災禍の子息〜ギルベルト・ドレーアー〜
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■ショートシナリオ
担当:天音
対応レベル:8〜14lv
難易度:やや難
成功報酬:3 G 32 C
参加人数:9人
サポート参加人数:-人
冒険期間:06月27日〜07月02日
リプレイ公開日:2008年07月04日
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●オープニング
●来訪のわけ
「らっしゃい!」
酒場の扉の開く音を聞いて、主人が元気の良い声で挨拶をした。夕食時の丁度混み合う時間帯だ。そう、この酒場は昼間は食堂として営業しているだけでなく、夕方も食事を提供している。
主人もいちいち入店者の顔を見てはいなかった。客を捌くので精一杯だったのだ。だからそれに気がついたのは、ミルクリゾットを客のテーブルに運んでいた酒場の娘、ミレイアだった。
「ギルベルト君!?」
驚き、その入店者に駆け寄る。
その入店者は一目見るだけで質の良いものだと判る衣類に身を包んだ、7歳ほどの少年。後ろに立った付き添いの若い執事がぺこり、と頭を下げた。
ミレイアの大声で入り口に目をやった客たちがざわつく。ここは貴族と思われるその少年が足を運ぶような場所ではないからだ。
「坊ちゃまがどうしてもミレイアさんと遊びたいと申されまして‥‥わがままかと思いますが、少しの間坊ちゃまのお相手をしていただけないでしょうか?」
「出歩けるってことは、体調は悪くないんだよね? いいよ、何をして遊ぼうか?」
執事が頷くのを見て、ミレイアはギルベルトと視線を合わせるべくしゃがみこむ。対するギルベルトは何故か真剣な顔でミレイアを見つめ、呟いた。
「ミレイアの部屋が見たい」
「いいよ、じゃあこっちに」
促すミレイア。執事はその後ろについて行こうとしたが、ミレイアの母に「ご苦労様です」とお茶を出されたため、近くの椅子に座ってそれを受けざるを得なかった。一度は辞退したものの、どうしてもといわれてまで断り続けては不審だから。しかし彼の瞳は鋭く、二階への階段へと連れ立っていく二人を見つめていた。
「階段、気をつけてね」
ぎしぎしと音を立てながら階段を昇る二人。ミレイアの後ろから昇るギルベルトが彼女のスカートを引いた。
「ん? どうかした?」
振り返ったミレイアだったが、ギルベルトは先ほどと同じ真剣な表情のままで。何かを警戒しているのか、黙ったままでポケットから折り畳んだ羊皮紙を取り出して彼女の手に握らせた。
「‥‥‥後で、読んで」
それだけ呟くと、ギルベルトはその羊皮紙を早くしまうようにと身振りで指示する。ミレイアは訳が判らないままそれをポケットにしまいこんだ。
「体調が悪くなったから、今日は帰る‥‥」
それを確認するとギルベルトは今昇ってきたばかりの階段を駆け下り、再び店内へと舞い戻った。「どうしたんですか、坊ちゃま」という執事の声が聞こえ、そしてそれはいとまを告げる声へと変わった。
「(ギルベルト君は、一体何をしにきたんだろう?)」
ミレイアは階段に座り込み、渡された羊皮紙を眺めたが、そこに書いてある文字を読むことは出来なかった。
●助けを呼ぶ小さな声
先日、ドレーアー子爵の別邸がカオスニアン盗賊達に襲われたのはまだ記憶に新しい。
別邸にいた子爵と夫人、そして使用人の殆どが殺害され、生き残ったのは屋根裏に逃がされた7歳の子息ギルベルトとその時館を訪れていた酒場の娘ミレイア、そして二階で足を負傷して転がされていた執事だけだ。
冒険者達はカオスニアンと恐獣を退治し、無事に生存者を救出した。それで終わりのはずだった。
だがミレイアが一枚の羊皮紙を持ち込んできたことで、状況が変わったのである。
「ねぇねぇ、これ読んで」
別に暇だったわけではない。たまたま彼の目の前にお客さんがいなかっただけだ。だが支倉純也は業務外のそのお願いに嫌な顔一つせず、少女から羊皮紙を受け取って目を通した。
「これは‥‥どういうことです?」
「なんて書いてあったの?」
カウンターに身を乗り出したミレイアに尋ねられ、純也は眉根を寄せたまま文面を読み上げた。
『父上と母上が消される。たすけて』
+−+−+
「少し調べてみました」
あの事件の後、一人残された跡取りのギルベルトがどうなったか、だ。
父親である男爵に身寄りは無く、母親の妹のみが唯一の身寄りである彼は、幼い事と身体が弱いこともあって、すぐに爵位を継ぐことにはならなかった。一応叔母が後見人的立場になりはしたものの、叔母も嫁いだ身。密に世話を焼く事は出来ず、ギルベルトの生活や世話の管理は男爵夫妻が信頼していた執事のベルントに全て任されているという。このベルントというのが唯一生き残った執事だ。彼は財務管理にも明るく、文字通り全てを任されている。
