花嫁を‥‥襲え?
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■ショートシナリオ
担当:天音
対応レベル:8〜14lv
難易度:普通
成功報酬:4 G 15 C
参加人数:8人
サポート参加人数:-人
冒険期間:05月30日〜06月04日
リプレイ公開日:2007年06月02日
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●オープニング
●惚気話は程ほどに
背の低い、ひょろっとした青年は辺りをうかがうようにし、何処か怯えた様子で冒険者ギルドに入ってきた。その後も情けないほどに怯え続けているようで、きょろきょろと辺りを見回しているだけ。やっとのことでカウンターの前に辿り着いた時には、もう受付終了時間間近であった。
「あ、あの‥‥僕‥‥も、もうすぐ結婚するんです‥‥!」
顔を真っ赤にして、何を意気込んで言うかと思えば。
「(ちっ‥‥惚気なら他でやってくれよ)」
ギルド職員は心の中で呟きつつも、表面上はにこにこ営業スマイルで「それはおめでとうございます」と告げる。
「か、彼女は‥‥と、とてもしっかりしてて‥‥僕よりも強くて‥‥その、僕なんかにはとてももったいない人で‥‥」
だから惚気は(以下略)。彼女いない暦=人生な職員の笑顔が引きつり始める。
「か、彼女とは幼馴染なんですが‥‥彼女は村でも一番の器量良しで‥‥姉御肌で面倒見も良く‥‥」
惚気は(以下略)。次の言葉次第では客であっても本気で追い出そうかと考えて始めた職員は、彼の次の言葉に目を見開いた。
「か、彼女を‥‥襲ってください!!」
「‥‥‥‥は?」
●彼の事情
「‥‥なるほどねぇ」
ローエンと名乗った彼を落ち着かせ、1から事情を聞きだした職員は溜息をついた。
彼と花嫁のタニスは幼馴染で、子供の頃からいつも一緒だった。ローエンは内気で何事にも非積極的な一方、タニスは正反対。いつもローエンの世話をしたり面倒を見たり、いじめっ子から彼を守ったりしていたという。
「け、結婚も‥‥僕がなかなか言い出せなくて‥‥ずっと、どうしようか迷っていたら‥‥彼女が『私と結婚しなさい』といってくれて‥‥」
いくらなんでもそれは情けなさ過ぎないか。それでもローエンが幸せそうなので、職員もあえてそこには触れないが。
「で、でもやっぱり‥‥一度くらい彼女にいいところを見せたいんです‥‥」
彼の考えは単純だ。
結婚式の後のパーティで悪党に扮した冒険者達に花嫁を襲ってもらい、彼がそれを助ける事で彼女にいいところを見せたいのだという。
「りょ、領主様の前での式が終わった後なら村人たちだけだし‥‥ちょっとした余興とすれば大丈夫だと思うので‥‥」
「うーん‥‥」
「本物の盗賊や悪者相手だと‥‥僕、怯えてしまって駄目だと思うんですけど‥‥でも、事前に打ち合わせをした冒険者だってわかっていれば多分‥‥きっと‥‥おそらく‥‥大丈夫だと思う‥‥のです」
――心配だ。
というか、男としてそれで本当にいいのだろうか?
「彼女以外の村人には余興である事を伝えておくので‥‥心配はないです‥‥」
「まぁ、あなたがそれを望むのならば、募集を掛けてみてもいいですけれどね?」
最初こそ「結婚なんて羨ましい」と思っていた職員も、なんだかさすがに同じ男としてローエンが哀れになってきた。
「‥‥あと、出来れば何人かは遠方から来た僕の知り合いということでパーティに出てもらって、僕が活躍して見えるように演出してもらえたらな‥‥なんて」
ああ、ここまでくるともう‥‥
「そうそう、彼女はさすがに冒険者にはかなわないと思いますが‥‥喧嘩慣れしていますし、簡単に怯えるような女性ではないので‥‥そこに気をつけてもらえれば‥‥」
いや、それも大事な情報だけれども、そういうことじゃなくて、ね?
