【黙示録】月の乙女が教えるは、混沌の――

■ショートシナリオ


担当:天音

対応レベル:8〜14lv

難易度:やや難

成功報酬:4 G 98 C

参加人数:4人

サポート参加人数:-人

冒険期間:11月26日〜12月01日

リプレイ公開日:2008年12月03日

●オープニング

●兆候
 カオスの魔物の活動が、なぜか突然活発化している――。


●呼び歌
 月の調べに輪の中入りて
 踊る小さな足音響く
 それは精霊の足音

 貴方が望むなら
 差し出しましょう
 私の声 私の歌
 受け取ってください
 私の声 私の思い

 リンデン侯爵領首都アイリス。その中にあるリンデン幻奏楽団の自室にて、歌姫エリヴィラ・セシナは窓を開け放ってぽつり、旋律を紡いでいた。
 今度は明確な理由があって。
 ある人物――否、ある精霊を呼ぶために。
「呼んだかしら?」
 果たしてその精霊は現れた。
 地面に届くほどの長い髪を持った美しい女性。白い衣を纏い、ハープを手にしている。
 以前、エリヴィラがカオスの魔物に狙われると警告をした精霊。
 アナイン・シーと名乗ったその高位の月精霊は、エリヴィラの歌を気に入っていた。
 かなり気まぐれなところはあるが、どうやらこの混沌とした状況に関する情報を与えてくれるらしい――ただ、エリヴィラの歌が失われるのが惜しいからという理由で。
 ただし、タダでぺらぺらとしゃべる気はないらしい。
「‥‥どうすれば、情報をいただけますか‥‥? 対価は私の歌だけでは足りませんか‥‥?」
 静かに問うエリヴィラに、アナイン・シーはくす、と妖艶に笑んで。
「貴方の歌は確かに対価に値するものだけれど、それだけじゃ面白くは無いわ。自力で調べられるところまで調べなさいな」
 やはり、一筋縄ではいかないらしい。
「あと‥‥封印、解いたほうがいいんじゃない?」
「!?」
 アナイン・シーの言う封印とは、恐らく水鏡の円盤のこと。
 真実の姿を写し、天候を左右する力のある円盤。
 あれは、この間の事件の後、リンデン侯爵が厳重に封印したはず。エリヴィラにもそのありかは教えられていない。
「なぜですか‥‥?」
「なぜでしょうね?」
 アナイン・シーは答えない。楽しそうに笑うだけ。
 けれども、意味のない助言をするとは思えない。
 この時このタイミングで封印の解除を提案する事に、何か意味があるのかもしれない。
「貴方達がある程度自力でカオスの魔物のことを調べられたら‥‥もっとイイコト教えてあげてもいいのよ?」
 魅惑的に、月の精霊は微笑んだ。

●調査
 依頼内容
 ・リンデン侯爵領に今まで現れたカオスの魔物の特徴と名前を纏める事
 ・カオスの魔物の情報を集める事(リンデン侯爵家書庫の書物、侯爵領を回って伝承を集める、その他)
 ・水鏡の円盤の封印を説くかどうか(解くとしたら侯爵の説得)

●今回の参加者

 ea3475 キース・レッド(37歳・♂・レンジャー・人間・イギリス王国)
 ea9128 ミィナ・コヅツミ(24歳・♀・クレリック・ハーフエルフ・イギリス王国)
 ec0844 雀尾 煉淡(39歳・♂・僧侶・人間・ジャパン)
 ec4986 トンプソン・コンテンダー(43歳・♂・鎧騎士・人間・メイの国)

