雨宿りの想い

■ショートシナリオ


担当:天田洋介

対応レベル:フリーlv

難易度:易しい

成功報酬:0 G 39 C

参加人数:4人

サポート参加人数:1人

冒険期間:11月02日〜11月05日

リプレイ公開日:2006年11月07日

●オープニング

 晴れていた秋空が突然曇る。まもなく雨が強く降り出した。
「やばっ」
 モーリスは市街の風景を描くのを止めて古びた家の軒下に逃げ込む。
「困りますよね。突然に降るなんて」
 モーリスは雨雲を見上げていた視線を声の聞こえた右隣に移す。
 雨宿りには先客がいた。服装からいっても農家の娘だろう。歳は十六位である。
「まったくです。これからノッてきたというのに」
「何か描いてある。もしかして絵師さんですか?」
 自分を真っ直ぐ見つめる娘にモーリスは驚きながらも頷いた。
「あたし、絵師さんと会ったの初めてです。よかったら見せてくれません?」
「こんなの見ても」
 モーリスは板を後ろに隠す。板には建物が描きかけになっていた。
「どうして?」
「絵師とはいっても、みんなとは違って建物なんて描いている変わり者ですから」
 モーリスは恥ずかしそうに話す。他の絵師はあまり買い手のいない景色の絵など描くはずもなかった。だがモーリスはパリの景色に魅せられてしまい描かずにはいられなかったのである。
「そうだ。雨はまだまだ降りそうですし、よかったらあなたを描かせてもらえませんか?」
「あたしを?」
 モーリスは頼んだあとで失礼ではなかったかと反省したが後の祭りである。
 しばらくして娘はにっこりと笑い頷いた。
 モーリスは板のあいている部分に描き始めた。どうすればいいか戸惑っていた娘も、レンガ壁に寄りかかって動きを止めた。
 雨音だけが支配する時間が続いた。
 貧しい絵師のモーリスにとって板は大事なものである。貴重な画材を通りすがりの娘への余興に使うなど、普段では考えられなかった。
 モーリス自身も不思議と感じたが、その理由がわかるにはしばしの時間が必要だった。
 雨が止んだあとのモーリスの手には渡し損ねた娘の板絵が残っていた。

 モーリスは冒険者ギルドを訪れると人捜しの依頼を始めた。
「この板絵に描かれている娘を探して欲しいのです」
 モーリスは板絵を受付の女性に渡す。
「近くの村から父親と一緒に野菜を売りに来たといってました。パリの市場か、周辺の村にいるのかと思う。だが自分では捜せなかったのです。とにかく見つけてくれれば自分から出向きます」
 受付の女性は依頼を書き留める。
「板絵を渡したいのとモデルの依頼をもう一度したい、というのが依頼理由でよろしいのですね?」
「‥‥そんな感じです」
 モーリスは嘘つく。本当の理由は娘に惚れてしまってもう一度逢いたいからである。
「これですみませんが」
 モーリスは依頼金を受付の女性に前渡しする。そのあとに腹の虫が大きく鳴った。食費を減らしてお金を用意したのである。
「よろしくお願いします」
 恥ずかしくなったモーリスは急いで冒険者ギルドを立ち去った。

●今回の参加者

 ea2004 クリス・ラインハルト(28歳・♀・バード・人間・ロシア王国)
 eb2456 十野間 空(36歳・♂・陰陽師・人間・ジャパン)
 eb4902 ネム・シルファ(27歳・♀・バード・人間・ノルマン王国)
 eb8605 シュン・サンダー(19歳・♀・ウィザード・ハーフエルフ・ノルマン王国)

●サポート参加者

ラディオス・カーター(eb8346

●リプレイ本文

●モーリスの家
 モーリスは訊ねてきた冒険者達を部屋に招いた。
 室内には絵に関係する物が雑然と置かれている。しかしそれ以外の生活用品は少なかった。
「さっそくですが似顔絵を描いて欲しいのですよ。渡す予定の絵ですと汚してしまうかも知れませんので」
 十野間空(eb2456)は何かを取りだそうとしていた。
「あ、タダで貰った木切れがありますのでそれにでも」
 モーリスは木切れに描き始める。たまにモーリスの腹の虫が鳴るが、冒険者達は聞こえないふりをする。
「それはそれとして、雨宿りの君の絵をじっくり観させて頂いて顔を覚えるです」
 クリス・ラインハルト(ea2004)は板絵を穴が開く程見つめた。
「わたしも観ます。雰囲気を掴まないとね」
 ネム・シルファ(eb4902)はじっくりと眺めながら質問をする。
「娘さんと逢った場所を教えてくれませんか?」
 ネムの質問に答えたモーリスは話しをさらに続けた。
「‥‥実は話していないことがありまして」
 モーリスは瞼を半分落とす。
「描いたあと、彼女は顔を真っ赤にして立ち去ったんです。それで板絵を渡し損ねて。神に誓いますが変な事はしてません。理由がわからないけどもう一度彼女に‥‥」
 落ち込んだ様子のモーリスを三人は励ます。似顔絵を受け取ると冒険者達は部屋を出た。

