壊された舞台
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■ショートシナリオ
担当:天田洋介
対応レベル:フリーlv
難易度:普通
成功報酬:0 G 71 C
参加人数:5人
サポート参加人数:-人
冒険期間:06月07日〜06月13日
リプレイ公開日:2007年06月15日
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●オープニング
「誰だこんな事を‥‥」
一人の劇団役者が呟く。
穴が空いた壁。引き裂かれた衣服。
教会の一室に用意された演劇の大道具、小道具は無惨な形をさらしていた。
昨日の稽古の時には変化はなかった。昨晩のうちに何者かが忍び込んでやったのであろう。
本来なら今日が稽古の最終日であった。小さな劇団ではすべてをみんなで行う。道具作りも衣装の用意も、役者もすべてだ。
演劇『流浪のファミーユ』の初演は間近であった。
劇団の者が全員集まり、肩を落としながら相談する。無言のまま、立ち去る者もいた。
「稽古はほとんど終わっているだろ。道具さえ用意できればなんとかなるはずだ」
二十歳前の男ヨーストが劇団仲間に声をかける。
初めての舞台となるヨーストにとって、このような些細な出来事で取りやめになるなど考えられなかった。
しかし、多くの演劇仲間はそうは思っていない。絶望とまではいえないが、やる気をなくしたのは確かだ。
「この教会で養われている子供達、周辺の信者の方々、もちろん教会の司教様、司祭様、助祭様、楽しみしてくれる人がたくさんいる。がんばってみようじゃないか」
団長が劇団員に声をかけるが、まばらな声しか返ってこない。
団長もわかっていた。
舞台も衣装も一ヶ月はかかって用意したものだ。本業の片手間に素人が作ったとはいえ、なかなかのできばえであった。簡単にもう一度作り直せるはずがない。
「団長、前にいろいろと冒険者ギルドに頼んだ事があるんだ。手を貸してもらえるように頼んでみたいのですが」
「冒険者ギルド? ああ、聞いたことはある。だが信用できるのかね?」
ヨーストは団長に冒険者の事を話す。とても信頼できる人達だと。
「そこまでいうなら、頼んでみようか」
団長を説得し、ヨーストは冒険者ギルドに出かけた。
「大道具や小道具、そして衣装などの修復や作り直しを冒険者に頼みたい」
ヨーストは受付の女性に説明する。
物の直し以外にも頼む事はあった。今回の妨害で気を落とし、辞める役者がいるかも知れない。その時は台詞は極力削るから舞台に立ってもらいたいそうだ。
「なんとか公演に間に合わせたいんだ。よろしく頼む」
ヨーストは受付の女性に願うのであった。
●リプレイ本文
●再会
「俺はなんていうか‥来てくれて、どういったらいいのか‥‥」
ヨーストは冒険者達を前にして下を向きながら涙を流すのを我慢していた。だがすでに半泣き状態である。
教会にまだ演劇仲間は来ていない。仕事を持っている者がほとんどなので、泊まり込んでとはいかなかったからだ。
「やぁれやれ‥‥随分派手に散らかされちまったもんだ」
スラッシュ・ザ・スレイヤー(eb5486)はまだ多くの物が転がったままの部屋を見回した。
「いい歳の男が泣くんじゃねぇよ。まぁ俺も演劇を楽しみに待ってたクチだ。『兄貴』を頼ってきたトコは褒めてやるぜ」
スラッシュは軽くヨーストの肩を叩いた。
「お久しぶりです〜。困ってる弟の為に、姉さんが手伝いに来ましたよ〜♪ これを使って下さいです〜」
エーディット・ブラウン(eb1460)が涙を拭く布をヨーストに渡した。ノルマンゾウガメも一緒である。
「もう一人のにいさん。よろしくです」
エフェリア・シドリ(ec1862)はペコリと挨拶すると、二つに折られた杖を一生懸命に合わせようとしていた。
「劇の道具を壊されちゃったのですか〜。大変です〜!」
