●リプレイ本文
●目的の村
「せっかくなんだから受け取ればいいのにな」
馬車に揺られながら、ヤード・ロック(eb0339)は寝転がっていた。隣りには依頼者のフランツの姿がある。
ヤードのいう受け取ればいい物とはリカバーポーションなどの回復薬である。出発前、セシル・ディフィール(ea2113)と尾上彬(eb8664)が、今回参加する傷ついた村人の生き残り六人の為にと提供を申し出たのであった。
「そればかりは受け取れません。普通に買えば、かなり高い薬。それにお金の使い道として、依頼をせずに薬を買う選択肢も私達にはあったのです。ですが貴方達に託すと選んだのです。なに、放っておけば治りますよ」
話すフランツの右腕の袖は血で滲んでいた。腰には尾上が貸してくれた忍者刀が携えてある。
「そう仰るのなら‥‥。ルアーブルのアシャンティ・イントレピッド、通称アーシャよ。よろしくね」
愛馬に跨りながらアシャンティ・イントレピッド(ec2152)は挨拶をする。出発時には忙しかったのだ。
馬車に乗る村人達が次々と名乗る。
併走する冒険者はもう一人いた。リンカ・ティニーブルー(ec1850)も愛馬に跨る。
「一度こっちの馬車に‥‥あっと、異性に触れるのはまずいんだったな」
ヤードはリンカに貸すと約束していたテレパシーのスクロールを取りだす。
「ならほいっと」
「大切に扱う。感謝する」
リンカは馬に跨りながら器用に片手で受け取った。背筋を伸ばした姿はとても凛々しい。
「先に行った仲間でも、さすがにまだ着いてないか。まあ、最後になっても構わないんだけどな。楽できるし」
馬車だと村まで二日はかかる。ヤードはとりあえず眠る事にした。
「あれが占領された村なのね」
スズカ・アークライト(eb8113)は遠くにある家々を望む。塀はあったが大まかに窺うのに問題はなかった。
もうすぐ夜が訪れる。優れた視力のスズカは、何匹もの白骨化した家畜の成れの果てを目にした。
「もしかしたら逃げ遅れた村人も‥‥」
スズカはこれ以上考えるのを止める。
「見つからないように気をつけましょう」
セシルが焚き火用の枯れ枝を拾ってきた。
「亡き父曰く『「困ってる人は助けろ』だ。今夜、潜入してみるか」
尾上も野営の準備を始める。
村から灯りが見えないように大きな岩の裏で焚き火の用意をする。
まずは保存食でその日の食事を終えるのだった。
真夜中になり、尾上は村へと潜入した。
塀や堀はあったが、どれも大した高さも深さもない。運動神経がいい者なら難なく越えられる程度のものだ。
セシルとスズカは待機していた。発見されたとなれば、尾上を援護して三人とも履いているセブンリーグブーツで逃げる用意である。
セシルはギリギリまで近づいてスクロールのエックスレイビジョンを駆使する。潜入では調べきれない家畜を知る為だ。
野外で寝ているオーガ族もいる。尾上は物影に隠れながら、素速く村の様子を観察してゆく。
家畜の鳴き声が尾上の耳に届いた。骨だけの成れの果ても転がっているが、生きている牛や豚、鶏もいるようだ。
(「強そうなのもいるな」)
尾上はオーガ族の中に犬のような顔をしたコボルト戦士を発見する。駆け出しの冒険者なら強敵である。村が奪われたのも頷けた。
尾上は無事にセシルとスズカが待機する野営場所に戻る。見張りの順番を決め、睡眠をとる事にするのだった。
●戦い
二日目の夕方に馬車と馬に乗る一行は、先行した冒険者達と合流した。
すでにスズカ、セシル、尾上によって、落とし穴が掘られている。出発時に聞いていたリンカ案の罠である。罠を増やす作業を夜までの残りわずかな時間だが全員で行う。
