【魅惑の芳香】力量試しは恥にあらず

■ショートシナリオ


担当:天音

対応レベル:8〜14lv

難易度:普通

成功報酬:4 G 98 C

参加人数:8人

サポート参加人数:1人

冒険期間:08月25日〜08月30日

リプレイ公開日:2008年09月03日

●オープニング

●訪れ
「また追い出されたんですか」
「‥‥人の顔見て第一声がそれ?」
 ここは冒険者ギルド。一人の青年の訪れに、職員が思わずそう口にしたのも無理はあるまい。
 青年の名は石月蓮。地球から来落した天界人だ。調香師という香りのスペシャリストとして働いていたらしく、冒険者たちの力を借りて香りの研究をしているという錬金術師の元へと送り届けられた。これでようやく彼も満足して研究ができるだろう――報告を受けた職員はそう思っていたのだが。
「いや、あのくたばりそうなじいさんとはうまくいってるよ。エルフだから何年生きているのか知らないけど」
 なるほど、香りの研究をしている錬金術師とはエルフだったのか。
「じゃあ何でそんな仏頂面しているんですか?」
「‥‥‥‥‥」
 職員の質問に蓮は拗ねたような表情のまま目を逸らし、気まずそうに口を開いた。
「‥‥怒鳴られた」
「え?」
「怒鳴られたんだよ」
「‥‥‥‥」
 ああそういえば、と心の中で頷く職員。彼は確かこの間‥‥
「『戦闘は遊びじゃない』とか言われましたか?」
 ずばっと的を射られれば、蓮とて頷かぬわけにはいかない。
 彼は地球にいた頃フェンシングをやっていたという。インドア派の職業の割には意外と体育会系らしく。冒険者からもらったレイピアを懐かしそうに握り締め――握り締めただけではすまなかった。この得物さえあれば自分も冒険者達と同じようにきちんと戦えるのではないか、そう思い込んでしまったのだ。実際の命をかけた戦いはスポーツの試合とは違う、甘いものではないと口をすっぱくして言われたはずなのだが、実際戦闘に加わったことのない彼には、いまいち納得がいかない。
 自分の技量が役に立つのか、役に立たないのか――それがわからなければ慢心したままの彼はいつかどこかで命を落とすかもしれない。
 大方、戦闘くらいなら僕一人でも〜とぬかしたのだろう。そんな生意気なことを言っていては怒鳴られても文句は言えまい。ましてやエルフの老人から見れば蓮など赤子同然だ。
「で、ゴブリン退治だって」
 相変わらず拗ねた子供のような顔をしながら蓮は一枚の羊皮紙をぺらぺらさせた。どうやら地図のようだ。
「自分の実力をしっかり把握していないような奴に大事な研究を手伝わせられん、だって。だから、一緒に行ってくれる冒険者を雇いたいんだよ」
「もしもの時の救助役兼証人ってわけですか」
「証人兼もしもの時の救助役」
 ご丁寧にも細かい部分を訂正する蓮。相当プライドが高いのだろう。
 もしもの時の救助役とはその名の通り、彼が万が一命を落とすことのないように取り計らう役目。証人とは万が一彼がゴブリンを倒したときにそれを錬金術師に対して証明する役目。蓮がゴブリン退治にいったとみせかけて、ウソの報告をしないためだ。
「わかりましたよ、手配しましょう」
 職員は苦笑して書類の作成に取り掛かった。

●今回の参加者

 ea0439 アリオス・エルスリード(35歳・♂・レンジャー・人間・ノルマン王国)
 ea3063 ルイス・マリスカル(39歳・♂・ファイター・人間・イスパニア王国)
 ea9387 シュタール・アイゼナッハ(47歳・♂・ゴーレムニスト・人間・フランク王国)
 eb0754 フォーリィ・クライト(21歳・♀・ファイター・ハーフエルフ・ノルマン王国)
 eb1004 フィリッパ・オーギュスト(35歳・♀・神聖騎士・ハーフエルフ・ノルマン王国)
 eb8378 布津 香哉(30歳・♂・ゴーレムニスト・人間・天界(地球))
 ec4427 土御門 焔(38歳・♀・陰陽師・人間・ジャパン)
 ec5385 桃代 龍牙(36歳・♂・天界人・人間・天界(地球))

