【魅惑の芳香】早すぎる巣立ち
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■ショートシナリオ
担当:天音
対応レベル:8〜14lv
難易度:普通
成功報酬:4 G 15 C
参加人数:5人
サポート参加人数:-人
冒険期間:10月14日〜10月19日
リプレイ公開日:2008年10月23日
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●オープニング
「セイヨウボダイジュって知ってる?」
「は?」
ここは冒険者ギルド。無造作にカウンター席に座り込んだ青年の問いに、職員は首を傾げる。
突然何を言い出すのか――そう思いはしたが、この青年のこうした行動にはなれつつあった。
「『せいようぼだいじゅ』‥‥ですか‥‥」
「じゃあ言い方を変えるよ。『リンデン』って知ってる?」
職員の芳しくない反応に、カウンターに肘を突きつつ青年――地球から来落した天界人調香師、石月連は呟く。その言葉に職員の顔がぱっと明るくなった。
「知ってますよ。メイディアの北にある侯爵領のことです」
「‥‥‥‥あんたってさぁ、女の子に花の一つでも贈ったこと、ある?」
「う‥‥」
自信満々で応えた職員の回答に、連は冷ややかな視線を向ける。彼の言う事は図星だったので返す言葉も無い。
「誰が侯爵領の話なんてすると思うのさ。僕は植物の話をしているんだよ?」
そんな事いわれても。ギルド職員としては植物よりも、この間までカオスの魔物の被害にあっていた侯爵領の方が浮かんでくるのは当たり前なわけで。そこまで言われる筋合いは無いのだが‥‥まあそれがこの男の性格なのだから仕方があるまい。まったく、これで人付き合いが上手くいくと思っているのだろうか。いい大人が‥‥。
「どうせ私は彼女いない暦長いですよ‥‥」
「まあそれはどうでもいいけど」
落ち込みそうになった職員を更に追い落とす連。
「セイヨウボダイジュ‥‥まあいいや、リンデンはね、千の用途をもつ木として古くから知られ、神聖な木として崇められてきているんだ。ハーブとしても色々な効果を持っていて利用されている。葉の形も面白い。そして花の香りはとてもよい」
「リンデン侯爵領には、その名にちなんで所々にリンデンが街路樹として植えられていると聞きますね。あとはその主都アイリスには同名の花が植えられているとか」
「まあ、侯爵領の話は別にいいんだよ。僕には関係ないし。でさ」
職員の話をばっさり。もう少し人の話を聞くようにしたほうがいいと思うが‥‥。
「錬金術師のじいさんの勧めでそのリンデンの花を使って香水を作っているんだけど、一緒に合わせているライラックの香料は予備があるけれどリンデンの香料がちょっと足りないんだ。採取にいこうにも、時期はずれでどこのリンデンも今は花を付けていない」
「じゃあ、香水の製作は途中で止まったままですか?」
「なんかじーさんも寝込んじゃってね、ちょっと世話してやったりしてるんだけど」
この男が他人の世話を? それは意外だ、という言葉を職員は飲み込む。
「じーさんはこの時期に花を付けるリンデンの木がある場所を知ってるっていうんだ。狂い咲きっていうのかな? 時期はずれだけど咲くんだってさ。だからそこに行こうと思うんだけど」
「錬金術師の方は大丈夫なのですか?」
「季節の変わり目だから体調を崩しただけだって言ってるよ。自分の世話よりも早くリンデンの香水を仕上げろってうるさいんだ。だから僕は香水作りに専念する事にした。勿論最低限世話はしているよ。‥‥一応居候の身だしね」
一応その辺の一般的な感情はあるらしい。
「で、まあその一本だけ花を付けるリンデンの木があるのは小さな山の上の丘だっていうんだよ。で、そこには甘い香りに惹かれた猿モンスターがいて、毎年花を散らすんだってさ。じーさんはそれを心配してた。実際に甘い実がなるわけじゃないのにね」
「つまり、リンデンの花を摘みにいく、ついでにそこに出る猿を何とかしてくれという事ですか?」
「そーいうこと。一緒に木に登って花の採取を手伝ってくれてもいいけど」
「でも、貴方がいない間、寝込んだ錬金術師さんは一人ですよね?」
職員の言葉に連はあからさまに溜息を付く。
「それは今も同じだろう? 僕がメイディアまで出てきちゃってるんだから」
確かにそうだ。錬金術師の住処はメイディアの北、ギルデン川の側にあるという。
「ここから馬車で北上。二日くらいで問題の小さな山には着くよ。山の麓に馬車を置いて小一時間ほど登れば丘の上さ。リンデンの木は何本か生えているらしいけど、今の時期に花をつけているのは一本だけだっていうから、すぐ判るよ。猿達は‥‥物陰から出て来るか、木の上から出てくるかはわからないけど」
猿を退治して花を採取したら、そのまま馬車で錬金術師の住処へと向かうという。一応そこまで付き合うのが依頼内容だ。
●リプレイ本文
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馬車での旅は特に何事もなく始まった。
「いつも用意有難う」
「いえ。石月さんは旅慣れていらっしゃらないと思いましたので」
蓮が言うのは旅支度のこと。今回は防寒服と保存食を土御門焔(ec4427)が用意してきてくれたので、それをありがたく頂戴した。いい加減自分で用意する癖をつけたほうがいいと思うのだが、気を使ってくれるのを迷惑に思うほど彼は性格が悪くない。ちょっと癖のある性格だが。
