向こう側に広がる世界〜画家の卵モーリス〜

■ショートシナリオ


担当:天田洋介

対応レベル:フリーlv

難易度:普通

成功報酬:0 G 84 C

参加人数:5人

サポート参加人数:4人

冒険期間:06月09日〜06月17日

リプレイ公開日:2007年06月15日

●オープニング

 散らかったアトリエの中央に別世界が広がっていた。
 ジーザスの足下で祈りを捧げる信者達。
 空間が四角に切り取られ、その向こう側に別の世界があるかのようであった。
 ウルトラマリンで輝くジーザスの瞳。聖母の姿もあり、その服にもラピスラズリで作られたウルトラマリンが使われていた。
「ようやく完成したのう」
 顎の白髭を触りながら宗教画家ブリウが頷く。長くかかったが、ついに教会に注文された絵が完成したのだ。
「モーリスや。これを無事に運んで欲しいのじゃ」
 画家ブリウは弟子である青年モーリスを呼んで搬送を命じた。納める教会はパリの北西のルーアンにある。無事に届けられるならどのような方法でもよいと、画家ブリウはモーリスに資金を渡す。
「こんなにたくさん頂かなくても運べると思いますが‥‥?」
「いつも鶏に野菜クズを運んでくれるローズとやらも一緒に連れてっておやりなさい。納めにゆく教会にはたくさんの絵がある。時間をとってよく観てゆくのがよかろう」
「あっありがとうございます!」
「そうだ。自分の道具も持って行きなさい。写してみるのもよいぞ。何事も勉強じゃからな」
「はい!」
 モーリスは運ぶ絵を観ながら考える。木板に描かれた絵はかなりの大きさがあった。縦1メートル弱、横1・5メートルはある。表面を傷つけずに遠くのルーアンまで運ばなくてはならない。
「ローズを誘うとしても二人じゃ荷車があっても難しいな。それにいくら固定した所で悪路が多すぎる。破損しないようにゆっくり走るとなると時間がかかるし。セーヌ川を下った方が早く着くだろう」
 モーリスは考えをまとめてから、翌日にパリへ向かう。
 船着き場で乗せてくれそうな輸送帆船を見つけた。だが、投げる転がすが基本の船の荷物運び達に繊細な絵を任すのは無理のようだ。絵を運ぶ労力はすべて自前で用意しなければならない。
 モーリスは船着き場に行った足で冒険者ギルドを訪れた。
「冒険者の力をお貸し下さい。師匠の絵を無事届けなければならないんです」
 モーリスは受付の女性の説明する。
 パリの船着き場までは恋人のローズと一緒に馬に牽かせる荷車を使って絵を運んでおく。冒険者に力を借りるのはそれから先になる。
 絵に破損がないように輸送帆船に運び入れ、多少の揺れでも壊れないように、船室へ固定してもらいたいそうだ。
 パリからルーアンまでは帆船で一日半かかる。ルーアンで絵を丁寧に下ろして新たに借りる馬に牽かせる荷車に載せて目的地の教会まで運ぶ。帰りも帆船に乗れるようにモーリスは手配するつもりである。
「師匠の好意で、ルーアンにかなり滞在できるのです。冒険者のみなさんも搬送さえ終われば自由時間がかなりありますので、観光でもどうぞ。ただ、俺はルーアンをあまり詳しくなくて。立派な建物はたくさんあるみたいです。それとパリより新鮮な海魚が手に入るようです」
 モーリスは説明を終えると、くれぐれもよろしくと受付の女性に頼んでからギルドを後にした。

●今回の参加者

 ea2004 クリス・ラインハルト(28歳・♀・バード・人間・ロシア王国)
 ea5840 本多 桂(32歳・♀・浪人・人間・ジャパン)
 eb2905 玄間 北斗(29歳・♂・忍者・人間・ジャパン)
 eb3781 アレックス・ミンツ(46歳・♂・ナイト・人間・ノルマン王国)
 eb5363 天津風 美沙樹(38歳・♀・ナイト・人間・ジャパン)

