月の乙女が望むは、美味たる楽と――

■ショートシナリオ


担当:天音

対応レベル:8〜14lv

難易度:やや難

成功報酬:4 G 98 C

参加人数:6人

サポート参加人数:-人

冒険期間:11月18日〜11月23日

リプレイ公開日:2008年11月26日

●オープニング

●歌夜
 黎明の冷たき風 誰を思い出すそれは
 事毎に寄せては返す 記憶の波にて
 刹那の間 指よりすり抜け
 掬えよ 未来
 それは誰が為

 リンデン侯爵領首都アイリス。その中にあるリンデン幻奏楽団の自室にて、歌姫エリヴィラ・セシナは窓を開け放ってぽつり、旋律を紡いでいた。夜風は少し冷たいものの、元々胸騒ぎがしてなかなか寝付けぬものだからこうしているわけで、別段目が覚めて困る事もない。
「‥‥‥‥どうしたのですか‥‥?」
 ふと、近くで瞬く淡い光を感じて彼女は声を漏らした。自分が歌うと時折歌好きな精霊が姿を現してくれることがあったが、今感じる気配はなんだかおかしい。いつもならば歌を褒めてくれ、そして楽しそうに笑ってくれるというのに。
『どうしたのですか?』
 もう一度、今度はテレパシーで近くにいる光に語りかけてみる。だがその光が返すのは――
『恐い、恐い、恐い』
『来るよ、来るよ、来るよ』
『危ないよ、危ないよ、危ないよ』
 そうだ、彼らは怯えているのだ。何かに。
『何が来るのですか?』
 問うても、返ってくるのは単純な言葉の繰り返し。彼らは恐慌状態に陥りかけている。彼女の歌を楽しむ余裕がないほどに。
『恐いのが来るよ、襲いに来るよ』
「――‥‥」
 子供のように繰り返すだけの彼ら。漠然とした不安がエリヴィラの心に芽生える。
 一体何が起ころうとしているのだろうか――?


●誘いと託宣と
 リンデン侯爵領付きの騎士、イーリス・オークレールが冒険者ギルドを尋ねたのは、無論依頼のためだった。だがその依頼は堅苦しいものではなく。
 民達の強い要望でリンデンの誇る歌姫のソロコンサートが、アイリスにある幻奏楽団のホールで開かれる事が決定し、そしてそのチケットを10枚ほど用意したから冒険者にも是非、という内容だった。
 精霊招きの歌姫として民達の心を掴み、そしてさらに偶像化の進んでいる歌姫エリヴィラ。彼女が侯爵領の民達の不安を吸収し、そして安らぎを与えている事は間違いない。勿論、侯爵や子息セーファスの尽力も民に伝わってはいたが、こと精霊を崇めるこの地にてその精霊に好かれる歌声の持ち主ともなれば、人々が希望を寄せるのも無理はない。
 チケットを渡し、ギルドを出て宿に向かおうとするイーリス。空はもう闇が覆っていて、月精霊の光が瞬いていた。
「――守って」
「?」
 細い路地。人気のないその道に差し掛かった時、彼女は不思議な声に気がついて視線を動かした。
 そこにいたのは地面に届くほどの長い髪を持った美しい女性。白い衣を纏ったその姿は、纏う衣類を白で揃えているイーリスと似ている。その手には竪琴が抱かれていて。
「守って頂戴。美味なる歌を。私の、お気に入りの歌声を。あなた達の――歌姫を」
「‥‥‥どういうことだ?」
 イーリスは腰に刺した剣に手をかけるが、相手には敵意はないようだ。思わず誰何の前にその言葉の内容を問うてしまう。
「混沌たる者達が押し寄せ、歌姫を狙うわ。私の大好きな歌声がなくなるのは――面白くないから」
「混沌たる‥‥者? カオス‥‥?」
 ぽつり呟かれた言葉に女性は答えず、ぽろんと竪琴を弾き鳴らす。
「あの歌声がこの世からなくなってしまうのは面白くないから、教えてあげたの。次に歌姫が観客の前で歌う日、注意なさい」
「次に‥‥コンサートの日か‥‥。‥‥貴方は何者か?」
 イーリスの言葉に女性はくす、と微笑み、そして――
「私のお願い聞いてくれたら、もっといい情報をあげる。だから、守りなさい――歌姫を」
 ゆっくりと浮かび上がり、そして髪をなびかせて――飛んで行った。
 後に残されたイーリスは狐につままれたような感が否めなかったが、あの女性が言ったことが真実ならば。
 混沌たる者がカオスの魔物を指し、彼らが歌姫エリヴィラの命を奪うために押し寄せるとしたら。
 守らなければならない――今、歌姫にいなくなられては、リンデン侯爵領の民は混乱の渦に陥れられる。それは侯爵領を狙っているらしい『黒衣の復讐者』の思う壺なのではないか。
「っ‥‥!」
 イーリスは白いマントをなびかせて走り出した。コンサートを視聴できると思っていた冒険者達には申し訳ないが、依頼内容を変更しなくてはならない。

