時が止まった者 〜サッカノの手稿〜

■ショートシナリオ


担当:天田洋介

対応レベル:11〜lv

難易度:普通

成功報酬:7 G 99 C

参加人数:8人

サポート参加人数:3人

冒険期間:04月12日〜04月19日

リプレイ公開日:2007年04月19日

●オープニング

 冒険者達とブランシュ騎士団黒分隊の活躍によってデスハートンの白き玉は教会へと運ばれた。
「もしや‥‥」
 司祭ボルデはその中に羊皮紙に包まれた白き玉を見つける。広げた羊皮紙の内側に書かれていたのは人の名前である。
「サッカノ司教の娘コンスタンスと一緒に行動した‥‥。乳の出が悪かったコンスタンスに代わり、連れ去られた赤子の乳母でもありましたエミリール・アフレ」
 司祭ボルデはサッカノの手稿の中の一文が気にかかっていた。それは石版に書かれていた文章と一部違う部分である。
 石版には事が終わった神殿にいくつかの白き玉の他にコンスタンスの遺体だけが残っていたとあったが、手稿の方では違う。
 読み取れる途切れ途切れの文字の間を想像すると、魂が抜かれたエミリールの姿もあったようなのだ。
「このデスハートンの白き玉がエミリールの魂だとすると‥‥」
 司祭ボルデは休養中の司祭ベルヌの元を訪れる。司祭ベルヌは教会内の施設で看護を受けていた。
「煩わせてしまいますが、緊急の事態なので話させてもらいます。この白き玉がエミリールの魂ならば、一つ考えられる事があります。つまりエミリールが生きている可能性についてです」
 司祭ボルデの言葉に司祭ベルヌが頷く。
「つまり‥‥魂が抜かれた状態で仕方なくアイスコフィンで氷の棺に閉じこめた可能性ですね」
 やつれた表情で司祭ベルヌが答える。
「その通りです。アイスコフィンで凍らせられた場合、ほとんど時間が進まなくなる。どこか、一年中寒い場所で保存されているかも知れません。問題はその場所ですが‥‥」
 サッカノの手稿の汚れて読み取れない個所に書かれているのかも知れないが、それをいっても愚痴になるだけだ。
 司祭二人は様々な可能性について話し合う。
「この間の鍾乳洞も寒くはあったが、あれだけ調べたのだから可能性は低い。だとするならば」
「だとするならば」
「サッカノの手稿が発見された鍾乳洞」
 司祭二人は同時に口にした。

 司祭ボルデは確信を深める為、他の資料もあたった。そして一番有力なのが、最初に考えた通り、サッカノの手稿が発見された鍾乳洞であると結論を出した。

 教会の許可をとって司祭ボルデは冒険者ギルドを訪れた。
「冒険者にわたくしと一緒にサッカノの手稿が発見された鍾乳洞へと行って頂きたいのです。そして鍾乳洞内を調べて頂きたい。馬車は用意致しますのでよろしくお願いします」
 司祭ボルデは受付の女性に依頼をお願いした後で、神に祈りを捧げた。

●今回の参加者

 ea2350 シクル・ザーン(23歳・♂・神聖騎士・ジャイアント・イギリス王国)
 ea3047 フランシア・ド・フルール(33歳・♀・ビショップ・人間・ノルマン王国)
 ea5796 キサラ・ブレンファード(32歳・♀・ナイト・人間・エジプト)
 ea5808 李 風龍(30歳・♂・僧兵・人間・華仙教大国)
 ea8820 デュランダル・アウローラ(29歳・♂・ナイト・ハーフエルフ・ノルマン王国)
 ea8988 テッド・クラウス(17歳・♂・ナイト・ハーフエルフ・ノルマン王国)
 eb0828 ディグニス・ヘリオドール(36歳・♂・ナイト・人間・ビザンチン帝国)
 eb3503 ネフィリム・フィルス(35歳・♀・神聖騎士・ジャイアント・イギリス王国)

