冷たい月

■ショートシナリオ


担当:天音

対応レベル:8〜14lv

難易度:やや難

成功報酬:4 G 98 C

参加人数:5人

サポート参加人数:-人

冒険期間:11月09日〜11月14日

リプレイ公開日:2008年11月17日

●オープニング

●僅かな光を求めて
「お願いします、もう、ここに縋るしかないのです‥‥!」
 その線の細いエルフの男性は、酷く疲れた――その上切羽詰った表情をしていた。
 冒険者ギルドで応対に出た職員は、とりあえず彼を落ち着かせようと試みるが、よっぽどの事なのだろう、彼は椅子に座ろうともしないので仕方なくそのまま話を聞くことにした。
「娘を、娘を助けてください‥‥」
「娘さんがどうかしたの?」
「瞳の色が珍しいからと、とある商人に狙われていたのですが‥‥冷ややかな月の夜、連れ去られてしまって」
 男性は涙を零さんばかりに睫を震わせながら、俯く。
「元冒険者だった妻が、娘を取り返しにその商人の館へと向かいました。ウィル郊外にある別宅です。私達が住んでいたのもその近くで‥‥」
 男は職員が取り出した地図を指差して説明を続ける。だが職員の記憶によれば、その近くには森こそあれ村などなかったはずなのだが‥‥この家族はどこに住んでいたというのだろうか?
「妻は‥‥妻は‥‥その商人宅で辱められて‥‥切り殺されて‥‥遺体は見せしめのように森の前に捨てられて‥‥」
 ぽたり、カウンターに男の涙が落ちる。握り締められた拳はふるふると震えていた。
「森の前って‥‥貴方達は森に住んでいたの?」
「はい。森の中でひっそりと」
 男性はエルフだ。エルフが森を好むのは頷ける。
「娘はまだ6か月で‥‥座り、這い、たまにつかまり立つことはできますが歩くことはできません。左の目の色が茶、右の目の色が青色なのです」
 そう告げた男性の目の色は青かった。
「でもどうして娘さんが攫われたその時に届け出なかったの?」
「‥‥それは‥‥」
 6か月でつかまり立ち‥‥エルフの子供だから成長速度が違うのだろう、そう納得しつつ出された職員の質問に、男性は明らかに動揺して視線を逸らした。それから黙ったまま、口を開こうとはしない。
「‥‥いいわ。娘さんの救出依頼ね。エルフの女の赤ちゃんを助ければいいのでしょう?」
「いえ‥‥」
 羊皮紙に筆を走らせ始めた職員に対し、男性は辺りに聞こえぬように小さな声で呟いた。
「娘は――ハーフエルフなんです」
「!?」
 これこそが男達が森で孤独に暮らしていた理由。娘が攫われたときに届け出られなかった所以。
 一瞬、職員の筆が止まった。


●商人別邸簡易見取り図

1階
←使用人部屋           →厨房その他
┏━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━┓
┃階階階∴■∴∴∴∴∴庭∴∴∴∴∴∴■∴■△┃
┃∴∴∴∴■■■■△■■■△■■■■■∴■∴┃
┃∴∴∴∴■∴∴∴∴∴∴∴∴∴∴∴∴■∴■厨┃
┃∴∴∴∴■∴∴∴∴∴∴∴∴∴∴∴∴▲∴▲∴┃
┃∴∴∴∴■∴∴∴∴大広間∴∴∴∴∴■∴■房┃
┃∴∴∴∴■∴∴∴∴∴∴∴∴∴∴∴∴■∴■∴┃
┃∴∴∴∴▲∴∴∴∴∴∴∴∴∴∴∴∴■∴■∴┃
┃∴∴∴∴■■■■▲■■■▲■■■■■▲■▲┃
┃∴∴∴∴∴∴∴∴∴∴∴∴∴∴∴∴∴∴∴∴∴┃
┃∴∴∴∴∴∴∴∴∴∴∴∴∴∴∴∴∴∴∴∴∴┃
┃正面玄関∴∴∴∴∴∴∴∴∴∴∴∴∴∴∴∴∴┃
┗━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━┛
■‥壁
▲‥鍵のかかってない扉・窓
△‥鍵の掛かっている扉・窓
階‥2階への階段
正面玄関には勿論鍵がかかっています