 ――歌姫を、守れ。

●今回の参加者

 ea0167 巴 渓(31歳・♀・武道家・人間・華仙教大国)
 ea1587 風 烈(31歳・♂・武道家・人間・華仙教大国)
 ea1850 クリシュナ・パラハ(20歳・♀・ウィザード・エルフ・ノルマン王国)
 ea3063 ルイス・マリスカル(39歳・♂・ファイター・人間・イスパニア王国)
 ea9128 ミィナ・コヅツミ(24歳・♀・クレリック・ハーフエルフ・イギリス王国)
 ec0844 雀尾 煉淡(39歳・♂・僧侶・人間・ジャパン)

●リプレイ本文


 カオスの魔物が歌姫を襲いに来る――謎の女性、いや人間ではないだろうが人の姿をしたその女性に歌姫の守護を依頼された冒険者達は、警戒に警戒を重ねた。
 幻想楽団のメンバーを入念にチェックし、食べ物や飲み物などは差し入れなどを受け取らず自分達で用意する事。冒険者達自身も自前の保存食で食事をするという徹底のしようだ。
 エリヴィラは冒険者達の警護を受けながらミィナ・コヅツミ(ea9128)よりレミエラの使用の仕方を学んでいた。リハーサルと当日着用するドレスにそのレミエラを装着する。レミエラの装着には半日という時間がかかるため、その間はドレスに触れて動かしたりしないようにドレスを置いた部屋には鍵をかけておく。同時にミィナよりレミエラを譲り受けたイーリスは、ルイス・マリスカル(ea3063)より譲り受けた聖剣「ミュルグレス」デビルスレイヤーにそのレミエラを装着していた。同じ様に鍵のかかった部屋へと仕舞い込み、刻に備える。
「あんな貴重な品を頂いてしまってよかったのか?」
「刀剣蒐集の趣味が行き過ぎ、二本手に入れた予備の一振りですので。そのままご活用いただけるならば、剣も幸せでしょう」
 ちら、と鍵のかかった扉の向こうを眺めるようにしたイーリスは微笑んだルイスに律儀に頭を下げる。
「かたじけない。あの剣があれば、これからのカオスの魔物との戦いに私も役に立てるだろう」

「あたしもロシアから来たんですよ」
 ミィナにそう告げられれば、エリヴィラも故郷の事を思い出して。アトランティス行きの月道を通ったのは親戚に騙されての事だったが、だからといって故郷の話が懐かしくないといえば嘘になる。
「‥‥こちらは暖かくて‥‥。キエフは、やはり寒い‥‥ですか?」
 そんな当然の事を、確認したくなってしまう。エリヴィラの問いにミィナは笑顔で頷き、ロシアの事を語り始めた。お抱えの医師助手になった事、まるごとの着ぐるみが大好きな事。まるで昔からの知り合いであるかのように二人の話は弾んで。エリヴィラもぽつり、ぽつりと自分の事を話す。するとそれを笑顔で見ていたミィナは、髪で隠した人より少し長い耳をエリヴィラにだけチラッと見せ。
「あなたが幸せになれたら、あたしも嬉しいです」
 その暖かい笑みに、エリヴィラは思わずミィナを抱きしめた。



