【ユズリハの館】優しさの向こう側
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■ショートシナリオ
担当:天音
対応レベル:8〜14lv
難易度:普通
成功報酬:4 G 15 C
参加人数:5人
サポート参加人数:-人
冒険期間:01月17日〜01月22日
リプレイ公開日:2009年01月26日
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●オープニング
●年の初めの
新しい年になって初めての月。アトランティスでは新年を祝うお祭が開かれる。
「お二人がご一緒とは、珍しい組み合わせですね」
冒険者ギルドで支倉純也は連れ立って現れた二人を見て微笑んだ。
「少しお願いがありましてね。ミレイアさんにもご協力願うというわけです」
壮年男性、孤児院ユズリハの館を切り盛りする元冒険者の彼は通称「お館様」。
「そうそう〜お館様に頼まれちゃってね!」
と胸を張るのは食堂兼酒場の看板娘、ミレイア。初めてギルドのお世話になったときは猪突猛進お騒がせ娘だったが、最近は大分落ち着いてきているとか。
「新年を祝う祭を、子供達に味合わせてあげたいと思いましてね。なに、そう大げさなものではなく、ちょっとしたパーティでよいのです。先月はありがたくもリンデンでのクリスマスパーティに招待していただきましたが、さすがにそれに及ばずとも、ささやかで気持ちの篭ったパーティを。そして子供達に新しい年を迎えたことを喜ばせたいのです」
今年12歳になる子供は、新たに巣立っていく年となる。心構えも必要だろう。それ以外の子供たちは、少しずつお兄さんお姉さんになる。ただ騒ぐだけでなく、そんな心構えを持たせるきっかけとなれば、とお館様は考えているという。
「料理はうちのお母さんとお父さんも手伝うって言ってるけど。手は多い方がいいし。後はお酒を用意してー」
「ミレイアさん、子供達にお酒は早いのでは?」
純也に言われたミレイアは「何言ってるの」というような表情で。
「冒険者達や大人たちが飲むに決まっているでしょ? 私だって飲むし」
なるほど、既に冒険者を呼ぶ事は決定事項なわけだ。
「パーティの支度は冒険者達でやり、子供たちはお招きするだけでよいのですか?」
「その辺の判断は冒険者達に任せますよ」
お館様は優しげに微笑む。冒険者達ならば、子供たちにとって不利益な事はしないだろうという判断だ。
「会場はうちね。貸切にするから。遠慮なくやっちゃって!」
パーティの方向性などは決まっていないらしい。とりあえず新年を祝う事、それが主目的のようだ。
「費用は‥‥まあ、ある程度なら出せますので」
決して経営が楽というわけではないが、企画する身としてお館様はしっかり費用は用意するという。
「そのかわり、何か子供達を楽しませる案を募集します」
お館様は優しく微笑んで頭を下げた。
●リプレイ本文
●
「「こんにちはー!!」」
「いらっしゃーい!」
冒険者街の近くの食堂兼酒場。そこの扉を子供達が開けると迎え入れたのは看板娘の笑顔。その後ろに立った冒険者達やお館様もつられて笑顔になってしまう。
「みんな一緒だったんだね!」
「偶然そこで行き会ってね」
折角だから一緒に来たんだ、と告げるのはキース・レッド(ea3475)。以前自分の恋人が少しだけお世話になったのがユズリハの館だったという事で、この度手伝いに来てくれたらしい。
「まさかこのような異郷の地で会うとは思わなかったよ、リディック‥‥しかも依頼に呼ばれるとはな」
「まぁ‥‥なんだ。物騒な事が各地で起こっているって言うしな。社会勉強的なノリで来てみたんだが、いいじゃないか、子供たちは楽しそうだしな」
入口で溜息をつくユリア・ヴォアフルーラ(ec4040)に対してリディック・シュアロ(ec4271)はホール内に入ってきょろきょろと瞳を輝かせている子供達を示した。ユリアも子供達を引き合いに出されてしまえば、難色を示し続けるのも大人気ないと悟り。
「華になどならないからな!」
でもそれだけは譲らない。今回の参加者の殆どが男性、しかも四捨五入すれば皆三十路という。だが、ユリアは華になれといわれて大人しく違うような女性ではない。言い捨ててリディックをおいたまま店内へと入った。
「怒ってしまわれましたか?」
「いや、まあ大丈夫だろ」
