【魅惑の芳香】青年調香師の苦悩

■ショートシナリオ


担当:天音

対応レベル:8〜14lv

難易度:普通

成功報酬:3 G 32 C

参加人数:5人

サポート参加人数:-人

冒険期間:06月23日〜06月28日

リプレイ公開日:2008年06月30日

●オープニング

●来落したて
 調香師とは、香りのスペシャリストである。
 様々な香りを操り、理想の香りを作り出す香りの魔術師である。
 少なくとも地球では、それが職業として成り立っていた。


「だから、『調香師』です」
「‥‥‥チョウコウシ、ですか」
 目の前の青年の言葉に、弱ったように苦笑するギルド職員。仕事を探していると言って来たこの青年の言う彼の職業に、聞き覚えが無いのだ。
 聞けばこの青年、フレグランスオルガンと呼ばれるアタッシュケースだけを手にし、気がついたらこの世界にいたという――そう、地球と呼ばれるところから来た天界人らしい。
「一体何なんですか、この世界は。ファンタジーの世界のようですが‥‥まあ、言葉が通じてよかったかと思えば、全てが通じるわけじゃない。一体こんな所でどうしろと」
 そんな、ギルドのカウンターで不満をこぼされても。
「この世界の事を知りたい、それととりあえずお金が無いから仕事を探しているといったらここを紹介されたんですよ? ここは仕事を斡旋してくれる所じゃないんですか?」
「ええ、仕事を斡旋していますよ。貴方達のような冒険者に対して、仕事を」
「ですから、僕は『冒険者』とかいうものじゃないんですってば。『調香師』です!」
 先ほどからこの繰り返しだ。さすがのギルド職員も、地球から来落してきた者がこの世界で冒険者としての力を持っているというそこから説明しないとならないのはちょっと骨が折れる。この調子じゃそう説明しても簡単には納得してくれないだろう。
「とりあえず‥‥貴方のお名前は?」
「石月蓮、年は26。職業は調香師」
「‥‥その『チョウコウシ』というのはどんな職業で?」
 そうだ、はじめからそう聞けばよかったのだ。
「色々な香料を調合して香水などを作り出す職業だよ。香りの研究をしているんだ」
 蓮のその言葉に、ぽむ、とギルド職員は手を打った。
「それならこの世界で言うと、錬金術師の領分ですね」
「‥‥錬金術師?」
 今度は蓮が腑に落ちない顔をする番だ。
「錬金術師って何、あのファンタジーに出てくる、鉄を金に変える研究をしているとかいう胡散臭いやつ? あんなのと一緒にしないでくれ。僕はしっかりした職業として、香りの研究、開発、作成を行っていたんだ。そんな得体の知れない職業なんて‥‥」
「ですが、この世界では香りの研究をしている錬金術師もいるんですよ。そういった研究はすべて錬金術師の領分なんです」
 きっぱりと言い切ったギルド職員を、蓮は睨みつける。
「そもそもこの世界は何? どうして僕はこんなところにいないといけない? ここでは調香師としての仕事が無いというのか?」
「とりあえず、落ち着きましょう」
 今にも掴みかからんとする蓮の肩に手を置き、職員は落ち着かせようとする。
「おそらく貴方がいた世界とは、存在する設備も材料もがらりと違うと思います。ゆえに、この世界で研究を続けるのは困難かと」
「‥‥‥‥‥」
 無言で睨み続ける蓮に言い聞かせるように、職員は続ける。
「この世界ではチョウコウシとやらは職業として成り立っていないんです。研究を続けるとしたら、先達の錬金術師に弟子入りするか、パトロンを見つけるかする必要が有るでしょう。ただし、それらを探すにも生活の為の基盤をまずは作る必要が有ります。どうでしょう、冒険に出てみては?」
「だから、冒険とかって何? 僕に出来るはずないだろう?」
「だから、貴方達地球人には――‥‥‥」
 説明しようとしてそこで力尽きた職員。大きく一つ溜息をつく。
「――そういえば一人、錬金術師に心当たりがあります。香りの研究をしているかどうかはわかりませんが、彼女に聞けば他の錬金術師を紹介してもらえるかもしれません」
「ふぅん?」
「ですが彼女の住処がある森の中へ行くには、モンスターの出没する道を通らねばなりません」
「はぁ? モンスター? どこまでファンタジーの世界なのさ」
 蓮の言葉を無視して、職員は続けた。
「貴方を彼女の所まで護衛する依頼を出し、冒険者を募りましょう。この世界の事など、詳しいことは彼らに聞いてください」
 投げた!?
 丸投げだ!
「わかった。そうしよう」
 承諾した!?

