●リプレイ本文
●待ち伏せ
エミリール、司祭ボルデ、司祭ベルヌを乗せた馬車がパリを出発した。目指すはパリ北西のルーアンである。
(「危険があっても守りきってみせますので安心して下さい」)
テッド・クラウス(ea8988)は御者として馬車を預かっていた。手綱を握りながらオーラテレパスで馬達に話しかける。馬車に乗せられたペットも暴れる事はないと説明してあげた。
ルーアンまでの道筋は一番近い大きな街道を採る事となった。御者のテッドが道幅が広く、見晴らしがよい街道を希望した事もある。
それに加え、李風龍(ea5808)がヴェルナー領主宛てにシフール便を出した事も関係していた。李の功績において、デビル襲撃が確実視されているなら何らかの手を貸してくれるはずである。
「ベルヌ司祭、ご本復をお喜び申し上げます」
「フランシア様、ありがとうございます」
フランシア・ド・フルール(ea3047)は司祭ベルヌに挨拶をした。そして天使の伝承についてを訊ねる。
「エミリール様は朦朧とした意識で見聞きしたようです。ただ人と同じお姿をしておられたようです。候補はあげてありますが、今はかなりの力を持つ天使様としか申し上げられません。会話から想像するにアビゴールと強い関わりがあったようです」
司祭ベルヌの話しにエミリールと司祭ボルデが頷く。
「黒の御教えでは己の力で立つを至上とし、御遣いのご助力は余り重視せぬのですが‥。しかしそのような事が」
フランシアは顎に片方の拳をあてて考える。
「なるほど‥‥」
ラシュディア・バルトン(ea4107)は馬車内で揺られながら、エミリールがサン・アル修道院に持ち込む資料を読んでいた。サッカノにまつわる資料の写しである。
フランシアはエミリールに現代との違いを教える。そして御教えについての違いを訊ねてみた。
当時は今より、ジーザス教自体が広まっていない時代である。土着の神を信仰する人々が多く、最初の門戸を広げなければならなかった。その為に他の宗教を取り込む形で布教するのも多かったそうだ。
突然馬車が急停止する。
「今、遠くの空で巨大な火球が弾けた。ファイヤーボムだろう」
ヒポグリフのミストラルに騎乗するデュランダル・アウローラ(ea8820)が馬車のすぐ側に降りていた。窓から馬車内の者達に話しかける。
まだパリを出発してから一時間しか経っていない。
上空で主人に知らせるように、シャルウィード・ハミルトン(eb5413)の鷹、愛称『ハル』と李の鷹、『蒼風』が鳴いていた。
「早いな」
ディグニス・ヘリオドール(eb0828)は馬車の盾になるように雷神の鎚を手に身構えた。
「あれはコンスタンスだ!」
李が遠くに装飾のきらびやかな黒服を纏う少女コンスタンスの姿を発見する。シャルウィードとデュランダルも少女コンスタンスを捉えていた。
少女コンスタンス以外にも何匹かグレムリンの姿がある。
「エミリールとやら、話がある。出てくるがよい!」
少女コンスタンスの声が馬車内にも届いた。
シクル・ザーン(ea2350)は悩む。出発時にエミリールと約束していた。もし少女コンスタンスと機会があったのなら、話させて欲しいと。
「罠ならパリよりもっと離れた場所で行うはず‥‥」
シクルはデビルの姿もあったが、今しばらく見守る事にした。
馬車は御者のテッドのみを残し、全員が降りる。フランシアはホーリーフィールドを展開する。
ディグニスによれば殺気は感じられないという。エミリールの希望もあり、離れた位置での会話が許される。
「おじさまは貴女を殺すおつもり。屍となる前、今に蘇るエミリールに興味がありましてよ」
少女コンスタンスが笑う。おじさまとは悪魔の騎士アビゴールである。
「あなたは本当にコンスタンス様の末裔なの?」
「あの遺跡の扉を開けられた事で証明出来たはず。そちらの方々がよくお知りのはずで今更ですわ。ではわたくしから。おじさまはあの鍾乳洞遺跡で起きた過去の事に拘られていらっしゃる。何が起きたのかしら?」
少女コンスタンスが天使降臨の事実を知らない事を、その質問から冒険者達は知る。
「あれは内密に」
「その方がいい」
エミリールの側にいたフランシアとラシュディアの二人が囁く。エミリールは自分が魂を抜かれた後の事は知らないと答える。
「答えるつもりはないようね。では貴女が仕えたコンスタンスについて教えて。一言でいえばどんな方?」
「コンスタンス様は、神への忠節を尽くしたすばらしいお方です。どうかあなたも、デビルの側などにはおらずに悔い改めて――」
「そんな下らぬ世迷い言は聞きたくないわ!」
少女コンスタンスは吐き捨てるように答えた。
「過去のコンスタンスは無駄死に。皆の為にと奔走したサッカノ司教は迫害。孤立無援で戦い、教会からも見放されたの。今のあなたのように」
