【魅惑の芳香】この世界で生きていくには

■ショートシナリオ


担当:天音

対応レベル:8〜14lv

難易度:普通

成功報酬:4 G 98 C

参加人数:6人

サポート参加人数:-人

冒険期間:11月10日〜11月15日

リプレイ公開日:2008年11月18日

●オープニング

●調香師の歩む道
 ここには地球で使っていたような道具も、香料もない。今まで当然のように手元にあったものがここでは手に入らないのだ。
 香料も、植物自体が存在しなければ作ることができない。この世界に存在しない香料は、手元にあるアタッシュケース、地球から持ってきたフレグランスオルガンの中に入っているものが全てだ。だからといって使い惜しみしているわけにもいかない。香りは時間がたつと衰える。
 初めはこんな所でどうやって香水を作ったらいいのかと困惑もした。だが幸いこの世界にも香水を研究している先達はいて、アルコールに香料を溶かして香水とするところまでは技術があるらしかった。ただそれは、錬金術という一般的ではない技術だったが。

 その錬金術師のもので厄介になり、何とかして作り上げたのはセイヨウボダイジュ――リンデンをベースにした香水。
 アルコールにリンデンブロッサム(菩提樹)とライラックのエキスを溶かし込んだそれは、フローラルでリラックス効果のある香りに仕上がっている。
 リンデンを使って香水を作るようにと命じたのは師だ。師が何故この香りを指定したのかは分からなかったが、完成品を嗅いだ彼は満足そうに頷いた。

 合格、と。


●遺されたもの
 どんっ。
 冒険者ギルドのカウンターに置かれた拳。職員がその主を見れば、まいどお騒がせ天界人の石月蓮、その人だった。世話になっている錬金術師の元からわざわざメイディアへ出てきたということは、何かあったのだろう。また香料採取の依頼だろうか。
「また何かあったの――」
 軽い調子で投げかけようとした職員の声が止まる。蓮の表情がおかしい。いつもの人を小ばかにした感じではなく、どこか影を落としたような。
「‥‥‥これ、読んでくれない? 僕宛なのは分かったんだけど、アプト語はまだ自分の名前くらいしか読めなくてさ」
 手渡されたのは丁寧に畳まれた羊皮紙。確かに「レンへ」と宛名が書かれている。
 よく見れば彼にはフレグランスオルガンの他にも荷物があるようだ。着替えなどが入っていると思われる鞄、そして小さな壷が沢山入った鞄。今まで冒険者から譲り受けたものも全て持ってきているように見える。
「早く」
「あ、はい」
 催促されて素早く文字を目で追う職員。その顔が段々険しくなる。
「これは――」
「遺言書」
 ぽつり、あさっての方向を向きながら蓮が呟いた。
「それと一緒にじいさんの調香道具や香料、恐らくレシピを書いたスクロールなんかが纏めてあった。僕に持ってけって事だと思う。精霊界には持っていけないから」
 ということは――蓮の師であった錬金術師の老人は亡くなったのだ。体調を崩していたと聞いていたが、そんなに悪かったのか。
「で、とにかく読んで。荷物を周到に用意してたんだ。これからの指示がないとは思えない」
「あ、はい」
 職員が読み上げた遺言書の内容は大体次の通りである。

 ・自分の研究を道具、レシピ共に蓮に託すということ
 ・この世界で調香一本でやっていくには、後ろ盾を得る必要があること
 ・その後ろ盾を得るために、完成したリンデンブロッサムの香水を持って、リンデン侯爵領に売り込みに行き、後ろ盾となってもらうこと
 ・侯爵への紹介状を同封してあるということ
 ・これからも、香水を作り続け、広めて欲しいということ

