お嫁に行くねえさまへ
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■ショートシナリオ
担当:天音
対応レベル:8〜14lv
難易度:普通
成功報酬:3 G 32 C
参加人数:5人
サポート参加人数:-人
冒険期間:05月20日〜05月25日
リプレイ公開日:2007年05月23日
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●オープニング
●お嫁さんってなぁに?
「およめさん?」
エルファスは年の離れた一番上の姉、ウィスティリアの膝の上で首を傾げた。
「そうよ。姉さまは来月結婚するの」
「けっこん?」
不思議そうに単語を繰り返す5歳の弟に「まだ難しかったかしら」と彼女は笑った。
「私達の亡くなった母様も、ずーっと昔に父様と結婚して、この家に来たの。そして私やエルファス達が生まれたの」
ウィスティリアは諭すように一言一言丁寧に語って聞かせる。
「じゃあねえさま、いつかかあさまになるの?」
「‥‥そうね、なるかもしれないわね」
弟の半ば混乱したような物言いに彼女は優しい微笑を浮かべた。
未来は誰にもわからない。
唯一つだけウィスティリアがわかること、それは貴族の娘としては自分は幸せな結婚をするのだということ。
社交界で出会い、惹かれた相手と縁談が纏まったのだ。
母の突然の死や弟の心の問題も有り、結婚式自体は延期してもらっていた。だがエルファスが回復した今、再び正式な日取りが決まったのだ。
「ウィスティねえさま、おうちからいなくなっちゃうの?」
「‥‥ええ。寂しい?」
自分を見上げる大きな瞳を見て、心が痛む。しかし、いつかはやってくる別れ。何も他国へ嫁ぐわけではない、同じ王都内の貴族へ嫁ぐのだから、今生の別れというわけではないのだ。
「‥‥さみしいけど、ねえさまうれしそうだから‥‥ぼくもうれしい」
弟のその言葉と頑是無い笑顔に、ウィスティリアは心が温かいもので満たされるのを感じた。
●ぼうけんしゃにおねがい!
「ぼく、一人で来たの? おうちの人は?」
ギルド職員は明らかに場違いな少年を見つけて声を掛けた。年の頃は5歳前後。迷子かと思ったのだが。
「ここで『ぼうけんしゃ』におねがいができるってきいたの」
服装からして明らかに平民ではないとわかるその少年――エルファスの言葉に職員は瞠目した。
間もなく嫁ぐ姉にプレゼントする香り袋に入れる花を摘んできて欲しい、エルファスの願いはシンプルなものだった。
ただ彼の望んでいる香りの強い花の生えた丘の木の根元に、キノコとカビのような魔物が住みついているのが問題だ。
メイディアから南に数時間歩いた所に、今の時期一面に白い花の咲く小さな丘がある。その花は香りが強く、香り袋の中身に適しているのだ。が、その丘に魔物が住みついてしまい困った、と花を摘みに行った近隣の村人から退治の依頼が出ていた。その花を商人に卸して生計を立てている人たちにとっては死活問題だろう。
たいした額は出せないけど、と村人達はギルドを頼ってきたのだ。
丘には近づくと叫ぶ怪しいキノコが二体と、大きなカビのようなものが二体いるという。
魔物さえ退治してしまえば、エルファスの為にその花を分けてもらうことは出来るだろう。残念ながら彼に渡す以外の分を求めるのは難しい。村人達の大事な商売道具でもあるのだから。
香り袋製作自体は日数を要するのでエルファスの二人の姉が手伝うという。冒険者達は魔物を退治してその花をいくらか貰ってくるだけでよい。
それほど複雑ではないしついでに小さな子供の願いをかなえてやってもいいじゃないか、とギルド職員は村人からの依頼書に、エルファスの願いを書き加えた。
●リプレイ本文
●目指すは
メイディアから数時間行くと、遠目にも村が見える所まで辿り着けた。村の近くには情報の通り、一面白く染まった丘が見える。風に乗って届いた芳香が一行の鼻腔をくすぐった。
「おお、良い香りじゃのう。ほほほ、可愛い男の子のお願いとあらば頑張らねばのう♪」
思わず足を止め、ヴェガ・キュアノス(ea7463)は目を細めた。
「困っている村の方々を助けたいのも有りますが、姉様思いのエルファス様の力になってあげたいと私は思ったのですわ」
