災禍の子息〜あのひとをたすけて〜

■ショートシナリオ


担当:天音

対応レベル:8〜14lv

難易度:難しい

成功報酬:4 G 98 C

参加人数:7人

サポート参加人数:-人

冒険期間:08月04日〜08月09日

リプレイ公開日:2008年08月13日

●オープニング

●これまで
 ギルベルト・ドレーアー男爵子息。
 その7歳の少年は身体が弱く別邸で母親と療養していたところ、たずねてきた父親や使用人共々金品目当てのカオスニアンに襲われた。偶然別邸を訪ねていたメイディアの酒場の娘ミレイアと共に屋根裏部屋に匿われた少年は、冒険者たちに無事に救出される。
 この襲撃事件で生き残ったのはギルベルト少年とミレイア、そして若い執事のベルントだけであった。

 後日。ギルベルト少年はミレイアの家を訪ねる。どこか不審なギルベルトからこっそりメモ書きを渡されたミレイアは、文字が読めなかったのでそれを読んで貰うために冒険者ギルドの支倉純也を訪ねた。そこに書かれていたのは小さな叫び。救援を乞う声。その声に応えるために集められた冒険者たちは、ひとつの真実にたどり着いたのだった。
 執事ベルントは裏家業の者と通じ、カオスニアンを雇って別邸を襲わせた。そしてギルベルトの後見役となり、ドレーアー家を仕切るようになった今、そのことをネタに強請られている。そこで彼が目をつけたのが男爵夫妻の私物。それらを少しずつ処分して帳簿に載らない金を手に入れ、支払いを行っている。使用人を入れ替えたのも、屋敷内の品物が処分されても不審に思う者が出ないように。そしてギルベルトの小さな叫びは、父親や母親の形見がどんどん失われて行く、という悲しげな内容であることが判明した。


●密会
「これ以上は無理です」
 深夜のドレーアー邸、使用人用の入り口あたりで小さな声で言葉を交わす人影が二つ。
「無理でも何でもどうにかしてもらわないとねぇ。まだまだ金目のものはいっぱいあるんじゃないかい? なんなら坊ちゃんを貰ってうっぱらってもいいんだよぅ?」
「それはっ‥‥!」
「両親のいい復讐になるんじゃないかい? ああ、でも傀儡になる坊ちゃんがいなくなったら困るよねぇ」
「‥‥‥」
「そういうわけで、よろしくな、旦那」
 暗い影はクククと笑うと、そのまま消えていった。残されたもう一人の男は、その場でぎゅっと拳を握り締めるようにしていた。
 こっそりとその様子を邸内から伺っていた、小さな瞳に気がつかずに。


●疑問と
「ギルベルト君‥‥なんであんなこと言ったんだろう」
 冒険者ギルドのカウンターで、酒場の娘ミレイアはぽつりとこぼした。
 昨日の昼過ぎだろうか、夕方開店の準備をしているミレイアの家に、ギルベルトは一人の使用人を伴って現れた。今回はお目付け役は執事のベルントではなく、メイドのようだった。そこで彼はミレイアに対してこう言ったらしい。

『あのひとをたすけて』

 と。

 彼の言葉の指す「あの人」とはベルントのことであるようだった。ギルベルトはベルントが私財横領を行っていたことを知っている。強請られていたことまでは伝えられてはいないが‥‥。
「それでもさ、ベルントはギルベルト君にとっては両親の形見を次々と処分して『父上と母上を消しちゃう』悪い奴なんでしょ? なんで庇うんだろ」
「何か、あったんでしょうかね?」
 と、純也が視線を入り口へと向けようとして硬直する。ミレイアはその様子を見て頭にはてなマークを浮かべたまま振り返り
「げっ」
 女の子に似合わない呻き声を上げたのだった。
「‥‥‥今の話は本当ですか?」
 いつからそこに立っていたのだろう。その執事、ベルントは顔を蒼白にしたまま二人に聞き返す。
「本当ですか!」
「い、痛いよっ!」
 すぐに返事が返ってこないのがもどかしかったのだろう、ミレイアの両肩を掴んで揺するようにしたその腕を、すかさず純也が掴んで止める。
「隠してもどうにもなりませんからお話しますが、本当の話です。ギルベルト君はあなたを助けてほしいとミレイアさんに言ったそうです。ところであなたはなぜここへ?」
 口調こそ丁寧だが、純也の瞳はそれ以上の乱暴を許さないという意思が宿っており、彼の腕を掴んだその手にも力が入る。対するベルントはミレイアの肩を掴んでいた手を離すと、呆けたようにしつつカウンターへと体重を預ける。
「坊ちゃまが‥‥坊ちゃまが誘拐されました。犯人は、わかってます。犯人の要求は‥‥金です」
「「!?」」
「犯人は、私にとって坊ちゃまが必要な存在であることを知っています。ですから坊ちゃまに危害を加えることがないでしょう‥‥金さえ持って行けば、坊ちゃまを解放するはずです。しかし‥‥」
 口ごもるベルント。その沈黙を許さなかったのは純也だった。
「この機会に、あなたを強請っていた者を処分してしまいたい、そういうことですか?」
「!?」
 驚いたように顔を上げたのはベルントだ。ミレイアは沈黙のまま、その執事を睨み付けている。
「ギルベルト君誘拐事件の解決についての依頼は受けましょう。男爵子息の誘拐です、事は大きいです。しかし、あなたの保身のための殺人はお引き受けしかねます」
 立ち上がり、ベルントを見下ろして凛と言い放った純也は、一拍の間をおいて続けた。
「ただし、我々はギルベルト君からあなたを助けてほしいと依頼を受けています。誘拐犯達を滅することがギルベルト君からの依頼に沿うものであるならば、誘拐犯達殲滅の依頼も付け加えましょう」
「坊ちゃん‥‥‥」
 純也のその言葉に、ベルントは全身の力が抜けたようにギルドの床に座り込んで呟いた。

