●リプレイ本文
●悪
「てめぇら何やってんだ!」
広々とした家屋内で怒鳴り声が響いた。
酒を浴びるように呑み、テーブルや椅子をけ飛ばす。さらに部下のみぞおちを殴りつけた。
暴れている男の名はダン。2メートルの身長がある筋肉質の男だ。
ここは歓楽の村近くの林に建てられた隠れ家である。ダンが暴れたのは馴染みの酒場がよそ者に荒らされた事ともう一つあった。
自分を追ってきたレイスがまた現れたらしいのだ。
「マテューの奴、しつけーや」
ダンは吐き捨てるように呟く。
一年前にも別の場所でダンはレイスのマテューに襲われた。倒したと思っていたが、しぶとくこの世にいるようだ。
「お酒の方、お持ちしました」
出入り口の方から声が聞こえ、部下が咳をしながら応対に出る。歓楽の村にある酒場の主人が酒樽を持ってきたのだ。
「チッ」
ダンはもう一人いた部下をけ飛ばした。
●ツィーネの心
一日目の夜、冒険者達は歓楽の村から離れた場所で野営を行っていた。ジャンヌのおかげで荷物が馬に分配されて順調に来られたのが幸いする。
「今回も女性が多くていいな。華が多いのはいいことだな、と」
ヤード・ロック(eb0339)はたき火近くで寝ころび、星を観ながら呟いた。
ヤードとは別の理由で空ばかりを観ている者もいる。今回は依頼主でもあるツィーネであった。
ツィーネはレイスになってしまったマテューが夜空を横切りはしないか、気になって仕方なかったのだ。
ダンの隠れ家はすぐ近くのはずだが、リンカ・ティニーブルー(ec1850)の偵察によると、かなり厳重な警戒態勢が引かれているそうだ。夜間の見知らぬ土地に踏み入れれば、発見されてしまうに違いない。明日の昼間に確認してから監視を行おうという話に落ち着いていた。
「明日、太陽が昇れば、ダンの居場所を調べてあげましょう」
本多風華(eb1790)はサンワードのスクロールを手にしていた。金貨などを媒介にして太陽に訊ねる事ができるそうだ。
「これでいいな」
エイジ・シドリ(eb1875)は加工の作業を行っていた。簡易縄ひょうを作ったり、銀のネックレスをバラしたりしている。腕を組んでこれからどうしようか悩んでいるようだ。
エイジは前回の依頼者アニーとパリ出発前に偶然会う。ツィーネの依頼に行くと答えると、アニーは援助をしてくれた。エイジは思うところがあり、ドレスを購入した。
「もし何かあれば、わたしでよければ話してください。それだけでも心が軽くなるものです」
ユキカ・ノイ(ec3059)はツィーネの前で遅い食事をしていた。
「チーズを見ると‥‥テオカを思いだす。どうしてるのかなとか――」
ユキカが食べる保存食の中にチーズが入っていて、ツィーネが呟いた。それからマテューの弟テオカの話をツィーネは続けた。とりとめもない内容だったが、ツィーネにとってテオカも大事な人だというのがよくわかる。
「万が一、彼を止めるのに武を持って止めざるを得なくなったなら、これを止めに使って欲しい。死者を浄化し、昇天させられるそうだ。めいさんも、それを望んで私に託してくれたのだから‥な」
リンカがツィーネに『清らかな聖水』を渡す。
ツィーネがお礼をいうと、リンカはテントの中に入る。ツィーネの手元には自分が持ってきたのを含めて四本の清らかな聖水があった。
クラウ・レイウイング(eb1023)、ブリジット・ラ・フォンテーヌ(ec2838)もツィーネを心配して清らかな聖水をくれたのである。
「ツィーネ‥無理しなくていいよ?」
リスティア・バルテス(ec1713)も清らかな聖水を持っていたが、ツィーネへ渡さずに自分で持っていた。辛いならわたしが止めをしてあげると。
