●リプレイ本文
●下準備
「さて、わたしにはお菓子作りは無理なので先に出た人達と合流します」
自分の檀家に残る二人にアニエス・グラン・クリュ(eb2949)は挨拶をした。お菓子作りの場所を提供したのである。
「うん。ボクはおいしい簡単な‥‥お菓子の作り方をお教えてもらいながら手伝いを‥‥するね」
利賀桐まくる(ea5297)はテーブルの上で準備するマグダレン・ヴィルルノワ(ea5803)を見た。
「子供達が飛びつく焼き菓子を作りますわ。お二人のおかげで材料も手に入りましたし」
マグダレンは粉を扱う手を止めて、アニエスを見送るのだった。
「この村に依頼人がいる。さっそく行こう」
アルバート・オズボーン(eb2284)はセリィ・リュース(eb6109)に声をかける。
「‥‥」
セリィは道中無言であった。アルバートとセリィが林道を抜けると、依頼人の家が望めた。子供が外に飛びだす様子がうかがえる。
「きっとドニーだ。年齢が近いセリィだけなら彼らにすんなりと溶け込めるはずだ。どこに行くか調べてくれないか?」
「調べるのは謎って感じで好きです」
初めて話したセリィは少年の後をついてゆく。
「失礼する。依頼を受けた冒険者だ」
家を訪ねたアルバートは依頼者の母親に声をかけた。
「ご足労ありがとうございます」
「子供が出ていったがドニー少年か?」
母親はアルバートにその通りだと答える。
「近くに使われていない小屋がありますのでそちらを。食事もお届けしますので」
「世話になる。‥‥ドニーの事、心配せずに」
アルバートはひとまず小屋に待機することにした。
小屋には冒険者が次々と集まる。
アニエスは現れると壊れていた屋根を補修した。マグダレンと利賀桐は焼き菓子を持ってやってくる。戻ったセリィは子供達と行った場所を報告した。
「お口に合うかどうか」
夜になると母親がパンとスープを小屋に届けに来た。
「何かいい匂いが」
母親は食事以外の香りに辺りを見回す。
「子供達にあげる焼き菓子の匂いですわ」
マグダレンは袋を開けて母親に菓子を一つ渡した。
「とても美味しい。お茶が欲しくなっちゃいますね」
一口かじった母親は幸せそうな顔をする。
「子供達にお茶をと思っていたのに忘れてしまったのです」
「家にハーブティがありますので持っていて下さいな」
母親の言葉を聞いてはマグダレンは喜んだ。
●木の実の城
「木の実の城で今日も遊ぶぞ!」
秘密基地の名は木の実の城といった。ドニーは大木に垂れ下がる縄バシゴを登る。後に続くのは小柄な女の子のミィ、ノッポのバズ、太り気味のドクだ。仲良くなっていたセリィも登ってゆく。
木の上には丸太が何本も敷かれた広間がある。小屋も作られていた。
「今日も異常なし!」
「ワンワン!」
ドニーのかけ声に重なって犬の鳴き声がした。全員が地面を見下ろす。下にはアニエスと二匹の犬がいた。
「お手紙運びのシフールさんに聞いて来たんです。面白そうなことしてるって。仲間にいれて下さい」
アニエスは恥ずかしそうに頼んだ。
「みんないいか?」
ドニーが訊くと全員が手を挙げて賛成をし、垂れ下がる縄を伝って下りた。
「かわいい犬ですね」
「マルコとペテロは親子犬なんです」
バズが二匹の犬を抱き締める。
「ここは何?」
頭上からの声にドニーは驚く。
「待て! ここは大人立ち入り禁止のボク達の城だ!」
木の実の城がある大木をマグダレンはぐるぐると飛んでいた。ドニーは棒きれを拾って構える。他の子供達もドニーを倣った。
「面白いわねー。わたくしのご主人様が休憩を取りたがってらっしゃるの。此方にお呼びしても宜しくて?」
「ご主人様?」
「アル様は冒険者ですのよ」
マグダレンは胸を張ると森の中に消えていった。
「これは立派なものだ」
間もなくマグダレンに案内された馬に乗るアルバートが現れた。
「来ちゃダメだってば!」
ドニーはじりじりと退く。
「わたくし甘い物が大好きなのです。こんなに立派なお城ならございますよね?」
「いい匂いがするぞお」
マグダレンが子供達に訊ねると、ドクが鼻を鳴らしながら近くの木の裏を覗いた。そこには焼き菓子を食べるふりをした利賀桐がいた。
「ボク‥‥旅の途中でお腹空いたので、甘い焼き菓子食べてたんです‥‥よかったらどうぞ」
利賀桐は焼き菓子の入った袋を差しだした。
「なんてタイミングのいい方が。わたくしハーブティを持っていますの。皆様でお茶会を致しましょう」
マグダレンの提案に反対しようとしたドニーはミィとドクに掴まれて耳打ちされる。
「オレ、腹減ってんだ」
「いいじゃない。お菓子食べられるなら」
ドニーは二人の勢いに負けてしぶしぶ提案を受け入れるのだった。
●武勇伝
子供達が火を使うのを許してくれたので、マグダレンはお湯を沸かす。自分達は子供なので火は使わないという。しっかりした様子に冒険者達は感心した。
「おいひー!」
