●リプレイ本文
●会議
二日目の夜が訪れる。
冒険者達は簡易に作られた小屋を割り当てられて相談を行っていた。
それぞれに意見があり、統一した内容が必要だったからである。
ランタンの灯りが小屋内を照らす。一人一人が自分の作戦を口にした。方法は違っていても、大まかな内容は三つに分けられる。
一つ目が、敵の目を引く誘導とかく乱。
二つ目が、石壁への潜入して工作。
三つ目が、実際に壁壁への突破である。
それらとは別にエリファス・ブロリア領内の一般人をうまく脱出させる為の事前誘導も必要である。
全員の意見を行動に移す時間はない。
相談の上で一つ目の誘導とかく乱はディグニス・ヘリオドール(eb0828)の案とシャルウィード・ハミルトン(eb5413)の案で決定する。
二個所に分かれて石壁の敵兵と対峙する形だ。攻め入れればそれでよし。そうでなくても潜入班の誘導が出来る二段構えだ。
ディグニスとシャルウィードがそれぞれに兵を借りて指揮を執ることになる。
二つ目の潜入工作はテッド・クラウス(ea8988)の案で決定だ。
誘導とかく乱がされている間に石壁へと潜入し、隙をつくる。
敵の攻撃が弱まれば、本隊がエリファス領に侵攻出来るはずだ。三つ目の突破は、当初からの決定事項であるが、ラルフ黒分隊長に任せる事になる。
そして領民の事前誘導はフランシア・ド・フルール(ea3047)と乱雪華(eb5818)の役目だ。
他の者の案でも、よいものがあれば作戦に採用されるはずである。
「ラルフ分隊長がデビルに攻撃される危険も無くなったわけではない。その点も重々注意だな」
李風龍(ea5808)は本隊に入り、ラルフ黒分隊長の警護を兼ねて戦いに挑む所存であった。
戦いは避けねばならないが、もし避けられないのであれば被害を最小限にしなくてはならない。そう考える李はラルフ黒分隊長の側でその手腕を見極めるつもりだった。
●準備
四日目の朝になる。石壁上の敵兵とラルフ黒分隊長率いる混合部隊のにらみ合いは続いていた。
「門付近にはラルフ黒分隊長率いる本隊に待機してもらう。我々は別働隊として門の左右に配置される。エフォール副長に選ばれた精鋭であるおぬし達なら心配はないだろう」
ディグニスは兵を借りて作戦を説明する。そして事前の準備を行わせた。
「やる事は単純。突撃を繰り返して相手前線に穴を開けれるだけのズレを作る。大きな隙を作る必要は無い。後ろに控えてる頼れる味方の実力を考えればな」
シャルウィードも同じく、兵を借りて作戦を説明する。石壁の状態を教えてもらい、どの場所を狙うかの検討が行われる。
「うまくいかなければ矢に射抜かれ石に潰され生還の可能性はきわめて低い作戦です」
テッドも借りた兵に潜入の作戦を細かく説明した。黒分隊が持っていた石壁内部の資料が役に立つ。もっとも古い資料なので必ずしも今も同じとは言い難い。
「この戦いが世俗の争いでなく神敵への鉄槌と明らかにしなければなりません。領民に伝えねばならぬが使命」
「空飛ぶ木臼により、往復します。仲間より借りられたベゾムが二本ありますのでこれも活用するつもりてす」
フランシアと乱は機会を待った。敵兵も空への監視は行っているだろう。平時ならともかく非常時である。空を飛べるというだけで、簡単には潜入出来ないはずだ。自分達以外にも何名かの味方兵も連れてゆくつもりであった。
「デビルが現れた場合、どうするつもりなんだ? 全員が魔力を帯びた武器を持っているわけではないと思うが」
李はエフォール副長と共にラルフ黒分隊長の側にいた。もちろん許可を取り、他の冒険者達と黒分隊を繋ぐ役目も果たすつもりである。
「その通りだな。黒分隊隊員は装備させているがヴェルナー領内の兵士はそうはなっていない。しかしそれぞれをまとめる役目の者は装備させてある。実力からいってもまず平気のはずだ」
