●リプレイ本文
●それぞれの行動
「まあ!」
キャベツが入ったカゴを抱える農家の女性ローズが驚く。ローズが暮らす実家前での出来事だ。
「えっと、ちょっとね」
パリ近郊の村に居るはずのない恋人のモーリスがドンキーを連れていた。そのモーリスの後ろからヒョイっと姿を現したのはクリス・ラインハルト(ea2004)だ。
「ローズさん、お久しぶり☆」
「確かあなたはモーリスとの間を取り持ってくれた‥‥クリスさんですよね?」
ローズはカゴを近くの木箱の上に置いた。
「初めまして。よろしくね」
シフールのシルヴィア・ベルルスコーニ(ea6480)がローズの前を飛びながら挨拶をする。
「ローズ、実は――」
モーリスがローズに詳しく話す。宗教画家を目指す事は伝えてあったが、弟子入りの試験についてはまだであった。
「という訳で、」
クリスが続きを話し始める。
「虫食いの葉っぱなどを鶏の飼料にしようと思いまして。パリのシャンゼリゼでも仲間が交渉中です。それらをまとめて週一程度で野菜屑を森のアトリエに届けて欲しいのですよ。敷く為の藁も必要なのです。それにですね‥‥」
クリスはローズに耳打ちする。反対側のローズの耳にシルヴィアが耳を当てる。モーリスは何故か仲間外れになっていた。
「エサ代節約が目的ですが、ローズさんがモーリスさんと逢う口実になるですよ♪」
クリスの言葉にローズの頬が赤く染まる。絵画の師匠と森の一軒家に住み込むとすれば、今までのようにキャベツをパリに届けにいってもモーリスには逢えない。少しぐらい遠くてもこの案ならモーリスと逢えるはずだ。
ローズが快く快諾してくれて、クリスとシルヴィアは手を繋いで喜んだ。
「もう一つ、もしもなんだけど‥‥」
仲間に頼まれていた事をシルヴィアがローズにお願いする。すると、今は使っていない農作業用の荷車を貸してくれる事が決まった。クリスのドンキー、ピクの背だけでは大変なのでいろいろな意味で助かる。
ピクに荷車を繋いだ。野菜屑の入ったカゴや藁を載せてゆく。
「鶏を運ぶのでしょう? これがあった方がいいわ」
よく気がつくローズは蓋がある大きめのカゴを二つ用意してくれた。五匹ずつ、数日だけなら入れておけるはずだ。
クリスがメモ用の羊皮紙に森のアトリエまでの地図を描いてローズに渡す。
「ローズ、またな」
「ええ、またね。みなさん、モーリスをよろしくお願いします」
ローズに見送られて三人はパリ戻ろうとする。
「私、先に行ってローズさんが運んでくれるのと、荷車が借りられたのを知らせるわね」
シルヴィアは空高く飛んでパリへと消えていった。
●交渉
場所はパリの酒場『シャンゼリゼ』の裏口。
「野菜屑とか卵の殻なんだけど。生ゴミの処分の手間が減ると思うけど‥どう?」
「そうなのだ。鶏さんが食べてくれるのでとても助かるのだ」
パリの冒険者の誰もが知るウェイトレスのアンリに、明王院月与(eb3600)と玄間北斗(eb2905)は交渉していた。
「ええ、用途もないのでお持ちになって大丈夫なはずです。少しお待ちになってくれますか?」
アンリは一度、店に入って戻ってくる。一言声をかけてくれれば、タダで持っていっていいそうだ。
明王院と玄間は喜び合う。
「アンリお姉ちゃん、いろんな事、知ってそうだね。木材とかが安く手に入る問屋を知らないかな?」
「そうですねぇ」
アンリはパリ市街にある質が良くて安いと評判の大工問屋を教えてくれる。
「あなた達〜」
空から降りてきたのはシルヴィアだ。さすがはシフールでかなりの速さでパリに到着したのだ。