 警戒に警戒を重ねた。だがリハーサルでは何も起こらなかった。それはそれで当日の警戒を強化すればいいだけなのだが、厄介なのは当日は観客がいること。
 雀尾煉淡(ec0844)は会場に人が満ちていく様子を、クレアボアシンスで見ていた。事前に見回ってあった分、はっきりとその様子が見て取れる。
 カオスの魔物の襲撃があるなど想像もしていないのだろう。観客達の表情は生き生きとしていて、これから始まるコンサートを心から楽しみにしているようだ。
「なんつーか、純粋に楽しみにしているあいつらの邪魔をしようとするとは、許せねぇな」
「そうですね」
 舞台袖から観客席をチラリと見た巴渓(ea0167)の言葉に、ルイスは手元の石の中の蝶と不思議な水瓶の反応を見る。どちらもまだ反応を見せていない。
「守ってか、期待には答えないとな」
 観客席後ろの出入り口の片方に警護の為に立っていた風烈(ea1587)は呟き、石の中の蝶の反応を確認する。ゆっくりと、その羽根が動いたように見えた。
「(イーリスさん!)」
 観客の殆どが席に着き、係りの者によって2つの扉は閉められた。じきに明かりも落とされるだろう。烈はもう1つの入り口に待機しているイーリスに目配せし、口の動きだけで彼女に話しかける。対するイーリスはこちらもやはり指にはめた石の中の蝶――これも以前ルイスから譲ってもらったものだ――の動きを確認し、頷き返して剣の柄に手をかける。
 明かりが落とされる前に烈が自身にオーラを施術する。そして、今はまだ空っぽの舞台に向けて頷いて見せた。蝶の羽ばたきが強くなっている。
「姿は見えませんが――侵入しているようです」
 ルイスが烈の合図と自身の蝶の動きを見て、静かに告げる。渓もオーラ魔法を発動させた。
「そのチチは‥‥いえ、エリヴィラさんは守ってみせますよ」
 とりあえず胸の事はおいておいて。クリシュナ・パラハ(ea1850) が渓から借り受けたヘキサグラム・タリスマンに祈りを捧げて作り出した結界の中で、笑む。皆、オーラ魔法、フレイムエリベイションなどの付与を済ませて臨戦態勢を整えた。
 奏者に混じって煉淡がまずステージに上がり、ステージが暗がりのうちにホーリーフィールドを張る。
「何かあっても守りますから」
 ステージに向かうエリヴィラに、ミィナが声をかけた。反対の袖にいるルイスや渓も、エリヴィラの視線を受けて頷いてみせる。
 煉淡がランタンに火を灯す。
 ホール全体が暗転する。客席に設置されていた明かりが落とされたのだ。それに伴い袖から団員達がランタンをいくつも持ってきて、舞台においていく。
 ゆっくりと、エリヴィラが舞台に歩みだした。

