たとえ夢だとしても

■ショートシナリオ


担当:天音

対応レベル:8〜14lv

難易度:やや難

成功報酬:3 G 65 C

参加人数:4人

サポート参加人数:1人

冒険期間:06月02日〜06月08日

リプレイ公開日:2007年06月10日

●オープニング

●夢でいいから
 眠りの間のひと時。
 現実にはありえないことをも見ることが出来る、つかの間。
 悪い内容のことが無いわけではないけれど。
 それでも――貴方に逢いたいと思う。
 たとえ、それが夢だとしても。


「‥‥さま、セルシアお嬢様」
「‥‥‥‥ぁ」
 セルシアはぼうっとする頭を巡らせて声の主を探す。そこには慣れ親しんだ執事の姿があった。
「お顔の色が‥‥まだお眠りになれないのですか?」
「どうしても‥‥せめて夢の中ででもレシウスに逢いたいと思えば思うほど、眠れないの‥‥」
 執事の問いに、セルシアは憔悴しきった顔に無理矢理笑顔を浮かべようとしてみせた。
 彼と夢の中で逢いたい、逢いたいと思えば思うほど眠りにつけず、焦りばかりが募る。気がつくとぼうっとしていて意識が途切れることもあるが、しっかりと眠れることは無い。
 勿論そんな状態で食欲が出るはずも無く、彼女の美しいプラチナブロンドは曇りかけ、元々色白の顔は病的な白さを持つようになっていた。
「せめて夢で、夢でいいから――」


●執事の手記
 あのままではお嬢様がお可哀想過ぎます。いつお倒れになってもおかしくありませんし‥‥このまま婚儀までに弱り続けて結婚が破談にでもなったら、旦那様がレシウスにしたことは、そして互いの想いを押し殺すことを選んだお二人の努力は、無駄になってしまいます。
 お嬢様が子供の頃からよくリラックスできるハーブがあるのですが、今の男爵家にはそれら嗜好品を買い求める余裕など有りません。
 私の知己に薬師がおりましたが数年前に他界してしまいました。彼が存命ならば多少の融通も利いたのですが‥‥。彼の息子カルムも父の後を継げるほどの知識を持ってはいるものの、もうかなり昔に王都へ移り住んでしまったと聞きます。
 幸い目的のハーブはナイアド近くの草原に自生しているという噂を聞きました。けれどもその付近に植物型の魔物が棲みついているらしく、迂闊に摘みにはいけない状況です。やはりここは冒険者に依頼するべきでしょうか。
 お嬢様がゆっくり眠れるようにハーブを。そして出来ることならば、一目でいいので本物のレシウスに会わせて差し上げたい‥‥旦那様の目を盗むくらい、この私が何とかしてみせましょう。
 ただ‥‥レシウスにあわせるとしたらきちんと睡眠をとって、少しでも元に戻られた状態で、にして差し上げたいです。彼も憔悴したお嬢様を見たら心配するでしょう。
 ハーブ採取とレシウスへの接触を同時に遂行してもらうことは出来ないでしょうか。

●今回の参加者

 ea0356 レフェツィア・セヴェナ(22歳・♀・クレリック・エルフ・フランク王国)
 ea7906 ボルト・レイヴン(54歳・♂・クレリック・人間・フランク王国)
 eb7851 アルファ・ベーテフィル(36歳・♂・鎧騎士・パラ・メイの国)
 eb8122 ドミニク・ブラッフォード(37歳・♂・鎧騎士・人間・メイの国)

