約束の集落

■ショートシナリオ


担当:天田洋介

対応レベル:フリーlv

難易度:易しい

成功報酬:0 G 78 C

参加人数:6人

サポート参加人数:1人

冒険期間:04月10日〜04月15日

リプレイ公開日:2007年04月17日

●オープニング

 青年エリックは山に入ったばかりの場所で木を見上げる。
 木の枝には板がぶら下がっていた。
「冬には役に立ったようだ。ありがとうな」
 エリックは去年の冬の前に故郷の集落までの道標として、木の枝に板を取りつけた。雪深い地域なので吹雪になると麓までは命がけとなる。それをなんとかする為に木の枝に道標をとりつけたのだ。
「最後は冒険者達に助けられたよな。ミロ、あの時は助かったな」
「そうだね。冒険者さんに地図を届けてもらったんだ」
 エリックは冬の間、お世話になっていた家の少年ミロに話しかける。
 去年の秋、道標の取りつけが終わろうとした時にエリックは木の上から落ち、さらに崖から落ちて骨折した。ミロが依頼を出して、道標とセットで使う地図を冒険者達が吹雪の中を集落まで届けてくれたのだ。今では骨折もすっかり治っている。
「エリック〜」
 遠くからエリックを呼ぶ声がある。ミロの姉キシナだ。
「用意はどうなったの?」
 エリックは集落に戻るにあたり、土産を用意するつもりでいた。山の麓にあるミロの住む村には雪を固めた氷が氷室に残っている。それを使えば麓まで魚介類をもっていけるはずである。山奥にある集落ではなによりのご馳走だ。
「魚の買い付けはいつでも出来る。後は運ぶ手段なんだけど、冒険者ギルドで頼むつもりなんだ」
「そう、それじゃあ、一度パリに行くのね。母さんにもいっておかないと」
 エリックには集落に戻る理由があった。そもそも木の枝に道標をつけたのは、自分の恋人コレットが医者に診せられずに亡くなったからだ。もう二度と同じ悲劇を起こさない為につけたのだった。
 コレットの墓が集落近くの墓地にある。今回エリックが集落に戻るのはお墓参りにいくのが目的だ。そのまま、集落に留まるか、それとも麓に戻るかは今は決めていない。
「今回はボクもいっていいかな?」
「ああ、今の時期なら平気だろう」
 エリックはミロと約束をする。
 数日後、エリックはパリへと向かった。真っ先に冒険者ギルドを訪れて依頼を頼んだ。
「あの時の子がいっていたのが貴方なんですね」
 受付の女性が思いだす。
 今回はエリックだが前回依頼を出したのはミロである。たまたま聞いてくれた受付の女性は道標の事を覚えていた。
「よろしくお願いします」
 エリックは依頼を出し終わるとミロが住む村へと戻っていった。

●今回の参加者

 ea2100 アルフレッド・アーツ(16歳・♂・レンジャー・シフール・ノルマン王国)
 ea3573 ヴァレリア・フェイスロッド(34歳・♀・ナイト・人間・イギリス王国)
 eb0339 ヤード・ロック(25歳・♂・ウィザード・ハーフエルフ・ノルマン王国)
 eb1875 エイジ・シドリ(28歳・♂・レンジャー・人間・神聖ローマ帝国)
 eb2735 スズナ・シーナ(29歳・♀・クレリック・ハーフエルフ・ノルマン王国)
 eb5324 ウィルフレッド・オゥコナー(35歳・♀・ウィザード・エルフ・ロシア王国)

●サポート参加者

野村 小鳥(ea0547

●リプレイ本文

●再会と新たな出会い
「あっ、お姉ちゃん! 空飛ぶ地図のお兄ちゃん!」
 ミロは冒険者達に駆け寄った。
「少し背が高くなったようだね」
 ウィルフレッド・オゥコナー(eb5324)は屈んでミロに挨拶する。
「ミロさん‥‥お久しぶりです‥今度は‥一緒に行けるね‥」
 アルフレッド・アーツ(ea2100)はミロの顔の前で微笑んだ。
「みなさん、ありがとう」
 エリックも集合場所のパリの外れに訪れて帽子をとる。
「ヤード・ロックって言う。まあともかくよろしくな、と。‥‥宿六とか呼ぶなよ?」
 ヤード・ロック(eb0339)の言葉にジャパン語のわかるアルフレッドがクスリと笑った。
「運搬のお手伝いですか〜。どーんとお母さんにお任せ下さいな☆」
 スズナ・シーナ(eb2735)は思いっきりの笑顔で片手をあげる。ローブのフードを被っていた。
「ふむ。魚介類の運搬と聞いた。愛馬のディルを荷役に貸し出そう」
 ヴァレリア・フェイスロッド(ea3573)は側で静かにしている愛馬のディルのたてがみを撫でる。
「よろしく」
 エイジ・シドリ(eb1875)は木に寄りかかりながら軽く手を振った。
 運搬に使える馬や驢馬は冒険者達のおかげで揃っていた。その中でアルフレッドのライディングホース、ヴァレリアのディル、ウィルフレッドのミアにがんばってもらう事となった。ヤードのモンゴルホースは冒険者達の身体が軽くなるように負担にならない分だけ荷物を載せさせてもらう。
「この前はありがとう」
 ミロはウィルフレッドの驢馬ティアの首に抱きつく。ティアにも予備として来てもらう事になった。