●サポート参加者

水鳥 八雲(ea8794)/ アンリ・フィルス(eb4667)/ エセ・アンリィ(eb5757

●リプレイ本文

●疑問
 馬車は土煙をあげて駆ける。
 冒険者達、司祭ボルデを乗せて目的の鍾乳洞へと向かっていた。馬車にはパリで療養している司祭ベルヌからの差入れがある。食料や油、毛布、たいまつ、そして女性用の着替え服など考え得る必要な備品が揃えられていた。
 初日の最後、夜の野営で焚き火を囲む場で話し合いが行われた。
「凍っていると思われる女性についてですが――」
 司祭ボルデは今回の目的の人物であるエミリールについて説明する。サッカノ司教の娘コンスタンスとは仲がよかったらしい。ただ、特に功績もなく、立場的にも乳母以上ではなかったようだ。
「デビル側には、行動が筒抜けだと思って慎重にした方がいいな」
 李風龍(ea5808)は今回の行動がデビル側に洩れている覚悟で行動したほうがいいという。それは司祭ボルデも考えていて、今回の依頼に関しては鍾乳洞側には一切連絡を行っていなかった。つまり敵の息のかかった悪魔崇拝者、もしくは下級デビルにサッカノの手稿が発見された鍾乳洞を監視させている可能性があったからだ。
「つまり、早く発見し、パリに向かえば何事もなく終われるかも知れません。少なくとも洞窟内で襲われる事はないでしょう」
 司祭ボルデは答える。
「逆にいえば、下手に時間をかければ鍾乳洞内で襲われるという事か。なるべく悟られないようにし、パリに向かい、敵の早期撃退、少なくとも襲撃前に目的の達成はしておかないとならない」
 ディグニス・ヘリオドール(eb0828)は周囲を警戒をしながら話し合いに参加する。
「なぜエミリールという方の命をデビルが見逃し、サッカノ司教がそれを隠したのか‥‥」
 シクル・ザーン(ea2350)は司祭ボルデが大事に抱えている聖遺物箱を見つめた。シクルが貸したもので、中にはエミリールのデスハートンの白き玉が収められている。
「しかし、其が本当なら過去の真実への大いなる手掛かり。主のご加護あらば、時代を越えて目覚められるでしょう」
 フランシア・ド・フルール(ea3047)は主への祈りを捧げる。
「ふむ‥‥フルール殿はそのようにお考えなのか」
 キサラ・ブレンファード(ea5796)は腕を組みながら話しを聞く。そしてエミリールの早い発見こそが、成功への鍵になると考えた。
「手稿すらそのエミリールさんを隠すために利用していたのかもしれませんね。そうするとそこまでして守りたかったエミリールさんとは一体どんな存在なのでしょう?」
 テッド・クラウス(ea8988)は真実は何かと考える。
「敵の背後にいるのはアビゴールらしい。相手にとって不足はない」
 デュランダル・アウローラ(ea8820)は深遠な青い瞳を輝かせる。
「難儀な話しだねぇ。まぁそれでもやるしかないんだけどさ」
 ネフィリム・フィルス(eb3503)は傍らにいるフロストウルフの背中に手をやる。寒い場所が好きなフロストウルフなら、エミリール探索に役に立つと考えていた。
 見張りの順番を決めて、就寝となる。焚き火を絶やさず、日が昇ると馬車ですぐに出発するのだった。

●再びの地底
 二日目の夕方に一行は鍾乳洞へとたどり着く。
 ネフィリムは信頼のおけそうな複数の警備の者にブランシュ騎士団宛ての手紙を預ける。パリ周辺の、特に鍾乳洞方面のデビルへの警戒を頼む内容だ。司祭ボルデも賛成してくれて一筆書き込まれている。
 警備の者への挨拶もそこそこに、一行は防寒着を着込むとすぐに鍾乳洞へと進む。その為に、ここに至る馬車の中で睡眠を交代にとってきた。
 不思議な光る鍾乳石柱の近くを通り過ぎる。サッカノの手稿が隠されていた祭壇を念の為に調べる。
「ここにはないようですね」
 フランシアが祭祀の物品を調べ終わって呟く。
 ここからが時間の勝負となる。もし敵に一行の存在を知られたのなら、つい先頃だろう。デビルと思われる敵の勢力が集まる前に出発しなくてはならない。
 ディグニスはすでにヘキサグラム・タリスマンを発動させていた。そして常に司祭ボルデの側に立つ。テッドも同じく司祭ボルデを警護していた。
 デュランダルはデビル対策に愛犬ドライ、ネフィリムは探索用としてフロストウルフを同行させている。
 シクルは他の者に前方を任せて後方に注意をはらう。
「これはかなり寒いですね」
 テッドがランタンで周囲を照らす。鍾乳洞の奥は緩やかな坂道になっていて、徐々に寒くなってゆく。
 斥候役のキサラが長い棒を手に戻ってくる。しばらく先の間に罠は仕掛けられていないようだ。
「この奥。‥先に空洞があるか」
 キサラは先行して呟く。屈まなくては進めないほど洞窟は狭くなり、そのまま先細りするかと思えたが、突然に大きく広がった。
 鍾乳石の柱の他に、氷柱も伸びる風景が広がっていた。
 とにかく鍾乳洞は深い。進むに従って寒さも強まり、あたりも氷室のようになっていた。ここならば、アイスコフィンが解かれずに長く保存されていても不思議ではない。
「ん?」
 ネフィリムが引きずった跡がないか確認している時に、フロストウルフが壁に向かって吠える。そこは枝道になっていたが、氷の壁によって塞がれていた。
 司祭ボルデが氷の壁の中に閉じこめられた小さな石版を発見する。視力のいいキサラ、李、デュランダルによれば六芒星が刻まれているという。
 冒険者達は武器を手に氷の壁を砕く。一点に集中し攻撃を仕掛け、約一時間後に人が通れる程の穴が空く。
「持って帰るのは難だが、ロープでくくっていくのか?」
 キサラが見上げた先には鍾乳石柱の間に挟まれた氷の固まり。アイスコフィンで凍らされた人間の姿があった。二十代半ばと思われる女性だ。
「つくづく思うが、アイスコフィンは便利だな‥‥。こういう使い方も出来るんだから。俺も使えるものなら使ってみたいと思ってしまうぜ」
 李も苦笑しながら見上げる。過去に痛い目にあったらしい。
 フランシアは仲間以外、周囲に小さな虫すらいない事を確認する。犬のドライも周囲を探索していたが何も発見出来なかったようだ。甘えた鳴き声をデュランダルにかける。
 フランシアはアイスコフィンの固まりにかかるようにホーリーフィールドを展開した。その特性から彼女が憑依されておらず、デビルでもない事を確認する。
「ちょっと待って下さい。解呪は私が」
 シクルがニュートラルマジックをかけてみる。即座に氷がとけて中の女性が倒れかかった。デュランダルが受け止める。
 司祭ボルデがデスハートンの白き玉を取りだす。
「僕がやります」
 テッドが女性に近づこうとした司祭ボルデを止める。エミリールであろう女性が信用出来るまでテッドは司祭ボルデを近づけないつもりでいた。代わりに白き玉を女性の口元に近づけると、すっと吸い込まれる。
 朦朧としていた女性の表情が徐々にはっきりとしてくる。
 シクルは念の為、デティクトライフフォースを使う。彼女には生命があった。
「あなたがエリミールさん、ですか?」
 シクルの問いにエミリールはただ瞳を泳がせていた。