リア・エンデ(eb7706)は広い室内を南から北へ、東から西へと動き回って壊れた物を確認していた。そして視線に気がついて仲間の元に戻る。
「ふっふっふ〜。ここは私の出番なのですよ〜♪ えとえと、私の事はリアって呼んでくださいなのです〜♪」
リアは元気いっぱいに挨拶をした。
「これまで団員の方々が忙しい合間を縫って作り上げてきた舞台ですもの。心無い妨害に負けるわけには参りません。何とか当日までに仕上げましょう」
リディエール・アンティロープ(eb5977)は椅子やテーブルを一所に集めだす。仲間も手伝い始めた。
「俺はちぃとばかり挨拶してくるわ」
スラッシュは一人部屋を出て廊下を進む。
「よぉ。元気にしてたか?」
「すっ、スラッシュさん!」
スラッシュが挨拶をした相手はピュールという助祭であった。この教会は貧民街にあり、スラッシュはかつて手伝いに来た事があったのだ。
スラッシュは細かい事情をピュール助祭から聞いた。どうやら壊したのは何名かの子供達のようだ。証拠はないので叱る訳にもいかず、教会の者も困っていた。
「わかったが、ガキ共のしつけはピュール、おめぇの責任でもあるだろ。手を貸してもらう。いいな?」
「元々そのつもりです。お手伝いさせてもらいます」
「でっさっそくなんだが、用心棒仲間に手伝わせるつもりが全員トンズラしやがってよぉ。教会に出入りしてる奴で男手を探して来てくれよ。タダとはいわねぇ」
スラッシュはお金の入った袋をピュール助祭に渡した。今回受け取る依頼金と同額を渡すのだった。
「む〜皆様元気がないのです〜」
リアはやって来た劇団員に聞こえないように呟いた。
「さああなた方、こちらをどうぞ」
リディエールが自前で用意してきたオレンジとミントを使ったハーブティがテーブルに並ぶ。
席には集まった劇団員が座る。冒険者と顔合わせを兼ねてリディエールはお茶会を用意したのだ。
突然のハーブティに面食らった劇団員もいたが、すでに用意されている飲み物を放っておくのももったいない。
そして一口飲むと心が和らぐ。自分達が落ち込み、ピリピリしていたのに劇団員達は初めて気がつくのだった。
集合の時間を過ぎてもやってこない団員は七名いた。うち二人は昨日は直しに来ていて、遅れると前もって連絡があった。残り五名が舞台が壊されてから一度も姿を現していない。
「冒険者も手伝いに来てくれたんだ。もう一踏ん張りだ」
団長が声をかけるとみんなが返事をする。
「さあ〜みんなでがんばりましょ〜♪ 私が歌を歌ってあげるのですよ〜♪」
リアは即興で歌を作り、得意のメロディーで唄った。
「仕掛けがあるし、これは私がやります」
エフェリアは背景となる木板で作られた木に取りかかる。一瞬で深緑から紅葉に変わる構造になっていた。罠作りの腕と少々の美術センスが必要である。
「これは短く仕立て直せはなんとかなるかも〜」
エーディットは衣装の修繕を始めた。素人ながら少し破れた個所なら飾り風に張り付ける。離れて観るのだから、こだわり過ぎても時間がもったいない。時間を優先して作業を行う。
「それは魔法〜♪ くるりと返せば、変わる〜変わる〜♪」
リアはエーディットの横で同じく修繕を手伝っていた。楽しく唄いながら、持ってきた裁縫セットで針仕事である。さらに歌に合わせてフェアリーのファルセットが踊った。ファルセットは遊んでいるだけでなく、必要な物をリアに渡してくれた。
「スラッシュさん、男手、連れてまいりました」
「おっ早ぇな。だがピュールがやった事にしといてくれよ。俺が頼んだのは内緒にな」
部屋から出た廊下でピュール助祭とスラッシュは話す。スラッシュはヨーストにも劇団員の前では知り合いの素振りを見せないように気をつかっていた。悪そうな自分と知り合いだと、無駄に影口を叩かれるかも知れないからだ。
それからスラッシュはピュール助祭が連れてきた男三人と、特に力のいる作業となる家のセットを直しにかかる。目立つセットだけあって、かなりの破壊状況だ。