問うて来たアルベルト・ユッカ・ペッカ(ec5050)にリディックは親指でくいっと室内を示した。ユリアは既に乳児を引き受けて子守の構えだ。
「それならば安心です」
小さな木の板を沢山入れた袋を抱えたアルベルトも、リディックと共に室内へと入る。
「楽しいお祭に出来るように頑張りましょう」
後ろ手に扉を閉めて一番最後に入ってきた男性、ルイス・マリスカル(ea3063)の姿を見てミレイアが僅かに頬を赤らめた。その意味を彼は知っている。
ルイスは優しく微笑みを返した。
●
「まずは力のありそうな男子、テーブルを移動させるのを手伝ってくれ」
リディックの呼びかけに応じた数人の男子がテーブルを持ち上げる。普段は酒場らしく数人ずつテーブルを囲むようになっているが、今回は全員で囲めるようにテーブルとテーブルをくっつける。
「フーガ、お前はちっちゃい子供の相手を――っておいっ!」
振り返った所にフェアリーの姿はなく。「きゃー」という子供の声に顔を向ければ、既に幾人かの幼児がリディックのフェアリーを追い回していた。
「人見知りはしねーだろうとは思っていたが」
まだ少し彼の言う事を聞いてくれないフェアリーは、すっかり溶け込んでいた。
子供達に何か一つでも役に立つ事を教えてあげたいと語っていたアルベルトは、木で作ったプレートを手に子供達一人一人に声をかけていた。
「私はヤーネル。この子はフレイっていうの」
少女が自分の名前と抱いた赤子の名を告げると、アルベルトはすらすらとプレートに彼女達の名前を記していく。
「君達の名前はアプト語ではこう書くのですよ」
「わぁ‥‥」
この世界の識字率は高くはない。だが自分の名前を読み書きできるのと出来ないのとでは大分違うだろう。社会へ出るのには、勿論読み書きができるに越した事はない。
彼は子供達20名全員のプレートを作り終わると、希望者には後でアプト語を教えると約束をしてテーブルセッティングに加わった。ちなみにこのプレートは後で使う予定だ。
「さて、料理の手伝いをしようか――」
孤児院で大人といえばお館様だけで、他には時々ボランティアできてくれる人たちがいる程度だという。という事は日々の食事は年長の子供達が手がけているだろう事は容易に想像できた。そんな子供たちと共に厨房に入ろうとしたキースはちらっと中を覗いて。
「――うん、先にテーブルセッティングと飾り付けをしておこうか」
「え、お兄さん、お料理はいいの?」
「うん、一度に沢山は厨房に入れないから順番にしよう」
取り敢えず子供達をホールへと戻す。子供たちに言った事は半分建前で半分本当。今厨房は、文字通りちょっと取り込んでいた。
人手が足りないので料理には本職であるミレイアの両親の手を借りることにした。そこで一足早く厨房に入ったのはルイス。彼はもうこの夫婦とは顔見知りもいいところだ。何せ二年近く前にミレイアが騒動を起こして父親がギルドに駆け込んだ時からの付き合いである。
「いやーあんたも毎度毎度うちの娘に付き合わされて難儀しているだろう」
「いえ、そんな事は」
料理の下準備をしながら父親が笑う。父親の方が年上だろうが一回りも違ってはいないだろう。だからこの後さらっとルイスが零した言葉に父親は――
「ミレイアさんと結婚させていただきたく思っております」
さくっ
「いだぁぁぁぁっ!?」
包丁で指を切った。初歩的なミスだ。
「お父上、大丈夫ですか?」
「い、今なんていった!?」
血のにじむ指を咥えながら父親がルイスを見る。聞き違いだろう。ああ聞き違いだろう、誰だってそう思うはずだ。
「娘さんと結婚させていただきたい、と」
聞き違いじゃなかった。
「あらあら、まぁ」
おっとりとした風貌の母親は夫指の手当てをしながらもルイスをしっかりと見て。
「またあの子の我侭に振り回されているのではありませんか? ごめんなさいね、成長していなくて」
表情も言葉も柔らかいが、実はこの母親は父親より怖い事を彼は知っている。
「いえ、これは私の本心から出た言葉で。お会いするうちに心惹かれ、今は大切な女性だと思っております」
「あ、あいつはまだまだガキだぞっ!」
値踏みするようにルイスを見つめる母親に対し、父親は情けないほどうろたえていた。ルイスとミレイアの年の差は約20歳半。親子といってもおかしくないのである。幾ら相手が誠実な冒険者であると分かっているとはいえ、にわかには本気だと信じがたいのだろう。