●今回の参加者

 ea0167 巴 渓(31歳・♀・武道家・人間・華仙教大国)
 ea1850 クリシュナ・パラハ(20歳・♀・ウィザード・エルフ・ノルマン王国)
 ea3063 ルイス・マリスカル(39歳・♂・ファイター・人間・イスパニア王国)
 ea4868 マグナ・アドミラル(69歳・♂・ファイター・ジャイアント・ビザンチン帝国)
 eb4322 グレナム・ファルゲン(36歳・♂・鎧騎士・人間・アトランティス)
 ec3467 ガルム・ダイモス(28歳・♂・ゴーレムニスト・人間・ビザンチン帝国)
 ec4205 アルトリア・ペンドラゴン(23歳・♀・天界人・人間・天界(地球))

●リプレイ本文


 取引まで時間があまり無い――冒険者達は急ぎ、目的地へと向かった。

 ひとけのない海辺――そこにある潮風で傷んだ粗末な小屋。その前に立つのは色黒の男、カオスニアン6体と人間の男一人。人間の男の足元には、腕を後ろ手に縛られ、足も拘束された少年が転がされている。少年は近づいてくる二人の男をみとめて口を開きかけたが、砂が口の中に入ったのかげほげほと咳き込んだ。
「約束どおり金は持ってきたようだな? ‥‥その男は?」
 人間の男は鞄を下げて砂浜に降り立った執事、ベルントを確認すると、その一歩後ろに従うように立つ支倉純也に眼をやった。純也は冒険者達の発案でベルントと共に取引現場に立っている。ベルントの監視とギルベルトの安全確保――その重要な役目を任されていた。今回依頼を受けた冒険者達のうち、殆どは最初の別邸襲撃の事件解決に協力していた。故に仲介役の男に顔が知れている可能性も考え、念には念を入れたのである。冒険者が使用人の振りをしてついてきていると知られたら、ギルベルトの安全にも関わる。
「一人であんな大金持ち運べませんでしたので‥‥一人、使用人を連れて来ました。少々毛色が違うのはご容赦を。使用人を一斉入れ替えしたのはご存知でしょう?」
 ベルントの瞳は仲介役の男と転がされたギルベルトの間を行ったりきたりしている。心の中は恐らく色々なものが混ざり合っているのだろう。出発前に巴渓(ea0167)に殴られた頬がじん‥‥と熱くなったような気がする。
『‥‥初手で殺さなかっただけ、ありがたいと思え』
 胸倉を掴んでベルントを引っ立てた彼女は、刺すような瞳で続けた。
『金が欲しくて来たんじゃねェ。俺はな、ギルの坊主やミレイアの悲しむ顔なんざ見たくねェんだよ』
「なるほど。それじゃあその金を渡してもらおうか」
 仲介役の男が一歩、前に出る。ベルントはごくりと口内に溜まった唾を嚥下した。渓の言葉が彼を突き刺す。
『‥‥いいかベルント、俺はお前なんざ信じちゃいねェ。土壇場でおかしな真似すんじゃねェぞ』
「ベルントさん」
 純也に声をかけられ我に返った彼は、鞄を砂浜に投げる。純也もそれに倣った。するとカオスニアンがその鞄を回収し、素早く仲介役の元へ持っていく。
「きちんと持ってきたようだな。じゃあ坊ちゃんは『一応』返してやるよ」
 カオスニアンが縛られたままのギルベルトを放る。
「坊ちゃん!」
 ベルントの悲鳴に似た叫び声が砂浜に響いた。一足先に動いていた純也がギルベルトを受けとめ、そのまま来た方向へと走り出す。
「ベルントさんも、早く!」
