【ユズリハの館】自称・美少女の努力
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■ショートシナリオ
担当:天音
対応レベル:8〜14lv
難易度:やや難
成功報酬:4 G 15 C
参加人数:6人
サポート参加人数:-人
冒険期間:11月05日〜11月10日
リプレイ公開日:2008年11月13日
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●オープニング
●ユズリハの館
その館は「ユズリハの館」という。元冒険者の「お館様」と呼ばれる男性が経営している孤児院だ。0歳から12歳までの子供達が、そこで暮らしている。冒険者時代に彼が溜めた財産やら貴族からの善意の寄付でその経営は成り立っている。贅沢な暮らしはできないが、親からの愛情を得ることができない子供達は、お館様や一緒に住んでいる子供達の愛情によって育っていた。
この館では12歳を迎えた子供は館を出て、殆どが住み込みで働きに出ることになっている。孤児ということで偏見を持たれることがないとはいえないが、お館様や最近は冒険者達の善意の教育のおかげもあってか、館出身の子供達の評判はよい。
「『ユズリハ』とはどういう意味なのですか?」
以前そう尋ねられた時、お館様は
「天界人の知人から聞いた話が元になっているのだよ。ユズリハとは植物の名前らしい」
と答えたという。
●自称・美少女の怪しい行動
自称・美少女こと、冒険者街の近くにある酒場の娘ミレイアの行動がここの所おかしい――彼女の父親がとんでもなく久々に冒険者ギルドを訪れたかと思うと、そう口にした。
だが思えば彼女は最初から冒険者の押しかけ妻になったり、モンスターを両親の結婚祝いの料理にしたりとちょっと突飛な行動をする少女だ。夏に12歳になったはずだが、少しは大人に――
「初めはかーちゃんの焼いた焼き菓子が消えた」
父親は語る。ミレイアの母の焼く焼き菓子は美味らしく、偶然それを口にした貴族が特別に注文するくらいのものだ。酒場を訪れるお客用にと焼いたそれが、毎日少しずつだがなくなっていくという。
「次に、土産の注文が入った時やイベントの時に使おうとしていたリボンが消えた」
戸棚の奥にしまいこんであったそれがなくなっていることに気がついたのは、偶然だったとか。
「後はミレイアの部屋にあった、去年の残りの毛糸が消えていた」
‥‥娘の部屋に無断で入ったことが分かれば、年頃の少女は嫌がるのではないか、職員はそう思ったがとりあえず口に出さないでおく。
「そして『昼間ミレイアが知らない子供達と一緒に市場付近をうろついていたのを見た』と客が言っていた」
「‥‥彼氏ができたとか?」
たわむれでポツリと呟いたギルド員の言葉に、そんなはずはない! と父親は拳をカウンターに叩きつける。
「あいつの好みは年上だ」
いや、そういう問題なんですか?
「まあ、俺が聞いても案の定はぐらかしやがる。しまいにゃ親子喧嘩だ。『悪いことはしていないんだからいいでしょ! お父さんには関係ない!』と」
あーあーあー。
「問題は、年下の子供ばかりを連れているらしいってことだ。人様のうちの子供を無断で連れ出してなにかあったら、申し訳がたたねぇ」
「でも、悪いことをしていないって言うなら‥‥」
「それでも心配になるのが親ってもんじゃねーか?」
まあ、そういうものなのかもしれない。
●一方
「‥‥お館様」
「セリュかい? どうしたんだ、入っていいですよ」
ノックをした後扉を細く開けて中を覗きこんだ少年は、主の許しを得て部屋に入る。静かに扉を閉めて、そして主の側へと寄った。
「不安なのですか?」
言い当てられ、頷く少年。
「大丈夫ですよ。働き先も貴方の受け入れを快く承知してくれましたし、優しい人たちだったでしょう?」
「でも‥‥失敗しそうで恐くて」
俯いた少年の頭に手をあて、主は優しく告げる。
「いつもここでしていたようにすればいいだけです。貴方がとても真面目で努力家なのは、私たちみんなよく知っていますから」
「‥‥はい」
「貴方がここを巣立つまで後数日ですね‥‥。けれどもいつでも顔を見せにきてくれて構わないのですからね?」
主の優しい言葉に、少年は再び頷いたのだった。
●リプレイ本文
●自称・美少女は今?
