追憶に生きる白花〜繋がる真実〜
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■ショートシナリオ
担当:天音
対応レベル:8〜14lv
難易度:やや難
成功報酬:4 G 98 C
参加人数:6人
サポート参加人数:-人
冒険期間:08月30日〜09月04日
リプレイ公開日:2008年09月07日
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●オープニング
●白の騎士
全身を白でコーディネートした一人の女騎士がギルドへと入ってくる。彼女はイーリス・オークレール、リンデン侯爵家に仕える騎士だ。馬上槍試合中の不自然な事故で夫を亡くして以来、槍への恐怖心を持ってしまった彼女。敵でなく、味方が槍を持っていても身がすくんでその場で動けなくなってしまうという彼女のトラウマは騎士としては致命的だ。
そんな彼女に一つの使命が与えられた。領内で起きている怪異現象の調査。彼女はそれを「役に立たない騎士である自分に侯爵様が与えてくれた慈悲だ」と認識し、冒険者達と共にその怪異を調査、解決して行った。
彼女の目的はもう一つある。夫が亡くなった馬上槍試合で馬が見せた不自然な動き。そこに目に見えない何らかの力が働いていたのではないか、そう彼女は考えている。
●尋問
「前回冒険者達のおかげで捕縛する事のできた信奉者の男は、未だ私のほうで身柄を預かっている。まだ侯爵様にはお伝えしていない」
「カオスの魔物の信奉者の集団が、魂を売って力を得ていたという事は?」
「そちらは報告してある」
支倉純也の問いに、イーリスはゆっくりと答える。
「幸い今のところ人質は自殺や他からの干渉で殺害されるには至っていない。一応私が近くにいるときは念のために石の中の蝶の反応を見ているが、今のところ反応を見せた事はない」
「確か、前回の信奉者のアジト強襲ではカオスの魔物の反応があったと聞いていますが」
そう、前回は姿こそ見えなかったものの、わずかではあったがカオスの魔物の反応があったのだ。
「そうだな‥‥。だが人質を奪いに来る気配もない。前回の戦いに介入しなかった以上、彼らに関わっているカオスの魔物は彼らを捨て駒としたのだと見て間違いないだろう。捕らえた男が特別優秀だというわけでもなさそうだ」
捕らえた男はどうやらカオスの魔物と契約して、結界のようなものを張る力を得たらしい。強襲の際も怯えてまず自分のみを護った、そんな男だ。
「ところでその男を尋問したいので手伝って欲しい」
尋問――その仕方一つで得られる情報はだいぶ変わるだろう。
何の情報を得たいか、それを明確にして問わなくてはならない。
「簡単に口を割るとも考えづらくてな‥‥尋問を苦に自害されない手も考えなくてはならぬ」
ちなみに、とイーリスは渋い顔で付け加える。
「奴はまだ自分を、信奉しているカオスの魔物が助けてくれるものだと信じている」
まったく、カオスの魔物を奉じるなど馬鹿な話だ、と彼女の口から溜息がもれた。
「頼む。私は馬上槍試合の真相を暴きたい。それに加えてリンデンの役に立つ情報が得られればなおよい。男の始末は冒険者の判断に一任する」
捕えたのはカオスの魔物の信奉者、男性で20代後半だと思われる。戦闘の際に怯えてまず自分の周りに結界を張ったことから、臆病な性格だと思われる。その辺を踏まえてぜひ情報を引き出して欲しい。
引き出した情報如何によっては、真実が判明するかもしれないから――。
●リプレイ本文
取調べは、まず人質の男に自分の立場を理解させる事から始まった。
嵌めていた猿轡は外したが、手を縛った縄は解かない。印を組んで魔法を使われないためだ。
「さて。捕えられた貴方を、あなた方が信奉していたカオスの魔物が助けに来る気配は一向にないのですが」