ラルフ黒分隊長は李に説明する。そして時折届く情報を分析してゆく。
冒険者達に薬類が配布される。必要ならばさらに分ける用意があると黒分隊隊員が言い残していった。
フランシアはラルフ黒分隊長の許可を得て、一人石壁に近づいた。
足下で土埃が舞う。敵兵が放った一本の矢が地面へと刺さったのだ。
つい先程、ラルフ黒分隊長に頼んだ書状がルーアン大聖堂から届いたのである。
フランシアは十字架を掲げて書状を読み上げた。
本来はジーザス教白の聖職者が読むのが筋である。しかしそのような者はこの戦場にはおらず、それに書状を強く望んだのがフランシアであった。
フランシアはホーリーフィールドも張らずに、捨て身で挑んでいた。身をかばっていてはどんな説得でも通用する訳がないという信念からだ。
書状は領主エリファス・ブロリアをデビルとの関係において断罪する内容であった。
そして領主に与すれば共に地獄へ落ちると宣言する。少しでも事情を知らない兵士や傭兵の動揺や投降を誘えればいいとフランシアは考えていた。
長くフランシアの言葉は続くが、最初に放たれた一本の矢以外に攻撃はなかった。
●猛攻
五日目になってもにらみ合いは続く。
だがすでにラルフ黒分隊長率いる混合部隊側は作戦の行動を開始していた。
昨晩のうちに部隊をある程度移動させてある。相手に悟られないよう直前に動かすつもりだが準備は整っていた。
作戦開始は夕暮れ時から始まる。潜入が始まるのは太陽が沈む瞬間を狙ってだ。
この時間に関してはテッドの案が採用された。
時は刻まれ、世界は赤く染まる。地平線に太陽触れていた。
ラルフ黒分隊長率いる本隊の笛の音が響き渡り、作戦が開始された。
互いに大量の矢が飛び交う。大地に突き刺さり、それを盾を持った兵士達が踏みつぶしていった。
●シャルウィード部隊
「とにかく、相手の足並みを乱す。陣形が崩れればその隙を逃すお前らの上官じゃねぇ、そうだろ!」
シャルウィードは味方兵に檄を飛ばす。
敵兵は石壁の上だけではなかった。石壁の根本部分にもかなりの敵兵は存在する。シャルウィードが率いる兵達が対峙する敵である。
石壁上にいる敵弓兵の矢の間隔を見計らい、突き進む。
門は離れた位置にあり、敵兵も今は背水の陣のような状況だ。死にものぐるいで抵抗するのはわかっていたが、敵が判断を誤れば離れた門を開ける可能性がある。
シャルウィードの狙いの一つには門周辺の敵兵数を分散させるのも含まれていた。
後方からの味方弓兵の援護もあり、ついに敵と刃を交えた。
赤く染まる世界に火花が飛び散る。
「カゲ! マオ! 遅れるなよ!」
シャルウィードも自ら先陣を切り、敵兵と対峙した。
カゲとは犬。マオとは虎である。二匹とも勇敢に敵兵を攻撃する。
戦場では混戦になるので、どんな優れた者であっても背中を狙われてやられる可能性が高い。そこでシャルウィードはカゲとマオとで互いの死角をなくすように戦う。
いきなり敵兵が移動する。
シャルウィードが見上げると巨石が今、石壁上から落とされそうとしていた。
「散開しろ!」
シャルウィードは叫ぶ。カゲ、マオはオーラテレパスを使うまでもなく、シャルウィードの動きに合わせて移動した。
直径三メートルはある巨石が石壁下部の広がる裾のせいで勢いをつけ、水平に飛んでくる。
巨石による最初の攻撃で味方に被害はなかったが、これからはどうなるかわからない。しかし退く訳にはいかなかった。
「粘れ、踏み出せ、喰らいつけ!」
シャルウィードは可能な限り、戦線を維持するつもりでいた。後ろに控える頼れる味方を信じて。
●ディグニス部隊
門を正面にしてディグニスが指揮した部隊は左右から攻撃を開始する。