焚き火を囲む食事の時間、尾上の潜入報告が全員に話された。
「ゴブリンとかコボルド位ならいいけど、別のがいると厄介よね」
「コボルト戦士がイビキをかいて寝ていたな。それに当初十匹と思われていたオーガ族だが、十五匹は存在するな」
スズカは尾上の答えに難しそうな顔をする。
いい報告も少しはあった。家畜はまだたくさん生き残っているようだ。
「罠と家畜、それらを使って――」
全員で意見を付き合わせて作戦が練られる。戦いは明日からと決められた。
三日目の朝になり、多くの者は罠作りに従事する。
「敵を狙う必要はない。これから指示する場所を目安に、打ち込めば良い」
リンカは村人の一人に弓と矢を渡す。
「目的は敵を混乱させ、隙を作る事。僅かでも手傷を負わせられたら儲け物だ」
今日の午後から始まる戦いの準備を着々と行うリンカである。今日の夜明け前にリンカも村に潜入してみた。何匹かの家畜とスクロールのテレパシーを使って会話し、家畜のボスに目星をつけ済みであった。
罠も作り終わり、尾上とリンカがそれぞれに村へ潜入した。
リンカが牛のボスをテレパシーで説得する。その間に尾上が柵を壊して飛びださせる準備をした。
四匹の牛が柵の外に放たれた。リンカの愛犬である黒曜が牛を先導する。気がついたオーガ族共が牛の後方を追いかけてゆく。
犬を追いかけて四匹の牛がまっしぐらに罠へと近づいた。逃げる牛を傷つけようとしたゴブリンを見つけ、尾上は物影からスタンアタックを叩き込む。
罠近くで待機していたスズカは目視で牛を追いかけているオーガ族の数を四匹と知る。仲間に伝えていつでも飛び出せるように準備を行った。
牛が村人の誘導によって保護される。
戦いが開始された。
二本の矢がオーガ族を襲う。
落とし穴をオーガ族が踏み抜く。尖った杭が立てられた中に次々とオーガ族がはまっていった。
待機していた冒険者達と村人はオーガ族に武器を手に戦いを挑んだ。
一匹だけゴブリンが罠にかからなかったので、追いついたリンカが注意をひいて時間稼ぎをする。剣に猟師セット内の物を組み合わせ、回収可能な投擲の縄縹を用意してあった。ゴブリンの注意が他にそれると、リンカは立ち止まって縄縹を投げつける。
足に怪我をして機動力を失ったオーガ族は大した事はなかった。冒険者達と村人達は一気にオーガ族を叩く。終わるとリンカが引きずり回していたゴブリンを叩きつぶした。
味方に被害はほとんどなかった。仲間意識が薄いのか、追走してくるオーガ族もいなかった。
「粘る罠を作る用意が金銭的に出来なくて‥‥。すみません」
フランツが尾上に謝る。
「気にするな。まだこれからだぞ」
尾上はフランツの怪我をしてない方の肩を軽く叩く。
三日目はこれで戦いは終了となる。残る時間は罠の作り直しに費やされるのであった。
「五匹確認。全員用意!」
四日目の夕方、今度は脱出させた牛達の鳴き声を利用して、オーガ族をおびき寄せていた。
罠には四匹がかかる。かからなかった一匹はコボルト戦士であった。
「こっちに来なさい、このでかぶつ!」
スズカがコボルト戦士を誘う。武器を手にコボルト戦士はスズカを襲おうとする。ヤードは大木に隠れながら、プラントコントロールを唱えてあった。木の根が浮かび上がり、コボルト戦士が足を引っかけて転げる。
そこにリンカが矢を放ち、コボルト戦士の右腕一本を地面へと固定した。
即座にスズカ、尾上、アシャンティがコボルト戦士を狙う。
隙をついたとしてもなかなか手強い敵である。武器には大抵毒が塗られているので特に注意が必要であった。
コボルト戦士は刺さる矢をへし折って立ち上がる。