切り株のテーブルで子供達は焼き菓子を頬張る。ハーブティもいい香りを漂わせていた。
「杏と葡萄が入っている。林檎と洋梨のもあるな」
ドクは菓子に入ってるものをいい当てる。ただの食いしん坊ではないらしい。その横で利賀桐はお菓子を食べる子供達を微笑ましく眺めていた。
「オレも子供の頃はよく木に登ったものだ」
「冒険者も昔はそうなんだ」
アルバートの呟きにバズが興味を示す。
「そして調子に乗って降りられなくなったんですわ」
マグダレンの突っ込みに全員が一斉に笑った。
「森で動物追いかけて迷ってしまったとかあった。今でも失敗することがある。冒険者といってもそんなものだ」
アルバートは自分の体験を話し始める。お茶会は子供達と冒険者達の距離を縮めてゆく。
アニエスは一人離れると丈夫な枝のある木を探すのだった。
●遊戯
「いくぞー」
セリィが縄に掴まって枝から飛び降りる。弧を描きながら地面へと近づき、手を放して着地した。
「ここね」
ミィが小枝でセリィが降りた地面に線を引く。
「遠くに‥‥飛んだら一番なのかな」
「そうですよ。遠くの人が一番です」
利賀桐の質問にバズが答える。
「地面には何か敷かなければ危ない」
「その通りですわ」
アルバートにマグダレンが頷く。
セリィの次に利賀桐が飛び降りた。忍者は伊達ではなく記録を大幅に更新し、みんなを唖然とさせた。
「アル様、勝って下さいねっ」
アルバートはマグダレンに急かされて縄を握らされるのだった。
「岩で囲んだここに仕掛けがあるんだ」
ドクとドニーは小川に入ってゆく。子供でも膝まで浸からない深さである。
「とても冷たいですね」
アニエスも入ってみるが冷たくてすぐに岸へ上がった。
「夏には飛び込んでたけど、さすがにもう終わりかな」
「まだまださ‥‥」
冬の到来を暗に示したドクをドニーは認めなかった。
木の上の小屋には藁が敷き詰められていた。
大人の冒険者には窮屈であったがセリィは寝転ばせてもらう。鳥の鳴き声が心地よい眠気を誘い、藁の暖かさが体を包んだ。
柔らかい何かに頬を撫でられてセリィは瞳を開ける。セリィに戯れていたのはリスであった。
アルバートはハシゴを登り、頂にある展望台に立った。
他の木々は眼下にあり、森の向こう側には草原が広がっていた。依頼人のいる村もはっきりと眺められる。空も地面の時よりも雄大に感じられた。
「ここは‥‥いい場所だ。永遠にいられたのならどんなに幸せなのだろう」
アルバートの言葉に、空を飛んで横へ並ぶマグダレンも同感した。
●最後の日
翌日、冒険者達は子供達と相談して木の実の城の補強にかかった。
木工による工作が得意なアニエスの指示の元、全員張り切って作業する。特に身軽さで素早く材料を運ぶ利賀桐は見事だった。
冒険者達は昨日の遊びの間にもいろいろと調べていた。縄に木片を組んで鳴子を作り、それを周囲に張って野犬などが来てもわかるようにする。縄に掴まり距離を競う場所の下には網を張った。小屋の床と壁の壊れた場所を張り替えて、雨漏りしそうな屋根も直してゆく。
「これで隙間風はなくなります」
壁を直し終わるとアニエスはドニーに微笑んだ。
「でも雪が降ってきたら、ここは閉めたほうがよいと思いますわ」
「うん‥‥」
マグダレンに返事するドニーの声は小さい。
「アル様も、昔隠れ家で寝てて吹雪が入り込んで凍死しかけましたしねっ」
「そんなこともあったか」
その場にいる者達が笑った後で、ドニーは全員に集合をかけた。
「ここで遊ぶのは後一週間にしよう。それまでに雪が積もっても壊れないようにしておこうよ」
子供達は残念そうに賛成をする。
補強が終わり、辺りを箒で掃くアニエスをミィが興味深く眺めていた。
「変わってるね。それ」
手作りの箒は柄が奇妙に曲がっている。
「‥‥あ、この箒ですか? うちの家宝なんです。たまーに空が飛べたりします」
「ホント?」
「今日は無理ですけどね」
「なんだ。ウソか」
「そのかわりに、他に空を飛ぶものを用意しました。みんなを呼んで来てくれますか?」
再び全員が集められるとアニエスは少し離れた場所へ連れてゆく。そこには高く丈夫な枝にかけられた横に長いブランコがあった。
「みんなで乗りましょう」
ブランコには背もたれがあって両脇に掴まる取っ手も用意されていた。全員が座るとゆっくりとこぎ出す。揺れる場所は森が拓けていて陽の光が降り注ぎ、空もよく眺められる。
冒険者達と子供達は空を飛ぶようにブランコで一時を過ごすのだった。
冒険者達は最後に母親を訪ねた。
「念の為、猟師の方に巡回をお願いする事を薦めます。そうそう、木の実の城はよく出来てました。彼は冒険者より大工さん向きですね」
アニエスは思ったことを母親に伝える。
「あの様子なら‥‥大丈夫だと思いますよ‥‥」
母親に近づくと利賀桐は微笑んだ。
「いろいろとありがとうございました」
母親が見送る中、冒険者達はパリへの帰路に着いた。