【魅惑の芳香】訪いは手土産持参のこと

■ショートシナリオ


担当:天音

対応レベル:8〜14lv

難易度:普通

成功報酬:3 G 32 C

参加人数:6人

サポート参加人数:-人

冒険期間:07月14日〜07月19日

リプレイ公開日:2008年07月23日

●オープニング

●訪れ
「もう追い出されたんですか」
「‥‥人の顔見て第一声がそれ?」
 ここは冒険者ギルド。一人の青年の訪れに、職員が思わずそう口にしたのも無理はあるまい。
 青年の名は石月蓮。地球から来落した天界人だ。調香師という香りのスペシャリストとして働いていたらしく、前回冒険者たちの力を借りてギルド職員の知り合いである女錬金術師の所へ送り届けられた。
「あの人なんなのさ。この中身を見せろとせがむから見せたら、譲れと言って聞かないしさ。いつ奪われるかと思うと気が気じゃなくて、僕はこれを抱いて寝てたんだよ?」
「その中身はなんなのですか?」
 彼の持つアタッシュケース――フレグランスオルガンと呼ぶらしいそれは、蓋を開けると中身が階段状の小棚になっていて、香料の入った沢山の小瓶が並べられている。下にはビーカーやマドラーや試験管という名のガラス製品が入っているらしい。
「ああ、ガラスですね。この世界ではガラスは貴重なんですよ」
 最近はレミエラというガラス製品が出て来て、少しは馴染みが出てきましたが、それでも一般にはまだまだ、と職員は語る。つまり、女錬金術師にとっては宝の山だったわけだ。
「‥‥下手に開けない方が良いという事だな」
「そうですね」
 溜息をついた蓮を気の毒そうに見て、職員は苦笑する。
「ところでご用件は」
「いけない、忘れる所だった。護衛と訓練を頼みたい」
「‥‥‥?」
 不思議そうに首を傾げる職員。護衛はいいとして、訓練?
「あんたの紹介してくれた女錬金術師は香りの研究をしていないそうだよ。そこで彼女のつてで一人の錬金術師を紹介してもらう事になった。じいさんらしいけど」
「そこまで行くための護衛を頼みたいのですね?」
「そう。後ついでに僕に合いそうな戦闘スタイルのアドバイスが欲しい。どうやらこの世界、自衛手段を持っていて損はないようだからね」
 なるほど、そういうことか。確か彼の様な地球人は、戦闘やゴーレム操縦だけでなく、魔法にも適性があったはず。彼に見合いそうなスタイルを、手馴れた冒険者からアドバイスしてもらうという事か。
「ちなみにそのじいさんは、メイディアから北上したところにある川の側に住んでいるらしいよ。その川は何とか侯爵領との境になっているとか」
 綺麗な水が近くにあるに越したことはないしね、と彼は納得顔だ。
「何とか侯爵領‥‥? まあいいでしょう。そこまでの護衛ですね。馬車で数日といったところでしょうか」
「途中で寄り道がしたいんだけど」
「寄り道、ですか?」
「彼女によれば、そのじいさんに会うには手土産を持っていかなくてはならないらしいんだ。まあ‥‥普通に考えれば人の家を訪ねて弟子入りを頼むには、土産の一つ二つは持っていかないとね」
 確かにその通りなのだが。職員としては蓮が作った地球にしかない香水や、この世界にはない香料を差し出した方が喜ばれるのではないかと思うがそれは口に出さないでおく。
「何処に寄り道するんですか?」
「あの女錬金術師によれば、通り道の草原でミュゲの花とアニスの果実が取れるっていうから」
「ミュゲ‥‥。アニスは、香辛料として使われているあれですか?」
「ミュゲはすずらんの事だけど。ああ、アニスはこっちでは香辛料に使われているのが一般なのかな? 香り作りにも使われているんだよ」
 なるほど、野生のそれらを摘んで土産にするというわけか。
「まぁ、その草原にはモンスターが出るとか言ってたけど」
「それを先に言ってくださいってば!」
「だって、護衛頼んでるんだから、その辺も想定内じゃないの?」
 確かにそれはそうなんだが。
 まぁ仕方がない、彼はまだこの世界に慣れていないのだから。
 溜息をつきつつ、書類を作成する職員であった。

●今回の参加者

 eb1004 フィリッパ・オーギュスト(35歳・♀・神聖騎士・ハーフエルフ・ノルマン王国)
 eb8378 布津 香哉(30歳・♂・ゴーレムニスト・人間・天界(地球))
 ec0844 雀尾 煉淡(39歳・♂・僧侶・人間・ジャパン)
 ec1201 ベアトリーセ・メーベルト(28歳・♀・鎧騎士・人間・メイの国)
 ec2869 メリル・スカルラッティ(24歳・♀・ウィザード・パラ・メイの国)
 ec4427 土御門 焔(38歳・♀・陰陽師・人間・ジャパン)

