迷子の迷子のマーメイド
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■ショートシナリオ
担当:天音
対応レベル:8〜14lv
難易度:普通
成功報酬:4 G 15 C
参加人数:7人
サポート参加人数:-人
冒険期間:05月04日〜05月09日
リプレイ公開日:2008年05月09日
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●オープニング
●海辺にて
波は穏やかに揺れている。
波間の岩に少し乗り上げては引く、その繰り返し。岩に当たって砕け散る程の荒さはない。
「‥‥‥」
海辺の崖に、男が立っていた。
崖と言っても高さ自体は三メートル程の、崖というのもおこがましいくらいの場所。岬と呼ぶのが相応しいかもしれない。
「くそっ‥‥こんなものっ!」
男はぎゅっと握り締めた拳を振り上げ、そして海へ向かって振り下ろした。同時に、拳を開く。
陽精霊の光を受けて、何か金色にキラリと輝くものが、軌跡を描いて海へと落下していった。
ポチャリ‥‥
その音は潮騒に比べるとあまりに小さくて。海はその金色の物体を、躊躇いなく飲み込んでいった。
男はそれが沈んでいった場所を暫く眺めると、くるりと海に背を向け、街へと駆けて行った。
「あの‥‥」
海よりその背に掛けられた小さな声は、潮騒と男の足音にかき消されてしまった。
●迷子の迷子の
「今日は何かいいもの見つかるかな〜♪」
メイディアの街中をふよふよ飛び行くのはシフールのチュール。彼女は「大切にされて思いがこもったもの」が好きというちょっと変わった嗜好の持ち主だ。例えそれがぼろぼろであったとしても、彼女にとっては宝物となる。
そんな彼女が今日も今日とてメイディアの街をふよふよ飛んでいたところ、ふと気になったのが薄暗い裏路地。
「(確かここは行き止まりになっていたはず〜)」
それでも何かがある気がして、薄暗いその裏路地に飛び入る彼女。彼女がだんだん奥に近づくにつれて、何か大きなものが奥に置かれているのがわかった。
「(ん〜?)」
遠目では判らない、とばかりに近づく彼女。
ごそ‥‥
すると突然「それ」が動いた。
さらり‥‥
「それ」の長い髪が音を立てて肩から滑り落ちる。
ん? 長い髪? 肩?
その光景を見たチュールは、それが漸く人間であること気がつく。蹲るようにしている長い髪の女性だ。
「ちょっと、あんた大丈夫? 気分でも悪いの?」
彼女は急いでその女性に駆け寄った。薄暗い中、顔が判別できるくらいまで近づく。するとその女性は震える手を突き出して、弱々しい声で呟いた。
「‥‥こ、こないで‥‥」
「そんなこと言ってる場合じゃないでしょ、大丈夫かって聞いてるの――ぉ?」
そこで漸くチュールは気がついた。女性の長いスカートから垣間見えているのは――魚の尾びれに似たもので。
「え、あんたって、もしかして、マーメイ――むぎゅ」
チュールの驚きの叫びは、女性の手によってしっかり押さえられた。
●それから
「で、その依頼人の女性はどこにいるんです?」
「人見知り激しいみたいだから、今はあたしの家で留守番させてる」
ここは冒険者ギルド。
とりあえず女性の脚――いや、ひれが乾くのを待って、チュールは彼女を自分の家につれていった。あんな所で蹲って泣いていた(ように見えた)からには何か事情があるだろうと思ったからだ。彼女は困っている人を放って置けないという一面も持ち合わせているからして。
「依頼内容は『金のネックレスを海に捨てた男性を探し出す事』これでいいですか?」
いつもの冴えない職員の問いに、チュールは頷く。実はまだ彼女がマーメイドであるという事は話していない。
海辺で金のネックレスを海に投げ捨てる男を見た女性が、反射的にそのネックレスを拾ったものの、男は既に立ち去った後で。けれどもそのネックレスを投げ捨てた時の男の表情が非常に思いつめたもので、とても大切な思い出を無理して捨てているように見えたもので、その女性はどうしてもそのネックレスを返したいと思い、メイディアの街を訪れた――チュールは職員にそう説明した。
大筋は間違っていない。女性がその時海の中にいたということ以外は。
女性はディアネイラと名乗った。ネックレスを返したい一心でひれを乾かして脚に変え、そして恐る恐る街へと出てきたのだという。だが男を捜すあてもなく、人に怯えながらふらふらと街を歩いているうちに、道端に放置された水桶に脚を引っ掛け、水を被ってしまったのだという。そしてあの裏路地に逃げ込み、ひれが乾くのを待っていたところ、チュールに見つかったというわけだ。
