食べざるべきか 〜シーナとゾフィー〜

■ショートシナリオ


担当:天田洋介

対応レベル:フリーlv

難易度:易しい

成功報酬:0 G 62 C

参加人数:5人

サポート参加人数:-人

冒険期間:05月17日〜05月21日

リプレイ公開日:2007年05月20日

●オープニング

 いつもの昼下がり、シーナは背筋を伸ばして冒険者ギルドの受付カウンターに座り続けていた。しかし端からすればほわわ〜んとした感じが否めない。
「お久しぶりね。この前はどうもありがとう」
 そんなシーナのカウンターに座る女性が一人。
「あ、お久しぶりです。サロンテさん」
 シーナは女性に挨拶をする。以前に拾った犬をサロンテに届けた事があるのだ。
「どうかなさったんですか? もっもしかして、恋人のラヴィッサンさんがまたとんでもないラブレターを送ってきたとか!! もしそれが流出したらノルマン王国の危機です〜」
 シーナは真剣な表情で話すが、さすがにそんな事はあり得ない。ただ、あまりに恥ずかしい内容に背中がかゆくなる人は続出するだろう。
「いえ、そうではなくて、ラヴィッサンとはうまくやっています。今日依頼したい事とは、葡萄の木についてです。エスカルゴを取って欲しいのです」
 サロンテの一家はワイン作りを営んでいた。
「エスカルゴって、あの陸の上なのに貝みたいな変な虫の、あのエスカルゴです?」
「そうです。エスカルゴは葡萄の葉を食べるのです。家族の者がいろいろとありまして、今の内に大きめのだけでいいですから、害虫のエスカルゴを取るのに人手が欲しくて‥‥」
 サロンテは沈んだ表情をする。
「わっかりました。葡萄の葉からエスカルゴを取る依頼ですね」
 シーナは一生懸命に依頼書を書き始める。
「しかし害にしかならない虫だなんて、まったくけしからんのです〜」
「いえ、そんな事はな‥‥!」
 シーナに言葉を返そうとしたサロンテは自らの口を両手で塞いだ。
「‥‥どうかしたのですか?」
 シーナの勘が面白そうな事を探る。
「内緒にして下さいね。実はエスカルゴは美味しいのです」
 サロンテに耳打ちされたシーナは目を丸くした。
「修道院ではエスカルゴを食すのです。なので、たまにお譲りする事があるのです。調理法を聞いて、作って食べてみましたところ、とても美味しくて。でも、普通食べないゲテモノなので、それであまり大きな声では」
 シーナはうんうんと頷きながらサロンテの話しを聞いた。
 依頼が終わり、サロンテは帰っていった。
「どうしたの?」
 受付の先輩であるゾフィーに話しかけられるが、シーナは考え続ける。
「食べるべきか食べざるべきか‥‥。とにかく、わたしも付いていってみよう」
 突然、依頼書を手にしたシーナが掲示板に向かって走ってゆく。
「シーナったら、変な物でも食べたのかしら」
 意に介せずに、ゾフィーは仕事を続ける。
 シーナは目立つ場所に依頼書を貼るのであった。

●今回の参加者

 ea2113 セシル・ディフィール(28歳・♀・ウィザード・人間・ノルマン王国)
 ea7780 ガイアス・タンベル(36歳・♂・ナイト・パラ・イスパニア王国)
 eb8121 鳳 双樹(24歳・♀・侍・人間・ジャパン)
 eb8175 シュネー・エーデルハイト(26歳・♀・ナイト・人間・フランク王国)
 ec2774 パスモ・ステック(23歳・♀・バード・人間・ノルマン王国)

