●リプレイ本文
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リンデン侯爵領にある儀式の洞窟。そこには多数の冒険者達と、彼らが連れてきた精霊たちが集っていた。
エレメンタラーフェアリーを初めとして、ルーナやミスラ、ウンディーネやシルフ、アータルにジニール、フィディエルなどの上位の精霊まで。さぞやアナイン・シーは喜んでいるだろうと思いきや――
「‥‥アナイン・シー?」
――彼女は儀式場の真ん中、祭壇の上に座って、不機嫌そうに眉をしかめていた。
「確かに私はフェアリーも精霊の一員だから構わないといったわ。でもね、最低限言う事と聞いてくれないと困るのよ?」
言われてみれば、大人しく冒険者の側についている精霊がいる一方、儀式場を落ち着きなく飛び回っている精霊が沢山。
「貴方達、きちんと彼らとの絆を深めている? 絆不足が多く見受けられるわ。地獄の犬にダメージを与える力にはなるけれど、言う事聞いてくれないと困るのよ」
――確かに。今回冒険者達が連れてきた精霊にはやはりエレメンタラーフェアリーが多い。それはいいのだが、絆不足で冒険者の言う事を聞かず、無邪気に飛び回っているようなのが多数いるのだ。上位の精霊ならば知能が高い分その点も補えるのだが。
「場の力が高まれば、さすがに儀式には参加してくれるとはおもうけ――」
びたんっ!
追いかけっこをしていた誰かのフェアリーが、アナイン・シーの顔面に激突。思わず冒険者達の口が「あ」で固まる。
「‥‥‥‥いいわね? 絆を深めてない飼い主は、後で覚えてらっしゃい」
竪琴を抱えてぷい、と横を向いてしまった彼女。その背中が「さっさと儀式を始めるわよ。あんた達はしっかりしなさいよね」と言っているような気がして。
「‥‥すいません、ご協力お願いします」
なぜかエリヴィラがぺこぺこ謝っていた。
「アナイン・シー、よろしく頼む」
礼儀正しく挨拶をしてからシルフの風華とアータルの炎珠を儀式場に残し、洞窟入口の防衛へ向かうのは風烈。彼を見てか、まずは入口防衛に向かう者達が各々の精霊に儀式の手伝いを言い含めて外へと出て行く。まあ、中にはまだ言うことを聞いてくれないような子もいるのだけど。
「チビ共、行って手ぇ貸してこい。‥‥言う事きかなかったら、どこぞのお笑い芸人のモノマネ百連発の刑な」
ギロリと据わった目で伊藤登志樹に睨まれたルーナはちょっと怯えて。でも月のフェアリーは「きゃー」と楽しそうに笑って。個人的にはモノマネ見てみたいかもしれない。
「アステルは危険ですから、祈りの場でお手伝いをしていてくださいましね」
「ましね」
セラフィマ・レオーノフの語尾を真似る月のフェアリー。セラフィマは若干の不安を残しながらもムーンドラゴンパピーのルゥナーを連れて入口へと向かう。
「ファルファリーナ、祈りに参加してくださいね。クレメンタインはファルファリーナの側にいてね」
エルマ・リジアの連れてきたミスラは主人の言葉に頷き、遊びたそうな水のフェアリーを何とか抑えている。
アシュレー・ウォルサムだけは連れてきた精霊を儀式場に置いていこうとはしなかった。
「敵が来るまでの間、入口で一緒に歌わせようと思って」
「まあ気をつけなさいよ、精霊に怪我をさせないように」
「大丈夫だよ〜」
普段の調子からは中々想像しがたいが、彼は非常に優秀なレンジャーである。心配はないだろう。
「さあ、儀式を始めるわ」
気を取り直したアナイン・シーが祭壇の上で竪琴を鳴らして、思い思いのことをしている精霊達の意識を引く。
「クローディア、アナイン・シーさんのお手伝いをしてくださいね」
