。でも‥‥」
本多は賄いを持ってきてくれた従業員にお酒は扱っているのかを訊いた。
「このお店ではハーブワインを扱っ‥‥。あ、ハーブワインは呑んでも構いませんよ。マスターの実家が造っていて、お店でもお客様にかなり安く提供しているんです」
従業員は店から帰る途中で何本かのハーブワインを冒険者達が休む部屋に置いてゆく。本多はさっそく晩酌を始めてみんなに勧めた。
男性陣が隣りの部屋に移り、冒険者達は明日に備えて早めに就寝したのだった。
●大忙し
「うーん。初めてでよくわからないな。お勧めってあるのかな?」
テーブルに座る四人連れの客がウェイトレス姿のエレシアに声をかける。白を基調にピンク色のアクセントが加えられたそのウェイトレス姿はとても似合っていた。
「はい。みなさんでお食べになられるのでしたら、『コック長の田舎風スープ』がお勧めです」
「じゃ、まずはそれもらおうかな」
「はい。ありがとうございます」
エレシアは仕事を始める前にお勧め料理をいくつか訊いていた。さっそく役に立ってよかったと思いながら、トレイに料理名の入った木札をトレイに置く。カウンターに入り、調理場との狭間にある窓の突起に木札をかける。これによって注文がコック達に伝わった。
「お待ちどうさまです〜」
スズナもウェイトレス姿で注文された料理を客達の前に並べる。念の為、耳が見えないように店にあった髪飾りをかわいい感じでつけている。
子供連れのテーブルで、小さな女の子に笑いかけると笑い返してくれた。注文を取り、カウンターへ帰る時に食べ終わった食器を片づける。
「ふぅい〜」
依頼書にあった通り、とても忙しいレストランであった。
「こちらをどうぞ」
エイジは女性客にハーブワインをカップに注ぐ。ウェイターのエイジはマスターにいわれた通り、主に女性客のテーブルを受け持つようにした。結構女性だけのお客様も多く、男の給仕も欲しかったといわれたのだ。男性客にはウェイトレス、女性客にはウェイターの方がいいらしい。パリッとした白と黒を基調としウェイター用の服できびきびと仕事をこなしていった。
「はい。終わったわ。‥‥あたしの顔に何かついているのかしら」
調理場で本多は切られた玉葱が山盛りのカゴをコックの横に置く。あまりにも作業が早かったのでコックが驚いていた。
「あっ、いや何でもないよ」
「その茹でられた豆をペースト状に潰せばいいのね」
手が空いた本多はコックが苦労していたすりつぶしを手伝い始めるのだった。
「あんた、このままずっとここで働いたらどうだい?」
エグゼの手際を見たコック長が声をかける。
「うれしいね。そういわれると。そうそう、今作っているスープだけど、この味付けでどうかな」
コック長はエグゼの作ったスープを味見する。
「一度残り物を味見しただけで、ここまで再現出来るのか。今はとてつもなく忙しいから別だが、本来、先輩の技と味を盗むのが料理人ってもんだ。よほどの調理場で修行したんだな」
コック長は感心していた。
「一通りメニューを見ましたけど、シチューはないようですね」
シチューとスープの線引きは難しい。エグゼは具の多い煮込み料理をシチューと呼んでいた。コック長も同じ考えのようで話は伝わる。
「もうわかっているだろうが、うちはインゲン豆と特別製チーズの組み合わせが味の基本なんだ。どんな料理でもこの二つは絶対に使う。レストラン『ジョワーズ』の命といってもいい。この基本ルールも守ってくれるなら、新しい料理を作ってくれ。あんたなら新たな看板メニューを作ってもらえそうだ」
忙しさが緩和されたおかげもあってコック長は機嫌がよかった。
「わたしはこれを持って行きます」
洗濯物を抱えた国乃木に通りがかったマスターが声をかけた。国乃木に続いてマスターも洗濯物を抱えた。
「すみません。こんな事までさせてしまいまして」
「いえいえ、皆さん御疲れで帰ってくるんですから‥せめて、気持ち良く寝れるようにしてあげませんと‥」
二人はよく前が見えないまま、廊下を進んだ。