「‥‥あのじいさん、そのためにリンデンブロッサムを指定したのか‥‥」
 蓮がはぁ、と深い溜息をつく。その溜息もどこか湿っぽく感じられて。
「じゃあ、依頼内容を言おう」
 職員に向き直った蓮の瞳には、涙すら浮かんではいない。ただ少しだけ、いつもの棘のある様子が見られないだけ。
「僕は作るのは得意だけど交渉事は苦手なんだ。紹介状はあるけどそれだけじゃ心もとない。僕と一緒にリンデン侯爵領に行き、侯爵と交渉してくれる冒険者を募集する」
「交渉、ですか‥‥」
「リンデンブロッサムを使った香水はサンプルは出来上がっている。後ろ盾として研究設備を整え、資金提供をしてもらえれば量産は可能だし、もっと別の香水を作ることもできる。リンデンブロッサムの香水をメインにして他の香水と共に侯爵領の名物として売り出せば、儲かるんじゃないかと思うんだ。この世界ではまだ香水は一般的なものじゃないと聞くし」
 蓮の言葉に職員はそうですね、と頷く。アルコールに香料を溶かし込んで香水とする技術は、近年伝わってきたもので、香水もそう簡単に店で手に入るものではない。
「リンデン侯爵領は、その名と同じリンデン‥‥菩提樹をシンボルとしています。喜ばれるでしょう」
「うん。だから僕はサンプルを提供する。これからリンデン侯爵家のお抱え調香師となって、リンデンの香水産業に尽力してもいい――それなりの見返りを得られるならば」
「見返りとは、研究施設の充実と研究資金と衣食住――ですね」
「そんなところかな。他に何かあれば交渉に加えてもらって構わないよ。できるだけいい条件で交渉を纏めて欲しい」
 これで侯爵家という大きな後ろ盾を得られれば彼の研究もスムーズに進むだろう。侯爵領にとっても代表的な品物ができるという利があると思われる。
 そのところを踏まえて上手く交渉を纏めて欲しい。

●今回の参加者

 ea1850 クリシュナ・パラハ(20歳・♀・ウィザード・エルフ・ノルマン王国)
 ea3063 ルイス・マリスカル(39歳・♂・ファイター・人間・イスパニア王国)
 ea3475 キース・レッド(37歳・♂・レンジャー・人間・イギリス王国)
 ea7641 レインフォルス・フォルナード(35歳・♂・ファイター・人間・エジプト)
 eb1004 フィリッパ・オーギュスト(35歳・♀・神聖騎士・ハーフエルフ・ノルマン王国)
 ec4427 土御門 焔(38歳・♀・陰陽師・人間・ジャパン)

●リプレイ本文


 メイディアからフロートシップに揺られ、一行がたどり着いたのはリンデン侯爵領の港ファティ港。そこから暫く歩けば、主都のアイリスである。
 アイリスはメイディアほどではないが主都というだけあってそれなりに大きな街であり、かの長雨から解放された事も手伝って活気に満ちていた。
「リンデン侯爵領‥‥よく依頼で出かけますが、お偉方に会う機会というのはなかった気がしますな」
 ふとアイリスの街並みを眺めながら呟くのはルイス・マリスカル(ea3063)。そういえばよく依頼で行っていたのは領の端のほうばかりで、主都に来る機会もほとんど無かった気がする。
「船の中でお師匠様の道具を見せてもらいましたがね〜すごいですね〜。まあ香料なんかの価値はあまりわかりませんが、地球の道具に頼らずに香水を作り出すことに成功していたらしいですね〜」
「蒸留技術のところで苦戦していたらしいけどね。その辺は僕も知識があったし、じーさんの前でその場にある道具でやって見せたら驚いてたよ」
「そりゃー長年かけて研究してきた技術を、ぱぱっと目の前でやられたら驚きますよ」
 クリシュナ・パラハ(ea1850)は溜息をつく。学者を志す者としては、何となくその時のお師匠様の気持ちが分かる。
「チキュウ産の道具にこだわらず、こちらの道具で対応できるならば、交渉もしやすくなりますわね」
「受け入れてもらえるかな」
 蓮の珍しく弱気な言葉。少しばかり目を丸くしながらフィリッパ・オーギュスト(eb1004)は続ける。
「歓迎されるか? だけなら確実にされますわ」
「? どういう意味さ」
「先入観は逆効果なのでこれ以上は秘密ですわ。それはそれとして、侯爵様以下リアリスト志向ですので、交渉は一筋縄ではないと思われますので、理と利は抑えていきましょう」
 侯爵家の内情をよく知るフィリッパには確証があったが、それは内緒にしておく。
「礼服も似合うじゃないか。貴族付きの立場を目指すなら、今までのような奔放な言動は控えるようにね」
 キース・レッド(ea3475)は自分が提供した礼服に身を包んだ蓮を満足げに見て、頷いた。当の蓮は、パーティーなどに呼ばれる機会は多かったから、着慣れているとか。
「後は読み書きですか。書きはともかく、まずは読みが出来ない事には‥‥」
 船の中で蓮にアプト語を教えていた土御門焔(ec4427)はちょっぴり溜息をついた。いや、蓮の飲み込みが悪かったというわけではなく。お師匠様の残したレシピを読んで見せたら文字よりも内容に興味を持ってしまい、次はこれ、その次はあれと次々にレシピを読まされたのだった。まあ一日やそこらで上達するとも思っていないのでそれは仕方ないことだが、とりあえず契約書類に自分の名前をしっかりと書く事だけは教え込んだ。識字率の低いこの世界では、商人でさえもきちんとした書類を書く事は少ないが、相手は貴族。そしてこちらはチキュウ人。不安定な身分である蓮の待遇を保障する書面をきちんと残しておくに越した事は無い。
「‥‥あれはイーリスか」
 レインフォルス・フォルナード(ea7641)の言葉に一同が目をやると、市場の向こうから背筋をピンと伸ばし、白一色で身を固めた赤髪の女性騎士が歩いてきていた。
「イーリスさん〜!」
 クリシュナが声を上げて手を振ると、イーリスは驚いたように見覚えのある冒険者達を見つめ、早足でこちらへと向かってきた。どうやら彼らを迎えに来たわけではなく、偶然街を歩いていたようで。
 けれどもこれで侯爵家の門番に紹介状を見せて問答しなくても良くなった、と少しばかり安心する一同だった。