 まずは麓の村に行き、氷を用意する段取りとなる。力仕事なので全員で室から氷を運んで馬に載せてゆく。ミロの母親と姉のキシナも手伝ってくれる。
 一番がんばってくれたのはヴァレリアだ。台車はあったが、どうしても手で持たなくてはならない場面がある。みんなで持つとしても心強かった。
「ま、力があるほうじゃないけどな。見てるだけとは流石にいかないしな」
 一人の時、ヤードが呟いたのは内緒である。
 氷が溶けない工夫はみんなが考えてくれていた。用意されていた木箱に藁を敷き、氷は毛布で包んで入れる。さらに藁を入れて空気と触れる部分を少なくする。
「さぁ、みんなで頑張りましょう☆」
 スズナが顔の前で小さくがっつぽーずをとる。
 エイジが先頭になり、一行は急いでパリへと戻った。
「このお魚は新鮮です☆ スープにすると、とてもおいしいんです。あっこっちも――」
 市場を訪れた一行は魚の仕入れを行う。料理に非凡なスズナはもちろん食材の目利きでもある。運ぶ事を考え、獲りたての真に新鮮なものだけを選ぶ。
 次々と氷の入った木箱に収められてゆく。
 午後を少し過ぎた頃、用意が終わり、パリを出発した。
 麓の村は素通りし、そのまま山奥の集落へと向かう。
「ここを‥通ってたら‥‥こっち」
 シフールのアルフレッドが少し高めに飛びながら木の枝にある道標を確認する。手にはエリックから預かった地図があった。だが、この地図は元々アルフレッドが写したものである。前の依頼でオリジナルの地図は集落に届け、写した地図をエリックに渡したのだ。
 ミロはスズナの背中の荷物をじっと見上げながら歩く。顔だけを出した黒猫が髭を揺らしていた。
「なんて名前なの?」
「セリっていいます〜。仲良くしてくださいね☆」
 ミロとスズナの会話に続いて黒猫セリが鳴いた。二人は笑い声をあげた。
 空が赤くなる頃、進むのをやめて野営の準備を始める。ここまでの道のりは道幅もあり、比較的登りやすかった。
 運んでくれる動物達の荷物を全員で降ろしてあげる。
「少しぐらい何かあるだろう」
 エイジは食料を探しに木々の生い茂る場所に向かう。日が完全に暮れる前に食べられる野草を手に持って野営場所へと戻ってきた。
「ものすごく余裕がありますので、使って下さい」
 たくさんの動物達で魚介類を積んでいるのでかなりの余裕があった。エイジの野草、エリックの魚がスズナの手に渡る。
「ふっふんっふふん☆」
 鼻歌混じりのスズナの手によって食材は簡単な煮込み料理に変わる。これだけでは足りないが、保存食に加えての食べ物でみんなの気分は和らぐ。
「エリックさん‥無事に治ってよかったです‥」
 アルフレッドはエリックの隣りに座る。
 ミロは黒猫セリにスープを分けてあげた。入っている魚にむしゃぶりつく。
「最初の依頼でいきなり労働させてしまった。すまないけどよろしくな」
 ヤードは愛馬を撫でるようにポンポンと叩く。冒険者の中にはそのままでは足取りの重い者もいた。全体の進みが早くなるので荷物を運んでもらえるのはとても助かる。
「そうですね。それはやっておいたほうがいい」
 ヴァレリアはエイジに頷いた。
 エイジは道中にアルフレッドから前の依頼の時の話を聞いていた。雪山で敵が近づくのを知る為にわざと小枝を周囲に撒いたそうだ。何者かが踏めば音がする。鳴子の代わりに、それを実践しようとヴァレリアを誘ったのである。
 二人で小枝を集めていると、アルフレッドが合流し、気がついた他の仲間達も集めはじめる。
「これだけで二晩くらいは焚き火できそうなくらいだね」
 ウィルフレッドが集めた小枝を見て呟いた。それを野営のテントから少し離れた位置に円を描くように撒いた。これであとは交代の見張りを用意すれば安全であった。

