自称・美少女のおつかい

■ショートシナリオ


担当:天音

対応レベル:8〜14lv

難易度:難しい

成功報酬:4 G 98 C

参加人数:9人

サポート参加人数:-人

冒険期間:05月15日〜05月20日

リプレイ公開日:2008年05月23日

●オープニング

●おつかい
「いらっしゃい、ミレイアちゃん。わざわざこんな所まで来ていただいて申し訳ないわね」
「いえ、母の焼き菓子を気に入っていただけたなんて、光栄です」
 優しそうな線の細い夫人に微笑まれ、茶色い髪の少女、ミレイアはバスケットを差し出す。その中には夫人の注文した、ミレイアの母の手による焼き菓子が詰められていた。
「折角きてくれたのだから、ゆっくり休んでいって頂戴ね。息子も、あなたの元気さに触れれば元気が出るでしょうし」
 夫人はそうしてミレイアを奥の部屋へと通した。
 ここはドレーアー子爵の別邸。王都からそれほど離れてはいないが、身体の弱い息子、ギルベルトの為にと子爵が整えさせた屋敷だ。現在夫人と子息、そして数人の使用人と私兵が住んでいる。
 王都の家ほど人の出入りは多くなく、子息もゆっくりと療養に専念できているようだ。
 対するミレイアは冒険者街側にある酒場兼食堂の娘である。そんな彼女が何故此処にいるかといえば、それは奇妙な縁というか。
 子息の話し相手にと雇われた冒険者が、彼女の母親の作った焼き菓子を手土産にと持ち寄り、夫人も子息もそれを大層気に入ったのだという。そこで子爵直々に注文が入ったというわけだ。本来は配達などしていないのだが、事情が違う。子爵様からのご注文だという事で配達を行うことにしたのだった。
 決して貴族への対応に慣れているというわけではないミレイアだったが、さすがにここでは借りてきた猫のように言葉遣いも出来るだけ丁寧にするし、大人しくしているつもりでいる。
「今日は主人が面白いものを持ってきたのよ。なんでも最近話題の品だそうで‥‥ケミエラだとかレモリアだとか言ったかしら‥‥? ガラスで出来ているのよ」
「ガラス、ですか。是非見てみたいです」
「ではお茶の用意をさせるわね。焼き菓子をいただきながらお話しましょう」
 夫人はメイドにバスレットを渡して命じ、ミレイアを案内した。

●暗雲
 心地よい時間は突然破られた。
 廊下を駆けて来る足音に続いて、扉を蹴破らんばかりに乱暴に開く音。続いて執事の叫び声。
「ご主人様方、お逃げください! カ、カオスニアンです!」
「何!?」
「今私兵が応戦していますが、ここにいる私兵の数はそう多く有りません。一刻も早く、お隠れを‥‥」
「あなた‥‥」
 夫人は7歳に満たない子息の身体をぎゅうと抱きしめ、怯えたように子爵を見つめる。
「ギルベルトを屋根裏の隠し部屋へ。ミレイアさんも一緒に。お前も隠れるんだ」
「わかりました。あなたは?」
「物取り目当てのカオスニアンだろう‥‥何とか撃退してみせる。私のことは心配するな」
 そんなやり取りをミレイアは夢の中の様な心持ちで聞いていた。カオスニアン? 物取り?
 はっきりと状況がつかめないまま、彼女は子息と共に夫人に手を引かれ、屋敷端の階段を駆け上る。最上階と思われたその上には隠すように天井に入り口が設けられており、夫人は器用に梯子を立てかけて子息とミレイアを屋根裏部屋へと逃がした。
「ミレイアちゃん、ギルベルトをお願い」
「母上、母上はどうなさるのですかっ!」
 一向に梯子を上ってくる気配のない夫人に、屋根裏部屋から下を見下ろした子息が叫ぶ。
「あの人がいて、夫人である私がいなければ、彼らは怪しむと思うの。逆に私がいれば、彼らは財産に成りそうなものを探しこそすれ、あなた方を探そうとする事はないでしょう。きっと助けは来るから、それまで静かに待っているのよ」
 夫人は手早く梯子を取り外す。きっと処分してしまうつもりなのだろう。梯子があってはこの屋根裏部屋の存在自体をほのめかす要因になりかねない。
「さあ、早く蓋を閉めて。彼らがいつくるかわからないわ」
「いやだ、母上、母上っ!」
「ミレイアちゃん、早く!」
 ミレイアは、心臓が飛び出しそうなくらいどくどくと音を立てているのを感じていた。深呼吸を一つする。ここで自分がやらないといけないことは――
「わかりました、ギルベルト君は私が護ります!」
 そう、蓋を閉めて子息と共に静かに助けを待つことだけ。
 カタリ、蓋を嵌める。
 蓋が閉まる直前、隙間から見えた夫人の顔は――笑顔だった。


