追憶に生きる白花〜堕者の巣窟〜

■ショートシナリオ


担当:天音

対応レベル:8〜14lv

難易度:難しい

成功報酬:4 G 98 C

参加人数:8人

サポート参加人数:-人

冒険期間:07月30日〜08月04日

リプレイ公開日:2008年08月06日

●オープニング

●白の騎士
 全身を白でコーディネートした一人の女騎士がギルドへと入ってくる。彼女はイーリス・オークレール、リンデン侯爵家に仕える騎士だ。馬上槍試合中の不自然な事故で夫を亡くして以来、槍への恐怖心を持ってしまった彼女。敵でなく、味方が槍を持っていても身がすくんでその場で動けなくなってしまうという彼女のトラウマは騎士としては致命的だ。
 そんな彼女に一つの使命が与えられた。領内で起きている怪異現象の調査。彼女はそれを「役に立たない騎士である自分に侯爵様が与えてくれた慈悲だ」と認識し、冒険者達と共にその怪異を調査、解決して行った。
 彼女の目的はもう一つある。夫が亡くなった馬上槍試合で馬が見せた不自然な動き。そこに目に見えない何らかの力が働いていたのではないか、そう彼女は考えている。


●突入
「前回冒険者達のおかげで、カオスの魔物を信仰する一団のアジトと規模が分かった」
 イーリスはギルドのカウンターにて、支倉純也を相手に今回の依頼内容を語る。
 リンデン侯爵領の南にある、ここのところ精霊が暴れて問題になっていた村周辺――丁度ステライド領とリンデン侯爵領を隔てるギルデン川から北へ少し上ったところあたり――にある森の中、草木が踏み固められて出来た『道』の先に小さな泉と小屋が二つ。そこに住む敵の数はおおよそ12。
「ただの敵ではない。どんな力を与えられているかは分からないが、カオスの魔物に魂を売って力を得た者達だ。ただの民間人だとは思わないほうがいい」
「12人ですか‥‥少し多いですね」
「だが、やらぬことには先に進めぬ」
 案ずるように告げた純也に、イーリスは硬い声色で答える。彼女の言うとおり、奴らを何とかしなくては精霊たちとの約束を反故にする事にもなる。
「彼らが信奉しているカオスの魔物がどんなもので、そのアジトに出現する可能性はわかっているのですか?」
「‥‥‥わからぬ。元よりカオスの魔物とは神出鬼没の者が多いと聞く。前回はカオスの魔物の存在は確認できなかったが‥‥今回の突入時に出てこないとは言いきれぬ」
 苦虫を噛み潰したような表情のイーリス。彼女の言うことももっともだ。だが、純也の心配も当然というもので。
「申し訳ありません、それは当然ですよね‥‥分かってて尋ねました。ですがそれですと、危険度が上がりますが」
「それは仕方があるまい。奴らの信奉対象を見極める手立てがないのだから。奴らとて、どうせ自由自在にカオスの魔物とコンタクトを取れるわけではあるまい」
 確かに立場的に上位にあるであろうカオスの魔物が、手下とした人間達にひょいひょいと呼び出されて出てくるのは少しおかしいかもしれない。
「それとも何か? 新しい信奉者に成りすまし、カオスの魔物から力を貰いたいと言って魔物が出現するのを待つか?」
「それは危険すぎます。敵が強大なカオスの魔物であった場合だけでなく、仮に魂と引き換えにカオスの魔物から力を与えられることを止められなかった場合は――」
 ――例えそれが本意ではなかったとはいえ、依頼解決の為だったとはいえ、どんな理由があろうともカオスの魔物から力を与えられたその存在は、世間的に抹消されざるを得ません。例えそれが冒険者だとしても。
 純也の言葉が重く響く。
 カオスの魔物が自ら力を望まない者と契約を結ぶ事はないだろうが、もし囮として潜入する場合は嘘でも「力が欲しい」と一度は望むことになる。それでカオスの魔物を誘き出せたとしても、その後契約を止められない場合は‥‥。
「分かっている。この手は使うべきではない。我々の目的はカオスの魔物を信奉する集団の殲滅だ。カオスの魔物が出てくるという可能性はないとは言えないが、彼らなど捨て駒だとして見捨てる可能性もあるだろう。鬼が出るか蛇が出るか、それは実際行ってみなくては分からない」
「とにかく信奉者たち12人の殲滅を第一目標に。カオスの魔物については要警戒という感じでしょうね」
 いくらギルドで論じていても、結果は出ない。
 意を決して突入するしか、ないのだ。