●リプレイ本文
●花嫁を襲え!
昼間に領主様に婚姻の許可を戴き、夜は篝火を焚いた村の広場で村人達に祝辞と軽いからかいを受ける、それが彼女の村の結婚式でのいつものパターン。主賓の二人は村の女総出で用意された料理や酒に手をつける暇も与えられず、祝われ、弄られる。それが幸せを掴んだ二人の役目。
当然、自分の結婚パーティもそのように終わるものだと思っていた――花嫁だけは。
ドーン!!
パーティの和やかな雰囲気はその大きな音と揺れによって一気に吹き飛ばされた。マリア・タクーヌス(ec2412)がローリンググラビティーで人気がなく、暗闇で死角になる場所の岩を落下させ、大規模襲撃を装う演出を始めたのだ。
「金と女を差し出しな、そうすれば命は助けてやるぜ!」
その音を合図に場に飛び込んできたのはアリオス・エルスリード(ea0439)、嵯峨野空(ec1152)、オードフェルト・ベルゼビュート(eb0200)の三人。アリオスはみるからに欲深そうで好色そう、下品な小悪党風をコンセプトに。空は肌を塗料で染め、刺青のボディペインティングを施し、胸と腰周りだけを隠す露出度の高い衣装ではぐれカオスニアンを装っている。オードフェルトはローエンを煽るような好戦的な盗賊を演じる。ただしやられる時は派手に。
「きゃー、盗賊よー、皆逃げてー!」
村人達は事前に事情を知らされているせいか、おおー、と感嘆の声を上げるもののいまいち危機感に欠けている。ローエンの知り合いとしてパーティに参加していた月下部有里(eb4494)の呼びかけでやっと事前の打ち合わせを思い出したのか、微妙に演技臭い悲鳴を上げながらやっとの事で広場の隅へと避難した。
「何!? 盗賊だと!?」
花嫁タニスは予想通り逃げることなく、背後からの襲撃者を確認しようと振り向く‥‥が、空の鞭にローエンの知人だという少年が捕らわれているのを見て一瞬動きを止めた。その少年ポロン・ノーティラス(ec2395)は心底怯えた表情でタニスを見つめている。今にも泣き出しそうだ。彼女の脳裏に先ほど無邪気に「お兄ちゃんおめでとー!」と祝ってくれていた少年の表情が浮かんだ。
「じたばたするんじゃないよ、なんだったら、強獣を呼んでこの餓鬼を餌にしてやってもいいんだ!」
空がポロンに短剣を押し当てているのを見て、賊に対抗しようと思ったタニスは動けなくなる。その彼女をすかさずアリオスが捕らえた。
「ヒャー!ウマそうな標的はっけーん!」
「く‥‥離せっ!」
逃れようとするタニスだが、着慣れぬ花嫁衣裳が邪魔をしていつものように俊敏に動けない。
「ケケケ…結婚式当日の花嫁を奪うってのも乙なもんじゃないか?」
盗賊役の好演技に、パーティ参加者側のフォーレ・ネーヴ(eb2093)は思わず笑いそうになるのを堪える。有里も笑いを堪えていた。
「これ、私のいた天界だと『それにしてもこの盗賊たちノリノリである』って言うのよ」
その有里の言葉に更に笑いがこみ上げてくるフォーレだったが隣でガチガチに緊張しているローエンに気が付き、その背中をバシッと叩いた。
「‥‥だいじょぶじょぶ♪ 気楽に行こう? 上手くいくよ、ね?」
「はっ‥‥はいっ!?」
しかし彼から返ってきたのは語尾が裏返った返答。当の主役がこれで本当に大丈夫だろうか。