●捜索
「ここが雨宿りの君との出逢いの場なのですね」
 ネムはレンガ壁を撫でる。
「近い市場から捜してみますね。ボクは夕暮れ時になったら郊外への道ばたで歌うです。知ってる誰かが名乗り出てくれるかも」
 クリスは張り切っていた。
「もう昼過ぎなのですね。酒場で演奏して聞き込みします。特徴と似顔絵、父親とキャベツを売りに来ていたという情報を元に捜してみます。友達も辺りを回ってくれるみたい」
 ネムは自分が方向音痴なのをわかっていて一個所で聞き込みすることに決めていた。
「わたしは市場をとことん調べよう。明日の朝に集まって情報を照らし合わせませんか?」
 十野間の提案にクリスとネムは頷いた。それぞれが行動を開始した。

●一日の終わり
 ネムは竪琴を奏でていた。酒場の客達の心を潤わせながら訊ねる。
「そりゃアペールだ」
 ネムに一人の客が答えた。
「ここにキャベツを納めてる男がアペール。奴がこれないときは娘が来るから間違いねえと思うぜ」
「とても助かります!」
 ネムは客に礼をいうと、しばらく演奏を続けた。
 立ち去る際に酒場の主人にも訊ねる。確かにキャベツを納めに来るアペールなる人物がいた。残念ながら主人はどこから来ているのか失念していた。

「お嬢さん、ちょっとお訊きしたいことがあるのですが」
 十野間は市場で魚を売る女性に声をかけた。
「うまいこというのねー。なんでも訊いてちょうだい」
 女性は上機嫌に笑う。
「キャベツを卸しに来ている親娘を知りませんか? 茶色の短髪、右目の下には小さなホクロのある女性を捜しているのです」
「あなたの恋人?」
「実は‥‥とある絵描きが、雨宿りの間、絵のモデルになってくれた女性にその時の絵をお礼に贈りたいといって捜されていましてね‥‥」
「ああ、ローズがそんなこといってたね。誰かに絵を描いて貰ったとか。最初は嬉しそうに喋ってたんだが、終わる頃には悲しそうにしててね」
「そんなことが。ありがとうございました」
 十野間は女性にお礼をいう。何十と聞き回ってやっと情報にたどり着いたのだった。

『雨宿りの時 巡り合った貴女 彩る絵に面影留むれど わが眼差しは君を追い 空見上げ 今ひとたびの雨を乞う――』
 クリスは郊外への街道で歌っていた。
「まるでうちの村の娘の話みたいじゃの」
 クリスの前で立ち止まった老人が話しかける。
「本当ですか?」
「名前は忘れたが、この道を二時間歩いた村に住んでて噂を耳にしたぞ」
「ありがとうございますー」
 クリスは老人にお礼をいって喜んだ。

●雨宿りの君
 翌日、冒険者達は集合して情報を照らし合わせた。結果、ローズと会うことが決まる。
 村に到着し、畑が広がるあぜ道を歩きながら家を探す。
「アペールさん、ローズさんの家を知りませんか?」
 クリスは農作業をしているお婆さんに声をかけた。
「アペール、呼んどるぞ!」
 お婆さんは大声で呼んだ。遠くで農作業をしていた男が近づいてくる。
「アペールやけど用かね?」
 アペールが額の汗を腕で拭う。
「実はローズさんを捜しているです。それを描いたモーリスさんから頼まれたんですけど」
 クリスの話す隣りでネムがアペールに似顔絵を見せた。
「確かにローズや。なんか最近元気なくてな。その男が原因かもな。世の中成るようにしか成らんし、よく知らんけどおうてやってくれ」
 アペールは自分の家の場所を告げると農作業に戻る。冒険者達はアペールの家に急ぐのだっだ。