今日も夕市が開かれる前に、ミレイアは家を出たという。そして今日焼いた焼き菓子もまた、いくらか無くなっているのだとか。
「ミレイアさんは人を困らせるような事の為に行動しているのではないと思います」
市場へと向かう雀尾煉淡(ec0844)の言葉。それには一同同意だ。
「無くなった物と行動から推理しますと‥‥誰かへのプレゼント、とかでしょうか」
「そうだな。何かプレゼントしようとしているのだと思う。だが父親に理由をはっきり告げなかった事から、もしかしたら父親にも何かプレゼントをしようと思っているのでは」
顎に手を当てて考えるように告げたルエラ・ファールヴァルト(eb4199)の言葉に、風烈(ea1587)が補足の推理を告げる。
「何をなされているのか現状では分かりませんが、父親に詳しく事情を説明せず、ギルドにも依頼にいらっしゃらないという事は」
ルイス・マリスカル(ea3063)が言葉を切る。彼はミレイアとはずいぶん長い付き合いだ。いつも破天荒な彼女に付き合ってくれる彼を、彼女はとても信頼している。だがそんな彼にも頼ろうとしないという事は。
「他者の力を借りず、自力でやり遂げたいという決心がありそうですね」
「ったくミレイアの奴め、周りを心配させるようじゃまだまだガキだな。へへ、それを言っちゃあ俺なんぞガキに毛が生えた程度だがよ」
そう口では言っているが放って置けないから依頼を受けたわけで。巴渓(ea0167)はふっと笑う。
「人には歩んできた道、培った性格というものがあります。それを大きく外れたりは、なかなかしないものです。ですから‥‥彼女と付き合いの長い方々が彼女は悪い事をするような性格ではないと感じていらっしゃるなら、きっと何か事情があるのでしょう」
静かに述べ、ふと足を止めるフィリッパ・オーギュスト(eb1004)。その視線の向こうには、子供たちの集団があった。
「何やってんだ? ん? 見知った顔がいくつかあるんだが」
「偶然ですね、私もです」
渓とフィリッパが、ミレイアの周りで行き交う人々に声をかけている子供達を見て頷く。彼らは元冒険者である『お館様』の経営する孤児院、ユズリハの館の子供達だ。
「あのバスケットを持った方がミレイアさんですか。お金を受け取って、包みを渡しているようですね」
煉淡が手をひさしのようにおでこに当て、遠くを見るようにする。ミレイアはバスケットから包みを出して、子供にお金を渡した大人にそれを手渡している。
「何かを売っているように見えますが‥‥」
どうしましょうか、とルエラがルイスと烈を見る。市場で商売するとなれば、商人ギルドやらなんやらに許可を取って場所代を払って、が基本だ。だが彼女達だけで商売をするという許可が下りるとは思えない。とすれば――
「無許可でラッピングした焼き菓子を売っているのか?」
「行きましょう」
少し困った顔で烈。隣で溜息をついたルイスは意を決し、上手く人を避けながら子供達の集団に歩み寄った。
「あ」
近づいてくる人物に気がついたミレイアの口が「あ」の形で固まる。どうしたの、お姉ちゃん、そんな子供の言葉に答えるよりもきっと、彼女の心には失敗した感が漂っているのだろう。
「このタイミングで現れるという事は、お察しいただけるかと」
「‥‥うん。ばれちゃったか」
皆まで言わぬルイスに、ミレイアは苦笑するもどこか嬉しそうな笑みを浮かべた。それは彼女が彼に全幅の信頼を置いているからで。
「焼き菓子を売っていたのか?」
「うん。後は毛糸で編んで作ったコサージュとか」
ルイスの後ろから顔を出した烈に、彼女は素直にバスケットの中身を見せる。
「とりあえず、市場で無許可で商売を行ってはいけません。わかりますよね?」
「‥‥‥うん、知ってた。でも」
「急いで金が必要だったんじゃねーのか? そういう時は俺達を頼れよ」
俯いたミレイアはその声にはっと顔を上げる。渓にフィリッパ、そして初めて見る二人の冒険者。
「おねーちゃん!」
「あらあらまあまあ」
よく遊びに来てくれるフィリッパに駆け寄って抱きつく子供。フィリッパは子供の発した言葉に満足げに頷きながらそれを受け止める。
「誰にも頼らずやり遂げるという事は大切です。それでもこういった大人の手が必要な時は素直に借りましょう。頼られないというのも寂しいものですよ」
優しい言葉でルイスに諭され、ミレイアはごめんね、と小さく呟いた。
「とりあえず場所を変えたほうが良いでしょう。夕市もそろそろ本番です。人通りが多くなってくるでしょうから」
ルエラの提案に、一同は落ち着いて話のできそうな噴水広場辺りに場を移す事にした。
●なにをしてあげられるの?