門の部分は敵もかなりの兵力を割いていた。
巨石が高い石壁の上から落とされ、根本部分の裾が広がっているせいで勢いがつく。
どんな盾を持っていようが、正面から飛んでくれば防げるはずがない。それはディグニスも同じ事である。
味方弓兵は巨石を落とそうとする敵兵に集中して攻撃する。最初のストックがなくなったようで、巨石が落ちてこなくなるが油断は出来ない。
ディグニスはもし自分が敵兵なら石壁に貼りついた時用に『とっておき』を残しておくと考えたからだ。
ディグニスはペルクナスの鎚で門を守る敵兵と戦う。味方の前線が侵攻し、魔法部隊の射程に入る。それは同時に敵兵が操る魔法の射程に入った事も意味していた。
敵もこの為に温存していたのだろう。夕焼け空に炎や雷、氷など、様々な属性の魔法が散開する。
敵も混戦状態で地上で戦う者達を魔法で狙う訳にはいかないようだ。
ラルフ黒分隊長率いる本隊も一気に前進していた。
「あれは‥‥」
ディグニスはまだわずかに明るい空にコウモリの群れを見つける。しかしそれはコウモリではない。グレムリンの群れが本隊に向けて攻撃を始めたのだ。
ディグニスは敵兵と戦いながら、心の中でラルフ黒分隊長に任すと呟く。仲間の李にもデビルの部隊を任せた。
巨石だけでなく、熱湯が石壁から降り注ぐ。
「退くな! 負傷者は衛生兵に任せるがよい!」
ディグニスは叫んだ。
阿鼻叫喚の中、門突破を賭けた戦いは続いていた。
●乱、フランシア避難誘導部隊
戦闘が開始され、ちょうど太陽が落ちる時に乱とフランシアが率いる避難誘導部隊の潜入が開始された。
乱が所有するババ・ヤガーの空飛ぶ木臼にフランシアも乗り、目がまだ慣れていない敵兵の上空を飛ぶ。ディグニスから借りたベゾム一本につき三名が乗り、計8名がエリファス領内の潜入に成功した。
「折ったら弁償といわれてたから、何もなくてよかった」
乱はディグニスから味方兵用のベゾムを借りたときにいわれた言葉を思いだしていた。
「ここからが肝心」
フランシアの言葉に乱は強く頷いた。
乱とフランシアはここで分かれる。それぞれに三名の護衛をつけて行動を開始した。
フランシアは以前、このエリファス領に足を踏み入れていた。
その時に白教会の司祭に世話になった事がある。
領民の説得の為に誼を得た司祭を訪ねた。
司祭は驚いていたが招き入れて話しを聞いてくれる。
「書状をお読みになって頂きたく存じ上げます。エリファス領主が背教者たる証拠であります」
書状はヴェルナー領の領主でもあるラルフ黒分隊長が急いで手配してくれたルーアン大聖堂を治める司教からの書状であった。
領主であるエリファス・ブロリアをデビルに加担する背教者として断罪する内容である。
司祭はしばし目を瞑り考えていたが、助祭達を呼び集めた。付近の領民をすべて教会に集める事を助祭に命じたのである。
フランシアは教会を戦いの場にしない事を約束する。そして教会を後にし、フェアリーのヨハネスに門近くで戦っているはずの李に手紙を託した。李ならばヨハネスも顔を覚えているはずだからだ。
ヨハネスは臆病なので、果たして戦闘中かも知れない本隊にいる李に届くか不安であったが、一刻も早く知らせた方がいいのは明白だ。念の為、護衛をしてくれた一人にも教会を攻撃しないように言伝をして本隊に向かわせた。
フランシアは領民を教会へ移動させる避難誘導をするつもりでいた。
乱は教会を説得するというフランシアの言葉を信じ、さっそく領民の説得を開始していた。
ヴェルナー領主でもあるラルフ黒分隊長の署名入りの書状を見せながら地域の長から説得した。さすがに領民も現在戦争状態にあるのは知っていた。
そうであるのに関わらず、領民を放りだしてエリファス城は閉じられてしまった。今までは良き領主と思っていた領民だが、この事態に不満を募らせていたのだ。