「どなた?」
 ネムが戸を叩くと女性が現れる。
「頼まれてあなたを捜してました。ローズさんですよね」
 ネムは似顔絵をローズに見せた。
「この絵‥‥あの時のとは違うけど。もしかして絵師さんがあたしを?」
 ネムはローズに頷く。十野間とクリスも頷いた。
「‥‥入ってくださいな」
 ローズにいわれて冒険者達は椅子に座る。
「あなたがモデルとなった方なのですね。モーリスさんが食費を削ってまで依頼してきたのが判る気がしますよ」
 十野間はローズに話しかけた。
「あたしなんか‥‥。彼、モーリスって名前なんですね。食費を削って?」
「いえ、彼がそういった訳ではないのですけどね‥‥。お会いした時に大層可愛らしい腹の虫が聞こえましてね。そうじゃないかと思いまして」
 十野間は微笑する。
「モーリスさんに悪いことを‥‥」
 ローズの瞳に影が過ぎる。
「逃げてしまったんです。モーリスさんに見られてしまって」
「見られたって何をです?」
 ローズの言葉にクリスが問う。
 ゆっくりとローズは両方の手の平を広げて差しだす。皮膚が厚くて堅そうな労働者の手であった。
「あたし恥ずかしくて。モーリスさんの手のほうが綺麗な感じで」
 ローズは手を隠した。
「モーリスさんは逃げた理由をわからずにいましたよ。ということは全然気にしてないはずです」
 ネムはやさしく告げた。
「絶対あり得ません。ボクが保証しますよ」
「彼はあなたのことを心底思っていますね」
 クリスも十野間も同意する。
 黙って俯いていたローズが立ち上がると別の部屋に姿を消した。
「これをモーリスさんとみなさんに」
 再び現れたローズが持っていたのはカゴ一杯の様々な野菜であった。
「明日、パリに行きますので夕方なら時間が取れます。その‥‥よかったらモーリスさんに伝えて下さい」
 冒険者達は微笑むと、待ち合わせの場所を決めるのだった。

●黄昏時の逢瀬
 三日目、冒険者達はモーリスの部屋を訪ねた。
 一通りの報告を聞いたモーリスから自然と笑顔が零れる。
「そうですか。手を気にしていただなんて」
 モーリスが答えると同時に腹の虫が鳴った。
「ローズさんからいろいろな野菜を貰いましたので、わたしが料理します。せっかくの再会なのにお腹鳴ったら残念てすもの」
 ネムは台所に立って料理を始めた。
「逢えるのはうれしいのですが、ボクは売れない絵師でして‥‥。いいんでしょうか?」
 モーリスは窓から空を眺めながら呟いた。
「モーリスさん、想いを真っ直ぐに伝えるのも、時として有効ですよ」
 十野間はモーリスは話し始めた。
「想い‥‥ですか?」
「わたしには恋人がいます。同じ志を持った女性ですけどね。それは同じ道を選んだからそうなのではなく、見つめる未来が同じだからこその志なのですよ。想いが伝われば今まで別の生き方をしていたとしても問題はないはずです。これからもね」
「そういうものですか」
 モーリスは真剣な眼差しだ。
「お互い惹かれあってた。そうでなければ、ボクの歌でローズさんを知ってる人は見つけられなかったはずです」
 クリスも十野間と一緒にモーリスを元気づけた。
 しばらく経つと台所からいい匂いが漂い始める。
「お待たせです。出来ましたよ」
 テーブルの上に料理が並べられてゆく。モーリスはゴクリと喉を鳴らした。
「たくさん作ったので温かいうちにみんなで食べましょう」
 モーリスと冒険者達はネムの料理を腹一杯食べる。お腹が一杯になれば少々の不安は吹き飛ぶものとネムがいい、みんなは笑いながら同意した。
 夕刻が近づき、モーリスと冒険者達は待ち合わせの場所に向かうのだった。

 そこは石畳が敷かれた眺めのいい高台だった。日は傾いて辺りを金色に染めようとしていた。
「ローズさん‥‥」
 階段を上って現れたローズにモーリスは声をかけた。
 ネムとクリスは邪魔にならない程度の音で演奏を始めた。二人の気分を盛り上げるためのメロディである。十野間は二人に誰か近づかないか周囲に注意を払う。
「この前はごめんなさい」
 ローズはモーリスに近づくと謝る。モーリスは首を横に振ると板絵を差しだした。
「これ、あたしなの?」
 板絵に描かれたローズは下絵ではなくちゃんと色が塗られていた。建物は消されてローズの肖像画になっている。
「絵を渡したくて捜してもらったんだ。受け取ってもらえるかな」
 ローズは躊躇する。わかっていても手をモーリスに晒すのは嫌らしい。
 モーリスは片手で板絵を持つと、利き手の右を顔の高さぐらいに挙げた。指の何カ所かに大きなコブが出来ていた。
「ボクはペンを握って出来たコブを誇りに思う。これがあるからって絵がうまいわけじゃないけど、それでもね」
 モーリスの言葉を聞くローズの瞳は潤んでいた。挙げていたモーリスの右手をローズは両手で包み込む。
 何か話そうとするローズだが言葉が出ないようだ。
「もう一つ。君の絵をこれからも描きたいんだ。また逢ってくれるかな?」
 すべてが黄昏た世界でモーリスとローズは一つの影となった。
 冒険者達は静かに離れてゆき、石畳の一角を二人だけにするのだった。