 案の定、イーリスの働きかけのおかげで、アポイントメントが無くても侯爵との面会を取り付けることが出来た。紹介状を預け、応接間で侯爵の登場を待つ。
「石月さん、例の香水の準備はよいですか? お願いですから、心してお師匠様の知識を受け継いでくださいね。わたくしたち学術者にとって、己の知識が後世に残る事こそ生きた証なんです」
「わかってる。せいぜい気に入られるように頑張るさ」
 素直に頑張るといえないのか、クリシュナはそんな事を思ったが、まあ学者には性格に難のある人が多いのも事実。その辺は飲み込んでおく。
「失礼する。待たせてすまなかった」
 応接室に響いた低い声に、皆が一度立ち上がる。入室してきたのは侯爵に夫人、そしてメイドから水の入ったコップの乗ったトレイを受け取ったイーリスだった。
「座ってくれて構わない」
 侯爵はソファに腰を下ろすと、一同にも着席を勧める。その言葉に従った一同は、侯爵の次の言葉を待った。
「チキュウの技術とこちらの錬金術の技術をあわせた香水を、我が領の特産品として売り込みに来たと聞いたが。そちらがチキュウ人の石月蓮とやらか」
 す‥‥侯爵らしい威厳を持った瞳を向けられた連だったが、それには全く動じた様子もなく、さっと立ち上がり胸に右手を当てて礼をする。
「侯爵閣下に置かれましてはご機嫌麗しく。こうして御尊顔を拝する機会を与えていただけた事、恐悦至極でございます。いかにも私がチキュウから参りました石月蓮です。この世界にはいまだ不慣れなため、信頼の置ける冒険者達に交渉を任せる事をお許しください」
「ふむ、事情は了解した。問題ない」
 侯爵の言葉を受けてさっと再び座りなおす蓮。とりあえず冒険者一同の内心は

(「化けた!?」)