●サポート参加者

イェーガー・ラタイン(ea6382

●リプレイ本文

●挨拶の後は容赦なく
 とりあえずギルド前にて石月連と合流した冒険者達は、ある者は挨拶をし、ある者は彼を上から下まで値踏みするなどさまざまだ。
「お久しぶりです、石月さん。今回も宜しくお願いします」
 既に蓮と顔見知りの土御門焔(ec4427)やフィリッパ・オーギュスト(eb1004)が笑顔で挨拶をすれば、以前蓮にレイピアをプレゼントした布津香哉(eb8378)が決まり悪そうに頬をかく。
「んー、この間レイピアを餞別として渡した手前、気になっていたんだよな」
 彼は事の成り行きはどうなろうと、しっかり見ておこうと決めていた。
「あたしはフォーリィ。よろしく。武器持つと強くなったような気がするのはあたしにもわかるな。あたしも最初に本物持たせてもらった時そうだったし」
「なら、僕の気持ちもわかってくれるよね?」
 フォーリィ・クライト(eb0754)と握手を交わしながらにこにこと笑顔を浮かべる蓮。だが歴戦の猛者であるフォーリィはそれほど甘くはない。
「野営道具とか保存食とかはしっかり持った?」
「う‥‥」
「武器を持って気が大きくなるのはわからんでもない。ただ、それで俺達と同等に戦えると思うのはお前のためにならない」
 厳しい指摘をするのはやはり歴戦の猛者、アリオス・エルスリード(ea0439)。
「フォーリィの言う旅と戦闘に必要な装備もそうだが、旅の日程は把握しているか? 目的地までの地形を把握しているか? 休む場所を何処にするか検討しているか?」
「う‥‥うぅ‥‥」
 アリオスのきつい、だが的を射た質問に蓮は少しずつあとずさるようにして言葉が出ない。つまり――それら全て用意をしていないという事。
「蓮さんの持ち物はそのレイピアのみですよね?」
 やはり二人と同じ事に思い至ったのはルイス・マリスカル(ea3063)。彼は蓮が手にしているレイピアを指す。もちろんそれだけで出掛けようとするなんて自殺行為もいいところだ。
「そんな事もあるかと思いまして、こちらを用意しました」
 焔が差し出したのはレザーヘルムにアイアンマント、ネイルアーマーに寝袋、ランタンに油に保存食という冒険に必要な最低限のもの。
「あまり甘やかすのもどうかと思いますけれど、一つずつ学んで行っていただくという事で」
「‥‥‥ありがとう」
 フィリッパのぐさっと来る言葉もあったが、蓮はそれらをありがたく戴いて着用してみる。なんだか本当にファンタジーの登場人物になったようだ。
「おお、日本人! そうするとすっかりこっちの世界の人だな!」
 ぐいと他の人を押しのけて蓮の前に出、手を握ってぶんぶん振って肩を抱いて背中をバンバン。
「ちょっ‥‥あんたは?」
 さりげないボディーチェックに戸惑う蓮を全く気にした様子なくさわりまくるのは桃代龍牙(ec5385)。彼の守備範囲は長身で、性格が良く逞しければなおよし。ジャイアントは見ているだけで幸せだという。ちなみに好きなのは同性である。
「んー、身長、筋肉不足だな。蓮さん就職してからあまり身体動かしてないだろ?」
「まぁ、進んで身体動かすような職業じゃないし‥‥って何の品定めだよ!?」
 どうやら蓮は龍牙のおめがねに適う体型にはいくらか不足していたらしい。おめがねに適ったら適ったでお持ち帰りされてしまうかもしれないが。
 噛み付かんばかりの蓮の言葉を笑って流した龍牙の側に歩み寄ってきたのはシュタール・アイゼナッハ(ea9387)。
「初めましてじゃのぅ。わしは錬金術師兼魔法使いのシュタールじゃ。よろしくのぅ」
「ああ、あんたも錬金術師なんだ。そういえばあのじいさんに雰囲気が似ているかもね」
 蓮のいう「あのじいさん」とは香りを研究している錬金術師の事だ。
「色々と学ぶ事は多いと思うからのぅ。皆さん冒険慣れておられるしの、一つ一つ学んでいくのが良いと思うのぅ」
 果たしてシュタールの言葉を蓮は全部聞いていたであろうか。聞こえててもスルーしたかもしれない。その慢心故に。
 彼は気がついていない。これから歴戦の冒険者達によって壮絶なダメだしがなされる事に。


