●リプレイ本文
●宴の前の
天界の聖夜祭、地球のクリスマスを模した祭は、盛大に始まっていた。
会場のそこかしこに飾られたリースやクリスマスツリーなどの飾りはダンスパーティに参加する『華』より目立たぬように、だがしっかりと存在感を持っており、会場を明るくしている。
厨房やフードブースからは絶え間なく調理の音が聞こえ、息つく暇も無く料理が運ばれてきていた。その食欲をそそる匂いとは混ざらないように、『花』を振りまく香水の展示スペースもあった。この日の為に調香師石月蓮が調合した香水は、ジャスミン、ジョンキル、ミモザ、ナルキサスを使った『パフュームofクリスマスブーケ』とキャロット、イリス、クラリセージ、ベルベナを使った『パフュームofファーストラヴ』。どちらも市場に出す前の調査を兼ねて、この会場でも配られることになっている。
冒険者達や招待された人々はそれぞれ自分ができる限りの礼装に身を包み、まずは歌姫のコンサートが始まるのを歓談しながら待っていた。
まず速攻で拉致されたのは、当の歌姫エリヴィラと人魚姫ことディアネイラであった。拉致したのは長曽我部宗近(ec5186)と雀尾煉淡(ec0844)の男性二人(?)。
「ふふふ、二人は念入りに仕立ててあげるわよ〜♪」
ディアネイラとは以前助けた縁で、エリヴィラは本日のメインであるからして、宗近の腕が鳴る。煉淡も己の腕を生かして、宗近の指示を受けながら女性陣にメイクを施して行く。
「あ、あの‥‥」
「ほら、喋らない。ルージュが曲がるじゃないの」
あまりの勢いに面食らっていたディアネイラだが、注意されておとなしくされるがままに。ちなみに人魚だとばれないようにきちんと足ヒレを乾かしてから来たのは言うまでも無い。
「エリヴィラ、よろしければこれを」
メイク中のエリヴィラに煉淡が差し出したのは歌詞の書かれた紙。いつも有難うございます、微笑んでエリヴィラはそれを手にした。
「ほら、これに着替えて来い」
「うわ〜、何コレ、面白い服!」
巴渓(ea0167)が差し出したのは子供用のサンタ服。ユズリハの館の子供たちやギルベルト少年はアトランティス出身だ。サンタを知らない。
「クリスマスにゃつきもんの衣装だ。こんな機会でもなけりゃ着れないからな。いいから着とけ」
子供たちは纏めて更衣室に突っ込まれ、ああでもないこうでもないといいながら着替えを進めていく。
「あの、私達が呼ばれても本当に良かったのでしょうか?」
そんな中所在なげにしているのはギルベルト坊ちゃんの執事ベルント。彼は己の復讐の為に悪事を働いた過去がある。だが今は改心して真面目に己の勤めを果たしていた。
「一人二人増えたとこでかわんねーだろ。コレだけの人出だしな。そーだ、以前殴ったことは謝っとくぜ」
「いえ、御気になさらず。あれで目が覚めましたから」
執事という職業柄他のこまごまとしたことが気になるのだろう、渓と話しながらもベルントはちらちらと会場に目を走らせていた。
「‥‥く、何だこの衣装は‥‥股がスースーする‥‥」
サンタ服に身を包んだはいいが、そのスカートの短さにくじけそうになっているのはアマツ・オオトリ(ea1842)。逆に慣れた感じで着こなしているのは水無月茜(ec4666)。
「あの‥‥楽団の方ですよね? 打ち合わせしたいのですが‥‥」
可愛く着こなしてサンタ帽子を深めに被っているエヴァリィ・スゥ(ea8851)に声をかけられれば、兼任とはいえ楽団員。応じないわけにもいかない。茜はともかくアマツは平静を装って対応する。
「ルイス! 似合う? どうかな?」
シルクのドレスとショールに身を包んだミレイアは、ルイス・マリスカル(ea3063)の前でくるり、ターンしてみせる。彼の肩に座ったチュールに「ドレスいいなー」と羨ましがられれば、「肩に座れていいなー」と羨ましがられてもどうしようもないことを言われて。それを聞いていたルイスは「似合いますよ」と言った後思わず苦笑を漏らす。
「ディアス、呼んでくれてありがとうな」
「いえ、こちらこそ! また来てくれてありがとう!」
