海を越えてくる青 〜画家の卵モーリス〜
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■ショートシナリオ
担当:天田洋介
対応レベル:フリーlv
難易度:やや難
成功報酬:0 G 85 C
参加人数:7人
サポート参加人数:2人
冒険期間:05月16日〜05月22日
リプレイ公開日:2007年05月20日
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●オープニング
「モーリス、モーリスや」
森の一軒家に宗教画家ブリウの弟子を呼ぶ声が広がった。
「どうかなさいましたか? 師匠」
弟子である青年モーリスがアトリエの部屋を訪れる。部屋は散らかり、足の踏み場もないが、これはわざと片づけられていない。
描き終わるまでは『片づけることならず』と画家ブリウにきつくいわれていたからだ。
モーリスは獣道と呼ぶ、わずかに現れている床の部分に足を運ぶ。そしてようやく画家ブリウの側まで到達した。
モーリスは描きかけの大きな板絵の前で息を呑む。
説法をするジーザスが描かれていた。今の自分では到底描くことの出来ない世界がそこに広がっていた。
「青が足りないのじゃ。不覚にもこれ程までに使う羽目になるとは計算外であった」
歯形がついた絵筆を画家ブリウがテーブルに置く。
「青とはもしかして」
「そう。ウルトラマリンを作る為のラピスラズリがなくなってしもうた」
モーリスに答えた画家ブリウは椅子へと倒れるように座る。
ラピスラズリとは遙か遠くから海路で運ばれてくる半貴石である。ラピスラズリを使って作られる色はそれゆえに『海を越えてくる青』の意味を持つウルトラマリンと呼ばれていた。
とても高価な代物で、モーリスは使った事がなかった。
「失念しておったが、パリで懇意にしていた店にはしばらく入荷してないのじゃ。最高級のラピスラズリでないと、満足出来る発色は難しい‥‥」
画家ブリウはモーリスにパリの店に行って入荷してないかの確認を頼んだ。店を訪れてみるモーリスであったが、やはり最高級のラピスラズリはない。店主によれば、運んでくるはずの船が二回連続で難破したそうだ。
「やっと来ると思っていた船がまた難破だ。三回目だよ。今度はそんなに遠くない場所なんだが、座礁した所には浅くて他の船で近寄れない。陸路で運ぶしか手がないんだ。ところが馬車の手配がうまくいかなくてねえ‥‥」
店主も困った様子だった。
「そうだ。ブリウ先生とこのお弟子さん。なんとか浅瀬で座礁した船のとこまで行って、うちのお店用の荷物を運んではくれないか? ラピスラズリも入っているはず。頼むよ。お礼はするからさ」
店主はモーリスに話を持ちかけた。
「ですが‥‥」
「あと薬とかも運んで欲しいんだ。怪我している船員もいるはずだ」
「‥‥わかりました。手を尽くしてみます」
モーリスは考えてみる事にした。
モーリスはパリの近くにある村を訪ねる。
「そうなの。でも大きめの荷車は貸せるけど、馬とかは無理よ。手一杯なの」
モーリスが今日の出来事を話すと、恋人である農家の娘ローズは答えた。
「いや、助かるよ。さっきシフール便で師匠の所に相談の手紙を送ったんだ。返事を受け取ってもらうように頼んでおいたから、すぐにわかると思う」
モーリスがローズと話している間に、シフールはやってくる。そして師匠からの手紙の内容をシフールが読んだ。
「えっと『気にせずに行きなさい』だけですね」
師匠からの手紙にはそれだけが書かれていた。
モーリスはすぐにパリに戻り、冒険者ギルドを訪れる。
「馬を手配と、一緒に荷物を取りに行ってくれる仲間を募集したいのです。よろしくお願いします」
モーリスはラピスラズリの代金として預かっていた中から依頼金を支払うのだった。
●リプレイ本文
●出発
初日の朝早く、冒険者達は絵画の材料を扱う店の前に集まっていた。
昨晩のうちにモーリスは恋人のローズと一緒に荷車を店近くに運んであった。
「志士の水無月です。人助けに手が足りないと聞いて参りました」
水無月冷華(ea8284)は愛馬から降りるとモーリスにお辞儀をする。
「モーリスさん、又御手伝いに来たのだぁ〜。彼女と上手く行っているようで良かったのだぁ〜」
玄間北斗(eb2905)は笑顔でモーリスに手を振る。
「ルアーブルのアシャンティ・イントレピッド。通称はアーシャだよ」
アシャンティ・イントレピッド(ec2152)は愛馬のデュブルデューと一緒に仲間へと近づく。