●サポート参加者

ジェイス・レイクフィールド(ea3783)/ 李 風龍(ea5808)/ 本多 空矢(eb1476)/ ミュウ・クィール(eb3050

●リプレイ本文

●梱包輸送
 船着き場の荷車には簡単な包装がされた大きな絵が載せられていた。
 昨晩のうちに今回の依頼人である青年モーリスとその恋人ローズが運んだのだ。
「ブリウ師匠の絵、よろしくお願いします」
 モーリスが集まった冒険者達に挨拶をした。
「ジーザス様のお姿に傷付けられません」
 クリス・ラインハルト(ea2004)はにっこりと笑う。
「これでも武士の嗜みとして多少は美術の事にも詳しいのよね」
 本多桂(ea5840)はひょうたん徳利を肩をかけながら荷車を覗き込む。
「意外と注意が必要なのは、急な雨や波の飛まつなのだ」
 玄間北斗(eb2905)はいろいろな角度から絵の板を眺めた。
「まずは安全な運ぶ為の策だな」
 アレックス・ミンツ(eb3781)は細い渡し板で帆船へと渡る。手には天津風美沙樹(eb5363)が持ってきたロープの先が握られていた。ロープの反対側を天津風が持っている。舷側と桟橋の距離を計ると約五メートルであった。
「これを目安にして大きな絵を船に載せ下ろしできるものを作りますね」
 天津風は地面に枝で数字を書いて考える。そして必要なものが仲間に伝えられた。
 乗り込む帆船の出航時間はお昼過ぎである。急いで準備が行われるのだった。

 梱包の作業は主に天津風の指示で行われた。木枠部分は玄間、絵の扱いは本多、レール部分はアレックスが担当する。他の者はお手伝いである。
 力持ちの李風龍によって立てられた状態の絵は本多が用意した布に包み直される。
 角となる四隅に羊毛が当てられ、玄間が作ってくれた木枠の中に絵は収まった。角の羊毛部分以外は絵と木枠は触れていない。
 隙間にはクリスがラピスラズリを扱っているお店から手に入れた乾燥したクローバーが詰められる。五面の木枠部分は完全に固定されて玄間が用意した融かされた蜜蝋が塗られた。
 内側に突起が作られた蓋がされ、融けた蜜蝋で隙間が封印される。その他、運び入れる為の溝や台座を作り、絵の梱包は完成した。
 アレックスが用意した二本のレールが舷側と桟橋に渡された。
「せいのおーで」
 アレックス、玄間、天津風、クリス、モーリス、ローズとゆっくりとレールに梱包された絵が載せられる。
 帆船側で李と本多がロープを引っ張った。すでに大きめの板で試されているが、安心は禁物だ。アレックス、玄間が帆船へと移動して手伝う。桟橋側に残った者達もロープを手にして絵を安定させた。
 絵はゆっくりと大した衝撃もなく、無事に帆船に積み込まれた。後は船室の部屋の梁や柱に固定されてとりあえずは安全だ。
「絵って結構重いんですね」
 クリスは額の汗を拭った。
「気をつけてな」
 李が見送る。
 全員が不安定な渡し板で帆船へと乗り込み、まもなく帆船は出航するのであった。

 甲板にいた冒険者達が見上げると影が落ちてきた。
 セーヌ川に掛けられた橋を潜り抜けて、再び太陽光が降り注ぐ。見慣れたパリの街も川を下る帆船から眺めると違って感じられた。
 水鳥が舞い、涼やかな風が通り抜けてゆく。
「あら?」
 天津風は見知った船乗りを見つけて挨拶をする。この帆船はトレランツ運送社のものらしい。これなら少々の融通が聞きそうだと天津風は安心した。
「おっと‥」
 クリスは船嘴でモーリスとローズの姿を見つけてその場を離れた。二人の邪魔をしてはいけないと思ったからだ。
「二人が一緒に旅行できる滅多にない機会だし、良い想い出にしてあげたいのだ」
 玄間も二人を見たようでクリスに話しかける。
「枯れたクローバーを買った時、観光場所を教えてもらったのです。後で教えてあげるつもりです」
 クリスは顎に両拳を当て、玄間は片手で目の上にひさしを作って、物影から二人を眺めるのだった。
「一仕事後の酒は格別!」
 本多は船縁に座って帆船に備え付けのワインを頂いた。腐りにくいように普通のものより強い感じがする。頬を桜色にしながらも愛用の薙刀は常に携えていた。もしも賊が現れれば追い払うつもりだ。
「こういう組み合わせなのか」
 アレックスは帆船に使われている鉄具を見ていた。主に木材で作られる帆船にも鍛冶でしか作れない部品も多く存在する。武器作りとは違うが、ただの碇も職人の魂が込められているものである。
 帆船は穏やかにセーヌ川を下ってゆき、夜となった。天候はせいぜい曇りになる程度で、障害になる程ではない。
 一晩が経過し、帆船は二日目の夕方にルーアンの船着き場へと寄港した。
 今度は載せた時の逆の手順で絵を降ろす。二本のレールもちゃんと帆船で運んであった。
 今日の所は教会には向かわずに、そのまま宿に泊まる事になる。乗せてくれた帆船のトレランツ運送社を通じて大きめの部屋は取られていたので問題はなかった。
 明日の納品を前に一行はゆっくりと休むのであった。