少女コンスタンスは大きな瞳を半目にする。
「そんな事はありません!」
「そうかしら? こうしてルーアンに送られるのは厄介者を追い払う為と聞いたのだけど? ベルヌもいるようだけど、どう?」
少女コンスタンスの問いに司祭ベルヌは答えられなかった。
「聖人の血を引いていても、悪魔に従う者と口を聞いたのは間違いでしたか」
シクルが会話に割って入る。
「有意義とはいえませんが、こんなものかしら。忠告を。命が惜しいなら今すぐパリへ引き返すがよい」
少女コンスタンスはグレムリンからフライングブルームを受け取ると遠くの空へと姿を消した。
再び馬車で走りだした冒険者一行だが、早めに停めて野営の準備をする。少女コンスタンスの接触で気がそがれたようだ。
夜中のたき火を囲みながら、昼間の事、そして過去について質問が行われた。
「主に叛きし愚かなる者どもを怖れエミリール殿をパリより離し、また変化を望まず聖廟に触れるも許さず‥。『聖なる母』は定常をも司る故詮無きとは言え、その事無かれ主義には失望を禁じ得えません」
フランシアは激しい口調で話す。司祭ボルデ、司祭ベルヌも同じ考えである。初期の三枚の羊皮紙を軽んじた事といい、いつも後手に回るのが教会の上層部であった。
「それでも最近は真剣に考えて頂ける重鎮方もおります。しばらくの辛抱です」
司祭ボルデが目を閉じて祈る。
「教会の重鎮か‥‥」
李は保存食を口にしながら呟く。司祭ボルデのいう重鎮をいまいち信じる気持ちにはなれなかった。逆にデビル側の有利になるように暗躍してきたかも知れない。あくまで憶測なので今は注意を続けるに留める李である。
「黒教会からも棺の開封を求めるよう、パリの我が司教様に奏上しましょう」
フランシアは国教ではない黒では大した影響力を持たないのを知った上で行動を起こすつもりでいた。
「前回の襲撃の折、そして先程もコンスタンスという少女を見たと思うが、彼女を見てなにか思い当たることはないだろうか?」
デュランダルには少女コンスタンスが異質の存在に思えて仕方がなかった。
「若い頃のコンスタンス様も知っていますが、まさに生まれ変わりといっていい程そっくりなのです。顔立ち、声の質などそのままで‥‥。わたしは未来に来たのではなく、コンスタンス様の若い頃の過去に来てしまったのかと思う程なのです。あっあと‥‥」
「あと何だ?」
「先程の時見せた仕草なのですが、コンスタンス様が迷われた時に見せる仕草をそのままでした。偶然とは思いますが。もしかすると、かなりの迷いがあってわたしに会いに来たのかも知れません」
エミリールは考え込む。
「そういえば、エミリールの見た天使って何だったんだろな。すぐそれとわかるなら人型か? なら結構、高位じゃないか、それ」
シャルウィードが愛犬カゲの頭を撫でる。鷹のハルは肩に留まっていた。
「私も気になっていました。エミリールさんがご覧になったという天使について、お聞かせいただけますか」
シクルは昼間の一件で何事もなかった事に胸をなで下ろしていた。
「馬車の中でベルヌ司祭が話していましたが、すでにわたしは魂を抜かれて朦朧としていまして。ですが神の姿に似せた人と同じく、天使様も人と同じお姿でした。そして天使様とアビゴールと戦いながら、かなり長い会話をしていたのを覚えています。細かい事は忘れましたが、かなり以前から、それこそ気の遠くなる昔からの因縁が天使様とアビゴールにはあるようです」
エミリールの話は続いた。サッカノ司教、古のコンスタンスも優しかった事。これからは修道院でサッカノの手稿について研究するそうだ。
歴史のあるルーアンなら、どこかに古い資料が残っている可能性もある。その筆頭が古き小さき教会霊廟内の棺なのだが、遠くない日に手に入るであろう。エミリールは尽力してくれるフランシアの手を強く握った。
●敵
二人ずつの交代で野営は行われ、二日目の朝が訪れる。
すぐさま馬車は発車した。
「――そこで俺はいったのさ。お嬢さん、そいつは――」
ラシュディアはエミリールに楽しくなれるような話をした。資料でとても苦労してきたのがわかったからだ。乳母であったのだから、当時は自分の子供もいたのであろう。時間を越えてきた彼女には、それだけで悲しみがあるのに違いなかった。
「ハル?」
シャルウィードの肩に鷹のハルが留まる。オーラテレパスで訊ねると危険を発していた。指輪の中の石の蝶もわずかに羽ばたいていた。
シャルウィードが仲間に危険を知らせる。
「東から騎馬群だ。デビルもいるが、ティラン騎士団が敵だ!」
デュランダルもミストラルに跨りながら低空で飛び、状況を仲間に知らせた。
テッドは報告を聞いて馬車の進路を変えた。少し行った先に橋がある。セーヌ川西の向こう岸に渡れる橋があるはずだ。渡ってしまえば敵は狭い橋に手間取るに違いなかった。
