【舞姫と空】かどわかされた蝶

■ショートシナリオ


担当:天音

対応レベル:8〜14lv

難易度:やや難

成功報酬:3 G 32 C

参加人数:7人

サポート参加人数:-人

冒険期間:06月22日〜06月27日

リプレイ公開日:2008年06月29日

●オープニング

●空に憧れて
「またあんなふうに空を飛んでみたいの」
 冒険者達のおかげで村を出ることを許された舞姫エスティマは、弟ルンと共にメイディアの街へと出て来ていた。ルンの笛とエスティマの舞で日銭を稼ぎながらメイディアの下町で暮らす、そんな日々が数ヶ月続いた。
 エスティマはグライダーが飛び行くのを見るたび、そんな風に呟いていた。
「そんな夢みたいな事、鎧騎士様にでもならない限り、無理よぅ。第一エスティマちゃんは高いところダメなんでしょう?」
「そうそう、そんな夢みたいな事言ってないで、いい年なんだからさ、結婚相手でも探したらどうだい?」
 世話好きのおばさんや別の旅芸人の女達は、エスティマが呟くたびにそう言って彼女の夢を笑うのだった。確かにエスティマは今年で19歳。結婚していてもおかしくない年齢である。
 蝶のように、風に揺らぐ花びらのように舞う舞姫。
 金の髪をなびかせるその美しい姿は、グライダーに乗りたがっているというその面白い噂と共にメイディアの下町を騒がせていた。


●いなくなった舞姫
 いつもの冴えないギルド職員は、その日飛び込んできた少年に見覚えがあった。確か数ヶ月前に姉を助けて欲しいと頼み込んできた――
「確か、ルン君だったよね?」
 カウンターを出、目線を合わせるようにして話しかける職員。少年は職員に掴みかかるようにして叫んだ。
「姉さんを助けて!」
「えぇえ!?」


 ルンと姉のエスティマはメイディアに来て細々と暮らし始めていた。だがエスティマは高所恐怖症という弱点があるにもかかわらず、まだ空を飛ぶことに憧れているという。
 そんな面白い舞姫の噂を聞いた一人の商人がいた。
 でっぷりと太ったその商人は、その日の興行を終えたエスティマとルンに近づき、こう話しかけたという。
「空を飛びたければ鎧騎士になればいい。わしのところに来れば、鎧騎士になる後ろ盾となってやろう」
 本当にその商人に後ろ盾となる力があるのか、確かめる術は二人には無かった。ルンは商人についていくことを反対した。必死に姉を止めた。だがエスティマは――
「僕が寝ている間に出て行っちゃったんだ! 隣の家のおばさんが伝言を預かったって‥‥」

 『お姉ちゃんは鎧騎士になるから、ルンは村へ帰りなさい、今まで私のわがままについてきてくれて有難う』

 それがエスティマの残した伝言だという。
「けどそんなうまい話があるわけないんだ! その商人は旅芸人一座や吟遊詩人から男女問わず美しいものを引き抜いて、貴族とかが宴を開く時に請われれば自分の抱えている芸人を差し出して、それで見返りを得ているらしいんだ。何人も、あの商人のお抱えになっているんだって」
「でもそれは、芸を披露する者達にとっては間違いなく良い後ろ盾なんだろう?」
「‥‥うん。その商人は他の商人よりも質の良い芸人を抱えている事を自慢にしているらしいし、芸人達にとっては衣食住に仕事まで斡旋してもらえる良い環境だと思っている人達もいるみたい。でも姉ちゃんは違う。姉ちゃんは騙されたんだ!」
 商人と芸人の、持ちつ持たれつの関係。だがエスティマはそれに加わるために商人の元へ行ったのではない。
「鎧騎士になれると思って、か」
 職員は呟く。少々甘い話に裏があることを疑わない無防備さを感じたが、ずっと小さな村での因習に囚われて大事にされて過ごしてきた女性ならば、このような駆け引きに疎いのも当然かもしれない。
「そう簡単になれるものじゃないと思うけどね、鎧騎士」
「姉さんだってそれは分かっていると思う。でも甘い言葉に心が揺らぐのは止められなかったんだと思うよ。この間冒険者にグライダーに載せてもらった時、凄く凄く嬉しそうだったもの」
「空に憧れる舞姫、か」
 職員は溜息をつくようにして呟いた。