名が通っていて勲章を持っている天界人の知り合いというのはディアスやイーリスにとって有利に働くかもしれない、そう考えた風烈(ea1587)は、普段は意識しない地位を今日ばかりは意識して、正装をした上で精竜金貨章をつけている。ディアスに打算の無い無邪気な笑顔を浮かべられれば、思わずその頭を撫でたくなったりして。
そうこうしている間にハープシコードの周りに茜、煉淡、アマツ、エヴァリィ、フィリッパ・オーギュスト(eb1004)などの演奏参加者が揃った。「おめーら行儀良く聴けよー」そんな渓の声が子供達に飛んでいるのが聞こえる。
程なく白いドレスに身を包んだエリヴィラが登場し、一礼した。
コンサートが始まる――。
●歌姫の
生まれる旋律は
響きあう奇跡
刹那に絡みながら
謳う心は高なる
フィリッパと煉淡の奏でる旋律に乗せて、エリヴィラがその伸びやかな声を披露する。場はその声に聞き入るように静まり、人々の視線は舞台へと釘付けになった。
自分を探す度
礼節を知る
甘えることも
大切なこと
惜しむらくは折角置かれている天界の楽器、ハープシコードの弾き手がいなかったことだが、それに遜色ないコーラスがエリヴィラの声に乗る。アマツと茜とエヴァリィだ。女性三人の歌声はバックコーラスにしておくのがもったいないほどである。
どんな時も学び
明日を生きる
深く胸の奥に
そっと刻むけど
烈やルイス、レインフォルス・フォルナード(ea7641)は歌に聞き入り、舞台を見つめている。ゆっくりと歌が聴けるというのは平和な証拠。
足を止めて迷う時は
信じあう仲間が
振り向けば背中押してる
中でもエリヴィラのみをじっと見つめるのはキース・レッド(ea3475)。このまま彼女を奪い去りたい、そんな気持ちにされるけれど、立場を考えればそれはできない。彼とて分別のある大人である。していい事と悪い事の区別くらいはつく。代わりに瞳を閉じて、亡き家族へと思いを届ける――まだそちらへはいけない、と。
言葉にするだけで
倒れるような
夢も希望も全部
包み込む強さ
歌も終盤差し掛かり、煉淡とフィリッパの演奏も、女性三人のバックコーラスも盛り上がって行く。
窓の外にぽう‥‥と謎の光が幾つも浮かんでいた事に気がついた者は恐らく‥‥いない。
生まれる旋律は
響きあう願い
刹那に奏で合える
謳う心は高なる
最後の一音を伸び伸びと歌い上げ、エリヴィラは笑顔で礼をした。拍手が、巻き起こる。一曲目は無事に終了した。
●舞踏はあなたと
ルイスのヴァイオリンとエヴァリィの奏でるダンスミュージックが、場をダンス会場へと変えた。約一名「踊ろうよー」とただをこねたがった様子だが、某羽根妖精に「大人の女はわがまま言わないんだよ〜」と言われてその言葉を飲み込んだようである。
「ディアス君、踊りましょう!」
「僕でいいの? 喜んで、お嬢さん」
準備で仲良くなったディアスをダンスに誘ったのは日野由衣(ec5881)。小さな少年に一人前に礼をされて手を取られれば、小さくても侯爵子息なのだとなんとなく納得して。
「一人前さんなのですね」
くす、と由衣が笑えば「僕だって女性のリードくらいできるんだよ?」と若干拗ねたように返されて。そんなところはまだまだ子供である。
弟が楽しく仲良く踊っている間、兄セーファスはというと‥‥
「普段の格好も素敵ですが、その装いもまた真琴さんの新たな魅力を引き出していて素敵だと思いますよ」
足を綺麗にみせるように手直しされたブラック・プリンセスを着込んだ利賀桐真琴(ea3625)と話をしていた。
「そう言われると照れやすね。今日は何もかも忘れて楽しみやしょう。きっとその方が万事上手く行きやすって」
そう笑んだ彼女が何か言おうとしたのを遮って、セーファスは自らの右手を差し出し、片膝をついた。
「お嬢さん、宜しければ私と一曲お相手願えませんか?」
女性から誘わせるなんて事をしないのが紳士たるもの。手を乗せてもらえればにこり、優しく微笑んで真琴をエスコートする。
「力を抜いて、私に任せてくださいね」
「わ、わかりやした‥‥」
身長差があるので苦労するかと思えば、さすが侯爵子息というべきか、セーファスのリードは完璧で。彼に身を任せて肩の力を抜けば、すべるように滑らかに舞うことができた。
「(本当に頼もしい素敵な方でやすね)」