土埃を巻き上げながら、馬車は全速で駆ける。
グレムリンが近くまで追いついた。シクルがミミクリーで手を伸ばして応戦する。デュランダルも空を駆けながらグレムリンを叩き落としてゆく。
「おい、テッド!」
馬車内が傾き、ラシュディアはエミリールを抱きかかえてかばう。フランシアは必死に椅子に掴まる。長く片輪で走り続け、ようやく水平になった頃には橋を渡り終えていた。
馬車の後方には敵の先頭があった。
騎士三人が悪魔の騎士アビゴールを取り囲む。その身のこなしからして、かなりの実力を持った三騎であろう。
デュランダル、李、ディグニスは悟った。単独での行動が多かったアビゴールが四騎で陣形をとっている。プライドを捨てる程にアビゴールにとってエミリールは邪魔な存在なのだと。
馬車後方の窓の戸を開けてラシュディアがトルネードを放つ。
突然の竜巻に追いついてきたティラン騎士達も崩れる。それでもアビゴールを含む四騎は怯まずに近づいてきた。敵にも魔法を操る者がいる。馬車には炎や雷光などが被さろうとしていた。
「大丈夫です」
フランシアは魔法を施すと震えるエミリールを抱きしめる。
「こちらを。縁あって参った妖精に、洗礼の秘蹟と洗礼名を授けました」
フランシアはフェアリーのヨハネスを紹介した。少しでも恐怖を取り除こうとする為だ。
「妖精も主が創り賜えば、今は祈りの口真似でもいずれ御教えを理解するかと思い傍らに置いています」
「アーメン」
フランシアの言葉に続いてヨハネスが唱える。エミリールは表情をゆるませる。
「アビゴール、力を付けたのはお前だけではない!」
デュランダルが近づいてきた四騎に戦いを挑む。李は右側から、ディグニスは左側から四騎と激突した。すでに必要な魔法は自らにかけてあった。
「いくよ! カゲ!」
シャルウィードは愛犬カゲのクナイにオーラパワーを付与する。自分にはオーラエリベイションをかける。しつこく上空から攻撃を仕掛けてくるグレムリンが相手であった。
シクルが近寄るのをくい止めるが、どうしてもすり抜けてるグレムリンがいる。それをシャルウィードとカゲはしらみ潰す。爪の先でつける傷すら馬車に刻ませない覚悟であった。
デュランダル、李、ディグニスの攻防は続いていた。
アビゴールを守る三騎の実力はかなりのものであったが、冒険者に比べれば大した事はなかった。だが、そこにアビゴールの力が加わると形勢が変わる。
「退くがよい!」
三騎が盾となり、アビゴールが攻撃を仕掛けてきた。少女コンスタンスが騎乗していないおかげもあり、その動きは敵ながら見事である。
ラシュディアからの合図がある。すぐさまデュランダル、李、ディグニスは四騎から離れた。
ライトニングサンダーボルトの稲妻が四騎を襲う。その間に馬車を含める冒険者一行はティラン騎士団から距離をとろうと駆ける。
「来た!」
李が先の向こう岸に追っ手とは違う騎士達を見つけた。その紋章旗はヴェルナー領の騎士であった。
新たな橋を馬車が渡り、ヴェルナー領の騎士達と冒険者一行は合流する。
戦が始まったかのように平野は騎士と騎士がぶつかり合う。その間に馬車はルーアンを目指す。
空にはかなり前から星が瞬いていた。グレムリンを払いのけながら、馬車はルーアンの門をくぐり抜ける。さすがのデビルもこれ以上の追跡をしてこなかった。
●サン・アル修道院
冒険者一行は領主の城に案内される。治療と宿を提供してもらい、一晩をぐっすりと眠る。
「それじゃ、ヘルホースを狙う暇なんてなかったな。しかし、あの一騎打ちを受けるアビゴールがね。よっぽどエミリールを殺したかったんだろうな」
三日目の朝、冒険者達は城で食事を頂いていた。シャルウィードは食べながらデュランダルと話す。
「ところで、ヘルホースってデビル? アンデッドだったかな?」
「あの神敵もデビルです」
シャルウィードにフランシアが答える。
城には領主であるラルフ黒分隊長は滞在していなかった。それでもシフール便で応援に駆けつけてくれたのは、側近がラルフ領主の言葉を覚えていたからである。
冒険者達は日が昇っている間にエミリールをサン・アル修道院へ送り届けた。
「わたしのような者を助けて頂いてありがとうございました。また、いつかお会いできるでしょう」
エミリールは修道院の中に消えていった。
●パリ
四日目の早めに出発し、一晩の野営を経て五日目の暮れなずむ頃に冒険者一行はパリに到着した。
冒険者達は司祭ボルデと司祭ベルヌを教会まで送り届ける。必ず霊廟の棺を調べられるようにすると約束した。
「集団戦ですか‥‥」
シクルはアビゴールの動きが気になった。実力的には仲間はかなりいいところまでいっているはずである。
「どうにかして一対一に持ち込む必要があるように思います」
シクルは仲間との別れ際にそう呟いた。