リュートを手に演奏に加わるつもりのヒャーリス・エルトゥールは、連れてきた風のフェアリーにそう言って聞かせた。フェアリーはふよふよと祭壇へと飛んでいく。
「それでは、始めましょう」
雀尾煉淡とヒャーリスが旋律を紡ぎ始める。アナイン・シーはそれに耳を傾けるようにして目を閉じた。恐らく集中して力を高めるつもりなのだろう。
「よし、ぶちかますわよー!」
一番手にと進み出たのはリュシエンヌ・アルビレオ。バードらしからぬ事を言っているが、卓越した歌い手である。彼女は賛美歌の様な静かな曲調を要求。ゆっくりと子守唄を歌うように言葉を紡いでいく。演奏手の二人がジ・アース出身である為、賛美歌の様なという表現が通じたのが幸いだ。
命の灯り 歓びの灯よ
柔らかなぬくもりよ
巡り合えた奇跡の輝き
そは何よりも明るく
何よりも暖かく
何よりも愛おしいもの 何よりも
祈るように紡がれたその音は、後を引いて。曲が終わる頃にはアナイン・シーだけでなく何体かの上位精霊が意識を集中し始めていた。
次に歌い手として立ったのはユリヤ・エフセエフ。リュシエンヌに比べれば歌唱力は下手の横好きだと本人も分かっているが、それでもいいのだ。心が篭ってさえいれば。
暁に心通わせ 夕闇に友を思えば
今ここにある身を 儚きものと思う
明日を信じて進めば いつか光見えると
誰かがいつか言ったけれど
本当の光 私は掴めるの?
高らかに歌い厳かに祈り
言葉尽くして求めればいつか
この手届いて 掴む事が
出来るかもしれないと信じてもいいの?
光よ 私に答えを
光よ 私に救いを
諦めず祈り続ければ
あなたに届くと信じて
髪で耳を隠してハーフエルフである事を隠している彼女。ヒャーリスの演奏する幻想的で耳ざわりの良い音楽にのせて歌詞を紡いだ。
次いで前に進み出たのはエリヴィラとアマツ・オオトリ。エリヴィラは煉淡作の歌詞を、アマツはコーラスを担う。煉淡が念のためホーリーフィールドで彼女を包むと、その歌は始まった。
共に歩む
穏やかな日々
重なり合う想いは
絡ませたこの指を繋ぐ旋律
過ぎた日の心奏でる為
果てしない時を往く
振りかざす刃の意味を
胸に刻み
その頃にはフェアリーたちも大人しくなり、上級精霊達に倣って瞑想を始めていた。その様子を、祈るようにしながら儀式参加の者達が見守っている。
重ね合う心
空に響け
全てを包む様に
彼方へと続く
愛と祈りの詩
風に託し
空に託し
貴方へ届けましょう
ぽう‥‥ぽう‥‥
儀式場の各所で精霊達が光に包まれ始めた。一際強いアナイン・シーの銀の光に惹かれるようにして、それぞれの属性の光を発した精霊達が儀式場の中心に集まっていく。
精霊達の祈りの準備は整った。後はどれだけその力を増幅させられるかだ。
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「うん、上手だね」
アシュレーは洞窟の中から聞こえてくる音楽にあわせてバイオリンを弾いていた。彼の連れてきた精霊たちは楽しそうに歌っている。演奏しながらも彼は指に嵌めた石の中の蝶の反応に気を配っていた。それは同じく蝶を所持している者達も。
「来たようだな」
一番最初に反応を見せたのは、探査範囲の広い登志樹の龍晶球。次に烈やアシュレーの石の中の蝶。カオスの魔物がいることがわかっても方角が分からないのが難点なのだが、今回ばかりは奴らが来る方角は限られている。洞窟の入口は一つしかないのだから。
まるで音楽に導かれるように、聖なるエネルギーを混沌のものに変えるのが使命であるかのように――まず現れたのは邪気を振りまく者や酒に浸る者、霧吐く鼠などの小物。しかし数が多い。
