●リプレイ本文
●滝へ
馬車へ朝日が当たり、石ころだらけの地面に影が落ちる。
昨日まで馬車を牽いていた馬六頭はすでに山の麓にある木こりの家の厩舎に預けられていた。
依頼三日目、野営の焚き火を消した冒険者達は滝が存在する山を見上げていた。
準備が整うと冒険者八人と調査の専門家四人は山道を登り始める。
「ウナ、険しい道なれど、わたくしに力を貸して下さい」
フランシア・ド・フルール(ea3047)は歩きながら手綱を持って驢馬のウナを導く。
ブランシュ騎士団黒分隊から配られた薬品を運ぶ為には驢馬の力を借りるのが一番手頃であった。その為に馬車へと乗せてもらったのである。自分達の分だけでなく、滝周辺を警備する黒分隊にも届けられれば結果的に戦力増強に繋がるはずだ。
「今は平和そのものか‥‥」
ナノック・リバーシブル(eb3979)が空を見上げる。ペガサスのアイギスが白く大きな翼を広げて青空を舞う。言葉こそ話せないが、アイギスは非常に賢い。危険を察知すればすぐに知らせてくれるだろう。
ナノックは見上げていた視線を歩む司祭ベルヌに移す。調査の専門家四人に対して一人ずつ専任で護衛する事が前もっての作戦で決められていた。ナノックの担当は司祭ベルヌであったが、同時に監視をするつもりである。
先頃、司祭ベルヌは悪魔崇拝の集団ラヴェリテ教団に誘われて姿を消した。無事救出には成功したものの、あまりに簡単に解放される。ナノックの心の中には懸念が残っていた。
「焔、あのお兄ちゃんをお願いね」
チサト・ミョウオウイン(eb3601)は一緒に歩く愛犬の焔の頭を撫でる。指したのは専任という訳ではないが、馬車に乗っている間、親切にデビルに纏わる話をしてくれたウィザードの専門家である。時間があれば、まだいろいろと教えくれるといっていた。
「俺の護衛する専門家からデビルに関して役に立ちそうな情報は聞けたかな?」
李風龍(ea5808)はチサトに話しかける。
「李お兄ちゃん、あのね、状況がよくわからないからって断りがあったけど、白宝珠はデビルが飲み込んでいたとしても倒せさえすれば、亡骸が消えた後に残るんですって。でもデビルを倒せてもどこかに白宝珠を隠してあったら、そこまで探しに行かないといけないみたいです‥‥」
喜んで話していたチサトだが、最後に肩を落とす。
「まだ時間はある。今回の依頼にも何かヒントになる事があるかも知れない」
「うん‥‥皆の力に成れるようにがんばります」
李がチサトの頭を軽く撫でた。
「しかし報告をしておいてよかったな」
シャルウィード・ハミルトン(eb5413)は呟く。
今回の調査が王宮によってスムーズに準備されたのは、シャルウィードの思慮深さによって報告が出された部分が大きかった。
セブンリーグブーツで少しだけ先行していたシャルウィードは時々、忍犬のカゲと虎の愛称マオとテレパスを使ってやり取りをする。カゲは嗅覚に優れ、マオは視覚に優れていた。空からのペガサスと合わせて考えれば、索敵に関しては完璧に近い。もっともデビルは消えたり、虫の姿になったりと巧妙であるから油断は禁物だ。
「なるほどな。しかしこの場合には当てはまらないと思うが――」
ラシュディア・バルトン(ea4107)は仲間に囲まれながら歩く。そして四人の専門家と遺跡について説を照らし合わせる。
これから向かう遺跡については司祭二人が様々な情報を提供してくれた。そこから類推してデビルとの関連性が話し合われる。とにかく古い遺跡であるのには間違いないようだ。山岳信仰の名残程度のモノではなく、本格的な祭事用の遺跡が残っている可能性があった。
「緑もまだまばらだが、死角になりそうな場所もあるな」
集団としてはディグニス・ヘリオドール(eb0828)が一行の先頭を歩いていた。
前衛が調査の専門家四人と後衛を取り囲むように進む。自らが一行の盾となるつもりで敵の来襲に備えていた。ディグニスの専任する遺跡の研究家の常に前に立つ。