●今回の参加者

 ea1587 風 烈(31歳・♂・武道家・人間・華仙教大国)
 ea1850 クリシュナ・パラハ(20歳・♀・ウィザード・エルフ・ノルマン王国)
 ea3063 ルイス・マリスカル(39歳・♂・ファイター・人間・イスパニア王国)
 ea3475 キース・レッド(37歳・♂・レンジャー・人間・イギリス王国)
 ea7641 レインフォルス・フォルナード(35歳・♂・ファイター・人間・エジプト)
 eb9949 導 蛍石(29歳・♂・陰陽師・ハーフエルフ・華仙教大国)
 ec4322 シファ・ジェンマ(38歳・♀・鎧騎士・パラ・メイの国)
 ec4427 土御門 焔(38歳・♀・陰陽師・人間・ジャパン)

●リプレイ本文

●懸念
 しとしとと降り続ける雨は、森を覆いつくす木の葉が遮ってくれていた。一行は森歩きに慣れているクリシュナ・パラハ(ea1850)に先導されながらアジトへの「道」を進んでいた。時刻は明け方。陽精霊が薄くその姿を現す頃。だが雨がぱらぱら降っていることもあり、森の中へはその弱弱しい光は届かない。
 薄暗い――だがだんだんと視界は慣れてきて。濡れた下草についた朝露とも雨水ともつかぬ水滴が、衣服にまとわりついて鬱陶しく感じる。
「万が一上級デビル――いや、上級のカオスの魔物と出くわしたときは、さっきの話を参考にしてください」
 風烈(ea1587)が一歩後ろを歩くイーリスを振り返り、低い声で告げる。かつて上級デビルというカオスの魔物に似通った者と戦ったことがあるという烈より、馬車の中でその時の話は聞いていた。イーリスは小さく頷いてみせる。その腰にはルイス・マリスカル(ea3063)より譲り受けたロングソード「正騎士」+1を佩き、その指には石の中の蝶がはめられていた。
「気になることがあるとすれば‥‥」
 呟いたのはシファ・ジェンマ(ec4322)。周りの者は静かにその言葉の続きを待つ。恐らく皆、彼女と同感だろうから。
「フォーノリッヂの結果でしょうか」
 到着するまでに土御門焔(ec4427)がフォーノリッヂのスクロールを使い、何度か色々な言葉で未来を見ようと試していた。指定に使える単語は1つ。なかなか具体的な対象を指すのは難しい。『カオス信奉者』『信奉者住居』でなんとか一言に納まったが、それが今回突入する信奉者たちを指しているとは断定できない。だがその魔法で彼女が見たものは――黒い衣を纏った、端正な天使のような姿をした者。しかしその翼はコウモリのように黒く。その得体の知れない者に信奉者と思われる者達が地に頭を擦り付けて崇め奉っている所。
「あれがカオスの魔物なのかもしれません。ですがフォーノリッヂが見せるのは『何も努力しなかったとき』の未来です。いつのものかも断定できません」
「俺達が突入することでどう未来が変わるか‥‥だな」
 思案するようにレインフォルス・フォルナード(ea7641)が呟く。今回は相手が12人と多い。できることならばカオスの魔物にはお出まし願いたくないところだ。
「力、か‥‥。他者よりもより高みに上がろうとする欲望は、元来自然なものだ。僕たちも生物だからね。生存本能、というものだよ」
 シファから借り受けた剣を握り締めたキース・レッド(ea3475)が今回の敵、カオスの魔物に魂を売った者どもに思いを馳せて呟く。だがだからといって彼らの行動を肯定するわけではない。彼が望むのは、人間のまま努力して誰かを守ることのできる力なのだから。
「止まって欲しいっス」
 クリシュナが一同を止めた。ふと茂みから覗き込んでみれば、そこには二つの小屋と小さな泉があって。そう、あそこが敵のアジトだ。早朝だからだろうか、小屋の周りに人影は見当たらない。
「‥‥‥。ディテクトアンデッドの反応はありませんね」
 傍らにペガサスを伴いながら、導蛍石(eb9949)が報告する。ルイスとイーリスも石の中の蝶の反応を確かめたが、蝶はまったく羽ばたく気配を見せてはいなかった。
「クリシュナさん、焔さん、お願いします」
 ルイスに頼まれ、二人は心得たというように頷いた。彼女達の役目は重要だ。探知魔法を駆使して小屋及びその付近の敵の様子を探ること。その結果如何で突入条件が変わる。
 一同は静かに、その結果が出るのを待った。


