人魚姫の涙〜舞踏会への招待状〜
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■ショートシナリオ
担当:天音
対応レベル:フリーlv
難易度:普通
成功報酬:5
参加人数:5人
サポート参加人数:-人
冒険期間:07月09日〜07月14日
リプレイ公開日:2008年07月18日
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●オープニング
●散策日和――ではない。
7月、全国的に降雨量が多い季節とされている。遠くエの国では、ロゼの花が一斉に開花するとか何とか。
ともかくこの日、メイディアは突然降りだした雨に人々は家路を急ぎ、市場ではこれじゃ商売にならないと早々に店を畳む所が多かった。
そんな中シフールのチュールは濡れるのも構わず、ふよふよ飛び回っていた。激しい雨に、サイドに結ったポニーテールがだらんと垂れ下がろうとも、水滴が羽ばたくのに邪魔になろうとも、気にせずにふよふよふよふよ。いや、気にならないわけじゃないのだが、彼女の勘が告げている――今日は何か良いものが見つかる、と。
チュール、彼女の趣味は「大切にされて思いが籠ったもの」を探して集める事。たとえその物が古ぼけて捨てられた子供の玩具であろうとも、彼女には宝物に見えるのだ。
そんな彼女が本日気になったのは、薄暗い裏路地。
「(確かここは行き止まりになっていたはず〜)」
それでも何かがある気がして、薄暗いその裏路地に飛び入る彼女。彼女がだんだん奥に近づくにつれて、何か大きなものが奥に置かれているのがわかった。
「(んー? 確かこんな事、前にもあったような‥‥)」
何となく既視感を覚えた彼女。「それ」に近づく。
「まさか‥‥」
ごそ‥‥
すると突然「それ」が動いた。
さらり‥‥
「それ」の長い髪が音を立てて肩から滑り落ちる。
「あんた‥‥ディアネイラ!?」
彼女は思わず指を突き出し、数ヶ月前に海へ返したはずのマーメイドの名前を叫んだ。
●依頼日和‥‥なのか?
「あれ‥‥お二人って知り合いでしたっけ?」
ギルドのカウンターについたチュールと黒髪の男性――レシウスを見て職員が首を傾げる。
「いや‥‥直接的に知り合いというわけではないのだが、以前調べていた事件の時に、間接的に互いの事を知っていたというか」
多少困惑顔でレシウスは職員へ説明する。彼とて困っているだろう。メイディアの街を歩いていたら突然シフールに「あんた知ってる!」と声をかけられて、路地裏に連れ込まれたのだから。
要約するとこうである。
・チュールは路地裏で雨に濡れて脚がひれに戻ったディアネイラというマーメイドを見つけた
↓
・ひれが乾くまで待ってから自宅につれて行こうにも、雨は降り止まぬしチュールに彼女を担ぎ上げる事は出来ないしで困った
↓
・そこに、ナイアドからゴーレムシップに乗って到着したレシウスが通りかかった
↓
・「あんた知ってる! ちょっと助けてよ!」とチュールに言われ、レシウスは路地裏に引っ張り込まれた
↓
・事情を聞かされ、ディアネイラの足をスカートと上着で覆うようにして彼女を抱え上げ、チュールの家へと連れて行った
「具合の悪くなった女性を、助けてあげたというわけですか」
ディアネイラがマーメイドだという事は、とりあえず隠して話を進める。マーメイドの肉を食べると不老不死になるという伝説を信じて、彼女に危害を加えようとする人物がいないとも限らないからだ。彼女達はその迷惑な伝説のせいで、今でも滅多に陸に上がってこないという。
「まあ‥‥そういうことだな」
レシウスは雨で濡れた長い黒髪を拭きながら、椅子に腰をかける。雨だからだろうか、ギルドに人はそう多くなかった。
「で、依頼なんですよね?」
「そーそー。一緒に舞踏会に行ってもらいたいんだ」
「は?」
チュールの言葉に首を傾げる職員。「それって舞踏会の警護とかですか?」と聞き返し、「ちがーう」と小さな手でぺしんと叩かれる。
「彼女は舞踏会に出たくて陸‥‥じゃなくてメイディアに来たんだって。でも舞踏会なんて初めてだから、彼女と一緒に行ってあげて欲しいんだ」
もちろん、万が一にでも彼女の身体に水が掛かったりしないように注意してもらうという案件も含んでいるのだが、そこは引き受けてくれた冒険者にだけ話すこととする。
「ちょっと待ってください。舞踏会といってもどの貴族の、いつどこで開かれるものかわからな‥‥」