●速報
「みなさん、急ぎの案件です」
 先ほどギルドに駆け入って来た男に水を差し出し、事情を聞きだした支倉純也は、依頼書の作成を始めながらもその場にいた冒険者たちに声をかける。
「つい数時間前、ドレーアー子爵の別邸がカオスニアン達に占拠されたそうです」
「!?」
 その言葉に、冒険者たちがざわつく。
「どうやら私財目当ての強盗のようですが、そのカオスニアン達は応戦した私兵と子爵、そして夫人を殺害した後、館内を物色していたようです」
 逃げてきた男は助けを求めるために、執事によって裏口から逃がされたのだという。
「間もなく日が落ちます。カオスニアン達は邪魔者のいなくなった館内で夜を明かし、翌日には手に入れた私財を持って館を発つであろう事が予想されます」
 そこで、彼らが逃げる前に館をカオスニアンの手から解放して欲しいのだ、と純也は言った。
「男性の使用人は殺されている可能性が高いですが、メイドなどは――」
 そこまで言って彼は口ごもる。凄惨な現場である事を推して知れということだろう。
「ですが助けを求めてきた男性の話によれば、子爵には身体の弱い7歳の息子さんがいらっしゃったとの事。彼の死亡は確認されていません。もしかしたら、屋敷のどこかに隠れているのかもしれません」
 それと、と純也が渋面で付け加える。
「どうやら運悪く、メイディアの酒場の娘が配達に来ていて、その場に居合わせたそうです」
 ――酒場の娘?
「茶色い髪の、活発そうな10代前半の娘さんだそうです」
 ――どこかで聞いたことがあるような。
「私は、今日おつかいに出かけると言っていた『酒場の娘』を知っているのです‥‥おそらく、その彼女であると思われます」
 その娘の生死もはっきりしていないというから、生きているなら共に救出をしてほしい、と純也は告げた。


●静寂
「静かに‥‥なった?」
 泣きじゃくる子息の声が漏れぬようにと彼を抱きしめたミレイアが、ぽつり、呟いた。
 階下で聞こえていた剣戟の音が止んだのだ。
「父上と母上は、どうなったの‥‥?」
「わからない‥‥」
 そうとしか、答えようがなかった。
 屋根裏部屋には非常時の為にと揃えられたのだろうか、毛布やランタン、保存食などが置かれているようだった。だが、今は動く気がしない。怖くて動けない。少しでも動けば、カオスニアン達に悟られてしまうような気がして。
「本当に、助けは、くるの‥‥?」
 小さな子息の不安そうな瞳に、ミレイアは答えてあげることが出来なかった。
「!」
 と、その時、何かが聞こえた。階段を昇ってくる足音だ。

 ――長い夜が、これから始まろうとしていた。

●今回の参加者

 ea0167 巴 渓(31歳・♀・武道家・人間・華仙教大国)
 ea1850 クリシュナ・パラハ(20歳・♀・ウィザード・エルフ・ノルマン王国)
 ea3063 ルイス・マリスカル(39歳・♂・ファイター・人間・イスパニア王国)
 ea5989 シャクティ・シッダールタ(29歳・♀・僧侶・ジャイアント・インドゥーラ国)
 ea7482 ファング・ダイモス(36歳・♂・ナイト・ジャイアント・ビザンチン帝国)
 ea7641 レインフォルス・フォルナード(35歳・♂・ファイター・人間・エジプト)
 eb7900 結城 梢(26歳・♀・ゴーレムニスト・人間・天界(地球))
 ec4205 アルトリア・ペンドラゴン(23歳・♀・天界人・人間・天界(地球))
 ec4629 クロード・ラインラント(35歳・♂・天界人・人間・天界(地球))