「最近、泣いてばかりだ」
ツィーネはたき火から離れる。清らかな聖水だけでなく、心配してくれる仲間がいて感傷的になったツィーネであった。
●居場所
「今回は確かなようだ」
二日目の朝、クラウが前回手に入れた地図にダウジングペンデュラムを垂らしていた。ダンの隠れ家とされる場所をはっきりと指している。
「その通りです」
本多が行ったサンワードも結果を補足する。まず間違いなくダンは隠れ家にいた。
「改め挨拶させてもらいます。聖なる母の神聖騎士ブリジット・ラ・フォンテーヌです」
ここまでブリジットは清らかな聖水を渡しただけで、ツィーネとちゃんと話す機会が得られなかったのだ。ツィーネも改めて挨拶をする。今回はとても世話になると。
「彷徨える魂を安らかな眠りにつかせてあげたい‥そう思っています」
ブリジットは依頼書になかった事情も他の仲間から聞いていた。ツィーネは「お願いします」と重い声でお願いする。
林の外に馬などを繋げる。ヤードが留守番を引き受けるというので、他の仲間は林の中に入ってゆく。
「昨晩のテントじゃエイジとだったしなっと。どうせなら男とではなく女性と二人っきりがよかったんだがね」
ヤードは草むらに転がって青空を見上げた。
林に入った一行はリンカとエイジを先頭にして奥に進んだ。
見張りを見つけてはやり過ごしたり、遠回りして、探ってゆく。
「あれが隠れ家だな」
リンカが指さした先には丸太で作られた家屋があった。見張りの多さからいっても間違いなさそうだ。クラウと本多が出したダンがいる場所の結果も同じである。
一行は一旦退いて、監視しやすい場所を探した。少し離れているが高台がある。馬を連れてきても、見張りに知られる事はなさそうだ。
何名かの仲間がヤードと馬を高台まで連れてきた。
ダンがいるなら歓楽の村で調べる必要もないようだ。面が割れている者もいるので、近寄らない方がよさそうである。
出来るだけ視力のよいリンカかエイジが監視し、仲間が補助する作戦が採られた。
「あれはもしかしてあの時の酒場の主人か?」
クラウが馬に牽かせる荷車が通り過ぎるのを見つけてリンカに訊ねた。リンカも覚えていた。荷車に乗っていたのは酒場の主人である。
前の依頼の時、ダンの事を訊ねたが、逆に密告されそうになったのでしばらく監視した人物であった。
荷車には大きな樽が二つ載せられていた。酒樽のようだ。大方、従業員が嫌がり、主人自ら運ぶのだろう。それぐらいダンは評判の悪い男である。
それから交代で見張りが実行された。しかし何事もなく、三日目の朝が訪れるのだった。
●急変
三日目がもうすぐ暮れようとしていた。
いつレイスのマテューが現れるのか、果たして本当に現れるのかさえ不明な状況に冒険者達の精神は疲労する。特にツィーネの焦燥は激しかった。
「見張りの様子がおかしい」
リンカが仲間に伝える。見張りの誰もが屈み込んでいた。
そこに昨日と同じく馬に牽かせる荷車が隠れ家に向かっていた。酒場の主人が乗っている。
毒草知識のあるヤード、エイジ、リンカは思い当たる節がある。見張りの様子がおかしいのは、何らかの毒がもられた可能性が高い。
「毒で苦しんでいるんだなっと。だとすれば、誰が飲ませたのかだが‥‥」
ヤードはめずらしく真面目な顔で考える。
「そうだ。もしかして」
リスティアはすでに仲間へレイスの特徴を教えてあったが、改めて説明をする。レイスは必ずしも空中を漂って現れるとは限らない。死体や人間に憑依して行動も出来るのだ。