調査については専門家に任せられる。今回は武器を持って護衛に徹するつもりだ。
「ボルデ殿、もう少しこちらにお寄り下さい」
レイムス・ドレイク(eb2277)は司祭ボルデに声をかける。レイムスが専任で護衛するのは彼である。常に近くに身を置き、守る覚悟は出来ていた。
イーグルドラゴンパピーがつかず離れず、周囲を飛んでいる。
穏やかな気候も手伝って気が緩みやすい。レイムスは殺気を探りながら山を登ってゆくのだった。
「無事四人を連れて来てもらい助かった。ごくろうだが、引き続きよろしく頼みます」
午後を過ぎてしばらく経った頃、滝周辺にある黒分隊の野営地に到着した冒険者達はエフォール黒分隊副長と握手を交わす。
フランシアが驢馬に載せてきた物資に副長を含む十人の隊員は喜ぶ。食料は森から得ていたものの、訓練の為に用意していた物資しかなく、戦いを前提にするとやはり足りなかったようだ。
滝はかなりの大きさがあった。川幅は十メートル程あり、崖で滝になっている。深い藍色からも滝壺の深さが伺えた。崖の中頃の高さに一メートル程度の足場があり、そこから滝の裏に入れるようになっていた。
四人の専門家と冒険者達は滝の裏へと潜り込む。洞窟は鉄の枠と木材が組合わさった大きな扉で閉じられていた。中央には六芒星が朱文字で描かれている。
四人の専門家による調査が始まった。専任の護衛をしなければならない冒険者四人だけでなく、ラシュディア、チサトも調査の様子を眺める。
「特別な仕掛けはされていないようです」
様々な魔法を用いて反応を調べ、専門家の四人は結論を出す。ラシュディアも専門家に頼まれてブレスセンサーを用いたが、それらしき生き物は感じられない。
空は赤く染まり、もうすぐ夜が訪れようとしていた。真っ暗であろう洞窟に入る事自体に昼も夜もないが、デビル等の敵が滝周辺に近づきやすいのは暗い夜である。洞窟内の探検は明日に持ち越されるのだった。
●鍾乳洞
依頼四日目のお昼になろうとしていた頃、専門家の作業によって扉は開かれる。
冷気が漂う中を冒険者達と専門家四人は進み始めた。冒険者達が持っていたランタンを専門家四人に渡す。冒険者達がいつでも戦える体勢を整える為だ。
シャルウィードの意見によってある程度油の量が減ったら引き返す約束である。適度な休息は必要なのはみんなも同じ意見であった。
「ただの洞窟というより、鍾乳洞ですね」
専門家の一人が呟く。天井部分までは約三メートル。つらら状の鍾乳石が床と天井からそれぞれに伸び、中には繋がっているものもあった。奥に入るにつれて、鍾乳石の柱が太くなってゆく。
ちょうどこれから広い空間に出る辺りに一本の鍾乳石柱が輝いていた。白と青が織りなす幻想的な風景は、地上の太陽光が半透明な鍾乳石を通って地下を照らしているせいである。
「これは!」
フランシア、ディグニス、ラシュディアは三人で顔を見合わせた。三人はサッカノの手稿が眠っていた鍾乳洞に出向いた事がある。その時に同じような鍾乳石柱を見たのだ。遙か遠くの土地ではあるが、妙な類似性だ。三人はその場にいた者達に事を伝えた。
歩みを進めて広い空間に出る。ランタンの光ではよくわからないが、十メートルはあるはずだ。鍾乳石が無数に地面と天井部分を繋ぎ、独特の風景を醸し出していた。
冒険者達が鍾乳洞にそって大きく曲がると、突然人工物が現れる。
この閉じられた空間にどうやって運んだのかわからないが、巨石を組み上げて出来た神殿があった。日の当たらない鍾乳洞内のせいか、大分剥がれてはいたが赤く塗られた塗料が残っている。
「あそこが本当の出入り口だったのだろう」
「そうだな」
シャルウィードと李が指した場所には崩れた跡がある。滝の裏に繋がる細い鍾乳洞部分はあくまで非常用の出入り口ではないのかと専門家の一人が推測する。
