霊廟の棺 〜サッカノの手稿〜
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■ショートシナリオ
担当:天田洋介
対応レベル:11〜lv
難易度:普通
成功報酬:7 G 32 C
参加人数:8人
サポート参加人数:-人
冒険期間:05月15日〜05月21日
リプレイ公開日:2007年05月19日
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●オープニング
静かなる森の奥、草木の芽吹きに囲まれた土地には、蔦に覆われる石造りの古き建物があった。
屋敷と呼ぶに小さすぎるその住まいには、悪魔崇拝ラヴェリテ教団の若き指導者エドガ・アーレンスと少女コンスタンスの姿がある。
契約を結んだティラン騎士団の隠れる土地には、新生悪魔崇拝ラヴェリテ教団のアジトも作れていた。未だエドガがこの場を基点にしているのには訳がある。
主である悪魔の騎士アビゴールとの連絡がしやすかったからだ。
真昼の逆光で黒く佇むアビゴールを前に、エドガは跪いていた。
「はい。復活した『エミリール・アフレ』には常に注意しております」
エドガはアビゴールに答えた。教会を監視できるように教徒を配し、連絡係としてパリ市内にグレムリンも隠し住まわせている。動きがあればすぐにわかるようにしてあった。
「あの者は大した事を知りはせぬ。だが、サッカノの手稿の残り文に繋がるヒントを記憶として持っているはずなのだ。本人はそれが大事とは思い至っていぬはずだがな」
アビゴールは普段エドガが座る装飾が施された座に腰かけていた。その隣りには少女コンスタンスの姿がある。
「おじさま、その大事とはなんですの?」
少女コンスタンスの問いに一度アビゴールは瞳を閉じた。
「‥‥サッカノ司教の葬られた霊廟を知っているはずなのだ。もっとも、サッカノ司教が亡くなる前に凍らされて閉じこめられたのだ。事実としてではなく、そのように生前望んでいたのを聞いたことがある程度のはずだがな」
アビゴールは歯切れの悪い話し方をする。そして左肩に右手を添えた。あの時、デスハートンを使ってエミリールの白き玉を手に入れ、最後の一押しというところで邪魔が入る。左肩に負った傷は遙か昔に治っているが、記憶は痛みを覚えていた。
「我々も遙か昔に調べたが、発見する事叶わぬまま終わる。何カ所か目星はつけているが、いずれも余程の力を持ってしか入られぬ場所。未だ事実は闇の中ぞ」
「なんらかのきっかけで、その場所にエミリールが訪れようとする可能性があるとお考えで?」
「そうだ。監視を続けるが肝心。そして霊廟の場がわかったのなら、エミリールを始末せよ」
アビゴールは強い語気で指示を出した。
アビゴールが指示を出した二週間後、司祭ボルデは冒険者ギルドを訪れていた。
「エミリール・アフレという女性を、ルーアンにある教会施設まで旅をさせたいのです。パリからルーアンまでの道中の護衛を依頼をお願いします」
司祭ボルデは受付の女性に話す。エミリールのまだ完全に蘇らない記憶の底に、ルーアンにあった古い教会施設が残っているという。そこを観れば、記憶が蘇るかも知れないと司祭ボルデは考えた。
「デビルに狙われた事のある女性です。屈強な冒険者達に護衛を任すのが最適と考えに至りました。よろしくお願いします」
司祭ボルデは依頼を出し終わると、祈りを捧げ、そしてギルドを後にした。
●リプレイ本文
●過去と現在
馬車が動きだすと周囲にいた鳩が羽ばたいて空に舞い上がる。
塔の天辺で眼下の馬車を見つめていたグレムリンが一匹。
一日目の朝、馬車には司祭ボルデとエミリール、そして護衛の冒険者達の姿があった。
鳩の群れを切り裂くようにグレムリンは黒い翼を広げて空を飛んだ。向かう先はルーアンのある北西。グレムリンが飛び立ったのを冒険者達は知る由もなかった。
御者のテッド・クラウス(ea8988)は見事な手綱さばきで馬車を制御していた。速度は一定を保ち、馬車に負担がかからないように適切なコースを選択する。
(「このままで行こう」)
テッドは馬車を牽く四頭の馬のリーダー格にオーラテレパスで意志を伝えた。走りだす前にも頼もしい仲間がいるので危険があっても安心して欲しいと伝えてある。
馬車内には司祭ボルデとエミリール、そしてクレリックのフランシア・ド・フルール(ea3047)が乗る。