尾上はコボルト戦士の攻撃を引き受けて、カウンターアタックを駆使した。アシャンティは常に村人六人の事を念頭に入れて行動している。一旦離れたスズカがコボルト戦士の背中に向かって駆け寄り、シューティングで止めを刺す。
罠にかかったオーガ族四匹にも魔法による攻撃が続いていた。
「消し炭となりなさい!」
セシルはファイヤーボムを唱えて火球を弾けさせる。
「燃えな!」
ヤードはスクロールのマグナブローを唱え、マグマの火柱を罠から吹き上げさせた。
魔法のおかげでオーガ族四匹は瞬く間に瀕死となった。魔法攻撃が終えると、控えていた村人六人が止めを刺してゆく。
「これで昨日と合わせて九匹倒したのね‥‥」
「そうです。残りは六匹のはずです」
今日の戦いが終わった後で、スズカとセシルが話す。大げさに家畜の鳴き声でおびき寄せたのにも関わらず、残りのオーガ族は村の外に出てこなかった。
「明日は‥‥村に攻め入らないとならないようですね」
フランツが夜の会議で言葉にする。
明日、村に攻め入る事が決められるのだった。
●奪還の思い
五日目になり、冒険者達と村人達は村へと近づいた。
セシルのエックスレイビジョン。ヤードのテレスコープ。尾上、リンカの隠密による確認。スズカの視力。村人の知識によって、村の状況が把握される。
まずは他のオーガ族から離れている二匹のコボルトを狙う事が決まる。今は豚を食べるのに一生懸命のようだ。
リンカがキリキリと弓を引く。矢が一匹のコボルトの肩に当たり、二匹は周囲を見回した。
「お間抜けなコボルト達、こっちへどうぞだね」
馬に跨ったアシャンティがわざとコボルト二匹の近くを通り過ぎる。
呻き声をあげながらアシャンティを追いかけるコボルト二匹。
建物の影に隠れていた冒険者達と村人達が武器を手に飛びだした。コボルトは前衛のみの力で、ただの肉塊となる。
「コボルトとはいえ‥‥結構強いものなんですね」
コボルトの最後の足掻きの際、咄嗟に出した忍者刀のおかげでフランツは難を逃れたのだ。
「どんなに強くても立ち向かわねばならない時もある。男の値打ちは、どれだけの重荷を背負えるか‥だろ?」
コボルトに止めを刺した尾上が、フランツに言葉を投げかけた。
「そうですね。オーガ族は残ってます。気を引き締めないと」
フランツは強く忍者刀の柄を握った。
「おかしいわね」
スズカが首を捻る。残るはあと四匹のはずだが、三匹のオーガ族しか見あたらなかった。
「地下の避難壕があるんです。そこに潜んでいるのが考えられます」
一行は見あたらない一匹のオーガ族は後回しにし、三匹を先に狙う事にした。
「さて、興奮しないように気をつけないとな、と」
ヤードが自分の出番を前に気持ちを静める。狂化するといろいろと大変だからだ。
セシルとヤードはジリジリとオーガ族に近づいて射程に入れる。タイミングを合わせて二人が詠唱を開始した。
わずかなズレはあったが、マグナブローとファイヤーボムが三匹のオーガ族を熱と炎で包む。
前衛の冒険者達が駆け寄ってセシルとヤードの前に立って防御の体勢をとる。セシルとヤードは後ろに下がった。
火の粉が降りしきる中、怒り狂ったオーガ族三匹が一行に気がついた。剣を手にして襲いかかってくる。
リンカと弓を借りた村人の矢がオーガ族に矢を放つ。そしてスズカ、尾上、アシャンティ、村人達がオーガ族三匹に立ち向かった。
熱気が残るその場所には、村人の遺体がいくつも転がっていた。村人達は激しく心を揺さぶられる。怪我に構わず、力を振り絞り、オーガ族に剣を突き立ててゆく。
間もなく戦闘は終わり、静けさが訪れた。遠くからの家畜の鳴き声が小さく響いた。