ルイス・マリスカル(ea3063)の落ち着いた言葉にびくり、と身体を振るわせる男。臆病な性格らしく、これから一体何をされるのかと怯えているようだ。
「見捨てられた、と見て間違いないとおもうが」
腰に手を当てるようにして男を見下ろす風烈(ea1587)を見上げる事もせず、男は下を向いて震えていた。
「(今回の尋問で、上手くカオス達の先手が取れれば‥‥)」
男の口にした言葉をアプト語で記録するためスタンバイしていたクリシュナ・パラハ(ea1850)は、側に立つ水無月茜(ec4666)を見上げる。
「茜さん」
「はい、分かりました」
茜はクリシュナの呼びかけに頷き、印を組んで魔法を発動させると歌い始める。メロディーの魔法だ。男が落ち着くように、警戒心を解いてくれるようにと思いを込めて歌う。
「カオスの魔物の情報を持ちながら捕えられた――助けられるどころか口封じされる可能性のほうが高いと思うけどな。素直にこちらの質問に答えれば、カオスの魔物から助けてやらない事もない」
烈のその言葉に、男は弾かれたように顔を上げた。そして怯えるような瞳で冒険者達を見つめる。茜のメロディーが功を奏しているのだろう、男は躊躇うように口を開きかけ、そして閉じを繰り返している。
「落ち着いてください。ゆっくりでいいですから。私達は貴方に危害を加えるつもりはありません。ただ、少しばかりお話を聞きたいだけですから」
土御門焔(ec4427)が占い師特有のゆったりとした、そして相手の心を解きほぐすような調子で告げると、男は震えてはいるがゆっくりと頷いた。
「(‥‥とりあえず今は、不穏な気配はない、か)」
尋問には加わらず、周辺警戒に勤める事を決めていたレインフォルス・フォルナード(ea7641)は壁に寄りかかり、部屋にある窓から外を眺めている。周辺に人家はない。なにものかが近づけばその気配で分かるだろう。
「よろしいですか。まずは別の信徒集団や協力者はいないか、教えていただけますか?」
「‥‥い、いない‥‥。少なくとも、俺は‥‥知らない」
小さな声ではあるが、ルイスの質問に男は答えた。クリシュナはそれを書き留めるべくすらすらとペンを走らせる。
「では、カオスの魔物の信奉が始まったのはいつ頃で、中核になった者は誰ですか? 力と引き換えに、何をするように命じられていたのですか?」
「‥‥‥何年も前の話だ。小さな村で燻っているのが厭だった俺達は何か面白い事はないか、何か大きなことはできないかと考えた‥‥。俺達はただの村人で、ゴーレムに乗れるわけでも剣を持って戦えるわけでもない。でも、何か大きなことがしたかった‥‥」
「‥‥‥年頃の若者が力に憧れる、か」
窓辺のレインフォルスがぽつりと呟いた。
「ち、中心になったのは‥‥この間殺された中にいた奴だ‥‥。昔からガキ大将で、俺達は奴の子分みたいなもので‥‥カオスの魔物の事も、子供の頃じじいやばばあから戒めのように聞かされてたその話から思いついて‥‥願えば、奉れば来てくれるかも知れないって‥‥」
「その活動がばれて村から追い出されたのですね」
焔が静かに問う。短い沈黙の間、茜の歌声が部屋に響いた。
「追い出されて、森の中に拠点を作ったというわけか」
「‥‥でも、実際にカオスの魔物が来てくれたのは‥‥一年、いや二年くらい前の事だ‥‥」
「その魔物の外見的特徴は? どんな武器を持ち、魔法を使った時はどんな色に発光していた? お前達は奴をなんと呼んでいたんだ?」
烈の、落ち着いてはいるが次々と浴びせられる質問に男は窮する。直接カオスの魔物に関わる事、それを口にするのは躊躇われるのだろう。
「このままでは厳罰は避けられません。貴方達をいいように利用し、見捨てたカオスの魔物に一矢報いたいならば、素直に口を割るのが得策かと」