2階
←客間
┏━━━━━━━窓━━━窓━━━窓━━━━━┓
┃階∴∴∴∴■∴∴∴■∴∴∴■∴∴∴■∴∴∴┃
┃∴∴∴∴∴■∴1∴■∴2∴■∴3∴■∴∴∴┃
┃∴∴∴∴∴■∴∴∴■∴∴∴■∴∴∴■∴∴∴窓
┃∴∴∴∴∴■■▲■■■▲■■■△■■∴商∴┃
┃∴∴∴∴∴∴∴∴∴∴∴∴∴∴∴∴∴■∴人∴┃
┃■△■■∴∴∴∴∴∴∴∴∴∴∴∴∴△∴の∴┃
┃∴∴∴∴■∴∴∴∴∴∴∴∴∴∴∴∴■∴∴∴┃
窓∴商品∴■■■▲■■■▲■■■▲■■∴部∴窓
┃∴倉庫∴■■∴∴∴■∴∴∴■∴∴∴■∴屋∴┃
┃∴∴∴∴■■∴4∴■∴5∴■∴6∴■∴∴∴┃
┃∴∴∴∴■■∴∴∴■∴∴∴■∴∴∴■∴∴∴┃
┗━窓━━━━━窓━━━窓━━━窓━━━━━┛
■‥壁
△‥鍵の掛かっている扉
▲‥鍵のかかってない扉
階‥1階への階段
数字‥便宜上呼び名としてつけた部屋番号
窓にはバルコニーがついています。商品倉庫以外の窓には鍵がかかっていません。

●今回の参加者

 ea0439 アリオス・エルスリード(35歳・♂・レンジャー・人間・ノルマン王国)
 ea1565 アレクシアス・フェザント(39歳・♂・ナイト・人間・ノルマン王国)
 ea9244 ピノ・ノワール(31歳・♂・クレリック・エルフ・ビザンチン帝国)
 ea9945 暁 鏡(31歳・♀・武道家・ハーフエルフ・華仙教大国)
 eb2093 フォーレ・ネーヴ(25歳・♀・レンジャー・人間・ノルマン王国)

●リプレイ本文

●冷たい月精霊の夜に
 ウィル郊外に立てられたこの屋敷は一体何のために作られ、使用されているのだろうか。
「(護衛付きの別館だから、まあ中には色々暴かれたら困るようなものも眠っているんだろう)」
 小さく溜息をつき、アリオス・エルスリード(ea0439)はスクロールを取り出した。
 ハーフエルフの赤子を攫い、取り返しに来た親を殺す――結論としてその商人を生かしておく理由は無いが、殺してしまえば依頼主に嫌疑がかかってしまう。それを避けるためには商人の他の悪事を探し出して白日の元に晒すしかないだろう。
 テレスコープとエックスレイビジョンのスクロールに共に念じ、館を外から「視る」。昼間の今、使用人達はせわしなく働き、館内を歩き回っていた。傭兵らしき者が部屋でのんびりとしている様子も見て取れる。勤務時間外で休憩でも取っているのだろうか。
 アリオスは素早く視線を二階に移し、赤子の位置を探る。途中視線が通り過ぎた商品倉庫になんだか怪しげなものを見つけたが、今はそれどころではない。
「?」
 視線を他の部屋に移したアリオスの視界に、突然でっぷり太って髭を蓄えた中年男が目に入ってきた。なにか大声でまくし立てているようで。その先には乳母らしき女に抱かれた赤子の姿が見えた。その耳は人間より、長い。瞳の色が、違う。
「(あれがクラリス、か)」
 どうやら泣き声がうるさいとその男は怒っている様で、乳母は慌てて部屋を移動した。商人の部屋から一番遠い、商品倉庫の隣の部屋に。ここまで来れば怒りも減るだろうと安心したのか、乳母は細く溜息をついていた。