ランタンの油はかなり減っていた。慎重に進んできたので思ったより時間が経過していたのだ。ここまで罠の無い事がわかり、明日はもっと早く神殿らしき建物に近づけるはずである。
鍾乳洞内から出ると、すでに夜となっていた。焚き火を囲みながら、冒険者達はエフォール分隊副長と報告をしあう。今日の所は何事もなかった。
今日得た情報で専門家達は討論を始める。興味ある者達はリラックスしながらも四人の話を聞いていた。遠くから見た様式からすれば、軽くジーザス生誕前をさかのぼる建物らしい。
フランシアは焚き火にあたりながら腰に下げた革袋から色水で指を濡らして弾く。
岩に点々と濡れた滲みが出来る。特別デビルの存在を感じた訳ではない。ただ、そういう気分になったのだ。
フランシアは今回の依頼の初日に司祭ベルヌに注意を促した。その時の事を思いだす。
(「――時に、ベルヌ司祭。己が祖の過ちへの贖罪に身を捧げるは、主の御心に叶う貴き行いでしょう。されど其だけに囚われ周りを顧みねば、ただの独善」)
あの時にいった言葉がフランシアの脳裏に浮かぶ。馬車に乗っていた仲間には驚く者もいた。
(「如何に信仰に篤くともそれでは『大いなる父』は嘉し賜いません。『聖なる母』とて同じではありませんか?」)
司祭ベルヌはフランシアの説きをじっと聞いていた。最後の言葉として、差し出がましき言をお許し下さい、といった時、司祭ベルヌは呟いた。わたしを見張っていて欲しいと。
元々司祭ベルヌに懸念を持っていたナノックが護衛と同時に監視している。それは司祭ベルヌ自身が望んだ事でもある。
デビルに何か仕掛けられた可能性があった。ラルフ分隊長から調査の要望が来た時、司祭ベルヌはかなり悩んだそうだ。
「この様な出来事を引き起こす手稿を残した、かの司教は‥‥真の賢者か堕落せし愚者か、果たして‥‥」
フランシアの答えは今はまだ出なかった。
●神殿
依頼五日目になり、冒険者達は朝早くから鍾乳洞に入る。真っ直ぐに神殿へと向かい、調査の専門家は調べ始めた。
当初、鍾乳洞内は複雑に分かれているのではないかと考えていた冒険者にとって、簡単に神殿が見つかったのはうれしい誤算であった。これほどの広い空間が地下にあるなど、普通ならば想像出来ないはずだ。
「絶対とは言い切れませんが、あれはガーゴイルですね」
階段を登って神殿に入ると、専門家の一人が真っ直ぐに続く長い廊下の両端を順に眺めた。様々な像に混じり、デビルのインプのような石像が並んでいた。
その他の敵も探るが、ナノックの石の中の蝶も、ラシュディアのブレスセンサーにも反応はない。ガーゴイルは動きだすきっかけがあるまで魔力を発しないので、わざと罠にかかるしか方法はない。
「倒して頂けますか?」
司祭ボルデが冒険者達にお願いする。どんな仕掛けがあったとしても、ここを通過しない限り、調べは進まないようだ。
冒険者達は作戦を考えた。遺跡を破壊しては差し障りがある。ガーゴイルだけを倒さなくてはならなかった。
ディグニスが囮として廊下を一人で進んだ。やはり侵入者に反応するらしく、翼を広げたガーゴイル四体がディグニスを狙う。
チサトがウォーターボム、フランシアはブラックホーリー、ラシュディアはウインドスラッシュをほとんど同時に放つ。それぞれ狙うガーゴイルは決まっていた。
ガーゴイル三体は爪を迫り出させながら魔法を使った者へと向かってくるが、すでに展開されていたフランシアのホーリーフィールドによって阻止される。その間にディグニスを狙っていたガーゴイルを前衛の総攻撃で一気に倒す。次々と一体ずつ倒してゆき、大した被害もなくガーゴイル四体が砕け散った。
魔法を使った冒険者はソルフの実で魔力を補給する。
一行は様々な術を用いて罠がないか調べながら奥へと進む。
「この六芒星は今までの説を裏づけるように古い形です」
ランタンを掲げた司祭ベルヌが錆が浮いた巨大な鉄扉を見上げた。