敵が接近しきる前にエルマがアイスブリザードを放つ。登志樹もファイアーボムで先制攻撃を。ルゥナー・ニエーバはレジストデビルを付与し、以後の攻撃に備える。
「人の恋路を邪魔する奴は、馬に蹴られて何とやら」
愛馬に跨ったファング・ダイモスが強力な武器を手に、近づいてきた敵をスマッシュEXで切り伏せる。彼にかかれば小物など一撃だ。後ろに乗せた友のために戦うとなれば、その力も増すというもの。
「ルゥナー、シャドウボムを」
セラフィマは己の武器にオーラパワーを付与しつつ、ムーンドラゴンパピーに指示を出す。
「戦うにしても、愛の為に戦うのがよさそうですな」
何となくそう理解しつつ、ルイス・マリスカルは敵の前へとでる。
「愛を知らぬ悪鬼共、歌を聴いて悔い改めたまえ」
霧吐く鼠の攻撃を軽々と避けた彼は、口上を続けて。
「愛する人がいて、護りたい世界がある、未来がある――それで、人は強くなれる!」
ブラインドアタックからの抜刀、そして華麗に敵に斬り付け。横薙ぎで刀を振り切って余勢で回転し敵に背を向け、バックアタックで反対の手の花霞での追撃。斬撃の跡を追うように一瞬、桜吹雪の幻影が舞う――。
「判らぬなら、それでいい。せめて美しく散れ」
――決まった。だが遊びはここまで。被害を出さぬ為にもこの後は本気で。
「セクティオ!」
ペガサスに命じてレジストデビルを付与させた後、チャージング+ポイントアタックでルエラ・ファールヴァルトは敵を迎撃していた。けれどもそんな彼女の中にあるのは、一途な思い。
「私はフォロ王国王弟カーロン殿下を愛しております!」
勇気を振り絞り、剣を振りながら叫ぶ。魔法や剣戟の音で誰にも聞こえなくてもいい。ただ、募る思いを吐き出したいだけだから――。
「おら、いくぞ!」
飛んでる敵に攻撃が届かないと思ったら大間違いだ。登志樹はレミエラの力を発動させ、ソニックブームで浮遊している魔物に攻撃を加える。
「愛と聞いて一人身の寂しさを嘆いていても仕方ないな」
自身にオーラエリベイションを付与した烈はウィングシールドの力で空を飛び、浮遊している敵を叩き落していく。
「毎回、無茶な事を言ってくれる、それだけ信頼されているということか」
何となく、アナイン・シーの無茶にはもう慣れつつあった。
「人の恋路を邪魔する奴は馬にけられて死んでしまえ」
目の前の魔物が、文字通り力尽きて消えた。
「うーん、これが天界で言うところのラブ&ピースなのかねえ。まあ、楽しいからいいけど」
既に洞窟内の音楽は戦闘音にかき消されて聞こえなくなっていた。アシュレーはバイオリンを弓に持ち変え、前線を抜けようとする敵を狙い打つ。小さい虫に変身されて侵入される事も考えて、辺りには十分注意を払った。
「あらあら、ここから先に進もうなんて無粋な輩です事。人の恋路を何とやらですわよ。尻尾を巻いてお帰りなさい」
ルゥナーのコアギュレイトで動けなくなった敵に、ファングの重い一撃が加わる。魔物達は数で攻めてくるが、攻撃は当たらなければ意味がないわけで。また、殿がしっかりと防衛をしていれば侵入を許す事もないわけで。
カオスの魔物との戦いは有利に進んでいた。
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「私にはゴーレムだけでなく、他にもできる事があるのですよね」
「ああ、そうだな」
ベアトリーセ・メーベルトはイーリス・オークレールを誘い、共に祈りを捧げていた。ゴーレムを起動させるとき制御砲内で精霊の力を集めて起動させ、動かす。ゴーレム本体なくとも、あの感覚を集中して、祈りを。
遠くから聞こえる戦闘音が気にならないといえば嘘になる。だがここでは精一杯歌い続けている人たちが、演奏し続けている人たちが、そして精霊達の為に愛を捧げている人たちがいる。
