死がふたりを分かつとも
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■ショートシナリオ
担当:天音
対応レベル:8〜14lv
難易度:普通
成功報酬:4 G 98 C
参加人数:7人
サポート参加人数:4人
冒険期間:06月13日〜06月18日
リプレイ公開日:2008年06月18日
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●オープニング
●想い
許されないのなら、何故こんな感情があるのだろう?
報われないのなら、何故こんなにも彼女に惹かれるのだろう?
叶わないのなら、何故僕達は惹かれあってしまったのだろう?
精霊様、教えてください。
僕達は、精霊界へ行けば結ばれる事が許されますか?
●父の思い
メイディアの冒険者ギルドへ駆け込んできたその壮年の男性は、顔面を蒼白にしていた。転ばんばかりの勢いでカウンターに駆け寄り、並んでいた人達をすっ飛ばしてドンっと手を置く。
「困りますよ、受付はきちんと並んでもらわないと‥‥」
いつもの冴えない職員が溜息交じりで注意をするが、男性は息切れを起こしていて返答どころではないらしい。
「っ‥‥が、‥‥‥た」
「は?」
その手に握り締められた羊皮紙。そこには黒いインクで何か記されているようで。震える手で、しわしわになったそれを目の前に広げられて、職員は目を丸くした。
『父上、母上、今まで育ててくれて有難う。
僕達は、精霊界で結ばれて幸せになります。
探さないで下さい。
どうか、僕達の幸せを祈ってください。
フレート、ツィスカ』
「な、何ですかこれは‥‥書置き? 遺書?」
「息子と、娘の、書置きだ。見ての、通り、遺書も、兼ねて、いる」
男性は息を切らせながらも辛うじてそれだけを口にした。職員は並んでいたお客さんに頭を下げて他のカウンターに移ってもらい、とりあえずその男性に水を差し出す。
男性はそれをぐぐいとあおると人心地ついたのか、どさっとカウンター前の椅子に腰を下ろした。
「息子と娘? でもこれはまるで恋人同士の‥‥」
「息子と娘は、惹かれあっていたんだ。こうなる事が判っていたら、もっと早く手を打ったというのに!」
「とにかく、順を追って説明してください」
職員の言葉に、男は鷹揚に頷いてぽつりぽつりと事情を語り始めた。
男性の家は一応貴族であり、下級ながらもそれなりに貴族としての暮らしをするだけの余裕はある。その家には二人の子供がいた。兄のフレートと妹のツィスカ、二人は双子の兄妹として可愛がられて育った。
だが年を経るごとにフレートはツィスカを一人の女性として愛するようになり、ツィスカもフレートを一人の男性として意識し始めた。
初めはそう、初々しいただの恋心だった。
だがそれは時を経るごとに、身近にいるが故の苦悩と欲求が交じり合うようになって――。
耐えられず、二人は決めた。
いつか互いが他の異性と結婚する姿を見るくらいなら――
――いっそのこと、精霊界で幸せになろう、と。
「二人がそこまで思いつめていたと知っていたら‥‥もっと早く話していたというのに」
「何をですか?」
「ツィスカは私達の実の娘ではないんだ」
男性には友人がいた。その友人夫妻には自分の息子と同じ年に生まれた娘がいた。
お互いの子供が大きくなったら結婚させようか、酒を酌み交わしながらそんなことを話したこともあった。
だが運命は皮肉で。
友人夫妻は馬車の事故で精霊界へと昇ってしまった。
夫人にきつく抱かれるようにしていたまだ乳飲み子の娘だけが、助かったのである。
男性はその娘を養女として引き取り、自分の息子と分け隔てなく育てる為に双子であると公表し、そのまま愛を注いで育てたのである。
それが、友人に対する友情の証であると思ったからこそ。
「だが、それが裏目に出てしまうとは‥‥このまま二人が心中してしまったら、私は友に顔向けできん!」
「事情はわかりました。お二人を探して心中を止めればいいのですね?」
職員の確認に、男性は頼む、と頭を下げる。
「ちなみに‥‥心中を止めた後はどうするのですか? やはり二人を引き離すのですか?」
「‥‥‥いや、二人が望むようにしてやりたいと思う」