「集まって頂いてありがとう。急いで準備して向かおうと思いますが、みなさんよろしいでしょうか?」
モーリスは他の冒険者とも挨拶を交わした。
「わしは先に向かうかのう。初日は河童に送ってもらうつもりぢゃ。そこでじゃが船長宛の手紙と少し薬も持っていこうかと思うのじゃが。先に渡しておこう」
ルーロ・ルロロ(ea7504)の言葉に、ジュエル・ランド(ec2472)ピクッと反応する。
「手紙といえばシフール。そればかりはゆずれへんやさかい。モーリスはん、船長宛の手紙はうちに任せてや」
ジュエルがモーリスの目の前で羽ばたく。
そこでモーリスはルーロに薬を、ジュエルに手紙を託す事にした。同時に必要な分の保存食を二人に渡す。
「行ける所まで乗せてやる」
黄桜がルーロの為に巻いてあった空飛ぶ絨毯を広げた。
「焼き菓子は疲れているだろう船員達に分けてお上げ」
アンジェットは初日の全員分の弁当と日持ちのする焼き菓子を用意していた。その中からルーロの分を渡す。
ルーロはウッドゴーレムのピノキルゲと一緒に黄桜の空飛ぶ絨毯に座ると、北の空へ消えてゆく。モーリスはかかった食材代金を感謝とともにアンジェットへ渡した。
「いい子だ。がんばってくれ」
水無月は愛馬の雪風、霧風の二頭を荷車に繋げる。アシャンティの愛馬デュブルデュー、玄間の駒、計四頭が荷車を牽く事になる。
「よいしょなのだ。あとは滑車なのだ」
玄間は店から樽をもらい、薬が入った樽と空の樽を仲間の力を借りて荷車に乗せた。店の主人に鍛冶屋を教えてもらい、滑車も手に入れている。
「モーリスさん、期待していますよ。立派な絵描きさんになって下さいね」
クリス・ラインハルト(ea2004)はマーズ・ガルバリ(ec2768)と荷車に載せた物を整理しながらモーリスに話しかける。
「いつも応援してくれて、ありがとう」
モーリスは照れた様子である。
「ウルトラマリンってどんな色なんでしょう。とても興味があります」
「ボクも興味があるのです☆」
マーズとクリスが訊ねると、モーリスは悩む。言葉で説明するのはとても難しかったからだ。
その他にもロープや油などの必要となりそうな物を積み、荷車は集合から二時間後にパリから出発するのだった。
北に向かって荷車は軽快に進んでいた。水無月が主に御者を務める。玄間とアシャンティが時々交代する約束になっていた。
玄間はセブンリーグブーツで併走する。念の為の警護と時々先行して道の様子などを調べる用意だ。
「毎日、あいた時間を使ってデッサンをしています。夕食後、師匠に見てもらい、ダメだししてもらって‥‥。あまり誉められた記憶はありませんけど」
荷車の上で揺られながらモーリスはクリスの問いに答えていた。
「それと‥‥ローズさんとの仲は、どうなんですか?」
クリスはモーリスの耳に手を当てて小声で話す。考えた後で、今度はモーリスがクリスに耳打ちする。
「ローズはよくしてくれています。ほんと、俺にはもったいない。野菜くずを持ってくる時に食べ物まで差入れしてくれて。早く一人前にならないといけない」
「きゃっ♪」
聞いているクリスの方が恥ずかしくなった。
ブリウ師匠が描いているのはジーザスの絵である。クリスの想像の通りに聖霊降臨祭に向けて描かれていたのだが、今回の青がない事で間に合わないようだ。
「ジーザス様のお姿を完成させまいとする、悪魔の所業かもですね」
デビルの中にはとんでもない行動を起こす奴もいる。本当にそうかも知れないと、クリスの言葉にモーリスは頷いた。
日が暮れ始め、地平線に落ち、夜が訪れても荷車は停まらなかった。
水無月は仲間にランタンを借りて前方を照らすように設置する。
出発が遅れた分を取り戻す為だ。速度を落としていたが、それでも夜間に破綻なく走らせられるのは馬の扱いに長けた水無月の腕である。
しかし馬の体力にも限界はあった。遅れを取り戻すと停車させて野営の準備となる。
「お馬さんたちの疲れ癒してあげますよ♪」
クリスはリュートを奏でながら馬達の為に唄う。
「いい歌なのだ」
愛馬の世話をしていた玄間が呟く。水無月、アシャンティの姿もある。
飼い主達はがんばってくれている愛馬に感謝をするのだった。
二日目、ルーロは朝方に海岸線へ到着した。
「あれがそうかの」
目視で約100メートル離れた所に微妙に傾いた帆船があった。揺れる様子がないところからも座礁しているのは確かのようだ。