「このままでは危ないのです。早くに脱出を――」
説得は比較的順調に進む。
フランシアが向かった教会から助祭もやって来て完全に話しがまとまる。
乱は教会までの避難経路を護衛の三人と一緒に先行して確認する。エリファス領兵士の多くは石壁付近か城内部に限られているようだが、油断は出来なかった。
「少し待って」
乱は身を潜めてスタンアタックで敵衛兵を気絶させる。
「これでいい」
乱は両手を叩いて汚れを払う。衛兵を縛って納屋などに放り込んでおく。
教会までの道のりで、計8人の見回り衛兵を発見して乱は全員を気絶させた。護衛を領民の所に戻らせて、教会まで向かわせる。
乱が作り上げた安全経路を使って領民は教会へと集まってゆく。
いくら狭い領地だとはいえ、領民はかなりの人数にのぼる。全員が建物に入れるわけではないが、広い庭があったおかげでだいたいが一所に収まった。
「障害となる敵兵士は排除しました」
乱とフランシアは再会して、石壁の方角を見つめるのだった。
●テッド潜入部隊
テッドが指揮する潜入部隊は黒い服装をして目立ちにくくしていた。
ちょうど太陽が落ちる時に昼間から点けていたたくさんのかがり火を消してもらう。これで石壁上の敵兵の目はほんのしばらくだが、正確に捉えられないはずである。乱とフランシアの避難誘導部隊もこれでエリファス領内に潜入しやすくなったであろう。
戦闘はすでに始まっていた。
潜入部隊は闇に乗じて手薄な石壁部分に近寄る。
身軽な隠密を得意とする味方が石壁を登ってゆく。当初は門を狙うつもりのテッドであったが、それは現在、本隊の戦場である。
その他にはエリファス領へと繋がる門は存在しない。その意味ではよく考えられた構造である。
テッドが最終的に選んだ石壁は、見張り台の位置が他の場所より低い所であった。地上から約5メートルの場所に見張り台がある。
最初に登った二人が、周囲の見張りを倒してロープを垂らした。テッドを含む潜入部隊の者が見張り台まで登った。
石壁内を一気に進む。等間隔の窓に弓兵が配置されていたので、それらを倒しながら進んでも何も問題はない。背後にはまったく無防備で直前まで近づくまで気づかれなかった。外からの怒号が反響して音が聴きにくいのも幸いする。
大きな滑車に太い鎖が使われた装置を見かけて、テッドは門まで来たかと一瞬勘違いをする。
装置の正体は巨石を持ち上げる仕掛けであった。武装していない労働者が動かしており、テッドは殺さない事を最初に味方兵へ命じてから装置を狙った。
労働者は大した抵抗はしなかったので、すんなりと装置の破壊が行われる。
テッドは指揮しながら狂化だけは気をつけていた。常に心を落ち着けるように心がける。
門付近にたどり着き、テッドは物影から確認する。巨大な門は滑車で吊り上げられていた。
さすがに敵兵がたくさん待機していたが、テッド率いる潜入部隊は一気に攻め入る。
激しい攻防の中、一人の味方兵が鎚で鎖を切り落とした。
勢いよく門が開け放たれ、激しい音と埃が舞う。
味方のラルフ黒分隊長率いる本隊がエリファス領内へとなだれ込んでゆく。
テッド率いる潜入部隊は本隊と合流するのだった。
●本隊の李
夕暮れ時、シャルウィード部隊とディグニス部隊の戦闘が始まる中、本隊は待機していた。ある程度敵兵の状況がわからなければ動くに動けないからだ。テッドが率いる潜入部隊のタイミングもある。
李は開いた左手を右の拳で叩く。
馬上ではラルフ黒分隊長がじっと待っていた。
「前進」
エフォール副長の声が響き、わずかに本隊が前進する。
もちろん本隊は何もしていない訳ではない。弓兵はサポートを受けながら三列になって矢を放っていた。