多少時間は掛かるだろうがツィスカを別の家に養女に出し、その上でフレートの嫁として輿入れさせる、そういった手段も取れると男性は語る。
ああ、なるほどと感心した職員。そこでふと思い当たる。
「お二人が心中しようとしている場所に心当たりはあるんですか?」
「いや、まったく」
「‥‥‥‥」
二人がいなくなったことが確認されたのは今朝であるという。恐らく夜中のうちに屋敷を抜け出したのだろう。となれば事態は一刻を争う。
「とにかく、二人の年恰好と容貌を教えてください。手がかりは一つでも多い方がいいです」
職員の言葉に、男性はゆっくりとだが確実に子供達の特徴を述べていく。
二人とも年齢は16歳。髪の色は金。ツィスカは腰まであるウェーブヘア。
フレートは背が高く、身長は190cm近い。反対にツィスカは150cm未満という小柄だ。
フレートの瞳は碧、ツィスカの瞳はブルー。
だが二人は人目を避けるだろう、変装していたりフードで顔を隠していたりすることが予想される。共に精霊界に旅立つ前に引き離されてなるものかと、思い切ったことをしている可能性もある。探す時は注意してもらいたい。
●リプレイ本文
●恋人達を探して
朝市の喧騒も大分収まり、徐々に陽精霊の輝きが増しつつあった。それを肌で感じながら、冒険者達は時間がどんどん過ぎていくことを感じとる。
「ったく、二ヶ月前にゃ自殺志願のオッサンを助けたってのによ。どうしてこの世界の連中は困ったらすぐ精霊界、精霊界‥‥」
ぶつぶつと呟きながらもセブンリーグブーツを履いて港方面へ街中を移動する巴渓(ea0167)。裏をかいて入水自殺されちゃあ目も当てられない、と急ぎながらも辺りを見回し、件の二人に似た者がいないか目を光らせる。
一方、闘技場や冒険者街の方へ向かったのはファング・ダイモス(ea7482)だ。人に紛れやすい場所ゆえ、その長身を生かして注意深く辺りを見回しつつ歩く。二人の荷物の匂いをかいだセッターも、懸命に匂いを辿るそぶりを見せていた。
「(二人組‥‥二人組‥‥)」
心の中で繰り返すようにしながら街中を歩くのはイェーガー・ラタイン(ea6382)。少なくとも二人のうち一人はかなりの長身だ。それを踏まえて街中を歩いていく。
「俺より30cm近く高い男性‥‥ですか」
街中にいればかなり目立つ部類だろう。ジャイアントを除けば。イェーガーは辛抱強く街中を歩いていく事にする。
「身長が低い人を高く見せる手段はあると思います。逆に高い人を低くするのは難しいですし」
「何より目立ちますしね‥‥」
街中を歩くベアトリーセ・メーベルト(ec1201)とカレン・シュタット(ea4426)は、二人がどんな変装をしているかを考えていた。
「それに時間が少なくても、ツィスカさんの髪を短くする事が出来ます」
「あ、ここですね‥‥」
二人が目指していたのはいわゆる理髪店。扉を開けて中に入ると、人のよさそうな老人が二人を出迎えた。
「お嬢さんたち、髪を切りに来たのかね?」
「いえ、私達は‥‥」
「今朝方、背の高い男性と小柄で金色の長い髪をした女性が来ませんでしたか?」
ベアトリーセが問うと、老人はああ、と簡単に頷いた。
「来たよ。身なりがいいんでどこのお嬢さんかと思ったが。綺麗に手に入れた髪をばっさり切って欲しいというものだからねぇ、一応止めたんだよ」
「それでも、切ったのですか?」
「ああ、どうしてもというからね。切った髪は高値で買い取らせてもらったよ」
カレンに聞かれた老人は、木箱に入った金の髪を見せる。その髪は箱から溢れそうな位で、艶めいていてとても綺麗だった。こんな綺麗な髪を切ってしまうのは、確かに勿体無いと思うだろう。
「ありがとうございます、助かりました」
二人は丁寧に礼を言い、理髪店を辞した。これで二人を探す目印、「髪の長い女性」というのは消えた事になる。
「そう、特にいなかったのね。ありがとう」
月下部有里(eb4494)は礼を言って薬屋を辞し、ふぅ、と小さな溜息をつく。何軒か薬草などを扱っている店を当たってみたが、どうやら毒になりそうなものを購入した二人連れはいなかったらしい。服毒自殺というのはなさそうだと少し安心しながら考える。二人が最後にやっておきたいと考える事はなんだろう、と。
「(美味しいものを食べる、とか? それとも‥‥)」
停車場へ向かいながら有里は考え続けた。
「ちょっといいかな?」