●リプレイ本文


 件の館の表には、私兵と思しき遺体が無残なまま放置されていた。
 館内からは明かりが漏れ出しており、カオスニアン達の下世話な話し声が聞こえる。
「ちっ、この女も死んじまったか。他に無事な女、残ってたか?」
「お頭ー、無事な女はそれで最後ですぜ」
「ちっ。つまんねぇ。おい、もっと酒もってこい!」
 そんな、会話。
 屋敷内でどんな陵辱行為がなされていたのか、容易に想像が出来る。
 屋敷の外から突入するタイミングをうかがっていた巴渓(ea0167)は、今にも飛び出しそうになる己の身体を必死に押さえていた。ムカついている。それも腹の底から。
「いやぁ〜なんつーか‥‥マジ笑えないッスよ。けれどももう少し堪えてください」
 バイブレーションセンサーを駆使して恐獣とカオスニアン、そしてどこかに隠れていると思われる子供二人の探査をしながらクリシュナ・パラハ(ea1850)が渓に声をかける。
「いざ突入時は、フレイムエリベイションを付与しますからね〜」
「クリシュナさん、どうですか?」
 尋ねたのはクロード・ラインラント(ec4629)。ギルドに助けを求めてきた使用人から話を聞いた彼は、ブレスセンサーで子供達を捜す。
「二階の更に上の方に、あまり動かない小さな振動が2つあるッスね」
「使用人の知らない屋根裏部屋でもあるのでしょうか‥‥」
 クロードは事前に使用人に隠れられそうな場所を尋ねていたが、その中に屋根裏部屋という答えはなかった。もしかしたら使用人には知らさせていない部屋があるのかもしれない。
「この無情、温厚なわたくしでも許すわけには参りません。一刻も早く、稚児たちを助け出しましょう」
 玄関前に無残にも野晒しにされた私兵の遺体を見て、シャクティ・シッダールタ(ea5989)が唇を噛み締める。
「カオスニアン達め、許し難い所業です。俺達は予定通り裏の恐獣を退治に向かいます」
 ファング・ダイモス(ea7482)は剣を握りなおし、館の裏側へと向かう。それに続いてアルトリア・ペンドラゴン(ec4205)も早足で館裏側へと向かった。彼らが恐獣を退治している間に、残ったメンバーが正面から突入する手はずだ。合図はクロードのテレパシー。
「狭い館、敵が占領したンなら‥‥身の小さいガキどもは上へ逃げるしかねェ。読みが当たってりゃ、天井裏に隠れているだろうさ。用意はいいか、シャクティ」
「いつでも。未熟者のわたくしですが、貴女様の背をお守り致しますわ」
 渓とシャクティはジ・アースにいた頃より親交があるという。だからシャクティには判るのだ。涙を流さないが、渓の背中が泣いている事が。
「カオスニアン達、許さん‥‥」
 クリシュナに高速詠唱でフレイムエリベイションの付与を受けながらも静かな瞳で館を見つめるのはレインフォルス・フォルナード(ea7641)。あまりの凄惨な様子に、彼は怒りのあまり冷静になっていた。
「私はベゾムで二階のバルコニーから侵入します」
「一つ、気になる事が‥‥」
 古びた箒を手にバルコニーへ向かおうとしていたルイス・マリスカル(ea3063)にクロードが声をかける。
「二階へ上がる皆さんは気に留めて置いてください。現在二階には呼吸反応は1つしか有りません。けれどもその呼吸は、暫く動いていないのです」
 それが敵なのか味方なのか、はたまた生存者なのか分からない――そういうことだ。
「わかった。とりあえず一階にいるヤツらをまずは倒す。行くぜ!」
 渓の気合に頷き、一同は突入の準備を整える。

 ――さあ、始まりだ。



「ヴェロキラプトル‥‥でしょうか」
「ええ、そうですね。何であろうと奴らの所業は許せません。この石の王で全てを叩き潰す」
 アルトリアの言葉に答えたファングは、三メートル余りある巨大な石の棒を握りなおす。彼の称号の由来となったその武器に籠められるのは――激怒。
『ファングさん、聞こえますか、始めてください』
 その時、表にいるクロードからテレパシーが届く。
「アルトリアさん、始めますよ」
「はい」
 ファングは隠身の勾玉を握り締め、忍び足で恐獣の背後に近づく。そしてスマッシュEX+ソードボンバーの一撃で開戦の狼煙を上げる。彼の胸でレミエラの光が浮かび上がった。それは闇に染まった世界を仄かに浮かび上がらせるほどの光量だ。
 ドガンッ、という恐獣が館の壁に倒れこむ音、ファングの技の余波が引き起こす音、そして恐獣の鳴き声。
 表への合図、陽動としては十分すぎるほどだった。