●殲滅
 ドッガーンッ!
 ルイスの一撃で激しい音を立てて小屋が揺れ、壁が破壊された。雨のおかげか思ったより粉塵は上がらず、破壊された穴から烈とレインフォルスがまず飛び込む。
「よーし!! イーリスさん、皆さん。I・M・R、出動っス! この世界に仇なすカオスたちを、爆裂的に鎮圧するっスよ!!」
 クリシュナにフレイムエリベイションの付与を受けたイーリスとルイスもその後に続いた。
 調査によれば小屋の中には4人の信奉者がいるはずだった。バイブレーションセンサーで確認できた振動が小さいことから、どうやら眠っているようだということだったが――
「な、な、な‥‥」
 その大音量にたたき起こされたのだろう、壁の近くにいた信奉者が木の板にまみれながら目をまあるくしている。
「人の道踏み外し輩に騎士道を守り誇り持ちて戦う義理はありますまい」
 まだ立ち上がりもしていない信奉者を、ルイスは容赦なく刀で斬りつける。血が、舞う。その鮮血が、彼らがまだ身体は同じ人間であると訴えていたが、魂をカオスに売った者達に手心を加える必要はない。イーリスも続けて同じ男を斬る。
 素早く小屋の隅で震えている男を発見したレインフォルスはその男に切りかかる――が、その攻撃は何か壁のようなものに阻まれた。攻撃が阻まれた瞬間、何か球状の境目のようなものが見えた気がする。
「‥‥後回しだ」
 小さく舌打ちしたレインフォルスは、身を翻して後ろにいる男に刃を向けた。後ろにいる男の動きが見えていたわけではない。だが殺気を感じたのだ。男の手から黒い炎が飛んできた――が、その瞬間レインフォルスの刃が振り返りざまに男を袈裟懸けに斬っていた。黒い炎は彼に命中したが、そのダメージはレインフォルスにとっては傷の内にも入らないものだ。もう一歩踏み込み、容赦なく男を斬りつける。
 オーラエリベイションとオーラパワーを付与している烈の拳にはめられた鉤爪が、引っ張り起こされてなお寝ぼけていると思われる信奉者の首筋を切り裂く。
「借り物の力を得るために魂を売り払うとは」
「ぎゃあぁぁぁぁぁぁぁ!」
 激しい痛みと吹き出る鮮血で漸く目が覚めたのだろう、だが烈は待ちはしない。何か魔法を使われる前にもう一発引っかいてみせる。
 一方、部屋の隅で怯えるようにしている男は、何がしかの魔法で自らを守る結界を張り、その場で震えていた。祈りのようなものを小さな声でぶつぶつと唱えているようだ。カオスの魔物にでも助けを請うているのだろうか。
「(捕えるならあの男か)」
 烈は詠唱を始めようとした手の中の男に再び鉤爪の洗礼を与えながら、部屋の隅の男を観察していた。


 一方、小屋の中に踏み込まなかった者達はというと、小屋の外で警戒に当たっていた。小屋の中には全員は入れないだろうし、音を聞きつけてもう1つの小屋から信者が出てくるだろう、そう予想したからだ。だが外に残った者達は魔法使いが多い。魔法使い達を守るべく盾となるのはシファとキースだけだ。
「何事か!」
 もう一つの小屋から出てきた、出てこようとしている信奉者の数は8人――多い。幸いにも現在前衛組が突入している小屋と泉との間の道は狭く、二人が立てば後衛の魔法使い達に直接攻撃を仕掛けることはできないだろう。だがそれは一歩でも前に出たら、敵の直接攻撃が後衛に届いてしまう可能性があがるということ。
「後ろのほうの信者が何か唱えているみたいです!」
 シファが飛び掛ってきた男のナイフを水晶の小盾で防ぎ、受け流す。
「ああ、だがここを動くわけには――」
 キースが走ってきた男の剣をするりとかわし、借り受けた剣を振りかぶる。だが一度目は傷を与えることができたが、二度目はなぜか攻撃が効かない。
「今、解呪します」
 その様子を見ていた蛍石は一瞬でその男にエボリューションの魔法がかかっていると看破し、高速詠唱でニュートラルマジックを唱える。蛍石が白い淡い光に包まれると、魔法が発動し――キースの攻撃は再び威力を与えられるようになった。
「数が、多いですね‥‥」
 焔が高速詠唱のスリープで一人を眠りに落とす。だがそれでも敵の数は7人。
「こうなったら前衛の皆さんが出てくるまで何とか牽制するっスよ!」
 クリシュナが高速詠唱ヒートハンドで側にあった薪に引火し、続けてファイアーコントロールを唱える。突如現れた炎にざわつく信奉者達もいたが、後方で詠唱をしているものは未だに詠唱をやめる気配はない。
 と、黒い霧のようなものに包まれた男達の手元から、次々と黒い炎が投げ出された。それは壁として奮戦しているシファとキースを次々と襲った。
「お二人とも大丈夫ですか!?」
「こんなの、かすり傷です!」
 シファは炎によって焼かれた部分を少し庇うようにしてダガーofリターン+1で目の前の男を斬りつける。
「く‥‥さすがに集中攻撃はきつい」
 恐らくシファよりも多くの炎を受け止めたのだろう、キースは少し苦しげに呻き、焼け爛れた腕を押さえる。だが素早く近寄ってきた蛍石のリカバーにより、そのダメージは嘘の様に消えていった。
「蛍石君、感謝する」
 戦闘中ゆえ礼は軽くとどめ、キースは目の前の敵に再び集中する。
「このままでは危ないですね。小屋に入った前衛の方に連絡します!」
 後方で戦況を冷静に分析していた焔は、告げるが早いか高速詠唱を始める。テレパシーで現在の戦況を伝えるためだ。小屋にいる前衛たちがこちらに合流すれば、勝機は見える。カオスの魔物に力を与えられているとはいえ、どうやら彼らは普通の人間とあまり変わりがないようだから。カオスの魔物と同じ魔法こそ使えはするものの。