レン・コンスタンツェ(eb2928)が呼び止めたのは花売りの少女。少女は「どの花が良いですか?」と籠の中身を見せてきたが、レンはごめんね、買いたいわけじゃないんだ、と謝って続ける。
「とても背の高い男の人と、背の小さな女の人の二人連れって見なかったかな? 身長差が凄いあると思うんだけど」
「えーと、背の高い男の人と、女の子みたいな小さい弟さんの二人連れなら見かけましたよ。男の人の方が弟さんに、と花を買ってくださいました」
「女の子みたいな弟、ねぇ‥‥」
レンは思案するように顎に手を当てて考える。そういえば仲間がツィスカは髪を切っているかもしれないと言っていた。髪を切っているとしたら、見ようによっては男の兄弟に見えるかもしれない。
「その二人、どこに行くとか言ってなかった?」
「特に言ってはいませんでしたけど‥‥ああ、そこの吟遊詩人さんと話をしていましたよ」
少女は路肩でリュートを爪弾いている吟遊詩人をさして見せた。レンはその吟遊詩人に声をかける。すると――
「ん、ではあの二人に『報われない恋人達が結ばれた泉』の歌を聞かせたのは君かい?」
「え?」
レンの持つ竪琴を見て同業者だと思ったのだろう、吟遊詩人はリュートを爪弾く手を止めてレンを見つめる。
どうやら二人はこの吟遊詩人に尋ねたらしい。以前(恐らくパーティか何かだろう)吟遊詩人が歌った『報われない恋人達が結ばれた泉』の歌の題材となった場所を知らないか、と。
「貴方はその場所を教えたのですか?」
レンは吟遊詩人の言葉を否定も肯定もせず、説明を投げかけた。吟遊詩人はそれに気分を害した様子も無く、柔らかい表情のまま答える。
「その泉かどうかはわからないけれど、メイディアを出て東に暫く行くと小さな泉がある、と教えたね。何かまずかったかい?」
「いえ、有難うございました」
レンは礼を言い、メイディアの城壁出口へと急ぐ。仲間が見張ってくれているはずだが、二人が泉へ行くとしたら街の出口へ向かっている可能性が高いからだ。
●確保
イェーガーの愛鳥、ゾマーヴィントが街中にいる仲間に合図をして回った。その間、ファングがその威圧感を持ってフレートを押さえつけ、城壁の門から邪魔にならない所へと二人を誘導していた。髪の短くなったツィスカは怯えるようにフレートの影に隠れ、今にも泣き出しそうだ。
価値の低い玩具に近い指輪を高値で購入したおかしな二人連れがいたとの情報を得ていたベアトリーセとカレンが少し遅れて辿り着く。レンと有里は合図より一足早く門付近に辿り着いていた。渓だけがその場にいない。彼女は所用で別の場所へと向かっているのだ。
「僕達を、どうするつもりだ? 金が目当てか?」
「恐喝と勘違いされるとは、心外ですね」
フレートの殺気立った様子に、イェーガーが苦笑を浮かべる。確かに二人を壁際に追い詰めて皆で逃がさないように囲んでいる様子は、恐喝に見えるかもしれないが。
「結ばれる為の心中なら、無意味です。精霊界でも兄妹の結婚は禁忌で有り、ウィルの水の精霊様の間でも、兄妹の精霊が結婚した話しは無く、禁忌として永久に引き離されるのが通例です」
「!? 何故僕達が心中しようとしていると‥‥!」
ファングの言葉に目を見開いたフレート。ツィスカは一層強く彼の服をぎゅうと握り締める。
「私達はあなた方のお父様から捜索を頼まれた冒険者です。まずは落ち着いて話を聞いてください」
「落ち着くも何も、僕達は死ぬ決心をして家を出てきたんだ!」
カレンの言葉に噛み付くように叫ぶフレート。だが冒険者達は怯まない。
「共に行き抜こうと努力に努力を重ねて、想いを遂げられなかったのならばともかく、自ら命を絶ってしまっては二人が結ばれる事はありません」
イェーガーは一呼吸おき、優しく二人に語りかけた。
「命と云う奇跡、出会いと云う奇跡を蔑ろにした方に精霊が祝福するとは俺には思えません。話を聴いて頂けますか?」
「‥‥‥‥」
今更何を聞けというんだ、フレートの表情はそう物語っている。その表情を崩したのは、有里の一言だった。
「血の繋がった兄妹だから、結ばれる事が許されないから死のうとしているのよね。でもあなたたち本当の双子じゃないわよね」
「え‥‥」
「本当の双子でないならば叶わぬ恋ではありませんよ。駆け落ちして心中しなくても済むんです」