●サポート参加者

シャーロット・プラン(eb2687

●リプレイ本文

●1日目メイディア――人探し
 さすがにこの付近は人通りが絶えない――アルファ・ベーテフィル(eb7851)は冒険者ギルドの外壁に寄りかかり、人を待っていた。手には羊皮紙が一枚。もう一度それに目を落とし、内容を確認する。
「アルファさん、お待たせ――!?」
 小走りに彼に近寄ってきたのはレフェツィア・セヴェナ(ea0356)。彼まであと少しのところで躓いて転びかけたが、何とか壁に手をついて転倒は免れる。
「大丈夫ですか?」
「うん、大丈夫だよ。レシウスさんのお家に行って来たけど、やっぱり留守だったよ。一応前にやったみたいにクッキーに匂いを覚えさせてはみたけれど」
 レシウスの家を訪ねていたレフェツィアだったが、彼は不在だった。以前彼を森で捜索した時にしたように彼の匂いをボーダーコリーに覚えさせてはみたが。
「自分はレシウスさんが出した依頼の写しを貰って来ました。どうやら彼は宝を探しているようですね。その冒険者達の帰還予定が明日のようですから、明日でしたら彼と会える可能性は高いと思います」
「宝探しってもしかして、セルシアさんのためなのかな。明日ってことは、丁度ドミニクさんとボルトさんがナイアドに着く頃だね」
「そうですね。執事さんとの連絡が密に取れないのは少し残念ですが」
 ゴーレムシップで約二日かけて、ハーブ摘みを担当する二人の仲間はナイアドへと入る。王都からナイアドへは距離があるため別行動の班とすぐに連絡を取るのはなかなかに難しい。だがあちらの二人がしっかり役目を果たしてくれるものと、アルファもレフェツィアも信じている。同じ様にあちらの二人も、自分達がしっかりレシウスを見つけてナイアドに連れて行くと信じてくれているだろう。
「一応二人に伝言も頼みましたし、セルシアさんがきちんと体調を整えてくれればよいのですが」
 アルファはナイアドへ向かう二人に、執事への伝言を託した。『レシウスさんは必ず見つけますから、セルシアさんの体調をきちんと整えてください』と。その言葉は執事にとって大変心強いものとなるだろう。
「うん、セルシアさん、元気になるといいな‥‥‥ってクッキー?」
 レフェツィアはボーダーコリーが何故かとある方向へ行こうとしていることに気がつき、そちらを見遣る。
「そっちは王宮だよ? 貴族街もあるし」
「レシウスさんの匂いでもしたのでしょうか? でも、そうだとしたら何故そんな所に‥‥」
 一攫千金を狙っているなら情報の良く集まる酒場などに行くのではないだろうか、アルファも首を傾げてクッキーの行こうとしている方向に目を遣った。

●2日目メイディア――説得
 扉をノックする。目的の人物は在宅だろうか。
 アルファとレフェツィアは昨日のうちに酒場などでレシウスの事を知る人物がいないか探していた。偶然見つけた茶髪の男性によればレシウスはある貴族のよからぬ噂について調査しているという。だが今日ならば自宅にいると言っていたとの情報を得ることが出来た。それを元に彼の自宅を訪れたのだが。
「‥‥レフェツィア? と‥‥そちらは初見か」
 果たして現れたのは黒髪の男性、レシウスその人。彼は戸口に立つ二人を不思議そうに見た。
「アルファ・ベーテフィルです。自分達はセルシアさんの執事さんの依頼を受けてここに来ました」
 アルファの言葉にレシウスはぴくりと表情を動かす。
「このままじゃセルシアさんがどうにかなっちゃうかもしれないんだ。僕たちの話、聞いてもらえないかな?」
「‥‥わかった」
 レシウスは心中穏やかならざる表情で二人を招き入れた。


「執事さんによるとセルシアさんは一度だけでもレシウスさんに会いたいと言う気持ちを募らせて、体調を崩しつつあるとの事です」
「レシウスさんが決心して出てきたのはわかるんだけど‥‥一度だけセルシアさんに会ってくれないかな」
 二人の言葉を、レシウスは腕を組み、瞑目して聞いている。
「どうこうして欲しいってわけじゃないの。ただ会って元気になってもらえればって。レシウスさんも、セルシアさんが心配でしょ?」
 レフェツィアの必死の言葉にも、レシウスは瞑目したまま動こうとはしない。

 沈黙が、部屋を支配する。

「一度で、いいんです」
「お願い、できないかな?」
 沈黙に耐えられずに再度願いを告げた二人に、レシウスは深く息を吐いて答えた。
「‥‥本来ならばもう暫くここで情報収集などの下準備を済ませてから戻る予定だったんだが‥‥」
 目を開け、二人に笑顔を向けて彼は言う。
「出発は明日の朝でいいか?」
 承諾を表すその言葉にほっと胸を撫で下ろし、二人は大きく頷いた。

●3日目ナイアド――採取
「少し、時間を食ってしまったかな」
「まぁ、大丈夫でしょう。まだ時間は有ります」
 ドミニク・ブラッフォード(eb8122)とボルト・レイヴン(ea7906)はハーブが自生するという草原を目指していた。
 草原の位置と目的のハーブについての情報を得るために執事と会った二人だったが、セルシアの子供の頃の話や嗜好も知りたいと執事に尋ねたところ、執事の口は止まらない止まらない。「お嬢様はレシウスの後をついて回って‥‥」だの「ああ見えても幼い頃はお転婆で、何度肝を冷やした事か‥‥」だの、とりあえず彼女がレシウスを慕っていることと執事がセルシアを大切に思っていることだけは十分にわかった。
「なかなか上手くいかない世の中ではあるが、今回の方法だと気休めに近いな。例えハーブを取ってきたとして根本的な解決にならない訳だし」
「そうですね‥‥頼りになる薬師らしいカルムに同行していただけないまでも、話だけは聞いていただけるといいのですが」
「最優先事項はレシウスを見つけることだからな、王都に残った二人に余力があれば見つけてもらいたいとは思うが。俺達は彼女と彼の愛のために‥‥さあハーブを摘みに行こう」
 ドミニクが手を伸ばした先には、ハーブだけでなく花も咲き混じった草原があった。


