●リプレイ本文
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冒険者達が村に着いたのは火断ちの日の昼ごろ。丁度ランタンの設置や篝火の準備が行われているところだった。
「火霊祭、ですかー。まあわたくしたち火のウィザードにとって火は商売道具。日々の冒険のアシストから、ちょっとした日常の焚き付けまで。火を創造する身としては、感謝してもし足りないです。みなさんと一緒に、火を扱える事に感謝しましょう!」
愛馬を引いて手を振りながら、巨大な篝火設置にあくせく働いている男性陣達の元へ向かうのはクリシュナ・パラハ(ea1850)。愛馬の背から保存食50食、ランタン5つ、油10個を寄付するといって下ろせば、村人から歓声が巻き起こる。
「火の尊さを知るために火断ちか〜。‥‥あれ? 火断ちの間は強制禁煙なのかな?!」
荷物の中から紙巻タバコを取り出した門見雨霧(eb4637)に、村人は「残念ながら」といって首を振る。やっぱりタバコも駄目らしい。
「‥‥くっ、これもお祭りを楽しむためだし、火断ちの間は禁煙するぞー」
さっそく火のありがたみを知った雨霧である。
「あと、これどうぞ」
「おお、これはっ」
村人達は雨霧の差し出した固形保存食を珍しそうに見る。天界人の知恵を元に作られ、それなりに普及はしているようだがやはりこういう村では珍しいようだ。
「あんちゃん、明日は一緒に飲もうぜ!」
蜜酒「ラグティス」とハーブエールを手に、男が嬉しそうに笑った。
「明日の料理はお手伝いさせてください。これでも料理は好きなんです」
今夜の夕食となる「火を使わない食べ物」を用意している村の婦人達に声をかけているのはアルトリア・ペンドラゴン(ec4205)。彼女は食べることも好きだが、料理を作るのも好きだ。
「もちろんだとも。期待しているよ」
村の婦人達はおおらかで優しく、一見の冒険者達にも親しげに接してくれる。お祭りというものは人の心を大きくし、そして人と人との縁を繋ぐものなのかもしれない。
「私からも保存食と油を提供しますね。ランタンは一度に多数使うものではないので手持ちが一つしかなくて申し訳なく」
「いや、これだけしてもらえりゃ十分だよ」
ルイス・マリスカル(ea3063)が40食の保存食と12個の油を手に男達の輪に入ると、これは来年の祭りまで持ちそうだな、なんて声も聞こえて。笑いが場を包む。
一方。
「ねーミレイア、何拗ねてるのさ」
「‥‥‥」
チュールからの祭の誘いに乗ったものの、道中一言も口を利かなかったミレイアの周りを碧の羽根の妖精はふわふわと飛ぶ。
「ルイスが自分で誘わなかったのを怒ってるの?」
「‥‥‥」
茶色い髪のその少女の顔を見れば、図星であることが明らかだ。チュールはギルドでルイスと交わした会話を思い出す。
彼としては以前ミレイアが家出した際に家の仕事をしっかりしましょうといった身であり、しかもミレイアは12歳というそろそろレディとも言える年頃。「遊びに行こう」と軽く誘うのはハードルが高いのだ。故に彼はチュールに誘ってみてはどうだろうかと提案とお願いをしたわけで。
「各地の風習や料理を知って、話題や料理のレパートリーを増やすことは酒場や宿屋の仕事に役立ち、えーとなんだったかな、慰安とかねて一石二鳥?」
ルイスの考えた口実を何とか言い切ったチュール。だがお祭り少女のチュールがそんな堅苦しいことを言い出せば、おかしいとミレイアも思う。
「素直に遊びに行こうっていえばいいのに。一体どうしたの? 変だよ?」
訝しげに見られては、やっぱりガラじゃなかったかと全て白状してしまったチュール。まあ、ミレイアはそれを聞いて拗ねたわけなのだ。
「気にしないで自分から誘ってくれてもいいのに」
「まーまー、あれだよ、ミレイアのことちゃんと大人のレディとして扱ってくれているって事だよ?」
「そう、なのかなぁ?」
ふと顔を上げれば、道中口を利かなかった彼女を心配してか、ルイスがこちらの様子を伺っている。口元に苦笑が浮かんでいるのを見て、ミレイアは「困らせてしまったか」と反省して。
「そういうことなら、許してあげてもいいかな」
嬉しそうに彼の元へと駆け寄る。チュールも「やれやれ」と溜息をついてそれを追いかけた。
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「何を作っているのですか? 料理‥‥ではないですよね?」
そろそろ準備も大詰め。陽精霊が月精霊に変わる前に準備を終えなくては、とランタンや篝火設置に力が入る。それが終われば火を使わない質素な料理で夕食だ。
そんな中、雨霧は羊皮紙に何かの粉をいれ、それを巻いて細長い筒にするといった謎の行動を行っていた。料理の配膳の手伝いをしていたアルトリアが思わず足を止める。
「ああ、これは骨粉とか金属粉を混ぜた紙燭を作っているんだよ。炎色反応でいろんな色の灯りになるから、明日楽しんでもらおうと思って」
「なるほど。タバコじゃなかったんですね」
