奪われた肖像 見え隠れする影

■ショートシナリオ


担当:天音

対応レベル:8〜14lv

難易度:やや難

成功報酬:4 G 98 C

参加人数:4人

サポート参加人数:-人

冒険期間:09月06日〜09月11日

リプレイ公開日:2008年09月13日

●オープニング

「申し訳ありません‥‥!」
 メイディア王宮の宮廷絵師の間へ駆け入って来た旅装の兵士は、息を切らせながらその場に跪いた。
「‥‥一体、どうかしたのですか?」
 宮廷絵師、ファルテ・スーフィードが訝しげな表情で近づくと、兵士は頭を地に擦り付けんばかりにして謝罪の言葉を述べ続ける。
「事情を、お話ください」
 ファルテがしゃがみ、男を立たせる。すると男は泣きそうな表情で訥々と事情を語り始めた。
「お預かりした肖像画を乗せた馬車、馬車ごとカオスニアンに奪われました‥‥!」
「!?」
「どういうことです!?」
 あまりの内容に、周囲で作業をしていた他の絵師たちも集まってくる。
「馬達に休息を取らせている最中、馬車が襲われました! 自分は馬達の為に近くの小川で桶に水を汲んでいたため、見つかることなくやり過ごせましたがっ‥‥御者をはじめとし、護衛の兵士、皆惨殺されました‥‥!」
 兵士は唇をかみ殺すようにして言葉を続ける。
「自分は馬車略奪を阻止すべきか迷ったのですが、多勢に無勢と判断し、自分までやられてはこの事実を王宮に伝える者がいなくなると、断腸の思いで馬車が遠ざかるのを見守る事を選びました‥‥」
 仲間が殺される、護るべき荷が奪われていく、そんな状況を自分だけ隠れてやり過ごすように見ているだけという事は、兵士としてとても辛い判断だっただろう。彼は爪が掌に食い込むほど強くこぶしを握り締め、無念さに歯を食いしばっている。だが彼の判断は間違っていたとはいえない。彼という目撃者が迅速に情報を届けるからこそ、その犯人の捕縛に手を出せるというわけだ。
「‥‥あなたが見た情報を、冒険者ギルドの方にしっかりとお話してください。冒険者に兵士達の無念を晴らしていただきましょう。そして、これ以上の被害が出ないために、カオスニアンたちの退治を‥‥」
 兵士に告げるファルテの声は震えていた。肖像画は最悪描き直せばよい。だが、失われた人の命は戻らないのだ――。

●特徴
 馬車を襲ったカオスニアンたちは10人前後の集団で、中に女のカオスニアンが一人だけいたという。目撃者の兵士も目を疑ったというが、その女性カオスニアンはなんと魔法を使ったというのだ。
 襲われた場所には今現在もまだ御者と兵士達の遺体がそのままになっているという。雨上がりだったのが幸いしてか、馬車の轍の跡が今も残っているだろう。馬車が向かった方角には森があるという。もしかしたら森の中にアジトがあるかもしれない。

 依頼内容は盗賊カオスニアン達の殲滅だ。囮を使って誘き出してもアジトを突き止めて強襲しても良い。だが相手の人数が多く、中には魔法を使う者もいるということは気をつけて欲しい。
 肖像画は取り返せなくても構わないが、取り返せれば追加報酬が得られるだろう。
 気を引き締めて頑張ってもらいたい。

●今回の参加者

 ea3063 ルイス・マリスカル(39歳・♂・ファイター・人間・イスパニア王国)
 eb4257 龍堂 光太(28歳・♂・天界人・人間・天界(地球))
 eb6729 トシナミ・ヨル(63歳・♂・クレリック・シフール・イギリス王国)
 eb7880 スレイン・イルーザ(44歳・♂・鎧騎士・人間・メイの国)

●リプレイ本文

●祈り
 ――どうかご無事で。ご無事でお戻りくださいね。

 出発前、4人を見つめてファルテが祈るように零した言葉。

 ――絵は、最悪描き直せます。けれども命は――

 どうやら絵を搬送していた兵士達の命が奪われてしまったことに酷く心痛めているようだ。
「数で劣っている分、質で勝っていると思う。だから安心して待っていて欲しい」
 龍堂光太(eb4257)のその力強い言葉で安心したのか、ファルテは頷き、そして笑顔で4人を送り出した。