 宴の、始まりだ――。



 ランタンの明かりの中、伴奏が始まる。エリヴィラが口を開こうとしたその時、舞台上に炎が上がった。それは見えない結界に阻まれ、彼女には届かない。
「「「(来た!)」」」
「何? 演出?」
 観客席がざわめき始める。薄暗い観客席の両脇に、2メートル近い黒い翼を生やして炎を纏った姿があった。その数6体。突然現れたその異形に気がついて叫び声をあげる者もいたが、エリヴィラがそのまま歌い続けるものだから、半分は演出だとまだ客は思っている。
 どんっ!!
 突然後ろ2箇所の扉が破られるように開かれ、同時に霧が満ち始める。なんだやっぱり演出じゃないの、そんな声も聞こえてきたが、扉近くにいた烈とイーリスはその霧に混じって大量の大きな鼠とふいごを持った猿の様な小鬼を見た。普段カオスの魔物の姿なんて見ることが無いのだから、それらがカオスの魔物だなんて想像もしないのだろう。観客はあくまで演出だと思っている。だがこのままでは観客がいつ狙われるかわからない。この魔物達全てがエリヴィラだけを狙ってくれるのならばまだ守りやすいのだが、そうなるという保障はできない。
「緊急事態だ、足元に注意して外へ!」
 烈が声を張り上げ、霧を少しでも晴らせればと近くの壁を蹴破る。
「視界が悪い。私達の声のする方に歩いてくるように! 近くの者と手を繋いで。決して走らぬように!」
 イーリスも声を張る。場内は霧で満たされていて、パニックを起こせば怪我人が続出するだろうことは想像に難くない。
 未だにいまいち自体が把握できていない客達だったが、本来なら見せるためのステージ近くまで霧が忍び寄ったことでこれはおかしいときがつく。そのステージに向けては次々と炎が放たれては見えない防壁にはじかれ、そして近くの霧を蒸発させていた。
 煉淡の張ったホーリーフィールドが切れる前にミィナがホーリーフィールドを張る。エリヴィラの前に素早く出てルイスが防衛ラインとなる。ホーリーフィールドの射程ぎりぎりなのだろう、炎魔法を放った魔物と同じ種類の魔物が突然ルイスの目の前に現れ――スタッキングだ――爪を振るうも、それはフィールドにはじかれる。その隙に剣を振るうと、ヘキサグラム・タリスマンやフレイムエリベイションのおかげもあってか、魔物はその剣を避けられない。カオスの魔物に特別な効果のあるその刃は深々と魔物の身体に食い込み、傷をを残す。
「霧で姿が見えなくても、これでどうですか!」
 クリシュナがインフラビジョンで読み取った位置に、高速詠唱のクリエイトファイヤーとファイヤーコントロールで作り出した鞭を投げつける。炎の軌道分蒸発させられた霧の向こうに、ふいごを持った小鬼の姿が見えた。
「よし、行くぜ! おうおうおう! 肥溜めくせェ田舎妖魔ごときが、音楽鑑賞なんざ百万年早ェぜ!!」    」
 ステージ上とステージ裏の団員をさせた渓がルイスと供に飛び出る。そして攻撃。だが敵も黙っているわけではない。炎魔法や水魔法、そして爪や牙で冒険者達を狙う。相手の数は多かったが、実力はそれほどではないのだろう。熟練の冒険者達にとってはあまり痛くない攻撃も多かったが、どこかに彼らを指揮する者がいるのかもしれないと思うと、気が抜けない。

 戦闘音に混じって、観客達の混乱の声が聞こえる。突然の事の上に視界が悪く、そして戦闘音まで聞こえてくるとなればパニックになってもしかたあるまい。烈やイーリスの声もかき消されてしまう。座席に躓いて転ぶ者、転んだ者に折り重なる者などが続出し、魔物からの攻撃で怪我をする者よりも二次災害で怪我をする者達が続出している。
 烈が壁を破ったことで座席後方の霧は多少薄くなっていたのが幸い。烈とイーリスはとりあえず外へ、と観客を誘導しているうちに気がついた。霧の発生源が大きな鼠であることに。
「イーリスさん、あの鼠を倒さないと、いつまでも視界が悪いままだ。避難もままならない」
「わかった。鼠を退治しよう」
 とりあえずこの霧を何とかしなくては。烈などの熟練の冒険者ならばこの霧の中でも回避や攻撃をあてることは難しくないだろう。だが一般人はそうもいかない。霧の中、無闇に動き回って敵の魔法に巻き込まれることも、背中から不意打ちを食らうこともある。避難誘導が思ったようにうまくいかないのなら、その原因を断てばいい。
「行こう」
 烈は再び自身にオーラ魔法を付与し、霧の中へ飛び込む。観客を見つけては霧の薄くなっている後方へ行く事を指示し、そして鼠を見つけて――殴りかかった。



 観客をパニックに陥らせる者が出るかもしれないということは予想ができたが、その為の具体的な対策がいまいち上がっていなかった。エリヴィラにメロディーを使わせるという方法もあったが、彼女は指示通りにムーンアローで魔物を攻撃することを優先させた。
 結果的に死者は出なかった。魔物の攻撃で傷を負った観客が数名。だが殆どの怪我人は霧で覆われた室内でパニックに陥ったことで怪我を負った、二次災害の被害者だ。特に前の席に座っていた者ほど怪我が大きい。烈が壁を壊して少しでも霧を外に逃がそうとしなければ、後ろの方の座席にいた客も危なかっただろう。
 反対に、冒険者達がたくさん待機していたステージ側は安全が守られた。団員達の避難もスムーズに済んだし、煉淡とミィナのホーリーフィールドが破られることは無かった。視界を制限されたことで敵を倒すのに時間がかかってしまったが、傷も手持ちの薬で治せる程度で済んだ。
 会場に侵入してきたカオスの魔物は、姿を消して先に会場入りしてきた者(炎魔法とスタッキングを使ってきた)が6体、ふいごを持った小鬼が6体、大きな鼠が10体――敵は数で攻めてきた。何が厄介かと言えば、鼠の吐き出す霧。コンサート本番を狙ったのも、観客達をパニックに陥れるためなのだろう。ホールの外でミィナの治療を受けて怪我を治した観客達だったが、その顔は浮かない。当然だ、楽しみにしていたコンサートがこんなことになってしまったのだから。
「エリヴィラ、よかったら歌ってあげてくれませんか?」
 煉淡が竪琴を手に、ホールの外に現れたエリヴィラに告げる。自分が伴奏をするから、と。
 襲撃が一回きりとは限らないので、と警戒していたルイスも、石の中の蝶の反応が鈍くなっていくことを告げてその案に賛成した。
 エリヴィラは頷き、煉淡の作ってくれた歌詞を紡ぎ始める。