「では、その男性の特徴は?」
「えーと、金色の髪で額に赤いバンダナを巻いていて、右手首に赤いリボンを蝶結び。目の色は茶色。鎧みたいなものを着ていたらしいけれど、どんな種類のまでかはわからないって。後は帯剣してて、赤いマントをつけてたって」
「鎧に帯剣ですか‥‥冒険者か何処かの貴族の私兵ですかね? 他に特徴は?」
「これといってなし」
「‥‥‥‥‥‥‥‥」
沈黙。
「あえて言うなら右手首の赤いリボンじゃない? 後は話を聞いた感じでいうと、熱血漢というか一途なんじゃないかなぁって思ったけど」
「‥‥‥気長に探すしかなさそうですね」
確かに、これだけの情報では探し出すのは大変かもしれない。地道に情報収集をするしかないだろう。
「彼女は、もう一度顔を見れば判るはずだって言ってるから、そこは安心して」
いや、問題はそこじゃなくて。
むしろ彼女に確認してもらう前の、候補を絞る段階が大変なのであって。
●リプレイ本文
●対面
その少女は冒険者達が訪れると、身体をチュールの後ろに隠すようにして彼らを迎えた。いや、シフールのチュールの後ろに隠れられるわけがないのだが、その辺は気分の問題だろう。
「よ、宜しくお願いします‥‥」
ふよふよ浮かぶチュールの後ろから顔を出したディアネイラはどこか怯えるような様子で。
「マーメイドか。まさにファンタジーの世界だよな。こういう世界にいるんだなと今更ながら実感」
「マーメイドなんて御伽噺の登場人物だと思っていました」
実際に今は普通の少女の姿をしているが、彼女は間違いなくマーメイドだという。地球人の布津香哉(eb8378)とレラジェ・カルファー(ec4817)は、空想上の登場人物でしかなかったマーメイドという存在を目の当たりにして感嘆を隠せない。
「あう〜ディアネイラさん‥‥とっても大きいですぅ〜。他の女冒険者さんも、ほら‥‥」
と、自分の胸と彼女のそれと他の女性冒険者のそれを見比べながら嘆くのは美芳野ひなた(ea1856)。大きければ大きいなりに苦労はあると聞くけど、やっぱり大きいのは憧れだよね?
「ディアネイラさんのこの人見知りは、人魚の肉を食べると不老不死になるという言い伝えのせいでしょうか?」
「そういえばそんな言い伝えもありましたね〜。それを信じた人達がマーメイド狩りを行ったとか」
でも私達は食べたりしませんよ、と微笑み、ベアトリーセ・メーベルト(ec1201)はレインコートを差し出した。地球で作られた雨具だ。
「ディアネイラさんが人目に触れる機会は出来るだけ少なくするつもりですけれど、外に出るときにはこれを着用してくださいね。恐らく貴方は、マーメイドだとばれるのが怖いのだと私は思うのですよ」
「あ‥‥はい」
ベアトリーセの優しい言葉に、ディアネイラは小さく頷く。
「あとこれな、ゴム長靴。防水の為にこれも履いてくれな」
「お、面白そう〜」
香哉から差し出された不思議な品物に反応したのはチュール。だが履いてみたいと思ったけれどもサイズが合わない――残念。
「後はこれ、確かケータイと言うのでしたか。地球の品で、姿を写し取る事が出来るのだそうです。使い方は――香哉さん、お願いします」
いくつか携帯電話を取り出したルイス・マリスカル(ea3063)は、それを配りながら香哉にヘルプを求める。持ってはいるもののこの手の品物は操作がいまいち難しい。
「ほいほい、じゃあチュールちゃんとディアネイラさん、こっち向いて」
カシャ
「ほら」
ケータイとやらが奇怪な音を発したかと思うと、次に香哉から見せられた画面には衝撃の映像が映っていた。
「ええー!? あたしとディアネイラさんがこんなちっちゃい箱の中にいるよ!?」
「まぁ‥‥」
「あれ、でもあたしはここにいるし、うーん?」
ふよふよと携帯電話の周りを飛び回るチュール。香哉はその様子に苦笑しつつも、これは姿を写し取る事の出来る道具なのだと説明をした。ついでに他の冒険者達にも操作方法を教える。それらしい人物を見つけたらこれに映像を納めて持ち帰り、ディアネイラに見てもらうという作戦だ。これならばディアネイラをつれまわして危険を冒すこともない。
「では、出かけようか」
「出来る限りの事はさせてもらいます」
スレイン・イルーザ(eb7880)とアルトリア・ペンドラゴン(ec4205)も気合をいれ、そして冒険者一同はチュールの家を後にする。
その後姿をディアネイラは祈るようにしながら見つめていた。
●私兵か?
