二人の彼方にはきっと

■ショートシナリオ


担当:天田洋介

対応レベル:フリーlv

難易度:普通

成功報酬:0 G 46 C

参加人数:8人

サポート参加人数:-人

冒険期間:11月14日〜11月17日

リプレイ公開日:2006年11月22日

●オープニング

「何処に行きやがった!」
 真夜中の屋敷では男達の声が響いていた。招かれざる客のギーは刺された足を引きずりながら廊下をさまよう。傷口を押さえる手に生暖かい血がべっとりと絡みつく。
「ついてねーな‥‥」
 ギーは当主ベルモンドの殺す為に屋敷へ潜入した。もう少しの所で護衛の者に見つかり、逆に傷を負わされてしまったのである。
 長い廊下にはたくさんのドアがあった。どこかの部屋に入ればしばらくは身を隠せるはずだとギーは考える。しかしいつか見つかってしまうのは明白だ。
「チッ」
 一枚のドアが開き、何者かが暗い廊下に現れた。ギーは懐からナイフを取りだすと後ろから襲いかかる。相手の喉元にナイフを当てながら部屋の中に入りドアを閉めた。
「誰なのです?」
 声は女のものだった。触れる体も柔らかく、ギーは女だと確信した。
「静かにしていれば命は取らない」
 ギーは女が持っていたランタンを奪い取って近くのテーブルに置いた。
「お前、もしかしてここのお嬢さんか?」
 ランタンの光に照らされた女はとてもいい身なりをしていた。
「ええ。ベルモンド家の長女、ヴァネッサです」
 ヴァネッサの返事を聞いたギーは壁に倒れ込んだ。どうやら血を流しすぎたと思う間に意識が遠退いてゆく。ギーは闇の中に堕ちていった。

 ギーの意識が戻ったのは朝のベットの中だった。服は清潔なものに着替えられて傷の手当てもされてあった。
「体調はいかがかしら」
 部屋にヴァネッサと侍女が訪れる。ギーはナイフを探したがどこにもなかった。
「どうするつもりだ」
「ご心配なさらずに」
 ヴァネッサは微笑みながらベット近くの椅子に座った。

 ベルモンド家は貿易によって財を成していた。ギーは同じ貿易の商いをするベルヌ家に雇われて当主ベルモンドを殺そうとしたのであった。商売上の競争が抗争に変わってゆく。よくある話である。
 ヴァネッサはギーを当主である父親に差しださずに匿っていた。ギーが理由を問い質してもヴァネッサは答えはしなかった。
 一週間が経ち傷も動ける程度には癒え、身軽なギーは屋敷を抜けだした。しかし追われる立場は続いていた。今度はベルヌ家からである。
 ギーが匿われている間にベルモンド家とベルヌ家は協定を結んでいた。そうなるとギーは余計な事を知っているベルヌ家の厄介者である。
 粗末な住処を奪われて追われるギーの前に、ある日ヴァネッサの侍女が現れた。
「ヴァネッサお嬢様が屋敷から逃げたいと申しているのです。どうかお力添えをよろしくお願い致します」
 侍女の頼みをギーは鼻で笑う。俺は追われる立場だし、第一自分の父親を殺そうとした者をどうして信用するのだと。
 侍女はヴァネッサには兄がいたことを伝える。ベルヌ家とは別の商売敵との抗争で死んだ兄に姿形言葉遣いまでギーはそっくりだという。屋敷でギーが着せられていた服は兄の形見であった。
「まあいい。俺もパリには居られない。サイフがついてきてくれるなら、それもいい」
 ギーは強がりをいった。金もなく行き場を無くしたギーは最後にヴァネッサの顔を見てから死のうと考えていた。がらにもなく惚れてしまったのを隠そうとしたのである。
「お嬢様は例えそれが悪人のものであっても血が流れるのは見たくないと」
「そんな甘いことをいってたら逃げられる訳がねーだろ」
 侍女が脱出の条件を口にするとギーは否定した。しかし侍女も譲らなかった。長い口論のあと、ギーのヴァネッサに逢いたい気持ちが条件を受け入れさせる。
「もうすぐベルモンド家にて仮装の趣向を凝らした晩餐会が行われます。決行はその日にて準備をよろしくお願いします。仲間はわたしの方で用意しますので」
 侍女はギーに当座の金を渡すと屋敷へと戻っていった。