 テレパシーを受けたルイスが小屋内の仲間に事態を知らせ、レインフォルスと共に外へと出る。小屋の中はあらかた片付いていた。烈は小屋の隅にいた男が再び詠唱を始めたところ――恐らく結界が消えたのだろう――を見計らって一気に接近し、気絶させるべく爪を振るう。生きてさえいれば問題ない。捕えておくには多少痛めつけておいたほうが良いかもしれない。
「イーリスさん、後は頼めますか?」
「わかった」
 ロープを手にしたイーリスに後を任せ、烈は急ぎ小屋の外に出る。外は乱戦になっていた。相変わらず最終防衛ラインはシファとキースが死守しているが、先に出たルイスとレインフォルスが敵陣に突入し、攻撃魔法を使う者から順に傷を与えていっている。傷を負った者には蛍石のリカバーが。攻撃の手が回っていない者にはクリシュナの操る炎が威嚇するかのように襲い掛かる。味方に隙ができればすかさず焔が高速詠唱のテレパシーで前衛たちに危機を伝える。
「せめて力の代償に何を払ったのか後悔する前に倒そう」
 烈は再び自らの身体にオーラ魔法を施術し、戦線の真っ只中へと駆け行った。


●その姿は見えず
 程なくして戦闘は終わった。
 敵の数が多く、時間がかかった分MPの消費は多かったが、蛍石のリカバーのおかげで怪我は全て治療されている。どうやらここにいた信奉者達は魔法をいくつか使えるようになっていたものの、身体的には飛躍的に強くなっているわけではないようだった。
 辺りには信奉者たちの遺体が転がり、血の匂いが漂っている。
 仲間達は他に敵が隠れていないか、倒し残しがないか確認している。
「イーリスさん、終わったっス」
 火の始末を終えて最初の小屋を覗き込んだクリシュナは、捕まえた信奉者の側で自分の手を呆然と見詰めているイーリスを見た。
「‥‥イーリスさん?」
 クリシュナがいぶかしげに近づくと、イーリスは黙ったまま右手を差し出した。その手の指には、石の中の蝶がはめられていた。
「‥‥‥!?」
 それを覗き込んだクリシュナが一瞬固まる。
 そう、蝶はゆっくりとではあるが羽ばたいていた。石の中の蝶の探査範囲は30メートル。近くにカオスの魔物がいればいるほど羽ばたきは強くなるという。
「さっきまで、もっと強く羽ばたいていた。今はだんだんと‥‥弱くなっている」
 イーリスの声は硬い。
「ということは、近くにカオスの魔物がいたってことっスか?」
「イーリスさん、石の中の蝶が!」
 クリシュナの問いに被るようにしてルイスが小屋に飛び込んできた。彼も気がついたようだ。
「‥‥‥止まった」
 三人の見ている前で、二つの蝶の羽ばたきが止まった。それはカオスの魔物が遠ざかったことを意味する。
「こいつらを見捨てたってことっスかね?」
「わからない‥‥だが焔殿のフォーノリッヂがあっただろう。もし私達がここを襲撃しなければ」
「カオスの魔物は今日、ここを訪れたのかもしれない、と」
 問うたクリシュナにイーリスが答え、ルイスが引き継ぐ。
 あくまで推論に過ぎない。もしかしたら他のカオスの魔物が偶然探査範囲に入ったのかもしれない。
 だが、今それを論じていても何も解決しない。信奉者11人を倒し、一人を捕縛した今、このアジトに長居する理由も必要もない。
 とにかくこの信奉者一人を連れ帰って情報を得ることが大事だ。イーリスが気にしている馬上槍試合の不自然な事故の糸口もつかめるかもしれない。
 とりあえず今はすぐにこの森から脱出しよう。
 報酬として渡す宝石がバックパックに入っていることを確かめ、イーリスは小屋から出た。その頃には蛍石によって遺体は簡易ながら弔われ、冒険者達の手によって簡単ながら泉の水で血痕もあらかた洗い流されていた。
 森には罪はない。罪深いのはカオスの魔物とそれを信仰して魂を差し出したものたちだ。