●リプレイ本文
●始まり
「三日間よろしく頼みます」
冒険者達の前で依頼人の男、ヨーストは挨拶をする。ヨーストの家に一歩踏み込んだら、そこから三日間は家族を演じる約束だ。
まずは必要分のお金が冒険者それぞれに渡される。
「あら…ごめんなさい。父親役も‥と書かれていたのに‥。私は年老いた母親役をやりましょう」
「いや、問題ないよ。父親は出稼ぎにでもいってる事にしよう。母さんと呼ばせてもらうね」
国乃木めい(ec0669)の問いにヨーストは笑顔で答える。
「俺は兄貴やるぜ。よろしくな弟。 あぁ、俺の事はちゃんと兄貴、か兄ちゃんと呼ぶこと!」
スラッシュ・ザ・スレイヤー(eb5486)はニヤつくと、ヨーストの背中をバンバンと叩く。
「よっよろしく。兄ちゃん」
ヨーストは少しむせる。
「本当の兄がいますので、妹をやらせてもらいます」
「それは妹役として頼もしいな。にいさんと呼んで欲しい。俺はエフェリアといわせてもらう」
エフェリア・シドリ(ec1862)がペコッと軽くヨーストに会釈した。
「私はお姉さん役でいきますね〜。ノルマンゾウガメはペット役ですね〜」
エーディット・ブラウン(eb1460)は屈み、首を持ち上げるカメの甲羅を撫でる。
「お姉ちゃんと呼ばせてもらうね。カメさんもよろしくな」
ヨーストも屈んで甲羅を撫でる。
「居間と俺のを除いて四部屋ある。ちょうど一人ずつあるので適当に使ってくれ」
ヨーストが玄関の扉を開く。家族ごっこの始まりであった。
●家族
「おうっ、弟よ」
スラッシュが居間にいたヨーストの隣りの椅子に座る。
「若けぇってのに真っ昼間から家にいるとは何事だぁ。彼女とかいねぇのか? っと、俺にはとか聞くなよ!」
スラッシュは椅子にふんぞり返りながら横目でヨーストを眺めた。
「いや、それがいないんだ。にっ兄ちゃん」
「しょうがねえな。でも気になる女の一人や十人くれぇはいるだろ?」
「今は演劇の方に夢中で‥‥考えたことなかったな」
「つまんねえ奴だな。女の好みはどんなのなんだよ」
スラッシュの問いにヨーストは周囲を確認する。姉のエーディットと妹のエフェリアも居間でくつろいでいた。姉妹に聞こえないようヨーストはスラッシュに耳打ちをする。
「そうか、そうかぁ。お前もいい趣味してんな」
スラッシュは笑う。
「ダメですよ〜。あまり困った質問でヨーストちゃんをイジメないでね〜」
エーディットが近づいてヨーストの頭をナデナデする。
「男ってのはそういうもんさ。姉貴は甘いぜ」
スラッシュは横を向く。
「にいさん、ねえさん、カメさんがお腹空いたみたいです」
エフェリアはテレパシーでノルマンゾウガメと話した。ここに来るまでに腹が減ったらしい。
「エサをあげませんといけませんね〜」
エーディットはエサをヨーストとエフェリアにも渡す。三人でノルマンゾウガメにエサをあげた。
「あらあら、みんな集まって仲がいいのね」
国乃木が居間に現れる。
「息子よ。ちょっとこっちに来てね」
国乃木はヨーストを近くに呼ぶと紐を使って身体のサイズを計りだす。
「母さん、何なんです?」
「内緒よ」
国乃木は笑顔を返す。
「まだ早ぇが食事の用意でも始めるかぁ」
スラッシュは椅子から立ち上がると、サラサラとメモを書いた。
「弟よ。こいつを頼むぜ」
スラッシュはヨーストにメモを突きだすように渡す。
「お使いですね〜。私も行きますね〜」
「私も時間ありますし、いきます」
エーディットとエフェリアもヨーストの買い物に付き合う事になった。
「食材揃う前に、家にあるもん刻んでおくか」
スラッシュは炊事場へと消えてゆく。国乃木も居間からいなくなる。