 日を置いて冒険者ギルドに奇妙な依頼が貼られた。『人助け募集』とだけ書かれた依頼である。
 冒険者ギルドを訪れた侍女は口の固い冒険者だけに口頭で依頼をしてくれと受付に頼み込んだのである。ベルモンド家とベルヌ家の者達に知られない為の策であった。

●今回の参加者

 ea2165 ジョセフ・ギールケ(31歳・♂・ウィザード・人間・フランク王国)
 ea4086 ルー・ノース(22歳・♂・バード・シフール・ビザンチン帝国)
 eb8372 ティル・ハーシュ(25歳・♂・バード・パラ・ノルマン王国)
 eb8690 セリオーネ・プラフ(29歳・♀・クレリック・人間・イギリス王国)
 eb8986 龍皇院 瑠璃華(27歳・♀・浪人・人間・ジャパン)
 eb9004 セッツァー・ガビアーニ(29歳・♂・ナイト・人間・ノルマン王国)
 eb9005 マリアローズ・クローディア(17歳・♀・ウィザード・エルフ・ノルマン王国)
 eb9015 シャルル・イルーダ(28歳・♀・ジプシー・シフール・ノルマン王国)

●リプレイ本文

●隠れ家
「お待ちしておりました」
 侍女は冒険者達をギーの隠れ家に案内をする。古い建物が立ち並んだ治安の悪い地域を、ガラの悪い男に金を握らせて先導させた。目つきが悪い者達がたむろする路地を通り抜けて窓から建物の中に入る。
 建物の一室にギーはいた。
「あんた達が仲間ってやつか」
 ギーはわずかに手を挙げる。おざなりながらもギーなりの挨拶だ。
「ギーさん、侍女さん。ベルモンド家とベルヌ家の抗争と協定について聞きたいのですぅ」
 ルー・ノース(ea4086)が話しを切り出した。
 侍女は首を横に振る。
「ギルドには守秘義務もありますぅ〜。絶対に、口外はしませんので‥‥信じてもらえないでしょうか〜?」
「すみません」
 侍女はかしこまって返事をする。ギーが頭をかいた。
「よくは知らん。すぐにお払い箱になったからな。ベルヌにいたのは死んだダチの後釜として入って二週間だし――」
 ギーの言葉にルーはがっかりする。聞いていたヴァネッサの兄が死んだ事とベルヌ家と関係があると考えていたからだ。真実は闇の中らしい。
 続いているギーの話しをジョセフ・ギールケ(ea2165)が注意深く聞いていた。人助けとして依頼を受けたものの、いまいち依頼人の逃げたい理由がわからないからだ。
「――に小耳に挟んだことがある。ベルヌにはボンボン息子がいるんだが、そいつが動いて協定が結ばれたと。親父とは比べものにならないボンクラでうまく立ち回れるとは思えないんだが‥‥」
 侍女はギーのいうことを肯定も否定もしない。
「ヴァネッサは不自由なく育ったお嬢様だ。俺は喰う物さえ困って生きてきた。そんな俺だ。いつ裏切るかもしれないぞ。なんといっても自分自身を信じちゃいないからな」
「お嬢様はギー様を信じていらっしゃいます」
 侍女がギーの言い終わりに間を置かずに口を挟んだ。
 会話は続いたがこれ以上の情報を冒険者達は引きだせなかった。かわりに当日の打ち合わせをギーと侍女と共にするのであった。

●馬車
「うーん、危機を助けてくれたお嬢様に一目ぼれ、そして駆け落ち‥‥なんか素敵だよねー♪ 」
 ティル・ハーシュ(eb8372)は竪琴を手にしながら馬車にいる冒険者達に話しかける。
 足留め班の馬車には他にルーとセッツァー・ガビアーニ(eb9004)、マリアローズ・クローディア(eb9005)の姿があった。
「愛とか、恋とか‥‥いいですよねぇ‥‥」
 ルーは両手で頬に触れながらホワホワしていた。
「そうだよねー。ボクも恋したい」
 マリアローズは恋に恋したい年頃らしい。
「うむ」
 セッツァーは話題に入れないが不満はなかった。人助けをしたいからこそ依頼を受けたのだから。