●囚われの蝶
「さあ、舞ってみよ、舞姫」
「‥‥‥私は舞に来たのではありません。鎧騎士になれると‥‥」
「あはははは、そんな言葉を本当に信じたのか? 世間知らずにも程がある」
「なっ‥‥」
 商人邸の広間で、エスティマは驚愕で立ち尽くした。
 鎧騎士になれる、そう言われたから自分はここに来たというのに。
「お前には私の自慢の舞姫となってもらう。次の宴で早速披露だ。新しい踊り子を手に入れたと自慢してやる」
「約束が違います! 鎧騎士になる後ろ盾になってくださると‥‥」
「いつか宴で貴族や鎧騎士の目に止まれば、そんな機会もあるかもしれんな。だが、ただの踊り子を鎧騎士にしようなどと、誰が考えると思う?」
「‥‥‥」
 唇を噛み締め、恨めしそうに商人を見つめるエスティマ。だが商人はちっとも怯んだ様子を見せようとしない。
「着る物と食事と住む所と仕事。全てを斡旋してやるというのだ。踊り子としては悪くは無い話だろう? まあ、時にはわしや貴族に夜、侍ってもらうこともあるかもしれんがな!」
「嘘つき!」
「何とでも言うがいい。どうせこの屋敷からは逃げられやせん。芸人達の宿舎は常に傭兵達に見張らせておる。おい、こいつを連れて行け。怪我をさせぬように丁重に扱うんだぞ」
「いや、離して! 帰るわ!」
 傭兵に後ろから腕を掴まれ、連行されるエスティマ。だが非力な彼女が傭兵の力に勝てるはずも無く――
 叫ぶ声空しく、彼女は芸人達の住まう宿舎へと連れて行かれた。

●今回の参加者

 eb2638 シャー・クレー(40歳・♂・ナイト・人間・イギリス王国)
 eb3446 久遠院 透夜(35歳・♀・鎧騎士・人間・ジャパン)
 eb4482 音無 響(27歳・♂・天界人・人間・天界(地球))
 eb4604 青海 いさな(45歳・♀・忍者・ジャイアント・ジャパン)
 eb9356 ルシール・アッシュモア(21歳・♀・ウィザード・エルフ・メイの国)
 ec0844 雀尾 煉淡(39歳・♂・僧侶・人間・ジャパン)
 ec4205 アルトリア・ペンドラゴン(23歳・♀・天界人・人間・天界(地球))

●リプレイ本文

●芸人オーディション
「ほほう、そなたらがわしに雇われたいという芸人一座か」
 広間に膝を付き、頭を垂れた久遠院透夜(eb3446)を筆頭に彼女の横でひらひら揺れる布、青海いさな(eb4604)と2匹の柴犬、そしてシャー・クレー(eb2638)を見る商人。でっぷりと太った身体に脂ぎった額。あまり直視するに耐えない容姿だが、ここは雇われなくてはならないのだ、皆一様に笑顔を顔に貼り付ける。
「珍しいサンの動物が楽と共に舞い踊ります。ご覧下さいませ」
 透夜が蛇皮線をかき鳴らすと、一反妖怪がひらひらと舞い踊る。これには商人も珍しい珍しいと両手を叩いて喜んだ。
 次はいさなの番だ。彼女の役どころは犬使い。
「待宵、既望、さあ行きな!」
 彼女の号令で2匹の柴犬がシンクロした動きを見せる。主人の命令に忠実に、そして息のあった2匹のパフォーマンスに商人もうぅむ、と唸ってみせる。
 最後はシャー。彼の芸は――そう、その鍛えられた筋肉と素晴らしい顎。むんっとポージングしてニッと笑いかける。
「‥‥‥‥‥」
 その筋肉と顎に、一瞬場の空気が止まる。これはまずいか? と仲間達が思い始めた頃、商人が顎に手を当てて口を開いた。
「いや、うーむ。わしの趣味ではないがアリかもしれん。先だってのパーティでご婦人方から『ひょろ長い芸人ばかりでなく、がっしりとした体躯の芸人はいないのか』と言われていたところだ」
「と、いうことは‥‥?」
 透夜が仮面を外し、猫かぶりモードでにっこりと微笑む。
「よし、合格だ。数日後のパーティに同行してもらう。それまでは宿舎で芸を磨いて過ごすがいい」
 こうして三人の潜入は、意外にあっさりと成功したのである。