残る三人は買い物に出かけるのだった。
「ここの野菜、とっても安いのです〜」
エーディットが市場の野菜を指差した。
「そうだね。これ、もらえるかい?」
ヨーストはいくつかの野菜を買って持ってきたカゴに入れる。その他にも肉などを買いそろえてゆく。
「どうしたんですか?」
エフェリアがヨーストの涙に気がついて訊ねる。
「いや‥‥なんでもないぞ。埃が目に入っただけだ」
ヨーストは涙を手の甲で拭う。何気ない日常の出来事に心の琴線が触れたようだ。
それからしばらく三人でパリ市街を散歩する。エーディットは彫金師の店でさりげなくヨーストの好みの品を探る。
家に帰ると、みんなで食事作りを手伝い始めた。
「おい、危ねえな。ちょと貸せ!」
「はい?」
刃物を弾かせるように野菜を切るエフェリアを見かねて、スラッシュが代わる。
「そっちの鍋が煮立たないように、薪で火の加減をしてくれ」
「はーい」
エフェリアがいわれた通りにカマドを見張る。
「エフェリア、大事な夕食のメインだからな。よろしく頼むぞ」
「にいさん、任せてください」
料理をしながらヨーストはエフェリアに笑顔で話しかける。
「味見です〜。はい、あ〜ん♪」
エーディットはヨーストの口に自分が作った料理を入れる。ソーセージも入れたサラダだ。
「美味しいですよ」
「やったです〜」
エーディットはなぜかヨーストの頭をナデナデする。
「今日の料理は任せますね」
母である国乃木は食器の用意を手際よく行っていた。
調理は終わり、居間のテーブルに料理が並べられる。
「これは豪華ですね」
全員がテーブルに着くと、国乃木がやさしい声で呟く。
さっそく食事が始まった。
「買い物から帰ってきたらノルマンゾウガメが日向ぼっこをしてて、とっても驚いたのですよ〜」
エーディットが他愛もない話題を振りまく。
「ヨーストちゃん、お肉好きみたいですね。私の分をあげるのです〜♪」
「お姉ちゃん、ありがとう」
ヨーストのお肉が食べ終わった皿に、エーディットが自分の分を移してゆく。
「そういや、演劇がどうのとかいってたな。教会じゃどんな劇をやってたんだ?」
スラッシュがスプーンでスープを運びながらヨーストに訊ねた。
「俺が演劇をやるきっかけになったのは‥‥人を信じず、地獄へ堕ちようとする罪人の話だった‥‥。こういうと悲劇のようだがコメディに仕上げられていて、観ていて楽しく感じられる演劇だった。たった一人、信じてくれる者が出来て、最後は救われるんだけどね」
ヨーストの表情が少しだけ固くなる。
「頑張ろうと感じたんですよ。何故かそれを観て。今度、自分が演じるのは流浪の旅を続ける家族の息子役なんです。演出の人に『お前は元気が良すぎる!』なんていわれてしまったり」
ヨーストは自虐的に笑いながらも真面目さを残す。
「それもこれも、上っ面だけで演技しようとしてたのだと気がついて。もうすぐ、何か掴めると思いますので」
「そうか。もう一人じゃねぇえんだし、踏ん張れよ」
スラッシュの言葉にヨーストは頷いた。
みんなで楽しい夕食の時間を過ごすと、ヨーストは自分の部屋へと戻る。
「あれ?」
ベットに使う一式が変わっている。洗濯されたり、日に干されたようだ。横になってみると、太陽の暖かさが残っていた。
「国乃木さ‥‥いや、母さんがやってくれたのか‥‥」
ヨーストはその夜、ぐっすりと眠るのだった。
●日常
二日目のヨーストは、どうしても仕事が休めなかったので働きに出かける。
「アイツ職場じゃどんな感じなんだろうな」
閉められた扉を見ながらスラッシュが腕を組む。
「こっそり見にいくか」