 片方の馬車には連れだし班であるシャルル・イルーダ(eb9015)とジョセフ、そしてギーと侍女が乗っていた。
「足留め班とは他人の振りをもらおうか。ちなみにこの面はジャパンでは正装だ」
 ひょっとこ面を被ったジョセフがギーに話しかける。
「ああ」
 ギーは笑いもせずに心あらずの様子だ。ヴァネッサのことで頭が一杯らしい。
「皆様、仮装の準備をよろしくお願いします」
 侍女がその場の全員にお願いをする。
「急がないといけません」
 シャルルは急いで触覚などをつけて蝶の仮装をした。役に立とうと必死な様子だ。
 夜のパリを二台の馬車が駆け抜ける。目指すはヴァネッサの待つベルモンド家であった。

●屋敷
 冒険者達は侍女から貰った招待状でベルモンド家に入る。大広間に通されると豪華さに目を見張った。数々の彫刻に絵画が飾られている。楽団も用意されていた。
「今までのことは水に流しまして、お互い力をあわせましょう」
 大広間の一角にはベルモンド家とベルヌ家の代表が集まっていた。
「では紹介を。娘のヴァネッサです」
 ベルモンドがヴァネッサの背中を押してベルヌ家の者達の前に立たせる。
「これはヴァネッサ嬢、逢いとうございました」
 ベルヌ家のガビルが挨拶をする。ベルヌは息子の様子に高笑いをした。
「お二人が結ばれれば両家は安泰。お近づきの晩餐会ですからな」
 ベルモンドも大きな声で笑った。
 一連の会話を天井彫刻の間に隠れて聞いていたシャルルは仲間に伝える。足留め班とは会話に見えないよう注意を怠らない。
「――ということなんです」
「なるほど。政略結婚が嫌で逃げだしたいのか」
 ジョセフはシャルルからの情報で合点がいった。

 楽団の演奏が始まり、ダンスの時間となる。
 踊るヴァネッサはガビルからなるべく体を離そうとしていた。
「おっと、失礼」
 目口の穴を開けたカブを模したかぶり物をした道化師と黒ずくめの格好をした者が、二人にわざとぶつかる。正体はセッツァーとマリアローズだ。
 セッツァーはダンスの経験もあったが素人を演じる。とにかくガビルの邪魔をするが、間違ってヴァネッサにぶつかってしまった。倒れそうになるヴァネッサだが、差し伸べられた手を掴んだ。
「お気をつけて」
 助けたのは教会の聖職者姿のギーだ。立ち去るギーの後ろ姿をヴァネッサは目で追いかけるのだった。

●晩餐会
 ダンスの時間は終わり、隣接した広間で食事を囲む晩餐会の時間となる。ジョセフは予め脱出のルートの下調べをしていた。
 警護をしている者は少ない。いたとしてもあくびをしている始末だ。酒で酔っぱらっている者もいる。
「旦那、いこうか?」
 いつの間にか側にいたギーにジョセフは声をかけられた。

