●リプレイ本文
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一行はゴーレムシップや馬車を乗り継ぎ、問題のデオ砦付近まで移動した。ここから二手に分かれて調査を進める予定だ。
「ふ〜む‥‥何かと事件の多い地域だと聞いているが、やはり原因がはっきりしないというのは気持ちが悪いな」
「今の所カオスの魔物の気配はありませんが‥‥さて」
砦内を見渡したアリオス・エルスリード(ea0439)の言葉に、龍晶球を見つめるルイス・マリスカル(ea3063)が呟く。今ここで魔物の反応がないとはいえ油断は禁物。
「子供が殺されているって言いますし‥‥なんだか儀式じゃないかって気もするんですが」
確かにベアトリーセ・メーベルト(ec1201)の言う通り、以前聞いたところによれば子供が死んでいるという話だった。
「リンデン侯爵領でのカオスの魔物絡みの事件に関する報告書を拝見しました。カオス八王の一柱というのも気になりますが、死んだ人達がそれぞれ恨まれていたという事から想像しますと、黒衣の復讐者という魔物が絡んでいそうな気もします」
今リンデン侯爵領では黒衣の復讐者という魔物が暗躍しているとか。ゾーラク・ピトゥーフ(eb6105)の言う事も筋が通っているように思える。
「とりあえず新たに死亡事件が起こっていないか聞き込みから始めよう」
風烈(ea1587)の言葉に一同は頷く。予定では今日は砦での聞き込みを行ってから二手に分かれるつもりだ。
以前来たときから今日までに近隣での死亡事件の報告が上がっていないか、手分けして兵士達に聞き込みをする一同。ベアトリーセは途中に砦の鎧騎士達にあれからゴーレム操縦の腕は上達したか、など鎧騎士ならではの雑談を挟んで兵士達の口を軽くしていく。一方、仲間と協力することは決めていたが、誰に何をどういう風に尋ねるか明確に決めてこなかったアルトリア・ペンドラゴン(ec4205)はどうしたらよいのか判らないでいた。敵が目の前に居るならば、極論を言えば戦うだけでよい。だがこうした調査が要求される依頼では、自らどう動くかという意思や目標が何よりも必要だ。もちろん、どの依頼でも仲間との相談や連携が必要なのは言うまでもない。
「変わった事? そうだなぁ‥‥ああ、近くの村に金持ち爺さんがいたんだ。けどこの冬を越せなかったのかぽっくり逝っちゃったよ。息子と娘が何人かいたんだけど、残ったのは娘一人だけって話だ」
「お爺さんだけでなく、娘さん以外のお子さんも亡くなったということですか?」
ルイスの言葉に兵士は剣の手入れをしながら頷く。
「事故とか火事とかだったって聞いてるけどね。不幸が続いて可哀想だって誰かがいってたね」
兵士は不幸が続く事もあるものだとしか思っていないようだったが、それを聞いていたルイスやアリオスは顔を見合わせる。ただの偶然で片付けてはおけない事情が彼らにはあった。
「風邪?」
「ああ。いじめっこが死んだ村ではね、風邪が流行っているみたいだよ。そういう時期だしな。子供たちが一番に弱っても不思議はあるまい?」
「それ、本当に風邪なのだろうか」
烈の呟きに、兵士は不思議そうに首を傾げる。カオスの魔物が生気を奪った事で起きる倦怠感ではないか――烈はそう思っていた。
「そうそう、女に貢いでた男がなー。自分を捨てた女が死んでざまあみろって思ってたらしいんだが、先週泣いてた。年老いた母親と男手一つで育ててきた娘がいっぺんに死んじまったらしい」
ぽつり、雑談の合間に零された兵士の呟きを、ベアトリーセとゾーラクはしっかりと拾っていた。
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烈、ゾーラク、イーリスが到着したのは「いじめっ子が突然死した」「男に貢ぐだけ貢がせてぽいっと捨てちまう酒場の女が、死体になって川に浮いてた」という事件があったという村である。砦で得た追加情報も気になるところではあるが、まずはイーリスの身分を利用していじめっ子の家へと向かう。事件自体は一ヶ月以上前の事であり、遺体は既に埋葬されたとのことだったが、両親はいるはずだ。
「(子供が居ない)」
教えられた家へと向かう間、烈は村の様子をしっかりと確認していた。寒い時期とはいえ子供は外で遊ぶものだ。それが昼間であるのに一人として姿が見えない。これは兵士が言っていた「風邪」のせいなのだろうか。
いじめっ子の両親は取り乱しこそしなかったが子供の死にショックを受けた様子ではあり、それでも侯爵家の騎士が訪れたということで三人を室内へと通してくれた。烈が改まって口を開く。
「お子さんが亡くなっていることを発見した時の様子を教えてもらいたい」
「‥‥昼間、夫は仕事に出ていて、私が買い物に行っている間の出来事だったんです。あの子ももう11歳ですから、留守くらい任せられます。それが‥‥」
「こいつが戻って来た時は、ベッドに横たわっていたんだそうで。最初寝てるのかと思ったらしく」