 ファングの重い一撃とその衝撃波を受けた恐獣二体はすでにふらふらの状態だった。胸にレミエラの紋章を宿したアルトリアがそれに追い討ちをかけるようにしてオーラパワーを付与した剣を振り下ろす。と、それで敵をアルトリアと定めたのか、うち一体が牙をむき出しにして彼女に襲い掛かった。深い傷を負っている牙から繰り出されるその攻撃を、彼女は辛うじて避けた。もう1体の牙に肉薄されていたファングは易々とその牙を交わす。
「早くここを片付けて、中へ入りましょう!」
 ファングが再びスマッシュEX+ソードボンバーを繰り出すべく、石の王を振りかぶった。
 それで騎乗恐獣二体の命運は、尽きたようなものだった。


「行くぜ、シャクティ!」
「はい!」
 クリシュナのフレイムエリベイションを受けた渓が正面玄関を蹴破るようにして館内に侵入した時、殆どのカオスニアンは裏口を注視していた。それは好都合、とばかりに胸にうっすらとレミエラの紋章を浮かび上がらせて、オーラを纏った彼女の拳が近くにいたカオスニアンの頭を殴り飛ばした。その敵をシャクティが掴んで投げ飛ばす。辺りには死体が放置され、廊下は血にまみれ、メイドはあられもない姿で事切れていたが、今は祈っている場合ではない。これらの惨状を作り出した敵を倒す時間だ。
「覚悟はいいか、下種が‥‥」
 静かに、そして素早く踏み込んだレインフォルスは、容赦なくカオスニアンの背中に斬りかかる。彼の胸にも瞬くレミエラの光は、一筋の希望のように。レインフォルスは館内の惨状をさっと見て、更に静かな怒りがこみ上げてくるのを感じながらも武器を振るう。
 レインフォルスの斬りつけた敵に、胸に光を宿したクロードがナイフで持って援護する。
 一体、そしてまた一体と確実に敵を倒しながら一行は奥へと足を踏み入れていく。


「皆さん無事ッスかねぇ‥‥」
 館の外で焚き火をしながら、クリシュナは呟いた。剣戟の音が内部から響いている。
 彼女は別にサボっているわけではない。敵が逃走してきた場合を考えてそこにいるのだ。敵の数はそれなりに多い。全ての逃走を防止できればいいのだが、そういうわけにはいかないかもしれない。
 ガタンッ‥‥
 音に反応して彼女が顔を上げると、傷を負った大男が玄関から駆け出てくるところだった。
「逃がさないッスよ〜!」
 即座にファイアーコントロールを唱える。起こしておいた焚き火でカオスニアンの退路を塞ぐのだ。


「(敵の姿は有りませんね‥‥二階には一つ、動かない呼吸があるだけでしたか)」
 ベゾムに跨り、二階のバルコニーに降り立ったルイスは、階下の剣戟の音に混じるようにスマッシュ+バーストアタックで扉を破壊した。そして部屋へと入り、辺りを窺いながら廊下への扉を開く。
「!」
 人の足が、見えた。
 位置的には裏口に近い階段だろうか、そこに二本の足を伸ばすようにして誰かが座っている。いや、倒れているのかもしれないが。その位置から判るのは、カオスニアンの足ではないようだということで。これがクロードの言っていた「動かない呼吸」だろうか。ルイスは辺りに注意しながらその足に近寄る。
「‥‥う‥‥」
「大丈夫ですか?」
 呻き声を上げたその人物は、腕を後ろ手に縛られるようにして床に転がされていた。服装から察するに、執事だろうか。ズボンの足の辺りが切り裂かれ、床に小さな血だまりができている。
「ルイスさん!」
「クロードさん、彼の手当てをお願いできますか?」
 裏口からファングとアルトリアが加わった事で戦力的余裕が出来たのだろう、生存者やギルベルトの容態を気にしていたクロードが一足早く階段を昇ってきた。彼も二階の「動かない呼吸」が気になっていたのだろう。
「‥‥坊ちゃまが‥‥屋根裏部屋に」
「判りました、大丈夫ですから喋らないで下さい」
 クロードは応急手当キットを取り出し、患部を見るべくナイフで執事のズボンを切り裂く。
「屋根裏‥‥」
 ルイスはその間に天井を眺め、屋根裏部屋への入り口を探しにかかった。相当注意して作られたようで、薄暗い中では天井との色の違いも殆ど判らない。
「(‥‥‥?)」
 ふ、と執事の怪我の手当てをしているクロードは違和感を感じて手を止めた。執事のふくらはぎに縦につけられた切り傷。何かがおかしい。
「(‥‥そうだ、これは『斬り下ろされた傷』ではなく『斬り上げられた』傷なんだ)」
 その違和感の正体に気がついたとき、クロードの中に執事に対する猜疑心が生まれつつあった。もしかしたらこの傷は、執事が自らつけたのかもしれない――。
「下は片付きましたわ。稚児たちはこの上にいるようですわね」
 気がつくと、剣戟の音はやんでいた。バイブレーションセンサーのスクロールを手に階段を上がってきたシャクティが二人に声を掛ける。
「ひでぇもんだ‥‥下は全滅だ。そいつは生存者か?」
 続いて現れた渓が、横たわる執事を見る。
「ええ。出血がありますが、命に別状はなさそうです」
 クロードは我に返り、執事の手当てを再開しだした。
「一通り見て回ったが‥‥他に生存者はいないようだ。館内――特に一階は血の海だ」
 階段を上がってきたレインフォルスが、静かな怒り未だに冷めやらない様子で呟く。
「この辺に屋根裏部屋への入り口があるようなのですが、暗くてまだ見つけられていないのです」
 とルイスが事情を説明した時、階段を上がってくる数人の足音と近づいてくる明かりの揺らめきがあった。ファングとアルトリア、そしてたいまつを持ったクリシュナだ。
「丁度良かった、クリシュナさん、天井の辺りを照らしてください」
「わかったッスよ〜」
 いきなり声を掛けられて事情を理解できないクリシュナだったが、ルイスの指示通りに天井の辺りをてらす。すると壁に近い角の天板が、微妙にだが色が違う事が皆の目にも明らかになった。
「梯子は‥‥ねぇようだな」
「大丈夫ですわ」
 梯子を探そうと辺りを見回した渓を止めたのはシャクティ。彼女は己の体躯を生かし、手を伸ばして天板を押し上げる。