そんな風に職員が口を開くと、一枚の羊皮紙が彼の前に差し出された。
「運が良いのか悪いのか‥‥うちに届いたこの貴族の長寿を祝ったパーティの事のようなんだ」
レシウスの家――婿に入ったウェルコンス男爵家はその名の通り貴族だ。貴族の主催する舞踏会の招待状が来てもおかしくない。
「海辺でワルツの練習をしている男性に一目ぼれしたんだってさー。せめて一度だけで良いから、彼と躍ってみたいって」
一目ぼれというよりは人間に対する憧れに近いものだろうが。
「その女性は、ワルツは踊れるんですか?」
「多分――」
チュールはレシウスと顔を見合わせあい、首を振る。
――無理だろう。彼女はふだんは海の中で生活しているマーメイドなのだから。
「だから当日までに彼女にワルツを教えて、当日は慣れないパーティ中の行動をサポートして欲しいんだよ」
「パーティ当日の参加については問題ない。元々家族で招待されたパーティだったんだが、うちはちょっと今‥‥な。だから俺だけで来たんだが」
そうだった、レシウスの義妹の一人は先日――。
「遠縁の親族を連れて祝いに駆けつけたことにする。ちなみにこのパーティには裏の意味があってな、多くの女性を二番目の子息の目に入れるというのを兼ねている。朴念仁な子息の嫁選びも兼ねているんだろうな」
とあれば彼女が子息と踊ることを咎める者はいないだろう。問題は踊りと――
「衣装については任せておいて! 知り合いの商人に提供を頼んどいた! 手伝ってくれる冒険者にも、お金での報酬は出ないけど使ったドレスや衣装やアクセサリでお礼をするよ!」
「それならば、もし彼女がその子息に見初められれば、ハッピーエンドというわけですね!」
職員は興奮したように立ち上がる。だがレシウスとチュールは苦笑して顔を見合わせただけだった。
彼女が子息と結ばれる事は決してないのだから――。
それは彼女自身が一番分かっている。だから一度だけ、憧れが恋に変わる前にただ一度だけ、彼と踊りたいという夢を叶えてあげたいと思う二人なのだった。
●リプレイ本文
●淑女育成大作戦
チュールの家に集められた冒険者達は、そこで怯えるようにして家主の帰宅を待っていたディアネイラとの面会を果たした。チュールはシフールだが冒険者街に家を借りていて、別に家自体がシフールサイズというわけではないので安心して欲しい。
「またディアネイラに会えたのは嬉しいんだが、今度はパーティでワルツ? 人前に出るのに怯えるくせに、一度決めたことには頑として立ち向かうんだな」
前にディアネイラを助けた事のある布津香哉(eb8378)は、それを手助けしようとしている自分も相当お人よしかもしれないと思いつつ彼女に軽く笑顔を投げかける。
「すまんのう。人魚の嬢が人を怖がるのは、ワシらの祖先のせいぞな。もちろん今は昔の様なこと、誰も信じとらん」
トンプソン・コンテンダー(ec4986)は渋い顔をしながら昔からの迷信を語る。昔この世界の人々は、人魚の肉が不老不死の妙薬であると信じて人魚族を狩った事があったという。もちろん今はそんなことただの迷信だと笑う者が多いのも事実。だが被害にあった人魚族の方がそうそう簡単にその恐怖を忘れられるはずはない。
「ともかく、嬢の正体を貴族のお歴々の前で明かしたら‥‥大騒ぎぞなもし」
「大丈夫だ、その辺は心得ている」
トンプソンの言葉を受けてすっとディアネイラの前へ歩み出たのはキース・レッド(ea3475)だ。格式ばった礼をしてみせ、彼女を見つめる。
「ディアネイラ、君は確かに美しい。だが‥‥このメイディアでは2番目だな。一番はリンデンの歌ひ‥‥」
そこまで言った所できょとんとしている彼女の様子に気がついたのだろう、キースはくす、と笑ってみせる。
「ああ、そんなに呆けないでくれ。冗談だから」
どうやら冗談だったらしい。本当にそれが冗談だったかどうかは、本人のみが知るところだが。
「まぁん☆ 人魚姫ちゃんって、髪も肌もすべすべね〜。素材がコレだけ良いなら、最低限のメーキャップでもOKね」
働いているサロンへ行く途中にこちらの世界へ来落したのだという長曽我部宗近(ec5186)は、その長身を屈めてソファに座るディアネイラの白い頬を撫でる。ディアネイラが若干びくりと身じろぎしたように見えたが、それは人間への恐怖ゆえか、はたまた。
「こっちの可愛い妖精さんが、貸衣装やジュエリーを手配してくれるのね?」