馬車の周囲にはセブンリーグブーツや韋駄天の草履を履いた冒険者達が斥候、護衛を遂行する。
「今の所、何事もないな」
デュランダル・アウローラ(ea8820)はヒポグリフのミストラルに跨って空からの警戒をしていた。
走りながら地上を警戒する李風龍(ea5808)は空を見上げる。愛犬のカゲと一緒に高台で周囲を探っていたシャルウィード・ハミルトン(eb5413)も天を仰ぐ。
二羽の鷹が翼を広げて滑空していた。一羽は李の鷹『蒼風』、もう一羽はシャルウィードの鷹、愛称『ハル』である。二羽とも何かがあれば主人の元に降りて危機を伝えてくれるはずだ。
「そろそろ一矢報いたい所であるが」
ディグニス・ヘリオドール(eb0828)が隣りを走るキサラ・ブレンファード(ea5796)に話しかけた。キサラは李から韋駄天の草履を借りている。
「今までを考えれば監視されていると思って間違いないだろう。しかしインプ程度なら簡単だが、アビゴールとなるとそうはいかないはずだ」
「デュランダルによれば、アビゴールは以前より強くなったと聞く。‥‥問題はたくさんあるようだ」
ディグニスとキサラはそれぞれのポジションに戻って警戒にあたる。
何事もなく夕方になり、一行は野営の準備を始めた。
フランシアとシクル・ザーン(ea2350)はエミリールから離れた場所で司祭ボルデに訊ねる。出発前に相談する時間がとれなかった為だ。
訊いた内容とはエミリールがどの程度の記憶を戻しているかである。
司祭ボルデによると、エミリールは日常の出来事については大分思いだしていた。だが滝裏の鍾乳洞の一件についてはデビルに襲われたという印象だけが強く、細かい内容は思いだせていない。現在の少女コンスタンスについては、未だ躊躇していた。
「この旅も安全とはいえません。少しでも危機を回避する為ならば、確かに今のコンスタンスについても話しておくべきでしょう」
司祭ボルデがフランシアとシクルの二人に任せる。
「エリミールさんに話さなくてはいけない事があります。落ち着いて、聞いてください」
食事が終わった後、みんなで焚き火を囲んでいる時にシクルは話しを切りだした。
「ご存じのように、あなたが氷漬けになってからかなりの時間が過ぎています。ご存知の方々は皆、お亡くなりになっています」
シクルの言葉にエミリールは頷く。
「ですが‥コンスタンスの子孫を名乗る10歳くらいの少女がデビルの元に居ます。デビルに育てられた生粋の悪魔崇拝者として」
エミリールは大きく瞳を開いた。言葉なく何度も瞬きを繰り返す。
「すでに彼女に関わって一人の司祭が殺されています。少女がコンスタンス様に似ていたとしても、決して気を許さないでください」
「そのような‥コンスタンス様の末裔が‥‥?」
シクルはなるべくやさしい口調は話した。だがエミリールは手が震えていた。
フランシアは落ち着いた後でエミリールと二人だけになった。そして達者に扱えるラテン語で会話を交わす。
「初めに言があり、言は神と共にあり、言は神である――」
フランシアはエミリールが話しがしやすいであろうジーザス教に纏わる話題を切りだした。宗派によって違う解釈をしている場合もある。ましてや生きた時代も違うので、なるべくフランシアは聞き手に回った。
うち解けてから生きていた時代を探る為に質問をしてみたが、今一要領を得なかった。エミリールは孤児として教会で育てられ、世間と隔離した生き方をしていたようだ。神の摂理については詳しいが、その他には疎い。知識が極端に偏っていた。
明日からの馬車内でも話しましょうと約束をして、睡眠の時間となる。
見張りは冒険者達が二人一組となって行われるのであった。
二日目の夕方前に一行はルーアンに到着した。
司祭ボルデは警護をしやすいように、小さな宿のすべての部屋を借り切った。教会施設を回るのは明日からになる。
夕食には新鮮で美味しい海魚の料理が並んだ。
宿であっても見張りはかかせなかった。昨晩と同じく二人一組で見張りを行う冒険者達であった。
●霊廟
三日目になり、司祭ボルデが目星をつけていた教会施設を順番に訪れた。
町中でもミストラルに跨るデュランダルと鷹二羽が空からの警戒を欠かさなかった。頼りになると、エミリールは空の勇者に感謝の祈りを捧げる。
地上ではディグニスが特に注意を行っていた。仲間が教会施設に入るとディグニスは出入り口に待機して不穏な影を見逃さないように注意を払う。