ジャクリーン・ジーン・オーカー(eb4270)は愛馬シュナイゼンの上から白い丘を眺める。
「ボクとしても、姉の幸せを祝うほどまで回復したエルファス君の頼みだから、全力で取り組みたいのら」
以前心を閉ざしたエルファスの回復を手伝ったカーラ・アショーリカ(eb8306)は一行の中でもこの任務に特別な思いを抱いている。
「ふっ‥‥ギルドもなかなかやるな。言葉一つでやる気になってしまう私もまだまだなのかもしれないが、悪い気はしないものだ」
『小さな子供の願いを叶えてやってもいいじゃないか』と書類に書き加えられた言葉に惹かれてこの依頼を引き受けたレヴィア・アストライア(eb4372)は、くすりと笑みを浮かべた。
「良い弟さんじゃないですか。頑張りましょう」
クウェル・グッドウェザー(ea0447)の言葉に一行は頷いて、再び丘を目指し始めた。
●白き花の丘に巣食う
「お、あそこにおるのう」
ヴェガが木の根元を指し、敵を確認する。毒々しい極彩色の50cm程のキノコが二体と、もこもこしたカビの塊が二体。敵の能力を警戒して十分に距離をとったまま対処を試みる予定だ。毒々しいキノコ、スクリーマーは一定の範囲に張り巡らされた菌糸を踏むと叫び声を上げるし、カビの塊スモールビリジアンモールドは触れたり振動を与えたりすると毒の胞子を撒き散らす。どちらもただ攻撃してくる敵より少し厄介だ。
「花を踏み荒らさずに気をつけながら戦いたい」
「うむ、そうじゃの」
ヴェガはレヴィアに同意を示す。村人の糧となる花でもあることから、気をつけたいところだ。幸い、木の根元付近にはあまり花が生えていないので、それほど戦闘範囲を広げなければ踏み荒らしてしまう可能性は低いだろう。
「まずは厄介なカビから退治する予定でしたが‥‥」
クウェルは聖者の指輪を手に、一瞬思案する。カビの動きをコアギュレイトで止めてから先に仕留め、次にキノコの予定だったがカビとキノコは思っていたよりも密集して木の根元に生えていた。カビの動きを止めても倒しに近づけばキノコの菌糸の範囲に入ってしまうだろう。
「まぁ四体ならば一度にコアギュレイトを掛けられます。成功したら、予定通りカビから退治しましょう」
「その魔法に掛かったら、キノコは叫び声を上げなくなるのでしょうかね?」
詠唱に入ったクウェルの横で、愛馬から降りたジャクリーンが呟いた。
「警戒するに越した事はないらね」
カーラが前衛に出、念のためマントで口元を覆う。魔法が効けば毒が飛んでくる心配はないが、念には念を入れてだ。
クウェル身体が白光に包まれる。詠唱は完成したが、特に敵の外見に変化は見られない。
「動きを止める事は出来たのかしら? 自分から向かってくる敵じゃない分、見極めにくいわね。一矢射ってみてもいいかしら?」
ジャクリーンが弓に矢を番えて放つ。その矢はキノコの根元に深く刺さった。
「ふむ、カビに攻撃するにしてもどのみちキノコにも近づく事となる‥‥ならば仲間の魔法を信じて行くか」
レヴィアは魔法が効いている事を信じて木の根元に寄り、サンソードでカビ一体を斬り付ける。カーラも近寄り、レヴィアの狙ったのと同じカビを斬りつけた。カビは根元からはがれそうなほど弱ったが、毒を撒き散らす様子は見られない。クウェルのコアギュレイトが効いているのだろう。
「今のうちじゃな」
ヴェガがホワイトクロスを手に高速詠唱でホーリーを放つ。動きを止められたカビには反撃手段はなく、元より叫ぶだけしか出来ないキノコにも成す術はない。
レヴィアとカーラの剣技、ジャクリーンの弓術、そしてクウェルとヴェガの魔法に畳み掛けられ、コアギュレイトの効果が切れる前に、予想以上にあっさりと勝負は付いてしまった。
●休息の時
「カビも燃やしましたし、これで村人達も安心でしょう」
上手く退治したスクリーマーを、保存食代わりに食べようと調理しつつクウェルが微笑む。
「村の方々に花を譲っていただく許可もいただけましたしね」
その様子を傍らで眺めながら、ジャクリーンも微笑んだ。
「おお、これとあれあたりがよさそうかのう」
ヴェガは花を踏まぬように注意しながら丘の上を歩き回り、自身の知識を駆使して長持ちしそうな花をチョイスしている。勿論、村人に許された本数の範囲で、だ。