胸の高鳴りが悟られてしまわないかとどきどきして真琴が顔を上げれば、セーファスは優しい笑顔で微笑んで。その笑顔を見てしまったら、今日だけは完全休業、彼と一緒に楽しみたい、そんな気分になるのも無理は無い。
「‥‥‥‥」
沈んでいるわけではない。次に彼女といつ会えるのか判らない、そんな世情が恨めしくて、キースは必要以上にエリヴィラを引き寄せる。
「‥‥どうかしましたか?」
小声で尋ねられても、いやなんでもないよと返して。彼女が自分の救いだなんて口にはできなくて。かみ締めるように、一瞬を大切にして彼女のぬくもりを感じれば、離したくないと感じるのも無理からぬこと。
「後で、時間をくれるかな、エリィ」
囁くように告げれば、
「‥‥勿論です」
花のような笑顔が待っていた。
「私と踊っていただけませんか」
「!?」
烈にダンスを申し込まれ、イーリスは一瞬何が起こったのかわからなかった。今日は皆が楽しむ日。ディアスも今日の日まで頑張ったのだから、楽しんでも構わないだろう。その分自分が何事も起こらないように目を光らせていればいい、そう考えていた矢先の出来事。
「あ、相手を間違えているのではないか?」
自分はドレスなど勿論着込んでいないし、この間着せられたサンタ服とやらも今日は辞退させていただいていた。いつものチュニックに鎧姿なのである。
「間違えてはいない。イーリスさんを誘ってる」
「いや、しかしこんな格好だしな‥‥」
「格好が気になるなら着替えてくればいいのよ〜。幸いドレスは沢山手にはいったのだし。ちょっと待っててね〜」
「いや、待て、待ってくれ!」
その会話を小耳に挟んだ宗近に引きずられるようにして更衣室へと拉致されたイーリス。烈は苦笑しながらも彼女の支度が整うのを待つことにして。
「っ‥‥」
しばらくして出てきたイーリスはセクシーパラダイスに身を包み、髪もアップに仕上げて化粧も施されていた。こうしてみると、騎士ではなく立派な淑女だ。
「良く似合うな」
烈が忌憚の無い意見を述べると、いつも冷静なイーリスの頬が赤く染まるのが見て取れた。人は装いを変えると、気分もまた変わるようで。中でもイーリスはあの格好をすることで、硬い騎士としての『自分』を保っていた節がある。それが崩されれば心も動揺して。
「お手をどうぞ」
「‥‥私はあまりダンスは上手くないぞ」
そう言いつつもイーリスは烈の手を取り、二人でホールの真ん中へと歩み出た。
「お一人ですか」
「ああ」
会場の隅で音楽に耳を傾け、ダンスを見つめているレインフォルスに気がついてフィリッパは声をかけた。揺れる彼女の髪からは、蓮の調合した香水の甘い香りが漂う。
「わたくしも一人なんです。宜しければお相手願えませんか?」
「ああ、構わない」
そっけない物言いだが、レインフォルスは女性に恥をかかせるようなことはしない。その手を優しく取り、ホール中央へと導く。ダンスはフィリッパの方が得意そうだったが、レインフォルスも足を踏まぬだけの知識はある。大人二人のしっとりとしたダンスが繰り広げられつつあった。
「支倉さん、いつもご苦労様です。どうです? 私のこの格好ヘンじゃないですか?」
ミニスカサンタ衣装でくるっと茜が回ってみれば、純也はいつもの柔和な表情で「お似合いですよ」と返して。
「あ‥‥パンツ見えちゃいました?」
「? パン‥‥?」
不思議そうに問い返されて、改めて「下帯のことです」というわけにもいかず、茜は踊りましょうよと純也の手を取り。セーファスだと少し気後れしてしまうが、ジャパン人の純也なら安心できるらしい。
「それでは精一杯お相手を勤めさせていただきましょう」
にっこりと、彼はいつもの笑顔を浮かべた。
「さぁて、これで落ち着いたかしらね。行くわよ、石月ちゃん!」
「ちょっと待て。何で僕が男と踊らないといけないのさ!?」
宗近に有無を言わせず連行されかけた蓮は、精一杯抵抗して。だが彼の力には敵わない。
「石月ちゃん、性差別はいけないとおもうのよ〜」
「性差別ってちょっと使いどころ違うだろ! ダンスは普通男女ペアで踊るものでっ‥‥」
「何、あたしの相手ができないって言うの?」
駄々をこねる蓮に宗近の声のトーンが急激に下がる。とりあえずこの男に逆らわない方がいいことだけはわかっていた。それに蓮は今、諸事情あって女装だし。
「‥‥‥ヨロコンデオアイテサセテイタダキマス」