ラシュディアがクレバスセンサーを使い扉を調べたが、簡単に開けられるような状態ではないようだ。チサトのミラーオブトルースで見ると光をまとっていた。なんらかの魔法がかかっているのは確かである。フランシアがニュートラルマジックを使ってみるが解呪は無理であった。
ミラーオブトルースを使ったついでに、チサトは全員の姿と周囲を眺めてみる。デビルなどの敵の影は窺えない。
「これは‥‥」
四人の専門家と一緒にラシュディアが近くの壁に埋め込まれた石版を読む。古代魔法語で書かれていた内容はとても興味深い内容である。
「もしかして、この文は『サッカノの手稿』にも書かれてあるのか?」
振り向き様にラシュディアが訊ねると、二人の司祭は頷いた。
「三賢人の末裔が持っていた写しにはほんのわずかに。発見された痛みの激しいサッカノの手稿では極一部分が読み取れただけです。しかしここに刻まされているのは、一章の全文だと思います」
司祭ボルデは石版から目を離さずに答えた。
「ラシュディアお兄ちゃん、どんな内容なのですか?」
チサトが両の拳に胸の前で握り、ラシュディアに近づく。ラシュディアの顔を見上げるチサトの瞳は必死な様子だ。
「みんなも知りたがっているだろう。読み終えたら掻い摘んで話そう」
ラシュディアは約束して文字を目で追う。専門家四人は手分けして羊皮紙へと書き写し始めた。
石版の内容は、サッカノ司教と慕う者達が布教の旅をしている所から始まっていた。
サッカノ司教と、のちに三賢人と呼ばれる司祭三人、そして娘のコンスタンスと一歳になる男子の事が書かれている。他にも旅を共にした者はいたようだが名前は出てこない。
サッカノ司教の一行は滝の近くにあった集落に立ち寄った。
歓迎を受けた一行はしばらく滞在し、神の素晴らしさを集落の者に説いた。ある日、集落の男達が見てもらいたいものがあるといって一行はついてゆく。
それがこの滝裏の鍾乳洞奥にあった神殿である。隠されていたモノに一行は驚く。
デスハートンによって人から抜かれた魂。大量のデスハートンの白き玉である。
白き玉はデビルにとって大切なモノのはずであって、放置するモノではなかった。大抵は自分の側に置くか、すぐに消費してしまう。
隠したのか、隠されたのか。
魂を喰らったデビルを誰かが倒して白き玉を取り戻したものの、持ち主達の遺骸すらなくなっていてどうする事もできない。そしてこの神殿に保管され続けた‥‥。想像の域を出ないものの、それぐらいしかサッカノ司教には思いつけなかった。
サッカノ司教が属する教会に戻り、指示を仰ごうとした一行であったが、司祭の娘コンスタンスと息子となる一歳の赤子は集落に留まる事になる。理由は書かれていないが、どちらかが病気にでもかかったのだろう。
再び一行が戻ってきた時、集落は全滅していた。
唯一、生き残っていたのは赤子一人。集落にあった聖遺物箱によく似た大きめの箱に入れられていたのだ。そしてコンスタンスが書いた三枚の羊皮紙も一緒にしまわれていた。
羊皮紙の一枚にはこれからコンスタンスが為そうとする決意が書かれていた。
どうやらサッカノ司祭一行が鍾乳洞の神殿を訪れた時、デビルに白き玉があるのを知られてしまったらしい。サッカノ司祭一行が教会に向かった後、デビルが現れて集落の者を脅し、白き玉を運び出すように命じたそうだ。
コンスタンスは、どのような方法を用いても白き玉をデビルに渡さない覚悟を羊皮紙に書き記していたが、文はそこで終わっていた。
サッカノ司教一行は滝の裏へと入り、鍾乳洞内部へと向かった。
神殿にあったのは、いくつか転がっていた白き玉とコンスタンスの遺体であった。大量の白き玉が保管されていた一室の扉は閉じられていて、どのようにしても開かなかった。
扉に小さく文字が書かれていた。この扉はコンスタンスの子供に連なる者しか開ける事が出来ないと。
サッカノ司教一行は数ヶ月に渡り集落跡に滞在したが、新たにデビルが現れる事はなかった。