●リプレイ本文


 リンデン侯爵領は広い。セルナーやリザベに比べればさすがに狭いが、それでもやはり3日やそこらで回りきれる範囲ではない。
「少しばかり読みが甘かったか‥‥」
 馬上のキース・レッド(ea3475)は小さく溜息をついた。隣を馬で併走するトンプソン・コンテンダー(ec4986)が「まあできる限りのことをするぞな」と彼をなだめる。
 キースとトンプソンは馬に乗って侯爵領を回っていた。与えられた期間は5日間。メイディアからゴーレムシップで侯爵領入りするまでに1日と少し、最終日に情報を纏めて侯爵に成果を報告するのに最低でも半日。すると調査に取れる時間は約3日間。その3日間で彼らが回ろうとしていたのはかつて侯爵夫人の心を惑わせた「心惑わすもの」、そして「過去を覗く者」がでた場所。そして別途イーリスが調査をしていたという怪事件の現場である。
 心惑わすものが現れたのは侯爵家内とセーファスが狩りを行った森、そしてアイリス西、泉の湧き出る洞窟――。
 過去を覗く者が現れたのはやはり侯爵家内と、少女ディアーナの故郷の村、そしてアイリス西、泉の湧き出る洞窟――水鏡の円盤を使った儀式が行われたのと同じ洞窟だ。過去を覗く者が引き起こした水害も調査の範囲に入れるならば、ファティ港から少し海岸線を南に下らなければならない。水害を留めるために活動を主なった箇所に向かうなら、もっと南東へ下ることが必要だ。
 対してイーリスが怪事件の調査を行ったのは主に領の南。ステライド領との境であるギルデン川に近いところ。海岸線よりも西の方向だ。
 これら全てを回るには、どう考えても時間が足りない。せめてもう少しうまく手分けができていれば――もう少し行く場所を絞れていれば。しかしそれを今言っても詮無いこと。限られた時間でできる限りのことをするしかない。
「しかしよそ様の領地で調査なんぞ、トンちゃんすっごくドキドキぞな」
 自らが仕えている領地の領主より他領の調査を命じられているトンプソンは、だがどこか憎めないというかつかめないというか。だから逆に疑われないのかもしれないが。実際侯爵とセーファスに出会った時も間者と疑われないようにその誠意を示すことですんなり調査の許可を得たし、エリヴィラの手を握って握手した時も人好きのする笑顔を浮かべていた。
「やはりはずせないのは、心惑わすものと過去を覗く者、そして配下の多数のカオスの魔物が出現した、儀式の洞窟だと思う」
 キースは調査のために、と普段は侯爵家が出入りを禁じているその洞窟への立ち入り許可を得ていた。だがそこへ赴いて、具体的に何をしらべるのか――それは彼自身にもわかっていなかった。



 一方、アイリスの侯爵邸内に残ったのはミィナ・コヅツミ(ea9128) に雀尾煉淡(ec0844)、そしてエリヴィラだ。今まで領内に現れたカオスの魔物の情報をとりあえず書き出す事にする。リンデンを襲った2体のカオスの魔物、その両方の事件に関わっている煉淡とモンスターの知識豊富なミィナ。二人が協力することで分かることは多いだろう。
「まず初めに侯爵家内部に入り込んでいたのは、女性の姿をしたカオスの魔物でした。夫人の心の隙間に入り込み、夫人と共謀してセーファス様殺害を狙っていたのです」
「カオスの魔物って、ジ・アースのデビルと似ているんですよね?」
「ええ。厳密に言えば違うもののようですが‥‥ジ・アースで見かけるものと似ている部分は多数あるようなので、こちらの呼び方とジ・アースでの呼び方が結びつけば対策も立てやすくなるかもしれません」
 ミィナの問いに、心惑わすものの特徴をアプト語でスクロールに書き付けながら煉淡が言う。
「もう少し何か、特徴はありませんか?」
「そうですね‥‥」
 ミィナは頭の中の知識を検索するも、いまいち決め手となるものがなかった。そこで煉淡が口に出したのは
「透明化する能力を持っていましたね。後は、おそらくあれは夫人に憑依していたのではないかと」
「憑依‥‥。聞いた話によれば夫人はセーファスさんに復讐して、ディアスさんを次期侯爵にしたかったのですよね?」
「そうですね。夫人の執着はすごかったですね」
「それなら、ジ・アースで言う『夜叉』かもしれません」
 一つのデビルの名を上げたミィナ。夜叉の特徴を聞いて煉淡もなるほど、と頷いて。
「次は過去を覗く者ですが、あのカオスの魔物は人の過去を覗いて、その弱いところをついてきているように感じました。後は、やはりリンデンを襲った長雨と水害が特徴ですね。透明化もしましたし、冒険者に成りすまして堂々とパーティにもぐりこもうとしました。外見は黒い馬にまたがりクサリヘビを持った、巨大な男性でした」
「一つ、思い当たるデビルがいるのですが‥‥でも、そのデビルはデスハートンを使えたかどうか、少し記憶が曖昧で」
 過去を覗く者はデスハートンと思われる魔法を使ってきた。味方も被害にあったし、何よりディアーナという少女が限界まで魂を抜かれた。
「もしかしたら、デスハートンを使える個体もいるのかもしれません。そのほかにも特殊な能力を得た個体がいるのかも‥‥」
「あたしが過去を覗く者じゃないかって思っているのは、『ヴィヌ』というデビルです。水魔法を使い、やはり嵐を起こしたりするんです。確実じゃないかもしれませんが、可能性は高いです」
 ミィナの言葉を煉淡が書き留めていく。
「先日のコンサートで霧が使われましたが、あれは過去を覗く者と対決した時と同じ状態でした。霧を出していたのはその名のとおり『霧吐く鼠』。そしてふいごを持った小鬼と、炎魔法とスタッキングを使ってきた大型の邪気を振りまく者のような姿をし、背中に黒い翼を生やしたカオスの魔物もいました」
 煉淡が書き出しながら口に出す特徴に、ミィナは一つ一つ己の知識をあてはめる。
「霧吐く鼠はおそらく『クルード』だと思います。鼠の姿をしたデビルで、霧を吐いて視界を奪います。ふいごを持った小鬼は‥‥カオスの名前は分からないんですか?」
「そうですね、わかりません」
「たぶん、『グザファン』かな、と。ふいごから火の玉を飛ばすんですけど」
 煉淡は頷き、そのデビルの名前と特徴を書き留める。ジ・アースのデビルとカオスの魔物は似て非なる存在のため、完全に同じものだと考えるのは危険だが、ジ・アースから来た者にとってこのまとめが参考になるには違いない。
「大型の邪気を振りまく者‥‥邪気を振りまく者が分からないんですが、何か特徴はありませんか?」
 問われれば、背中に蝙蝠の羽根を生やし、先端が矢じりの様な形をした尻尾を持つのが邪気を振りまく者だと煉淡は答える。邪気を振りまく者は津波の被害にあった町で、子供に化けて人々の魂を抜いていた。
「ああ、それなら『インプ』ですね。で、大型のインプの様な姿、ですか。確かこの間、姿を消してホールに入ってきましたよね」
 顎に手を当てて考えるようにするミィナ。おそらく、と彼女があげた名前は『ネルガル』というものだった。