 で相違ないだろう。
 というか、外面がいいんだ、こういうタイプは。
「さて、交渉のお手伝いをさせていただく、ルイス・マリスカルと申します。率直に申し上げますが、リンデン侯爵領はリンデン‥‥菩提樹を象徴に掲げていらっしゃると聞きます。街中にもリンデンの街路樹を見かけました。そこで、蓮さんの作成したリンデンブロッサムの香水が、リンデン侯爵領の名産品となりえ、富国強兵における富国策となりえると私は考えております」
「お久しぶりです。フィリッパです。彼はチキュウの進んだ技術、それが部分的に実現可能でもあり、そして『チキュウ人』ですから、それなりの能力を有しております」
 フィリッパが笑顔で含みのある言い方をする。言ってる事は間違っていない。過大評価もしていなけれは、過小評価もしていない。現に蓮自身は、自衛を行えるだけの力は持っているし、地球人故にゴーレムや精霊魔法への適性もあるからだ。
「イーリスさん、コップ貸してもらっていいですか?」
「ああ」
 クリシュナの前に水の入ったコップが置かれる。彼女がイーリスに頼んでおいたものだ。
「チキュウの技術が不思議なのは御存知かと思いますが、例えばこの粉。これは水に溶かすだけで、簡単にジュースが出来るという不思議な粉なのです」
「ほう」
 水の中に粉末ジュースを入れると、粉がぱぁぁっと広がって水に溶ける。マドラーでかき混ぜれば、粉っぽさは消えていった。
「どなたか飲んでみますか?」
 とコップを差し出されても、未知の品物だ、何が入っているのか分からないものになかなか手は出まい。
「私が試そう」
 さすがに侯爵と夫人に試させるわけにはいかない。そして冒険者が飲んでも意味は無いのだ。イーリスがコップを受け取り、意を決してその液体を口に含む。
「「‥‥‥」」
 沈黙を持って彼女を見つめる侯爵と夫人。一方のイーリスは――
「‥‥甘い。果実を絞った時の甘酸っぱさではなく、なんというか‥‥表現し難い甘さだが、即席の飲み物としては良いできだと思う」
「とまぁ、こういう技術もあるわけです。石月さんが齎すのは、香水ですがね」
「石月君、現物を出して差し上げたらどうだい?」
 クリシュナが下がったところを見計らって、キースが声をかける。蓮は頷いてフレグランスオルガンから陶器製の小瓶を取り出し、テーブルに置いた。そしてその蓋を開けると――ふんわりと良い香りが立ち上った。フローラルでリラックス効果のある香り。
「あら‥‥良い香り」
 一番最初に反応したのはやはり女性である夫人で。小瓶を手に取り、間近でその香りをかいでいる。
「こちらがリンデンブロッサムを使用した香水です。他にライラックも使用されているのですが、現状では少量生産しかできません。ですが香水は嗜好品であると同時に消耗品でもあります。多少高価なものとはなりますが、リンデン侯爵家お墨付きのものともなれば、婦人方の間に広がるのは間違いないでしょう」
「品物も上等なものですから、最初は少しずつでも、リピーターを獲得できると思いますわ。身につけるだけでなく、衣類や寝具、手紙に香りをつけたり、使用方法は様々です。女性にとっては身を飾るアイテムの一つとなるでしょう」
 ルイスにフィリッパがゆっくりと、押し売りにならないように利を説く。
「あなた、石月さん? 他の香りを作る事はできるのかしら? いくらなんでもこれ一種類では、ね」
「もちろんです」
 夫人の当然の質問に蓮が頷くと、後をルイスが引き継ぐ。
「ですが、現状、彼には香水を作り出すための設備が無く、その為に量産する事もできません。彼の知識と技術を提供する代わりに、研究設備と衣食住を保障していただきたいのです」
「最初は設備を整え、人員を確保する先行投資に嫉妬も出ましょう。ですがそれは先が見えない者のすること。香水は消耗品であるからして、一度軌道に乗ってしまえばその消費は増え、無くてはならないものとなるでしょう」
 フィリッパは常に柔らかい表情を崩さない。
「聡明なリンデン候には無用な心配でしょうが、これからの備えは多い方が良いでしょう。他の諸侯に真似の出来ない、リンデンだけの一品として、このリンデンブロッサム、いかがでしょうか」
「ふむ‥‥」
 キースの言葉に考え込むようにしてうなる侯爵。一方、夫人は香りが気に入ったようで、早速手首やら首筋やらに付けてみている。
「イーリスさんもどうですか?」
「い、いや私は‥‥」
 クリシュナが蓮からもう一瓶受け取ってイーリスに差し出すが、彼女は固辞し。すると皆の後ろで立っていたレインフォルスがその瓶を受け取り、自らの手首に付け
「失礼」
 イーリスの後ろ髪を払いのけてその首筋に香水を塗りつける。首筋を触られた彼女はびくんっと反応したものの、固まったように動かず。
「こうすると、イーリスという白い花が更に匂い立って、その魅力を引き立てる。甘い香りに、酔ってしまいそうだ」
 ナンパスキル発動。レインフォルスがイーリスの髪を一房つかみ、口づけするように告げると――
「あ」
 思わずクリシュナが声を上げた。
 ――白花が仄かに朱に染まっていた。