 純也に叫ばれ、ベルントも砂浜から遠ざかるべく走り出す。その行動の不自然さを敵が認識したのは、物影から人影が飛び出してきた時だった。
 ルイス・マリスカル(ea3063)が納刀したまま全力でカオスニアンたちを目指す。続いてマグナ・アドミラル(ea4868)、ガルム・ダイモス(ec3467)、アルトリア・ペンドラゴン(ec4205)が慣れぬ砂に足をとられながら敵の一団を目指した。
「俺の命に代えても坊主、俺がお前を助けてやる!」
 渓が前衛がたどりつくまでの援護、とばかりにオーラショットを放つ。
「!? グレナムさん、頼むっスよ!」
 仲介役の男を観察していたクリシュナ・パラハ(ea1850)が叫び、慌てて高速詠唱でヒートハンドを唱え、手持ちのたいまつに火をつける。カオスニアンたちが仲介役の男を守るようにして前に出たところで、男が印を組み、何かの魔法を唱え始めたのが見えたのだ。
「うむ、引き受けよう」
 フレイムエリベイションを付与されたグレナム・ファルゲン(eb4322)が、仲介人を目指して駆け寄る。彼とクリシュナは仲介役の男を優先的に狙うつもりだった。
 ギルベルトを抱えた純也とベルントとが前衛とすれ違う。カオスニアンたちが戦闘の雰囲気を感じ取って武器を取り出し、向かい来る冒険者達に駆け寄る。
 双方から駆け寄ったことで、彼我の距離はすぐに縮まった。
 カオスニアンの振り下ろした剣がマグナの胸を斬りつける。だが彼はそれを身体で受け止める。鍛錬の積まれた身体はこの程度では傷つかない。そのカオスニアンは一瞬の後に手痛い反撃を受けるだろう事をわかっていない。マグナの発動させたスマッシュと組み合わされたソードボンバーは、そのカオスニアンだけでなく周囲の数体へと襲い掛かった。
「があぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!」
 その衝撃波をもろに食らったカオスニアン4体が、血を吹き上げながら膝を突く。だが彼らに撤退するという選択肢は無い。無論、冒険者達もそれを許すつもりは無い。ルイスがブラインドアタックからの抜刀で無傷のカオスニアンを狙い、そしてスマッシュとバーストアタックを組み合わせて敵の武器を狙う。狙われたカオスニアンはその攻撃を剣で受けようとしたが、その威力に耐えられずに剣は半ばから折れ、余波で尻餅をつく。
 アルトリア・ペンドラゴン(ec4205)はマグナの攻撃で膝を突いた敵へと白刃を振るう。敵とギルベルトとを結ぶ射線を遮るように立ったガルムは、スマッシュを叩き込む。その胸には正義の印のようにレミエラの光が輝いていた。
 冒険者達は余計な口をきかない。まるで下劣な輩にかける言葉などないとでもいうように、無言のままその刃を振るう。
 グレナムは詠唱を続ける男との間合いを詰めた。そして詠唱を止めるべくそのまま斬りつける。
「お主には逃げられるわけには行かぬ、覚悟せよ」
「ぐはぁっ」
 グレナムの剣の餌食となった男が血を吐き出しながら地面へと膝をつく。そこへクリシュナの操る炎が襲い掛かった。炎は男の衣服に燃え移り、男を火達磨にする。
「行くぜいくぜいくぜェーーッ!!」
 渓の叫びが剣戟と波の音の合間に響く。
 ギルベルトの瞳は、純也の胸によって覆い隠されていた。血にまみれる戦いが目の中に入らぬように。その身体は、彼の腕によって守られていた。ベルントから危害を加えられないように。