シルヴィアによればローズが野菜屑などを定期的に運ぶのを了承してくれたそうだ。玄間の想像通り荷車も持っていて無料で貸してくれた事を伝える。
「やっぱり農家は収穫物の運搬なんかで荷車を使っていたのだ。無償とまでは思わなかったけど、とても良かったのだ」
玄間はよりホクホクと笑顔になった。
「結構早めに着きそうだ」
エイジ・シドリ(eb1875)はセブンリーグブーツで道行く馬車を追い抜いてゆく。
明王院の馬を借りて向かうつもりであったがブーツに変更していた。後で資材などを運ぶ事を考えるとこの方がいいとの明王院の考えからだ。
「大人しくしていてくれな」
エイジが片腕に抱えるのは明王院の鷹の玄牙である。森の一軒家に着いたら、鶏小屋修理に何が必要なのかを羊皮紙に記してパリの明王院に飛ばすつもりであった。材料が届くまでには破損部分の除去を行う。
この調子だと午後を少しだけ過ぎた頃に森の一軒家へ辿り着けそうであった。
「お帰りなのだ」
シャンゼリゼのすぐ近くでパリに帰ってきたクリスとモーリスに玄間が手を振る。既に森の一軒家を訪れているエイジを除く全ての者が集まった。
クリスのドンキーを荷車から外し、明王院の愛馬金剛と玄間の愛馬駒の二頭と入れ替える。鶏用の蓋付カゴの二つは縄で繋げて、クリスのドンキーの背に跨ぐよう被せた。野菜屑も載せられるだけ積んでおく。まだ気温はそれほど高くないので数日程度では腐りはしないはずだ。これから季節は暑くなってゆくが、さすがに夏場までには絵は描き終わるはずだ。
「こちらの絵は画家ブリウさんのと聞きましたけど、どんなお方か知ってますか?」
クリスはモーリスに教えてもらった礼拝所で司祭に訊ねる。ブリウとはモーリスが師事しようとしている宗教画の師匠である。人柄を訊ねると、腰の低い人と返ってきた。ただ、絵の事になると、とても厳しいらしい。
夕暮れ頃、全員で話し合っていた最中に鷹の玄牙が明王院の肩に舞い降りた。足には巻いた羊皮紙がつけられている。エイジからの連絡で修理に必要な木材などの材料が書かれていた。
「用意出来たら向かいます。すべて順調と‥‥」
シルヴィアが玄間から借りたペンでこちらの状況を書く。クリスはテレパシーで鷹の玄牙にさっきまでいたエイジの所まで戻るように伝える。
「玄牙、手紙の連絡お願いね」
明王院は赤い空に鷹の玄牙は放つ。今日出来る事はすべて行った。明日に備えてそれぞれのパリの寝床へと帰るのであった。
●準備
「あいよ。どれでも好きな鶏十匹選んでおくれ」
夕焼け空の下、酪農家の中年女性が柵を開けてくれた。中にクリスとモーリスが入る。シルヴィアは上空をゆっくりと回っていた。
二日目の朝早く出発してモーリスの友人の実家である酪農の家を訪ねていた。
「ええっ?!」
ギロッと一斉に振り向いた鶏の群れが一斉にモーリスとクリスに突進してくる。
「ひえぇ〜。迂闊に入るんじゃなかった!」
二人は両手をあげながら柵の中をぐるぐると回り続けた。
「クリスさん、今、真後ろにいる黒い雄鳥がボスよ」
シルヴィアがクリスの動きに合わせて宙を飛ぶ。クリスは急いでテレパシーを使い、説得を開始した。
(「もしもしです。リーダーの雄鳥さん、お願いがあるのです」)
クリスの説得が始まって間もなく鶏の群れは動きを止めた。立ち止まったモーリスは安堵のため息をついた。
「そこの角にいるのも雌鳥だわ」
モーリスはシルヴィアの言うとおり雌鳥をカゴに入れてゆく。
「さっきの雌鳥はリーダーさんのお気に入りらしいので、やめて欲しいそうです。今の白っぽい雌鳥は、自分から行きたがっているのです」
鶏の世界にもいろいろとあるらしい。シルヴィアが雄鳥と雌鳥を見分けて、さらにクリスが鶏のリーダーの意見をテレパシーで聞いた。