シャルウィードはどんな場合でもエミリールから目を離さない。最近になってシャルウィードはこの地域に立ち寄っていた。ルーアンはヴェルナー領であるが、デビルとの繋がりが濃厚なエリファス領は馬車で半日の場所にある。愛犬のカゲには司祭ボルデの監視を言い聞かせてあった。
エミリールの脳裏には焼きついて離れない教会の施設があるのだという。霊廟らしき建物内部の景色らしい。
「しかしアビゴールといったかアレ。かなり拘りっているようだがサッカノ司教にそこまでの秘密があるのか」
キサラは馬車から下りた一行と一緒に歩きながら、考えを口にする。
「よく考えれば、全部ではないがアビゴールはすでに白き玉を手に入れたんだよな。それによって力も手に入れたらしい。それでも未だにサッカノの手稿を、つまりサッカノ司教の影を追っている。白き玉より、大事な秘密がまだ残っているってことか」
李が周囲に注意しながら話す。
「受身での守勢を幾度も強いられるは歯痒く‥いえ、此れはわたくしの未熟。主ジーザスの説かれた中に『狭き門から入れ。滅びに至る門は広くその道は大きいが、神の国に至る門は狭くその道は細く険しい』とのお言葉があります。忍耐という試練の先にある栄光をこそ望みましょう」
フランシアの言葉に司祭ボルデ、そしてエミリールは強く同意した。
「ボルデ司祭とエミリールさん、今立ち寄った礼拝所で訊いたのですが――」
次の施設に向かう途中、御者をしているテッドが後ろに馬車内に座るエミリールに声をかける。テッドは司教の地位ある方に訊いていくつか古い区画と建物を教えてもらっていた。
「そこに向かってもらえますでしょうか?」
テッドはエミリールの言葉で行き先を変える。
夜になり、一行は宿に戻った。今日回った教会施設ではエミリールの記憶は揺さ振られなかったようだ。
四日目、一行は朝から馬車でルーアンから離れた。
テッドが訊いた情報の中に、ルーアンからそれほど離れていない場所に古き小さき教会があるのだという。とても古く、そして霊廟の建物もすぐ横に建てられているそうだ。一行は二時間程で目的の古き小さき教会に到着する。
「神の御心のままに」
古き小さき教会は年老いた司祭が一人で守っていた。
「なんとなく懐かしいような‥‥ここを知っているような気が。気のせいでしょうか」
エミリールは霊廟内を歩いて、様々な物に目を留める。
そういえばと呟いた年老いた司祭が案内をする。この霊廟には『名もなき棺』があるという。
「とてもおかしく感じられます。そもそも霊廟とは称えられるべき人物が納められる場所。中には権力のみで納まる者もおられるでしょうが、名もなき者とは考えられないはず」
フランシアは名もなき棺の前で呟いた。
「この紋章はサッカノ司教様のもの‥‥」
エミリールは棺に刻まれた紋章を指差した。思いだしたのである。
驚いた司祭ボルデも確認する。確かにサッカノの一族が使う紋章であった。
「思いだしました。この霊廟に生前のサッカノ司教様は埋葬されるのを望んでいたのです。とても印象的で、それで覚えていて‥‥」
エミリールが何度も棺に祈りを捧げる。
「おかしいですね。デビルは長い間、サッカノの手稿に纏わる事を調べていたはずです。失礼ながらこの場所ならデビルが狙えば、すぐにこの棺を奪えるでしょうに」
シクルが霊廟内を見渡すと、年老いた司祭が微かに笑った。
「この教会には伝説があります。危機が訪れた時には天使様が守ってくれるという伝説が」
司祭は十字架を手に祈りを捧げる。
「天使‥‥」
エミリールは瞳を開けたまま、瞬きもしない。
「見ました‥‥」
エミリールは広げた両手で自分の顔を覆う。
「あの時、デビルに襲われて、デスハートンで魂を抜かれた後、現れた輝く天使様を!」
エミリールは身体を揺らす。李が支えるとすでにエミリールは気を失っていた。
冒険者達は年老いた司祭に頼んで部屋を貸してもらう。厚意によって全員が泊めてもらう事も決まった。
「そればかりは」
年老いた司祭は首を横に振る。
司祭ボルデは名もなき棺を開けるのを年老いた司祭に頼んだが無理であった。パリに戻ってから教会の上の者と相談するという。フランシアは念の為、年老いた司祭を調べたが、敵意はないようだ。
「なんだ。あんたもかい」
「その鷹は」
シャルウィードは鷹のハルに手紙をつけて夜空に飛ばそうとすると李に会った。李もこれから鷹の蒼風に手紙をつけて飛ばそうとしていたのだ。両方の手紙とも援軍についてである。
