水面にたゆたう淡き光と共に

■ショートシナリオ


担当:天音

対応レベル:8〜14lv

難易度:普通

成功報酬:3 G 32 C

参加人数:4人

サポート参加人数:-人

冒険期間:08月20日〜08月25日

リプレイ公開日:2008年08月26日

●オープニング

 八月――暑い。
 こんな暑い時期は舟遊びの季節だ。それに伴い、各地で水を称える水霊祭が開かれる。
 水は不足しても困るが、多すぎても困る。少ない水は旱魃を呼び、土地を干上がらせる。過多な水は津波や川の氾濫、植物の根を腐らせたり土砂崩れなどの二次災害も呼ぶ。
 自然は気まぐれだ。故に人々は、生活に欠かせない水を畏敬を持って称える。

 海辺、川辺に住まない限り、滅多に水泳の習慣が無いこの世界でも、水浴びや水遊びは存在する。舟遊びというとやはり裕福層の遊びというイメージがあるが、この村では近くの森に小さな湖があるということで、8月になると櫂つきの小さな船がいくつも湖に浮かべられる。通常夜間は危険なので使用は昼間に限られるが、水霊祭の夜は別だ。
 村から湖までの道のりに点々とランタンの明かりがともされ、ランタン持参で船に乗ることができる。食料や酒の持ち込みも許可されるから、恋人同士や友人同士で船に乗り、涼をとりながら水面にたゆたう炎の影を眺める。ランタンだけの明かりがぼうっと船に乗る者を照らし出して、実に良い雰囲気だ。炎が顔を照らすから、多少赤らめた頬も相手に気づかれずにすむかもしれない。いつ頃からか、水霊祭の夜に湖で口付けを交わした恋人同士は水精霊の祝福を受けて、末永く睦まじく過ごすことができるという噂がたった。
 同時に友人同士で杯を交わせば、その友情は何があっても壊れぬ確かなものになるといわれている。

 もちろん祭りは恋人達、友人達が湖で過ごすだけのものではない。村では祭りの常として料理と酒が供され、無礼講として村人や旅人入り混じって夜遅くまで宴会が開かれる。そして夜更かしを許された子供達は集められ、水の大切さを大人から言い聞かせられる。

 主に夜になってからがメインの水霊祭だが、昼間の準備でかいた汗を薄い肌着の上から流す若い娘達をこっそりと覗き見るのが未婚の男達のささやかな楽しみだとか。もちろん女性側もこの日だけは見られることを意識している。故に裸ではなく肌着の上から水浴びするのだ。この小さな慣習が、夜の舟デートに結びつくことも少なくないという。

 昼間はランタン設置、料理や酒など夜の宴会の準備、各家からテーブルの運び出し、親が準備をしている間の子供の相手など、やることには事欠かない。
 夜はランタンの明かりで照らされる湖で舟遊びを楽しむほか、村で皆で盛り上がりながら酒や食事を食べる。そして子供達に水のありがたさを語って聞かせる。
 特に目新しいことは無いかもしれないが、それでもよければ参加してみてはどうだろうか?

●今回の参加者

 ea3063 ルイス・マリスカル(39歳・♂・ファイター・人間・イスパニア王国)
 ea8468 ナギラ・スウィックス(41歳・♂・ファイター・人間・メイの国)
 ec5433 ロイ・アズル(20歳・♀・ウィザード・エルフ・メイの国)
 ec5434 ハヤト・タガミ(27歳・♂・鎧騎士・人間・メイの国)