「(戦闘は殺気が出る人もいます。負の想いはカオスのエネルギーとなるのです。でも守るべき人々、自然、心、正しいことのために戦うのは罪ではありません。想いを押さえ込まず開放しましょう、祈りましょう、戦いましょう平和のために )」
ベアトリーセは瞑目し、強く、強く祈り続けた。
「出会いは平凡だったが会う度に誰よりも煌いて、お互いに運命の恋だと実感して愛し合うようになったんだ」
恋人のシャクティ・シッダールタを抱きながら、伊達正和は語る。時折キスを交えながら、二人の辿ってきた愛の軌跡を。
「正和様は人間とジャイアントの子が設けられる世界を望まれました。実現は叶うものではございませんが、わたくしはそれだけで幸せですわ」
愛する人の腕の中で、シャクティは目を閉じ、語る。
「わたくしたちは誰もがか弱い存在。悪鬼の誘惑に容易く負けてしまいます。けれども、侮るのはおやめなさい! わたくしが伊達様と絆を結び、身も心も奉げた様に! ここに集う皆にも、強い絆がありますわっ!」
それは世界を脅かしている地獄の者達への言葉。届くかは分からないが、精霊達の力を増す事で間接的に伝える事になるだろう。
ドレスを着て綺麗に化粧をした利賀桐まくるは、夫の灯したローズキャンドルの側で重箱のお弁当を開いていた。
「あ〜んして。今日のは自信作だよ♪ ゆっくり味わって♪」
「ん、美味しい」
夫のジェイラン・マルフィーはむぐむぐとお弁当を頂いた後、じっとまくるを見つめて。
「おいらの大切なまくるちゃん。大好きだよ。いつまでも誰よりも大好きじゃん。愛してる。まくるちゃんと巡り会えて結婚できたおいらは幸せ者じゃん。これからもずーっと一緒だぜ」
ぎゅっと抱きしめ、そしてキスをする。子供は異国に預けてあるから、今日は二人きり。周りはあえて気にしない。気にしたら負けだ。
「ボク、じぇいらんと一緒なら‥‥いつもドキドキして素敵な気持ちになれるの‥‥、お願い‥‥もっとぎゅって抱きしめて‥‥」
幼子のように甘えるまくる。ジェイランはそれに応えるように何度も何度もキスの雨を降らせた。
「っしゃ! んだかよく分かんねーけどさ。こんだけ精霊っての? 集まるとマジスゲーな」
光を放って集まる精霊たちを見て、村雨紫狼は感嘆の声を上げた。地球出身の彼には、精霊が力を集めているとかよく判らないけれど。それでも確実に判ることはあって。
「ラブラブっぷりなら俺とふーかたんだって負けねーっぜ! たっぷりウチの子自慢でノロケっちまうぜぇ〜!」
そう、自分の精霊への愛。
「いやもうふーかたんマジ萌え! 世間じゃエレメンタラーフェアリーだからペットとか言いやがるし、俺も最初はそうだったぜ。でもな、人間じゃなくても大きさ違ってても、ふーかたんは俺の家族だぜ! つーこって、他の連中だって人間以外の女の子とラブラブってんだしOK!! アトランティス最萌フェアリーは俺のふーかたんで決まりだっぜ!」
光に包まれていても、最愛のふーかの姿は見失わない。彼の言葉を受けて、ふーかの放つ光が嬉しそうに明滅したように見えた。
音楽と歌はやまない。キース・レッドの最愛の人は、今は儀式の中心となって歌を歌っている。彼も、精霊達に力を与えるなら、と息を吸い込んで。
「僕は誓う! あの地獄の番犬を倒し、この地獄大戦を終局させたその時こそ。
僕は、エリィと結婚式を挙げる!」
叫んだ。
祭壇の前のエリヴィラが、驚いて目を見開いたのが分かる。だが彼女は歌をやめない。歌もまた、この場に集った精霊達の力になっているのだから。