スクロールによってウインドレスを使い、風を止める。ルーロはフライングブルームに跨り、ピノキルゲをぶら下げて飛び立つ。最高高度の30メートルを維持して海に向かって進んだ。
「おおっ?」
かなり急に海面に近づく。かと思えば再び高い高度となる。だんだんと下に引っ張られて荒れる海面がすぐ近くになった。どうやら海の底はかなり複雑な地形のようだ。
戻っては進みを繰り返して浅い部分を探り、ルーロは夕方前に難破した帆船へ辿り着く。
「到着や」
わずかに遅れてジュエルも帆船に到着した。ジュエルは一日目を荷車の仲間と過ごし、二日目の朝から一直線に飛んできたそうだ。モーリスにもらった保存食と手紙だけを持ち、その他の物は荷車に置いてきたという。
ルーロが緊急分の薬を船医を兼ねる船乗りに、ジュエルが船長に手紙を渡す。加えてルーロは預かってきた甘い焼き菓子を船乗り達に分けた。
船乗り達に二人は大いに感謝された。満潮になっても動かせなかった事から、本格的な助けが必要のようだ。小舟は流されてしまって打つ手がなかったそうだ。
船底には今の所、穴はあいてない。二人は一晩を難破船で過ごす事にしたのだった。
●救出
三日目のお昼頃、荷車の一行は海岸線に到着した。
難破船から飛んできたジュエルが状況説明をする。
ルーロは酷い怪我の船乗りのアイスコフィンを維持させる為に、難破船で待っているとの事。船長は荷物の引き渡しを承諾してくれた事。程度の差はあるが、船乗りの10人が何かしらの怪我をしている事。難破船に積んでいた小舟は流されてしまった事。満潮でも動く様子がない事。船乗りは船長を含めて15人いて、全員が上陸を望んでいる事。ジュエルは漏らさずに仲間へ伝えた。
「みなさん、がんばりましょう♪」
クリスがメロディーを唄う。みんなのやる気をより引きだす為だ。ここに辿り着くまでにも時々メロディーを唄っていた。
「漁船を借りられるように交渉するんだね」
アシャンティは荷車から愛馬を切り離すと、飛び乗る。そして近くの漁村へと急いだ。
「あ、海面で跳ねたようです!」
クリスは岩場でイルカを見つけると、すかさずテレパシーで水先案内を頼んだ。優しい気性のイルカは、しばらくこの辺りにいて手伝ってくれるそうである。
「マーズさん、流木を集めましょう☆」
「はい。たくさん集めるつもりです」
イルカとの交渉でよりご機嫌となったクリスはマーズと一緒に流木を集め始めた。
夕暮れ以降の目印になり、食事や冷えた身体を暖めるなど、様々な場面で役に立ちそうだからであった。
「ここだね」
アシャンティは手綱を引いて愛馬を止める。漁村はそんなに離れていない場所にあった。初日の出発までの時間で調べておいたのが役に立ったのである。
アシャンティは漁船がたくさん泊められている海岸線で漁民の方に交渉を始めた。うっかり地を出さないように気をつけながらアシャンティは話す。この場で恐がられては一寸困るのだ。
何人かと話してみたものの、芳しくない返事しかもらえなかった。借り賃も含めて条件を変えていろいろと話すがダメであった。近くの海でこの時期にしか出来ない漁があるので、手を貸せないそうだ。
「だが、そこまで困っているなら、あれなら持っていっても構わんぞ」
一人の漁民が指差した先には小舟があった。古びた小舟であったが、水漏れなどはなく、しっかりしていた。
「あの辺りはどうなっているのかな?」
それからアシャンティは潮の流れや移り変わり、注意の必要な場所を訊ねる。土地の海の事は、海のおかげで生活している漁民に聞くのが一番だからだ。
アシャンティは貸してくれた漁民にお礼をいって仲間の元に急いだ。
「うまく手繰り寄せられるように祈ってや」
「はい。正しき者に神は力をお貸しします」
ジュエルはクレリックのマーズに声をかけた後、長く繋げた釣り糸を手にして難破船へと飛んでゆく。
釣り糸の最後には細めのロープが繋がれていて、続いて一回り太いロープが繋がり、最後は普通のロープが繋がれていた。特にジュエルが難破船に辿り着くまでの100メートルは釣り糸であった。勢いを持って一気に難破船へ辿り着く。
玄間の愛犬を泳がせる案も出たが、風はルーロのおかげで穏やかになっていたものの、海面は荒れ気味である。空を飛んだ方が安全だとジュエルに託す事になったのだ。
「こうすると絡まないのだ」
玄間がうまくいくように釣り糸に始まるロープを出していった。
元気の残っている船乗りとともにルーロも糸を手繰り寄せる。途中岩場に引っかかるアクシデントもあったが、イルカが助けてくれた。
時間がかかったものの、ロープは無事に難破船と海岸線の太い木の幹の間を繋いだ。