ヴェルナー領の弓兵はよく訓練されていて、かなりの遠距離まで矢を正確に届かせていた。本当なら高い位置の敵弓兵が有利だが、それを感じさせない程だ。
李は状況を確認しながらも少し焦る。仲間が動いているというのに、ただ待つだけの自分に。
「気持ちはわかる。だが、今は待たなくてはならない」
ラルフ黒分隊長に声をかけられて、李は肩の力を抜く。
前進はわずかに進み、ついに魔法部隊の射程に入った。
赤一色だった空が様々に輝くが、その威力はすさまじいものであった。もちろん魔法による防御や回復も同時に行われていたが、だからといって被害がない訳ではない。
しかし、徐々にラルフ黒分隊長率いる本隊が有利になってゆく。普段から鍛錬された魔法部隊は敵のそれと比較にならない程強力であったようだ。
完全に太陽が落ちて、夜の闇が訪れる。
その時であった。まだわずかに明るい空に李にとって見慣れた黒い翼が舞う。
今まで見たことがない数のグレムリンである。一気に近づかれて魔法を使う間もなく乱戦へと突入した。
李は視力の良さからかなり遠方からグレムリンを確認していた。ヘキサグラム・タリスマンを発動準備済みである。
民衆を守る時のみに使うつもりだったが、嫌な予感が李にはあった。発動まで残り三分の所で本隊とグレムリンの戦いが始まっていたが、今回はじっと待ち続ける。
敵弓兵や敵魔法使いも仲間がいるせいか、遠隔攻撃が止まる。地上付近での激しい戦いが続く。
「来い!」
ヘキサグラム・タリスマン発動と同時に、李は頭上を過ぎようとしたグレムリンに向かって大錫杖を突き立てる。ぐるっと回して勢いをつけ、向かってきたグレムリンにカウンターアタックを仕掛けた。
愛犬の疾風にグットラックをかけて加勢してもらう。李は常にラルフ黒分隊長を目の端に置いて戦い続ける。
もっとも、信頼厚いエフォール副長もラルフ黒分隊長の側にいる。守るといっても一方向に注意しておけばいいようだ。
「やはり、来たのか!」
李は叫ぶ。
嫌な予感の正体が現れる。空から地上に降りてきたのはヘルホースに跨る悪魔の騎士アビゴールであった。
羽ばたくグレムリンに囲まれながらアビゴールがラルフ黒分隊長に戦いを挑む。
ラルフ黒分隊長を中央にして、右にエフォール副長、左に李である。
李も後方に控えさせていた大風皇に跨った。代わりに愛犬の疾風は下がらせる。
「久しぶりぞ」
「久しぶりもなにもない。退け!」
アビゴールとラルフ黒分隊長が刃を交えた。
「アビゴール、何しに来た!」
李はグレムリンを叩き落とす。しかしすぐに代わりのグレムリンがアビゴールとの間に立ちふさがる。
「聞きたいのなら、我を倒して聞くがよい」
アビゴールが高笑いをし、李は怒りが沸き上がる。一気にグレムリンを倒しラルフ黒分隊長に加勢した。
李の放った大錫杖がアビゴールの身体に突き立てられる。逆に攻撃も食らう李であったが、ラルフ黒分隊長、そしてエフォール副長の三人の攻撃はアビゴールに通用していた。
ヘキサグラム・タリスマンの効果もあった。
アビゴールを守ろうとさらにたくさんのグレムリンが群がる。
混戦が深まる中、状況を変化させるきっかけが起こる。
強固な門が開いたのだった。
潜入したテッドの部隊のお手柄である。
「まったく不甲斐ないばかり。また会おうぞ」
グレムリンがコウモリの大群のようにアビゴールとヘルホースを覆い隠す。通り過ぎた後にはいなくなっていた。グレムリンも退散し、デビルの姿は一切なくなる。
本隊にまず左右で展開するディグニス部隊が合流し、さらに少し離れた場所からシャルウィード部隊も合流する。
そのまま一気に門を潜り、エリファス・ブロリア領への進入に成功した。
門の内部で待っていたのはティラン騎士団であった。黒分隊の精鋭を先頭にして騎馬同士の戦いが始まる。
テッドの潜入部隊も合流した。