●約束の集落
 二日目、朝早めに一行は集落を目指した。
 だんだんと山道は険しくなってゆく。道らしきものはあるものの、大きな石が転がり、土の上に浮き上がった木の根も邪魔である。
「ミロ!」
 エリックが転んだミロに手を貸した。泥だらけになってミロは立ち上がる。足取りがかなり重い。大丈夫と思っていたが、子供のミロには少し負担が大きいようだ。
 ミロはなにもいわずに、黙々と歩き始める。
 何度か休憩を多めにとってあげるが、ミロの回復は無理なようだ。
「ミロ、よくがんばった。俺のいう事聞いてくれるか?」
 ミロの靴を脱がせ、豆だらけの足を見たエリックは説得する。ミロは半泣きになりながら頷く。だが涙はこぼさなかった。
「ウィルさん。ミロをティアに乗せてあげられるかな?」
「もちろんだね」
 エリックはミロをウィルフレッドの驢馬ティアの背中に乗せる。手綱を持ったウィルフレッドによってゆっくりと登り道を進んだ。馬のミアはエリックが手綱を持って歩く事になる。
 赤い道標が多い場所に差しかかり、獰猛な野生動物を注意する。ウサギなどの小動物は見かけたものの、狼などはいなかった。
 一行は崖側の細い道に差しかかり、より慎重に歩く。
 崖下から吹き上げる風が緊張を誘う。
「足元以外にも気をつけて。まあこんなところで襲撃があるとは思えないけどな。念のためにな」
 ヤードが注意を促す。
 運ぶ動物達が足を踏み外さないよう、いつでも抑えられるように冒険者達は注意を怠らなかった。何度か軽く嘶いて足踏みをした場面はあったものの、無事に崖周辺を抜ける。
 日が暮れだす前に一行は目的の集落に到着した。
「冬見た景色とは違うのだね」
「うん‥」
 ウィルフレッドとアルフレッドは集落を眺める。木々には青々とした葉が吹いて、わずかに雪が残っている程度である。どこもかしこも白かった冬の事とはすべてが違って見えた。
「まさか、ちゃんと残っているなんて」
 かつて住んでいた家を前にエリックが呟く。どうやら集落の人達が屋根の雪かきなどいろいろと世話してくれていたらしい。
 エリックの家族はすでにこの世にはおらず、集落にいた最後には一人で住んでいた。
 余分な荷物をエリックの家に置いて、全員で集落の長の所へと向かった。
「おおっエリック。この冬、お前の道標で助かった赤ん坊が一人おった。ありがとうな」
 屋敷を訊ねると、長がエリックの手を握って感謝する。
「役に立ったなんて俺もうれしいです。家を守ってくれていたんですね。ありがとうございます。これ、お土産なんですけど」
 エリックは馬に載せた木箱の箱を一つ開けて見せる。
「これは! なんと!」
 長は目を丸くして驚く。山深い集落では一度も下りる事なく一生を過ごす者もいる。この付近の川で獲れる魚はどれも小さい。海水魚もあり、何十センチもある魚などとても珍しい。
「おっおい! 今晩、集落の者を集めるんじゃ。みんなで頂こうじゃないか」
 長は近くにいた家族に話しかけて、使いに出した。
 その夜、集落の者ほとんどが長の家に集まり、エリックの土産の魚による料理が振る舞われた。
 その際、スズナが料理の仕方を教える。様々な魚料理が並び、集落は突然の祭りのような賑やかさになった。
 黒猫のセリもご相伴にあずかり、満足げに魚を食べる。
 ヴァレリアが竪琴を奏でる。
 賑やかさの中に流れが生まれ、踊りだす者もいた。
「こんなにたくさん。ありがとうございますじゃ」
 ウィルフレッドは持ってきたワインとベルモットを長にお土産として渡した。春のお祭りを聞いた所、復活祭にはみんなで卵を送りあうそうだ。
 一本だけ開けさせてもらった長はワインをエリックのカップに注ぐ。
「これからどうするつもりじゃ?」
「もう少し考えてみてから、決めようかと」
 エリックは笑顔の中に悩みを混じらせていた。