「ああ聞きたまえ、この場に集う精霊に人間よ! エリィ、君は僕の太陽だ。僕という闇を照らす、暖かな慈愛の太陽だ。僕は! 僕の全てを投げ出してでも、君の笑顔を、君の歌声を守るっ!!」
大勢の前での大声での告白に、苦笑を見せるエリヴィラ。だがキースは止まらない。
「愛しのエリィ!! 好きだーっ!! 誰よりも愛しているーっ!!! 闇どもにも邪魔はさせない! 誰だろうが知った口は言わせない!!」
愛は、愛は伝わる。だが。
「生まれてくる子供の名前だって考えたんだ! 男ならブライト、女ならシャインにしよう!」
「‥‥‥‥」
エリヴィラの歌声が止まった。同時に心地よさそうに彼女の歌声に耳を傾けていたアナイン・シーが目を開ける。アナイン・シーはエリヴィラの歌が大好物なのだ。
「こんの馬鹿がっ!」
たぶん、儀式の場でなかったら、アナイン・シーは迷わず攻撃をしていただろう。
「エリヴィラ、続き!」
「あ‥‥はい」
折角気が高まった所にアナイン・シーが気をそらしては台無しだ。彼女は再び集中し始める。
エリヴィラが思わず歌を止めてしまったのには理由がある。彼女はロシアの出身だ。人間とハーフエルフの異種族婚には理解がある方だ。だがアトランティスに来てハーフエルフという事だけで迫害され続け、母国での親族の裏切りもあって笑顔を失った彼女には、まだ先へ進む勇気はない。愛されているのは分かる。それが嫌なわけではない。だが――一方的に結婚だの子供だの言われても、気持ちが追いつかないのである。
エリヴィラが歌を止めてしまった間も他の者達が歌と演奏を続けていてくれたおかげで、他の精霊達の集中はそがれずにすんだ。無事にエリヴィラも歌い始めたのを確認して、利賀桐真琴は傍らのセーファス・レイ・リンデンを見上げる。
彼女の格好はいつものメイド服ではない。髪を整え、化粧をほどこし、薄く香水をつけ、ドレスを動き易く足を綺麗に見せるべくスリットを入れたり、あまり目立ち過ぎぬ程度の花の刺繍を入れてく等アレンジをほどこして、といつもと違った格好だ。
「そういう格好もとてもお似合いですよ」
柔らかい笑顔でそう言われてしまえば、きゅん、と胸が締め付けられて。期待してもいいのだろうか、などと思ったりもして。
「その‥‥セーファスの坊ちゃん」
「はい? なんでしょう?」
「お笑いかもしれやせんが、あなたに頂いたエメラルド、御守りとして大事につけさせてもらってやした‥‥」
いつから彼に惹かれたのか、教育対象、ただの護衛対象ではないと感じ始めたのはいつからなのか、それ分からない。けれども。
「セーファスの坊ちゃん‥‥いや、セーファス様‥‥どうかあたいをおそばに置いて頂けやせんか‥‥」
顔を真っ赤にして、潤んだ瞳で真琴はセーファスを見あげる。対するセーファスは、驚いたように瞳を見開いて。
「それは、騎士としてでしょうか」
言葉を選んで、問い返す。真琴は多少のじれったさを感じながらも、思い切って口を開いた。
「あたいは一人の女性として、あなたの事をお慕い申し上げておりやす」
言った後、彼の顔を見ていることが出来なくて、思わず俯く。
沈黙が、痛い。
振るならはっきりと振って欲しいと思う。
だが。
ふわり‥‥。
暖かい腕が彼女の身体を包んだ。そしてその優しい風貌から想像できぬ力強さで、真琴はセーファスの胸に引き寄せられた。
「わかりました。それでは、ゆっくりと、進んでいきましょう」
彼の腕の中で顔を見上げれば、目を細めて優しく微笑んでいる彼がいて。
その頬に優しく、唇が振り注いだ。
「来てくれて有難う」
まずは、挨拶。再び会えたことに歓喜。そして――布津香哉は言葉を捜して宙を見た。目の前の人魚の少女ディアネイラに伝えたい事は沢山ある。けれども人前だと思うと、中々言葉にならなくて。顔から火が出そうだ。