アシャンティの交渉がうまくいったようで水無月が荷物を降ろした荷車で漁村に向かう。
玄間はわざと樽の中の薬を四分の一にする。船乗り達が上陸するのなら、必要な分だけ送り、上陸した後で改めて渡せばいいと考えたからだ。
漁村から借りられた船はとても小さいものであった。その代わり、しばらく借りっぱなしでもいいそうだ。
玄間が小舟に繋いだ滑車をロープに取りつけた。樽をロープに繋いで引き寄せさせると、再び張るのに時間がかかる。考えていたより難破船は遠くで、往復分のロープはない。それならロープをガイドにして、小舟を安全に難破船まで誘導した方がいいと考えたのである。
小舟にはアシャンティと水無月が乗り、そして蓋が閉められた薬入りの樽と空の樽が載せられる。オールで漕いで難破船へと向かっていった。波は大きくうねる。ロープのガイドがなければ逸れてしまうのは必至だった。
イルカが小舟の横を泳ぎ、流されそうになると横から押してくれる。ルーロが縄ハシゴを降ろし、二人は難破船の甲板へと上る。真っ先に薬入りの樽が船乗り達に提供された。
治療が行われた後、まずは酷い怪我をした船乗りを運ぶ事になる。すでに昨日からルーロがアイスコフィンで凍らしておいた。これ以上様態を悪化させない策である。
「前進」
小舟が海岸線に向けて出発すると、ルーロはウッドゴーレムのピノキルゲに命令をして簡易のイカダとする。薬を取りだした樽と空の樽をピノキルゲに取りつけて沈みにくくし、オールを使える元気がある船乗り二人を乗せて出発させた。もちろん滑車とロープによるガイドも結んである。
海岸線と難破船との往復は繰り返された。
「こっちが暖かいのです」
クリスとマーズは海岸線に降り立った船乗り達を誘導する。海岸線に辿り着いた者は焚き火で身体を暖めた。白湯も提供される。施せる治療をマーズが行う。
最後に目的の貨物を載せて小舟は海岸線に辿り着いた。
夜が訪れるまでに、すべての船乗りの救出と、貨物の搬送が終了するのであった。
●パリ
四日目の朝が訪れる。冒険者達とモーリスは船乗り達にあらためて感謝された。
船長によれば、漁民と話し、引き続き小舟を借りる約束をするそうだ。
モーリスは船長から手紙を十通ほど託される。パリに着いたらシフール便で出して欲しいそうだ。他の積み荷を運び出す要請の手紙だという。
そして酷い怪我の船乗り一人もお願いされる。治療が終わるまでの充分な費用も、モーリスは船長から受け取った。
「聞いたよ。画家志望なんだって。期待しているぞ。いつかパリに行ったとき観られるといいな」
船長の励ましにモーリスは志をさらに強くするのだった。
「イルカさん、助かりましたです☆」
出発の直前、クリスは岩場で助けてくれたイルカに別れの挨拶をした。イルカも鳴き声で答えるのだった。
一晩の野宿を経て、一行は六日目にパリへと到着した。
途中に何度かルーロだけでなく、水無月も怪我人にアイスコフィンをかけ直す。
パリに到着すると、モーリスは修道院で活躍している医者に酷い怪我の船乗りを預けた。忘れないうちにと、シフール便で預かった手紙を出す。
それから今回の依頼の元となる店を訪れた。
「助かったよ。ブリウさんとこのお弟子さん。まさか半分諦めていた品が、しかもこんなに早く物が届くなんて」
店主にモーリスは感謝された。
「みんな、ここにいる冒険者達のおかげです。俺はあまり‥‥」
「そんな事はないだろ。謙遜ばかりだと損するぞ。ほら、これがお礼の品だ。本当にありがとうな」
モーリスが店主に手渡されたのは高価な絵画道具と顔料などの画材であった。
「これは‥‥。こんないいものを?」
「師匠にはちゃんと私からいっておくから。お弟子さんにあげたものだとね」
「でも‥‥」
「気にするな。私は商売人だ。ちゃんと儲かっている。それと、これがお待たせした品だ」
店主は運んでもらった木箱の中から袋を取りだしてモーリスに渡す。
「中身、ちょっと拝見させてもらえますですか?」
クリスが頼むと店主は自ら袋を開けて見せてくれた。
「これからウルトラマリンができるのですね」
マーズはじっと袋から現れた輝くラピスラズリを見つめた。さすがに最高級の品で一見した分には不純物は見あたらなく、青だけが存在していた。
「わぁ‥綺麗な青‥将来ボクの絵をモーリスさんにお願いするときは、瞳をこの青で塗ってもらうですね☆」
「絶対にその日が来るから待ってて欲しい」
照れながらも自信を持ってモーリスは頷くのであった。