●リプレイ本文

●馬車の話題
 晴天の空の下、パリを出発した馬車はゆっくり道を走る。
「みなさん、集まって頂いてありがとう。到着までかかるのでごゆっくりね」
 サロンテは御者をしながら、後ろに座る冒険者達に話しかけた。
「は〜い。こちらこそ、みなさんよろしくなのです〜」
 なぜか冒険者達に混ざって座るシーナが元気よく返事をする。依頼の参加ではなく、直接サロンテと交渉してボランティアする事になったのだ。
「こんにちは。シーナさん。またラ・ソーユやりましょうね♪」
 鳳双樹(eb8121)は笑顔でお辞儀をする。シーナが出発直前に乗ったので、挨拶がまだだったのだ。カモメの蒼が鳳の肩の上に乗っていた。
「ラ・ソーユの時は挨拶もそこそこだったけど、双樹の友達のシュネーよ。シーナ、よろしくね」
 シュネー・エーデルハイト(eb8175)は愛猫を膝に置いて優しく撫でる。
「シーナさんもご一緒なのですね。宜しくお願いしますね」
 セシル・ディフィール(ea2113)は首もとでじゃれる愛犬ウェルをなだめながら挨拶をした。頭の上には黄色いヒヨコが乗っている。
「エスカルゴ、特に噛み付く訳でもなく動きものろそうですから、捕まえるのは簡単そうですね」
 ガイアス・タンベル(ea7780)の膝の上で静かに愛犬のヒルダが寝ていた。さらにヒルダの上で愛猫のマッキーが寝ている。
「エスカルゴって大きいのかな」
 パスモ・ステック(ec2774)はニコニコとしていた。心はすでに葡萄畑に向かっていた。
「驚かないで聞いて下さいね。ご存じの通り、エスカルゴを獲る依頼なのですが、実は修道院では昔から食べられているのです。みなさんはどうしますか?」
 サロンテが訊ねると、冒険者達は顔を見合わせた。
「エスカルゴって美味しいのでしょうかね? 興味津々です」
「私も興味津々ね。知人がこんなことを言っていたわ。『初めてキノコを食べた者を尊敬する』と」
「エスカルゴを初めて食べた人もすごいのです〜。でも美味しいって聞きましたですよ」
「それなら躊躇なく食べられるかと。しかしまさか食べれるとは‥うう〜ん‥面白いですねぇ」
「ジャパンで生の魚とか変った形の貝とか、他の国でも色々食べてきたりしましたが‥あんな感じなんでしょうか」
「葡萄の葉を食べてしまう害虫なのに美味しいのですか。とにかく食べてみよう」
 馬車はエスカルゴの話題で盛り上がる。興味の度合いの差はあれ、全員が食べてみるつもりのようであった。

「みなさん、初めまして。ラヴィッサンといいます。私が逃がしてしまった子犬をサロンテまで届けてくれた方もいらっしゃるそうで。その節はありがとうございました」
 サロンテの家に着くと、すでに待機していたラヴィッサンが挨拶をする。サロンテの家族は親戚の用事で今は誰もいないそうだ。
「この方達が揃うと破壊力抜群恋文のカップル誕生ですか‥‥。一見普通に見えますけど」
「ラヴィッサンさんの実力はサロンテさんとシーナさん、あとはここにはいないゾフィーさんしか知りませんけど、その通りです‥‥」
 セシルと鳳がひそひそと話す。
「こちらへどうぞ」
 サロンテに導かれて冒険者達は家の奥に入る。
「これがエスカルゴですか? 大きいなあ」
 パスモが床に置いてある箱を覗くと葡萄の葉と一緒に貝みたいな虫がたくさん入っていた。一匹が五センチ弱の大きさがある。
「これは私が五日前に獲ったものです。みなさんはエスカルゴをお食べになるのですよね? 数日はこうやって葡萄の葉だけを食べさせてから頂くのです。サロンテ、明後日、こちらを調理するんだよね?」
「そうよ」
 箱を覗く冒険者達の後ろで恋人二人が話す。
「あっ!」
 隣の部屋から走ってきた子犬のディアがシーナに飛びつく。後ろからサロンテがラヴィッサンにプレゼントした子猫もついてきてパスモが背中を撫でる。
 今回は冒険者達のペットもたくさんいた。大きめの部屋だがペット達で一杯である。
「仲良くしてね」
 シュネーは屈むとパスモが遊ぶ子猫の横に愛猫を置いた。
「この子達の名前教えてもらえますか?」
 ガイアスがシーナの抱える子犬の鼻をちょんと触る。
「子犬はディアで、子猫はトイっていいますよ」
 サロンテが二匹の名を教える。ガイアスが布製の球を手にして転がすと、愛犬ヒルダと子犬のディアは遊び始めた。
「なぜか、かわいいペット大集合なのです〜」
 一日目の夜は犬猫鳥のペットと戯れる楽しい時間となるのだった。