 こちらの人数は少ない。故に奇襲ではなく誘き出し作戦を遂行する事になっていた。
 借りた馬車に空箱を布で包んでさも重要な品物を運んでいるように見せかけ、敵の興味を誘う。襲撃事件が起こった街道はあえて避けて進む事にした。人数の少なさもあるので野営は避け、一日ごとに街道の町で休める行程を狙う。
「可能ならば、積荷を取り戻したいところですね」
 御者役を勤めるルイス・マリスカル(ea3063)が、併走する仲間達に言葉を投げかける。皆、同感だった。それに放置されたままの兵士の遺体も回収したい。
「敵の武装は殆どが剣で少数が弓。それで魔法を使う女カオスニアンだけど、発光色は黒だったという話だ」
 事前に情報収集を試みた光太が情報の共有をと皆に報告をする。
「ふむ‥‥黒というと、神聖魔法の黒かのぅ。しかしカオスニアンが神聖魔法というのもおかしい話じゃ」
 馬車の屋根に座ったトシナミ・ヨル(eb6729)が呟く。
「神聖魔法の黒は、黒い光で発光するんだったな?」
「そういえば、光ではなく『黒い霞』のようなものに包まれていたといっていたな」
 護衛を装って馬車に追従するスレイン・イルーザ(eb7880)の言葉に、光太がもう一度証言を思い出す。
「黒い霞というと‥‥アレかのぅ。デビル――いや、こっちの世界ではカオスの魔物じゃったか。奴らが使う魔法ではないかのぅ」
「カオス魔法か‥‥」
 厄介だな、とスレインが呟く。
「しかしいろんなところにカオスニアンが浸透してきているな。しかもバが侵攻を仕掛けているから大々的に討伐隊を組むこともできないし、十分な護衛をつける余裕もない。だからこっちに話が来たのだろうけど」
 それでも十分な人数は集まらなかった、と光太は渋い表情を見せる。
「けれども光太さんがファルテさんに仰ったとおり、数では負けていても質では勝っていますから。できる限りのことをしましょう」
 御者台からルイスが柔らかく告げる。一同はそれに頷いて、再び街道を移動し始めた。


●接触
「命が惜しいなら、馬車ごと置いていくんだね」
 3日目の昼間、人通りの少ない街道に差し掛かると、馬車の前を遮るようにずらっと浅黒い肌に刺青をした男達が立ちふさがった。後方から良く通る女の声が聞こえる。
「漸く現れたな」
「ですね」
 スレインが素早く馬車の前に出、ルイスも御者台から下りて馬車を背にする。光太も剣を抜き、抗戦の構えを見せた。トシナミは馬車の上から高速詠唱でホーリーフィールドを張る。
「どうやら馬車ごと置いていく気はないみたいだね。やっちまいな!」
 腰に手を当てた女カオスニアンが顎でくいっと指示すると、うぉー、と雄たけびを上げながら10人の男カオスニアンたちが馬車を目指してくる。
 大振りに振り下ろされた剣を、スレインが難なく避ける。右から、前から、次々と振り下ろされるがその攻撃は当たらない。同じく光太やルイスにも敵は向かってきていた。だが相手の剣術はお世辞にも卓越しているとは言いがたく、彼らにとっては見切るのは酷く簡単であった。
 男達が突撃している間、女カオスニアンが黒い霞のようなものに包まれる――恐らく高速詠唱だ。そしてその掌から黒い炎の塊が飛来し、スレインを燃やした。だがそんなもの彼にとってはかすり傷にしかならず。
「コアギュレイトじゃ」
 トシナミがコアギュレイトを唱えた。だが女カオスニアンが束縛された様子はない。どうやら魔法防御もそれなりにあるようだ。本格的なカオスニアンの魔術師なのだろうか?
「魔術師だとしたら武器への耐性は低いはずです。が、まずはこの目の前の敵をっ!」
 ソニックブームで女を攻撃しようと思っていたルイスだったが、それには壁となっている男達が邪魔だった。目の前の男にスマッシュを二度、叩き込む。
「さすがに数が多い‥‥上手く戦わないとな」
 スレインも馬車を背にし、背後をとられないようにしながらサンソードで、流れるように男を二度斬りつける。
「敵の数は多いけれど腕がいいとは言えない。これなら何とか」
 光太も背中を馬車に任せるように位置取り、男一人に狙いを定める。とりあえず数を減らす事が先決だ。
 あちらからもこちらからも攻撃を受ける。何より相手の数が多いから仕方がないのだけれども、どれも剣術は未熟で、前衛三人の敵ではない。前衛が馬車に背を預けるように移動した今、飛んでくる弓矢も黒い炎もトシナミのホーリーフィールドが弾く。その間に三人は剣でもって相手にダメージを蓄積させていき、トシナミはホーリーでそれを援護した。ホーリーフィールドが解ければ再び張り直し、黒い炎や弓矢から自分と仲間と馬車を守る。
 こちらの人数が少ない故に時間はかかったが、戦力はこちらのほうが格上。相手の攻撃でダメージを殆ど受ける事はない。そうしているうちに一人、また一人と男カオスニアンが倒れていく。
「何をしているんだい、あんた達!」
 自分を守る「壁」がどんどん倒れていく事に危機を感じたのか、女が叫んだ。
「これなら‥‥!」
 ルイスが女への射線が空いたことに気付き、ソニックブームを放つ。
「!!」
 衝撃波が女に向かって一直線に飛んだ。女はそれをまともに身体に受け、よろめく。
 トシナミが今一度コアギュレイトを唱えたが、どうにも女を束縛する事はできず、それならばとホーリーに切り替える事にする。
「後3体!」
 光太が剣を振りぬいて男を倒すと、男が倒れきるのを見ずに次の男に切りかかる。スレインは女との距離を詰めた。女のそばにいる弓を持ったカオスニアンを相手にするためだ。ホーリーフィールドの範囲から出たスレインに、女の黒炎が襲い掛かる。だがやはりその程度のダメージなど彼にとってはかすり傷の範疇だった。
「く‥‥形勢不利だね。逃げるよ!」
 もっと早く彼我の戦力差を理解すればよかったのだ。だが彼らには何度も襲撃が成功しているという慢心があった。それに数では勝っているという自信。それらが目を狂わせていた。
「逃がしませんよ。アジトには案内してもらいますけどね」
 ルイスが再びソニックブームで横を向いた女を狙う。目の前の男を倒した光太が女との距離を詰める。
「かはっ‥‥」
 横っ腹に衝撃波を受けた女が、血を吐いて膝をついた。そこを光太が押さえつけ、縛り上げる。
 ルイスも駆け寄り、弓を持つカオスニアンに斬りかかった。トシナミは後方からホーリーでの援護を続ける。
 程なく、スレインの止めで、男カオスニアンは全て屍と化した。