●リプレイ本文

●準備は楽しく
 水霊祭――水の恵みに感謝し、水を奉る祭り。
 夜から本格的に始まる祭りを前に、訪れた者たちは手伝いにいそしんでいた。
「これはどこにもって行けばいいでしょうか?」
 ランタンをいくつも抱えたロイ・アズル(ec5433)が村の婦人にたずねると
「ああ、それは森への道に設置する奴だから‥‥おいあんた、教えてやんな」
 婦人の息子だろうか、子供というには少し大きく、青年というにはちょっと足りない年頃の少年が仏頂面で案内してくれる。ロイが両手に抱えたランタンをいくつかひょい、ともってみせるのはやっぱり男の子。
「暑中に舟遊びで涼をとるとは風流ですな」
「風流もいいけど〜あたしは料理が楽しみ〜」
 チュールを誘ったルイス・マリスカル(ea3063)は、花より団子のシフールを見てくす、と笑う。
「ミレイアも誘ってあげればよかったのに」
「そういえばそうですね」
 ちょっぴり酒場の看板娘の顔を思い浮かべて。確かに誘ってあげれば喜んだかもしれない。
「では、お手伝いをしましょうか。ご婦人、ここにあるテーブルは全て出しても?」
「ああ、頼むよ」
 力のいる仕事を中心に、ルイスは引き受けていく。どうやら今夜は晴れそうだ。月精霊の明かりが輝く静かな夜が送れるだろう。
「ところで、ハヤトさんはまだでしょうか?」
「まだのようですねぇ」
 最初のランタン設置から戻ってきたロイがルイスに問う。辺りを見回したがハヤト・タガミ(ec5434)の姿はなかった。
「買出しをしてから来るって言ってましたが‥‥」
「まさか迷ってなどないですよね。場所はちゃんと説明しましたし」
 そのまさかが的中した事を知るのは、夜になってからである。
 そうですよね、大丈夫ですよねと笑い、ロイはまた大量のランタンを手にした。そして初めての水霊祭でどこかふわふわした様子で森へと向かう。
 とんっ‥‥
 足元に小さな衝撃を受け、そして身体がが傾いていることに気がついたときにはもう、体勢を立て直すのは無理な状態にまで来ていた。
「っ‥‥‥」
 だがロイの身体がそれ以上傾く事はなかった。思わず目を閉じていた彼女が目を開けると、先ほどの少年がロイの身体を支えてくれている。
「早く立ち上がれよ」
 少年はどこか照れくさそうに言い、ロイからぷいと視線を逸らしてしまった。彼女はそれをとてもかわいらしく思い、体勢を立て直してから少年の頭を撫でる。
「子ども扱いするなよっ!」
 ぱしん、小さくはたかれた手も、それが照れ隠しだとわかればいとおしくて。
「お兄さんお兄さん、ご苦労さま。ちょっと味見してくれないかい?」
 木製のスプーンで掬われた液体を口に流し込んでもらえば、冷たいスープの濃厚な味がルイスの口の中に広がって。
「良いお味です」
 にっこりと彼が笑えば老婦人は満足そうに家の中へと戻っていった。
「いいなー、ルイスばっかり。あたしさー、非力だからさ、何手伝えばいいんだろー」
「それでは私と一緒に釣りにでも行きますか?」
「ここ、何か釣れるの?」
 ルイスが荷物の中から釣竿を取り出す。先ほど長老に許可は得てある。
「舟遊びの邪魔をしない湖の端のほうで釣りましょう。何か魚が釣れるみたいですよ」
「魚たべたーい!」
 ふよふよくるーりと回るチュール。彼女はやっぱり色気より食い気だ。


「あ、ロイだ。おー‥‥むぐ」
 湖への道中、見知った顔を見つけて大声を出しそうになったチュールの口をルイスが塞ぐ。
「しっ。なんだかいい雰囲気ですから。邪魔をしてはいけません」
 見ると上の方にランタンをつけようとしているロイを少年が手を添えるようにして手伝っている。少年はどこか照れた感がぬぐえないが、それでも楽しそうだ。
「んじゃ、そーっと」
 二人が背を向けているのをいいことに、ルイスとチュールは気づかれないようにその後ろを通り過ぎた。


「でさ、釣れるの?」
「チュールさん、釣りは忍耐ですよ。私も不得手なので偉そうなことはいえませんが」
 3メートルほどの竿を湖に垂らすルイス。だがなかなか引っかかってくれない。
「やはり、ダイバーに任せますか」
 つれてきた鴨を湖に放つと、ダイバーは嬉しそうに水音を上げながら泳ぎ、そして時々水面に顔を突っ込む。すると‥‥
「おぉっ! すごい、えらい!」
 口に魚をくわえてすいすいと岸に戻ってくる。あまり大きな魚ではないが、上出来だとルイスはダイバーの頭を撫でてやる。
「こっちの方が堅実かもね?」
 チュールの言葉にルイスが苦笑を漏らしたとき、今の一連の様子を見ていたのだろう、子供達が駆け寄ってくる。
「さて、では子供達のためにもう一仕事してくださいね」
 ダイバーは一声鳴き、再び湖へと入っていった。