ルイスの強い言葉に男は唇を強く噛むようにしている。だが目は泳いでおり、何かに迷っているようだ。
「この辺で一度『お休み』戴きましょうか。焔さん、お願いします」
ペンを置いたクリシュナの言葉に頷き、焔が印を結んで詠唱を始める。何をされるのかと男は怯えた様子を見せたが、詠唱が完成すると共にその意識は闇へと落ちていった。スリープの魔法で眠らされたのだ。
「それではリシーブメモリーで記憶を探っていきます」
再び焔が詠唱を始める。一同はそれを息を呑んで見守った。
「『はじめは天使かと思った』『でも翼は黒かった』『巨大な斧と火のついた棍棒を持っていた』『国を混乱させる為にまずこのリンデンから』‥‥‥‥‥『黒衣の復讐者』」
連続して魔法を唱え、男の記憶を探っていた焔が深い息をつき、座り込んだ。焔さん、とりあえずその辺で、とクリシュナに言われ、茜の手を借りて立ち上がった焔は部屋の端に移動し、壁に背中を向けて休む。
「天使のような容貌だが翼は黒く、巨大な斧と火のついた棍棒を持っている。国を混乱させるためにまずはこのリンデンを制圧しようとした――名は黒衣の復讐者。こんなところでしょうか。どう思います?」
素早く書き留めたスクロールに散らされた単語を繋げて読み上げてみたクリシュナが問う。烈が真剣な表情で口を開いた。
「もしかしたら‥‥上級のカオスの魔物かもしれないな」
「私はこの間、『過去を覗く者』というカオスの魔物との戦いに参加しました。その手ごわさ、怖さは身にしみています。『過去を覗く者』がどのくらいの位にあったかは分かりませんが、それよりも手ごわいという事ですか?」
茜の問いに烈は「おそらく」と頷く。かつて別の土地で、カオスの魔物とは違うが似通ったデビルという存在と戦ったときの事を彼は思い出す。上級のデビル、その知恵や力は下位のデビルの比ではない。
「より上位に位置するカオスの魔物でしたら、低級のカオスの魔物に命令し、彼らに利用させたという事も考えられますね」
「‥‥精霊達を暴れさせたのにも理由があるのか?」
外を警戒しながらレインフォルスが尋ねる。
「私からも、聞いておきたいことがあるのでそろそろ起こしてもらえますか? イーリスさんのご主人様の件について」
クリシュナの言葉に、ずっと壁際で尋問を見守っていたイーリスがぴくりと表情を変える。
「おはようございます」
ルイスが男の肩を揺すり、目覚めたところでにっこりと笑いかける。その笑顔が逆に男には恐ろしいものに見えた。
「一年ほど前、アイリスで行われた馬上槍試合については覚えていますか?」
急に質問内容が変わったことに驚いたのだろう、一瞬男は目を見開いた。だがカオスの魔物に直接関与する内容からそれた事に安心したのか、ゆっくり口を開く。既に記憶を探られているとは知らずに。
「‥‥槍試合?」
「リンデン侯爵家に仕える騎士、オークレールさんが出場していたのですが」
「ああ」
ルイスの言葉添えで漸く思い出したのか、男は言葉を吐く。恐らくここにその縁者がいるとは思ってもいないのだろう。
「あの鬱陶しい騎士の事か‥‥。精霊を暴れさせて隠れ蓑にするのが可能かどうかって試していた時だな、俺達の周りをしつこく嗅ぎまわる騎士がいて。目障りだと申し上げたら知恵を授けてもらったんだ」
まるであの事件は思った以上に上手くいった、自分達の手柄だ、そんな調子で男は語り続ける。
ぎゅ‥‥壁際に立つイーリスの拳が、掌に爪が食い込むほどに強く握られていくのを茜と焔は見ていた。
「その時ためしていた、精霊を暴れさせる実験を試したんだよ。騎士の格好をしてトッドローリィを傷つけ、その後唆したんだ。『お前達の仲間を傷つけたのは、あの男と同じ格好をした騎士だ』ってな。精霊って案外単純なのな。外見が似ているからって仲間だと判断して、上手い事あの男を始末――」
ガツンッ!