この扉の封印はコンスタンスがデビルを騙してさせたらしい。神殿にはデビルが進入出来ないような仕掛けが太古から施してあるのに、唯一の出入り口であった扉をデビル自らが封印してしまった。
神殿を襲ったデビルは立ち去ったのか、それとも何かしらの力で消し去られたのかはわからない。
さらに一ヶ月後、赤子はサッカノ司教の元から連れ去られる。
デビルにさらわれたのだと噂が立ったが、真実は闇の中にある。
ラシュディアの話す石版の内容はこれでお終いであった。
●手紙
五日目の夜、一人の騎士が黒分隊員に手紙を託して立ち去る。
その手紙はエフォール副長に手渡された。
「手紙の送り主はエドガ・アーレンス。ラヴェリテ教団とティラン騎士団が手を組んだと書かれている。明日の朝までにこの滝から10キロ以上離れろとある‥‥」
その場には冒険者達もいて黒分隊の隊員達と野営会議となった。
エフォール副長によればティラン騎士団とはある地方領主が抱えていた騎士団だという。つい最近になって軍備増強が激しく、悪い噂も流れだしていたので王宮でも注意していたらしい。その話を現在のコンスタンスから既に聞いていた司祭ベルヌであったが、残念ながら正確な名前までは知らなかった。
「ブランシュ騎士団員が十人、分隊副長付きとあたしら冒険者八人と調査の専門家四人か‥‥。ペットの相棒も数に入れればそれなりだね」
シャルウィードは呟く。
わざわざ予告までしてきたのには訳があるはずであった。フランシアとナノックが見つめたが、司祭ベルヌは首を横に振る。
「主に叛きし愚かなる者どもは人の魂を糧とします。主の御許に還す為にも、必ずや護り抜かねばなりません」
フランシアは両手を合わせ、大地に跪いて祈りを捧げる。
「この前を考えればデビル、オーガ族が加わる事もあり得るな」
李は腕を組む。
滝から出た場所で黒分隊が襲って来るティラン騎士団を迎え撃つ。冒険者達と専門家四人は鍾乳洞の奥の神殿前で調査を続行しながら待機する事が決まった。
「来襲!」
ティラン騎士団の進行は朝を待たなかった。まだ日が昇るまでには時間がありすぎる。黒分隊の索敵範囲にいち早く引っかかったのだ。
呼子笛が鍾乳洞に少し入った所で吹かれ、奥にいる冒険者達にも連絡が行われる。
黒分隊の作戦は成功し、ティランの騎士達が次々と罠にかかってゆく。
エフォール副長は噂を本当だと確信する。急拵えで大した訓練もないまま、人数だけが肥大した騎士団だという噂だ。
「問題は、こいつらが誘導だとすれば‥‥」
エフォール副長は空を見上げた。空には月が昇っているはずだが、横切る影がある。
「デビル! それにあれは‥‥」
月夜を黒翼を広げ、グレムリンの群れが飛ぶ。それだけでなく、多くの人間がフライングブルームに跨って一緒に飛んでいた。
黒分隊が守る滝周辺の上空を飛び越えてゆく。
「そこにいる四名! 直ちに鍾乳洞内に入り、冒険者達に手を貸してやれ! お前達の指揮は冒険者に任せる!」
エフォール副長は敵の策に気がついた。急いで四名の隊員を鍾乳洞にいる冒険者達の元に向かわせた。
「こちらも相手してやらねばなるまい」
鞘から剣を抜いたエフォール副長は前線に加わった。いくら訓練不足とはいえ、ざっと見積もっても敵は五十人。自分を含めて残る黒分隊は六名。かなりの苦戦が予想されたが、退く訳にはいかなかった。
神殿の側で冒険者達と調査の専門家四人は待機していた。急いだ作業ではあったが、大まかな調査は終わる。後はこれらの情報を熟考する時間が必要だ。
「来襲にアビゴールはいるのだろうか」
「今の所、わからない」
ディグニスがナノックに訊ねるが、石の中の蝶の反応はない。外にいたとしても範囲外の可能性が高い。
「‥‥しかし、デビルの反応が‥出始めた」
ナノックの指輪の中で蝶が羽ばたく。それぞれにいつ敵が現れてもいいような体勢をとり始めた。
シャルウィードの虎マオが吠える。
「上からだ!」