「こりゃいい雌鳥ばかり選ばれた感じだねえ」
無事に十匹が選ばれる。酪農家の中年女性にモーリスは代金を支払った。カゴをドンキーに取りつけるが、もうすぐ日が暮れる。
「今日はこの村で一晩を過ごして、明日の朝に出発するのです。歩いていくので時間はかかるけどガンバるですよ」
「私は朝になったら飛んでいって小屋の修理を手伝うわ」
クリスとシルヴィアにモーリスは頷いた。
酪農家の納屋の一角を借りる事が出来て、三人は一晩を過ごすのであった。
「そこの釘、おまけにつけてね。あと端数は取っていいでしょ」
大工問屋で明王院が買った材料の値切りをしていた。その隣りで玄間は荷車へと材料を積み込んでいる。
「う〜ん、さすがにそこまではなあ」
問屋の店員が腕を組んで呻る。
「お兄さん、ベルトについた猿の根付け、すごくかっこいいのだ。これ程の細工物は滅多に見ないのだ」
「おっ、わかるかい! ジャパンに行った時、手に入れたもんよ。わかった。その値段でいいや。釘も持っていきやがれ」
玄間のおだての一押しで交渉が決まった。
「さすが玄ちゃんね」
「途中まで話をまとめておいてくれたからなのだ」
お昼過ぎには買い物のすべては終わり、二人は森の一軒家を目指すのであった。
「どうですかな。休憩なさっては」
森の一軒家から出てきた画家ブリウが鶏小屋の屋根の上にいるエイジに話しかける。
エイジは作業がしやすいように破損部分の除去や、掃除を行っていた。
「もう少ししたら休むつもりだ。修理用に薪をもらえるだろうか?」
「どうぞ。お好きなだけ」
白髭を触りながら、画家ブリウは笑う。
画家ブリウはエイジに対し、家に泊めてくれただけでなく食事も用意してくれた。協力的な依頼人の師匠でエイジはとてもやりやすく感じていた。
「連絡によれば、明日の昼頃に材料は届くはず‥‥」
エイジはパリの方角を眺めるのだった。
●続々と
「おっ、来たな」
三日目のお昼過ぎに材料などを載せた馬二頭が牽く荷車が到着した。
待ちに待っていたエイジは張り切って鶏小屋の修理を始める。道具は森の一軒家に常備されていた。
必要な木材の寸法はメモしてあるし、その長さに印をつけた糸も用意してあった。罫書きをすると一気に鋸で切ってゆく。
エイジが屋根の修理に手をつけるそうなので、玄間は壁を修理する事にした。エイジのお膳立てがいいのでスムーズに仕事がはかどる。
明王院は今日必要な分の材料を降ろすと、馬二頭と一緒に荷車を軒下へと移動させた。もし雨が降っても平気なようにである。馬を荷車から離して柱に繋げた。
シルヴィアが到着すると玄間はある事を頼んだ。森の中で野薔薇を探して欲しいとのお願いだ。森の事はよく知っているし、素速く移動出来るシフールのシルヴィアが適任であったのだ。
シルヴィアは森の中へと飛んでいった。
やる事がある時は時間が早く過ぎ去る。
暗くなるまで作業をし、その日の仕事は終わりとした。シルヴィアも戻り、画家ブリウが作った料理をテーブルを囲んで味わう。
シルヴィアは森のある場所で野薔薇を見つけたそうだ。玄間は礼をいう。壁の修理が終わったら、最後の仕上げとして鶏を狙う野生動物避け用に野薔薇を採りに行くつもりであった。
四日目の夕方、クリスとモーリスがドンキーを連れて森の一軒家に到着する。
「皆さん、鶏を連れて来ましたです」
屋根の上でエイジが手を振る。釘を口に含んだままの玄間が叩く金槌を止めた。食事作りを手伝っていた明王院は家から出てきて鶏の入ったカゴの中を覗き込む。