「なるほど、そうなのですね」
リディエールは団長に気落ちしてやってきていない劇団員について話を訊いた。劇団仲間から声をかけてもらうのが一番と考えていたが、すでにそれは行ったそうだ。
団長は説得に時間をかけるより、残ってくれた仲間で直す選択をしたのだ。
リディエールはメモにとってエーディットとスラッシュに教える。先程二人ともすでにヨーストから辞めそうな劇団員について話を聞いていた。少しでも情報があった方がよい。
「これはうってつけですね」
リディエールは来ない劇団員についてはエーディットとスラッシュに任し、書割の修復を始めた。古代遺跡の石柱で大量の古代魔法語が書かれてあった。古代魔法語はリディエールの得意分野である。
一日目はとにかく修理で終わるのだった。
●説得
「誰がちょっかい出してるのか知らねぇが、これで諦めちゃつまんねぇだろ?」
「こんな妨害で挫けては駄目なのです〜。みんなが舞台を楽しみにしてるのですよ〜」
二日目からの空いた時間。スラッシュとエーディットが劇団員の元を訪ねて説得を行っていた。
「みんなで見上げた、それは勇気〜♪」
連れて来られたリアは少し離れた所でメロディーを唄う。説得の為の一押しだ。
「悩むのは、フィナーレの拍手の後でいいだろ? 二度と妨害はさせねぇ、安心しな」
「大丈夫、皆で力を合わせれば、きっと本番に間に合うですよ〜」
強面のスラッシュと優しげなエーディットの不思議な説得は功を奏した。
劇団仲間だと相手の事情もわかっているので、強くいえない事もある。そういう大人の考えは捨てて、ずはりといった方が心に響き、丸く収まる場合もあった。
二日目から三日目にかけて行われた説得で三人の劇団員が戻ってきた。残念ながら二人は完全に心が折れていたようだ。立ち直るまではまだ時間がかかりそうである。
夜になるとエフェリアは劇が行われる部屋に寝袋で泊まり込んでいた。
パーストは一瞬でしかもばっちり時間が合わないと意味がないので、すぐに魔力を使い切ってしまう。
そこでエフェリアは何日かに分けて状況を調べた。やっとわかった事はこの教会で育てられている二人の子供が道具類を壊したという事実であった。
もっとも他の人に見せる手段がないので、証拠としてはかなり弱いものだ。だから泊まり込んでいるのである。
エフェリアには内緒で隣接する小部屋にスラッシュも隠れていた。せっかく直しているというのに再び壊されたら大問題だからだ。
部屋の隅っこで寝ていたエフェリアは足音を聞いた。寝袋から出て物影に隠れる。
扉が開き、二つの影が部屋に入ろうとする。手には何か棒状の物が握られていた。エフェリアが部屋から逃げて仲間を呼ぼうとした時、二つの影を捕まえるもう一つの影があった。
スラッシュではない。エフェリアが確認できる場所からスラッシュは飛びだしてきたからだ。
捕まえた影はピュール助祭であった。
「なぜこんな事を‥‥」
ピュール助祭は叱りたい気持ちを押さえ込み、二人の子供に理由を訊いた。子供二人は答えずにずっと黙ったままだった。
ピュール助祭はエフェリアとスラッシュに礼をいったあとで自分の部屋へと二人の子供を連れて行った。
●修理と演技
「そう。その岩に座って一言」
「あの、羊の群れはどこに行ったのか」
四日目、団長がエフェリアに稽古をつけていた。足りない劇団員の代役である。
「‥‥あの、エーディットさん。試しといって着させられた、この可愛らしい衣装は‥‥?」
「とっても似合うですよ〜。団長、用意できましたですよ〜♪」
エーディットがリディエールに女装をさせていた。リディエールはよく女性に間違われるが、れっきとした男である。
エフェリアに続いてリディエールも団長が演技をつける。やはり足りない劇団員の代役だ。
他の者達は修理、修繕を続けていた。まだ目処がついたとはいえないが、形あるものになってきた。
「ごめんなさい。ぼくたちがやったんです」
ピュール助祭が部屋に子供二人を連れきて謝らせる。