二人は話し合い、ハルに二通の手紙を託す事にした。ルーアンにある領主の城にである。残る蒼風には引き続き、空の警戒にあたってもらう事とした。
古き小さき教会からは、ルーアンの灯りがはっきりと見えた。
「天使か‥‥」
地上に降りて仲間に話しを聞いたデュランダルは夜空を見ながら呟いたのだった。
●襲撃
五日目、一行はまだ日が昇らないうちに出発の準備を始めていた。
「どうした?」
李の肩に鷹の蒼風が留まる。そして大きく鳴いた。
「デビル来襲!」
ミストラルで飛び立ったばかりのデュランダルが戻り、敵襲を全員に伝えた。
デビルの到着は思ったより早く、すぐに戦闘が始まる。
司祭ボルデとエミリールには霊廟内に入ってもらい、年老いた司祭も一緒にいてもらう。
守りとしてフランシアも霊廟内で待機した。旅の始めから腰には色つきの水が入った革袋がぶら下がる。いつでもホーリーフィールドを展開する心の準備をしておく。
デュランダルはグレムリンとの空中戦に集中する。
空中では倒すと落下してしまう為、多量の血をみる事はまずあり得ない。ミストラルに跨りながらデュランダルは全力でグレムリンに立ち向かった。
「エリミールさんやフランシア様には近づけません!」
シクルは霊廟の正門前でグレムリンに立ち向かう。ミミクリーで腕を伸ばして剣を振るう。突進するグレムリンには盾によって受け止める。勢いで後ろにずれるシクルだが、すぐさま反撃をして押し返す。
「こっちさ!」
シャルウィードは裏口門を守っていた。すでにオーラエリベイションを使って志気を高めてあった。
シャルウィードは愛犬のカゲとともに飛んでくるグレムリンと対抗した。切り裂く剣が黒い翼を切り取ってゆく。カゲが体当たりをして怯んだ所をシャルウィードが仕留める。地上に落ちたグレムリンは瞬く間に消えていった。
キサラは静かに足を運び、そしてグレムリンに炎のような剣で斬りつける。霊廟の屋根の上にキサラは登っていた。忍び歩きを活用してグレムリンを斬り倒してゆく。
「そろそろ騎士修行でもしたいものだね」
デビルが少しだけ見あたらなくなったときにキサラは呟いた。
「喰らえ!」
ディグニスはスマッシュで空中のグレムリンを落とす。そして地面で止めを刺してゆく。すでにヘキサグラムタリスマンは発動してある。切れたオーラエリベイションをかけ直していると、空からヘルホースに跨ったアビゴールが李の側に降りるのを目撃する。少女コンスタンスの姿もあった。
「懲りないな。いい加減に諦めろ!」
李は空から現れたヘルホースに跨るアビゴールに大錫杖を打ち込んだ。すぐにディグニスも駆けつける。
「ぬっ!」
アビゴールの肩を傷つけた攻撃があった。小さな身体を生かして死角からスマッシュで攻撃を仕掛けたテッドである。
ディグニスはデッドオアアライブでアビゴールの攻撃を受けて傷を負う。そしてカウンターアタックで返すとギリギリの所で盾で受け止められる。
アビゴールに近づく者がもう一人いた。馬に乗って現れたエドガである。
少女コンスタンスを数に入れなければ、三対二の戦いであった。エドガは主に少女コンスタンスに向けられた攻撃に対応する。
その戦いを霊廟の壁の隙間からエミリールが覗いていた。
「まるで生き写し‥‥なぜ、こんな事に」
月明かりで闇に浮かぶ少女コンスタンスの姿にエミリールは嘆く。
李は少女コンスタンスが魔法を使わないように攻撃の手を緩めなかった。手段を問わない性格なのを知っていたからだ。
朝日が昇り、辺りの視界が完全にひらけた頃、遠くから馬の駆ける音が聞こえてきた。
応援を頼んだヴェルナー領の兵士達である。
「この場がわかっただけでもよしとしようぞ。退くぞ!」
アビゴールの一声でデビル共は撤退したのだった。
●帰路
李のリカバーによって傷ついた仲間の回復が行われる。時間が少ない事もあり、すぐさま一行はパリへの帰路に着いた。
ヴェルナー領内を出る所で兵士達と別れる。一行はキサラの意見を聞いて行きと帰りは違うルートを選択した。そのおかげもあってか、帰りは順調だった。
一晩の野宿を経て、パリに到着したのは六日目の夜である。
別れ際、司祭ボルデは話す。
棺についてはとにかく教会の上の者と相談するとの事。そして天使については、今までどの資料にも出てこなかった内容なのだそうだ。
「今回の出来事を踏まえた上で資料を解釈したのなら、深い謎がわかるかも知れません。助かりました。ありがとうございます」
司祭ボルデとエミリールはお礼をいうのであった。