「打ち合わせ通りに私達が賊に向かうから。貴方も頑張るのよ」
「好きな人の前で良い所を見せたいってのは私でもあるからね♪ ちゃんと手伝うよ」
有里とフォーレはローエンに激励の言葉を掛け、広場中央へと向かう。これから二人はローエンに華を持たせるための前演技にかかるのだ。
「(‥‥好きな人にいいところを見せたいという気持ちはわかるが‥‥本当に大丈夫なのか?)」
離れた位置からローエンを眺めていたオードフェルトはいささか不安を抱きながらも、広場中央に出てきたフォーレに斬りかかる。勿論本気ではなく、十分避けられる速度でだ。対するフォーレはダガーで辛うじてその刃を受け止め、「人質を離して!」と叫ぶ。
「それは無理な相談だな‥‥!」
オードフェルトは上手く刀の峰を使い、フォーレを打ち据える。彼女は不自然に見えないように気を使いながら倒れ、泣きそうな表情を作ってローエンに手を伸ばした。
「ローエン兄ちゃん‥‥助けて‥‥」
ここ、ちょっとポイント。怯える彼のフォローも楽じゃない。その後がくり、と気絶した振りをするのも忘れない。
「っ‥‥子供を放せ、人質は私だけで十分だろう! 客人にも手を出すな!」
その惨状を見てタニスが声を上げた。こんな状況になっても夫となるローエンに助けを求めようとしないのは彼女の性格なのか、それとも彼女が彼の性格をよほど熟知しているからなのか。
「おっと、動いたなぁ‥‥それではペナルティだぁ!」
タニスを捕えているアリオスが、彼女の身体にいやらしい手つきで触れる。勿論いわゆるセクハラにならぬよう注意はしているが、ノリノリである。
「ローエンお兄ちゃん、たすけてぇー!」
鞭に絡め取られて何も出来ぬポロンは、応援の意味を込めてローエンに声援を送る。
「少年、ローエンには無理だ、私が絶対助けてやるから!」
アリオスに捕えられても人質を心配するタニス。
「(‥‥『無理だ』ってはっきり言われちゃったよ‥‥)」
そこはかとなく村中に哀れみの空気が流れる。それを断ち切るように盗賊役の後ろからマリアが歩み出た。
「こちらもそうそう簡単に人質を放すわけには行かない」
「もう一人仲間がいたのね!」
詠唱を始めたマリアに合わせて有里も羽扇を広げてポーズを決めてから詠唱を始める。その間にオードフェルトは後方で震えているローエンに声をかけた。
「そこにいるのは『花婿サン』だろう? 自分の嫁さんを助けようともしないのか? こんな情けないやつ旦那にするより俺達と行った方がこのねーちゃんも幸せになれるんじゃないか?」
わざとローエンを挑発するような物言いでかつ粗野な盗賊を演じる。結構難しいものだ。にまにまといやらしい笑顔を浮かべ、タニスを見やる。彼のその言葉に当のローエンよりタニスの方が何か言いたげに口を開こうとした――その時、「おおー!」と広場を取り囲む村人達から歓声が上がった。マリアのサイコネキシスの詠唱が完了し、岩が宙に浮いたのだ。彼女はあたかもそれを有里に向かって投げつけるそぶりを見せる。
「これでも食らえ!」
「そうはさせませんわ!」
淡い緑光に包まれた有里の手から岩に向かって一直線に雷光が伸びる。その雷光が岩に激突して吸収され、マリアがさもその雷光によって吹き飛ばされたかのように岩を落としたその時、漸くローエンが動いた!