●エスカルゴ
 二日目、冒険者達はサロンテが用意した作業用の服を着て帽子をかぶる。腰にはカゴを取りつけて両手に手袋をした。
 さっそく全員で葡萄畑に出かけた。
「これが葡萄畑ですか」
 ガイアスが葡萄の葉を触る。葡萄畑は垣根づくりでそれほどの高さはなかった。梯子や踏み台がなくてもなんとかなるようだ。
 昨晩の間に雨が降ったので、エスカルゴも隠れずに姿を現していた。
 ガイアスはサロンテに頼んでどのように獲るのか手本を見せてもらう。仲間も様子を覗き込むが、エスカルゴと葡萄の葉を傷つけないように丁寧に獲ればいいようだ。
 エスカルゴは野外で見るととても大きく感じる。大きいものは掌の半分程度の大きさがある。
「しかしなんと言うかその、シーナさんの行動力には感心しますねぇ。プライベートで依頼先まで来るなんて」
 セシルは隣りでエスカルゴを獲り始めたシーナに話しかけた。
「そんな事はないのです〜」
 ほんわかとシーナは答える。頑張る行動方向が少しずれているとは本人にはいえないセシルである。
「ラヴィッサンさんとは仲が完全に戻ったようですね」
 鳳は集めたエスカルゴをサロンテに渡す。
「ええ、そうなの。あなた方が帰った時、入れ替わりでラヴィッサンが来てね。子猫をプレゼントして、それからはケンカもしていないのよ」
 サロンテは幸せそうな笑顔で答えた。
「これ食べられるの‥おいしそう‥」
 シュネーはじっとエスカルゴを見つめてからカゴに集めてゆく。ゲテモノといわれているが、美味しいものは正義である。誰が何をいおうと正義なのであったとシュネーは心の中で何度も呟いた。
「『働かざるもの食うべからず』です。一生懸命仕事しないと」
 シュネーは張り切って割当の葡萄畑を駆け回った。
「この虫、進むの遅いんですね」
 パスモはわざと一匹のエスカルゴを放置して、時々観察していた。よく見ないと動いているのがわからない程だ。
「うん? きゃあ、背中に入りましたー」
 観察に集中しすぎてパスモは垣根の中に上半身を突っ込ませてしまう。その時、背中に小さなエスカルゴが入ったようだ。
 パスモはバタバタと同じ場所をグルグルと走る。ようやくサロンテに取ってもらって落ち着きを取り戻した。
 夜になり、サロンテ家は食事の時間となった。昨日と同じく美味しいワインが食卓に出されて笑みを浮かべた冒険者達であったが、肝心のエスカルゴはまだ口にしていない。明日の夕食のお楽しみである。
「あなたも食べてみたいわよね?」
 シュネーは愛猫にエサをあげながら話しかけるのだった。