●パリへ
 一行が鍾乳洞を出たのは、三日目の夕方前であった。
 救出した女性の様子を見る間、司祭ボルデの用意したたくさん松明によって焚き火をして暖をとる。体力が回復する時間程度には休憩をとっていた。
 鍾乳洞を出た一行はすぐに出発する。
 制止する警備の者もいたが、一刻も早くと無視をした。
「わたしは‥‥」
 揺れる馬車の中で女性は確かにエミリールと名乗る。混乱した記憶の中から名前を思いだしたようだ。
 フランシアはエミリールに付き添う。鍾乳洞の中でも毛布をかけ直してあげたり、温めたワインを飲ましたりして世話を焼いた。言葉はラテン語が一番達者のようだが、ゲルマン語もそれなりに話せた。かなり違う表現もあったが、意味がわかる程度には通じる。
「コンスタンス様はどうなさったのでしょうか?」
 ほんの少しずつ、エミリールは記憶が蘇っている。現状についてはあまりよくわかっていないようだ。ちゃんと話しが聞けるようになるまでには時間がかかる。
 あいにくエミリールの似顔絵は存在していない。ただ断片的な情報ではあるものの、特徴はあっている。まず間違いなくエミリールであろう。シクルがブラックホーリーを使っても反応はなかった。
 同じ馬車に乗っているので、司祭ボルデとエミリールはすぐ近くになってしまう。それがテッドには不満であったが、こればかりはしょうがなかった。
 セブンリーグブーツなどで、冒険者の一部は馬車に併走したり、斥候を行っていた。
 夜になっても速度を落として出来るだけ走り、それから野営を行う。
「朝方、デビルに襲われた事がありますので――」
 フランシアはみんなに注意を促す。前にデビルに襲撃を受けた時間は朝方であった。行きの道すがら、手稿輸送時に襲撃を受けた場所はすでに教えてある。
 見張りの順番を決めるとそれ以外の者は眠りについた。