「ああいう者達はどんな場合でも酒を欠かしません。毒を飲ませるとするなら酒に入れるのがもっとも楽な方法です。酒に毒をもり、そして隠れ家に近づける人物で有力なのは、今日まで監視した上では一人しかいません」
ブリジットが隠れ家に近づいてゆく荷車を見つめた。
「あの酒場の主人にレイスのマテューが憑りついているのでしょう!」
本多は扇子で指す。この場にいる全員が同じ考えであった。
一行は急いで隠れ家に向かった。途中、見張りはほとんど倒れていて、石ころみたいなものだ。
一行が隠れ家に着いた時にはすでに酒場の主人の姿はなかった。冒険者達は急いで魔法などの事前の準備をして突入する。
隠れ家の広間ではダンと酒場の主人が剣を手に戦っていた。ダンは異常な汗をかいていて、体調が悪そうだ。
「マテューなのか!」
酒場の主人を見つけるなり、ツィーネは叫んだ。酒場の主人が振り向いて隙をつくってしまう。ダンはそれを見逃さなかった。
ダンが大きく剣を振りかぶり、酒場の主人が斬られる。次の瞬間、レイスのマテューが酒場の主人から飛びだした。
「ツィーネ‥、邪魔を‥‥するなといった‥はず」
レイスのマテューは青白く空中に漂いながら、ツィーネに話しかけた。
ダンが使っていたのは魔剣であったのだろう。レイスのマテューもかなりダメージを受けているようだ。
「もうやめなさい‥貴方はもう休んで良いの! 誰も憎まなくていい! 後は‥貴方の無念は私達が晴らしてあげるから!」
リスティアは叫んだ。
ダンは奥の部屋へと逃げてゆく。
「これ以上馬鹿な真似は止めて!」
ツィーネは腰につけた魔剣を抜いた。冒険者達も身構える。
「闘う‥というのか? わたしと‥‥」
レイスのマテューがツィーネが対峙している時、突然に白く輝く。マテューは痛みで叫んだ。
冒険者達が隣りの部屋を覗くと、ダンが誰かの首に剣を当てて脅していた。無理矢理にホーリーを使わせたようである。
「邪悪なのはどちらだ!」
ブリジットはコアギュレイトでダンを足止めしようとしたが、ホーリーを使わせた者を盾にされて逃げられた。
本多、エイジ、クラウが追いかけるが、ダンは抜け道を通って隠れ家を逃げだしていた。小さく馬のかける音が外から聞こえるが、すぐに消え去った。仲間はツィーネとマテューの元に戻る。
ツィーネは魔剣を床に突き立てて屈む。レイスとなったマテューを触ろうとしたが、手はすり抜けてしまう。
屈んだせいでツィーネの胸元から折られた羊皮紙が落ちる。広がった羊皮紙には絵が描かれてあった。
テオカが描いた絵だ。
「それは‥は?」
傷ついて弱っていたマテューにツィーネは羊皮紙を広げてテオカの絵を見せた。
絵は人らしきものが描かれてある。テオカによればマテューとツィーネで、結婚式をしているそうだ。
「マテュー、もう‥やめろ」
「なぜ‥わたしが‥‥復讐してはいけないの‥だ」
「本当に死んだ後の世界があるかは知らない。だが恨みで手を汚した者が天に召されるはずはないだろう‥‥。マテューはどこに行くつもりだ? 人はいつか死ぬ。その時、わたしは地獄であっても追いかけよう。だがテオカはどうするのだ?」
マテューはしばらく無言であった。
「わたしの衝動を消し去る‥事‥‥は無理だ。今なら‥倒せるはずだ」
マテューの言葉を聞いて、ツィーネは清らかな聖水を取りだす。瞳には涙が溜まっていた。
「ちょっと待ってくれ」
エイジがツィーネを止めてドレスを手渡した。せめて綺麗な姿のツィーネをマテューに見せてあげたいとエイジは考えていたのだ。
着替えてきたツィーネは美しかった。ちょうど世間ではジューンブライドである。
悲しい瞳のリスティアにツィーネが頷く。リスティアが持っていた清らかな聖水もツィーネに渡される。