 ガタリ

 天板の外れる音がした。同時に、屋根裏部屋で何かが震える気配がした。
「ミレイアさん、いますか?」
 たいまつで出来る限り屋根裏を照らすが、普通の身長の者では屋根裏部屋の奥をのぞき見ることは出来なかった。だが屋根裏部屋の中の人物は、掛けられた声に反応した。それが、聞き覚えのある声だったからだ。
「え‥‥ルイス?」
「ええ、私です。もう大丈夫ですよ」
 ミレイアは今まで何度も自分を助けてくれた、自分のわがままに付き合ってくれた冒険者の声を聞いて、身体の力がどっと抜けていくのを感じた。もう、怖い夜は終ったのだ。きっと冒険者達が悪い賊達を倒して、子爵夫妻も館の皆も助けてくれたのだ、そう思った。
「稚児たち、動けますか? 私が下ろして差し上げましょう」
 次いで掛けられたのは、シャクティの慈愛に満ちた声と力強い腕、そして優しい双眸。ミレイアは安堵で動かなくなった足を何とか引きずるようにして、ギルベルトを抱きしめながら出口へと近寄る。
「父上と母上は‥‥?」
 シャクティの腕に身体を預ける前に、ギルベルトが初めて口を開いた。場の空気が一瞬、凍りつく。
「さぁ‥‥何も心配いりませんわ。お父様もお母様も、きっとご無事です」
「ん‥‥」
 シャクティのその言葉に安心したのだろう、ギルベルトは緊張の糸が切れたようで、そのまま彼女の腕の中で気を失った。ミレイアも、しっかりと彼女の腕に抱きしめられる。
「‥‥‥‥‥」
「‥‥‥‥‥」
 だが、重い沈黙が場を支配している事は間違いなかった。
「きっと、精霊界より、生きて幸せになって欲しいと見守っているはずです」
 ギルベルトの頭を優しく撫でながら告げられたルイスの言葉で、ミレイアは全てを悟ってしまった。やっぱり、夫妻は無事ではなかったのだ、と。
「う‥‥っく‥‥‥」
「ちっ、やりきれねぇなぁ」
 嗚咽を漏らしたミレイアの頭を、渓がくしゃっと撫でてそう零した。

 ドレーアー子爵邸襲撃。生存者三人。
 一部の冒険者の要望により、報酬の一部は死亡者の埋葬に使用された。
 だが館と財産を取り返し、子息だけでも無事に助け出してくれた冒険者達にどうしても感謝を、と譲らない執事により、子爵が手に入れたというレミエラが配られたという。

 ――自称・美少女の長い夜は、明けた。