「装備からして身分は限られそうですし、金の装飾品ですからそれなりの稼ぎがある人だと思います」
「冒険者か私兵が妥当でしょうか」
街を歩くベアトリーセとアルトリアは道行く男性の手首に注目しながら歩いていた。
右手首に赤いリボン、男性がしているとなると余計に気になる。
「何か願掛けの類でしょうかね?」
「とりあえずまずはあそこの人に聞いてみましょう」
貴族の私兵と呼べる人物がこのメイディアにどれくらいいるだろうか。とりあえず二人は貴族街で目に付いた私兵に声を掛けてみることにした。
●お祭りの名残か?
「以前リンデンって所で行われた祭りで、男が右手首にリボンを結ぶイベントがあったんだ」
「じゃあそのお祭りに参加していた可能性も高いですね。でもえ〜と、赤いリボンでアクセサリを投げ捨てたんですよね? はわわ、それってやっぱり‥‥」
記憶を手繰り寄せた香哉から祭りの趣旨や細かい様子を聞いたひなたは、己の心に浮かんだ推測が悲しいものであったものだから、思わず口を塞ぐ。
「多分失恋か自分に踏ん切りをつけてんだろうな。もうそういったことから、それを届けようってことはその人にとってはちょっと迷惑な話かも‥‥」
皆まで言った香哉に、ルイスも軽く溜息をついて同感を示した。
「人は過去を思い出に変え、先に進むもの。過去と決別せんと捨てたのであれば、返すといわれても困るやもしれません」
どうなる事やら、と思いつつ、それぞれ手分けして捜索を始める事にする。香哉は街のあちこちで聞き込み捜査。ひなたは貴金属店。ルイスはギルドに寄った後冒険者街に行き、冒険者という線を当たる。
●酒場にいるのか?
スレインとレラジェは酒場に足を運んでいた。冒険者街に近い酒場から順に、一つ一つ当たっていく。まだ昼間という事もあって休業中のところもあれば、他の客相手に昼間は軽食屋を営んでいる所もあった。それぞれ手分けして一軒一軒当たる事にする。気の長い作業だ。
「金髪で額に赤いバンダナをしていて赤いリボンを手首に巻いた男?」
レラジェが聞き込んだ酒場のマスターは、急がしそうにしながらも丁寧に彼の質問に答えてくれた。
「あー、ここ数日似たような容貌の男が夜になると現れて、浴びるように酒を飲んでいくよ。ただ手首にリボンはなかったと思うぜ」
スレインが聞き込んだのは眠そうにしている化粧前の踊り子だ。
「あんたあの男の知り合い?」
「いや、知り合いというか‥‥」
「しつこかったのよねェ、何とかっていう祭りに一緒に行ってくれだの、挙句の果てに店をやめて一緒に暮らそうとか。こっちは客商売だからにこにこ笑って相手してやっただけだっていうのに」
踊り子のその物言いに、スレインの眉間に皺が寄る。事情は大体わかった。
「だから振ってやったわよ。振るも何も、元からこっちにその気はなかったんだから、あっちが勝手に盛り上がってただけよ」
「‥‥‥‥」
どうやら「そういうこと」らしい。
●情報交換
チュールの家でひなたがつくったご飯を皆で美味しくいただきながら、情報交換を開始する。
ベアトリーセとアルトリアの赴いた私兵への聞き込み。とあるお屋敷で臨時の冒険者を雇った時にそんな容貌の男性がいたらしいということを確認できた。冒険者という事で、その棲家の記録が残っていたものだから、それも教えてもらうことが出来た。
ギルドと冒険者街を当たったルイス。ギルド職員からは以前そんな容貌の冒険者がギルドに来た事があると聞け、冒険者街ではその男の知り合いという冒険者から話を聞くことが出来た。彼はある日を境に手首のリボンを取ってしまったらしい。
貴金属店をあたったひなたは、手首にリボンを結んだ男性が嬉しそうに金のネックレスを購入して行ったという情報を得た。店の人もやはりそのリボンが特徴的なので、覚えていたという。
街行く人々に聞き込みをしていた香哉は、問題の男と思われる男性が毎夜のように泥酔して、路上で寝てしまっているらしいと聞くことが出来た。その人は何度か起こそうとしたものの、一向に起きる気配がないので起こすのを諦めたという。
そして酒場を回ったスレインとレラジェの集めた情報。