「あなた、私は賛成です。他のどこにも真似できない、うちだけの香水。他の奥様方に自慢できますし」
「そうだな‥‥だが、設備を整えても彼一人では量産もままなるまい?」
 夫人の後押しを受けた侯爵は、質問を重ねる。だがそれは脈があるということ。受け入れないつもりならば、質問などしない。勿論それに対する返答も、ルイスは用意してあった。
「仰るとおりです。設備だけでなく、彼を手伝う職人も手配していただければありがたく。彼はアトランティスの知識、流儀に疎い面もあるのでお目付け役として、そして共同研究者や助手など相談やアドバイスが出来る人物を付けていただければと思います」
「彼はまだアプト語の読み書きは十分とはいえませんが、師の残したレシピがこれだけあります。それに彼の頭の中にあるレシピを加えれば、沢山の種類の香水を作り出すことが出来るでしょう」
 焔が羊皮紙の束を掲げるようにして言えば、お師匠様の遺産を検分したクリシュナが口を開く。
「彼の師が残した品物を使えば、いくらかのサンプルを作り出すことは可能だと思いますよ。それに侯爵家の財力と人脈が加われば、量産も夢ではありません」
「香水研究の工房を作れば侯爵領には工房という財産が、蓮さんには働く理由が出来ます」
「彼は報酬としてはお金よりも、能力に見合う仕事を任され、正しく評価される事を生き甲斐とする『士』であります」
 蓮の両脇から次々と言葉を並べ立てるフィリッパとルイス。だが間違った事は言っていない。
「侯爵、いかがでしょうか?」
 決を求めるべく、キースが夫人と侯爵を順番に見る。

 果たして侯爵の答えは――?



「石月さん、もしかしてアプト語とジ・アースのジャパン語の対応表を作っておいたほうがよいでしょうか?」
「あ、その方が助かるかも。ジャパン語って僕のいた日本の日本語と似ているみたいだし。ちょっと古めかしい感じだけど」
「では、対応表を作っておきます」
 とりあえず、と蓮に与えられたのは侯爵家の敷地内にある離れだった。数ヶ月前は夫人が籠っていた場所であるから、とりあえずとして与えるには十分に上等な場所である。そこに蓮の大量の荷物を運び込み、一息ついたところだ。
 アプト語の先生である焔が、蓮に伺い、そして羊皮紙を開く。彼とつき合っているうちに、どうやら自分の母国語と蓮の出身地との言語にあまり違いが無い事に気が付いたのだ。蓮曰く、焔の使う文字は多少古めかしいというが。
「この瓶の詰まった鞄は、ここにおいて置けばいいか?」
「うん、ありがとう」
 レインフォルスが香料の詰まった鞄を棚の傍に置いた。
「無事に採用が決定してよかったですね」
「まあ、僕の腕があればね?」
 フィリッパは返された蓮の言葉に笑顔で無言の圧力をかける。
「いや‥‥みんなのおかげだよ、みんなのおかげ。感謝してるってば!」
 圧力に負けたか、真っ赤になってむきになる蓮。どうやら素直に礼を言うのは苦手らしい。
「ほら、これ! 新作。お礼の気持ちさ」
 押し付けるようにして冒険者達に手渡されたのは『パフュームofリンデン』と名づけられた、これから侯爵領の特産品になる予定の香水。
「香りはこんなに真っ直ぐなのに、どうしてこの人は素直じゃないんでしょうね‥‥」
 ぽつり、呟かれた焔の言葉に、内心同意する冒険者達であった。