「セリュにーちゃんが卒業するんだ」
「にーちゃんにプレゼント、したいって僕達が我侭言ったの。だからミレイアねーちゃんを怒らないで!」
大人達に連行されるようにでも見えたのだろうか、子供達は広場に着くと噴水の淵に座ったミレイアの前に両手を広げて立ちふさがる。
「事情は分かりました。大丈夫です。私達はミレイアさんを叱りに来たわけではないのですよ」
「新たな門出に何かしてあげたいという気持ちは立派なものです。けれどもお金を得るのは大変な事。商売にもしっかりしたルールというものが存在するの。そのルールを破ってしまった所だけ、注意させてくださいね」
煉淡とフィリッパに諭された子供達は、分かった、とそれぞれ淵に座り込み、大人しく冒険者達の言葉を待った。
「御父君は悪い事をしていると疑って止める様に依頼してきたのではありません。誤解なさらぬように」
目線をあわすようにしゃがみこんだルイスの言葉にミレイアは頷く。
「ただ一人で多数の子供を預かるというのは、大人でも責任が重い立場です。故に心配から様子を見守り、必要なら助力して欲しいと依頼なされたのだと思います」
「‥‥うん」
悪い事をしているという自覚はあったのだろう、彼女の声には元気がない。
「いいか。どんな善い事でも、周りの人間を心配させちゃあダメだ。それにコサージュはともかく、焼き菓子は黙って持ち出したんだろ? そりゃ泥棒と同じ事だ。黙ってやるのはダメだ」
渓の発した泥棒という言葉にミレイアはびくっと肩を震わせる。わかっていたけど、わかっていたけど。
「それに心配してくれる親がいるだけ、お前は幸せなんだぜ‥‥な?」
「‥‥‥‥」
ミレイアは左右に座った子供達に目を移す。彼らには親がいない。自分はその親に甘えて彼らに何かを施そうとしていたのだ。自分の力で動いていると思っていたのは、間違いで。
「涙を拭いてください。先ほども言ったでしょう? 協力しますから」
ルイスから差し出されたのはハンカチ。目に涙を溜めていたミレイアはそれで涙を拭き、頭を下げた。
「手伝ってください、お願いします」
勿論、そのつもりだ、と冒険者一同は微笑んだのだった。
子供達を仲間に任せ、渓はミレイアの家とユズリハの館に行く事にした。こっそりと彼女達の意図を大人に伝え、安心させるためだ。ついでに以前助けた赤子の様子を見たり、館に寄付をしようかとも考えている。
「まずは情報を整理しましょう。セリュ君というのは、一番年上のあの子ですか?」
フィリッパは前に館に行った時の顔ぶれを思い出す。その中にもうすぐ12歳になると言っていた少年がいた。たしか作業は丁寧で正確なのだが、少し気が弱くてプレッシャーに弱い、そんな印象を受けている。
「そー。セリュにーちゃんは12歳になったからおうちを出て、他のところで働きながら暮らすんだよ」
「彼に何をプレゼントするつもりだったのかな?」
烈の言葉に子供達は声を揃えて。
「「絵を入れる枠!!!」」
「セリュは絵を描くのが好きなんだって。だから‥‥額縁をプレゼントしたらって思ったんだけど高くて」
子供達の言葉を補足する。確かに精緻な細工の施された額縁は高いだろう。だが。
「木製の額縁ならばそれほど値は張りませんわ」
「どうせならば木材を購入して、手彫りで細工をし、色をつけてはどうでしょうか?」
絵を描くフィリッパの言葉に、木工の心得のあるルエラが案を出す。煉淡も頷いて、
「どこの店でも購入できない、世界で唯一つの額縁になりますね」
「ほんと? 僕たちにも作れる?」
「あたしもおてつだいできる?」
目をきらきらさせて冒険者達を見つめる子供達。そんなきらきらした目を向けられたら、否とはいえない。元から言うつもりはないが。
「勿論です。主役は皆さんで、私たち大人はそれをお手伝いする係ですよ」
「俺が買出しに付き合おう。重い物でも大丈夫だ」
ルイスが微笑み、烈が腕の筋肉を見せるようにすると、子供達から歓声が上がる。
「それでは分担して買出しに行きましょう。木材と塗料と細工を施す刀、そしてのこぎりなどが必要ですね」
素早く指示を飛ばすのは煉淡。作業場には近くの宿屋の一室を借りる事にした。
「あの、これで足りるかな‥‥?」