 キースとトンプソンは件の洞窟では特に目立った手がかりを得られずに、一旦アイリスに引き返した後ファティ港を通過、海岸線を南へと向かっていた。日程的にいけるとすればここと後1箇所、以前氾濫したギルデン川の辺りまでだろう。これ以上アイリスから遠のいては、期日までに戻れなくなる。
 津波にあった町は、かなり復旧していた。すでに修復された建物に人々は移り住んでおり、津波の痕跡など殆どなくなっていた。
「あれから変な子供は出没してないかい?」
 町人を呼び止めてキースが訪ねると、町人はキースのことを覚えていたらしく、気軽に答えてくれた。
「ああ、あれ以来見かけないな。ぐったりしてた人も殆ど元気になったし」
「元気になったのなら幸いじゃのう」
「町も殆ど元に戻ったし、これで安心だよ」
 トンプソンの笑顔に町人もつられて微笑む。彼らはまだ知らない。この領がより上級のカオスの魔物に狙われているということを。世界レベルで何かが起こり始めているということを。
「安心しているところに悪いんだが、不思議な事件が起こっているとか、カオスの魔物の姿を見たという話は聞かないか?」
 真剣な表情のキースに、町人は首をかしげて。
「そういえばもう何ヶ月も前だけど、俺の親戚が住んでる村と近所の村で、眠り続けた者達が沢山亡くなったって話があったような」
「それはどの辺のことぞな?」
 トンプソンは丁寧にメモを取りながら尋ねる。
「ここから南西に下った所に3つくらい村が密集している場所があってね。そこのことだよ」
「なるほどぞな」
 丁寧にメモを取るトンプソンの肩をぽんと叩き、キースは小さく頭を振る。丁寧に礼を言った後、キースは口を開いた。
「おそらくそれはミズ・オークレールが関わった事件のことだ。侯爵家にも報告が届いていると思う」
「ということは、目新しい発見はないということぞな」
 トンプソンがうぅむ、と唸る。
 もう少し場所を限定し、具体的に調査内容や対象を絞っていたら効率が上がったかもしれないが仕方がない。時間が限定されている。あと少し南に下って川の辺りを調べたら、戻ろう。



 ミィナが侯爵家でカオスの魔物とデビルを結び付けている間、エリヴィラは煉淡と共にアイリスの街へ出ていた。伝承を歌にしたいからという名目で人々に聞き込むためである。リンデン幻想楽団の団員とその筆頭の歌姫が尋ねれば、人々は喜んで自分の知っている知識を披露してくれた。ただその中には使えそうにないものも多かったが。
「何か、気になるものはありましたか?」
「そうですね‥‥」
 傍らを歩くエリヴィラに問われ、煉淡はメモをしたスクロールを眺めながら考える。
 リンデンを狙っているカオスの魔物の名前は「黒衣の復讐者」。だとすればやはり、復讐に関わる伝承が怪しいのではないだろうか。
「直結するかは分かりませんが、おばあさんの言っていた『復讐は幸せを招かない。復讐を願うものを嗅ぎつけた黒い魔物が、心臓を奪いに来る』といったものが気になります。ただの教訓や脅しのようにも取れますが」
「黒い魔物‥‥」
 これだけでは黒衣の復讐者がどのような魔物だか特定することは難しい。だが予測することはできる。黒衣の復讐者とは、復讐を望む者と関わるのではないかと。