●リプレイ本文

●再会
「お久しぶりです、石月さん。今回もよろしくお願いします」
「今回もよろしくお願いします」
 土御門焔(ec4427)とベアトリーセ・メーベルト(ec1201)の挨拶を受け、蓮は若干安心したような表情をしてみせた。やはり見ず知らずの者よりも少しでも既知の者がいる方が安心できるのだろう。
「俺と同じ、ご同胞か。んじゃ、いろいろ今まで培ってきた常識が通用しないんで、困惑しきりだろうな」
 よろしく、と右手を差し出したのは布津香哉(eb8378)。同じ地球人と聞いて、蓮も親近感を持ったのかその手を握り返して挨拶をした。
「さっさと割り切ってこっちの世界を楽しまないとやってけないよ。‥‥俺も割り切るまで大して何も出来なかったもんな」
 後半は小声で呟かれた半ば独り言。やはり割り切らないとダメか、と蓮は苦笑を浮かべる。この数日で多少は割り切ったつもりでいたが、まだまだこの世界を楽しむまでには到達していない、と彼は語る。
「少しずつ慣れて行けばよいと思いますわ。今回のように自分の戦闘スタイルを考えようとしたのも、慣れて行こうとしている証拠でしょう」
 にっこり微笑んだフィリッパ・オーギュスト(eb1004)は「とりあえず移動しながら話を進めましょう」と一同を促す。目的地までは3日半。となれば急いで出発するに越した事はないのだ。


●教授
「地球人って確か格闘、射撃、回避、ゴーレム操縦、オーラ魔法、精霊魔法に適性があるのですよね?」
 ベアトリーセが確認するように香哉を見やると、彼は頷いてみせる。香哉自身はゴーレム操縦の他、射撃や回避、精霊魔法にゴーレム魔法と手広く修得している。
「戦闘スタイルは才能に合わせてまずは魔法か格闘系の特化にするか、軽戦士などのバランス型を選ぶか、魔法戦士などの万能型を選ぶか‥‥まあ、ゴーレム乗りを選ぶという道もありますけど」
 ゴーレム自体には乗る機会自体が恐らく少ないと思いますので、とフィリッパはあまり勧めないという。
「なんというか‥‥ファンタジーゲームでキャラクターを作成している気分だ」
「まあ、あながち間違ってないかな? こっちの文化は中世レベルで、そこにファンタジー要素が加わったと思えば」
 蓮の呟きを香哉が拾って笑う。魔法や精霊の存在が当然である世界に元からいる他の者には、蓮の感覚は理解し辛い。
「あくまで一つの考えですが、石月さんは香りを扱う技術に優れていると伺いました」
 セブンリーグブーツで併走する雀尾煉淡(ec0844)が前置きをして話し始める。ちなみに蓮はまた焔の馬に乗せてもらっていた。
「天界の知人に聞いたことがあるのですが、天界には虫や動物が嫌がるような香りや、逆に好む香り、人が涙を流したり眠らせる効果がある香りがあるとか。作成できる材料があればの話ですが、そういった香りをうまく戦闘や自衛に使えるような魔法や技術を習得する、というのはいかがでしょうか」
「ああ、蚊取り線香やアロマテラピーの事かな。ふむ、そういう手もあるのか」
 顎に手を当てるようにして煉淡の言葉を真摯に受け止める蓮の前に、匂い袋が差し出される。
「よろしければどうぞ。これは冒険者たちが使う事が多い香りアイテムです。冒険者は依頼期間中野営をすることも多いので、どんな場所でもよく眠れるようこのようなアイテムを使って睡眠を確保することがあります」
 差し出したのは焔。その匂い袋を受け取った蓮は、軽く匂いをかいでみて「参考にさせてもらうよ」と礼を述べた。
「冒険するのに必要なのは、戦闘スタイルだけじゃ有りませんよ。基本的なことですが、野営をするのに寝る道具がないとダメですし、遠出をした先に食事処があるとは限りません。保存食もしっかりと用意しないと」
 ベアトリーセが自分の荷物の中からテントと保存食を見せる。どうやら今回は、何にも知らない蓮の分も用意してくれたようである。彼女の準備の良さに感謝をしなければなるまい。
「む、ダメだな。地球の感覚だとどうしても何処でも食事が取れて何処でも休める気がして」
「ま、その感覚でいたらこの世界じゃ生きていけないな。俺からはこれ。同胞としてプレゼントするよ」
 香哉から差し出されたのは応急手当キットとホーリーレイピア+1。蓮はそれを受け取ると、少しだけ懐かしそうに瞳をゆがめる。
「レイピア、か。実はこう見えて学生時代までフェンシングをやっていたんだ。これなら、少しはその時の経験が生かせるかもしれない」
 この人、実は意外に体育会系だったようだ。
「あら、でしたらご自身で香料採取に出かけられるように格闘技術を学ばれるのが良いかもしれませんね。同時に回避の仕方も学ばれれば、冒険者を雇う際、雇われる冒険者も蓮さんを護りやすくなるでしょう」
 自衛手段を持っているのと持っていないとでは、大分異なりますから、とフィリッパがにこりと微笑んだ。


