復讐の矢
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■ショートシナリオ
担当:天音
対応レベル:8〜14lv
難易度:普通
成功報酬:3 G 32 C
参加人数:4人
サポート参加人数:-人
冒険期間:01月24日〜01月29日
リプレイ公開日:2009年02月02日
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●オープニング
「お兄ちゃんを、助けてください!」
その日ギルドに駆け込んできたのは、質素な服装をしたエルフの少女だった。走ってきたのだろう、息が上がっている。
「お兄ちゃんが、一人で、カオスニアンのアジトへ、行ってしまったんです!」
息を整えながらも途切れ途切れ告げられた言葉に、ギルドが凍りついた。支倉純也がコップに水をいれ、少女の前に差し出す。
「まずは落ち着いてください。そして事情を話してください」
少女は小さくむせながら水を飲み下すと、ぽつりぽつりと口を開いた。
「最初は、姉の花嫁行列が襲われたんです」
少女の住まう森から姉の嫁ぎ先の森へ、ささやかながら花嫁と花嫁道具を運ぶ行列が設けられた。エルフは森の民。それほど豪奢なものではないが森の恵みやそれまで家で大切にしてきたものなど、様々なものが馬車に乗せられた。衣服や家財道具だけでなく、森で取った木の実や果物、蜜なども載せられていたという。
「花嫁行列といっても傍目から見れば普通の商人の行列に見えます。着飾った姉は幌のかかった荷台の奥で、花婿のところへ行く道を胸を高鳴らせながら進んで行ったと聞いています」
けれども悲劇は道中で起こった。カオスニアンの集団がその馬車に目をつけ、襲ってきたのだという。
馬車の護衛についていたのは冒険者でもなく、少女達とともに森の中で暮らしていたエルフの中でも腕が立つと言われていた者達。幾ら腕が立つと言われていても戦闘力は高が知れている。カオスニアンの集団に襲われあっという間に壊滅。そして花嫁は馬車ごと連れ去られたのだ。
「約束の時間になっても行列が到着しないことを不審に思った相手の集落の人が、途中で打ち捨てられている護衛の人たちと、崖の方へと続いている轍を発見したらしいんです」
「お姉さんは馬車ごと連れ去られて‥‥」
純也の言葉に少女は瞳に涙をためて頷いた。
「冒険者ギルドに依頼を出そう、集落の大人たちの間でそういう話になりました。メイディアまで誰が使者に立つか、依頼金はどうするかと相談しているうちに、兄は我慢ならずに弓を持って集落を飛び出したのです」
少女の姉は三人姉弟の一番上。少女の兄にとっても姉に当たる。兄は行列にも加わる予定だったが、当日高熱を出してしまい、姉が彼の身体を思って同行を拒否したので惨劇に巻き込まれずにすんだ。
「‥‥自分がいたら、お姉さんはさらわれずに済んだのに、とお兄さんは考えたのですね?」
はっきり言ってしまえば、彼がいたとて死体が一つ増えただけだろう。だが心情を察するに、やはり自分があの時あの場所にいれば――と思ってしまうのは仕方のない事。
「轍を辿っていくと、崖下に出ます。その崖下の洞窟にカオスニアンはすみついていると大人たちは予想しています。数は分かりません。でも恐獣の足跡はなかったっていうので、恐獣はつれていないと思います」
少女は唇をかみ締めて、続けた。
「行列が襲われてから三日たっています。大人も、姉の安否は絶望視しています。‥‥せめて、兄だけでも、兄だけでも助けてください!」
少女とて姉の無事を信じたいだろう。だが残虐非道なのがカオスニアン。大人たちが絶望するのも無理はない。
「急いで冒険者を集めれば、お兄さんは助けられるかもしれませんね。お兄さんのお名前は?」
「フェレ、です」
少女はお願いします、と深く頭を下げた。