 招待された客の殆どが宴の席についていた。テーブルの上には様々な料理がすでに並べられている。
「あの娘がそれほど気に入っているとは」
 主賓の席にはベルヌ家の者達が座っていた。ガビルは父であるベルヌに照れている。
 突然、広間が暗くなった。客達はざわめいていたが小さな灯りがいくつも現れて鎮まってゆく。灯りの正体は侍女達が持ってきた蜜蝋燭だ。
 元々広間を照らしていた松明やランタンは冒険者達の手によって消された。ジョセフはウインドスラッシュで一番大きな灯りを消した。他の灯りにはヴァネッサの侍女の仕掛けにより、ある方向に揺らせば消される仕組みだった。高い位置にある灯りはルーとシャルルが揺らす。床に近い灯りは他の者達で気づかれないように揺らしたのだった。
「これは趣ありますな」
 テーブルに置かれる蜜蝋燭にベルヌが頷く。その場にいたベルモンドは首を捻りながらも相槌を打つ。
 どこからか歌が広間に流れ始めた。ルーが歌い、ティルが竪琴で合わせる。一度は闇になって緊張した雰囲気が一気に和らぐ。
 ダンスの時は楽団がいたせいで出番がなかったが、こうなればルーとティルの独壇場だ。
 客達の殆どが耳を傾けている。一曲目が終わると今度は二人で竪琴を奏で始めた。
「こんな場所で演奏する機会なんてあまり無いですし〜、やっぱり、緊張しますねぇ‥‥」
 ルーが小声でティルに話しかけた。

 ヴァネッサは広間が暗くなったのに乗じて侍女と共に小部屋に入っていた。
「お嬢様!」
 侍女が驚きの声をあげる。ヴァネッサが手にしたハサミで自分の髪の毛を切ってゆく。肩より長かったブロンド髪が顎の下辺りまで短くなった。
「いいのです。これぐらいしないと逃げるとき変装が見破られます」
 ヴァネッサは侍女の用意した男物の服に急いで着替えた。

●脱出
「こちらに」
 ヴァネッサと合流したギーとジョセフは脱出を試みていた。シャルルは連れだし班であったが両家を監視をする為に広間に残っている。侍女は別行動だ。
 ジョセフはブレスセンサーを使って死角の先を注意する。誰もいないのを確認してから先に進む。
 広間の方からルーとティルの演奏が聞こえる。演奏が客達の注意を引いている間にと連れだし班は先を急いだ。

「ヴァネッサ嬢はどちらに?」
 ガビルはヴァネッサが気になってベルモンドに訊ねた。ベルモンドは侍従を使って探させるがなかなか見つからない。
「娘には外出を禁止させている。もしかして‥‥」
 ベルモンドの話しをシャルルは聞いていた。急いで足留め班の全員に事を伝える。
「きゃあっ、ゴキ様ー!」
 ルーが混乱を起こす為に全力で叫んだ。
「ネズミが走っていったよ!」
 続いてティルも叫ぶとざわめきが広間に溢れた。
「キャー!」
 客達が次々と大声をあげる。テーブル下に隠れたセッツァーとマリアローズが客の足を次々と撫でてゆく。ネズミなどが触ったと勘違いするようにだ。
 こうなるとヴァネッサがどうのという状態ではなくなった。足留め班はできる限りの混乱を起こそうと奮闘し続けた。

 広間が騒然としていた頃、連れだし班は門の近くに止められている馬車の影に隠れていた。
「今、門を警備している者達はわたくしをよく知っている者です」
 ヴァネッサの言葉にジョセフは腕を組んで考える。
「ここまで来れば簡単なことだ。旦那、ありがとな」
 ギーは縄を取りだすと放り投げて塀の上にかける。ヴァネッサを背負うと身軽に登ってゆく。瞬く間にジョセフの前から姿を消すのだった。

●旅
「えっと、あのぅ‥‥ほとぼりが冷めた頃にお二人のことを歌わせていただけませんか〜? 初めて作る歌にって、いやぁん、怒らないでくださぁい」
 ルーは涙目になりながらギーに話しかける。郊外の待ち合わせ場所には全員が集まっていた。
「構わない。パリに戻る気もないし。これからは‥‥」
 ギーはヴァネッサに視線をやる。二人でここに来るまでに何かあったらしい。ギーの表情からは数時間前にあった刺々しさが消えていた。
「お嬢様、せっかく冒険者様とギー様のご尽力で脱出できたのです。追っ手が来る前に」
「そうですね。皆様ありがとうございました」
 ヴァネッサは冒険者達に深々と礼をすると馬車に乗り込んだ。御者の隣りに座っていた侍女が冒険者達に礼を示す。
 御者の手綱が音を立てて馬車が走りだす。冒険者達は見送るとパリへと戻っていくのだった。