●教会
「これは皆様、ご苦労様です」
 三日目、教会を訪れた一行は司祭に迎えられた。教会の名は『カトナ教会』である。
 広く天井も高い礼拝堂にはたくさんの彫刻が置かれ、絵画も飾られていた。聖書で語られる世界が目の前にある。
 宿から教会まで普通に歩いていける距離だったので、全員で運び入れた。
 蝋で封印された蓋が取られ、枯れたクローバーがこぼれ落ちる。布が捲られると司祭は満足そうな笑顔をして祈りを捧げる。
 それから冒険者達は完全に絵を取りだした。
「近隣の皆さん集めてお披露目式とかするですね?」
「すでに飾る場所は用意されています。明日のお昼には取り付け終わっているでしょう。それからお披露目にしたいと考えています」
 クリスの訊ねに司祭が答えてくれた。
「モーリスさん、どうしたのだ?」
 玄間は口を開けて周囲の絵に魅入るモーリスに声をかけるが反応がない。
「モーリス、玄間さんが呼んでいるわ」
 ローズがモーリスを揺らしてやっと正気に返る。
「あ、つい、圧倒されてしまって。なんですか?」
「いやなんでもないのだ。もっと絵を観るといいのだぁ〜」
 玄間は仲間の元に行き、教会にはモーリスとローズが残される。夕方には宿に集まる約束だ。
 冒険者達にはすでにモーリスから食事代が渡されてあった。それぞれに観光を始めるのだった。

 本多は小さな酒場入り、ワインを頼んだ。そして店にある海魚を見せてもらい、塩焼きにしてもらう。刺身でもいけそうだが、コックが嫌がりそうなのでそこは郷にいれば郷に従えで止めておいた。
「お、美味しい。酒のつまみにぴったり」
 本多は思わず笑顔になった。新鮮でとても美味しい。日を置くとどうしても魚は傷む。さすが海まで船で半日の距離である。
 ワインは特別なものを取り寄せているそうだ。本多はワインを宿に運んでもらえるように酒場の主人に頼んでおく。仲間も呑んでもらった方がいいと考えたのだ。
 それからシードルというリンゴ酒もとても美味しいが、残念だが持ち帰りは無理なようだ。
 本多はルーアンを散策しなから、次の飲食店を探すのであった。

「なかなかいけるな」
 アレックスは鍛冶屋と武器屋巡りをした後で、レストランに入った。
 骨付きの子羊焼きがとても美味い。海岸線付近で育てられた子羊は、すでに塩味がついているそうだ。この美味さはそこからきているのかも知れない。
 武器はいろいろと売っていて目の保養になった。参考になる技術も見られた。
 まだゆっくり出来るので、それまでにもいろいろと回るつもりのアレックスであった。

「きっと今日はモーリスさんはあの調子なのだ。だからおいら達が観光スポットを見つけてあげて教えてあげるのだぁ〜」
 玄間はクリスと天津風と石畳を歩く。
 大きな市がたつ広場があった。たくさんの品物が幾重にも並ぶ。パリにも負けない程の人でごった返していた。
 これを見ただけでも、ルーアンがただの古き街でないことがわかる。海運貿易によってもたらされる繁栄がそこにあった。
「あの大きな建物‥‥」
「あれはすごいです☆ いってみるですよ〜♪」
 天津風とクリスが見上げた先に駆け寄ってゆく。玄間が後をついてゆくととんでもなく大きく、そして荘厳な建物が天にそびえていた。
 ルーアン大聖堂である。
 あまりに圧倒されて、三人はしばし呆然とした。ハッと気がついてようやくお互いに顔を見合わせる。先程のモーリスの気持ちがわかったような気がした。
 非常に細かい彫刻がされていて、とても人が造ったものとは思えない出来だ。
 あいにく中には入れなかったが、その外見を観られただけでも三人は満足するのだった。

●公開
 四日目、カトナ教会は絵の閲覧式が行われていた。
 聖歌が唄われて、その後で祈りが捧げられる。掛けられた幕が取り除かれて一般に公開された。
 集まった人々が感嘆をあげる。
 ジーザスが説法し、その足下に信者の姿がある。そして聖母の姿もあった。
 冒険者達もあらためてブリウの絵を眺めた。この場所に飾られる為に描かれたのがよくわかる。周囲の絵との調和や、建物の壁、そして照らす明かりなどすべてが考えられて描かれた絵だ。
「ブリウさんの才能を称え、ジーザス様の栄光を紡ぎ、その詩とは『青のジーザスに捧ぐ』。お聴き下さいです☆」
 クリスは許可をとって教会の外で吟遊詩人の本領である詩を唄った。
 リュートを手にクリスは堂に入っていた。
 印象的な輝く青が魅了する絵。クリスが歌い終わると拍手に包まれるのであった。