「屋敷周囲には大きな反応がいくつかありました。恐らく大人――傭兵でしょう。二階の西の部屋に、小さな反応と大きな反応が寄り添うようにしてありました。恐らくそれが抱かれたクラリスではないかと思います」
 ピノ・ノワール(ea9244)のディティクトライフフォースの探査結果もアリオスが「視」てきたものとほぼ同じだった。どうやら商人の怒りに触れたため部屋を変えたらしく、夜が近づいても小さな反応はその部屋から出ることは無かった。こちらにとっては好都合かもしれない。
「ハーフエルフ‥‥迫害を受け、偏見の目で見られ良い様に利用される‥‥忌むべきことです」
 珍しい商品でも扱うかのごとくクラリスを扱う商人への憤り強く、ピノは呟く。それに乗せるように暗い声で呟いたのは暁鏡(ea9945)。
「赤子を攫い、それを助けに来た母親までも‥‥吐き気がする、外道だ」
 鏡は昔の自分の境遇を思い出す。金持ちに飼われていた事――思い出すのは嫌な思い出ばかり。だから、自分と同じにはさせない、絶対に助けるんだと拳を握り締めた。
「‥‥可哀想に」
 その一言に籠められているのは万感の想い。一刻も早く救い出して犯人の成敗をという気持ち、依頼人の小さな平和を踏みにじった者への怒り。アレクシアス・フェザント(ea1565)はその呟きに全てを籠めて、そして顔を隠すために口元を布で覆った。
「屋敷の外では昼間でも傭兵の巡回があったからね。一人だったけど。夜はもっと増えているかも」
 フォーレ・ネーヴ(eb2093)が土に棒で簡単に屋敷を書き、その見張りが巡回していたルートを書き足す。夜間ゆえに人員が増やされていることも予想されるが、ルートの変更はよほどの事が無い限り無いだろう。
「別邸なのにこうまでして警戒するってことは、相当他にも何か余罪があるんじゃないかな」
 口元を布で覆ったフォーレのぐももった声。それに異を唱える者はいない。むしろ余罪がないと困る。
「月精霊が、出た――見ているだけの月精霊。冷たい輝きに見える、な‥‥」
 クラリスが攫われた夜について依頼人が語った言葉を思い出し、アレクシアスが空を見上げた。
 月精霊はそんな彼らを見下ろしているだけだ。クラリスを、不幸な父子を救えるのは――彼らだけだ。


●潜入
 トスッ‥‥トスッ
「ぐぁ」
「ぐ‥‥」
 バタバタン‥‥
 気配を消して巡回中の傭兵に近づいたアリオスとアレクシアスが、それぞれスタンアタックで首筋に攻撃し、気絶させる。
「さっすが〜♪」
「フォーレ、縛っている間見張りを頼む」
「わかったよ〜♪」
 アレクシアスは傭兵のポケットからロープを奪い、手近な木にその気絶した身体を縛り付ける。アリオスも同じ様に傭兵の自由を奪い、そして庭木の茂みに隠しておいた。勿論猿轡をかませる事も忘れない。
「勝手口の鍵を開ける。その間の見張りを頼む」
 アリオスが短く告げ、一同を先行する。勝手口には予想通り鍵がかかっていたが、アリオスの技能にかかれば開錠など簡単で。
「厨房内に気配は無いな。さすがに使用人も寝ているか」
 アレクシアスが念の為に陰身の勾玉を握り締めながら歩みを進める。
「しっ」
 フォーレが口元に指をあて、厨房から廊下へと繋がる扉に耳を近づけた。厨房に侵入した一同に緊張が走る。
「ここの前を通り過ぎて、玄関の方に向かう足音がするよ。屋敷内の見回りかも」
「よし。アレクシアス」
「わかってるさ、アリオス」
 二人は頷き合い、そっと扉を開けてするりと廊下に出る。
 小さなうめき声と少しの音。
「大丈夫みたい」
 扉の隙間からその光景を覗っていたフォーレは、ピノと鏡を手招きした。
 巡回していた傭兵は、気絶させられて厨房にあった縄と布で拘束されていた。