話を振られたチュールはぱたぱたと飛んで宗近の肩へ座ると、「もう少しすれば来ると思うんだけど」と扉の方を眺める。どうやら衣装やジュエリーの配達を頼んだらしい。
「俺はヘアメイクも着付けも出来ないけど、色々入手して家で眠っていたのを持ってきたから提供します。色々着て貰って、携帯のカメラに納めておこうか」
香哉がバックパックから何着もの女性用の衣装や髪飾りを取り出す。丁度そこにチュールが頼んだという商人が大量の荷物を持って現れて、それを見た宗近が「まぁ! 選び甲斐があるわ」と目を輝かせた。
「僕は不器用だからお手伝いとか出来そうにないんだけど‥‥よかったら僕の分も衣装とか選んでもらえるかな?」
躊躇いがちに、でも綺麗な衣装に憧れを籠めて覗き込んだレフェツィア・セヴェナ(ea0356)に、「もちろんよ」と宗近はウィンクしてみせた。
「衣装を選んでもらっている間に、肝心のワルツの練習でもするかのう」
「‥‥あ、はい、お願いします」
大量の衣装を前にあれでもない、これでもないと議論を交わしている宗近とチュールに気おされたようにしていたディアネイラは、トンプソンの申し出にゆっくりと腰を上げた。
●足を踏むのはご愛嬌
「1.2.3‥‥1.2.3‥‥」
ソファをどけた居間にカウントの声が響く。衣装の山はとりあえず別室に移し、一番広い居間をダンスの練習に当てていた。
「あっ‥‥」
ぐらり、ディアネイラの身体が傾く。そこをすかさず相手役のトンプソンが支えた。
「むっほ〜、柔らかいのう‥‥色々と」
「え? 何か仰いました‥‥?」
普段足を使わないで過ごしているマーメイドの彼女には、ワルツのステップを頭で理解しても中々身体が追いつかないのだろう。下を向いて必死にステップの確認をしていたディアネイラが顔を上げる。
「いんや、何でもないぜよ」
聞こえてもおかしくない距離だったのだが、むしろ聞こえないでよかったのかもしれない。
「あ、ごめんなさい‥‥」
「いやいや、全然痛くないぜよ」
お約束どおりトンプソンの足を踏んだディアネイラは必死で謝るが、彼は全く気にした様子を見せない。むしろ役得という感じがする。
「ワルツか‥‥少し覚えておこうかな?」
「何なら教えようか‥‥?」
壁に寄りかかってしゃがんで踊る二人を眺めていた香哉に、隣で壁に寄りかかっていたレシウスが顔を向ける。
「え、踊れるのか?」
「一応、人並み程度には」
元は貴族の娘の乳兄妹であり私兵であったが今は時期男爵の地位にあるレシウス。嗜みとして彼が躍れるのに不自然はなく。
「ステップは彼のを見ていたら覚えただろう? 俺が女性のステップを担当し、リードする。‥‥踊ってみろ」
「え、ちょ、ちょっと待って」
いきなり手を引かれて焦る香哉。心の準備というものがある。だがレシウスはその時間を与えてはくれず、そのままポーズを取ってカウントを取り始めた。意外に強引というか、スパルタ教育のようで。女性役の方が背の高いこのカップルも、主役の邪魔にならぬようにステップを踏み始める。
ちなみにディアネイラも香哉も、何とか形になるまでに相手の足を何度も踏みつけたのは言うまでもない。
●華麗なる作品作り
「んん〜そうねェ、人魚姫さん。貴女には青やピンクも似合いそうだけど、ここはシックに黒いドレスなんてどお? 黒はね、女を美しく魅せるのよ。胸元には真珠よ」
衣装倉庫――もとい、別室。ワルツのレッスンを一通り終えたディアネイラは、今度はこっちの部屋に連れ込まれる。大忙しだ。
「‥‥素敵、です」
あてられたドレスを見て、はにかむ彼女。きまりね、と微笑んで宗近はディアネイラをカーテンの向こうへ送り出す。着替えの為だ。
「後はお化粧品なんだけど‥‥この世界の口紅も悪くはないのだけど」
宗近は貝に納められた口紅を手に、思案気だ。やはり地球で使っていた化粧品が恋しくなる。もちろん、道具に頼るのではなく己の腕で勝負する気がないというわけではない。
「ねーねー宗近、これ何かなー? 多分、地球の品だと思うんだけど」
その時服の山からひょっこりと顔を出したのはチュール。その胸には10cm近い細身の筒を抱えている。
「あらこれ、あたしのいた世界の口紅じゃないの。それも可愛いパールピンク。お手柄よ、妖精さん」
ひょい、とそれを摘み上げた宗近は、キャップを外してくるくると軸を巻く。すると中からパールピンクの塊がにょきにょきと生えてくる。
「すごーい、魔法みたいー!」
「あの、これでどうかな?」
「どうでしょうか‥‥?」