●鍛錬もその後も容赦なく
「しかしよい武器持ったら戦いたいと思うもんか? 俺はどうかって言われれば、まあ俺の力量じゃ前に出ても戦う事は無理無謀とわかってるし、最低自分の身だけでも守れればいいかなってところだけど」
 剣を持ったフィリッパと手合わせをしている蓮を、座り込んで眺めていた香哉がぽつりと零す。
「やはりスポーツとはいえ武器に類するものを持った事があるかないかの違いじゃないかのぅ、心理的に」
 シュタールがそれに答えれば、腕を組んで見守っていたアリオスは早々に蓮の弱点を見抜く。
「前しか見えていないな。避けられた後の対処がなってない」
「周囲に注意を払っていませんね。一対一の、それも特殊な戦い方しか経験していないのでしょう。乱戦などでは特に危険です」
 ルイスも頷くようにして息をつく。
 事実、フィリッパのオフシフトからのカウンターアタックに、蓮は押されていた。フェンシングは正面から一対一でやりあう競技。前に攻めたり後ろに後退して避けたりはするが、横にすっと避けられて視界から消えてしまった相手を捕捉することに彼は慣れていない。
「チェックメイト、ですわね」
 フィリッパに剣を突きつけられて王手を宣言された蓮は、渋々「降参」と言ってレイピアを下ろした。
「あんたは確か魔法使えたよね? どうして使わなかった?」
「必要がありませんでしたから」
 その問いににっこりと満面の笑みで返すフィリッパ。その一言がぐさりと蓮に刺さる。
「さて、落ち込んでる暇はないわよ。次の相手はあたし」
「フォーリィさん、俺も一緒に手ほどきを受けてもいいかな?」
 立ち上がり、蓮の元へ向かったフォーリィを追いかけたのは龍牙。借り受けた剣を握っている。
「いいわよ。二人一緒にかかってきて」
 少女相手に二人がかりとは一見卑怯に見えるが、フォーリィが相手では龍牙と蓮二人がかりでも到底敵わない。事実、彼女は子猫でもあしらうように彼らの攻撃を受け流しては打ち込んでいく――もちろん手加減して。
「ちょ‥‥まっ‥‥」
「もうおしまい? 案外体力ないのね」
 待ったというように手を出して息を切らす蓮を見つめて、フォーリィが剣をおろしながらあきれたように呟く。同時に龍牙も力尽きたのか、蓮の隣に座り込んだ。
「やぁ、やられてるね‥‥。俺も弓道の心得はあるんだけど、こてんぱんだよ。石月さんはフェンシングだっけ?」
「‥‥ああ、そうだよ」
「あれって試合とか見てると先をちょっと当ててるだけみたいだけど、ゴブリン相手にそれだけだと怪我するからね、気をつけて」
「そうよ。息の根止められないんじゃ使い物にならないんだからね」
 龍牙の言葉にフォーリィが被せるように忠告する。それをきっかけとしてか、離れて見ていた冒険者達が近づいて来、それぞれ気がついたことを告げる。
 正面だけでなく側面、後ろにも注意をする事。敵は正面から来るだけではないという事。いつでも一対一で戦えるとは限らないという事。きちんと止めを刺すということ。敵は横にも避けるということ‥‥etc。
 色々指摘を受けて少しばかりへこんだような彼だったが、この後野営の辛さや厳しさで更にへこむ事になる――南無。


●もちろん実践も容赦なく
 二日目に野営地を出発した辺りで問題の場所には到着した。既に手合わせや2度に渡る野営ですっかり疲弊していた蓮だが、増長されるよりはましかと一同は思う。
 色々と彼に注意はしてきたが、それは全て彼のためを思っての事。一度に沢山指摘してその全てを飲み込めたとは思っていないが、少しは身についていると思いたい。いや、少しも身についていなかったとしたら、匙を投げ出したくなるだろう。
「お出ましのようですよ」
 ルイスの声に一同が目をやると、林の中からゴブリンが姿を現していた。あらかじめゴブリンの姿などを冒険者達から聞いていた蓮は、その以上に戸惑いはしていないようだった。焔のテレスコープで林に紛れているゴブリンの姿を確認していたので、不意をうたれるということもなかった。
 蓮が前に出る。一同はその後ろでいつでも手助けに入れるように見守っている。
 彼が狙ったのは突出してきた一匹。攻撃はやはり突き。何度も浅く突き入れる。だがそうしている間に後ろから追いついた二匹が、斧を振り上げる。蓮の表情に迷いが見えた。
 シュンッ‥‥シュンッシュンッ‥‥