●下準備
 ルシール・アッシュモア(eb9356)は怒りを隠せずにいた。それは商人に対してだけでなく、エスティマに対しても。
「(彼女の境遇は理解できる、同情もする。でもあまりに無知すぎる。彼女はもっと知るべきだ、勉強するべきだよ)」
 実家に寄って持ってきた、自身が子供の頃使っていた教本や筆記用具、羊皮紙などを抱え、彼女は商人ギルドへの道を歩む。彼女はエスティマの、無知から来る甘さが許せないでいた。救出した暁には、その点を叱りつけるつもりでいる。


「無事に雇ってもらえたようですね」
「そちらも成功したようだね」
 芸人宿舎に入ると、先に占い師として潜入していた雀尾煉淡(ec0844)が三人を出迎えた。
「少し大掛かりな支度が必要でしたが、何とか信用してもらえました。パーティへの同行も要請されましたから、皆さんと共に行動できます」
 小声で話すいさなに、煉淡も小声で返す。シャーと透夜はさて自分達の部屋は何処だ、と案内した者に尋ねて二人の会話が聞こえないようにと配慮する。
 部屋は新人同士ということで透夜といさなが同室、シャーと煉淡が同室となった。まだ日の高い時間だからだろうか、各部屋からは歌声や楽器の音、ステップを踏む音などが聞こえる。誰しも練習に熱心で、新しく入った芸人になど興味が無いようだ。あるいはライバルに負けないようにということだろうか。商人は邪な気持ちも持ち合わせているようだが、集った芸人達にとっては良い後ろ盾で、本当に頑張って芸で身を立てようとしている者もいるという事だろう。
「それじゃあたしはこの子達を馬小屋に連れて行くよ」
「いってらっしゃいだぜ」
 いさなが仲間にウィンクして見せ、柴犬達を連れ出す。シャーはそれに親指を立てて答え、そして煉淡と連れ立って部屋へと向かう。透夜はエスティマのいる部屋を探すべく、宿舎内を歩き始めた。いさなは馬小屋に犬達を預けると同時に馬車への細工を目指す。パーティーへ赴く当日、芸人たちが乗る馬車が良いタイミングで故障するように、と。


「‥‥商人と芸人、利害が一致している人もいるのでしょうけど」
「エスティマさんの場合は違いますからね」
「騙される側にも非はあると思いますが、騙すのは許しがたいですね。でも、彼女の甘い考えは少し頭にきます」
「‥‥‥」
 塀の外から芸人宿舎の様子を窺うアルトリア・ペンドラゴン(ec4205)と音無響(eb4482)。エスティマの「鎧騎士」という仕事を理解していない所が問題だと指摘するアルトリアだったが、響は「空を飛びたい」というその気持ちは応援してあげたいと思っている。
「じゃあ、始めますね」
 予定通り響がテレパシーの詠唱を始める。彼はかつてエスティマに会い、彼女をグライダーの後部座席に乗せたこともあった。
『エスティマさん、黙って聞いて下さい。お久しぶりです響です。絶対助けに行きますから』
 響の強い言葉に、不安が一気に払拭されたのだろう、エスティマからは安堵したような思念が返って来た。