壊した理由も子供達の口から話された。親の顔を知らない二人にとって、家族を軸とするこの劇はとても気に障ったそうだ。年齢ですべてが許される訳ではないが、二人とも九歳であった。
ヨーストは話しを聞きながら、自分の子供の頃を思いだす。教会を飛びだしたのは十二歳の時だ。ヨーストは子供二人と自分を重ねた。
「直すの手伝ってくれるかい?」
ヨーストは子供二人に声をかけた。作業をしながらヨーストは子供二人と話す。お仕置きとしてピュール助祭に叩かれたお尻がまだ痛いそうだ。
ピュール助祭は辛抱強く子供二人から理由を訊いて、なぜ悪いのかを教えた上で罰を与えた。涙を流しながらピュール助祭はお尻を叩いたようである。
「俺のときも、そういう方がいればな‥‥。よくわからない? いつかわかるときがくるさ」
ヨーストは子供二人と作業を続けるのだった。
五日目の夕方にすべての修理、修繕が終わった。
「可愛い弟の為ですから〜。これぐらいなんでもないのです〜♪」
エーディットが食材を買って教会に戻ってきた。それをスラッシュが調理する。冒険者仲間は手伝う。
壮行会が開かれた。
楽しくやってはいたが、リディエールとエフェリアは台詞の覚えを気にしているようであった。
スラッシュは控えていた酒を少し呑む。そして隣りにいた団長をマッサージしてあげた。これまで劇団員達にも何度かマッサージをしてあげていたスラッシュである。
エーディットはノルマンゾウガメにお礼の餌をあげる。さっきの食材の買い出しだけでなく、古道具屋を回って代用品を買った時にも手伝ってもらった。カメとは思えない程、歩くのが速くて荷物持ちにはぴったりだ。
リアは唄う。
今回はメロディーだけでなく、みんなを勇気づける為に唄う事が多かった。
「楽しそうだね」
劇団員の一人がリアに話しかけた。
「はい〜とっても。みんなで目標に向かって頑張ること〜♪ こんなに楽しいことはありませんです〜♪」
リアはその美声で歌い上げるのだった。
●流浪のファミーユ
「お父様はどうしていつもそうなの? なぜ一人で決めてしまうのよ! あの時――」
女装したリディエールが父親役の団長に向かって訴える。
『流浪のファミーユ』の舞台はすでに始まっていた。
リディエールは堂に入った演技で演じきる。重要な役ではあったが、長い台詞の出番はここだけである。あとは舞台の端に立ち、少しの台詞を残すのみであった。
「なんだか風が冷たい。もうすぐ冬ね」
エフェリアは短い台詞ながら、結構出ずっぱりだ。うまくこなしているのは子供ならではの頭の柔らかさのおかげなのかも知れない。
「よし。気合い入ったメイクッ!。バッチリだ」
スラッシュは舞台に栄える役者達の化粧に満足する。本番前に全員のメイクを行ったのはスラッシュだ。とくにヨーストのは念入りにである。可愛い弟の初舞台であった。
スラッシュは椅子には座らず、舞台の反対側の扉近くの壁に寄りかかりながら鑑賞していた。舞台を壊した犯人については解決していたが、さらなる妨害があった場合に対処する為である。
「一度やってみたかったのです〜♪」
リアは舞台の変更などの裏方をやっていた。
暗転している間にささっと書割を入れ替える。リアは暗がりでもよく見える方だ。
時々テレパシーを使って仲間と連絡をとる。台詞を忘れた役者にこっそり教えたりもしてあげる。
幕が下り、演劇は終了した。
「初舞台おめでとうございます〜♪」
「お姉ちゃん。ありがとう」
エーディットがヨーストに花束を贈呈した。
「いいのです〜。困ってる弟の為です〜。きっと家族をやった仲間も、新しい仲間もとっても楽しかったと思うのですよ〜♪」
観客の拍手はしばらく鳴りやむ事はなかった。
「これぐらいしかお礼できる物がないのですが、お受け取り下さい。お世話になりました」
冒険者達はピュール助祭から聖なる釘をもらう。
ヨーストとピュール助祭、子供達、劇団の人たちに見送られて、冒険者達は教会から遠ざかるのだった。