●今回の参加者
ea1850 クリシュナ・パラハ(20歳・♀・ウィザード・エルフ・ノルマン王国)
ea5989 シャクティ・シッダールタ(29歳・♀・僧侶・ジャイアント・インドゥーラ国)
eb4199 ルエラ・ファールヴァルト(29歳・♀・鎧騎士・人間・アトランティス)
ec0844 雀尾 煉淡(39歳・♂・僧侶・人間・ジャパン)
●リプレイ本文
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崖下に近づくに連れて、木々がざわついているように思えた。思い過ごしに過ぎないかもしれないが、それはカオスニアンという敵が棲みついているからそう思えるのだろう事は想像に難くなかった。
「打ち捨てられた馬車がありますね」
ペガサスから降り立ってルエラ・ファールヴァルト(eb4199)が馬車の荷台を覗く。荷台の中は荒らされており、悲しいことに勿論花嫁の姿はなかった。絶望視されていたとはいえ一縷の望みを抱いていたのだが、洞窟内に連れ去られてしまったのだろう。
「乙女の夢を、愛しい殿方との添い遂げを無残に散らすとは‥‥この悪行、万死に値します! 御仏よ、今はこの仏弟子の荒ぶる救世、今しばしお目こぼし下さいまし」
シャクティ・シッダールタ(ea5989)がギリ、と唇を噛んだ。愛する人と添い遂げたいと願う気持ちは彼女とて、分かりすぎるほど良く判る。そしてそれが叶わないと悟ったときの絶望は――想像するのもおぞましい。
「見張りがいないということは、フェレさんは既に中に入ったのでしょうか」
デティクトライフフォースを使っていた雀尾煉淡(ec0844)は、洞窟付近に人間の生命反応がない事を不審に思っていた。到着してみればやはり見張りは立っていない。だがクリシュナ・パラハ(ea1850)とシャクティのバイブレーションセンサーにも煉淡のデティクトライフフォースにも反応があるので、洞窟の中に人がいるのは間違いなさそうだった。
「フェレさんは見張りに見つかって、奥に連れて行かれたって感じッスね。振動が動いてるッス」
「だとしたら、急ぎましょう」
クリシュナとルエラの言葉に残りの二人も頷き、松明に火をつけて洞窟の中へと入る。勿論索敵と警戒は怠らない。松明の光が漏れて相手に察知されれば、こちらの存在もばれるだろうから。
「振動が止まりましたわ。奥の方の振動は健在ですけれど、後数メートルの所でそれまで動いていた振動がなくなりました」
シャクティの報告にルエラはいつでも剣を振るえるようにして進み行く。
「恐らく私の予想が正しければ、フェレさんを捕らえた見張り達が、我々に気づいたのでしょう」
煉淡が推論を述べる。だとすればもう足音がどうこう気にする必要はなかった。見つかったなら見つかったで、カオスニアン達を倒してフェレを奪還するのみ。
突き当たりは曲がり角。相手は灯りを消してこちらが近づくのを待っているように思える。
「我々は逃げも隠れもしません!」
曲がり角に松明を差し出すルエラ。視界が急に明るくなった事に怯んでいるカオスニアン三名に、クリシュナがファイアーコントロールを唱えて炎の鎖を振るう。奥の一人は後ろ手に縛られたエルフを捕らえているのが見えた。あれがフェレだろう。獲物が出てきたら飛び掛ろうとしていたと思われる前衛のカオスニアンは、目が眩んだ隙に炎の鎖で打たれて思わず自身を庇う。その間にルエラとシャクティが突っ込んだ。ルエラはテンペストを振るい、深々とした傷を容赦なく刻み込んでいく。シャクティはもう一体を掴んで投げ、壁へ激突させた。
「お前ら、こいつがどうなっても‥‥あつっ!」
フェレを掴んでお決まりの台詞を吐いたカオスニアンの手に、クリシュナの炎がぶつかる。その熱さに思わずカオスニアンが手を放した隙に、煉淡が進み出てフェレを囲んで高速詠唱でホーリーフィールドを張った。その頃には既にルエラの手によって一体が物言わぬ骸となっており、シャクティに投げ飛ばされた一体は気を失っているようだった。