 かくして、来落したばかりの地球人の護衛兼世界観把握依頼が張り出されたのである。

●今回の参加者

 ea3475 キース・レッド(37歳・♂・レンジャー・人間・イギリス王国)
 eb1004 フィリッパ・オーギュスト(35歳・♀・神聖騎士・ハーフエルフ・ノルマン王国)
 ec1201 ベアトリーセ・メーベルト(28歳・♀・鎧騎士・人間・メイの国)
 ec2869 メリル・スカルラッティ(24歳・♀・ウィザード・パラ・メイの国)
 ec4427 土御門 焔(38歳・♀・陰陽師・人間・ジャパン)

●リプレイ本文


「初めまして。土御門焔と申します。宜しくお願いします」
 土御門焔(ec4427)を最後に5人の冒険者が挨拶を終えたところで、石月蓮は腕組みを解いた。そして名乗る。多少横柄な態度だが、彼もまた「冒険者」という謎の職業の人物達に囲まれてなんともいえない気分なんだろう、仕方あるまい。
「ここでは大気に満ちる精霊の力によって、発する言語は違っても人型の生き物は言葉が通じるみたい。ギルドの職員の人と話してたみたいだけど『ファンタジーみたい』ってちきゅうにもこちらと同じ世界があるの?」
 興味津々の体で蓮に話しかけるのはメリル・スカルラッティ(ec2869)。メイの国出身の彼女にしてみれば、アトランティス以外の他国の者はすべて天界人なのだから、興味の対象なのかもしれない。
「本やゲームなどでここみたいな世界を舞台にしている物が多いんだ。実際にあるわけじゃなくて、架空の世界を本やゲームなどの媒体を通じて楽しむ、そんな感じ。魔法や剣や精霊、竜なんかが飛び交う世界を総じてファンタジーの世界って僕達の所では言うんだ」
「そのファンタジーとやらの中の人物がどういう働きをするのか、今回は目的地に着くまで実際に見てもらうことになるよ」
 早速馬車の御者席に乗り込んだキース・レッド(ea3475)。
「まずは冒険に必要なものから調達しましょうか?」
「そうだね。着替えは持ってる? 保存食は?」
 馬車に乗り込みながら振り返るベアトリーセ・メーベルト(ec1201)にメリル。蓮がそんなものを持っているはずもなく、まずは街中で保存食や野営用品を調達する事になった。



「それでは順を追って説明していきましょうか」
 ガタゴト揺れる馬車の中、にっこり微笑んだのはフィリッパ・オーギュスト(eb1004)。一度に説明しても、色々な事項をバラバラに説明しても理解できないだろうとの考えからだ。
「まずは冒険者ですけれど、一言で言うなら『何でも屋』ですね」
 探検やモンスターの退治だけでなく、お使いや人探し、お祭りのお手伝いをしたり困った人を助けるのが多いというベアトリーセの言葉に、「まさになんでも屋だな」と蓮は苦笑する。
「いわば地球で言う傭兵だ。守秘義務はあるが、個人の意思が尊重される自由業だ」
「冒険者になるなら適性もですが、それよりも自分が心動かされた依頼を受けると良いと思います」
 馬車を操りながら補足するキースに、ベアトリーセも続けた。
「天界人と評される方は貴方の様に独自の進んだ得意分野を持っておられますけど、他にもなんと魔法の才能があるそうです。最も才能なので磨かなければ隠れたままですが」
「精霊魔法やオーラ、はてはゴーレムも操縦できる適性が高いんです。地球の人が危機を救うという伝説などもあります」
 フィリッパにベアトリーセが続け、ここで蓮がゴーレムについてた尋ねて来たのでそこでは鎧騎士のベアトリーセがゴーレムについての一般的な説明をした。それを聞いた彼が「ロボットアニメかよ」と額に手を当てて呟いたとか。
「ここは西洋風の国ですが、私のいたジ・アースのジャパンという国は、恐らく貴方のいたと思われる国と一番似ていると思います。けれども異なっている部分も多々あります。私は元いた国では安部晴明を最高責任者とした陰陽師をやっていました」
 焔の言葉に蓮は目を見開き、驚きを隠せないようだ。さすがに安部晴明の名前くらいは聞きかじったことがあるようで。
「これは私の国で使われていた香りのアイテムです。どのくらい時代に開きがあるのか判断材料になるのではないでしょうか」
 そう言った焔から差し出されたのは春の香り袋と翡翠の香炉。
「これは‥‥」
 さすがに香りを仕事にする者としてその道具の使用用途を察したのか、蓮の顔つきが変わる。
「‥‥なるほど、何となく時代の差はわかった」
 深い溜息の後吐き出されたのはそんな言葉。言葉での説明以上に香りでの時代把握が彼にとっては一番納得しやすかったのかもしれない。一同はまず納得してもらえた事で、少し安堵する。
「次に『チョウコウシ』という職業についてですが。セイブツでもカガクでも学ばれる方は一般の方からは『学者』と呼ばれると聞いています。この世界では『錬金術師』というのが研究者の一般的な呼び方なのです」
「聞けば君たちの『カガク』も元は錬金術から発展した知識なのだろう?」
 フィリッパとキースの言葉を蓮は黙って聞いている。
「職業やノウハウが確立されていない所で一般社会に認められて始祖となるには、まず近いところから始め、その中から専門性を高めて知名度を高めていくのが良いでしょう。錬金術師の中から個性で頭一つ抜け出すのです」
「呼び方は自由だし、調香師だと言い続ければ良いんじゃないかな。錬金術の先生たちも研究するものがそれぞれだし、香りを作るにも設備が必要でしょ? 紹介された錬金術の先生の所で暫く厄介になると良いよ」
 ゆっくりと諭すように告げるベアトリーセと明るい調子で告げるメリル。まだ錬金術師という名前に腑に落ちないものを感じているのか、蓮は微妙な表情をしていたが、顎に手を当ててぽつりと口を開いた。
「この世界で香りの需要が無いというわけではないんだな?」
「もちろん。高級な嗜好品なので庶民にまではなかなか回りませんが、貴族の、特に女性の間では需要はあります」
「服に焚き染めたり石鹸やお風呂に使われるお洒落な方はわりとおられますから。香り付けを得意とする錬金術師として名を上げ、貴族の後ろ盾を得て更に研究設備を整えるのも一つの手だと思います」
 ベアトリーセやフィリッパの、女性の意見を得て少しほっとしたような蓮。そんな彼に御者台からキースの言葉が飛ぶ。
「君のいた世界とこの世界では文明レベルが違いすぎるんだ。ともかく望みの職種を実現したければ、実績を積むしかないな」
「錬金術師‥‥か」
 そう呼ばれるのは本意ではないが、郷に入っては郷に従えという言葉もある。何とか納得しかけた蓮に、ふと疑問が浮かぶ。それは誰も口にしなかった事――
「――元の世界に帰るにはどうしたらいい?」
 彼のその言葉に一様に押し黙る冒険者達。その答えは推して知るべしという事だろう――。