「つまりだ、酒場の踊り子に入れあげた男が、こっぴどく振られて毎夜のように酒に浸っていると‥‥」
スレインの纏めに異論を唱えるものはいないが、正直「どうしたものか」という感じである。
「住処の住所は控えてきましたし、ディアネイラさんを案内する事は出来ますが‥‥どうします?」
ベアトリーセは神妙に一同の話を聞いていたディアネイラを見る。
「‥‥私のしようとしている事は、彼に受け入れられないこと‥‥なのでしょうか」
か細い声で告げる彼女。否定してあげたいが、残念ながら誰もそれを否定する事は出来なかった。
「でもやはり‥‥返して上げたいと、思います。お願い、できますか‥‥?」
「わかりました。夜でしたら酒場の方が遭遇率が高いでしょうか?」
「でも酒場だと他の人の目にも触れやすいよな?」
彼女がそうと決めれば後はそれを手伝うだけ。ルイスと香哉が何処でどう二人を引き合わせるかの議論を始める。
「今の時間なら、きっともう酒場にいると思いますよ」
「それじゃあ、酒場から出てきたところを捕まえるのはどう?」
レラジェとひなたの意見を参考にして、彼の事は酒場から出てきたときに捕まえる事になった。ちょうどあたりも暗く、もしもの事があっても余り目立たないだろうと判断して。
●投げ捨てられた想い
「ひっく‥‥なんだぁ?」
男は今日も大分酔っているようだった。暗がりゆえに詳しくは判らないが、髪の毛も乱れ、やさぐれた様子が感じ取れる。
「あのぅ‥‥これ、あなたの落し物ですよね?」
ベアトリーセとひなたに付き添われたディアネイラがおずおずと男の前に金のネックレスを差し出す。
「これは‥‥海に捨てたはずの」
男の顔が、強張る。一瞬にして酔いがさめたようだ。
「あの‥‥大切なものなのだと思って、拾って、お届けに‥‥」
「余計な事しないでくれ!」
「!?」
彼女の言葉を遮って掛けられた怒声。彼女はびくんっと身体を震わせて。
「こんなもの、もういらないんだよ! 俺がバカだったんだ!」
男はディアネイラの手からネックレスを奪い取り、路肩に投げ捨てる。
「あっ‥‥!」
彼女は石の道を滑るように転がって行ったそれを追いかけるようにしてしゃがみこみ、大切そうにそれを拾う。
「余計な事、しないでくれ!」
男はそういい捨てると、僅かに千鳥足で冒険者街の方へと去っていく。振り返りも、しない。
「ディアネイラさん‥‥」
ベアトリーセが彼女の名前を小さく呼んだ。こうなるだろう事は冒険者達の予想の範疇だったため、実際「やっぱり」という思いが大きい。
「‥‥あは、余計な事、してしまいましたね‥‥」
「そんなこと、ないとおもいますよ」
なんていったら言いのかわからないが、それでも彼女を元気付けたくて、アルトリアは声をかけた。
「あの男もさ、後でさっきの事を振り返った時に、ディアネイラさんの行動が善意からのもので他意はないとわかってくれるんじゃないかな」
「そうです。今はお酒も入っていて気が昂ぶっていただけかもしれないですし、ね」
香哉の言葉にひなたも励ましの言葉を重ねた。ディアネイラは弱々しく微笑み、立ち上がる。
「みなさん、有難うございました。このネックレスは、もう暫く持っていることにします。もしも、もしも彼がこのネックレスを手放した事を後悔する事があったら、返せるように‥‥」
「そうですね、大切に持っていて上げてください」
ルイスが、優しく励ますように告げた。
「これが原因で、全ての人間が怖いなんて思わないでくれると助かります」
レラジェの言葉に、ディアネイラは目を細めるようにして微笑んだ。
「大丈夫です‥‥だって、私の願いを叶えてくれた皆さんは、こんなにも優しかったのですから」
翌朝、ディアネイラは海へと帰った。
波打ち際の貝殻を、皆への礼に残して。
他人と関わるという事は、辛い事も悲しいことも待っている、それが摂理。
けれども楽しいことも嬉しい事も待っている、それは事実。
それは、マーメイドであっても人間であっても変わりはない。
彼女が再び陸へ上がる事があれば、きっと笑顔で皆に会いに来る事だろう。