「女の子が汚れた服を‥じゃ可愛そうですからね」
よく晴れたお日様の元で国乃木は腕まくりをする。洗濯の開始であった。
●三日目のトラブル
一日過ぎれば仕事の大まかな流れは冒険者の誰もが把握していた。三日目の仕事はぎこちない部分が少なくなり、より素速く客に応対出来た。
それでも忙しい事に変わりはない。今日は従業員が二人休んでいるので、普段より頭数が四人多い計算だ。それなのにこの忙しさは異常である。
「まじぃーな。こんなもんよく喰うぜ!」
二人連れの男がテーブルに足をのせた。料理が盛られた皿が床に落ちる音で、レストラン内の客達は黙り込んで静まる。
「どうかなさいましたか?」
真っ先に駆けつけたエイジがウェイトレスと客の間に入った。周辺の客が怯えている様子も視界に入る。
「どうもこうもねえよ! よく商売してやんな」
カウンター内に戻っていったウェイトレスと入れ替わるようにマスターが現れた。
「お帰り頂けますか。他のお客様のご迷惑になりますので」
「俺達が迷惑だとお!」
立ち上がった男がマスターの胸ぐらを掴む。エイジだけでなく冒険者全員が加勢をしようとしたその時、男が床に転げる。自分がどうして転げたのかわからない男は再びマスターに襲いかかるが、今度は後ろ手にされる。
マスターは男を店の外まで連れてゆき、放りだした。残ったもう一人の男はそそくさと放りだされた男に肩を貸して逃げてゆく。
「奴らは何者ですか?」
「この村には実はもう一軒レストランがあるんです。そこで雇われたチンピラでしょう。極たまにですが、ああやって嫌がらせをするんです」
一見ひ弱そうなマスターだったが、腕っぷしは強かった。良かれ悪かれこういう店には用心棒がいるはずなのにと冒険者達は不思議に思っていたが、こういうカラクリであった。
その夜に出た賄いはエグゼの作った新作のシチューである。
ワイン煮込みを基本としたシチューで肉の中にはチーズが仕込まれていた。豆も隠し味として使っているという。
とても美味しくみんなに好評ではあったが、作った本人であるエグゼが納得していない。さらに工夫をするつもりらしい。
「あ〜! 今日も働いた後の酒は最高だわ!」
本多がハーブワインを呑んで今日一番の笑顔になる。
住み込みの従業員の分も含めて冒険者達のベットには焼いた石を布にくるんだ懐石が用意されていた。国乃木が少しでも快適に眠ってもらいたくて用意したのである。ハーブを枕元に忍ばせたかったが、手に入らなかった。
「皆さん、いかがかしら」
代わりに寝つきがよくなるようにハーブワインを温めてみんなの元に届けるのだった。
●信頼
四日目はコックが二人休んだので、その代わりにスズナが調理場に入った。
「よ〜しやるぞ☆」
スズナは張り切って野菜の下ごしらえを行う。
「任せてよね」
本多は昼のまかないを用意する。塩漬けのサケで焼き魚を、鶏卵で卵焼きを作った。
エグゼは仕事をこなしながら新作の料理にも手をかける。そして今日は真面目なコック長が休みである。冒険者達を信じてくれた証拠でもあった。
「何か買い足しておく物はありますか?」
掃除も洗濯も一通り終わり、物腰優しく国乃木はマスターに訊ねた。
「買い足しはないが‥‥そうだ。倉庫にまとめて作ってもらった食器の余分があるんだ。破損したりして店で使っている食器の数が少なくなっている。ちょうどいいから出すのを手伝ってもらえるだろうか」
国乃木とマスターは倉庫に行き、台車に載せて店まで食器を運んだ。軽く洗った所で大鍋で食器を煮る。こうすると食べ物屋は繁盛するという先祖の言い伝えをマスターは守っていた。
●五日目
冒険者達は依頼二日目から始まったレストランの手伝いを順調にこなしていた。今日はコックが一人だけお休みである。
頭数に余裕があるので、冒険者それぞれが順番にやり残した事に手をかける。
「結構たくさんあるな」
エグゼは時間外にも店内の掃除を行っていたが、それ以外にも調理場で使われているエプロンが気にかかっていた。ほつれがある物が多くて修繕を行う。新作シチューに関しては殆ど完成していた。後は寝かせるだけである。