●水面にたゆたう淡き光と共に
 水面に浮かぶ光はゆらゆらゆらゆら。
 舟の立てる穏やかな波にゆられてゆらゆらゆらゆら。
 恋人同士で、友達同士で、舟に乗ってゆらゆらゆらゆら。


「み、水‥‥」
 夜。宴もたけなわになった村に、ぼろぼろになった一名の男性が現れた。ハヤトである。どうやらずっと村を探して迷っていたらしい。買い出してきた品物の中に飲み物がなかった事もあってか、この暑さの中でもう身も心もぼろぼろだ。
「あの‥‥大丈夫ですか?」
 木製のコップに水を汲んで、彼に差し出したのは一人の村娘。奪い取るようにしてその中のものを嚥下したハヤトは、早速復活してその女性の手をとる。
「どうだい? ふたりっきりで舟の上、愛を語り合わないかい?」
「え‥‥その」
 女性が困惑した様子を見せれば、酒の入った男性達がその変わり身の早さを笑う。
「兄ちゃん、はえぇって!」
「む、あっちにも素敵な女性が」
 女性の返答を待つ前に別の女性に目を移すハヤト。どうやらとにかくいろんな女性をナンパしまくるつもりらしかった。


「ハヤトさん、無事に着いたんですね」
 村人達の宴会に混ざっていたロイは、苦笑しながらその様子を見ていた。冷たいおまめペーストのスープとパンが美味しいな、そんな事を思っていると目の前に影が立った。目を上げてみれば昼間ランタン設置を手伝ってくれた少年。
「その、あの、舟、乗ってみないか?」
「え? 私とですか?」
「お前、昼間準備色々頑張ってただろ! だから褒美に俺がこいでやるよ!」
 設置されたたいまつとランタンの明かりで少年の顔色はうかがえない。だが必死で照れを堪えて右手を差し出している。
「ひゅーひゅー!」
「からかうんじゃねぇよ!」
 ひやかす大人に怒鳴り返すその姿が可愛くて、ロイは少年の手を優しくとった。一夜だけの小さなナイト。


 フルート特有の高い音が静かな湖に響く。
 湖の真ん中近く、ランタンをおいた舟の上でルイスはフルートを奏でていた。
 周りの舟は皆、おしゃべりをやめてその音色に聞き入っている。
「ね、あたし歌ってもいいかな?」
 船べりに腰をかけたチュールの問いに目で答えたルイス。チュールはこれでもバードだ。歌も得意である。

 母なる水の その豊かさに
 我ら感謝と 喜びの声を
 命の水の その心地よさに
 我ら笑顔と 喜びの歌を

「あ、歌と楽器が聞こえますね」
「え‥‥ああ」
 ロイを舟へと導く男の子はとても緊張しているようで、歌や演奏など耳に入っていないようだ。その手から緊張が伝わってきて、彼女はほほえましい気持ちになる。

 怒り鎮めよ 我らが命
 長き夜の感謝を受け取り 恵みを与えたまえ
 永久に 永久に 我らの命の源よ

 村ではロイがジョークを言って場を盛り上げている。どうやらナンパはあまり上手くいかなかったらしく、村人と酒を飲む方向へと切り替えたようだ。
「私たちも、そろそろ戻りましょうか」
 歌の後、美しい独奏を終えたルイスが櫂を手に取る。
「うん、おなかすいたー」
「さっきお菓子を食べていたではありませんか」
 苦笑しながらもチュールを見て、彼女らしいと思ってしまうルイスだった。


 こうして思い思いの水霊祭の夜は更けていく。
 今年はどれだけのカップルが永遠の愛を誓ったのだろう。
 どれだけの友情が固められたのだろう。
 命の源である水。
 水への感謝をわするる事なかれ。