感嘆の声を上げて口紅の周りをチュールが飛び回っていると、カーテンの向こうから声が二つ。着替えをしていたレフェツィアとディアネイラだ。
レフェツィアはシフォンシルクを幾重にも重ねた軽いドレスにパンプス、そして涙の形にカットしたペンダント。ディアネイラは黒を基調にした裾の長いシックなドレス。裾が長いのは万が一の時を考えて、だ。そこに香哉の持って来てくれたクローバーのネックレスをつけている。
「あらまぁ、二人ともかわいいわぁ。じゃあ今度はヘアメイクね。そこに座って。ほらほら、妖精さんもこっちに来なさい。髪が乱れているわよ」
「え? あたしも?」
いきなり話を振られて目を丸くするチュール。だが自分の腕を存分に生かせることに生き生きとしている宗近に逆らうと、なんだかちょっと怖そうな気がしたので逆らわない。うん。
ちなみに彼はこの後、勿論男性陣の身なりも整えるつもりでいる。妥協は許さないのだ。
●舞踏会へ
生憎と、やはり夕刻から雨が降り始めていた。キースが手配した馬車に全員で乗り、目的の館へと向かう。招待客が濡れないようにと配慮されたのか、馬車を屋敷入り口に横付けする事は許されていた。ディアネイラの足元は香哉の用意したゴム長靴でとりあえずカバーし、降車時は念の為にキースがレザーマントを翳して雨除けとする。
「大丈夫か?」
「‥‥はい」
キースの問いに緊張した面持ちで答えるディアネイラ。そんな彼女を馬車の中から呼び止めたのは宗近だった。
「おせっかいかもしれないけど、人魚姫さん。聞けば、正体がバレちゃうと‥‥イロイロ危険なんでしょ? 火遊びも程ほどにしなさいな」
その言葉が自分を心配してくれているものだと分かったからこそ、ディアネイラは泣きそうな顔をしてこくり、と小さく頷いたのだった。
「ディアネイラさん、お目当ての相手はいる?」
立食形式のパーティ会場。出来るだけ飲み物の置かれているテーブルから離れ、飲み物を持っている客やボーイを警戒しつつ会場を見渡すレフェツィア。だが肝心の彼女はあまりの人の多さに気おされたのか、足を震わせて首を振るばかりだ。
「‥‥あそこにいるのが」
と、示したのはレシウス。ホール中央、長身の青年が一人の女性とダンスをしていた。だがその表情はちっとも嬉しそうではない。むしろ不快感を表さぬように耐えているといった感じであろうか。
「失礼、彼女達は先約があるので」
着飾ったディアネイラとレフェツィアにダンスを申し込もうと近寄ってくる男性達を、キースは軽くあしらう。下心がみえみえなのだ。
「あ、曲が終ったよ。ディアネイラさん、行こう!」
お目当ての男性とそれまで踊っていたパートナーの女性が離れたのを見計らい、レフェツィアがディアネイラの手を引く。慣れないパンプスで転びそうになったが、彼に近寄ろうとしている他の女性に負けるわけにはいかない。
「(なんとしてでもディアネイラさんの夢と憧れをかなえてあげたい!)」
その強い思いでレフェツィアはぐい、と彼女の背中を押して男性の前へと突き出す。
「あっ‥‥」
「危ない」
バランスを崩したディアネイラが、男性の胸へとダイブする。はっ、と顔を上げた彼女と男性の瞳が合う。男性は薄く、だが彼女を見て微笑を浮かべた。先ほどまでの表情とは一変している。
「君は‥‥よろしければ、僕と一曲お相手願えませんか?」
男性の申し出に、めをぱちくりさせる彼女。数秒してその意味を理解した彼女は、ぱぁぁっと笑みを浮かべて「喜んで」と答えた。
「レフェツィアさん、折角だから俺達も踊ってみない?」
「でも、僕ダンスは全然‥‥」
「大丈夫、俺もちょっと習っただけだし」
踊りながらの方が近くで見守れるからさ、ともっともらしい理由をつけて香哉がレフェツィアの手を取る。
音楽が始まる。
数組の男女が曲にあわせて踊りだす。その中には勿論ディアネイラの姿もあった。
「憧れが恋に変わる前に‥‥か」
壁に寄りかかり、花の咲いたような笑顔を浮かべているディアネイラを眺めながらキースはぽつりと呟いた。
「幸せそうでよかったぜよ」
この後の別れを考えれば手放しで喜ぶ事は出来ないが、ひと時でも幸せを味あわせる手伝いが出来てよかった、人魚族に対する贖罪の気持ちもこもっているのか、トンプソンが感慨深げに呟く。
曲はいつか終る。
それが夢の終わり。
これは二度とない夢の時間。
憧れの円舞曲。
始めから儚いものだと分かっていた。
だが願わずにはいられない。
彼女の幸せな時間が、少しでも長く続きますように、と。