 まるでその迷いを予測していたかのように、蓮の後方から射られた矢が彼を狙っていたゴブリンの腕に突き刺さる。アリオスに龍牙、香哉の放った矢だ。
「後方からまだ来ているぞ」
 油断なく戦況を観察していたアリオスが告げ、再び矢を番える。
「迷っている暇はないと思うがのぅ」
 シュタールが素早く仲間を巻き込まない位置に移動し、高速詠唱でローリンググラビディを唱えた。
「頭で理解できていても身体が動かない事はあるでしょう。それを恥と思わず、場数を踏んでいく事が大切です」
 ルイスが落下に巻き込まれなかったゴブリンを引き受け、日本刀で斬りつける。
「迷ってないで、一体でも止めを刺しなさい! 後は引き受けるから!」
 素早く蓮の横を走り抜けながら叫ぶフォーリィの声にはっとした蓮は、最初に狙っていたゴブリンに攻撃を続ける。
 他の冒険者達は次々とゴブリンを軽々倒していく。またはそれをしっかりとサポートしていく。それを横目で見ている彼が、焦らないわけがない。
「攻撃が来ますよ」
 背後からのフィリッパの声に再びはっとすれば、目の前のゴブリンは斧を振り上げていて。
 避けられない――彼がそう思った瞬間、ゴブリンの攻撃は見えない何かに弾かれた。フィリッパの張った高速詠唱ホーリーフィールドだ。
「さて、止めを」
 にっこり笑んだフィリッパに言われ、蓮はレイピアをこれでもかと力を入れて突き出した。


「何でわざと1体逃すんだ?」
 林の中、残った1体を追って先頭を歩くアリオスに蓮は問う。1体を残して後をつけようと言い出したのはアリオスだ。
「わざと逃してゴブリンの拠点を見つける。その後、ゴブリン退治の依頼主がどんな状態を欲して依頼を出したか考え、殲滅するか追い払うに留めるかを選択する」
「ここで追い払っても、拠点にゴブリンが残っていては再び被害に遭う人が出ないとも限りません。そうなればまた、ゴブリン退治の依頼がギルドに並ぶ事になるでしょう」
 ゆっくりと、柔らかい言葉を選んで焔が説明をする。できるだけ蓮を傷つけないように。
「依頼された事だけをやればいい、というわけじゃない。それだけなら子供でもできる」
「ぐっ‥‥」
 まっすぐに前を向いたまま歩みを進めるアリオスの言葉に、蓮は詰まった。自分が子供だと言われているように感じて。だがアリオスとて悪気があってこんな物言いをしているわけではない。事実を伝えているだけだ。厳しい現実も、知らぬままでいては身を滅ぼしかねない。厳しい言葉が突き刺さるのは一瞬。だが知らずに時を過ごせば、いつ命を落とすかもしれない。
「冒険者として戦う事は甘くないということ、少しは判っていただけたでしょうか?」
 ルイスの柔らかな問いに、頷きともただ拗ねただけとも取れぬように蓮は頭を垂れる。拗ねているんだったら相当子供っぽい。
「性格矯正なんて齢ウン才超えたらなかなか直らんと思うぜ。のんびり気長に諭していくしかないね」
 その様子を見て香哉が龍牙に零すと、彼は苦笑して見せた。
「体力とか根本的に違うね、こっちの人。どう? 調香師の仕事にも役立つだろうし魔法とかも覚えてみたら?」
 後半は蓮へのアドバイス。
「‥‥‥考えてみるよ」
 返ってきたのは暗いが前向きな返答。まあよしとしよう。
「依頼主が自分で身を守れるという意味では大きな意義です。不必要に自分を危険に追い込まない、危険を想定して護身能力を持つ。これは選択肢という意味でも重要ですしね」
「だれでも最初から全てできるわけではありません。自ら自衛手段を持とうとした石月さんの意思は、素晴らしいと思います」
 フィリッパと焔がフォローを入れる。飴と鞭というやつだ。
「貴方自身にしかできない事があるから、それを伸ばしていけば宜しいのでは? 剣を以って戦うだけが冒険ではない、という事かのぅ」
「僕にしかできない事、か‥‥」
 蓮が考え込むように呟いたその時、彼の前方でアリオスとフォーリィが足を止めた。
「じゃあゴブリン殲滅といこうか。容赦なく」
 ちょっと機嫌が悪いフォーリィは早速剣に手を添える。
「依頼された以上のことをしてみせて、師に認めさせればいい。いくぞ」
「自分の力量は判ったでしょ? 無理をしない程度についてきなさいね」
 アリオスとフォーリィが先陣を切る。それに続いて他の冒険者たちもゴブリンの拠点へと駆け出す。
「‥‥‥わかった」
 その「わかった」が何についてなのかは本人にしかわからないが、蓮が今回の事で何かをしっかり掴んだのは間違いなさそうだった。
 長年培ってきたその性格は変わりそうにないが。