●墓参り
 三日目の朝になるには時間がかかる頃、エリックは一人で墓地を訪れた。コレットの墓の前に座り、摘んできた花を手向ける。
「コレット、どうしようか迷っている。ミロの家族はよくしてくれているんだ。だけど、俺が戻ってきてもいいように集落の家もある」
 エリックは墓に語りかけた。そして朝日が昇る頃、みんなが眠る自分の家へと戻る。
 そして昼頃、コレットの墓参りをしたい冒険者と一緒にもう一度墓地を訪れた。
「エリックお兄ちゃんは元気だよ」
「コレットさん‥‥安らかに‥」
 エリックと一緒に新たな花を手向けて集落へと戻った。
「それではここまで。早かったな。お帰り」
 エリック達が家に近づくと、ヴァレリアは集落の人々に囲まれていた。せがまれて昨日演奏した曲を奏でていたらしい。ちょっとした小話も披露したようだ。
「さて、帰るとするか。二人とも、麓の村まで護衛は必要か?」
 竪琴を仕舞ったヴァレリアが訊ねる。
「出発は明日にして欲しい。それとみんなに話したい事があるんだ」
 エリックはヴァレリア、そしてその場にいたアルフレッドとミロにいうと、一緒に来た全員の所に出向く。
 エイジは少しだけ壊れていた家の修理をしていた。
 ヤードは馬と驢馬の世話を行っている。
 スズナは残った魚を保存の効く料理を集落の人に教えていた。
 ウィルフレッドは帰りにミロがティアに乗りやすいように蔵の取りつけ直しを行っている。
 それぞれの作業が終わると全員が顔を合わせる。その他の者はすでにエリックの家にいた。
「俺はこの集落に留まる。悪いがミロを麓の村までお願いしたい」
 全員の反応は驚く者、ただ受け止める者など様々であった。ただエリックを兄のように慕っていたミロはエリックを問いつめる。
 それからミロはスズナの黒猫セリを抱き締めて部屋の隅にずっと座っていた。
 食事もとらずに何も語らずに座り続ける。
「ミロ、ちゃんと話すから聞いてくれないか」
 夕方、エリックはミロを誘って一本の木の近くに連れてゆく。
 そして長い時間、二人で話し合ったのであった。

●帰路
「冒険者のみなさん、いろいろとありがとう。ミロ、元気で」
 エリックはみんなを見送る。
 四日目の早めの時間に一行はパリへの帰路へ着いた。新たな地図をアルフレッドが写して持ってゆく。
 氷も魚介類もなく、身軽になって動きやすい。崖さえ気をつければ後は大した事はなかった。
 道中、ミロは明るく振る舞った。無理をしているのか、それともエリックの説得に納得したのかはわからない。
 エイジは行きの時、チェックしておいた道標を直す。大抵が枝に結んだ縄が傷んだ程度なのですぐに終わった。
 しかしどうしても時間はとられてしまう。今日の到着はあきらめ、一行は早めに野営の準備を始めた。道標と地図があっても無理はよくないと考えたからだ。
「エリックお兄ちゃん、まだ集落でやる事があるっていってたんだ。それが終わったらまた麓に来るって。それに一ヶ月に一回は山を下りるって。必ず寄るって約束したんだ」
 野営の時、ミロがみんなに話してくれた。
「すぐに逢えるのだね」
 ウィルフレッドはミロの頭を撫でる。
「行き来できない距離じゃないのだから‥大丈夫ですよ‥‥」
 アルフレッドがミロの近くをゆっくりと飛ぶ。
「美味しいですよ☆」
 スズナが食事をミロに渡す。黒猫のセリがミロの足元で鳴いた。

 五日目のお昼前に麓の村へと一行は到着する。
 すぐにミロの家を訊ねた。
「まあ!」
 ミロからエリックが戻らない事を聞いた母親と姉キシナはとても残念がる。ミロは二人に宛てての手紙をエリックから預かっていた。
「ありがとお〜」
 ミロはパリに帰る冒険者達を見送る。
「痛たたっ」
 ヤードが腕をグルグルと回す。どうやら筋肉痛らしい。
「終わってみれば、魚介類を狙っていたのは野生の狼ではなく、スズナ・シーナの黒猫だったな」
 エイジがスズナの背中にあるバックパックから顔出す黒猫セリに顔を近づける。
 黒猫セリが鳴いて、冒険者達は笑った。
 ゆっくりと帰ってもまだ余裕はあった。すべては収まるべき場所に収まる。
 また何か変化があるだろうが、それはかなり先の話になりそうであった。