李が叫び、普通の者ではよく見えない天井部分を見上げた。シャルウィードも優れた視力で敵の姿を捉える。
敵のウィザードはアースダイブを使って地中を抜けてきた。手にしていたフライングブルームに跨って鍾乳洞内の地面へと降りる。
「主の御手の顕現よ!」
フランシアはホーリーフィールドを展開して安全地帯を確保する。ラシュディアがトルネードを唱え、突風が何人かの敵ウィザードを巻き上げるが、全員とはいかなかった。
鍾乳洞内が大きく揺れる。地面に降りてすぐに敵ウィザード達はクエイクを唱えたのだ。しかも鍾乳洞内を支えていた太い鍾乳石柱を狙って。
「敵は死ぬつもりです!」
レイムスが殺気の強さから敵の心理を読み取った。
フランシアはニュートラルマジックを唱え、かかったクエイクの一つを解除するが、すべてには間に合わない。
見る見るうちに鍾乳石柱は崩れ、続いて天井部分に亀裂が走る。
冒険者達と専門家四人は神殿の奥に逃げ込む。
天井部分が一気に抜け、轟音と土煙が鍾乳洞内を支配する。
長いようで短い時間が過ぎた後、冒険者達は神殿から土煙がまだ残る鍾乳洞であった場所を眺めた。
見上げれば月。
神殿に近い鍾乳洞の天井部分が抜けて地上と繋がった。次々とデビルの群れが鍾乳洞内に降りてくる。
「カゲ、マオ、援護よろしく」
シャルウィードは後衛と専門家四人にデビルが近づかないように盾となる。
前衛の者達は専門家四人に近づけないようグレムリンを次々と倒してゆくが、数が膨大であった。
「冒険者達、生きているか!」
遠くで声がした。近づいてきたのは黒分隊隊員の四名だ。合流してグレムリンと対峙する。
「アビゴール!」
ディグニスは月夜からヘルホースに跨って降りてくるアビゴールを睨んだ。しかもヘルホースに乗っていたのはアビゴールだけではない。少女コンスタンスの姿もあった。
ディグニス、レイムスはアビゴールを狙う。しかしグレムリン共がアビゴールの周囲で立ち塞がる。
「これで全てが揃ったはず‥‥。ねぇ? 司祭ベルヌよ」
少女コンスタンスは笑う。そしてヘルホースに跨ったまま、アビゴールと共に神殿へと近づいた。
「そこにある石版の事など、とうに知っていますわ。当時、その場にいなかったサッカノ司教が記したもの。不完全な内容で我々も苦労したのです」
少女コンスタンスとチサトは目と目が合う。神殿内の狭い空間で相対していた。無闇に魔法で攻撃すれば守るべき専門家四人にも被害が及ぶ。
お互いに手が出せない状態だ。幸いにもホーリーフィールドは張り直したばかりである。魔法を使った冒険者はソルフの実で常に魔力を補充する。どんな状況になるか、先が見えない。
アビゴールが壁に突起していた石をある順番で押してゆく。
「司祭ベルヌよ。順番の謎解き、ご苦労であった」
アビゴールが声をかけるが、司祭ベルヌは理解できないない様子だ。司祭ベルヌはこの間デビル達と同行した時に心の内を調べられたのだと、シャルウィードは刀を構えながら思った。
扉から大きな音がする。
「鍵が開いたのね」
確かにぴったりと合わさっていた神殿の扉に隙間が出来ていた。
「コンスタンスに連なる血を継承する者、つまり今に生きるわたくしの事。そして三枚の羊皮紙とサッカノの手稿の二つがあって初めて分かる石を押す順番。そして‥‥今、司祭ベルヌが持っているはずの三枚の羊皮紙の内の一枚。この三つがこの場で揃って扉は開かれる」
アビゴールが長槍で扉の隙間を突いた。勢いで扉が弾かれて部屋へと繋がる通路が現れる。長く守っていた番人の黒い影が部屋の中から飛び去って行く。
「専門家を任せた!」
ナノックが地上に繋がる穴を降りてきたペガサスのアイギスに跨り、後衛と専門家四人の頭上を飛び越えた。そしてアビゴールに一騎打ちを仕掛ける。
アビゴールの長槍がナノックを襲う。その強さにナノックは退かざるを得ない。ディグニスとレイムス、李は、グレムリン共を黒分隊隊員四人に任せ、ナノックに手を貸す。