●戦闘
「この蝶は燐粉がやっかいなんです」
 煉淡がホーリーフィールドで蓮と仲間達を護りながら告げる。
 草原。そこに咲く白いミュゲの花と、茶色いアニスの果実。飛び回る蝶達。これが普通の蝶ならば素敵な光景なのだが。
「攻撃よりも燐粉が、これだけの数いると厄介で‥‥」
「あ、そこ踏まないように!」
 ベアトリーセがサンソードを振りぬいたところで蓮からの注意が入る。踏まないでといわれても、敵が近くにいるのだから仕方があるまい。さすがに足元を細かく注視しながらでは戦い辛いというもの。
「ほら、援護だ!」
 香哉が蓮の隣で彼を護るようにしながら弓を構えて矢を射る。その矢は蝶の1匹の羽根を貫通した。
「これだけの数がいると、少し目障りですわね」
 フィリッパも前衛へと出て剣で蝶を斬りつける。数えるのはやめておくが、蝶が好きな人でもちょっと群がられるのは避けたいと思うかもしれない。幸いにもホーリーフィールドに阻まれてはいるが、こう、周りを見渡すと一面蝶、の様な感じである。
 丁度今は昼間。陽精霊の光を利用して、焔がサンレーザーのスクロールを発動させる。
「一応燐粉対策にバキュームフィールドのスクロールも持ってきていますから、安心してください」
「強い昆虫が出てきても良いように盾も持ってきました。前衛の戦い方の見本にしてください!」
 用意の良い煉淡とベアトリーセ。草原という場所柄から出てくるモンスターを想定して装備を整えてくる、蓮にとって良い見本。
「蝶の他に敵がいないか確認してくださいな」
「わかりました」
 前衛で奮闘を続けるフィリッパの言葉に焔が今度はリヴィールエネミーのスクロールを取り出した。
 蓮は最初こそしゃがみこんで黙々と採取を続けていたが、ふと手を止めて、できる限り目的の植物を傷つけないようにしながら――さぞ戦い辛いだろうに――戦っている冒険者達を見上げる。
「僕も一緒に戦った方がいいかい?」

「「「いいから早く採取を終えてください!!」」」

 何を言いだすかと思えば。
 その空気を読めていない発言に、冒険者達の声が重なったのはいうまでもあるまい。


●やっぱり一度は
 籠いっぱいにアニスの果実とミュゲの花を摘んだら、その草原にもはや用はない。
「もしかしてさ、俺のあげたレイピアを使ってみたかった‥‥とかじゃないよな?」
 蓮の先ほどの発言に対して、恐る恐る尋ねる香哉に彼は不思議そうな顔を返す。
「そうだけど、何か悪かった?」
「甘いですわね」
「実戦はもう少し鍛錬を積んでからがいいと思いますよ」
「下手に手を出すと、逆に危険です」
「戦いは試合とは違います」
 (たちの悪い)無邪気さで聞き返す彼に、冒険者達は次々と言葉を投げかける。
 ぴしゃりとフィリッパ。
 案ずるようにベアトリーセ。
 真剣な表情で焔。
 嘆息を漏らしながら煉淡。
「まあ、でも一度実戦を体験してみて痛い目にあってみた方が、良くわかっていいかもしれないな」
「たしかにそうかもしれません」
 香哉の言葉を否定できる者は誰一人いない。蓮の知識や思考は少しずつこちらの世界に慣れてきてはいるようだが、まだまだ冒険者になるには――それ以前に自衛手段を得るには足りない。
 恐らくレイピアという武器を得たことで自信が出てきたのだろう。だがスポーツの試合と命をかけた戦いとでは大きく異なる。それが分かっていない彼は、一度痛い目にあってみなくてはその違いを分からずに無謀な行動をして命を落としかねない。
「今度、石月さんご自身が戦う機会を作ってみるのはいかがでしょうか。もちろん、大事にならないように冒険者達がフォローするとして」
「ちょっと待て。僕が足手纏いになるとでも?」
 焔の提案に皆が頷く中、異を唱えるのは蓮ただ一人。
「「「‥‥‥‥‥」」」
 その自信はいったい何処から出てくるのだろうか。
 しかし半ば呆れながらも、彼からはどこか放っておけない感じがするのが不思議である。

 無事に目的地へ彼を送り届ける事が出来た一行だったが、どうやら彼にはまだまだ教えることが沢山ある気がする冒険者達だった。