「彼とギルベルト君が本邸に戻ってから、彼の元で本邸の使用人の一斉入れ替えが行われたようです。古くからの使用人は解雇され、新しい使用人を沢山雇っているらしいです」
「それとあの文章と何の関係があるの?」
「ギルベルト君の様子はどうでした? どこか変な所はありませんでしたか?」
純也に問われ、ミレイアは首をかしげてしばし考える。そういえば、何か違和感を感じたような‥‥
「あ、なんていうんだろう、あの執事さんを怖がっているというか、避けたいって感じだった。それを私に渡した時も、早く隠して、って感じだったし」
「ということは、ベルントさんが何か行っている可能性が高いですね。使用人の入れ替えも、何か古参の使用人がいてはまずいことを行っているからかもしれません」
「ギルベルト君を助けられる?」
悲惨な事件に巻き込まれた小さな少年。彼の為に何かしてあげたいという心がミレイアの瞳を真摯なものにする。
「‥‥やってみないとわからないでしょう」
だが純也は彼女を安心させるためだけの嘘は言わない。彼はとても生真面目な性格だった。
●リプレイ本文
●訪問と、調査と
「こんにちはー!」
少女の元気な声が、その貴族の館の入り口に響いた。ぎぎぃっと小さく軋む音を立てて開かれた扉の向こうには、執事ベルントの笑顔が。事前にシフール便で来訪を連絡していたとはいえ突然の訪れ。それを嫌な顔一つ見せずに迎えるのは執事としてのプロ意識のせいか。
「突然失礼します。こちらどうぞ皆さんでお召し上がりください」
ミレイアと同行したルイス・マリスカル(ea3063)が、彼女の母親に沢山作ってもらった焼き菓子の入ったバスケットを差し出す。ドレーアー夫妻が気に入り、特別に配達まで頼んだ品。これ以上の土産はない。
「ギルベルト君のお加減はいかがですか?」
先の事件で負った精神的ショックなどの後遺症検診の為に訪れたクロード・ラインラント(ec4629)がベルントに問う。
「ええ、まあ‥‥さすがにご両親を失われたショックは大きいと思います。ですが私達使用人の前では気丈に振舞われています」
小さく目を伏せたベルント。そういえば、とクロードは付け加えた。
「貴方もあの時怪我をなさっていましたね。その後いかがですか?」
あの襲撃の時ベルントの傷を見たのは彼だった。その傷は不自然な形でつけられていた。まるで自分でつけたかのように――。
クロードの問いにベルントは裏を窺わせぬ笑顔で答えた。完治いたしました、ご心配なさらず、と。
「支倉さん、心当たりとは一体どんな事ですか?」
メイディアの街中。前回の依頼でベルントに顔を覚えられているという事から、今回は裏での調査に回ることにしたファング・ダイモス(ea7482)が傍らの純也に尋ねる。その体躯からして目立つファングだったが、更に彼を目立たせてしまう愛用の武器は今は布で覆われている。
「残念ながら、ギルベルト君の両親が実は生きている‥‥という良い類の心当たりではありません」
「‥‥‥それは残念です。でも予定通り外部から人の出入りを監視します。支倉さんはベルントの裏社会への繋がりやカオスニアンとの繋がりを調べてもらえますか?」
「わかりました。何かありましたらミレイアさんの酒場で落ち合いましょう」
純也への指示を飛ばし、ファングは出来る限りの方法で自らの気配を殺し、目立たないようにしてドレーアー邸の監視に移る。ベルントが不審な人物と接触したら、それがすぐに分かるようにと。
同じくベルントに顔を覚えられているということで裏方に回ったアルトリア・ペンドラゴン(ec4205)は、解雇された元使用人の一人との接触に成功していた。その使用人はかなりの老齢で、本人曰く亡くなった男爵が幼齢のころから仕えていたとか。
「男爵様の突然の訃報が今でも信じられませんのぅ‥‥。そうこうしているうちにギルベルト様のためにという名目で私達は解雇されましてねぇ‥‥。死ぬまでドレーアー家に尽くすつもりでしたが、まぁこの年じゃあ解雇されても文句は言えませんのぅ」
「使用人の殆どが入れ替えられたと聞いています。若い人達はやめさせられて文句は言わなかったのですか?」
アルトリアの問いも最もだ。老婆は「そりゃあねぇ」と頷いてから続ける。
「文句を言いたい人もいたじゃろうが、解雇の代わりに一ヶ月は暮らせる分の給料が上乗せされていたんじゃ。これなら次の職場が見つかるまで食いつなぐ事ができるしのぅ」
なるほど、退職時の保障もしっかりしていたというわけか。しかし使用人全員分の保障となるとかなりの額になるだろう。その分の金子は一体何処から出ているのだろうか?