次々とかけられてゆく。痛みがあるのかも知れないがマテューは黙って受け入れていた。
そして最後の容器が空になった時、レイスのマテューは静かに消えていった。
ツィーネはその場で泣き伏した。
●歓楽の村
「てめえら、ここがどこだと思って‥‥、くそお!」
チンピラ共が逃げ回る。
四日目、冒険者達は歓楽の村の酒場でダンの息がかかった悪党共を相手に闘っていた。人身売買に使われた形跡がある倉庫も先程使えないように破壊してきたばかりだ。
「これがお似合いです!」
本多はソルフの実をかじり、魔力を補給するとスクロールのアイスブリザードを使った。狭い店内で、この魔法は強烈である。
「出来れば戦わずに終わらせたかったんだけどな、と。このままじゃ収まらない者もいるのさ」
ヤードはコンフュージョンで同士討ちをさせる。
「逃げないで、止まって!」
ユキカは店内から逃げようとしたチンピラをシャドウバインディングで足止めした。
「人の気持ちがわからぬ者に何をいっても無駄だろうが‥‥」
リンカは縄ひょうにバーニングソードを付与してチンピラを叩きつぶしてゆく。
「こっちだ。逃げるなよ」
エイジは簡易縄ひょうでチンピラを挑発する。倒すのは仲間に任して、チンピラ共が逃げださないようにしていた。
「お前達に何がわかるというのだ! 言え! ダンの逃げた場所を!」
クラウはチンピラの一人を捕まえて尋問する。かなりの人数をあたってみたが、ダンはどうやらこの村には戻っていないようであった。
●パリへ
夜になり、見張りを残して全員がテントで休んでいた。
ブリジットはまだランタンの灯りを点いているのを知って、ツィーネ一人が休んでいるテントを訪れる。
「どうかしたか?」
ツィーネは昨日とは違い、元気に振る舞っていた。それでも心配して昼間はリスティアが付き添っていたのだが。
「ツィーネさん。明日はテオカくんの為に‥彼を救う前より明るい表情と温かい気持ちになって帰らないといけません」
ブリジットの言葉にツィーネはハッとした表情になる。
「‥だから、今のうちに」
ブリジットはツィーネを抱きしめてあげる。しばらくはテントから泣き声が外にもれ続けた。
五日目の夜、一行はパリに着く。
「ダンの奴をどうにかするならまた手を貸すさ。喜んでな。面倒なことはキライだが‥‥ま、女性を泣かすような奴はもっと嫌いなんでね」
ヤードがツィーネのツィーネの手を軽く握りながら話す。
「本当の仇はまだ残っている。奴を倒してこそ全ては終わりであろう。その時は必ず手伝うぞ」
クラウはポンとツィーネの肩を叩いた。
「いいのですか? 保存食代は」
本多の分の保存食をツィーネが肩代わりしていたが、ソルフの実など高価な物を使ってくれたからと代金を受け取らなかった。
「わかった。では次は諸悪の根源の排除に当たる時に会うと致しましょう」
本多は口元に手をあてて微笑んだ。
「あたしにも‥協力させてくれないかな? 大して力にはなって上げられないかもしれないけれど、クレリックとして‥ううん。あたしリスティア・バルテス個人として許せないの」
リスティアはツィーネにコクリと大きく頷く。
「ダンを討伐するその時は声を掛けて欲しい。私も手伝うつもりだから」
リンカはいつものようにビシッと背筋を伸ばしてツィーネに話しかけた。
「元気でいて下さい」
ユキカはツィーネと握手をする。
「テオカが待っているんだろ?」
「テオカくんによろしくね」
エイジとブリジットが冒険者達ギルドで報告を終えたツィーネに手を振った。他の仲間も手を振り、ツィーネも手を振った。
ツィーネはテオカの待つ定宿へと戻ってゆくのだった。