「現在お住まいの所からギルドまではどうやって?」
「商人の馬車に乗せてもらったよ。世話になってるじーさんの知り合いだっていうから」
馬車に背を預け、リラックスした状態でカレン・シュタット(ea4426)の問いに答える蓮。なるほど、顔の利く商人に全部お世話してもらったというわけか。
「ちょっとは筋肉ついてきたかな? 鍛錬を怠ったらだめだぞ?」
「‥‥いや、鍛錬している暇なんてないし。というか、会う度に抱きつくのは何でさ?」
メイディアで食材などを色々と買い込んで馬車に乗せた桃代龍牙(ec5385)の言葉に蓮は微妙な表情を見せる。先ほど再会の際に抱きつかれて肩を叩かれた。
「ただの挨拶だから気にする事ないぞ?」
「いや、気になるって。外国人ならともかく、あんた日本人だろ?」
「じゃ、外国暮らしが長かったってことにしておいてくれ」
龍牙にこにこした笑みに、面倒だからそういうことにしておくよと蓮。
「目的地まで何事もなく到着できれば良いですね」
「今のところは見晴らしも良いですし、大丈夫そうですね。警戒が必要だとしたら、やはり夜でしょう」
アルトリア・ペンドラゴン(ec4205)の言葉に答えたのは、御者台に座っているフィリッパ・オーギュスト(eb1004)だ。人数が多いとはいえないので、夜間も2交代制で見張りをすることになっている。勿論蓮も入れて。
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幸いというべきか、目的の小山までの間にモンスターや夜盗に襲われることは無かった。蓮の案内で小山の麓に到着した一行は馬車をおり、山を登り始める。
「石月さん、辛くはありませんか?」
「今まで馬車の中だったからね。この位は平気さ。でも戦闘は君たちに頼むよ。僕は足手纏いだから前には出ないさ」
気を使う焔の言葉に蓮は採取用の大籠を背負ったまま答える。一応レイピアは携帯しているが、自分が前に出ては足手纏いになりかねないことを漸く理解したらしい。
「己の力量をわきまえるという事はとても大切なことだと思いますわ。成長なさいましたのね」
フィリッパがやんわり微笑を浮かべると、「子ども扱い?」と蓮は唇を尖らせる。
「この年で成長も何も無いと思うんだけど」
「ハーフエルフのフィリッパさんから見れば、十分子供だと。むしろエルフの私から見ましても‥‥」
後ろを歩くカレンがぼそりと零す。確かにその通りである。
「だからファンタジーは嫌なんだよ」
「まあまあ、落ち着いてください」
「そうそう。帰る方法がない以上、早い所この世界になじまないとな?」
同じ地球人のアルトリアや龍牙に宥められる始末。これでは子供といわれても仕方が無いのではないか――多分そう言ったらもっと拗ねるから誰も口にしないけど。
「ところで‥‥何となく甘い香りがするのですが、気のせいでしょうか」
焔がくん、と鼻を動かしてみせる。一同は足を止め、それに倣って鼻を動かしてみた。
「俺にはわからないかな」
「私にも分かりません」
「香ってるよ。セイヨウボダイジュの香りだ」
首を振った龍牙とアルトリアだったが、さすがに鼻が勝負の職業だけあって、蓮には感じ取れるらしい。
「それでは少し急ぎましょうか?」
「そうですね。猿に荒らされて全部散ってしまっていたら困りますから」
カレンとフィリッパが速度を上げる。
その他の面々も再び足を動かし始めた。花が全て散らされていては大変だ。
視界が開けたかと思うと、何本かの木が山の上に乱立していた。その中でひときわ目を引いたのは黄味がかかった白い花を抱いた一本の木。甘い香りもその木から漂っている。
「猿の姿は見えませんね」
念の為に後衛から様子を伺うカレン。木々には青々とした葉が茂っていて、いまいち木の上の様子は伺えなかった。
「テレスコープで確認してみます」
焔が呪文を唱える。しかし木の葉を透けて見渡せるわけではないので、いまいち視界は良くない。ただ所々葉の間からこちらを伺っている瞳が見えるだけだ。
「はっきりとは分かりませんが‥‥見えた限りでは5匹はいますね。こちらの様子を伺っています」
「近づいたら襲いかかってくるかもしれませんね」
「出てきてくれるなら好都合なんだが」
アルトリアが念の為に前に出る。龍牙が弓を手にし、蓮も後方でレイピアを引き抜く。
「これを使いましょう」
焔が取り出したのは保存食――ただし匂いが強烈な。腹をすかせた猿相手には効果覿面だろう。
「それでは私も前に出ましょう」
フィリッパが聖剣を手にアルトリアと並ぶ。
「では、行きます」
焔が保存食の袋を開けると同時に木と前衛との間に放り込む。強い匂いがリンデンの花の匂いと混ざって微妙な香りになった。鼻の良い蓮はなどは露骨に顔をしかめた。
だが予想通り猿達はその匂いの魅力に逆らえなかったようで、黒い影が木から飛び降り、一斉に駆け寄ってくる。
フィリッパとアルトリアが保存食に群がる猿に駆け寄り、斬り付ける。食料を手にしたら猿はまた木の上に戻ってしまうかもしれない――そうなる前に片付ける必要があった。
龍牙の放った矢がアルトリアの傷つけた猿へと命中する。焔の高速詠唱スリープが、いち早く木に戻ろうとしていた猿を眠らせた。
キキィ!!