「私もいきます」
スラッシュの独り言を聞いていたエフェリアもついてゆく事になる。
ヨーストの仕事場は荷物を荷車に載せる力仕事であった。汗だくになりながら、荷物を運ぶ。
「こりゃ、食事もいいモン作ってやらねぇとな」
早速帰ろうとスラッシュは家に向かう。その後ろをトコトコと長い髪を揺らしながらエフェリアがついてゆく。
「何を買ったのです?」
スラッシュが立ち止まり、街角に座る絵描きがこっそりと出した絵を何枚か買っていた。
「お子さまには内緒だ。いいか? 他の奴には内緒だぞ」
「あ、あの建物寄ってもいいですか?」
スラッシュの話しを聞かずに、エフェリアは古い建物を指差す。
「食事作るんでな。俺は先帰るぞ」
遠ざかってゆくスラッシュと興味がわいた古い建物を、エフェリアは交互に見る。最後には古い建物を諦めて、バタバタとスラッシュについてゆくエフェリアであった。
夕食の時間になり、みんながテーブルを囲んだ。
昨日にも増して肉料理が増えているのはスラッシュの心遣いであった。
「はい。どうぞ」
国乃木がヨーストにおかわりをよそって渡す。国乃木は自らの体験と重ね合わせながら、今は子供達となる全員に話しかける。
食事の時間が終わると、スラッシュはヨーストを自分の部屋へと呼んだ。
「弟よ、見ろ。このエロースを。すげーだろ。ちゃんと好みのやつだぞ」
スラッシュがヨーストに見せたのはエッチな絵であった。
ヨーストは無言で絵に魅入る。
しばらくして腕を立てるように、ヨーストとスラッシュは握手をした。
ヨーストをからかうつもりだったスラッシュだが、喜んでもらえるなら、それはそれで問題はなかった。
ヨーストが寝た後で冒険者達は居間に集まる。誕生日パーティの相談だ。
「そうね。みんなの用意もあるし、明日の最終日にバーティは納得しましたわ」
国乃木は二日目の夜に誕生パーティをと思っていたが、他の冒険者の意見を受け容れる。
「本物の誕生日じゃない事を気にしたら、私達家族の誕生日するですよ〜♪」
「いや、元々家族ごっこだ。気にしねぇだろ。奴の誕生パーティで決定だ」
「なんとか作っていた服は間に合いそうです」
「ゲルマン語の祝いの歌とは別に、教会で聞いたラテン語の祝いの歌も練習しておきます」
それぞれに意見を出し合って話し合いは終わる。そして冒険者達は家から抜けだし、セーヌ川のほとりで祝いの歌の練習を行うのだった。
●サプライズ
「こっちです。にいさん」
エフェリアは階段の下にいるヨーストに声をかけた。
最終となる三日目、朝からヨーストはエフェリアに付き合っていた。ロマネスク建築の建物を登る。
「こんな場所があったのか‥‥」
ヨーストは自分の働く所から大して離れていない建物に驚く。
石壁が厚く、閉塞感がある建物だがエフェリアはそこが気に入ったようだ。
屋上まで登り、塔の小さな窓からパリの街並みを眺める。
遠くに教会が望める。小鳥の群れが空に飛び立つ景色はヨーストの脳裏に焼きついた。
「もうすぐ帰ってきます」
エフェリアは先に家に戻ると、ヨーストがもうすぐ帰る事を伝えた。飾りつけなどの用意を行っていたが、まだ準備には時間がかかる。
「それは大変です〜」
「まずいですね」
エーディットと国乃木は急いで外に出てヨーストを見つける。
「あの、夕飯の買い物に付き合って欲しいのです〜」
「え? ああ、いいよ。きっと重いものでもあるんだね」
「そ、そうです〜。重い物があるので頼みます〜♪」
エーディットは自分の胸の前で軽く手を叩く。
「それとランタンの油が切れてしまったの。悪いけど、ついでにこのメモの物も一緒に買いに行ってきて貰えるかしら‥」