一行は残るオーガ族一匹を探して、フランツに導かれる。
地下壕はすべてが石造りであった。一歩一歩、一行は階段を下りてゆく。壁のかがり火場所に残っていたたいまつに火を点けて灯りとしていた。
「いた‥‥!」
フランツが後ろ姿の一匹のオーガ族を発見する。フランツは忍者刀を振り上げた。
「ダメ!」
オーガ族に被さった影が二つあり、フランツは動きを止める。
「お前達‥‥生きていたのか」
フランツは呟く。影の正体は死んだと思われていた村の子供二人であった。
「このオーガはぼくたちを助けてくれたんだ。村が襲われたときほかのオーガに見つかりそうになって‥‥。でもこのオーガがぽくたちをここに隠しなおしてくれたんだよ」
「そんな、信じられない」
「ぼくたちだって最初は信じられなかったけど、食べ物も運んでくれたし‥‥だから信じるんだ」
子供達とフランツが話す間にもオーガは静かにしていた。
「ごく稀にですけど、人と友好を築きたいオーガもいると、風の噂で聞いた事があります」
「あたいも耳にしたことがあるな」
セシルとリンカの言葉に子供がそうなんだと答える。
「ちょっと訊いてみるか」
リンカはテレパシーでオーガと話す。子供達のいっていた事は本当のようだ。オーガ族仲間が人間の村を襲うの知り、阻止しようとしたが無理だった。せめてと思って参加したふりをし、人間の子供二人を助けたそうだ。
「とにかく‥‥二人だけでも生きていてよかった。このオーガを見逃す事ぐらいは死んだ仲間も許してくれるだろう。そう伝えてもらえるかな?」
フランツはわだかまりを持ちながらも、怒りを収める。リンカはオーガに伝えた。
オーガはゆっくりと階段を登って去っていく。
「ありがとう」
子供達二人がオーガに手を振っていた。
●戦いの後に
「助かりました。このまま村に残って、復興をがんばってみます」
六日目の朝、フランツを始めとする村人六人が冒険者達に深く礼をいう。馬車はパリに着いたらギルドに預けておいてもらいたいそうだ。近いうちにパリにいる生き残りの村人が村に来るときに使うらしい。
リンカの愛犬に弓を返した村人がお金を忍ばせる。わずかではあったが、使った矢代の足しにという心遣いである。
「亡き父曰く『心で泣いて顔で笑え』だ。これからもがんばれよ」
尾上は忍者刀を返したフランツに応援の言葉をかける。
「修理などを手伝うつもりだったが、時間に余裕がなくなってしまった。それから――」
尾上はフランツに復興について、冒険者ギルドに依頼を出すように説く。フランツはかなりの家畜が生きていたので、それらが普通になればお金は工面できるだろうと答える。そして尾上の気持ちに感謝した。
馬車は出発する。手を振る村人と子供達が遠ざかってゆく。
冒険者達はパリへの帰路に着いた。帰りは全員一緒である。
「そういえばルアーブルがどうとかいっていたな。例えば生業とか、海に関係するのかい? 見送りに来てたライラとかいうのも潮の匂いがするとかいってたしな」
行きと同じく馬車に寝転がるヤードがアシャンティに訊ねる。
「それは内緒。女には秘密が多いものですの」
アシャンティは事実を心に秘めて笑う。ヤードはそれ以上訊かずに昼寝を始める。
「帰りはゆっくりといこうか」
尾上が馬車の御者を務めていた。
一晩の野営を経て、七日目の夕方にパリへ到着する。
最後のオーガ一匹は意外であったが、無事にオーガ族から村を取り戻した事を冒険者ギルドに報告した。
冒険者達は別れの挨拶をする。復興がうまくいくことを願いながら、それぞれパリにある寝床へと帰ってゆくのだった。