母親と父親が交互に口開く。母親は「う‥‥」と嗚咽を漏らした。
「何か変わった様子はありませんでしたか?」
ゾーラクの問いに二人は顔を見合わせ。
「わかりません。‥‥布団が乱雑に散らばっていた気もしますが、散らかっているのはいつもの事でしたし‥‥」
「子供の足跡が沢山ありましたが、あの子が村の子供たちを率いて遊んでいるのはいつもの事ですから、足跡なんて家の中に幾らでもありました」
事件が一ヶ月以上前ではゾーラクのパーストも使用できない。三人は丁寧に礼を述べて家を辞した。
「風邪だという子供たちが気になります」
「俺もだ」
本当に風邪なら、天界医学の知識に長けたゾーラクには判るはずである。三人は村人に子供が居る家を聞き、訪ねる事にした。
「あらあらまあまあ、冒険者のお医者様? うちの子を見ていただけますの?」
訪ねた時にそう自己紹介すれば、母親は喜んで三人を家の中に導いてくれた。「でも御代が‥‥」という声が聞こえもしたが、お金を頂く為に訪れたのではないと告げると、母親の顔が更に明るくなる。
「いえね、少し前にアドネ君が亡くなりましたね。うちの子はよく遊んでもらっていたものだから、それでショックを受けたのかと思ったんですけど、村の子供殆どがだるいと言い出しましてね、だから風邪ではないかと」
「仲間が娘さんを見ている間、話を聞かせてもらってもいいか?」
よく喋る母親の相手は烈が引き受け、ゾーラクは娘が寝ているベッドへと近寄る。眠っては居なかったのだろう、近づいてくる彼女の顔を見てびくり、布団の中の少女が震えた。
「風邪ですってね? だるいのですか?」
ベッドに腰をかけたゾーラクが出来るだけ優しく告げると、少女は恐る恐るといった様子で小さく頷いた。
「では、これを抱いてしばらく眠ってみてください。風邪ならば、回復するはずですから」
ゾーラクが差し出したのは赤き愛の石。病気を回復させる力を促進するアイテムだ。だが少女はなぜかなかなかそれを受け取ろうとしない。
「一時間位したら、また来ますね」
彼女はそれを無理矢理少女に抱かせ、烈とイーリスの側へと戻った。
「母親の話によれば、あの子はアドネが死んだ後から情緒不安定な様子で、その上よくうなされるようになったらしい。家族は仲良かった子供が突然死んだのだから無理もないと思っていたようだが」
「だるさを感じるようになってからは『綺麗な人が怖い』と意味不明の事を言い出すようになったそうだ。大方悪い夢でも見ているのだろうとは母親の言だ」
烈とイーリスが母親から聞き出した事を告げる。お喋り母親を抑えておくだけのつもりだったが、気になる証言は得られた。
「あの子、風邪を治してあげると言ったのに嬉しそうな顔をしませんでした。何かに怯えた様子で」
ゾーラクの言葉に、烈がやっぱり、と続ける。
「風邪ではなく、魔物に生気を差し出した、とかかな?」
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ベアトリーセ、ルイス、アリオスが訪れたのは「地主が死んだ」「村の金持ち爺さんとその子供たちが死んだ」という村である。
「地主さんはかなりの高額で土地を貸していたみたいですね。でも村人達は土地を借りないと暮らしていけないから、泣く泣く言い値で土地を借りていたとか」
村に入ってすぐに村人を捕まえて聞いたベアトリーセが報告をする。
「でも、土地を継いだ息子さんも父親と同じで、土地の値を下げるつもりはないそうです。私が聞いた村人は『精霊様のお怒りに触れたんだ』といってましたけど」
「という事は、もしカオスの魔物が力を貸していたとしたら、土地の値段に耐えられなくなった人々が、これからその息子さんを標的にと願い出る可能性もありますね」
ルイスが小さく溜息をつく。彼が聞いた話によれば、その地主は村はずれの池に夜落ちて亡くなっていたそうだ。事故だと考える事が出来なくはないが、そうするとなぜ夜にそんなところへ行ったんだという疑問がわいてくる。何か目的があってそこに行ったことに間違いはないだろう。
「俺は財産を継いだという娘が気になるんだが‥‥直接話を聞きに行ってもいいか?」
恐らく煙たがられるだろう、それは判っていたがアリオスは得意の話術で何とか切り抜けるつもりだった。
「確かに怪しいですよね。財産を手に入れるために、カオスの魔物に父親を殺すようにと頼んだとか」
「行ってみましょう」
二人の同意を得て、アリオスは村人に連続して不幸の降りかかった家を尋ねた。
「何よ、財産相続の手続きとかはきちんと村長に届け出たし、問題はないはずよ?」
予想通り、問題の娘(といっても中年女性だ)は三人を見てよい顔をしなかった。
「(家族が立て続けに亡くなっているというのに、開口一番お金の話ですか‥‥)」
ルイスは思ったが、口には出さない。
「事故の上に火事と聞いたので、見回りに来させてもらった。女性の一人暮らしは何かと物騒なので」
アリオスがそういえば、娘は一応納得したようで。