「おかえりなさい」
 侯爵家に戻ると丁度ミィナが報告書から顔を上げたところだった。彼女はイーリスと彼女に関わった冒険者が記録した報告書を読んで、カオスの魔物に関する項目を抜き出していた。
「たぶん、眠ったまま死に至るというのはインキュバスとかサキュバスとかじゃないかなと思うんです。憑依されたら幸せな夢を見ながら死に至るんですよ。カオス魔物としての名前は夢を紡ぐものというようですね」
「こちらも、確証にはならないでしょうが、黒衣の復讐者の事を語ったと思われる伝承を聞いてきました」
 それでは急いでスクロールにまとめを、と二人がペンを取った時、丁度キースとトンプソンが帰還した。これで、侯爵との謁見には間に合う。



「ふむ‥‥精霊が円盤の封印を解けと」
 話を聞いた侯爵は、難しい顔をして黙り込む。その手にはミィナと煉淡が纏めたカオスの魔物についての資料があった。カオスの魔物とデビルとは違うものらしいが、非常に似ている。そのためジ・アースでの名前が分かれば冒険者達も対峙しやすかろうということも伝えた。
「以前のコンサートからの流れから推定して、精霊界のほうでここ最近何か良くない動きがあるようです。エリヴィラと対話したアナイン・シーの話から推定すると、恐らく魔物絡み。それも今までにない規模の魔物が現れ、活動し、その兆候が既に領内に表れていると考えていいかもしれません。そしてご存知の通り、エリヴィラの歌は精霊に愛されており精霊の心を癒す効果があります」
 煉淡の言葉に侯爵は沈黙を守ったままだ。続けよ、という事だろう。
「私はアナイン・シーが今後起こりうる事態にエリヴィラの歌が必要であることを示唆すると共に、エリヴィラの周りにいる者達、つまり私達が今後起こる事態に対応できるかを試しているのではないかと思います」
「それと、円盤との繋がりは?」
「それはあたしから」
 ミィナが小さく手を上げる。
「二つの可能性が考えられます。一つは今襲ってきている魔物に対して有効な切り札になるから。二つ目は、侯爵家内部に魔物の手が伸びだしてて早く自らの手で守るべきだから」
「‥‥‥」
 ミィナの言葉に侯爵の顔が更に固くなる。いくら例えとはいえ、すでに内側に魔物の手が伸びているなんて言われては、笑っているわけにもいかない。
「どちらにせよ、封印を解く際にも冒険者を募ったりありとあらゆる手段を使って注意を払う必要があると思います。鏡の有効な使い方を調査し直し、封印を解いた後は状況によってエリヴィラさんかイーリスさん、セーファスさんのうち誰かが厳重に保管し、必要に応じて使うのはどうでしょう?」
「今すぐにではなく、近い将来の可能性として考えていただければと」
 キースが補足をする。トンプソンは他領のことにやたらと口を挟むわけにはいかない、と黙って成り行きを見守っていた。
「わかった、検討しよう。そなた、ミィナと言ったな? 書庫にある医学書の閲覧を許可しよう。必要があれば、今後地球人の医師を紹介してやっても良い」
「ありがとうございます!」
 即否定されなかったという事は侯爵は封印の解除も視野に入れてくれているということ。彼ら冒険者達の働きに満足したという事。
 これが今後どう働くのだろうか――。



「それなりに頑張ってみたいね」
 夜。エリヴィラの歌に導かれるようにして現れたアナイン・シーはくす、と笑んだ。
「評価してくれるなら、それに見合った情報をもらいたい」
 キースが詰問するように告げると、私は完全に満足はしていないのよ、と彼女は彼を袖にする。
「ふむ、つれないのぅ」
 トンプソンは美人精霊と握手したいのを堪え、なんとかならないかのぅ、と告げる。
「あの、これ。レミエラというのですけど。良かったら使ってください。ムーンフィールドが使えるなら便利ですよ」
「あら、レミエラじゃないの」
 ミィナが差し出したレミエラを受け取り、アナイン・シーはいただいておくわ、と口元に笑みを浮かべて。
「満足していないといっても、そこのあなたの働きには感心したわ。だから、一つだけ教えてあげる」
「一つだけ、ですか」
 煉淡の呟きに彼女が返す瞳は、一つだけでもありがたいと思いなさいよとでも言っているようで。

「各地でカオスの魔物の活動が活発化しているわね。でもここの大ボスはカオス八王の1体よ。あなた達が必死に探しているのとは違うわ」

「「!?」」
 アナイン・シーの思わぬ言葉に固まる冒険者達だった。