「二階には、階段を上ってすぐの‥‥これは商品倉庫の隣ですね、そこに小さな反応と大きな反応が。後は、一番奥の部屋に大きな反応が――恐らく商人でしょう」
 ピノがディティクトライフフォースの結果を告げる。
「では僕とピノ君でクラリス君の保護に動くよ。でも問題はクラリス君と一緒の部屋にいる大人か‥‥」
 鏡が思案するように言葉を切る。恐らく世話の為に雇われた乳母だろうという事は予想できるが、一般人をその蛇毒手にかけていいものかと少しばかり迷い、手袋を外した手を見つめる。
「眠っているようならば起こさないでそのままクラリスだけ連れて出ればいいだろう。起きていたら‥‥止むを得まい、殺さないように縛っておくしかないな」
「俺達は商品倉庫を当たってみよう。何かあったら呼んでくれ」
 アレクシアスとアリオスの言葉に頷き、音を立てぬように注意しながら階段を駆け上がる鏡とピノ。それを追うようにしてアレクシアスとアリオス、フォーレも二階へと上がる。
「私は見張りをしてるね」
 階段を登りきったところでフォーレは待機。下から人が来るかもしれない、突然商人が部屋から出てくるかもしれない、そういった時のための見張りだ。
「頼む」
 アリオスは倉庫の鍵開けにと集中する。

 がたんっ!

 隣の部屋で何かが倒れる音が響いた。


●小さな命は寝息を立てて
「ただの乳母じゃないね?」
 部屋に侵入ざまに振るわれた刃を日本刀で受け止めた鏡が尋ねる。勿論返答が返ってくるはずはなく。悔しげに舌打ちして飛びのこうとした女の首筋を、鏡の右手が掠める。
「うっ‥‥」
 2.3歩後ずさった女性は、空の椅子に凭れ掛るようにして倒れた。蛇毒手の毒にやられたのだ。
「ピノ君、クラリス君は?」
「しー。眠っているようです」
 ベッドに寝かされた赤子は、すやすやと寝息を立てていた。だがやはり母と引き離されたことは辛いのだろうか、涙の後がその柔らかい頬に残っている。
「‥‥ごめんね、起こしちゃうかな。でももう大丈夫だよ」
 鏡が抱き上げ、優しい声色で告げると、クラリスはもぞ、と動いて「あー」と小さく声を上げた。
「助け出してしまえばこちらはどのようにでも動ける。無事でよかった」
 クラリスは鏡のぬくもりを感じて安心したのか、その胸に体重を預けてとろんとしていた瞼を閉じた。その光景を見てピノが胸を撫で下ろす。
「‥‥独りで怖かっただろうに、ね‥‥僕は、お母さんではないけれど‥‥このぬくもりは嘘じゃないから、安心して眠っていてね」
「今のうちに、私達は脱出しましょう」
 ピノの言葉に鏡は頷く。自分達の仕事はクラリスの安全確保だ。だが他の三人にはまだ重要な仕事が残っていた。


 倉庫の中には高価そうな壷や水差しや置物や絵画、宝石などが沢山あった。だがその中にひときわ目立つのが、倒れるようにして眠っていたハーフエルフの女性。
「‥‥生きてはいるみたいだな」
 アレクシアスの眼下、ひんやり冷たい石の床に横たわっている女性は薄着で、その服の下からちらほらと痣が見え隠れしていた。恐らく抵抗したときに付けられたのだろう。だが顔には傷一つ付けられていないということは、やはり彼女も「商品」なのか。
「フォーレはこの女性についててくれ。俺達は、商人を縛ってくる」
「了解だよ」
 アリオスの言葉にフォーレは、自分の上着をそっと女性にかけて上げながら答えた。