「あんたたちも村の奴らみたいに私が父さんと兄弟と子供達を殺したって疑っているのかと思ったわ」
「!? お父様とご兄弟だけでなく、お子さんも亡くなられているのですか?」
ベアトリーセが驚きで目を見開く。だが娘は特に表情を変えた様子はない。全ての死は、ここ最近の事だろうに。
「確かに私達兄弟は、父さんが早く財産を譲ってくれないかって苛苛していたわ。でも父さんは馬車に繋いでた馬が暴走して事故にあっただけだし、その後兄弟達は運悪く火事に巻き込まれただけ。子供達は――そう、病気が悪化したのよ。病気が」
「全ては不運が重なった、というわけですね?」
ルイスが確認、ともいうように尋ねると、娘は「それ以外に何があるっていうの?」と挑発的に微笑んだ。
「明らかに怪しいな」
村外れに集まり、三人は今話を聞いてきた娘の事を思い出していた。短い期間に襲ってきた身近な人の立て続けの死を、悲しんですらいないような様子。演技でも泣いたり消沈したりしている様子があれば疑いたくもなるのだが、あそこまで開き直られるとどう判断したらよいのか。
「出来る限り先入観は捨てて行きたいのだが‥‥」
「貴方が殺害したのですか、と聞いて素直に答えてくれそうな人でもありませんでしたしね」
「もし本当に肉親を手がけていたとしたら、罪の意識すらないようなあの態度は‥‥正直気に入らないです」
アリオスの言葉にルイスは溜息をついたが、ベアトリーセは怒り心頭の様子だ。
「そういえばジ・アースの悪魔というのは崇高で純潔な魂を好むのでしたよね? もしあの人が魔物と手を組んでいるとしたら、逆ですよね」
メイディア出身のベアトリーセにとってジ・アースの話は又聞きに過ぎない。だがアリオスとルイスはジ・アース人だ。
「下級のカオスの魔物は、魂を集めてより上級の魔物に献上するという目的があるようですね。けれどももし、ですよ。上納する必要のない上級のカオスの魔物が関わっていたとしたら、彼らの求めているものは魂ではないのかもしれません」
ルイスの言葉に、アリオスが相槌を打ちながら弓に矢を番える。
「カオスの魔物――その名の通り、混沌を広める事が目的か――?」
ヒュンッ!
アリオスの矢が射ったのは、背中にコウモリの羽を生やし、先端が矢尻のような形をした長い尻尾を持つ小鬼。邪気を振りまく者と呼ばれる下級の魔物だ。村外れとはいえこんなところにのこのこ姿を現すとは――ルイスとベアトリーセも振り返り、素早く剣を構えた。
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赤き愛の石を抱かせた子供の症状は回復しなかった。村の他の子供にも試してみたが、どの子も同じく倦怠感を覚えてはいるが病気ではないようだと判断できた。しかも、何かに怯えている様子で。風邪かと聞かれれば、断言できなくて。
女に貢がされた男の家にも立ち寄ってみたが、母親と娘を亡くしてしまってからノイローゼの様な状態で、まともに話が聞けそうになかった。
ただ「俺が悪かった。俺が悪かったんだ!」と泣き叫んで家の中の物を引っ掻き回すような音だけがよく聞こえた。
東の町で合流した一同は死んだ悪徳商人の同業者――すなわち商人に話を聞いた。どうやら悪徳商人は夜中、お金を数えている最中に背中を鋭利な刃物で何度も刺されて死んでいたという。今まで聞いた中で明らかに殺人だと断言できるのはこの一件だけだった。
犯人は見つかったのか――そう尋ねるベアトリーセにその商人は苦笑して。
「正直、いなくなってくれて皆せいせいしているんです。誰も真面目に犯人を捜したりしないでしょうよ」
と答えた。勿論砦から騎士が派遣されてきて事件の調査は進められたのだが、悪徳商人によい印象を持っていない人達は、皆協力的ではないのだという。商人の犯してきた悪徳故に買った恨みも多く、犯人を絞り込めないとのことだった。
「何かが絡んでいそうな事は間違いないとは思うが」
「全てが全て、魔物が絡んでいると断言してもよいものか」
砦に戻ってきて、ひと段落着いたところでアリオスとルイスが呟く。
確かに色々と気なる点は多い。だが全てが全て魔物が手を貸しているという証拠はない。しかし確実にこれらの事件のうち数件は魔物が絡んでいるだろうと予想がついた。
「子供たちは風邪かと尋ねると、一様に何かを隠すような反応を見せました」
「もしかしたら、何かと引き換えに魔物に生気を差し出したのかもしれない」
ゾーラクと烈は考える。子供の口にした「綺麗な人」とは何の事だろうか。そういえば下級の魔物は醜い姿の者が多いが、上級の魔物には美しい姿の者もいると聞く。
「時間がたてばこの砦内の兵士にも階級の差が出てきますよね。そうした嫉妬などは混沌を望むであろう魔物には好都合なのではないでしょうか」
ベアトリーセの推測。
砦内でずっと兵士達と過ごしていたアルトリアには「そうかもしれないですね」と口をはさむ事しか出来なかった。
上級のカオスの魔物の関与の疑い有り。
提出された書類にはそう記された。