アルトリアは老婆に丁寧に礼を言ってその場を立ち去った。
●詮索
『お察しの通り、私達は親族です。特定の主を持たず、状況に応じて雇われている放浪暮らしなのです』
同じ苗字のマグナ・アドミラル(ea4868)とルメリア・アドミナル(ea8594)との関係を問われ、そう答えたイリア・アドミナル(ea2564)は簡単な薬の調合が出来るメイドとして雇われていた。今はお客様にお茶を出しに行く所である。
「(必死な思いで助けを呼ぶことにしたギルベルト君の思いに応えたい)」
部屋の掃除として客間を訪れた際、ギルベルトの話し相手兼教育補助として住み込みで雇われたアスタ・ユリスタ(ec5049)と接触した彼女は、その思いをより強くしていた。
一足早く屋敷に雇われたアスタによれば、ベルントは夜になってギルベルトが眠ったのを確認すると、自身も部屋に戻り様々な書類に目を通しているらしい。昼間の時間はできる限りギルベルトに尽くし、夜はその分寝る間も惜しんで仕事に励む――普通に考えれば良い執事だ。だが、
「多分男爵夫妻のプライベートルームだと思うのよね。何の用があるのか、その部屋に彼は入って行ったわ。何をしているかまでは分からなかったの。部屋の外にいるのがばれちゃって」
アスタは「屋敷に慣れなくて迷ってしまった」と言い訳してその場をごまかしたようだが、彼が何をしていたのかがとても気になるという。ギルベルトが助けを求めた理由がそこに隠されているのだろうか?
「お茶をお持ちしました」
イリアが客間にティーカップと空の銀皿を載せたワゴンを運んでいくと、中にいたベルントがそれを受け取り、バスケットから丁寧に焼き菓子を出して皿に並べていった。そしてソファに腰掛けている客達――ルイス、クロード、ミレイアとギルベルトの前へ慣れた仕草でそれらを配る。
中心に座らされているギルベルトは冴えない顔をしていた――そういえば屋敷に雇われてから何度か彼を見ることはあったが、一度も笑顔や子供らしい面を見ることはなかったなとイリアが思っていると「下がって良いぞ」とベルントの低い声が降ってきた。
「し、失礼致します」
イリアがぺこりと頭を下げて部屋の扉を閉めると、新入りのメイドなので非礼はお許しを、などというベルントの声が聞こえてくる。
「いえ、突然訪問したこちらも申し訳なく」
ルイスが丁寧に頭を下げ、ハーブティを一口戴いてから立ち上がり、ベルントへと視線を向ける。
「執事殿、少しお時間いただけますか?」
「なんでしょうか」
「ギルベルトさんの前では聞きづらい話題でして」
耳元で告げられたルイスの言葉に少し顔を顰め、ちらっとギルベルトを見たベルントだったが、彼が何か口を開く前にルイスが畳み掛ける。
「ギルベルトさんのことでしたら、連れが様子を見ていますから大丈夫でしょう。すぐに済みますから」
「そういうことなら外へ」
軽く溜息をついたベルントは、ルイスを室内へと促し、ちらっとギルベルトを見た後扉を閉めた。
「ギルベルト君」
ベルントの姿が見えなくなったことを確認し、できるだけ小声でクロードが少年に話しかける。少年はびくっと身体を震わせて、彼を見つめた。
「君の力になりたいから、辛い気持ちや悩んでいる事があれば何でも良いので話して下さい」
「ベルントは‥‥」
ともすれば聞き逃してしまいそうな小さな声で、少年は呟いた。クロードとミレイアはそれを聞き逃すまいと、静かに彼を見守る。
「父上と母上の大切なものとか、お洋服とか、そういうのをお部屋から消しちゃってる」
「!?」
「父上と母上の、いた跡が‥‥どんどん消されていく、んだ」
ギルベルトの言葉に、クロードの顔が強張る。
「なるほど、そういう意味でしたか‥‥」
「なになに、どういうこと?」
「私財横領‥‥」
とすれば、そのお金は何処へと動いたのか?