国乃木は困った様子であらかじめ用意しておいたメモを渡した。
エーディットと国乃木はヨーストから見えないように互いにウインクをする。エーディットはヨーストと一緒に買い物に出かけたのだった。
「ちょと水を汲んできてくれますか〜?」
買い物が終わり、空が夕日に染まる頃、エーディットは家の前でヨーストに頼み事をする。近くの井戸へ水を汲みにいってる間に、エーディットは先に家の中に入った。
「これでいい‥‥?!」
ヨーストは水を汲んだ桶を手にして家に戻る。正面を見たヨーストは眼と口を大きく開いた。
見慣れた居間に別の世界が広がっていた。
綺麗な布などで飾りつけられた部屋。
花が様々な場所に飾られ、テーブルクロスがかけられたテーブルに見たこともない料理が並べられていた。
「誕生日おめでとう〜」
冒険者達全員で祝いの言葉がヨーストにかけられる。そして全員で祝いの歌が唄われた。
「今日は『お前の誕生日』ってことになった。俺が決めた、文句あるか?」
歌が終わるとスラッシュがヨーストに近づいた。ヨーストは涙を流して言葉がでない。
「これは俺からのプレゼントだ」
スラッシュが渡したのはエーギルのコインとキモノガウンだ。コインはいいとして、ガウンはとても極彩色である。
「俺の趣味だ、文句あるか?」
スラッシュにヨーストは首を横に振る。
「そうか、そうか。弟よ」
スラッシュは嬉しそうにヨーストの肩を叩く。
「息子よ。これは私からです」
国乃木はプレゼントをヨーストに渡す。包装されていたが、ヨーストは国乃木に訊ねた上で開けてみた。
中には手作りの服が入っていた。ヨーストは試しに上着の袖を通してみる。あつらえただけあってぴったりであった。幸いに針などの裁縫道具は家にある。布は時間がある時に買いにいったのだ。
「これは舞台が上手く行くよう、お守りのブローチです」
エーディットはヨーストの好みの装飾がされたアーモンド・ブローチを渡した。
「全員にはペンダントと思いましたけど、いい感じなのでみんなお揃いのブローチにしましたです〜♪」
エーディットは仲間にもアーモンド・ブローチを渡す。
「家族の記念ですよ〜♪」
エーディットの言葉に全員がブローチをつけてみた。
「私は教会できいたことがあるラテン語の歌をプレゼントします」
エフェリアは独唱する。ヨーストは目を閉じてジッと聴き入った。教会を飛びだして、再び戻った自分の生き方を回想した。
終わると全員で拍手をし、食事の時間となる。
スラッシュが腕によりをかけて作った料理はとてもおいしい。国乃木が作った華国風味の料理もヨーストの舌に合ったようだ。
食事も一段落すると、エフェリアの太鼓に合わせてみんなで踊ったり唄ったりする。
楽しい時間は過ぎ、別れの時間は近づいていた。
「子供を心から愛さない親などいません‥。愛しすぎた挙句、過ちを犯す事はあっても‥‥きっと貴方のご両親は、貴方の幸せを願って、已むに已まれず手放したのでしょう」
国乃木は一度ヨーストを抱き締める。
「弟よ! 演劇、気合いれて大成しろよ! 何かあったらいつでも頼れる兄貴に相談しろや」
スラッシュはヨーストを励ました。
「ブローチは家族だった印です〜♪」
エーディットは最後にヨーストの頭をナデナデする。
「兄とは違うにいさんでした。役に立てたでしょうか?」
ヨーストは笑顔でエフェリアに頷く。
家から遠ざける為に買ってきてもらった食材は、明日の食事用にみんなで調理する。
冒険者ギルドに間に合うギリギリの時間まで家に滞在し、冒険者達はヨーストと別れた。
演劇がうまくいくのを信じて。