言われて。そんなにタバコのにおいが染み付いているのだろうかと彼は自分の服をかいでみる。だが慣れてしまっている為か、良くわからなかった。
「タバコって言葉を聞くと、口元が寂しくなるね」
でもそれもあと半日のこと。明日になれば炎は解禁だ。
村の真ん中、大きな篝火をたく場所には男達が大きな丸太を積み上げて囲いを作っている。地球の言葉で言うならば、キャンプファイアーのようだ。その隣では薪割りの小気味良い音が響いている。
「あんちゃん力あるな。助かるよ」
「いえ、このくらいでお役に立てるならいくらでも」
ルイスは力仕事をかって出、差し出される薪を次々と斧で割っていく。ついでにうちの暖炉用のも、と誰かが冗談で口にすれば、皆から笑いが漏れる。
「万が一の時のために消火用の水桶、忘れないでくださいね〜。ちっちゃな篝火の下に一つは置いておいたほうが安全ですよ〜」
クリシュナは防寒着に包まりながら、村中をアドバイスして回る。照明用のランタンは木や軒下に吊るされ、同じく照明用の背の高い小さな篝火も村のいたるところに配置されていた。確かに予期せぬアクシデントでこれらが燃え移り、大惨事になる可能性もなくはない。念には念を入れておけば、祭り当日も安心して楽しめるだろう。
「つーか、何ですか、このラブラブの余波は」
男性は篝火の設置。女性は夕食の準備と皆が家の外で作業をしていたが、若い男性の中にはちらちらと女性の集団の方へと目を向ける者が。同じく女性の中にも(以下略)。つまり、今夜闇の中で月精霊の光を楽しもうとかそういう魂胆であることははたから見ても判る。村人達は毎年のことだから、とそれを風物詩のようにほほえましく見守っているようだが、一人身にはちょっと堪える。暖房使えない分寒いし。
「どーせ一人身ですよっ! ね、チーちゃん、アルトリアさん!!」
「何故私達に振るんですか」
背中に嫉妬の炎を燃やしたクリシュナ。うん、炎は禁止だってば。
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祭り当日。陽精霊が眠りについて、月精霊が顔を出し始める頃。篝火とランタンに次々と灯りが灯されていく。
風精霊が気を利かせてくれたのか、折りよく無風であり、篝火やランタンの炎が消える心配はなさそうだった。
村の真ん中の大きな篝火に炎が灯されると、村中から「わぁぁ」と歓声が上がって。
「炎の揺らめき、素敵ですね」
暖かいものを、とスープを作って婦人達と配っているアルトリアが呟くと、
「あたし達の生活になくてはならないものだからね。一日でも火を使わないとやっぱり不便でねぇ。本当に火のありがたさを実感するよ」
「火精霊様に感謝しないとねぇ」
婦人達が口々に述べる。確かに家事で炎が使えないと不便だろう。
「ほら、あんたもここは大丈夫だから、楽しんできな」
若い娘達は昨晩の名残で殆ど料理の手伝いをしていなかった。だから人手が足りないだろうと思ったのだが、それでも婦人達はアルトリアにゆがいた野菜に少しばかりの塩を振りかけたあったかい食べ物を持たせ、祭りの真ん中に送り出してくれた。アルトリアは感謝を述べて、炎の近くに座り込む。
「おぉぉぉぉぉぉ!」
「おねーちゃん、すごいよー!!」
子供達だけでなく大人をも魅了しているのはクリシュナ。
高速詠唱でファイアーコントロールとクリエイトファイアーを使用し、うねる炎の鎖を生み出して夜空を彩る。
「カップルを祝福しちゃうぞ、こんにゃろー!!!」
いつもは攻撃用に使用している魔法だったが、たまにはこうして平和利用して人々を喜ばせるのも悪くはない。
「お二人さん、お邪魔かな?」
確実に邪魔なのだが、そう言われて「ハイ邪魔です」と言える人は少ない。
突然寄り添う恋人達の後ろから顔を出した雨霧は、昨日作っておいた紙燭を手渡して。
「後で俺が消えた後に試してみて。燃やすといろんな色の灯りになるから。ロマンティックだよ」
「あ、でも、タダでもらうのも‥‥」
「そう思うなら、二人ののろけ話でも聞かせて幸せを分けてくれる?」
酒を片手に笑んだ雨霧に、恋人達は顔を赤くしながらもぽつりぽつりと語りだして。
折角の火のお祭りなんだから、心にも優しさの灯を灯していたい――それが雨霧の気持ち。
良い出会いがあれば最良だが、まああろうがなかろうがお祭りを楽しむことに変わりはない。
「さて、それでは祭りに添えて一曲」
篝火の側でルイスがクレセントリュートを爪弾き始める。村中が静かになり、炎の爆ぜる音がパチパチと響く。
カオスの襲来を告げてくれた月精霊への感謝を込めて。そしてカオスの攻勢が強まる中、知り合いが平穏に暮らせている事を確認し。
チュールとミレイアが楽しそうに料理を頬張っているのを見れば、ああここには平穏があるのだと口元がほころぶ。
今後情勢がどう変わるか判らないものの、今、ここに平穏が存在するのは事実。
炎は全てを焼き尽くすもの。
けれども炎は人々を暖める優しいものでもある。
今、ここにある幸せに感謝を。
炎の尊さに、感謝を。