「あいつはまだ、恋に恋しているだけなんだろうよっ」
「以前のように彼女が『冒険者なら誰でもいい』という姿勢でしたら私もこんな事は言い出しません」
「それはそうよね。貴方はしっかりなさった方だもの」
どうやらこういう時はやはり女親の方が肝が据わっているようだ。
「娘を長い間見てきた貴方があの子を一人前だと判断し、その上で結婚を申し込んでくれているのだとしたら」
母親はまだ混乱中の父親を差し置いてしっかりとルイスと向き合った後――
「不束な娘ですが、どうぞよろしくお願いしますね」
深く、頭を下げた。
●
「終わったようだね」
「お待たせしました」
綺麗に洗った野菜の入った籠を持って厨房から出てきたルイスにキースが声をかけると、彼は苦笑して籠をホール隅のテーブルに置いた。そして子供達を呼び集めて下拵えを頼む。
「ん? 何かあったのか?」
幼子を抱いたユリアが二人の会話を聞き止めて不思議そうに訪ねる。ミレイアが心配そうにルイスの袖を引っ張ると、彼は「お許しがいただけましたよ」と囁いて厨房を指した。厨房からは男泣きする父親の声と、「いい加減にしてくださいな」と諌める母親の声が響いてきた。
「なるほどな。では予行練習に」
事情を察したユリアはミレイアに幼子を預け、子供達に野菜の皮むきを教授し始める。
「よ、予行練習って何のっ!」
真っ赤になったミレイアは、それでも慌ててしっかりと幼子を抱いた。
「僕も将来の為の予行練習といくかな」
キースも年長者が見ている赤子のところに行き、面倒を代わると申し出た。代わりに料理をお願いするよ、と添えて。
「さて、依頼依頼。肉も持ってきますね」
「!」
照れ隠しなのかどうかは分からないが厨房に消えようとするルイスを見て、ミレイアが何事かを言いたそうな視線を向けた。大方一緒に子供の面倒を見てくれたらいいなーとでも思っていたのだろうが、彼としては冒険者として、受けた依頼――仕事を優先するというのが身上。冒険者のお嫁さんになりたいと常々言っていたミレイアならそこは分かってくれると思っていたのだが、分かっているのと拗ねないのとは別の話。ぷぅ、と頬を膨らませた彼女をちらっと振り返って――
「(拗ねたら拗ねたでまた可愛いですね)」
そんな事を思ってくれているとは、彼女は気づくまい。
●
厨房からは良い香りが立ち上っていた。子供達を主導にした料理は、火を使うなど危険な部分は大人たちが対応して、出来上がった料理は年長の子供達とリディックが次々とテーブルへと運んでいく。ホールではテーブルをくっつけて、大きなテーブルが出来上がっていた。
「おうちで食べるみたいにみんなの顔が見れていいね!」
「そうか? そうだな。みんなの顔が見れるって大事だよな」
一人の少年がそう零せば、準備をしたリディックも思わず笑顔になってその頭をわしゃりと撫でる。
子供達は先月リンデン侯爵領で行なわれた聖夜祭に呼ばれていたが、そこでは目新しいものも沢山あった分緊張もしたのだろう。こうしたいつもの生活に近いパーティの方が、安心するのかもしれない。
「次はレイノ君ですね。どこでしょう?」
「レイノはいつもこっちー!」
アルベルトは6歳位の少年と少女に手を引かれてホール内を歩き回っていた。給仕をしている子供達とぶつからないように、彼らを上手く避ける事も忘れず。
彼が使い込まれたクロスの敷かれたテーブルにおいたのは、先ほど子供たちの名前を書いたプレート。子供たちの座る席にそれぞれ名前を書いたプレートを置いているというわけだ。これは子供たちへのお土産。後で持って帰ってもらうつもり。
「こら、まだいただきますをしていないだろう? フォークは置いておこうな」
ユリアは一足先に席に着かせた幼児がフォークで遊びだしたのを見て、優しく手を添えて元に戻させる。口調は男のようだが、子供に対する声色はとても優しい。
「ほら、これで取り敢えず最後だ!」
リディックが炒め物のたっぷり乗った大皿を運んでくれば準備は終了。わぁわぁと騒ぎながら全員席につく。ちなみにアルベルトと子供たちの心遣いで、ルイスとミレイアには隣同士の席が用意されていた。
●
「12歳になれば卒業なら、新年の祝いは節目の祝いだね。年少の子たちには、巣立つ兄姉たちを見習う気持ちを。卒業の近い子らには、年少の手本となって巣立っていく自覚を」