男が皆まで言うことはなかった。拳を握り締めて悔しげに唇をかみ締めたイーリスより早く、黙っていたレインフォルスが男を殴り飛ばしたのだ。男は手を縛られたまま壁にたたきつけられ、気絶してしまった。
「すまない。尋問が続けられなくなってしまった」
「――いえ、十分です」
搾り出すように告げたイーリスの瞳には、涙がたまっていた。彼女はそれを零さぬようにと堪えているようだった。
騎士として再起不能になりかけた自分に与えられた任務。自分を復帰させてくれた侯爵に感謝し、それからは涙を封印してきたのだろう。そんな彼女の瞳に涙が溜まっているのだ。
「イーリスさん‥‥泣きたいなら泣いていいっスよ」
クリシュナが心配そうに近寄り、その肩に手を当てる。ルイスは無言のまま彼女にハンカチを差し出した。
「馬上槍試合での不自然な出来事は、トッドローリィの仕業だった。だがトッドローリィもこいつらに唆されていた。イーリスさんの旦那さんはきっと、領内の不穏な動きを調査してして、カオスの魔物にとっても不都合なところに近づいてしまったのかもしれないな」
静かに、烈が真実をまとめる。
「そんな気は、してたんですよね‥‥」
イーリスの隣に立ったクリシュナが、複雑な瞳で男を見つめながら呟く。
「ご主人がカオス達の計画を知ってしまったが故の口封じ――そんな風に思えてならなかったんです」
「イーリスさんのご主人は、しっかりと任務を全うされたのですね。それゆえの殉職――殉職という言葉、この世界でも使うのでしょうか」
茜がイーリスの手を静かに握り締める。添えられた茜の手に、ぽつりと雫が落ちた。
「この男達の集団を壊滅させた事、この男を捕えた事で夫の無念を晴らしたと思っても、いいのだろうか――?」
イーリスの静かな呟き。裏で操っていた大元を倒したとはいえないが、直接的に関わっていたもの達を倒したのは事実。誰も、否とはいえない。
「それでは私は各村に裏づけのための事情聴取に回ります。その際に風精霊が呼びかけに答えてくれれば、カオスの魔物の信奉者たちを滅ぼした事を伝えましょう」
「精霊達との約束もありますからね、この男は無罪放免とはいきません。リンデンに連れて行きましょう」
ルイスが風精霊達への伝達を引き受け、クリシュナが書き留めたスクロールをまとめる。
「イーリスさんの手柄になるようにしてくれ。最終的にはリンデンの法で裁けばいい」
「‥‥何もかも、かたじけない」
烈の言葉に深く深く頭を下げるイーリス。彼女の瞳はまだ乾いてはいなかった。ルイスに借りたハンカチでその瞳をぬぐい、冒険者一人一人と握手を交わす。そのときに礼だ、とその手に宝石を握らせていった。
「クリシュナさんが記した記録が証拠となりましょう」
「リンデンかぁ‥‥。依頼が終わったら、歌姫さんのお見舞いに行きたいなぁ」
焔が微笑み、茜は開かれた窓から空を眺める。
この尋問結果を報告した後、浮かび上がった新たな敵『黒衣の復讐者』に対するどんな対策が取られるかは分からない。
ただ、尋問で情報を得られた事で少なくとも強大なカオスの魔物がリンデン侯爵領を狙っている事は判明した。
今後、何が起こるかはわからない。
だがもし何か起こった際は、ぜひ力を貸して欲しい――白花の騎士は涙を拭き、騎士の表情に戻ってそう告げたのだった。