●強襲→強奪
 色々と内外で下準備を進めている間に、パーティの当日となった。商人は今日のパーティに連れて行く芸人達に粗相のないよう言い聞かせ、自分は少人数乗りの豪華な馬車に乗る。芸人達は透夜を始めとした冒険者4人とエスティマ、それに楽器を抱えた線の細い吟遊詩人らしき男性と、歌い手らしい女性2人だ。それらがいさなが細工を施した馬車に乗り込む。おっと忘れてはいけない、もちろんいさなの愛犬達も一緒である。
 馬車はゆるゆると目的の屋敷への道を進む。だが突然、車輪の片方がはずれ、がたんと大きく傾いて停車した。
「何事だ! 時間がないのだぞ!」
「申し訳ありません、車輪が外れてしまって‥‥。少し時間が掛かりますが、直りますので」
 馬車の外でそんなやり取りが聞こえる。冒険者たちは息を潜めて脱出のタイミングを計っていた。
「むむぅ、仕方がない。わしが先に行って間を持たせておく。急いで来るんだぞ!」
 商人は再び馬車に乗り込んだのだろう。馬の嘶きが聞こえ、轍が道を走っていく音が聞こえる。
「さあ、行こうか!」
 透夜の号令でシャーが馬車の外へ飛び出る。何事かと驚いた御者を一反妖怪が巻き付き、車輪を直そうとしていた護衛をシャーがスープレックスで投げ飛ばす。
「ほら、早く。逃げるんだよ」
 自分の娘も生きていたらこのくらいになっただろうか、そんな思いを抱きながらいさながエスティマを促す。
「さあ早く、こっちです」
 響やルシール、アルトリア達が予め目星をつけておいた逃げ道へと誘う。煉淡はスモークフィールドのスクロールで煙を発生させ、護衛達の目隠しとした。
「おっと、寄って来ないでほしいじゃん」
 もう一人の護衛をシャーが投げ飛ばした。
「急いで離脱してください」
 煉淡の叫びを受けて、全員が用意された退路へと逃げていった。
「‥‥商人に伝えろ、空に憧れる小鳥を無理に閉じ込めた所で歌ってくれるものか、とな」
 透夜の声が煙で包まれた馬車に投げつけられた。


●お説教と実践と
「最初にやるべき事は、もうお分かりですよね?」
 安全圏に到着して息切れも収まらぬうちにエスティマに投げかけられたのは煉淡の言葉。その言葉に彼女は固まる。
「まずはルンに謝るんだよ。それでその後は鎧騎士という職業について、それだけじゃなくて世間についてもっと勉強する事」
 ルシールが厳しい調子でまくし立てる。それにアルトリアも加わった。
「鎧騎士がどういう職業か、理解してないようですので。ただ空を飛ぶ職業ではないという事をしっかりわかってもらいたいです」
「俺からは一言だけ。何かを成そうって時はそれ相応の覚悟も必要だと知っておくのがいいんだぜ」
「あんたには心配してくれる人がいるってことを忘れないでおきなね」
 シャーといさなは他の仲間たちが説教をするだろうからと一言ずつに留め、後ろへと下がる。
「鎧騎士は戦うのが仕事。決してエスティマが思っているような楽な職業じゃないよ。ただ飛びたいだけの女を王様が雇うはずなんか無い。少し現実を知った方がいいよ」
「‥‥はい」
 ルシールの直球のお説教にしゅん、と小さくなるエスティマ。彼女を庇うように前へ出たのは響だった。
「確かに色々問題あったけど、そこまで言う事はないんじゃないですか‥‥空に憧れる気持ち、俺は凄く良くわかるし」
「ルシもただ怒るだけで終らせるつもりは無いよ。これ、ルシが子供の時使っていた教本とありったけの筆記用具。これで勉強する事を勧めるよ」
「確かにアッシュモアらが言う通り、鎧騎士はエスティマの目指すものとは違うと思う。これは一度経験した方が早い」
 ルシールから紙束を受け取り、戸惑っているエスティマに透夜から提案されたのは更に戸惑う言葉。
「『鎧騎士が空を飛ぶ事の意味を知ってもらう』という理由でギルドからグライダーを借りてきた。私と音無で模擬戦闘を行おう。その後ろに乗って一度、空戦を体験してみるといい」
「‥‥え?」
「大丈夫です、少し曲行したり急降下することはありますが、落としたりはしませんから」
 にっこりと笑顔を浮かべる響。彼はいまいち事情を把握できていないエスティマに、優しく告げる。
「もう、騙されたりしないでくださいね‥‥グライダーの操縦知りたいなら、俺も教えることが出来ますから。もっともその為には、高所恐怖症をしっかり治さなくちゃ」

 この後、透夜の操縦するグライダーが鞭を武器に響とエスティマの乗ったグライダーを追い、響のグライダーは多少無茶な機動をしつつもそれを避け続けるという模擬戦闘が行われた。
 これによりエスティマは軽く失神したが、その身をもって鎧騎士が飛ぶということの意味を知っただろう。
 まずは世間を知ることから。
 空に憧れる舞姫は冒険者達に叱られ、協力してもらい、世間の厳しさをその身に染み込ませたのである。