「手を‥‥繋いでもいいですか?」
ディアネイラはそんな香哉を見て、優しく微笑んだ。この儀式の意味は聞いている。彼の側にいてくれと頼んだフィディエルのルゥチェーイも今は光を纏って儀式に集中していた。だから、今でないと言えないことがある。
「勿論」
差し出された香哉の手を取り、そして少し恥ずかしげに。
「私‥‥自分でルゥチェーイを貴方の元に行かせたというのに、貴方の隣にいる彼女に、少しだけやきもちをやくことがあるんです」
苦笑。それは本当は黙っておこうと思っていたこと。自分でもこんな気持ちを抱くなんて思わなかったから。
「た、確かにルゥチェーイは人間の女の子と大きさも外見も変わらないけれど‥‥でも」
ぐいっ
香哉は繋いだ手に力をこめ、彼女を抱き寄せた。そしてその耳元に唇を寄せて。
「ディアネイラが不安なら、何度でも言うよ。君のことが大好きだ。生涯掛けて愛するって精霊達の前で誓わせてもらうよ」
そして彼女の左手の薬指に誓いの指輪を嵌めて――
「私――」
照れ隠しも兼ねて、彼女の言葉の続きを封じるように、香哉はその唇をふさいだ。
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精霊達の光が混ざり合い、アナイン・シーを中心とした大きな光の柱となって洞窟の天井を突き抜けた。
余計な音は、しなかった。けれども光が突き抜ける瞬間、その場にいた人達はあまりのまぶしさに目を閉じて、まぶたを手で覆った。
洞窟の外にいた者達も、背後から発せられるその強力な光の束に気がついて思わず振り返った。その光を見た魔物達は、ギャアギャアと叫び声を上げて蜘蛛の子を散らすように姿を消して行った。
「終わったのですね」
「ああ、そうみたいだな」
ケルベロスにどの程度のダメージが届いたのか、ここからでは分からない。実際に戦った訳ではないので実感もあまりないが、だがの光の束を見れば儀式が成功したのだとすぐに知れた。
辺りにもう魔物の気配がないことを確かめ、入口で防衛に当たっていた者達も洞窟内へと戻る。
「おかえりなさい」
アナイン・シーが行きと変わらぬ表情で彼らを出迎えた。預けていた精霊達が、嬉しそうに冒険者たちの元へと戻っていく。
「儀式は無事に成功したわ。一応礼を言うわね」
一応という辺りがあれだが、まあこの人(?)の性格なのだから仕方がない。
「深い絆を持つ冒険者には、その絆を有効に使う事の出来るアイテムを」
しっかりと絆を見極めて、アナイン・シーはアイテムを配っていく。だが大多数を占めた絆の深まっていない者達には――
「この子達を養って頂戴」
彼女が手を翳せば、そこに現れたのは月のエレメンタラーフェアリーやルーナ。彼らはアナイン・シーの命令通りに冒険者達に飛び寄る。
「絆が深まったら、また私の所に来るといいわ。その時は、貴方達にもアイテムをあげてもいいわ」
そういうことかー! という声がどこからか聞こえてきそうだったが、文句を言えるはずはない。まだ言うことを聞いてくれるほど絆の深まっていないフェアリーを連れてきたのだから。
ちなみに礼の意味を込めて、フェアリーやルーナを贈った相手もいるらしいが、アナイン・シーが素直にそれを話すはずもなく。
「あ、アイテムより萌えコスくれよアナ何とかってオバさんさ〜」
思い出したように告げられた紫狼の言葉に、ピシ、と凍りついたアナイン・シーは、一撃お見舞いしてやろうとしたところをエリヴィラに必死に止められていた。
かくして儀式は成功に終わった。
正の感情が地獄の番犬にダメージを与え、今後の冒険者達の戦いを有利にする事は間違いない。