「僕のタニスを返せ!」
フォーレが倒れる時に(わざと)落としたダガーを拾い上げ、オードフェルトに斬りかかろうとする。普通に考えれば日本刀を持つオードフェルトの方が間合いを考えると有利なのだが、ローエンを立てることを考えてわざと懐に入られる――いや、半分は彼の気迫に飲まれたのだ。
ローエンはそれまでのおどおど怯えた彼ではなかった。怒りの表情を隠そうともせず、恐怖を忘れたかのように敵へと向かう。それは今までの彼の様子からは想像できない行動であった。
周りもそんな彼に目を見張る。中でも一番驚いたのはタニスだろう。彼を一番知っているだけに、その様子が信じられないとばかりに目を見開いて硬直してしまった。
正直、ダガーの扱いは素人以下だ。だがその一振りに込められた想いはきっと誰よりも強い。オードフェルトは満足気に目を細めると紙一重で彼の攻撃をかわし、攻撃が当たったかのように腹部を押さえてうずくまる。
「くっ‥‥こいつ‥‥」
「ローエンお兄ちゃん!」
彼が次に向かったのは近くにいた空の元だ。鞭で絡め取られたポロンが思わず声を上げる。感情に任せた彼の攻撃がポロンに当たらないように、尚且つ自分にも当たらないがタニスからは当たったかのように見えるように――難しい注文だ――空は動き、大袈裟に吹き飛ばされたかのようにして倒れる。
「カオスニアンでも屈指の戦士であるこの私が‥‥」
「ヒャ―! しくじったぜ。退却!」
仲間二人がやられたのを見て怯えたように、アリオスがタニスを解放する。それに従い悪役四人は元来た方向へと退却していった。
「タニス! だ、大丈夫かい?」
ダガーを投げ捨て、ローエンが解放された彼女へと駆け寄る。タニスは彼の首に腕を回し、その耳元で呟いた。
「‥‥‥ばか‥‥」
●終幕〜宴は続く
「ローエンにーちゃんの豹変振りには吃驚しちゃったよー」
「私も少し意外だったわ、目が本気だったわよね」
再開されたパーティ。中央で村人達に雄姿を称えられているローエンを見ながら、広場の端にフォーレと有里はいた。正直二人とも、ローエンの豹変振りには驚いたというか、少しだけ見直した。演技が出来るような器用な人物ではない事は明らかだから、多分あれは彼の「本気」なのだろう。
ふと今一度彼に目を遣れば、ポロンが「助けてくれて有難う!」という名目で銀のネックレスを渡していた。実は耳元で「こんな依頼を出すお金があるなら、贈り物の一つでもして上げなよ」と手痛いアドバイスをされているのは、ローエン自身しか知らない。
「あれ? タニスさんは?」
それまでローエンの側にいたタニスの姿が見えない。おかしいな、とフォーレが首を傾げていると――
「そこのお二人さん」
突然死角から声をかけられた。声の主はタニスだ。一体何の用だろうと二人が不思議に思っていると、彼女の口から発せられたのは衝撃的な言葉で。
「あの4人、まだその辺にいるのかな? だったら変装を解いて一緒にパーティを楽しんでもらいたいのだけど」
「!?」
「ええっ!? ば、ばれてたの?」
素直に反応する二人を見て、タニスは「カマを掛けただけだ」と笑った。
「あいつが戦うことを避けるのは弱さからではないと私は良く知っている。演技の出来る奴じゃないのも知っている。そのあいつが私の為に本気になってくれた‥‥凄く、嬉しかった」
はにかむタニスを見て、二人は事前にローエンとマリアの間で交わされたやり取りを思い出した。
『パートナーを欺く事が正しき事か?』
そう問うマリアに対してローエンは困ったように笑ったのだ。
『彼女は多分‥‥気づくと思います。‥‥でも、僕は自分が成長するためにも、今回の事を一つの区切りとしたいのです』
長年の付き合いでそれこそ互いのことを良くわかっているからなのだろう、タニスも『騙された』とは感じていないようだ。むしろ皆に感謝をしている。それならば苦心して演出に凝った甲斐があるというものだ。
「これで‥‥安心してあいつに子供の事を話せる」
そう言ったタニスの手は自身の腹部に当てられている。
『ええーっ!?』
響いた驚嘆の声にはその場にいるフォーレと有里だけでなく、近くに隠れて話を伺っていた他の仲間の声も混じっていたそうな。
「(やることはちゃんとやっているんだ‥‥)」
そう思ったのはきっと一人ではないだろう。
新たな夫婦の誕生を祝う宴は続く。
宴に花を添えた4人も加え、村は今年一番の盛り上がりを見せたという。
願わくば二人が末永く幸せに暮らせますように。
そんな皆の願いは、夜空に響く和やかな笑い声と共に主役二人を暖かく包んだ。