ぽたり、床に涙が落ちたとかなんとか。
「ディアス坊ちゃん、あたいと居て、兄君には楽しめてもらえてたでやすかね‥‥?」
「どうしたの、真琴。なんだか弱気だね?」
小さな紳士のリードを受けながら、真琴はぽつり呟いていた。
「いえ‥‥そういうわけではありやせんが。兄君はその、決まったお相手とかいらっしゃるので? 好きな色は? ご趣味は?」
質問攻めの真琴に、ディアスは「兄上に直接聞けばいいのにー」と笑ったが、それができれば苦労しないのである。できないから聞いているのだ。
「縁談話は無いわけじゃないみたいだけど、相手が決まったって話は聞いてないよ。貴族なんて縁談話とは無縁で居られないし。僕にだってそういう話が来るくらいだからね」
「へぇ、ディアス坊ちゃんにまで‥‥」
ディアスのリードで踊りながら、真琴はちらっとセーファスを見る。彼は弟と踊る真琴の姿をほほえましそうに見つめていた。
「兄上は碧とか蒼とかが好きみたいだよ。趣味は読書かな。本はいっぱい読んでるよ。うちにある本はずっと前にもう読破しちゃったって話しだし」
「それじゃあ‥‥」
真琴のリサーチはディアスと踊っている間ずっと続いた。当のセーファスはそんな会話が繰り広げられているとは思いもしなかっただろう。
「イーリスさん‥‥ですか?」
さっき見たときはいつもの格好だったのに、と思いつつルイスが声をかけると、ドレスアップした彼女は顔を真っ赤にして振り返って。どうやら普段の格好を見知っている者にこの格好を見られるのが恥ずかしいらしい。
「夜会の場においても、雪花の如く清冽にして凛としておりますな」
「世辞はいらない。おかしければ笑ってくれてもいい」
「いえいえ、本心ですとも」
照れまくっているイーリスのいつもと違う様子が珍しくて、ルイスは少しだけ笑った。
「(‥‥誕生日)」
エヴァリィはダンスミュージックを演奏しながら会場を眺めていた。25日は彼女の誕生日。だから自分の為にパーティを楽しもうと思っていて。そんな彼女が目を留めたのは一組のカップル。男性がリードに慣れないのだろうか、少しぎこちなさを感じる。エヴァリィは彼らの為に少しだけテンポを落とす――。
「ディアネイラ、来てくれて有難う」
布津香哉(eb8378)は思いを寄せる彼女――ディアネイラの手を取り、その瞳を見つめる。
「いえ‥‥誘っていただいて、私も嬉しかったですし」
辛い事件もあったが、それを乗り越えたからこそ今日の日がある。
少しゆっくりになったダンスミュージックにあわせて、香哉は彼女をリードする。以前ダンスを習ったことがあったがもう大分昔のことなので、今回イーリスに再び習いなおした。イーリス本人はダンスは得意ではないと言っていたがさすがは騎士だけあって、最低限の礼儀作法としてしっかりと彼女は踊れた。得意ではないというのは「できない」ではなく「あまりしない」という意味だったのかもしれない。
「(そういや、あの時はディアネイラの恋を応援してたんだっけ)」
ステップと共に揺れる彼女の髪を眺めながら、香哉は彼女と過ごした出来事を順に思い出していく。以前彼女を舞踏会に行かせた事があったが、その時は舞踏会に憧れる彼女を応援したのだった。それがいつの間にか――
「(色々関わっているうちに、いつの間にかディアネイラに惹かれてたんだよな‥‥)」
口には出さない。けれども瞳は強く彼女を捉えて。自分と踊りながら嬉しそうに微笑むその顔を見ていると、自惚れてもいいのかなと思ったりもして。
「(人魚に恋をする――物語とは逆だな)」
彼のいた地球で伝わっている人魚姫の話といえば、人魚の娘が人間の王子様に恋をし、叶わぬ思いを胸に最後は泡になって消えてしまう話。けれども今は人間である彼が、人魚である彼女に恋をしている。
「(彼女はきっと集落での地位があったりするのだろうけれど‥‥)」
叶うのならば――叶うのならば――‥‥。
「香哉さん、どうかしました?」
気がつけば、じっと彼女の顔を見つめていた自分が居て。
「いや、なんでもないよ」
笑って誤魔化して、香哉はリードを続けた。
旋律は続く――。
歌声が響く――。
人々の楽しそうな声が聞こえる――。
外はメイディアでは滅多に降らない雪が、ちらほらと舞い始めていた。