 ブリウの絵が飾られた事でいつもより賑わうカトナ教会の隅で黙々とモーリスは模写をしていた。
 この場のブリウ師匠の絵を観て、いてもたってもいられなくなったようだ。ひたすらに炭を板の上で滑らせる。
「あなたは、画家さんかね?」
 一人の老翁がモーリスに声をかけた。
「はっはい。画家です。いや、正確には画家見習いです」
「ほーそうですか。よく描けていらっしゃる。他にもお持ちですかな」
 モーリスは船上で描いたローズの絵を見せた。セーヌの流れがゆったりと静かだったおかげで揺れはそれ程でもなかったからだ。
 老翁は彩色がされた絵を見つめた。
「がんばりなされ」
 老翁は人波に消えていった。
「モーリス、どうしたの?」
「いや、今、おじいさんに声かけられてね。あー、ごめん。もうこんな時間か」
 外から夕日の赤い光が教会内に注いでいた。モーリスはローズとルーアン見学に行く約束をしていたのに絵を描くのに夢中で忘れていたのだ。
「いいの。まだ日はあるし。それにね、あたしは絵を描いてるモーリスが好きなの」
 言い終わった後でローズは顔を真っ赤にして小走りに遠くへいってしまった。
 道具を急いで片づけたモーリスはローズを探して宿へと帰るのであった。

●思いがけないこと
 五日目、六日目もそれぞれにルーアンの街を散策しては思い思いに楽しむ。
 モーリスとローズといえば、まだルーアン観光を行っていないようだ。クリスと玄間が観光名所を教えたがそれでもまだである。
 七日目になり、帰りの時間を考えれば最後の日に近い。それでもモーリスは絵を描いていた。
「大分描けましたね。もう一度見せてもらえますかな」
「あっ、おじいさん、えっ‥‥?!」
 声を聴いて数日前の老翁だと思ったモーリスは振り返って驚く。立っていたのは一目で高位とわかる服装の司教であった。よく見ればやはり老翁である。
「驚かしてすまない。あの日は一人の神の信徒として絵を拝謁したく、着替えて紛れていたのだよ。実はお願いしたい事があるのだが――」
 司教はモーリスに詳しく説明をするのだった。

「ローズ! ローズはどこに!」
 宿に戻ったモーリスはローズを探した。
「あ、ローズ! 小さい絵だけど注文があったんだ。ちゃんとボクにだよ」
 モーリスの言葉にローズは目を丸くして驚き、抱きついた。冒険者達も周囲にいたが、お構いなしである。
 冒険者達は二人の抱擁の後でお祝いの言葉をかけるのだった。

●再びパリへ
「待って下さい〜」
 モーリスとローズがこれから出航しようとしている帆船に駆け寄った。
 ギリギリの時間で二人は無事に帰りの船へと乗り込んだ。八日目の午前だけの短い時間だが、二人でクリスと玄間が教えてくれた観光名所を回ってきたのだ。
「幅広い経験は、絵を描く時にもきっと力となってくれるのだ」
 玄間は二人を心配していたので安堵のため息をつく。
「これを持つ恋人達は幸せになるそうなのだ。身近な人達には、出来たら幸せになって欲しい物なのだ」
 玄間はモーリスを呼んで『スターサンドボトル』を譲った。そしてローズに贈る事を薦める。ほんの一瞬だけ顔にかげりを浮かべた玄間であった。
 本多が注文したワインは仲間にも分けられる。貴腐ワインのようだ。
 一晩が過ぎ去り、九日目の夕方に帆船はパリの船着き場に寄港した。
「ルーアンはどうでした☆ 楽しかったですか?」
 クリスはモーリスとローズに訊ねた。
「モーリスの画家の道が見えましたし、とてもよかったです」
 ローズの返事にモーリスが照れる。
「観光は駆け足だったですけど、その前の模写の時間もお二人は一緒だったですし‥‥。もう熱々でルーアンには一足早く真夏が来たかと思ったぐらいです♪」
「もう、クリスさんってば」
 ローズがモーリスの背中に隠れた。
「あ〜あ。ご馳走さまなのです☆」
 クリスが笑い、仲間も、モーリスとローズも笑った。
 本多とアレックスはワインを手に満足そうである。天津風は依頼のメインであった梱包と輸送がうまくいって心すっきりとしていた。
 モーリスがどのような絵を描くのかはわからないが、これからを楽しみにする冒険者達であった。