スズナは調理場に立っていた。
「よ〜し♪ これでどうかな」
鍋の中身をかき回す。そして味見をしてみる。大丈夫だと確信してコック達にも味見をしてもらった。ちゃんとレストランの味だと太鼓判を押される。スズナの料理の腕はかなりのものである。
「困ったことがあったらど〜んとこのお母さんにお任せなさい☆」
軽く自分の胸を叩くスズナはその場にいたみんなと笑った。
本多はずっと調理場での下ごしらえだったので、仕事の最終日でもあるし、ウェイトレスとして店に立ってみた。フリフリの白とピンクの服は最初似合わないと思っていたが、着てみればそうでもない。視線を感じて振り向くと、目が合った客の若い男が顔を赤くする。それから恥ずかしそうに目をそらした。
「あたしもまだまだいけるわね」
表情は変わらない本多だが、心の中は華やいだ。
エイジは自らかってでて食器洗いをする。どうしても使い終わった食器は溜まり気味だ。今日は女性客が少ない事もあり、給仕以外の仕事をした方が店全体としては効率的と考えたのだ。
「お願いしますね」
テーブルから食器を片づけてきたウェイトレスがエイジに微笑みながら声をかけてゆく。食器洗いもいいものだと思いながらエイジは続けるのだった。
「エレシアさん、ちょっと」
エレシアもエイジの横で食器洗いを始めたのだが、マスターのお願いで再びウェイトレスとなる。どうやら客の一部にファンがいるらしく、わざわざマスターに訊ねたそうだ。
「最後の日ですし、がんばります」
再びウェイトレス姿に着替え、トレイを抱えてテーブルに向かった。
「こんな感じでよろしいですかね」
国乃木は最後の仕事として、調理場で雑多にされていた食材を区分けして置く。よく使われるものとそうでない食器をコックに訊いて整理整頓を行った。同じ物が置かれていたとは思えない程、すっきりとして取りだしやすくなった。
日も暮れて閉店時間となる。
作り直したエグゼのシチューを全員で試食した。エグゼ自身も満足の出来であった。さらに工夫をしたのは何種類かのチーズをブレンドした部分だ。
コック長も合格を出して明日からメニューにのせるそうだ。エグゼはコック長なら味見すればわかるとは思いながら、念の為レシピを羊皮紙に書いて渡しておく。
全員で店内の掃除を行う。その夜はマスターの許可もあり、店で出されている料理が振る舞われた。
連絡があって、明日の夕方には頼んでおいた料理人やウェイトレスがやってくるという。ちょうど冒険者達とは入れ違う形となる。
ハーブワインで乾杯をして夜は更けていった。
●帰路
冒険者達は帰りの馬車に揺られていた。
「労働に勤しむのも悪くないわね。働いた後のお酒も美味しかったわ」
本多は帰りの馬車の中で土産としてもらったハーブワインの容器を抱えていた。
「それはよかった」
たくさん土産に持たしたかったマスターだが、在庫がかなり減っていて余分が少なかった。すぐに実家に注文を出さなくてはいけないらしい。
「あの店が絡んできた奴らか?」
エイジの指差した先にレストランが窺える。
「そうです。なんだか前よりお客も少ないように感じますね。うちで食べられなかったお客様がしょうがなく入っていた感じもありましたから」
マスターはほくほく顔だ。
「みなさんのお力で人手が補われたばかりか、お客様が増えたようです。より忙しくはなるでしょうが、新しい従業員も来ますし大丈夫でしょう。味と応対の勝負でお客様を引っ張られるのならともかく、あんな手を使う奴らは許せませんから」
普段温厚なマスターの瞳が妖しい光を放つ。隠されたワイルドな部分が見え隠れする。
「わたしはここで降ろさせてもらいます。夕方まで手伝わなければいけませんので」
町外れに差しかかり、マスターは馬車を降りた。
「本当にありがとうございました」
マスターはお礼をいう。冒険者達は馬車に揺られてパリへと戻るのであった。