ラルフ黒分隊長との約束通り、冒険者達は領民の避難の為に別行動を起こす。借りていた兵のほとんどは本隊に任せ、6人だけ借りてエリファス領内を移動ずる。
「フランシア殿のフェアリーだな」
李の前に現れたのはフェアリーのヨハネスであった。フランシアから預かった手紙を李に渡した。
「教会に領民を集めるのに成功したそうだ」
李は仲間に手紙の内容を知らせる。
「俺はこの手紙をラルフ黒分隊長に届ける。教会からの領民の脱出は頼んだ」
李は再び本隊へと戻ってゆく。残るテッド、シャルウィード、ディグニスは兵6人とフェアリーを連れて教会を目指した。
月明かりにフェアリーの金色の翼が反射し、道しるべとなる。
教会でフランシアと乱と合流し、テッドが戦況を話す。ティラン騎士団との戦いが終われば、本隊はエリファス城を目指すはずだと。
馬や荷車、馬車などには子供や年寄りを乗せて、ヴェルナー領への脱出が始まった。
何事もなく石壁周辺にたどり着く。あれだけ見かけた兵士はいなくなっていた。
逃げたのか、エリファス城まで退いたのかわからないが、数時間前との落差に冒険者達は驚いた。
門から入った場所で行われていた本隊とティラン騎士団の戦いも終わっていた。門の守護を任された味方兵がいるだけである。
領民は門を潜り、次々とヴェルナー領へと脱出した。
ヴェルナー領の兵士からなる衛生兵の部隊によってエリファス領民は保護される。順次馬車を使ってどこかの村に運んでくれるそうだ。
「まったく‥ヒト使い荒いぜ。お膳立てはしたんだ。きっちり決着つけろよ」
シャルウィードはヴェルナー領に踏み入れると門を振り返る。
戦いが収まれば、再び領民は元の土地に戻る事が出来る。ただし、領主の名前は変わっているはずだ。
深夜の零時をまわる頃、闇夜に赤く染まる一角があった。
領民によれば、それはエリファス領の城がある方角たという。
エリファス城の陥落である。
●戦いの終わり
長い五日目も終わり、六日目の朝が訪れた。
一人、本隊に残った李の口からエリファス城が落とされた時の状況が仲間に伝えられる。
領主エリファス・ブロリアは捕らえられた。ルーアンに運ばれて、王宮からの沙汰が下されるはずだ。
ただ、側近であったアロイスが行方不明。ティラン騎士団の一部が逃亡。
城内部にはティラン騎士団の住処だけでなく、悪魔崇拝のラヴェリテ教団の痕跡もあったが、誰一人として残っていなかった。デビルの根城は城ではなく、エリファス領内のどこかであったようだ。
六日目のほとんどは生き残った者の治療に費やされる。
冒険者達は一足早く馬車でルーアンまで運ばれた。ラルフ・ヴェルナーの城で休息を得る。
「こんなもんで、分隊長への貸しは返せた‥‥かな?」
仲間同士で食事をしながらシャルウィードはウトウトと眠たそうにしていた。余程疲れたようだ。
シャルウィードだけでなく誰もが疲れていた。心も身体も。
そして翌日の七日目に帆船でセーヌ川を上り、八日目のお昼頃にパリへ到着した。
ラルフ黒分隊長、エフォール副長を含む大半の黒分隊精鋭も一緒にパリへと戻っていた。パリに焦臭い噂があるというので、エリファス領の始末はヴェルナー領の部下に任せて、とんぼ返りなのだそうだ。
「残った薬品類はもらってくれ。それとわずかだがこれを受け取って欲しい」
ラルフ黒分隊長は小袋に入ったコインを冒険者全員に渡した。
「理由はどうであれ、戦いがあれば土地は荒廃する。早くに調査を終わらせて、戻る領民の手助けをしたいと考えている。知恵と力を貸して頂き、どのような感謝をしたらいいのかさえ思いつかない。とにかく、助かった。ありがとう」
ラルフ黒分隊長は馬を降りて冒険者達にお礼をいった。そしてエフォール副長と共に王宮の方角へと消えてゆくのだった。