 かちゃり‥‥鍵が開く。
 そっ‥‥扉が開く。
 広い部屋の大きなベッド。そこに横たわって大いびきをかいている、でっぷり太った商人。その顔を見ているだけで吐き気がするが、ここで倒してしまうわけにはいかない。
 足を縛り、手を縛り、猿轡をかませたところで漸く商人は目を開けた。
「ふぐ、ぐぁふぃももふぁ!」
「外道に名乗る名は無い」
 冷たく言い放つアリオス。アレクシアスもその無様な姿を冷徹な瞳で見つめていた。
「悔いるなら、自分が今までしてきた諸行を悔いるがいい。気持ちの良い朝を迎えられると思うなよ」
 ドスッ‥‥!
 二人のスタンアタックが決まる。
 商人は白目を向いて、意識を手放した。


●子は父の腕に
 商人の部屋から不正取引や人身売買などその他の悪事の証拠を盗み出し、捕えた傭兵達と共に屋敷の前に転がしておく。普通の使用人は縛る程度に済ませて屋敷の中においておいたが、他の傭兵は脱出時に異変を察知して二階へ上がってきたので、同じ様にお眠りいただいた。
 眠っていたハーフエルフの女性には防寒具を着せ、証拠品と共にいてもらう事にした。彼女もまた「証拠品」故に。
 使用人以外、傭兵と商人には鏡の怒りの蛇毒手が加えられた。止血され、離れたところに解毒剤が置かれているのがせめてもの慰めか。
「‥‥殺しはしない。己のした罪で身を滅ぼせ」
 月精霊の輝きが、陽精霊の輝きへと変わっていく――夜明けだ。
 鏡の言葉に重なり、いくつかの足音が館へと近づいていた。アレクシアスがこっそり手を回した官憲が駆けつけたのだった。これで、この商人の悪事や余罪も明らかになるだろう。
 悪徳商人がこれ一人とは限らない。たがこの一人を滅する事で救われる者がいるのも事実なのだ。


「クラリス!」
 鏡の腕に抱かれた赤子を見たキリルは、涙を零す事も憚らずに駆け寄ってきた。心配で心配で、森の外で一晩中待っていたのだという。
「さあ、お父さんの所へ」
 手渡されて我が子の重みとぬくもりをしっかりと感じたキリルは、しかと娘を抱きしめる。苦しそうにもぞっと動いたクラリスは色違いの瞳を開き、そして父親の顔を見つけて笑んだ。
「あー、あー」
 小さな手がぺちぺちと頬を叩く。もう戻ってこないと思っていた。そんな仕草すら、いとおしい。
「お父さんのところに戻れてよかったねー」
 フォーレが笑顔でクラリスの頭を撫でる。
「商人は官憲に引き渡した。余罪も明らかになるだろう。奥さんの件もきちんと裁いてもらえるかもしれない」
「あの商人は暫く帰ってこないだろう。安心して暮らすといい」
 アリオスとアレクシアスの言葉に、キリルは涙を流して何度も何度も頭を下げた。そっと、鏡がキリルの前に膝を折り、その瞳を見つめる。
「こんな僕でも幸せは掴めた。だから‥‥この娘が幸せになれないなんて道理は無い。ないんだ。‥‥絶望せずに、強く生きて欲しい。母親の分も、娘に愛を注いで欲しい。‥‥お願い、だ‥‥」
「‥‥はい」
 涙を拭き、頷いたキリルの顔は、父親の表情だった。


「キリルがあなたの分もクラリスを立派に育ててくれるでしょう。安らかに‥‥」
 ピノの葬送の言葉が、木々の間から漏れる陽精霊の光と共に天へと登る。
 キリルが自力で埋葬したという墓は、皆の手で綺麗なものに直されていた。
 きっと、母親は精霊界から彼らを見守っている事だろう。
 冒険者達に感謝しつつ、ずっと――。