「ちくしょうっ!」
唯一意識のある一体は仲間を見捨てて洞窟の奥へと走ろうとした。援軍を呼ぶつもりだろう。だが冒険者達がみすみすそれを見逃すはずはなく。
「例え逃げたとしても、あなた方の運命は変わることはありません」
後ろがシャクティに掴まれ、あえなく逃亡は阻止されたのだった。
もう後は情け容赦などなく、気絶したカオスニアンも含めて粛清が成された。
「フェレさんっッスね?」
煉淡に縄を解いてもらったエルフの青年はクリシュナの言葉に頷き返し、「あんたたちは?」と問うた。
「依頼で貴方を保護し手助けするよう頼まれました」
「よろしければ私たちにもお手伝いさせていただけませんか?」
「同族の恨みってのもあるし」
ルエラと煉淡、クリシュナに言われ、フェレは煉淡からポーションを受け取って飲み干した後、二つ返事で頷いた。一方的に「戦力外だから外で待っていろ」と言われれば彼も反抗しただろうが、彼の思いを貫かせる形で助力を申し出れば、彼とて自分の無力さと彼らの強さを見ているのだから、断る理由はないのだ。
「生命反応は7つ‥‥意外と多いですね。行けますか?」
煉淡のそれは問いであって問いではない。返ってくる答えはわかりきっているのだから。
「敵の数が多いです。フェレさんは私の側から離れずに矢を射ってください。乱戦なって狙いがつけ難いときは無理をしないでください」
「わかった」
フェレは弓を握りなおし、矢筒の中の矢を確認する。その手が震えていることに全員が気づいていたが、誰もそれを指摘するような真似はしなかった。
「ルケーレ!」
突撃してきたカオスニアンに対し、ルエラがガードからカウンター、そしてスマッシュの流れで大ダメージを与える。血を噴き出して倒れ行くカオスニアンの後ろから、新たなカオスニアンが迫ってきている。
「愛の怒りと思いなさい!」
シャクティは行き場のない怒りを存分にカオスニアンにぶつけていた。なぜならば見つけてしまったから。戦闘が始まる前から微かに香る鉄錆に似た匂いと、最奥の薄暗い所に横たわって見える、青白い足に。
「ねぇちゃん! ねぇちゃん!」
フェレも分かってはいるのだろう。だが、呼ばずにはいられないのだ。煉淡のホーリーフィールドに守られながら、必死で姉を呼ぶ。だが答えが返ってくることは――ない。
「ちょいとおイタが過ぎましたねっ!」
クリシュナが牽制とばかりに炎の鎖を振るう。シャクティがカオスニアンを投げる。ルエラが確実に一体ずつ数を減らして行った。カオスニアンの攻撃で多少の傷は負ったものの、そのくらいならば後でシャクティのリカバーが癒してくれるだろう。今はこの無法者たちを始末するのが一番大事。皆の心が一つになる。
「フェレさん」
屍の数が増え、敵が残り一体となったところでルエラがその刃を止めた。最後のカオスニアンは血を噴き出し、ヒューヒューと息は細くなっているが未だ生きている。
「貴方の思いを。仲間の無念を。お姉さんの無念を」
フェレは黙って頷き、矢を番える。
的は止まっている。幾ら何でも外すことはない。
――矢が、全ての無念を背負い、深々と突き刺さった。
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洞窟の奥に放置されていた花嫁の遺体は、花嫁装束も彼女の身体も無残に蹂躙されていた。恐らく隙を見て自ら命を絶ったのだろう、首元に鋭利なもので突いただろう傷跡と、大量の血痕があった。
煉淡が事前に用意していた大き目の布をペガサスから運び込み、遺体を包んでアイスコフィンのスクロールで固める。皆でそれを抱え上げ、洞窟の外まで運んだ。
「姉ちゃん‥‥帰ろう、な。皆待ってるから」
フェレの呟きが、木々の合間を縫って行った。