驚きの声を漏らしたツィスカに、ベアトリーセが優しく話しかける。フレートの方はというと、その話を二人を止めるための方便だと思っているのか、ツィスカを護ろうと彼女を背中に隠す。
「ちょっと難しいこと言うわよ? 男女なら普通は二卵性の双子だけれど、それだとしても同じ親から生まれた双子なのに矛盾した所が身体にあるわ。髪の質も全く異なるのは遺伝の優劣だけれど、何よりどうしてメラニンの濃さで決まる瞳の色が、同じ親から生まれたのに違うのかしら、そんな兄弟聞いたこと無いでしょ」
有里の言葉は地球の知識が混ざっているゆえ、二人にもその場にいる仲間にも、全てが理解できたわけではない。だが「瞳の色が違う」という所はしっかり伝わっている。
「瞳‥‥?」
驚いたようにフレートとツィスカは見詰め合う。だが相手の瞳の色は見えても、自分の瞳の色は見えない。
「これを見てくださいね?」
ベアトリーセが取り出したのは、掌サイズの箱の様なもの。地球の携帯電話だ。彼女はまずそれで近くの風景をとり、二人に見せる。
「ここに移っている風景と、実際の色が同じなの、わかりますね? 何故この箱でこんな事ができるか、今それはおいておいてくださいね」
二人が不思議そうに携帯電話を見つめているのを見、次はフレートの顔をカメラ機能で取る。
「見てください、フレートさんが写っています。瞳の色、碧ですよね?」
「!」
「続けてツィスカさんです」
同じ様にベアトリーセはツィスカを撮影し、二人に見せる。
「ツィスカさんが写っています。瞳の色は、ブルーですよね?」
「‥‥‥‥‥」
「‥‥本当に‥‥」
唖然として黙り込むフレートの後ろから顔を出し、ツィスカが小さな声で呟いた。
「私達は双子じゃないの‥‥? 結ばれても、いいの‥‥?」
「っと間に合ったか? そいつは親父の前で聞け」
と、その時駆けつけたのは渓だった。その後ろにフレートとツィスカの父親を連れている。父親は息を切らしていたが、二人が無事な事に確実に安堵しているようだった。
「ツィスカさんの本当のご両親の遺品を預かって来ました。今まで心苦しい思いをさせまいと黙っていたのですが、ツィスカさんは無くなった親友の娘なのです。その遺品と知っている限りの手掛かりを託されて、私達は貴方方を探していました。貴方方は、この現世で結ばれて良いのです。その事を信じ、自らの目で確めて下さい」
すぐに会話できそうもない父親に代わり、ファングがかいつまんで事情を説明する。
「本当、なのですか?」
信じられない、とかすかに震えながらフレートが父親に問う。父親は普段こんなに走ることなど無いのだろう、肩で息をしながらも何度も何度も頷いた。
「何故互いに惹かれたのか、それが自分でもわからなくて辛くて重さに耐えられない時があると思います」
未だに信じられないという表情の二人に対し、ベアトリーセが諭すように語り掛ける。
「それが本当の双子だったとしてもここまで動けるような大恋愛なら、その気持ちは本物ですし、きっとそれは二人が何処で生まれてもどこで出会っても、こうなる運命だという事ではないでしょうか」
「フレート‥‥私達、本当に‥‥」
「ツィスカ‥‥」
潤んだ瞳で見詰め合う二人の前に、渓は父親の背を押して二人に差し出す。
「赤の他人の言葉よりも親子の情、重ねた月日の重み、そいつぁ無視できん。後は親父とゆっくり話し合うんだな」
「それが一番かもね〜どうやらもう二人とも、死ぬ気はなさそうだし」
レンが笑顔で親子三人を見つめる。
「私の『出番』が無くてよかったわ」
いざという時は解毒剤や治療アイテム、そして自身の医療の知識で対処しなくてはならないかもしれないと危惧していた有里も、安心したように言う。
「まったく、人騒がせな事だ」
腕を組み、三人を見て渓が大袈裟に溜息をつく。だが本気で迷惑だと思っているわけではなく。迷惑だと思っていたら、そもそも依頼自体受けないわけで。
「「幸せになってくださいね」」
カレンとイェーガーの声がハモリ、二人は思わず顔を見合わせてくす、と笑みを浮かべる。
不幸になる事など望むものか。
幸せになって欲しいからこそ、街中を駆け回ったのだ。
一生懸命二人の死を阻止した事を、無駄にしないで欲しい。
二人の指にはまっている玩具の指輪が陽精霊の光を受けてキラリ、と光った。
その光をまぶしそうに見つめた冒険者達は、ほっと肩を撫で下ろすのだった。