「終わりましたよ」
 どれくらい経っただろうか。背後で砂を踏む音が聞こえ、純也が振り返る。彼の肩を叩いたのはルイスだったが、他の冒険者達もそこに集まっていた。ギルベルトへの配慮か、皆武器の血を簡単なではあるが落とし、納刀している。
 これだけの冒険者が見ている前でなら無体なことはできまい――そう判断した純也はギルベルトの縄を解いた。するとその少年はふらふらとではあるがベルントへと駆け寄り、しゃがみこんでいた彼のその胸に顔をうずめた。
「坊ちゃん‥‥どうして私を助けるのです?」
 ベルントの顔にはまだ迷いと混乱とがあった。親の仇であるとまでは知らないだろうが、自分が夫妻縁の品を売って売買していたことはばれている――確かそう聞いていた。
「ベルントまでいなくなっちゃったら‥‥僕はひとりになっちゃうよ。ハウススチュワードだからベルントが必要なんじゃなくて‥‥僕、ベルントのことをお兄さんみたいに思っているから‥‥」
 砂が喉に入っているからだろうか、時折咳き込むようにしてギルベルトは言い、そしてふらっとその身体を傾けさせた。
「坊ちゃん!」
 ベルントが慌ててその身体を支える。
「――気を失っているだけのようです。安心して気が緩んだのでしょう」
 純也の所見に冒険者一同はほっとし、そして今度は厳しい顔を作る。ギルベルトに聞かれていないなら好都合だ。むしろ今言っておかねば。
「確認しておきます。貴方は何故強請られていたのですか?」
 ガルムの問いにベルントは渋い顔でぽつり、と答える。それは、父母の復讐のために養父母を殺すのにカオスニアンを雇ったからに相違なかった。
「ギルベルト坊ちゃんはそこまでご存知ありません。ただ貴方が困っているものと思い、貴方を助けて欲しいと望まれたのです。貴方を失いたくないからこそ」
 その言葉に、ベルントの手が震えるのが見えた。それを見ない振りしてガルムは続ける。
「貴方の行いは許される物ではないですが、未来は違います。貴方を思う坊ちゃんの気持ちに応え、長く支えることは考えられませんか?」
「おいテメェ、わかってんのか?」
「どうどう、もうケイったら‥‥そりゃ、あの惨劇の真実を知ったら‥‥ねェ」
 反応の鈍いベルントに今にも掴みかかりかねない渓をなだめ、クリシュナがじっとベルントを見つめる。
「ベルントさん。もう犯した罪は覆りません。貴方はあの子のご両親を奪いました。何より、過去の不幸に苦しんでいたのは貴方だけではないでしょう? 何故、貴方はドレーアー家に引き取られたんでしょうね?」
「苦しんでいた‥‥まさかご主人様も?」
 ベルントの独り言じみた問いには応えず、クリシュナは毅然とした態度で続けた。
「ベルントさん、貴方は生きて、罪を償ってください。あの子の想いを無駄にしないでください」
「子供や国土がカオスニアンやバの犠牲になるのは見過ごせん。もう二度と、カオスニアンなどと手を組むことを考えるな」
 グレナムはそれだけ、ベルントに助言する。
「お前の目的は両親の復讐と成り代わりだと推測する。だが、その行いは悲劇を更に深めるだけだ‥‥。ギルベルト君がお前を助けて欲しいと言う以上、その想いを無駄にはできん。ただし」
 マグナはベルントの襟首を掴み上げ、その長身からかもし出す迫力でもって彼を制する。
「その思いに応えるべく身を改めねば、次は斬る」
 ぱっと投げ出すように襟首を離され、ふらりと上半身のバランスを崩すベルント。漸く、冒険者達の意図が見えてきたようで。
「私を官憲に引き渡さないと‥‥?」
 不思議そうに見上げられた瞳に言葉を返したのはルイス。彼の瞳はベルントと、その腕の中で眠るギルベルトを往復して。
「一連の事件、ドレーアー領内の出来事ならば、これを裁断し決着するは当主となられたギルベルトさんの権利にして義務。ベルント氏を赦すか裁くか。幼少なれど領主たる徳と器、そして覚悟在るを信じ見守るつもりであります」
 そう、それはギルベルトがベルントを赦すならば、彼の悪事については目をつぶるということ。何よりそれがギルベルトのためになるならば、彼らはそちらの選択肢を選ぶと告げている。
「貴方達は‥‥本当、に‥‥」
 言葉を詰まらせるベルントの瞳に光るものが浮いている。
「勘違いすんじゃねーぞ。無条件でテメェの悪事をもみ消すわけじゃねェ」
「いつでも我らの目が光っている、それを忘れること無かれ」
 渓とマグナの厳しい言葉。
 だがベルントにはそれでも十分すぎるくらいの温情だった。カオスニアンと繋がり、男爵夫妻を殺害させたこと――軽い罪ではない。
「‥‥誠心誠意、今後、坊ちゃんにお仕えします‥‥‥」
 頭を下げたベルントの瞳から、涙が零れ落ちた。
 いわばこれは彼に与えられた執行猶予。
 いつでも彼ら冒険者は見ている、そう、今回下した判断が間違っていないことを信じて。