 四日目、司祭ボルデは朝日が昇るのを駆ける馬車の中で眺めた。
 とにかくパリへの道を急ぐのがすべてに優先する。エミリールはまだわずかにしか記憶を取り戻していないものの、体調に問題なかった。パリの教会で静養すれば、そう遠くない日にいろいろな話が聞けるはずだ。
「デビルの群れだ」
 お昼過ぎ、併走して走るデュランダルが馬車の中の者に伝える。遠くの空に黒翼のグレムリンの群れが向かってきていた。やはり、デビルの手下が鍾乳洞近くで監視していたようである。
 すぐに馬車に追いつき、上から覆うようにグレムリンの群れはあった。威嚇をするように時折何匹かが下りてきて、馬車内を覗き込もうとする。
 数えると十匹のグレムリンだ。空を飛べるので真っ先に追いついたのであろう。
 併走するシクル、李、デュランダル、ディグニス、ネフィリムは近づくグレムリンを払う。特にシクルがミミクリーで腕を伸ばし、空飛ぶグレムリンを威嚇する。
「このままいける所までいって欲しいのです」
「わかりました。任せて下さい」
 司祭ボルデが御者台のテッドに話しかける。テッドは併走する仲間にも伝えた。
 稀にすれ違う人や馬車もある。グレムリンが追跡するその異様な状況の馬車を見て、道から大きく外れたり、逆に立ち止まってしまう者もいた。
 パリはまだ先にある。
 冒険者達はグレムリンの殲滅をはかろうとするが、逃げ腰のグレムリンを捉えるのは難しい。数匹ずつであるが数も増えているようだ。
「先にオーガ族を見つけたぞ!」
 李にセブンリーグブーツを借りたキサラが斥候し、敵を発見して戻ってきた。
「盾となって、とにかく突破しよう」
 ディグニスの言葉に全員が一丸となる。順番に先行してから立ち止まり、それぞれに戦いの準備を行う。
 前方にオーガ族の群れが見えた。そして見たことのある騎士のシルエット。
 ヘルホースに跨る悪魔の騎士アビゴールである。少女コンスタンスの姿は見あたらない。
 オーガ族が涎を流しながら、手に持つ棍棒を振り上げる。
 武器を手にして一行は突っ込んだ。
「今回はヌシの相手をしている暇は無いのでね。早々にお引取り願おう」
 ディグニスはアビゴールではなく、ヘルホースを狙う。
 デュランダルと李もオーガ族を蹴散らしながら近づいた。
「眼で見るものに囚われるから惑う。ならば心の眼で本質を捉えれば良い」
 デュランダルは眼を閉じてオーガ族をバックアタックで押し、道を拓く。
「退け!」
 李が大錫杖をヘルホースに突きだした。ディグニスの剣も振り下ろされる。
 アビゴールは盾と自らの身体をもってヘルホースを守る。
「卑怯ぞ。冒険者よ」
 聞く耳をもたないディグニスは続けてヘルホースを狙う。李もあらゆる手を使って仕掛けるが、引き気味のアビゴールにはかわされてしまう。
「アビゴール!」
 李は叫びながらも大錫杖でオーガ族を払ってゆく。
 わずかながらオーガ族の群れに一筋の道が出来る。
 その時、速度を落とさざるを得なかった馬車には何匹ものグレムリンが取り憑いていた。キサラ、シクル、ネフィリム、そして御者のテッドが払ってもきりがない。中ではフランシアがホーリーフィールドを張っていたが、グレムリンが扉を引き剥がした。
 一斉に複数のグレムリンが飛び込もうとする。次々と爪で引っ掻かれ、時間切れかそれとも耐えきれなくなったのかはわからないが、フィールドが飛散した。
「ボルデ司祭!」
 ネフィリムが馬車に飛び込む。そして二匹のグレムリンを押し出す。
 グレムリンの攻撃からエミリールをかばった際に司祭ボルデは肩に怪我をした。
「これぐらい平気です‥‥」
 フランシアが司祭ボルデの肩の止血を行う。エミリールは毛布を被って震えていた。
 馬車はオーガ族の群れを抜けたが、まだ敵は後ろから追いかけてくる。オーガ族は徐々に遠ざかるが、グレムリンの群れは間近だ。アビゴールは後ろに下がったようで姿は見えなくなる。
「あれは!」
 御者のテッドは見たことのある騎士の一団を遠くに望む。もちろん視力のいい冒険者は気がついていた。
 五名程のブランシュ騎士団黒分隊であった。
 上空のグレムリンに向かって魔法が放たれた。オーガ族もひとたまりもないだろう。
 冒険者達は馬車を停め、負った傷の手当てなどをする。その場で黒分隊と一緒に野営をし、翌日の五日目を経て、六日目のお昼前にパリへと到着した。
 エミリールは戦闘で見かけたデビル達に酷く怯えていた。やはり、過去にデビルによる大きな心の傷を負ったようである。
「本当に平気ですから、ご心配なさらず」
 司祭ボルデの傷は李のリカバーよって完治していた。
「エミリール様の事ですが、心穏やかになれば思いだすはずです。過去のコンスタンスを酷く心配しているようですが‥‥。追々事情も把握するでしょう」
 司祭ボルデはしばらく姿を見せていない悪魔崇拝ラヴェリテ教団の指導者エドガ・アーレンスの事が気にかかっているようだ。
「しばらくすれば、石版によってサッカノの手稿の研究も進みます。エミリール様からの情報も得られるはずです。その時はもっと詳しいお話が出来る事でしょう。またお力をお借りする事になるはずですので、どうかよろしくお願いします」
 そう言葉を残して一日の余裕を残し、司祭ボルデとエミリールは教会へと消えていった。