仲間を傷つけられた猿がフィリッパに向けて腕を振るうが、彼女はそれをひらりと避けて反撃を叩き込む。アルトリアは猿の爪で引っかかれたが、かすり傷だ。
カレンの身体が淡い水色の光に包まれる。と、もう1体逃亡しかけていた猿が氷の棺に閉じ込められる。乱戦でライトニングサンダーボルトの使用は危険だと判断した彼女は、猿の逃走防止に手を貸すことにした。
「‥‥僕も前に出ようか?」
前のように自分の力を過信しているわけではない。ただ前衛が少ないことが不安なだけで。蓮は自分でも少しは役に立てればと思ったのだが――
「石月さん、右から来ます!」
焔の声に蓮は反応し、右を振り向きざま反射的にレイピアを眼前に構える。結果、それが飛んできた猿の攻撃を受け止める形になった。
「援護するから、石月さんはそのまま後衛を守っていてくれ」
龍牙の矢がその猿の肩口に命中する。
「ああ、わかったよ」
蓮は押し返すようにして猿を離し、そして後衛を守るべくレイピアを構えた。
●
こんな便利なものがあるなら、ファンタジーの世界も悪くないね――焔のババ・ヤガーの空飛ぶ木臼を借りてリンデンの花を摘んだ蓮の感想。さっきはファンタジーの世界は嫌だとかいっていたくせに。
「おそらく錬金術師の方はこの後で、石月さんがどういう風に仕上げを行うのかを見られるつもりなのでしょうね」
「設備の整っていないこの世界でどこまでできるかを見るのでしょうか」
アルトリアの疑問にフィリッパは多分そうだと思います、と答える。
馬車の中はリンデンの花の甘い匂いに包まれていた。
無事に猿を撃退した後、籠一杯に花を摘んで下山し、急いで錬金術師の住処へと向かっているところである。
「こんなに沢山花を用意しても、出来上がるのはとても少量なのですか?」
「うん」
蓮の解説に興味を持ったように尋ねているのはカレン。籠一杯の花から取れる香料は、ほんのわずかだという。
「石月さんがお世話になっている人に精のつくものを食べさせてあげたいなぁ」
メイディアで買い込んで来た食材をあさっているのは龍牙。世話を焼く気満々らしい。でもそんなこといったら蓮に余計な真似をするなといわれる気もしたのだが――
「悪いね、助かるよ。僕は調合に集中したいし」
「――‥‥‥」
その言葉に一同は沈黙。蓮に視線が集中する。
「な、なんだよ」
「石月さん、猿に頭でも殴られましたか?」
恐る恐る尋ねたのは焔だ。いや、思わずそう尋ねてしまうくらい彼が素直に礼を言うなんて意外で。
「なんだよ、皆して! ぼ、僕はただ、香水の出来を見て僕の優秀さを理解してもらうまでじーさんに死なれたら困るだけなんだからな!」
顔を赤らめてそっぽを向くこの男。
どこからともなくくすくすと笑いが漏れる。
「わ、笑うなよ!」
「可愛いですね」
「ええ、可愛らしいですわ」
エルフのカレンとハーフエルフのフィリッパに言われては、返す言葉がない。彼女たちは生きてきた年齢が倍以上なのだ。それを考えれば、子ども扱いされても諦めがつく――かもしれない。
「まあ、石月さんらしいというか」
怒らない怒らない、と龍牙が蓮の肩を叩く。
リンデンの花と調香師を乗せた馬車は、まもなく目的地へとつく。
さて、この後彼が作り出すのはどのような香りだろうか。
そして、錬金術師から下される判定とは――。