 草の波は穏やかに
 晴れ渡る空
 響く笑い声
 始まる旋律
 重なる脈動

「はい、これで治りました」
 ミィナは治療を終えた相手がその歌声に耳奪われていることに気がつき、自分も耳を傾ける。

 微笑み合えば
 心も軽くなる

 どんなに苦しい時も
 乗り越えてゆける力
 それはいつも傍にある優しい調べ

 クリシュナはソルフの実で回復を図ると、念の為にと再びヘキサグラム・タリスマンに祈りを捧げる。
 烈とルイスは耳に届く調べを受け止めながらも、周辺警戒を怠らない。

 謳おう
 この歓びを世界に届けよう
 そしてまた明日も
 前を向けるように

 歌が終わり、最後の音が長く後を引く。
 ふっ、と視界に入ってきた白い衣服に渓が呟く。
「やっとでてきたか。お望みどおり、守ったぜ」
「そうみたいね。被害は出たようだけど」
 それはエリヴィラを守ってほしいと冒険者達に願い出た女性。どこからでてきたのかふわり、降り立つと観客の視線を一身に集めた。
「約束は守っていただけますよね?」
 ポロン‥‥最後の一音を弾き終えた煉淡の言葉に、女性は「勿論」と妖艶に笑んで見せた。



「私はアナイン・シー。月の精霊よ。音楽にはうるさいけれど、気に入った音楽は離さないの」
 控え室に通された彼女は、そう名乗った。そして約束だから教えるわ、と言葉を続ける。
「カオスの魔物達の動きが活発化しているわ。今回歌姫を狙ったのも、人々を混乱に陥れるため」
「カオスの魔物が結託しているってことですか?」
 首をかしげるようにして問うクリシュナ。
「結託と言うよりは――利害の一致ね。カオスの魔物達はよりたくさんの混乱を招き、よりたくさんの魂を集められればいいのでしょうから」
「それを率いているのは『黒衣の復讐者』というカオスの魔物ですか?」
「名前までは知らないわ。ただ――あなた達が思っているよりももっと強大な存在が裏にいると思ったほうがいいわね」
 煉淡が口にしたのはリンデンを狙っていると予想される魔物の名前。
「メイだけでなく、世界中でカオスの魔物が蠢き始めているわ」
「それはウィルも、バも、ジェトも、他の国もっつーことか?」
「そうね」
 渓の質問に彼女は簡潔に答える。
「ジ・アースに戻る月道が繋がったことと何か関係があるのでしょうか?」
 ミィナのその問いに、アナイン・シーは肩を竦めた。そこまではわからないらしい。が、
「そのジ・アースでも異変が起こっているって聞くわ。不穏な輩が蠢き始めたのは、この世界だけじゃないみたいね」
「今後、さらにカオスの魔物の動きが活発化するってことか‥‥バが再侵攻してきたというのに」
「バにカオスの魔物に、メイは手一杯ですね」
 軽くため息をつく烈とルイス。アナイン・シーはその様子を見てくす、と笑む。
「私は歌姫の歌がなくならなければいいわ――でも、カオスの魔物達に我が物顔でその辺をうろつかれるのは嫌ね」
「わがままですね‥‥」
 思わずもれたクリシュナの本音。それを聞いた彼女は
「そうよ。私はわがままなの」
 と口元に妖艶な笑みを浮かべた。