前衛はアビゴールと戦いながらも担当する専門家に注意を払っていた。
ディグニスがバーストアタックとスマッシュEXを組み合わせてアビゴールの盾破壊を狙う。しかし盾が頑丈であるのか、それともアビゴールの盾受けが優れているかはわからないが、何事もなかった。
「ほう‥‥」
アビゴールでもさすがに冒険者四人の攻撃を防ぎきれない。特に盾を狙うディグニスの攻撃に対応しているせいか、他の冒険者の攻撃が当たっていた。もっともアビゴールは一緒にヘルホースに跨る少女コンスタンスをかばっていた。
大きく跳躍したヘルホースは部屋の中央にある石台のすぐ側に移動した。台に載る細かな彫刻がされた大箱に少女コンスタンスが手を突っ込んだ。
「それは白き玉!」
フランシアが少女コンスタンスが手にした白き玉を見て叫ぶ。コンスタンスはアビゴールの口に白き玉を運ぶ。すうっと形を変えてアビゴールの身体に吸い込まれてゆく。
これ以上やらせる訳にはいかなかった。ラシュディア、チサト、フランシアも危険だとわかっていながら狭い空間で攻撃魔法を詠唱する。部屋の中は強風が吹き荒れ、高速の水流がモノを弾く。ブラックホーリーはアビゴールを捉えたが、体勢を崩すまでには至らない。
床に落とされた少女コンスタンスが魔法を詠唱する。
一瞬の内に火球が室内で膨張した。爆発するように室内中のものが外へとはじき飛ばされる。
冒険者達も例外ではない。そしてアビゴール、少女コンスタンス、ヘルホースも例外ではなかった。
大量の白き玉も神殿の外へと飛ばされて地面に転がる。
チサトは火が点いてしまった仲間にウォーターボムを使って消火する。レイムスはイーグルドラゴンパピーを呼び、仲間に黒分隊からもらっていた薬を分けた。
「ここまでぞ」
ヘルホースに乗るアビゴールに少女コンスタンスは拾われる。
月夜に黒き翼が羽ばたき、アビゴールと少女コンスタンスが遠ざかっていった。去り際にグレムリン共が白き玉を拾えるだけ拾って飛んでゆく。
全員の怪我の回復を行う内に朝日が昇り、六日目となった。運んできた薬類はすべて使い切る。それでも黒分隊隊員の何名かは怪我をしたままである。
目処がついてから、全員で転げた白き玉を拾い集めた。部屋の中にあった大箱に一度入れてみると、目見当であるが、デビルに持ち去られた白き玉は約半分であった。
●帰路
冒険者達と専門家四人は七日目に麓へと降り、八日目の朝に黒分隊の十名と一緒にパリへの帰路に着いた。
深く落ち込んでいた司祭ベルヌは司祭ボルデに任せる。司祭二人は黒分隊隊員が乗る馬車の方に乗り込んでいた。
「わたくしに許された魔法では、白き玉を昇天させる事は叶わないでしょうか?」
フランシアはウィザードの専門家に訊ねるが、無理だという答えが返ってくる。しかも彼がいうには、いかなる優れた者でも不可能だという。唯一残された方法は教会に任せ、封印してもらう事だけだそうだ。
黒分隊の馬車には拾い集めた大量の白き玉が載せられていた。
八日目、九日目の帰路はデビルに襲われる事なく、パリへと着いて終焉となる。
冒険者の中には司祭ベルヌに問いつめたい者もいたが、とても出来る状態ではない。帰りの道中、司祭ベルヌは何一つ食べ物が通らなかったようだ。食べてもすぐ吐いてしまう程、肉体も精神もやられていた。
司祭ベルヌの筋肉質の身体が萎んでしまったような錯覚さえ覚える者もいる。
「とにかく‥‥今は司祭ベルヌをそっとしてあげて下さい。わたしからもお願いします。どうか、どうか、お願いします」
司祭ボルデが今回に携わったすべての者に懇願する。
白き玉を盗られたのは悔やんでも悔やみきれないが、半分は救えた。
黒分隊も含めて、今回の依頼で死んだ者もいない。
そしてサッカノの手稿の一章だけではあるが、完全な文章も手に入った。鍾乳洞の神殿から得た情報はこれから精査される。
今しばらくは、情報に隠された真実が引きだされるのを待つしかなかった。