その流れを心配そうに見ていたのはミレイア。皮袋に入ったお金をおずおずと差し出してきた。それを受け取って中身を確認したフィリッパは
「大丈夫です。これで何とかしましょう」
微笑む。
足が出たらこっそり負担することもできるが、できるだけ子供達が稼いだお金で賄うようにしよう。
●門出の日
木材と木材をはめ込む事で長方形の枠を作り、そこに小刀を使って彫りを入れる。子供が作業したものだから、所々でこぼこしていてお世辞にも上手いとはいえない。それに何を彫ったのか分からない部分もある。色も少ない塗料をやりくりして子供達が塗ったものだから、ちょっと見栄えが悪い部分もあるが、そこは込められた思いがカバー。だって世界で一つの額縁だもの。
「にーちゃん、気に入ってくれるかな‥‥」
「初めてにしてはなかなか上手くできたと思いますよ」
木工を教えたルエラは、子供達を元気付けるようにその頭を撫でる。子供達の手には、リボンで簡単に飾られた額縁が。ちょうちょ結びが崩れていたりするけれど、そこで大人が手を貸して完璧にしても意味がないのだ。
「最後まで良く頑張りましたね。きっと喜んでもらえますよ」
先生のように優しく、フィリッパが告げた時、館の玄関が開いた。そこから出てきたのは荷物を抱えて不安げな表情をした少年と、お館様。そして後ろからは見送りに来たと思われる別の子供達の姿が。
「セリュにーちゃん! これっ!」
「わっ!? な、何!?」
子供達が手に手に額縁を持って駆け寄る。それに驚いたセリュは鞄を取り落として。
「ここのところみんないないと思ったら‥‥一体‥‥」
「セリュが働きに出るの不安そうにしているってこの子達、心配してたんだよ。それで何か頑張ってくれるような、元気の出るようなものをプレゼントできないかって私のところに来てね」
ミレイアが説明すると、セリュは子供達一人一人の手にあるものを見回し、そして驚いたように呟いた。
「これ、額縁‥‥? こんなに沢山、いいの? だって、お金が‥‥」
「門出を祝う日ぐらい、多少華やかでも罰は当たらないんじゃないかな?」
烈が笑みを向けると、セリュは一つ一つの額縁を大切そうに受け取り。
「にーちゃん、いつも優しくしてくれて、ありがとう!」
「おやつ分けてくれて、ありがとう」
「お皿割った時、代わりに怒られてくれてありがとう」
「皆‥‥」
子供達からの感謝。そして――
「これからも、がんばってね!」
――激励。
「少しは役に立てたようで、よかったです」
その光景を眩しそうに眺めるのは、フィリッパと共に子供達に彩色の指導をした煉淡。
「友情は喜びを二倍にし、悲しみを半分にする。門出を祝ってくれる者がこんなにもいるなんて、何て幸せなんだろうな」
烈もまぶしそうに目を細める。それは玄関口でその光景を眺めているお館様も同じだった。
「さてミレイアさん」
「ん?」
自分の役目は終わった、と安心したように子供達を眺めていたミレイアの後ろからルイスが声をかけた。
「ことを為すにあたり、必要なら人の力を借りるのは誰でもすることです。もしそれが恥ずべき事だったら、私たち冒険者稼業なんぞありはしません」
おどけたように、釘を刺すのを忘れない。
「あはは、ん、そうだね。これからは、ちゃんと頼る事にする」
そしてミレイアの笑顔が、門出に花を添えた。
●其の由来
「なあお館の旦那」
「なんでしょう?」
子供達の祝いを優しい瞳で眺めていたお館様は、隣に立つ渓に声をかけられ、そちらへと視線を移す。
「『ユズリハ』ってどういう意味なんだ?」
「ああ、それは」
この館の名の由来。それは天界から来た友人に教わった、植物の名前。
「ユズリハという植物は、春に枝先に若葉が出たあと、前年の葉がそれに譲るように落葉するのだそうです。その様子を、親が子を育てて家が代々続いていくように見立てるのだそうです」
「ははぁ、なるほど」
「この館に丁度良いでしょう?」
この館の子供は12歳になると働きに出る。次の子供に年長者の役割を託して。
孤児院が続いていくという事は孤児がいなくならないという事であり、悪い事のように思えるが、それとは別の話。
子供達がそれぞれ成長し、後の者に館を、年少の子供達を託す――そんな意味が、そして願いが、込められているのだった。