●捕縛
「ふっ。殺すならさっさと殺しなよ! つかまって牢屋にぶち込まれるなんて性に合わないんだよ!」
 女カオスニアンは縛られてもまだ強気だった。だがここで殺すわけにはいかない。できる事ならアジトの場所を吐かせて品物を回収したいのだ。
「あんたみたいに魔法を使えるカオスニアンは沢山いるのかのぅ」
 トシナミが馬車まで連れられてきた女カオスニアンに声をかけると、アジトの話題からそれた事に安心したのか、彼女は得意げに応える。
「馬鹿だね。あたしみたいに魔法を使えるのは珍しいんだよ! 魔法を使うカオスニアンなんてそうそういるわけないじゃないか」
「やはりのぅ。ところでアジトまで案内してもらえんかのぅ」
「‥‥‥」
 やはり会話はそこに戻る。


「ああ、あったあった」
 何とかアジトの場所を聞き出した一同は、そこに少し立派な馬車を見つけた。光太が中を覗くと食料品類を積んでいたと思われる箱は空っぽだったが、奥に積まれていた布を被った絵は無事のようだった。他にも馬車はあり――奪った馬は売り払ったのかもしれない――その中には家具や衣類などがそのまま積み残されていた。もしかしたら被害にあった別の人のものかもしれない。
 宝石や貴金属類は見つからなかったから、恐らくそれらは既に売り払われた後なのだろう。
「ファルテの絵はこれで全部か?」
 絵の移し変えを手伝いつつ、スレインが確認を取る。帰りに兵士達の遺体を回収したいため、家具や衣類を載せることはできそうになかったが、絵は全部載せられそうだった。残った品物はアジトの場所を教えれば憲兵が調査に入り、被害届けを出した持ち主に返してくれるだろう。
「それでは遺体を回収してから帰りますか。ファルテさんも心配しているでしょうし」
「そうじゃのぅ」
 御者台にて馬に鞭を入れるルイス。馬車の中で捕えた女カオスニアンの監視をしながらトシナミも頷いた。早く帰ってファルテを安心させてやろう。


●微笑みの肖像画
「ご無事で‥‥! まぁ! 絵まで取り返してくださって‥‥!」
 ファルテは目に涙を溜めて四人を出迎えた。一人一人に握手をして感謝を伝える。
「皆さんに、お礼をしませんとね」
 依頼料を支払っているのだから、それで問題はないはずなのだがそれだけではファルテの心はおさまらないようだった。
「じっとしててくださいね」
 一人一人順番に、椅子に座らされる。
「何だか照れるね」
 と光太。
「む‥‥じっとしてろ、か」
 とスレイン。
「どのようなものが出来上がるのか、楽しみです」
 微笑むルイス。
「ファルテさんに絵を描いてもらえるなんて感激じゃのぅ」
 ポーズをとるトシナミ。
 そう、ファルテはお礼に、とそれぞれの肖像画を描いているのだ。

 出来上がった肖像画は小さなものだが、それぞれの笑顔を描いた、この世に二枚と存在しない特別な肖像画だ。