「石月さん、大丈夫ですから落ち着いてください、馬が怯えます!」
 森の中。焔の馬に乗せられた蓮が、目の前に現れた蝶と大きな蜘蛛に驚く。キースとフィリッパ、ベアトリーセが素早く前に出て、焔やメリル、蓮を庇うように立つ。メリルのブレスセンサーによって敵の存在が把握出来ていた分、冒険者達にとってはそれほど驚きは無かったのだが、なにぶんこの地球人はモンスターに出会うのも戦闘を目にするのも初めてなのだ。
 メリルが詠唱をしている間、彼女を護るように愛犬のボルゾイがその隣に立つ。ベアトリーセとフィリッパが剣を手に蜘蛛に斬りかかり、キースのホイップが蝶の1匹を絡め取る。焔が高速詠唱のスリープで離れたところにいる蜘蛛を眠らせ、メリルのウィンドスラッシュがひらひら飛ぶ蝶を切りつける。
「‥‥これが戦闘‥‥」
 魔法に剣に鞭、それらで本当にモンスターと戦う姿を蓮は初めて目にしている。そのうちひらひらと飛び寄った蝶が燐粉を撒き散らし、メリルが苦しそうに呻くのが見えた。だが彼にはどうする事も出来ない。
「大丈夫、解毒剤を使うから!」
 メリルは蓮に笑顔を作って見せ、バックパックから取り出した解毒剤を一気に飲み干す。すると彼女の顔色も元に戻った。
「なんというか‥‥戦闘を見せられて、自分が冒険者の素質があるなんて更に信じられないよ」
 戦闘後に蓮が漏らしたのはそんな言葉。まぁ誰でも最初はそうだろう。
「磨かなければそのままです。けれども努力して才能を磨けば――それはどの分野でも同じではありませんか?」
 フィリッパの言葉。それに納得させられるものがあったのか、彼は「そうだな」と頷いて微笑んで見せた。それはしかめっ面ばかりだった彼の、初めての笑顔。


 程なく一軒の小屋が見えてきた。あれがギルド職員の言っていた女錬金術師の住処なのだろう。
「ここまでつれてきてくれて有難う。礼になるか判らないけど」
 その扉を叩く前、馬から下りた蓮は肌身離さず持ってきたアタッシュケース、フレグランスオルガンを開く。その中は階段状に仕切りがされていて、様々なラベルの貼られた小瓶がずらっと並んでいた。他にも皆が見たことの無いようなガラス製の容器や器具などが詰め込まれている。
「香水だ。良ければ貰って欲しい。自分で使わなければ誰かへの贈り物にでも使ってくれ」
 蓮は一人一人に僅かずつだが香水を手渡す。
「それと、もし僕がこの世界で新しい香水を作ることが出来たら――その時はそれを君たちにプレゼントすると約束するよ。冒険者達」
 そう告げた彼の顔は笑顔だった。
 冒険者達のおかげでこの世界の事実と自らの中のギャップとに折り合いを付けたのだろう。前に進むことを決めた、そんな顔だった。
 彼が冒険者として、または依頼人としてギルドに顔を出す日は、そう遠くないかもしれない。