 三日目となり、昨日と同じようにエスカルゴ獲りは続けられる。
 順調に進み、大体の畑で大きくなったエスカルゴは獲り終わった。あとはサロンテ家が食べる分と修道院に譲る分のエスカルゴが残されているだけである。
「調理はさっぱり出来ないですけど、お手伝いできることがあればやりますので見せてもらえますか?」
「珍しい食べ物に目がないの。お料理、私も作りたい‥。でも作れないからお手伝いするわ」
「どうやってエスカルゴを料理するのか後学の為に見せてもらうのです」
 ガイアス、シュネー、シーナはサロンテに頼んでエスカルゴの料理の仕方を見学する事にした。出来る事があれば手伝うつもりである。
 調理方法は下ごしらえに時間がかかった。
 日を置いたエスカルゴを塩と灰で止めを刺す。お湯で茹でると殻と中身が別々になる。わたを取り除いてよく洗い、下味をつけて再び中身を殻に戻す。ニンニクと香草を微塵切りにしてバターに混ぜる。塩加減は好みだ。そのバターをエスカルゴの中に詰めて穴を上にしてパン焼き用のオーブン釜で焼いた。
「私、薄味派なのでよろしくね」
 シュネーは香草を千切る手を止めて瞳を輝かせる。
 出来上がったエスカルゴ料理は皿に移し替えられてテーブルに並んだ。
「温かいうちが美味しいのよ。後は私がやりますから、みなさんは頂いてくださいね」
 サロンテが調理場にいた三人も食卓のテーブルの椅子に座らせる。
「こっこれがエスカルゴ料理ですか」
 シーナは恐る恐る一口。
「どうなんだろう‥?」
 鳳は目を閉じてカプっと一口。
「どんな‥‥味だろ。ドキドキしますわ」
 パスモは目を閉じて一口。
「エスカルゴってワインと合うのかしら?」
 シュネーはワインを注いだカップを側に置いて一口。
「未知の敵・場所・物に挑戦するのが冒険者の身上です。エスカルゴも‥‥」
 ガイアスはエスカルゴ料理をじっくり見てから思い切って一口。
「先駆者もいることですし‥‥」
 セシルは普通に一口。
 みんなの瞳がパチッと開いた。
「ゲテモノなんて、とんでもないです〜☆ お肉の友はどうですか?」
「お肉に劣らずに美味しいです♪」
「例えお腹壊したとしても、この美味しさなら全然平気!」
「ワインにも合いますね。誰かいらないなら頂戴!」
「貝料理、に似てるかな。あの葉っぱの裏にいた虫だなんて信じられないです。良ければもっといただけますか?」
「修道院の方が食べているのも頷けます」
 ワインのおかげでよりエスカルゴ料理の美味しさが引きだされたようである。
 はたと気がついて、冒険者の中には自分のペットにもお裾分けする。美味しく食べるペットの姿に飼い主の冒険者の頬もさらに緩む。
 食事の最中、ラヴィッサンが現れてみんなの為に詩を唄おうとする。シーナとサロンテが全力で止めて、ノルマン、いや冒険者達の背中の柔肌は痒みから守られたのであった。
 楽しい夕食の時間は続く。エスカルゴ料理を冒険者達はお腹一杯に食べる。
 食後にセシルはシーナとゾフィーへの土産について話し合う。二人はさらにサロンテに相談した。

●ゾフィー
 サロンテの馬車で送られて四日目の夕方に一行はパリに戻った。
 全員で冒険者ギルドに立ち寄り、仕事が終わったゾフィーを個室に呼びだす。
「シーナ、どうしたのよ。一体?」
「ゾフィー先輩。ちょっとだけ待ってて下さいね」
 シーナは急いで調理場に向かう。冒険者達は今回のエスカルゴ獲りをゾフィーに話すが、食べたのは内緒だ。エスカルゴの下準備が終わったものを、セシルとシーナはサロンテからもらっていた。あとはオーブン釜で焼くだけである。
「先輩〜。お待たせです☆」
 シーナはトレイに布を被せて運んでくる。
「あら? いい匂い。もしかしてお土産?」
「騙されたと思って、是非食べてみて下さい」
 ゾフィーはナイフとフォークを手にする。セシルによって布が取られて料理が姿を現した。
「騙されたと思ってって、これは貝‥‥、そういえば、みんな‥‥葡萄畑に‥行って‥‥エスカルゴという‥‥虫を。これはもしかしてエスカルゴ!!」
 ゾフィーは驚いて椅子から飛び上がると、個室から走って逃げていった。
「せっかくもらってきたのに‥‥」
 全員が開いたままの扉を見つめた。
「ゾフィー先輩があれほどの虫嫌いとは知らなかったです〜」
 シーナがエスカルゴの殻から中身を摘んで口に放り入れた。
 セシルも、ガイアスも、鳳も、シュネーも、パスモも、エスカルゴを摘んで口に運ぶ。
「こんなに美味しいのに。この味が認められるには、かなりの時間がかかりそうです〜」
 シーナの言葉に冒険者達は頷くのであった。