本来ならば経営者であるお館様の言葉なのだろうが、彼は黙ってキースの言葉を聞いている。
「新年の祝福を」
席を立ったユリアは子供達一人一人に花をプレゼントしていく。女の子は髪に、男の子は胸元に。花など貰った事のない子供達はなんだか自分達が特別になった気がして、くすぐったそうだ。
「俺からも、卒業祝いだ」
大輪の花を3輪用意していたリディックは、それをもうすぐ卒業だという子供達に手渡していく。
「卒業する時は、その胸に大輪の花を咲かせておけよ? ま、柄じゃねぇが」
笑いながら彼はそれ以外の子供にも1輪ずつ花を配っていく。
「話に聞いただけですが、ジャパンという所では新年の祝いに餅という物を食べるそうです。残念ながら餅につけて食べるというノリやショウユ、キナコなどは手に入りませんでしたが、蜂蜜をつけてデザートに」
アルベルトが提供した鏡餅は人数分に切り分けられて竈で焼かれ、蜂蜜がたっぷりかけられていた。
「ノルマンという所にはクレープというお菓子があります。先程皆で切り分けたフルーツとこのジャムを好きなだけこちらの生地に乗せて、このように包んで食べます」
ルイス提供のジャムも、高級とされる甘味に出会う機会の少ない子供達には何よりのご馳走だ。
「闇に負けぬ暖かい心を持ち続けてくれれば良いね」
どの子も笑顔だ。キースは自分が孤児となった時にこの様な暖かい場所にいられたら、何か変わっていただろうかとふと考える。だが今更過去は変わらない。彼には帰る所がある。それで十分だった。
「うう‥‥こんなに早く娘を嫁に出す事になるとは‥‥飲め飲めー!」
「お父さんっ、ルイスに絡まないでよ!」
ミレイアの父は持ち出してきた酒瓶片手にルイスのカップにどほどほと酒を注ぐ。花嫁の父というのは複雑な心境なのだろう。だが相手が文句つけようもない立派な冒険者なので、反対する気はないらしい。どこぞの馬の骨の元へ嫁ぐよりは、長い時間かけて娘を見守り、守ってくれた男の元へ嫁がせるのが一番だと思ったのだろう。
「あなた、いい加減になさいな。子供達の前ですよ」
母親に諭されるも、父親は男泣きしてしかもそれを憚らない。子供達は「おじさんは一体どうしたの?」と近くにいたユリアやリディック、アルベルトに尋ねたが、その、返答に困る。
「大切な人が幸せになるんで嬉しくて泣いているんだ」
ユリアが上手い説明を思いつき、事なきを得る。
「ダンスでもどうかな?」
そのまま彼女は一人の少女を誘い、テーブルから離れて踊り始めた。
「折角なんだから、男の子と踊ればいいのになー」
リディックの軽口を、きっ、と睨み返すことで封じ込めて。
「じゃ、俺も踊ってみるかな?」
リディックが、羨ましそうにダンスを見ていた少女を誘い、手を取る。アルベルトはその長身で小さな子供を肩車して喜ばせ、キースはいつかの為に乳児へのミルクの飲ませ方を教わっていた。
「ミレイア」
彼女の隣で父親の飲め飲め攻撃を受けていたルイスは、ふと傍らの彼女に眼を移して。そういえば拗ねさせたままだったな、と思い。
「ジャムがついていますよ」
ぺろり
「「!?」」
彼女の口元についたジャムを、その舌で舐め取って。
「これで機嫌直していただけますか?」
にっこりと微笑んで見せれば、真っ赤になって口の端を押さえるミレイア。口唇に触れた彼の髭が、くすぐったくて。伝わってくる熱が優しくて。側で見ていた父親が椅子を蹴って立ち上がったけれど、母親がそれを羽交い絞めにして押さえ込んでにっこりと微笑んでいた。
ルイスの攻撃はそれだけで終わらず、ミレイアが口元にあてた左手を取って、さっと取り出した誓いの指輪を薬指に嵌める。
「愛の誓いを」
これだけ人がいる前でという事は、証人が沢山いるということ。
「あ、ありがとう‥‥私、本当にルイスのお嫁さんになっていいんだね?」
「勿論です」
左手を右手で包み込むようにしてはにかむ彼女に、ルイスは微笑みかけて。
「私も、プレゼント用意してて」
ミレイアが取り出したのは地球の品でデジタルカメラという物。この世界では珍重される品物の一つだ。
「これ、姿を写し取っておけるっていうから‥‥冒険に行っている間、側にいられるようにって!」
そう言い、ミレイアはルイスの側に寄ってカメラを持った手を前方に伸ばし、カシャリとシャッターを押した。恐らく何度も練習したのだろう。ほら、と差し出された画面には、幸せそうな二人の姿が映っていた。