「(ベルントにとってあまりにも都合の良いタイミングでのカオスニアンの襲撃。カオスニアンがタイミングを計って襲ってきたなら、ベルントには裏社会との繋がりがあるのでしょう)」
ルメリアは「使用人の入れ替えは経費削減の為でしょうか。それならばお役に立てます」と自身を売り込み、何とか屋敷の経理に携わる許可を得ていた。さすがに最初は新人の使用人に大事な、お金に関する部分を預けるのを躊躇っていたベルントだったが、新しい使用人達の給与体系の見直しを彼女に命じた。
「(さすがに新しい使用人に、屋敷の全てに関わる帳簿は見せませんよね)」
ルメリアは軽く溜息をつく。ベルントに疚しい事があるというよりは、一家を預かっている執事として当然の行動だといえた。
彼女は辺りを見回し、部屋の中に自分しかいないことを再度確かめると、ブレスセンサーを使った。地下やどこかの一室に「全く動かない二人」――つまりギルベルトの両親が囚われているのではないかと考えたのだが――彼女が感知したのは別の不審な振動だった。屋敷の裏口から、時折躊躇うように立ち止まりながら屋敷に近づいてくる振動。これはなんだろうか?
ルメリアは部屋を出、裏口が見渡せる窓を探した。
「(む、不審な輩)」
マグナは屋敷の見回り中に裏口から近づく人影を見つけて隠身の勾玉にて自らの気配を消した。何が不審なのかというと、商人の様な格好をしているが足音がしないのだ。これは何者かが商人に化けているのだという事が彼には分かった。丁度同じ頃、屋敷の外を見張っていたファングも、同じ男を追って裏口の外に隠れていた。
「何の御用でしょう?」
取次ぎに出たのはイリアだ。新米だからと雑事を任されたのだがそれが逆に都合が良かった。商人風の男はベルントへの取次ぎを彼女に頼んだ。何かあるのではないか、彼女もそう思ったが顔には出さず、お待ちくださいと屋敷へと入る。
「貴方は若くして執事となり、信頼され、主家を支えるという素晴らしいお方ですね。失礼ですがご出身は良家のご子息でしょうか?」
廊下で「身近な人間から見たギルベルトについて」を聞いていたルイスが話を引き伸ばす目的で切り出した言葉に、ベルントは苦笑で答える。
「いえ‥‥家は商家でしたが、私が幼い頃に商売に失敗し、潰れてしまいました。故男爵様には路頭に迷う所だったのを引き取っていただき、お仕え出来るように教育していただいたのです。男爵様には感謝してもし足りません」
「そうですか、それは悪いことを聞いてしまいました」
ルイスはすぐに謝意を示したが、どうもベルントの表情が「感謝している」様には見えなかったのは気のせいだろうか。
と、そこにメイド姿のイリアが早足で現れた。ベルントに面会を求める客が来たとのことである。
●隠された事情
「‥‥‥あれだけここには来ないようにとお願いしたではありませんか」
「御代を戴いていないもんでねぇ」
「事前に取り決めた額に色をつけて支払いは済ませたはずです」
「いやぁ、こちらも多数の死人を出したもんでねぇ、あれくらいじゃ割に合わないんだよ。もう少し都合してもらえないかねぇ? あんた、この家の財布の紐を握ってるんだろ? あの坊やが遺産を継げば、実質あんたがこの家を牛耳ったも同然じゃないか」
商人の格好をした男の言葉に、ベルントは厳しい顔をしたまま黙っている。すると男は擦り寄るようにしてベルントに顔を近づけ、言葉を吐き出した。
「ばれちゃ困るんだろう? あんたが俺を通じてカオスニアンを雇った事」
二人のやり取りを監視していたのはファング、マグナ、ルメリア、そしてこっそりとベルントの跡をつけたイリアだったが、全員が全ての会話を聞きとめられたわけではない。ばれて困る会話はもちろん小声で行われているのだから。だがそれぞれが聞いた言葉を繋ぎ合わせると、このような会話が出来上がった。
「‥‥分かりました。少し時間を下さい。帳簿に載らない金を用意するのには時間が掛かるのです」
「へへ、話が早くて助からぁ」
男は下卑た笑みを浮かべながら、そそくさと裏口から出て行く。
ベルントは深く溜息をつき、ゆっくりと頭を振った。
●追加情報
純也の調べたベルントについての情報で意外な事実が判明した。
彼はとある商家のひとり息子であったが、彼が7歳の時に家は商売に失敗し、両親は彼を残して自殺。その後彼はドレーアー男爵夫妻に引き取られ、使用人としての教育を受けて若くして執事となったという。だが彼の両親の商売を失敗させ、多額の借金を背負わせたのはドレーアー男爵であるらしいのだ。男爵としては親を死に追いやってしまった罪滅ぼしとしてベルントを育てたのかもしれないが、もし彼が親の死の事実を知っていたとしたら――?