シルヴィアもカゴの中の鶏を確認した。少しは移動で揺られて疲れているようだが、心配はいらない程度であった。
モーリスは家の中にいた師匠に報告をしに行く。今の所、印象はいいらしい。
「エイジさん、元々あった水飲みの場所だけど、もう少し横に長く出来るかしら? その方が鶏も楽だと思うのね」
「屋根はあと藁を葺くだけだし、壁の方は玄間がやってくれてもう一息だ。時間があるだろうから、明日、やっておこう」
シルヴィアとエイジはより鶏が住みやすくなるような工夫についてやり取りを行った。
「もう明日になれば、お前達の住処に入れるからな」
モーリスは炊事場の隅に置かれたカゴに野菜屑を入れる。鶏達は美味しそうにクチバシでつつくのであった。
五日目の午前中に壁の修理は終わる。
玄間はシルヴィアに連れられて森の奥に入っていった。
「ここよ」
シルヴィアが飛びながら指差す。玄間が雑草を分け入り、出た先には野薔薇が群生していた。
玄間は怪我をしないよう慎重にナタで野薔薇の蔓を切り取るとカゴに入れてゆく。パリで買っておいた網に絡めて動物避けにするつもりであった。すでに釘先による動物避けは取りつけてあったが、それだけでは足りないと考えたのだ。
「ようし、これで嵐が来ても平気なはずだ」
地面へと降りたエイジは鶏小屋を眺めた。修理の早さを重視したので、少し無骨な感じはするが、実用には充分な程に補修出来ていた。
最後に森の奥から戻ってきた玄間が鶏小屋に垂れ下げてあった網に野薔薇の蔓を組み込んでゆく。これで鶏が野生動物に襲われる事もないはずだ。
モーリスによって小屋に鶏が放たれる。雌鳥達は元気よく動き回った。
「ほほー。まさかこんなに安く済んだのか?」
モーリスは残ったお金を画家ブリウに渡した。冒険者達が必要と思って買った糸や羊皮紙、網などもちゃんと払われている。20Gの約三分の二が残っていた。
「野菜屑などで以後の経費削減の工夫もしたのだ。まとめて飼料を買うより、長い目で見たらどっちが安くあがるかは自明の理だと思うのだ」
「なるほど。そこまで考えてくれたのだな。これは飯代にでもして下され」
画家ブリウは冒険者達にお小遣い程度ではあるがお礼を渡した。
「あのですね‥‥」
クリスは画家ブリウに小さな声で話す。鶏の野菜屑を届けに来るのはモーリスの恋人のローズだが多めにみてあげて欲しいと。
「絵を描くには色恋も必要なものじゃ。それが例え宗教画であってもな。愛を知らなくて、どうして神とそれにまつわる人々を描く事が出来ようか。もっとも秘して入れておく隠し味のようなものじゃがな」
画家ブリウは笑った。
●帰路
六日目の朝に冒険者達は森の一軒家を後にした。
「冒険者の皆さん、ありがとうございましたあ!」
森の一軒家に画家ブリウと残るモーリスが叫ぶ。出発の時にクリスが訊いたら正式な弟子になれたといっていた。
「パリの吟遊詩人はアフターケア万全なのですよ☆」
「芸術の芽も、長い目で見て育つものだとおいらは思うのだ。がんばるのだ!」
冒険者達は馬二頭が牽く荷車に乗っていた。クリスのドンキーは一緒にトコトコとついてくる。
モーリスの姿は小さくなり、丘を一つ越えると見えなくなった。
「モーリスさんもローズさんも素敵な人達だったなぁ〜」
明王院は兄と慕う者から二人の事を聞いていた。それがそもそも依頼への参加の動機である。
途中、荷車をパリ近郊にあるローズの住む村に返しにゆく。
日が暮れようとした頃、一行は馬を持つ者も手綱を引っ張って一緒にパリへ到着した。
冒険者はギルドで報告をする。そして、いつの日かモーリスの絵が教会で観られる時が来ることを最後の話題にして別れたのであった。