「だ、だいじょうぶですか?」
 口元を押さえるようにしながら、ボルトは前方に立つドミニクに尋ねる。彼もまた口元を覆うようにしていた。大きなカビの塊に斬りかかった時に撒き散らされた胞子の様なものに対して、思わず口元を押さえたのである。
「なんとか‥‥。なんだこいつは、斬りかかると胞子を撒き散らすのか」
 ドミニクがもう一度剣を振るう。ぶわっとカビが胞子を撒き散らす。何とか胞子に含まれる毒性には抵抗していたが、これではきりがない。
「松明を使って燃やすか‥‥あれ?」
「どうしました?」
 懸命にバックパックを漁っては首を傾げるドミニクに、ボルトが尋ねる。ドミニクは彼に苦笑を返した。
「どうやら持ってきたつもりが、忘れていたようだな」
 用意してきたつもりの松明が、手荷物の中になかったのである。これではどうしようもない。
「仕方ない。なぁボルト、執事殿の言っていたハーブはこの魔物の側にしかないか?」
 ドミニクの問いに薬草採取や園芸好きのボルトは、執事から得た情報を纏めた羊皮紙と草原を見比べた。
「そうですね‥‥この一体の周りと、あちらの一体の周りにあるのが目的のハーブのようです」
「ではあちらの魔物の側のハーブを採取しよう。採取可能な量は減るかもしれないが、どうやらこの魔物は衝撃を与えなければ何もして来ないようだ」
 幸い魔物の位置は離れており、攻撃を仕掛けなければ近づいても何もして来ないということは先ほどの経験でわかっていた。
「わかりました」
 ドミニクの提案を呑み、ボルトが目的のハーブへ駆け寄る。ドミニクは少しでもセルシアの心の支えになればと草原に咲く花や近くに自生していた木の実なども加えて採取した。


「お嬢様、これをお飲みくださいませ」
 執事の差し出したカップからはハーブ独特の香りが立ち上っている。セルシアは朦朧とした意識でそのカップを受け取り、香りを嗅ぐ。
「‥‥これは」
「この方々が採取してくださったのです」
 執事に紹介され、ドミニクとボルトは彼女の私室へと足を踏み入れた。
「ボルトと申します」
「俺はデフェンスに定評のある鎧騎士のドミニクだ。よろしくな」
 ‥‥定評あるって自分で言ちゃうんだ。
 二人の挨拶にセルシアは微笑み、きちんと姿勢を正し、貴族の令嬢らしい洗練された挨拶をしてみせた。
「無理はなさらず、今はそれを飲んで体調を整えてください」
「そうだな、それを飲んでゆっくりと眠れば、目覚めた時にはきっといい事があるだろう」
 執事によるとそのハーブにはどうやら誘眠作用もあるらしく、煎じたそれを飲めば今の彼女なら最低でも一日はぐっすりと眠ってしまうだろうとの事だった。
 サイドテーブルに花や木の実の入った籠を置いたドミニクとボルトを見て、セルシアは弱々しくだが微笑んでカップに口をつけた。


●5日目ナイアド――再会
 これは夢、そう夢なの。
 やっと逢えた――貴方の声がする。
「‥‥ア、セルシア」
 どうしてかしら、目を開けたはずなのに夢から醒めないなんて。
 あの人の顔が、こんなに近くにあるなんて。
「‥‥レシウス? ‥‥本当に?」
 未だ夢心地のまま延ばされた彼女の手を、ベッドサイドに膝を着いたレシウスは握り締める。
「ああ、俺はここにいる」
 その力強い言葉と掌から伝わる温もり。セルシアの瞳に涙が溢れる。
「‥‥逢いたかった!」
 首にしがみつくようにして抱きついた彼女の背中を、彼はあやす様に撫でながら抱きしめた。


「これでセルシアさんも元気になってくれるかな」
「根本的な解決にはならないけどな、あのまま弱り続けるよりはずっといいだろう」
 幸せそうな二人を見て呟いたレフェツィアに、腕組みをして部屋の壁に寄りかかっていたドミニクが返す。
「王都で聞いたのですが、どうやらレシウスさんは一攫千金を狙っていたようで。もしもそれが成功すれば借金も返せて、セルシアさんは嫁がずに済むのではないですか?」
 アルファが話に加わる。レシウスは王都を出る際に、何かを大切そうに抱えていた。尋ねたところどうやら依頼した冒険者達が価値のありそうなものを持って帰ってきてくれたが、鑑定がまだ済んでいないためどれほどの価値があるのかはわからないと言う。
「そう簡単に、借金を肩代わりしてもらう必要がなくなったから婚約を白紙に戻すという事が出来るかわかりませんが‥‥いいように事が進むといいですね」
 ボルトの言葉に一行は頷いた。

 これがほんの束の間の幸せに過ぎないという事は本人達が一番良くわかっているだろう。
 だからこそ、邪魔をせずに見守り、二人の今後を祈る――今四人に出来る事は、それだけだった。