「エルファス君の喜ぶ顔が楽しみなのら」
カーラもヴェガの側で、村人に感謝をしつつ花を吟味する。
「さて、簡単にですがキノコ料理が出来ましたよ」
丘から離れたところでカビを燃やし、そしてキノコの調理を終えたクウェルが皆に声をかける。極彩色の外見からは想像できぬ美味しそうな匂いが彼の手元から漂っていた。彼の素晴らしい料理の腕のなせる業だ。
「美味そうだな。仕事に添えられる副賞としては悪くない。子供の願いも成就させ、一挙両得だ」
レヴィアは料理を口に含み、ふっと笑んだ。
●姉思いの弟へ
バタン、と応接間の扉が開き、少年が駆け込んできた。その後ろからゆっくりと二人の少女が入室する。
「お花、取って来てくれたんだね!」
冒険者達に飛び掛らんばかりの勢いで駆け寄る少年、エルファスは五人の中に見た顔を見つけて一層顔を上気させた。
「カーラおねえさん、また僕を助けてくれたんだね!」
「元気になったエルファス君の喜ぶ顔が見たかったのら」
飛びついて来たエルファスを抱きとめ、カーラは微笑んだ。自分の助けた少年はこんなにも元気になったのだと喜びを噛み締める。
「これがお花だね!」
「こらこら、少し落ち着きなさい」
忙しなく今度はヴェガの持つ花束に寄る弟に、次女レディアはやんわりと注意する。だが興奮した少年はその言葉を右から左へと聞き流し、今度はクウェルとレヴィアに目を留めた。
「あれ‥‥? おにいさんとおねえさんからは、このお花と違ういい香りがするよ?」
「ああ、これのことですかね?」
クウェルは香り袋を取り出して見せた。中には乾燥させた花が詰められている。
「これも香り袋だな。中の花は違うが」
エルファスはレヴィアとクウェルの香り袋を交互に嗅ぎ、「いいにおいだね!」と無邪気に微笑んだ。
「エルファスさん、例えお姉さんが結婚しても、あなたがお姉さんを思う気持ちを忘れなければ、その心はずっとお姉さんと一緒にいられますよ」
「私達がこうして携帯しているように、エルファスの香り袋も大切にしてもらえるだろう」
彼に目線を合わせるようにして優しく説いた二人に、エルファスは頷く。
「エルファス様の優しい御気持ちは必ず御姉様に伝わりますわ。後は御姉様が安心出来る様に心配させない様に頑張るって御約束しては如何でしょうか?」
「そうだね、ぼく、いっぱい心配させちゃったから、これからは頑張るよ!」
ジャクリーンの優しい瞳をしっかりと見つめ、エルファスは決意を新たにした。
「レディアさん、フェリシテさん、ウィスティリアさんに伝言をお願いしていいのら?」
「何かしら?」
寄って来たカーラに次女と三女は首を傾げる。
「『貴方の、自分よりも相手を優先させる優しい気持ちはこの間見せてもらったのら。是非夫となる方、そして子供達にもその気持ちを注いで上げて欲しいのら』と」
「有難うございます、姉も喜びますわ」
カーラの言葉を胸に留め、レディアはおっとり微笑んだ。
「貴方達の嫁ぐ日もそう遠くないと思うのら。ウィスティリアさんみたいに幸せな結婚が出来るように頑張ってほしいのらよ」
まさか自分達にまで激励の言葉があるとは思わなかったのだろう、次女は目を見開き、三女は想い人でもいるのか「よ、余計なお世話よ」と言いつつほんのり頬を赤く染めた。
「さてエルファス、依頼の品を渡すぞ」
ヴェガに声をかけられ、エルファスはとことこと彼女の前に進み出る。ヴェガは花束の中から一輪だけ抜き取り、祈りの言葉を込めた。
「エルファスの姉上に、セーラの祝福があらんことを」
一輪だけに祈りを込めるのは、残りの花はエルファスたちがそれぞれ想いを込めるだろうという配慮からだ。祈りを込めた花を束に戻し、ヴェガは差し出す。
「ありがとう!」
大人が持つと小さな花束でも、小さなエルファスが持つとその顔が隠れてしまいそうだ。
「これからはウィステリアに代わりおぬしが二人の姉上を守ってやるのじゃぞ」
ヴェガに頭を撫でられ、エルファスは頑是無い笑顔を浮かべてもう一度、五人に「ありがとう!」と礼を言った。
応接間に広がる芳香。これが小さな香り袋に想いと共に詰められ、その香りと想いと共にウィスティリアは嫁いで行くだろう。
離れても変わることのない、小さな弟の想いを抱いて。